鎮守府から車を20分ほど走らせたところに、大型のショッピングモールがある。そのことを知ったのは今日だった。
思えば、私的な用事で鎮守府を出るのは、今回の休暇がはじめてだった。このあたりの土地勘がなくても仕方がない。
「そういえば提督、今日は私服なんだ」
モール内のアパレルショップで服を吟味しつつ、川内が問いかける。
買い物カゴの中にはすでに衣服が放り込まれている。見るに、これからの夏に向けての選択らしい。
「軍服を着ていても他の客を威圧するだけだろう」
「まあそうだろうね」
決まった制服があると、毎日の服装に気を遣わなくてもよく、楽なものだ。学生の時分には理解できなかった感覚。
今の私にとってはそれが軍服だった。それさえ着ていれば安心して執務にとりかかることができた。
しかし軍服がある分、私には私服が少ない。
私も少し洋服を見ようと思ったが、生憎今いる店はどちらかと言えば女性向けだ。店内にいるのも若干気まずく、うろうろと動き回るのも気が引けた。
「これとかどうかな」
「似合う」
ネイビーシャツに黒パンツを選びながら、川内が私に問う。即答した。
ファッションは私には分からないが、川内には合うような気がする。きっと彼女にはクールな服装が似合う。
それがなんとなくでしかないことに、申し訳なさを感じた。
「……今日、私だけでよかったのか」
「ん? なにが?」
「私には女性の感覚が分からない。君に合うような服装も、私の身勝手なセンスでしか判断できない」
「……んー」
「他の艦娘でも連れてきたなら、君に似合う組み合わせを的確に伝えてくれたはずだ」
2人でこの場に来てしまったために仕方なく私に尋ねてきているのだろうが、仲の良い者が一緒ならそちらに聞ける。
私は車の運転のために同伴しなければならないが、足と財布の役目だけで済むはずだ。
友人との買い物や食事に上官がいるのも鬱陶しいだろう。邪魔をしないように適当に時間を潰すことくらいできる。
「……まあ、そうだけどさ。そうじゃなくて」
川内は認識が違うらしい。
呆れたようにため息をつき、責めるような目を私に向ける。
「提督はどう思うの」
「……なにがだ」
「私にどんな服装が似合うと思う?」
難しい質問だった。どの答えが正解なのかわからない。
川内からは若干の威圧を感じる。答えが分からないなりに答える他なかった。
「……あまり分からないが、落ち着いた配色の服装がいいとは思う」
「うんうん」
「川内にはクールな印象がある。白Tシャツにジャケットを重ねるだけでも、本当に似合うはずだ」
「そっか」
「……だから、さっきの組み合わせが本当にいいと思うが」
「しかたないなー、提督がそこまで言うならこれにするよ」
言い終わるや否や、川内は手早くネイビーシャツと黒パンツを買い物カゴに入れ、足早にカウンターまで向かう。反応からして、きっと悪くない答えだったのだろう。
会計は自分で払うらしい。私が払うと申し出たが、笑って断られた。彼女のこれはきっと建前の遠慮ではなく、本心からのものだろう。
財布になるつもりで来たが。支払いを断られた今の私は、ただの足でしかなかった。
強引にでも会計をすればよかった。少しの焦りと責任が身を蝕む。
「……それだけでいいのか」
「ん? まあ、正直私服はけっこうあるからさ」
「そうか」
「とりあえず目的は済んだし、このあとひまだねー」
「書店でも行くか?」
「まだ読み切れてない本多いんだよねぇ」
「私もだ」
普段休みがないような職に就いているため、読もうと思って購入した本を読み切れないことが多い。
この調子なら、読了まで要する時間はおそらく数ヶ月に及ぶように思う。
この状況で新しい本を買う気にもなれない。川内もそうだと言うなら、書店には行けない。
「んー、映画とか観に行く?」
「映画は好きだが、最近のものは分からない」
「私もそうだなぁ。興味のあるやつないし」
「……昼食の時間でもないな」
「お腹すいてないよね」
いよいよすることがなかった。
服だけ買って帰るというのも呆気ない。私の心の中に燻る焦りを解消できるような立ち回りができればいいが、それを満たすような誘惑もなかった。
「しかたないや、帰ろっか」
「……ああ」
川内が歩き出す。駐車場に向かうつもりなのだろう。彼女の隣に並ぶ。
しかし今日私が彼女にしてやれたことは、車を動かしたことだけだ。これだけで贖罪になる気がしなかった。
何かをしなければならないと、強く感じた。
「提督」
「……なんだ」
「昨日のこと、まだ気にしてるの?」
歩みは止めないで、川内は私の顔を覗く。思わず目を逸らしてしまった。
私はどうも隠し事が苦手な性格らしい。顔に出るのか体に出るのか分からないが、何かしらいつもとは挙動が違うのだろう。
川内には秘書艦として毎日私の隣にいてもらっている。気づかれるのも仕方がなかった。
「…………」
「……気にしなくていいよ。もともと大丈夫だったしさ」
恥ずかしい。こんなことを言わせるためにここまで出向いたわけではないのだが。
川内は遠慮しがちな性格だ。私のことを気遣っていることはわかる。その厚意を無下にはしたくない。
「提督と出かけるだけでも楽しいし」
「……そうか」
それでも、依然として申し訳なさが残った。
私にできる最大限の償いをしたかった。そのための方法が思い浮かばない自分に苛立ちを覚えるほどには。
「……あ」
何かが目に付いたようで、川内がふと立ち止まる。
私の方を見ていて、たまたま見つけたらしい。視線は私の後ろに釘付けになっていた。
「どうした」
「ううん、やっぱりなんでもなかった」
「そうか」
なんでもないわけがない。
川内には分からないように視線の先を追ったが、万年筆の有名なブランド店があった。
当然高い。彼女の今の手持ちでは買えないのだろう。そうでないにしろ、どのみち購入に1度は躊躇いを感じる価格だ。
止めていた足を動かす。
「…………」
駐車場までは少し距離があった。
「川内」
「なに?」
「すまないが、少しお手洗いに行っていいか」
「ん。ここで待っとくね」
「いや……車の鍵は渡しておく。先に駐車場に向かっていてくれ」
「おっけ」
何も関係はないが、手持ちはある方だ。
川内が歩いていく背中を確認し、私は後ろに振り返る。
最近のお手洗いは料金がいるらしい。
財布が紙幣数枚分軽くなってから、私は駐車場に向かった。