鎮守府だって、不眠不休で働くわけではない。
先日、当鎮守府の機動艦隊が、南方の小さな海域を深海棲艦から奪回した。これにより南方諸国との海路での物資輸送経路が増え、更なる海域の解放が見込まれる。
当然これは少しは人類への貢献となる。
大本営は、私たちが一定の戦果を果たしたと見なしたらしい。今朝、私のもとに通達があった。このご時世にも関わらず、紙での通達だ。
曰く、私とその管理下にある艦娘に一週間休暇を与えるだとか。
「…………」
嬉しい知らせだった。着任してから毎日鎮守府の運用と艦隊の指揮をし続け、ストレスの溜まる一方だったため、この休暇は魅力的だった。
普段から死と隣合わせの戦場に赴いている艦娘も、この休暇で心身ともに休むことができるかもしれない。
たったひとつ惜しむべきは、その通達があまりに急すぎたことだ。
私の目が狂っていなければ、休暇は本日から与えられる。……大本営の悪いところが出ているような気がした。
慌てて確認したところ、ここしばらくは急を要するような出撃の予定はなかった。近海の哨戒と遠征の予定を組んでいるだけだ。
「……はあ」
時計を見ると、まだ朝7時前である。
普段なら、もうそろそろ川内が司令室に来る時間だが。
バタバタとドアの外に足音が聞こえるあたり、川内がここに向かってきているのはやはり間違いないらしい。
「てーとくー! おっはよー!」
やけに高いテンションで司令室に入ってくる。毎朝こうだが、朝に強いタイプなのだろうか。
私には理解し難い。
「おはよう」
「……? あれ、まだ始めてなかったの?」
執務をしている様子のない私に違和感を覚えたらしい。いつもは川内が来る前から執務にとりかかっているため、奇妙に感じているようだ。
「ああ。ここしばらくは何もしなくてよくなった」
「ん? ん? どういうこと……?」
「……これを読め」
説明するより見せた方が早い。大本営からの通達を渡す。
右から左に目線が動く。呆れた表情になるのが見て取れた。
「……急じゃない?」
「ああ。本当に」
「ね。こういうところ、ちょっとなあ……」
「どうにかすべきだな」
菱餅。
前もって告知をしてもらいたいたかった。それくらいできるはずだ。そこができたらあとは概ねいいんだが。
「……哨戒とかはするんだよね?」
「最低限はする。この付近だけだ」
「大丈夫なの? まだ不安定な海域もあるんじゃ……」
「他所に任せるらしいが」
「うわあ……もしかして、いつか私たちも他のところを任せられたりするのかな……」
「……他所が休暇を与えられたら、カバーするのは私たちだろうな」
「そっか。ま、仕方ないか。今回代わりにやってもらうし」
私たちが開けた穴は他に埋めてもらうしかない。他もそうなのだろう。
貸し借りが生まれるようで少し面倒なシステムだが、代替案が浮かぶわけでもないので納得せざるを得なかった。
腕時計を見ると、7時を回ったところ。哨戒任務が入っていた艦娘は既に起きているだろうが、もともと今日は休みだった艦娘が起きているかどうかは怪しい。
さすがにあと1時間もすれば起きているだろう。
「8時頃にこの指示を放送するが」
「それまで暇だね」
「休暇を与えられたとはいえ少しは仕事があるだろうと思ったが、特にやることがない。遠征もしないから資源の管理も楽だ」
「……やることがないよね」
結局やる必要もなくなったが、簡単な作業なら、本日の分は昨日のうちにある程度は終えてある。最近は余裕をもって執務を切り上げることができているため、成長を実感してならない。
この場面に限っては、少しくらい仕事があったほうがいいが。暇だ。
「とはいえ折角の休みだ。川内も好きに過ごせばいいんじゃないか」
「そうだねー。執務ができないの、ちょっと残念だけど……ま、このあとは普通に姉妹で過ごすかなー」
「そうか」
いいことだ。
先日の川内と神通の様子を見ていてひしひしと感じたように、安心できるような関係である限りは、やはり家族は共にいるべきだ。
そこに尊いものを感じてならない。私も両親を大切にしようと思えるものだ。
「……あ、外出もしていいのかな。遠出するつもりはないけど」
「私に言えばいつでも許可は出す」
「そっか、ありがと。お菓子でも買ってこようかな」
「そうか」
姉妹で菓子を食べつつゆっくり過ごすのだろう。普段川内は秘書艦として私のもとにいるため、あまりゆっくり話すことはないはずだ。
この機会に、姉妹水入らずで、楽しく過ごしてほしいものだ。
「あ、そうだ」
川内が言葉を落とす。
『菓子』という言葉に何かを思い出したらしく、私に何か尋ねることがある様子だ。
「私たちはタケノコ派だけど、提督は大丈夫?」
「……あ、ああ。私はどちらでも構わないが」
「よかった。キノコ派だったらどうしようかなって」
「そ……そうか。あの、せんだ」
「あ、炭酸はいける?」
「……大丈夫だ」
「じゃ、オレンジジュースでいいよね。私たち炭酸飲めないし」
「聞く必要あったか」
やはり川内は朝に強いらしい。やけにテンションが高く、刹那的な会話を楽しんでいるように思える。
私には朝から寸劇を楽しめる気力はないが。少し羨ましい。
「それより川内」
今の私には、そうした会話よりも引っかかることがあった。
私の気のせいなのかもしれないが……川内のことだから気のせいではないはずだ。
「ん、なに?」
「私も一緒していいのか?」
「え? だって私秘書艦だし、一緒に……」
「これは休暇だ。秘書艦としての責務は忘れていい」
「…………あ」
姉妹水入らず、と思っていたら、いつの間にか私も勘定に入っていたらしい。
この川内という艦娘、秘書艦という立場が生活にまで染み込んでいる。働きすぎではないか。
「わ、私、提督と一緒にいるのが当たり前になってたかも。あ、あはは」
「…………」
さすがに恥ずかしいらしい。照れ隠しに自分が今放っている言葉の意味も分からず喋っているようだ。
それはそうだ。みんなそうする。私だってそうする。
「あ、あは……」
「川内」
「……なに?」
「私も一緒していいな?」
「……うん。当然」
先程までは行く気がなかったが、気が変わった。
私もやることがないのだ。暇を潰せることがあるなら、強引にでもやりにいきたい気分だった。
「あとで菓子を買いに行くか。近くにコンビニがあったはずだ」
そうと決まれば気が乗った。
このあたりの地理にはまだ少し慣れていないが、そこはどうにかなるだろう。
姉妹の空間に割り込んでしまうことに少し申し訳なさを感じていたが、それよりも楽しみな気分が勝っていた。
私も、勝手に川内と一緒に買い出しに行くつもりでいたことに気づき、1人で悶えた。