だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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『だいたい』だから大丈夫です


遭遇

 司令室を出て工廠に向かい、そこで明石に装備開発を依頼し、司令室に帰る。片道だけでも10分ほどかかるこの作業は、それだけでも座りっぱなしの毎日にちょうどいい運動だった。

 少し離席するだけの仕事であるため、基本的に川内は司令室で待っている。一日の中で川内と共にいない時間は、就寝時と入浴時、およびこの時間だけだった。

 

「あの、提督……私の姉を見かけませんでしたか……?」

 

 工廠から司令室に向かう途中、不意に後ろから声をかけられた。

 歩みを止めて振り向くと、どこか見覚えのある衣服に身を包んだ艦娘が立っている。

 

 ……制服、姉妹でそろえているのだろうか。

 

「神通か。川内なら司令室にいると思うが。どうかしたのか」

「ええ。少し伝えたいことが」

「今から戻るところだ。伝言なら聞こう」

「いえ、私が直接伝えたいと……」

「そうか」

 

 止めていた足を動かす。

 神通が早歩きで隣についてくるのを確認して、少し歩く速度を落とした。

 

「…………」

「…………」

 

 神通と2人きりでいるのは初めてだった。

 いつもは間に川内を挟んでいるため、この距離には少し緊張が伴う。

 

「……そういえば、今までに川内以外の艦娘と2人で会話したことはあまりなかったように思う」

「提督、何かとかけて姉さんと一緒に行動してますね……」

「秘書艦だからそこは仕方ないが、他の者とのコミュニケーションが疎かになっている気がする」

「そうでしょうか?」

 

 今だって、はじめて神通と2人きりで話しているのだ。

 会話自体はどの艦娘ともしている。上官としても友人としても話すことは多いが、いつどんなタイミングでも、必ずそこに川内がいる。

 明石だとか赤城だとか、そのあたりの艦娘とは、資源や資材の管理の点で個人間で話すことが多いが、何気ない会話というものはなかった。

 

 そうした会話をしたのは、赤城に奢らされたときくらいだ。思い出すと理不尽さに胃がキリキリキリキリキリキリキ

 

「もう少し会話の機会を設けた方がいいな」

「今のままでも十分だと思いますが」

「……いや、あまりに川内を介した会話が多いように感じた。川内が秘書艦である以上仕方ないとは思うが」

「……でもたしかに、提督ともうすこし話したいと思う子は多いと思います。私含め」

「そうか。……ここでも支障が出ていたか。やはり私は早急に成長しなければならないようだ」

「……睡眠、の件ですか」

「川内から聞いていたか」

「はい。とても嬉しそうに語っていました」

 

 嬉しそうに……? 彼女を喜ばせる要素などあっただろうか。むしろ秘書艦を続けられるかどうかの不安の方が大きかったはずだ。

 少し気になるが、神通に聞いたところで答えがわかるはずもない。どうせ司令室に戻れば本人がいるのだ。直接聞くとしよう。

 

「…………」

「…………」

 

 しかし、川内がいなければこんなにも会話ができないものなのか。

 気まずい空気というわけではないが、無意識に会話の種を探してしまうくらいには、川内に頼ってきていたようだった。

 

「……提督」

 

 絶妙な空気を破ったのは神通だった。

 もともと、私は自分から話を振るような立ち回りができない。受けから入る会話が多いのだ。

 そのため、ここで話題を与えてくれるのは大いに助かることだった。

 

「なんだ」

 

 それにしてもこの男、もう少し柔和な対応ができないものか。

 先日川内から無愛想だと評されてから、そこばかり意識してしまう。変えたいとは思うが、なかなかどうして難しい。

 

「その……姉と一緒にいるのは楽しいでしょうか」

「まあ、そうだな」

「そうですか」

 

 川内と共にいるのは、嫌ではない。そうでなければ秘書艦になどしないし、四六時中隣にいて会話をするわけもない。

 神通も、そこは分かっていて聞いているのだろう。

 

「それなら……よかったです」

 

 それでも、嬉しそうな声だ。見ると、頬が少し緩んでいた。

 姉妹艦とは不思議なものだ。明らかに血の繋がりはないが、そこには友情とは呼ぶべきでない家族の絆があるように思う。

 

 艦娘であるが故の奇妙な縁を、私のようなものには介入できない美しいもののように思いながらも、少し羨ましかった。

 

「……着いたな。1人だとここまでの道のりは長く感じるものだが」

 

 気がつくと、既に司令室が視界に入っていた。

 会話をしていると時間が早く過ぎるような錯覚がする。川内と話しこむときだって、同じような感覚を覚えるものだ。

 

 司令室の前まで歩き、ドアを開ける。

 黙々と執務をしていたらしい川内が顔を上げてこちらを振り向くのが見えた。

 

「あ、おかえり提督……と、神通ちゃん? どうしたの」

 

 川内は私が神通と共に戻ってきたことを不思議に思っているようだ。

 川内に伝えることがあるのだったか。どうにも私を介さずに伝えたいことだったようだが。

 

 後ろでドアが閉まる音がした。

 

「姉さん。少し耳を……」

「ん? なになにー?」

 

 神通は川内の方に歩み寄り、早くも自らの仕事を果たそうとしている。

 私が聞くわけにもいくまい。司令室に入ってすぐのところでじっと佇む他なかった。

 ……まあ、聞こえはしないだろう。

 

「…………」

「うんうん。それで?」

 

 神通は川内の耳に自らの口を寄せ、何かを口にしている。

 思った通り、神通は私には聞こえない程度の声量で話しているようだった。

 

「…………」

「……う、うん」

「…………」

「……え、あ、えっと」

「…………」

「……そ、そっかぁ」

 

 べつに気になってはいない。

 読唇しようにも、神通の口元は私からは見えないためできない。気になっているわけではないので、べつにいいのだが。

 

 ……それはそうと、やはり姉妹が共に様子を見ているとしっくりくる。

 川内の隣には神通がいて当然のように思える。ここに那珂もいたなら、さらによかったのだが。

 

「ふう。すみません提督。気を使っていただいて」

 

 やがて会話は終わったらしく、神通は私に頭を下げた。

 どこに出ても恥ずかしくない艦娘だ。

 

「気にするな」

「では、私はこれで失礼します」

「ああ」

「……ま、またね神通ちゃん」

 

 司令室を出ようとドア付近まで近づいてくる神通に、川内が声をかけた。

 声が少し震えているが、一体どんな会話をしていたのか。全く想像もできなかった。

 

「あ、提督。伝え忘れていました」

「……? どうした」

 

 私の横を通り過ぎ、ドアノブに手をかける瞬間、思い出したように私の方を振り返った。

 なんだ。結局、私にも用事があったのではないか。

 

「先日『秘書艦は川内がいい』と仰られたようですね。昨晩姉さんが嬉しそうに語っていましたよ」

「ちょっ! 神通ちゃん!?」

「…………」

「それでは、失礼します」

 

 今度こそドアノブに手をかけ、神通は司令室を出ていった。

 少し笑みを浮かべていたのは、きっと見間違いではないのだろう。

 

 その姿を見送ったあと、私は川内の方へ向き直った。

 机に向かわなければ執務ができない。ひとまず机に座ることにした。……川内の隣だ。

 

「…………」

「…………」

 

 会話がない。

 神通のときとは違う、明らかに気まずい空気が流れていた。

 

 原因は言うまでもなかった。

 

「……あ、あの、ていと」

「川内」

「は、はい」

 

 川内は緊張した面持ちで私を見る。手が震えているのを確認した。

 真っ直ぐこちらを覗く眼差しに、何かを期待されているような感覚がする。

 

 そのような雰囲気に、私は──

 

「神通のこと、『神通ちゃん』と呼ぶんだな」

「…………え」

「妹にそのような呼び方をするのは珍しいと思ってな」

 

 耐えきれない。

 私には少し難しい空気だった。何かを察しろと言われて察することができるなら、ここまで無愛想な人間は完成していない。

 

 これは逃げではない。戦略的撤退と言うべきものだ。こうして有耶無耶にするよう仕向けるのが最善の選択肢なのだ。

 

「……『神通ちゃん』って呼ぶの、変なの?」

 

 そうすれば、この純粋な性格をした艦娘は釣られる。

 

「いいや、変とは思わない。珍しいと思うだけで」

「……呼び方、変えてみようかな。『神通』……はちょっと嫌だしなあ」

 

 真剣に悩み始める川内の様子からして、もう大丈夫だと判断する。

 純粋な奴でよかった。

 

「……そろそろ執務を再開するか。昼までにはある程度終わらせておきたい」

「んー、そうだね。頑張ろう。……『神通さん』。ちがうなぁ……」

 

 想像していたより彼女は無垢らしい。書類との睨めっこを再開する一方で、本気で神通の呼び方を考えているようだった。

 本当に一緒にいて楽しい奴だ。

 

 川内のように純粋ではない私は、赤城と神通にはいつかどうにかして一泡吹かせると決意した。

 

 ──執務を再開する。

 

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