ラックとサリィ、そしてモモタロスは村を飛び出した後、トレントの森を進んでいた。サリィの案で森を抜けた先にある隣町の「ナンツ」に向かう為である。
その途中で何度も魔物に遭遇し、その都度モモタロスはラックに憑依して戦っていた。憑依されたラックの怪我のリスクもあったが、それよりもモモタロスに任せた方がまだ怪我を負わずに済むと判断したからだった。
しかしそれも段々と億劫になり、森を抜けるまでの間は食事と排泄、寝る時以外は常に憑依する事になった。
『ごめんねモモタロス。大変な事を任せちゃって』
「なーに、気にすんな。この方がお前も怪我せず進めるだろ?俺に任せておけ。それにこの方が俺もヒヤヒヤしねーで済むからな」
「不本意だけど確かにね。最初にゴブリンが出た時なんて剣を振り回すんじゃなくて剣に振り回されてたものね」
『うぅ…。僕もサリィみたいに戦えたらいいのに』
「まぁそう落ち込むなダック。その内お前にしかできない事がみつかるからよ」
落ち込むラックを励ましているとサリィが不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「そう言えばモモタロスはこの森に来たことあったのよね?なんでこんな所に来たのよ」
「あ?知らねぇよ。確かデンライナーに乗ってたはずなんだ。それがいつの間にかこんなとこにいてよ」
「は?デンライナー?何それ」
Mラックは自分のわかる範囲でサリィにデンライナーや仲間について簡単だったが話をした。
「つまり貴方はそのリョータローや他のイマジンと一緒に時の運行っていうのを守っていたのね。まるで時の女神様みたい。あの強さも納得だわ」
「だろー?ほとんど俺の活躍と言ってもいいけどな。でもよぉ、アイツらとはぐれっちまったせいかパスもベルトもどっかいっちまって変身できねぇんだ」
「デンオウ…だったかしら?今でも強いのに更に強くなるなんて驚き。誰でもなれるの?」
『僕でもなれるのかな?デンオウ』
「ベルトとパスが無けりゃ無理だな。あとは俺達イマジンがいねぇと強さを発揮できねぇ」
「ふーん。簡単なのか難しいのかよく分からないけど、とりあえずそのパスとベルトがあれば変身?できるのね」
「そーだな。パスとベルトも俺達と一緒にこの世界へ来てるはずだ。とりあえず帰る前に見つけねーとどうしようもねぇ」
「それならもう少しでナンツの町だからそこで情報を集めましょう。もしかしたら貴方の仲間のイマジンかベルトの事を知っている人がいるかもしれないわ」
「おう。それならさっさと行こうぜ。美味いメシかフカフカベッドで寝てぇしな」
話しているうちに森の出口が見えてきた。出口に向かって歩く2人の後ろ姿をじっと見つめる者がいた事を2人は知らない。
*
トレントの森を抜けてから半日程でナンツの村にたどり着いた。余計な問題を避ける為にモモタロスは村の手前で再び憑依する。しかし今度はラックではなく…。
「なーんか妙な感じだな。これ…」
「やっぱり僕の時と違うの?」
「あぁ、違和感がある。なんだこの肩凝る感じは」
訝しげにチェストプレートの上から胸をまさぐる様に触る。それをラックは横目で見て、ゴクリと唾を飲み込む。
『ちょっと!人前で変な事しないでよ!アタシの身体なんだからね!?』
そう、今はサリィに憑依している。さすがに髪の毛は逆立っていないが、やはり髪の一部に赤いメッシュが入っている。
2人がやってきたナンツの街はラックとサリィの村「トゥースタ」よりも栄えていた。トレントの樹木で作った高さ5mを超える塀に、守衛付きの門がそれを物語っている。旅の商人や冒険者など様々な人達が2人とすれ違っていく。
「む、君は確かトゥースタ村の村長さんのとこの孫娘さんだね?」
鉄の鎧を着た守衛の1人ががMサリィの顔を見るなり柔和な笑顔を向けてきた。ドキリとしたのはMサリィである。間抜けな表情をして自分を指さす。
「え、俺ぇ?」
『何が「俺ぇ?」よ。貴方しかいないでしょ、全く…。いい?アタシの言う通り話して。怪しまれたらダメよ』
少し癪だが今はサリィの言う通りにするしかない。Mサリィはおほんと咳払いをするとぎこちない笑顔を浮かべる。
「お、おほほ。そうなんです。ジジイ…じゃない、おじい様にお使いを頼まれたんですますのよ」
怪しさMAXの話し方に守衛はMサリィの頭のてっぺんからつま先まで疑うようにじぃーっと見る。
あまりのぎこちなさにラックは内心止められやしないかとヒヤヒヤしながら見守った。
「そうでしたか〜。遠い所わざわざご苦労さまです。ささ、お通りください」
ニカッと笑って道を開けてくれた。2人はほっと胸を撫で下ろし、町に入っていった。
「ふぅ、一時はどうなるかと思ったぜ。俺の演技力も捨てたもんじゃねぇな」
『調子に乗らないの。アタシが教えてなかったら絶対バレてたじゃないバカ!』
「バカとはなんだバカとは!この筋肉女め」
『まーたその呼び名を…。違うって何度も言ってるじゃない!本っ当バカなんだから!』
「てめぇな!何度バカって言えば気が済むんだよ」
『あーら、ごめんなさいね。教えてあげないとわからないかと思って』
「オイ人の事バカにし過ぎだろ!お前こそ頭ん中まで筋肉なんじゃねぇのか?」
『な、なんですってぇ!?』
「わからねぇなら何度も言ってやろうじゃねぇか!このき・ん・に・く・お・ん・な!」
「す、ストップストップ!2人ともそのまでにしてよ。ほら周り…」
ラックの制止でMラックはハッと我に返る。行き交う人々が足を止めてこちらを白い目で見ていた。中にはこちらを見ながらひそひそと話し込む者たちもいる。
手遅れと思いつつも咄嗟にラックは演技をする。
「い、いやぁー、さすがサリィだなぁ。こんな所でも収穫祭でする劇の練習をするなんて。熱の入れ方が違う」
ラックは僕に合わせてと口パクでMサリィに伝える。状況を飲み込めたMサリィは小さく頷いて再びぎこちなく笑う。
「そ、そうでしょ〜?ん、ん゛っ!正義と信じ、分からぬと逃げ、知らず!聞かず!その果ての終局だ。もはや止める術など無い!そして滅ぶ・・人は、滅ぶべくしてなぁっ!!」
アドリブはあまり効かないようでMサリィはよくわからない台詞を口走る。見かねてラックはMサリィの手を取り、宿屋を指さした。
「ほ、ほら。次は台本の読み合わせもしないとだからあっちの宿屋でやろうよ。ね?」
強引に芝居を続けるMサリィの手を引き、冷たい視線が刺さる中、宿屋に向かった。
*
ひとまず一部屋だけ借りて真っ直ぐMサリィと部屋に入った。人目に触れないのを確認してモモタロスはサリィから出る。そのままベッドで横になろうとしたモモタロスと、浴室に向かおうとしたサリィをラックが止めた。
「はい、2人とも。そこに座って」
「あー?なんでだよ。こちとら久々のふかふかした寝床なんだぞ。休ませろよ」
「そうよ。今は熱いお風呂に浸かってリフレッシュしたい気分なの。野蛮な奴に取り憑かれて最悪なんだから」
「あぁ?お前が『たまにはあたしに〜』って言ったから入ったんだろうが」
「何よ。守衛さんに声掛けられて固まってたのは誰よバカオーガ」
「だから!俺はオーズじゃねぇ!ほんっと覚えが悪い筋肉女だな」
「覚えが悪いのはそっちでしょ?いい加減にしなさいよね!」
「上等だコラ。表出ろや」
「いいわよ?ここで外に出て困るのは誰かしらね」
「ストーーーップ!!」
ヒートアップする2人の間にラックが割って入り止める。それまで大声で言い合っていた2人はピタッと止まりゆっくりラックを見る。
「いい加減にするのは2人だよ!さっきの外での事もそうだけど余計目立っちゃうでしょ!!ほら、いいから座る!」
渋々2人はラックの前に正座する。ラックは何時になく怒っている。
「わかる?僕の気持ち。2人はケンカが成立してるかもしれないけど、はたから見たら1人で大声あげてる変な人だからね?それを無理な言い訳して誤魔化さなきゃいけないんだよ?一緒にいる僕まで変な目で見られるんだから!」
「いやだってコイツが…」
バツ悪そうにモモタロスが呟く。ビシッとラックがモモタロスの口元に指さす。
「だっては無し!いい?モモタロスは変にサリィを挑発しないの。わかった?」
「はい…すみませんでした…」
うんうんと頷き、今度はサリィの方を向いて同じように指さす。
「サリィはいちいち反応しない!気にしてるのかもしれないけど、憑依されてる時に反応しちゃったら更に悲惨な事になるからね。わかった?」
「はい…ごめんなさい…」
2人の様子を見て頷きながらラックはドアノブを握る。
「それじゃ僕は食料と道具買ってくるから、2人ともここで反省しててよね」
「げっ、なら俺も連れてけよ。コイツと2人なんてごめんだぜ」
「それはこっちのセリフよ。ラック、買い物行くなら私も…」
ギロりとラックは2人を睨む。ビクリと身体を震わせ2人は更に小さくなる。
「2人で反省してて。わかった!?」
「はい…」
「わかりました…」
バタンッと勢いよくドアを閉めてラックは買い出しに出かけて行った。2人はバツ悪そうにゆっくり無言で立ち上がる。モモタロスはベッドに寝転がり、頬杖をつく。サリィは備え付けのバスセットを持って浴室へと向かった。
*
道具屋でポーションや解毒草などのアイテムを粗方買ったラックは夕暮れ刻のカフェでコーラを飲みながら愚痴をこぼしていた。
「ふぅ、2人ったら本当に困るよなぁ。もう少しケンカを控えてくれたっていいのに…」
「本当にそうですよねぇ。わかりますよその気持ち」
隣のカウンター席に座っていた見ず知らずの男がラックのぼやきに答えてきた。
黒いローブを着た、いかにも怪しい男である。男はコーヒーを1口含むとラックの方を向いた。頭から被ったフードのせいで目元は隠れていて、口元だけが顔を覗かせている。声からして初老の男のようだった。
「あの失礼ですけど、どなたですか?」
「私ですか?そんな事どうでもいいんですよ。ただね、私はあなたの気持ちがよーくわかるんです。大変ですよねぇ本当…よぉーくわかります」
「え?でも…」
戸惑っていると男は懐からひし形の小瓶を取り出し、すーっとカウンターの上を滑らした。ピタッとラックの前で小瓶は止まる。
「それはあなたの不安や悩みを解決してくれる物です。さぁ、グイッといきなさい」
「いや、こんな怪しいものなんて要りませんよ。そもそもなんなんですかコレ」
「怪しい物なんて入ってませんよ。だから心配する事なんてない」
疑っているはずなのに、ラックはいつの間にか小瓶を手にしていた。恐怖で手が震える。周りにいたはずの客がいつの間にか全員いなくなっている。不安が声になり、口から発せられる。
「あなた、本当に何者なんですか?」
「ふぅ、本当にしつこい人だ。そうですね……、では『ドクトル』とでも名乗りましょうか。ですからそれは医者の私があなたに処方した薬という訳だ。さぁ…お飲みなさい。私を信じて…」
徐々に目が重たくなってきた。男の言葉が段々と子守唄のようにラックの意識を奪っていく。朦朧とするラックの意思に反して手が勝手に口元へ小瓶を運び、中身を一気に飲み干した。
「そうです。それでいい。さぁ、仲間の元へ戻りなさい。ふっふっふ…」
カランッと小瓶が音を立てて床に転がる。買った物もそのままにラックはふらふらとおぼつかない足取りでカフェを後にした。
*
居心地の悪さからモモタロスは頻繁に寝返りをうっていた。先程のラックの雷と今の状況がそうさせているのは言うまでもない。
イマジンの彼にとって性欲というものは全く無縁の存在であるが、隣の浴室で年頃の娘が沐浴しているとなると、なんだか妙な気分になってくる。
(ダックの野郎、なんで連れてってくれなかったなんだよクソ!あの筋肉女も筋肉女だ。普通こういう時に風呂なんて入るか?俺が部屋にいるっていうのによ!)
ガチャッとドアが開く音がした。入口の方からである。ちょうどモモタロスは入口の方を背にして寝転がっていた為、ラックが帰ってきた事はわかったが姿まで見えていなかった。
「ダック、さっきは悪かったな。あー、今あの筋肉女が風呂に入ってるからそっちには行かねー方がいいぞ」
返事が無い。余程ラックは怒っているのだろうか。不安になったモモタロスはひょいっと起き上がりドアの方を向いた。
「オイ、返事くらいしたっていいじゃねーか。無視はよく無い…」
モモタロスは驚きで言葉を失った。さっきまで頭を着けていた枕にナイフが突き立てられている。それを握っているのはなんと…。
「だ、ダック?これはどういう…」
「ウガァァッ!アァァァァァァァァ!!」
モモタロスに向けてラックは手にしたナイフをヒュッと走らせた。モモタロスはそれを必死に避ける。
「お、オイダック!いくら頭にきてるからって何やってんだよ!」
訴えも虚しく夢中でナイフを振るう。目は虚ろで目の下にクマのような黒い影ができていた。
モモタロスの額目掛けて突き出されたナイフを間一髪の所で白羽取る。
「っぶねぇな。こりゃどういう訳だ?いい加減頭にきたぞコラ!」
力任せにナイフごとラックを押し出し、転倒させる。勢い余ってバランスを崩したラックは部屋に設置されていたテーブルに激突。側に置かれていた椅子が派手に音を立てて転がった。
このタイミングで湯上りのサリィがバスタオルを身体に巻いて湯気を立てながら出てきた。
「うるさいわね。何遊んでんのよ。またラックに怒られちゃうわよ?」
何も知らないサリィは頭に巻いたタオルでゴシゴシと髪を拭いている。するとテーブルにもたれているラックに気付いた。
「や、やだ!ちょっともう、モモタロス!ラックが帰ってきたなら教えてよ。今服を着てくるからこっち見ないでよね」
カーテンのかかった脱衣場へ向かおうと踵を返した。ラックは物音を立てず、ぬーっと立ち上がる。そしてナイフを逆手持ちにするとサリィに迫った。
「何呑気な事言ってやがる!筋肉女、後ろ後ろ!」
「本当うっさいわね。何よ?」
振り返ったサリィの目の前にナイフを突き刺そうとするラックが立っていた。咄嗟にサリィはタオルから手を離し、恐ろしい手際の良さでラックの手首を掴むとそのまま床にねじ伏せた。頭を強打したラックはそのまま気を失う。ほとんど一瞬で方が着いた。
「モモタロス!何か縛るものちょうだい。早く!」
「お、おう!」
モモタロスはラックのカバンを漁り、手頃なロープを見つけてサリィを見ないように手渡した。サリィは受け取ったロープでラックを縛りあげる。
「これでよしっと、全く。いくら頭にきてるとはいえ、アタシに勝とうだなんて10年早いわ。…何?その変な動きは。ラックに襲われて首でも痛めたの?」
モモタロスはサリィを直視しないように下だったり上だったりを向いている。その奇妙な動きにサリィは小首を傾げた。無言でモモタロスはサリィの足元の床をちょんちょんと指さした。目線を向けるとその先には身体に巻いていたはずのバスタオルと露わになっている自身の裸体が見えた。
「〜〜〜っ!!////////」
今の自分の姿を理解したサリィは言葉にならない声をあげて、素早く脱衣場に隠れてしまった。
*
「なんで早く言わないのよ!このドスケベ!本当信じられない!ヘンタイイマジン!最っ低!」
とりあえず新しい洋服を着たサリィは自分のベッドの上で永遠と罵っていた。若干彼女の目には涙を浮かべている。彼女に背を向けたまま、モモタロスも負けじと怒鳴る。
「仕方ねぇだろ!突然だったしほら、俺だって好きで見た訳じゃねぇ。お前こそ風呂上がりなんだから気を付けろ!」
「うぅ……もう本当に最悪。お嫁にいけないじゃないの…」
両手で顔を覆い、サリィは俯く。勿論これはただの嘘泣きなのだが、流石のモモタロスもこうなると弱い。後頭部をポリポリとかいた後に静かに言った。
「その…、ハプニングとはいえ悪かったよ」
「本当にこんな美しい女性を泣かすなんて酷いですねぇ。アナタ」
聞き慣れない声がしてモモタロスとサリィは同時に声のした方を向いた。
いつの間にか黒いローブを纏った男が倒れていた筈の椅子に足を組んで腰掛けている。
「彼が縛られて床に転がっているという事は失敗したのですか。もう少しいい仕事をしてくれるかと思ったんですけどねぇ」
「テメェ何者だ!どっから入ってきやがった!?」
怒鳴りながらモモタロスが立ち上がる。しかし男は椅子から消えていた。辺りを見回すが見当たらない。
「そんな事はどうでもいいんですよ。それより短気は良くないですねぇ。君は噂通りの人物のようだ。ねぇ?モモタロス君」
真後ろから声がして振り向き様に裏拳を仕掛ける。しかし男はそれをパシッと受け止め、モモタロスの手を離さない。力任せに剥がそうものにも、男の握力の方が勝っているのかビクともしない。
「なんで俺の名前を知っていやがる。イマジンじゃねぇようだが…」
「イマジンなんてとんでもない。私はね、アナタをよぉく知る方から教えてもらったんですよ。ほら、それにこんな物もありますしねぇ」
男はどこからとも無くある物を取り出し、それをモモタロスの眼前にぶら下げてわざとらしく揺らした。
「そりゃ俺のライダーパスじゃねぇか。返しやがれ!」
モモタロスが奪い取ろうとすると男の腕は霞のように消え、次に現れた時は部屋の出入口に立っていた。
「『俺の』とは些か語弊があるんじゃないですかねぇ。これは少しの間だけ彼から借りた物なんですから」
「ッ!!彼だと!?まさか、そんな有り得ねぇ!」
男の言葉にモモタロスは動揺を隠せないでいた。もし奴の言う事が本当だとしたら、アイツがこのフードの男に協力しているという事になる。
その様子を見たサリィは声をあげる。
「ねぇ、どうしたの?しっかりしてよ」
「ふふっ、君の想像が本当かどうかは私に付いてくればわかりますよ。それにほぉら。これが無いと困るんじゃないんですか?」
男はパスを見せつけながら、すぅーっと部屋から出ていく。ハッとしたモモタロスは脇目も振らず男を追いかけた。
慌ててサリィは弓と矢筒を背負い、モモタロスの後を追った。