だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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短い


惰眠

 一般的に、昼食後の睡魔には耐え難いものがあるらしい。抗えずに寝落ちすることもあるようだ。

 そうした体験はしたことがないため私にはその気持ちは分からないが、昔から周囲の人間がそう語るのを聞いて、そういうものだと理解していた。

 人間の中で最も深い部分の欲求なのだ。仕方ないことだろう。

 

 資源管理に関する書類に目を通し、昨日一日でボーキサイト貯蔵量が半減した謎の事件に赤城への不信感を抱いていると、隣から呻き声が聞こえてくる。

 

「んー……あー」

「……手が止まってるぞ」

「んー」

 

 艦娘も、多分に漏れないらしい。フラフラと頭を揺らしながら大本営からの伝達書の内容を確認する様子は、まるであかべこだった。

 世間には艦娘を人間に対する脅威だとか国賊だとか揶揄する者も少数いるようだが、その評価を下すのは、まさにいま船を漕ぎだす寸前の川内を見てからでも遅くないはずだ。

 

 昼食後の執務中はいつも眠そうにしていたが、今日はいつにも増して眠たそうだ。あかべこになっているのは初めて見る。

 さすがに睡眠不足というわけではないだろうが、疲労が十分に回復できていないのかもしれない。休暇でも取らせるべきだろうか。

 

「提督ー」

「……なんだ」

「ちょっとだけ……ちょっとだけだから……」

「…………」

「寝てもいいかな……?」

 

 眠くなるような口調で赦しを乞う川内は、見るともう寝る体勢に入っていた。机に突っ伏すような体勢で、何とか頭だけは持ち上がっている状態だ。

 そこまで強烈な睡魔なのか。恐ろしい。

 

 とくに咎める必要もないため、首肯で返しておく。

 

「30分ほどでいいか」

「……うん。ありがと」

「ああ」

 

 目線を目の前の書類に戻す。鎮守府全体の食費があまりにも莫大になっているのを確認して、赤城の顔を思い浮かべた。

 川内の体の力が抜けていく気配がする。

 

「…………」

 

 腕時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる中、私の筆が紙面を走る音や遠くの方の微かな喧騒が雑音を織り成す。

 個人的には、昼食後の時間よりは、こうした作業中に聞こえる音の方がよっぽど眠気を誘ってならない。

 

 すこしだけ、頭に靄が差してきた。

 

「…………てーとくー」

 

 少しくぐもった声が聞こえた。

 出処は言うまでもなく川内だが、机に伏したまま、ピクリとも動くことがない。机に話しかけているらしい。

 

「……寝るんじゃなかったのか」

「…………そうなんだけど、寝ちゃうと起きれない気がする……」

 

 すこしわかる気がした。眠気はあるが、1度寝ると遅刻するであろう、焦れったい瞬間。

 自身の睡眠時間の短さを過信しすぎた学生の頃など、1時間睡眠で乗り切ろうとして失敗した覚えすらある。

 

「寝ちゃいそうだから、ちょっと喋り相手になってほしいな……」

「わかった」

「……やった」

 

 会話くらいなら片手間でもできるだろう。

 食費の削減は、特定の艦娘に安価で量の多い料理を食べさせれば解決できるかもしれない。

 

「……昨日吹雪ちゃんが言ってたんだけどさ」

「ああ」

「やっぱり吹雪ちゃんも、姉妹艦相手に『ちゃん』ってつけちゃうんだって」

「……それ、まだ悩んでいたのか」

 

 先日話題逸らしのためだけに放った言葉が、そこまでの悩みの種になるとは思わなかった。

 どう呼んでもいいように思うが、下手なところを刺激してしまったのだろうか。

 

「『神通ちゃん』でも『神通さん』でもなんでもいいだろう。川内の好きなように呼べば」

「……でも、提督のことを『提督ちゃん』って呼ぶのは嫌でしょ?」

「べつに構わないが」

「えっ」

「川内が恥ずかしくないのなら、どう呼ばれてもいい」

「……『提督ちゃん』は私が恥ずかしいかな。やっぱり提督は提督でいいよ」

「そうか」

 

 私の呼称は『提督』か『司令官』のどちらかのみなので、特殊な呼ばれ方をされたかった気持ちもあるが。

 本人が違和感を持つと言うのなら素直に諦めよう。

 

「……そういえば、吹雪ちゃん、秘書艦やりたがってたよ」

「…………」

「『私も役に立ちたい』だって。いい子だよね」

「……そうだな」

 

 吹雪はそういう奴だ。

 真面目に仕事をこなし、真面目に人との付き合いをし、間違いなく一緒にいて楽しい艦娘。それでいて練度も高く、非の打ち所のない性格をしている。

 

 秘書艦に就かせたなら、きっとよく働いてくれるだろう。

 

「……秘書艦にしないの?」

「……ひとまず保留だ。君との約束を果たすまでは、すまないが待っていてもらう」

「……そっか」

 

 たしかに、川内だけに負担がかかっている今の状態は何とかしなければならない。現に、そのせいで彼女は机に突っ伏しているのだから。

 しかし今すぐそうするわけにもいかなかった。私には私なりに、通すべき義のようなものはあった。

 

 その後のことは……まだ分からない。

 

「……まだ答えを聞けてなかったんだけどさ」

 

 途端に、川内の声が小さくなった。

 その声量と言葉の内容で、彼女の言おうとすることがなんとなく予想がついたが、その先の言葉を待つことにした。

 

「……提督はさ、秘書艦……私でよかった……?」

 

 この前とは少し違う問いだった。しかし聞きたいことは同じなのだろう。

 私は額面通りに受け取ることにした。

 

「ああ。君でよかった」

「……そっか」

 

 君でないとだめだ、とは言わなかった。

 私には逃げる選択肢が与えられすぎているように思う。もっと追い込まれたのなら答えられる気がするが、現実はそうでないのだから仕方がない。

 

「君はどうなんだ。……川内は、私が提督でよかったか?」

「…………それは」

「…………」

「…………」

「……それは?」

「…………」

「……川内?」

 

 反応がなくなった。川内の方を振り返ると、相変わらず突っ伏した姿勢を保っていた。

 溢れるような吐息が聞こえるあたり、結局睡魔には勝てなかったらしい。

 

 私の質問に対する回答は得られなかった。一方的に質問をして逃げるのか。私が責められることではないが。

 ……まあ、いいか。

 

「…………」

 

 いつの間にか手を止めてしまっていた執務を再開する。川内との会話の片手間に執務をこなすことなど、私にはまだ不可能らしい。

 やることはまだまだあるのに、無駄な時間を過ごしてしまった。

 

 

 いつか来る回答時間には、納得のいく回答をしなければならない。

 それまでに用意しなければならなかった。逃げを許さない答えと、財政を圧迫する赤城への対抗策を。

 




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