「あててて……、ちくしょうっ!どうなってやがる!!」
勢いよく半身だけ起き上がらせ、自分の身に起きた事について悪態をつく。一頻り言い終え、スッキリしてからようやく自分の状況を確認するという考えに至り、ゆっくりと立ち上がる。怪我はしていないがぶつけた尻が痛む。他に人影が無い所を見るとここにいるのは自分1人だけのようだ。一瞬、最悪な事態も考えたが、すぐに振り払った。幾度となく同じ様な危機を脱してきた奴らだ。今回も乗り切っているはずだ。
「……どこだここ。いつの時代だぁ?」
辺りを見回す。青々と生い茂る葉を付けた木。木。木。どうやら森の中にいるようだが、見慣れない物が多い。例えば足下を這っているビール瓶サイズの蟻の行列。目の前を平然と横切る蝶の羽を生やした巨大なトカゲ。木もよく見ると見た事の無い毒々しい色の実をつけている。
「うへ、気色わりぃ。ったく、どーなってやがるんだ。見た事ねぇもんばっかウヨウヨしてやがる」
腰に手をあて、頭を掻きながら途方に暮れていると後ろから話し声が聞こえてきた。振り返るとすぐ後ろの茂みの方から聞こえる。両手を振って声をあげた。
「助かったぜ。おーい、ここだ!助けてくれ!」
ガサガサと葉が擦れる音と一緒に話し声が近付いてきた。若い男と女の声だ。間髪入れずに茂みから2人の人影が顔を覗かせた。思った通り若い男女だ。しかし見慣れない服装をしている。男は鈍く光る白い金属で出来た胸当てと小手を着けていて、頭には鷲の彫刻が施された金色のサークレット状の兜を被っている。女の方は黒紫色のローブを頭から被っていて、両肩に光沢のあるエメラルドグリーンの糸であしらわれた見た事の無い円形の模様が刺繍されてある。
2人とも濃い青の瞳をしていて、日本人ではないようだ。こちらの姿を見るなり、突然身構えて男が剣を、女が杖をこちらに向ける。表情も険しく、じりじりと警戒しながら距離を詰める。
「お、おい。なんだよお前ら、突然そんな物騒なモン向けやがって…」
「ミスティ、油断するなよ。ここらじゃ見かけない
「えぇ。わかってるわアッシュ。グール…いえオーガかしら?」
「おいオーガ!この剣士アッシュ様に出会っちまった不幸を呪うんだな」
ラスティと呼ばれた男は余裕そうに言っているが足が震えている。よく見ると女の方も杖を持つ手が微かに震えていて緊張しているようだ。
ようやく気が付いた。思わず右手で顔を覆い、憂鬱そうに項垂れる。以前にも似たような事があったからだ。あの時は自分の身なりが原因で武器を手にした侍の集団に追いかけ回された。恐らくこの2人もあの侍達と同じ様な勘違いをしているんだろう。
「はぁ……、またコレかよぉ。俺が何したってんだ!!こんにゃろう!!」
わざと両手を大きく上げ、威嚇するように怒鳴る。
2人は悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。まるであの時の既視感を見ているかのようだ。力なく腕を下ろし、肩を落とす。
「はぁ……。おーーーい!誰かーーー!良太郎ー!カメ!クマ!小僧!誰でもいい!助けてくれぇぇぇ!!」
彼の悲痛な叫びが森の中で虚しく木霊する。彼の名はモモタロス。赤い鬼の様な姿をしたイマジンである。
*
大股で切り株に腰掛け、頬杖をつき考えていた。気分は最悪である。苛立ちが募り、無意識に左足が小刻みに上下する。
老若男女様々な人達と出会うもこちらを見るなり話も聞かず一目散に逃げ出す。中には身に付けていた装飾品や食べ物、金貨の詰まった袋を差し出すという典型的な命乞いをする者まで至った。
「クソッ、どーすりゃいい。このままじゃまた前みてーに追いかけ回されっちまう。なんとかしねぇと……」
その時だ。すぐ近くから悲鳴が聞こえた。一瞬また自分を見かけた人間が上げたのかと焦って見回したが人影は無い。
自分に対しての悲鳴でないとわかった途端、モモタロスは声のする方へと走っていた。
草木をかき分け行き着いた先は開けた視界の開けた原っぱだった。遮二無二走った結果、どうやら森を抜けたらしい。目に飛び込んできたのは二足歩行をした人位の大きさの狼がひ弱そうな青年に襲いかかろうとする様だった。
「オイ犬っころ!何してやがる!」
声に気づいた狼と青年が同時にこちらを見る。狼はせっかくの食事を邪魔された事の怒りをこちらに向け、犬歯を剥き出しにして威嚇してくる。青年は青年でモモタロスを見るなりまた悲鳴をあげる。
「ったく!悲鳴あげてる暇あるならさっさと逃げろ!」
一喝された青年はハッと我に返り、近くの岩に身を潜めた。見届けた後、何処からともなくモモタロスは愛用の刀「モモタロスォード」を取り出した。刀の峰を左肩に乗せ、狼を挑発する。
「ちょうど今むしゃくしゃしてた所なんだ。手加減はできねぇぞ犬っころ」
狼が2本の後ろ足で思い切り地面を蹴って飛び上がった。落下と同時に爪を伸ばした前足をモモタロス目掛けて振り下ろす。
モモタロスは軽いバックステップで爪を避け、モモタロスォードで応戦。迫りくる爪をモモタロスォードで受け流し、がら空きの胴体にそのまま横一線で切りつける。
実力の差を今ので悟った狼は吹き飛ばされた勢いを利用してそのまま森の方へと逃げていった。
「なんだ?今のでおしまい?ふざけんなオイ!戻ってこい!」
しかしそれも辺りに響くばかりで虚しく終わった。悔し紛れに数回地団駄を踏む。
落ち着きを取り戻すと青年を助けた事を思い出したモモタロスはそっと彼が隠れた岩に近寄る。
「おーい。大丈夫だったか?えーっと…」
「い、命だけは、命だけは助けてくださいお願いします!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で青年は例に漏れず命乞いをしてきた。予想はしていたが流石に呆れる。
「オイオイ、俺は助けてやったんだぞ。セリフが違うだろうが」
「へ?あ、ありがとうございました…」
「おう。ほら、立てるか?」
ぶっきらぼうにすっと手を青年に差し伸べる。青年は突然の事でキョトンとしている。状況が理解できないのか、手とモモタロスの顔を見比べた。
歯痒さに思わず怒鳴りそうになるがここはぐっと堪える。せっかくのチャンスを不意にはできない。
「え、どうして?なんで…?」
「あーもう。俺は見て呉れはこんなだがえーと何だっけ。オーズ、は違うな。えーとオー………オーガ!そうオーガだ。とにかく何でもいい。そいつじゃねぇんだ。だから別に取って食いやしねぇよ」
おずおずと青年はモモタロスの手を取ろうと伸ばした。指先が触れるか触れないかの所で後頭部に衝撃が走る。
「あいたっ!何しやがる!」
振り返ろうと半身を捻るがそれが仇となり、今度は正面に衝撃が走った。当たり所が悪かったせいか、そのままモモタロスの意識は深い闇の中へと沈んでいった。
*
「はい。モモちゃんには、特製カプチーノね」
いつの間にかモモタロスはデンライナーの車内にいた。
いつものテーブル席に座り、目の前にはナオミが入れてくれたどぎつい赤色のクリームが乗った特製のコーヒーが置かれてある。
状況が飲み込めず、ひとまず出されたコーヒーに口をつけた。見た目に相反して味が全くしない。
「ねぇねぇ、どうしたの?モモタロス」
リュウタロスが突然横にやってきて指でつんつんと頬をつつく。鬱陶しく思い、手ではらいのける。
「先パーイ、そんな怖い顔しないで。ね?ホラホラ」
リュウタロスに続き、ウラタロスが加わる。2人の払うと今度はキンタロスがやってきた。
「リラックスやモモの字。顔が固くなってるで」
3人は払っても払っても執拗にモモタロスの顔をつつき、遂にモモタロスはブチ切れた。
*
「っだぁぁぁっ、しつけぇぞ!やめろテメーら!いい加減に…、あん?」
飛び起きるとモモタロスは木製の檻の中にいた。檻の外では棒を持った子どもが3人いて、モモタロスが起きた事に驚いて固まっていた。辺りを見回すとどうやら檻は大きなテントの中にあるようだった。
「なんだお前ら。って何で檻に入れられてるんだ俺。オイお前ら見てねぇで出しやがれ!」
「そうやすやすとオーガを出すはずないでしょ」
若い女の声がして、子ども達は持っていた棒を離して声の方に走っていった。程なくして声の主がやってきた。
赤いバンダナに栗色の髪の毛を後ろで縛り、胸には鈍い銀色のチェストプレートをつけて年季の入った毛皮の腰巻。腕や足にはいくつもの傷痕がついている。
「なんだオメーは。あ!それより早くここから俺を出しやがれ」
「聞こえなかった?オーガを簡単にここから出す訳にはいかないの。村で暴れられたら大変だわ」
「あぁ?俺はオーズなんかじゃねえ。モモタロスだ!」
「オーガだって。自分の種族の名前も言えないわけ?」
女は腰に手を当て、小馬鹿にしたように笑う。何となくあのムカつくハナクソ女に似てやがるとモモタロスは思った。
するとモモタロスが先程助けた少しなよっとした青年がやってきた。女と同じ栗色の短めの髪に緑色のベスト、茶色のズボンを履いている。首から赤い宝石がはめ込まれた銀製のペンダントを下げていた。パンと水の入った木製のコップを持っている。
「ね、ねぇ、サリィ。もう少し優しくしてあげてもいいんじゃないかな?この人、一応僕を助けてくれたんだよ?」
「何言ってんのよ。それを言うならコイツから貴方を助けたのはアタシよ?もう少しで食べられる所だったんだから」
「なっ、俺は人を食ったりしねぇよふざけんな!いいから出せコンニャロー!」
あまりにも腹が立ち、木の檻を乱暴に蹴飛ばした。木で出来ているはずなのにビクともしない。むしろ蹴飛ばした足の方が痛んだ。
「はははは。それはトレントの森の木で作った檻。そう易々と壊れる代物じゃないわよ。さてと、アタシはこれから子ども達を家に送り届けてくるけど、その間に勝手に逃がすんじゃないわよ?いいわね」
そう言ってサリィと呼ばれたムカつく女は手をひらひらと振りながら外に出ていった。青年はそれを確認してモモタロスに近づいた。
「僕のせいでごめんね。これ、少ないけどお礼に…」
「本当だバカ野郎。…まぁこれはありがたくもらっとくぜ」
素っ気なく青年からパンとコップを受け取り、その場に座り込んでパンにかじりついた。味気なくパサついて固いパンだったが、久しぶりに口にしたパンはこれ以上なく美味く感じた。あっという間にパンと水を平らげる。青年はモモタロスが食べる様子を終始微笑みながら見ていた。
「なんだ?なんか俺の顔についてるか?ニヤニヤ笑いやがって」
「あ、ごめん。そんなつもりはなかったんだ。ただその、言い難いんだけど君は僕の知っているオーガとは全然違うなって」
「へっ、だから何度も言ってるだろうが。俺はそのオーズじゃねぇ。イマジンのモモタロスだ……って!そうじゃねぇ!」
勢いよく立ち上がって檻を掴んだ。危うくその場の雰囲気に流されかけたが、今は仲良く自己紹介している場合ではない。
「え?モモタロスって名前じゃないのかい?」
「名前はそうだがそうじゃない!俺をここから早く出せ!今のでオーズじゃないって事わかっただろうが」
「気の毒だけどそれはできないんだ。村のみんなは君の事をまだよく知らないし、それに…」
青年は言い難い事があるのか言葉を飲み込むように愛想笑いを浮かべた。頬が引き攣っていてあまりに下手である。
「お前、何か隠してるな?」
「な、なんでもないよ。へへへ」
「でも何か言いかけてやめただろ?もしかしてこのままずっと檻に閉じ込めておくとかか?」
「そんな!とんでもないよ。明日の朝に村人全員で決議をして、場合によってはその檻ごと火あぶりになるかもしれないなんて口が裂けても言える訳ないじゃないか」
しまったと慌てて手で口を塞いでも、覆水盆に返らずである。青年の言葉を聞いたモモタロスはさっきよりも増して檻を揺らす。想像していたよりもずっと悲惨な結末になるかもしれないと知れば誰だって抵抗ぐらいしたいだろう。
「オイ!火あぶりってマジか!出せ!今すぐここから出してくれぇ〜」
力なくその場にへたり込む。項垂れるモモタロスを見ていたたまれなくなった青年はそっとテントから立ち去った。
*
テントから出ると日が落ちかけ、村は夕焼けに赤く染まっていた。家に戻る途中、青年は声をかけられた。毛が薄い頭に白く長い口髭を蓄えた老人である。片手で木の杖をつき、赤く染めた麻のローブを羽織っている。
「帰りがけに呼び止めてすまんな。少しいいかな?」
「はい。大丈夫ですけど、どうかしましたか?」
「それは良かった。何、たいした用事じゃないんじゃが、サリィが捕まえてきたオーガはどうだったかなと思っての」
「あぁ、その事でしたか。元気…にしてましたよ」
別れ際の落ち込んだモモタロスの姿が脳裏に過ぎった。罪悪感で胸が痛む。老人は青年の様子を見て心配そうに声掛ける。
「どうしたラック。顔色が悪いぞ?奴に何か酷い事でも言われたのか?」
「いいえ。そうではなくて。彼はその、
その言葉に老人は目を丸くして驚いた。
「なんと。オーガが人助けとな?わしゃサリィからお前さんが奴に襲われそうだったと聞いとったが…」
「それはサリィの勘違いなんです。僕も最初は襲われるかと思ったんですけど、人狼が逃げていった後、腰を抜かして立てない僕に手を差し伸べてくれただけなんです」
うーむと老人は唸る。本来、オーガは好戦的で残忍と言われる種族である。人狼を気まぐれに狩る事はあるかもしれないが、人を助けるなんて話を生まれて此方聞いた事がなかったからだ。
目の前の青年は少々臆病ではあるが嘘は言わぬ正直者と心得ているが、それでもにわかに信じ難い話に思えた。
「本当にそうなのかね?オーガがお前さんを助けてくれたと」
「はい。それに彼はオーガではなくイマジンのモモタロスと名乗っていました」
「イマジンか。聞いた事ない種族じゃのう。魔神、にしては簡単に捕まったようじゃし。うーむ、とにかく予定通り明日皆に処遇をどうするか決議をとろうかの」
「お願いします村長。僕は命の恩人の彼をこのまま死なせたくないんです」
その時、村の半鐘が甲高く鳴り響いた。それぞれ家にいた村人達が驚いて出てきた。火の見櫓で半鐘を鳴らしている男が叫んだ。
「わ、人狼だ!アイツらが群れでこっちに向かってくるぞ!」
*
青年が出ていった後、1人残されたモモタロスはどうにかこの檻から出る方法をはないかと、あれこれと模索していた。このまま何もせず火あぶりで死ぬなどあまりにもかっこ悪過ぎる。
「どうする?このまま焼きタロスになるなんて真っ平ごめんだぜ。クマ公がいてくれりゃ簡単にこんな檻破ってくれるんだろうが。というかアイツらまだ助けにきてくれねぇのかよ。ずかずか人の夢に出てきたくせに!」
ぶつぶつと独り言を言いながら狭い檻の中で考えると1つの考えが浮かび、ポンと手を打つ。
「おぉそうだ!あの姿ならここから出られるんじゃねぇか」
あの姿とはイマジンが契約を結ぶ前の砂状になった精神体の事をさす。現実世界で未契約のイマジンは身体を実体化できず、砂状になる。しかしモモタロスを始め、何人かのイマジンは契約をせずとも実体化できるようになっていた。
「そうと決まれば早速行くぜ!ふん!……あれ?」
モモタロスの力む声を出すも何も変わらない。もう一度今度は念じながら試すも全く変わらない。両手を交互に確かめるように見る。
「ぐっ、ダメだ。クソッ、なんで変わらねぇ」
外から急に半鐘の音が聞こえてきた。一瞬自分の事かとドキリとしたが、どうやらテントの外で何かあったようだ。鐘の音の他に村人の叫び声や獣の遠吠えに似たものが混ざっている。
すると怯えた表情の青年がテントに飛び込んできた。走ってきたようで息も絶え絶えである。
「た、た、た、たた大変だよ!村が!む、村が!」
「オイどうした!とにかく落ち着け。外で何が起きてやがる?」
「村が人狼に、人狼の群れに襲われてるんだ!サリィや戦える人達が持ちこたえてくれてるけどこのままじゃみんな死んじゃうよ」
「人狼?昼間オメーを襲ってたあの犬っころか!」
どうやらモモタロスに復讐するために仲間を連れてこの村にやってきたのだろう。いてもたってもいられなくなり、檻を掴み叫んだ。
「オイ!今すぐ出せ!俺なら何とかできるかもしれねぇ!」
「で、でも…君1人でどうやって?」
「そんなのやってみねぇと分からねぇだろうが!早くしろ!」
根負けした青年は檻の前に立ち、何かの呪文を唱える。すると呪文に呼応した檻は鉄のような硬さを失った。
モモタロスは青年に檻から離れるよう手でジェスチャーし、一気に蹴破った。バキッと木の乾いた音がして檻が破られる。
「ふーっ、やっと出られたぜ。っとこうしてる場合じゃなかった。行くぜ!えーと……」
「僕はラック、ラックだ」
「そうかよ。ダック、それじゃいっちょ犬っころ退治といこうじゃねぇか!」