墓地での戦いから1週間後。モモタロス達は王都であるヘキサレイズを目指していた。
あの後、サリィは非常用として持っていた『女神の慈愛』をモモタロスに使い、傷口は塞ぐ事ができたのだった。
しかしダメージが大き過ぎて危ない状態に変わりなく、宿屋に戻ったサリィは正気に戻っていたラックと共にありったけのポーションをモモタロスに与えて、あとは体力の回復を祈るしかなかった。
サリィの迅速な処置のおかげもあり、翌日にモモタロスは目を覚ました。リビングデッドやオーディンと戦った事は覚えていたものの、その正体が良太郎だった事をモモタロスは覚えていなかった。おそらく心身共にダメージを負った事でモモタロスの心が本能的に忘れたのだろうとサリィは思い、正体については胸にしまっておくことにした。
「しっかし本当に遠いな。まーだ着かねぇのかよ。その『屁くさレイズ』ってとこは」
Mラックはうんざりした様子で文句を垂れる。現在彼らが歩いているのはフルルド山脈のヘキサレイズ側。辺りは岩肌が剥き出しの荒地である。
このフルルド山脈は俯瞰で見るとドーナツのような形をしており、ヘキサレイズへと続く道は6本ある。またこの山脈は標高こそそこまで高くないものの、その土壌に魔法の原動力であるエーテルがふんだんに含まれている。それを利用した関所兼砦が6箇所それぞれに設けられており、王都の守りの要となっていた。
「『ヘキサレイズ』よ。王都なんだからそう簡単にたどり着けたらあっという間に侵略されちゃうわ」
「王都ねぇ。て事は王様がいんのかよ。あ、そういやウチにも王子みてぇな手羽野郎がいたっけな」
「…はぁ?手羽野郎?」
「おう。アイツももしかしたらコッチに来てるかもしれねぇぞ。そしたらその内ばったり会えるかもな。アイツを見れば俺が言ってた事がわかるからよ」
『あ!モモタロス、あれ!』
Mラックの視界の左隅に何かが引っかかった。目を凝らすとそれは人間の子どものようで人ほどの大きさもある赤い球体に追われている。
「なんだ?あのバカでかい林檎は」
『あれはリンゴロ虫だよ。この辺で見られる魔物なんだ。あそこまで大きいのはなかなかいないけど』
「それってあれか?ダンゴムシと林檎を足して割ったニュアンスの魔物って事か?」
『そのダンゴムシっていうのは知らないけど、きっとそんな感じだと思う』
「ほら、2人とも呑気に話してないで助けるわよ!」
いつの間にか弓を装備していたサリィがリンゴロ虫と呼ばれた巨大な球体に向けて矢を射る。
装甲が硬いとの転がる速度が速いせいか矢はキンッと弾かれ、そのまま明後日の方向に飛んでいった。効果がなかったように見えた射撃だったが、リンゴロ虫は突然ピタリと転がるのをやめて静止した。
「止まったわ。でも矢は弾かれたわよね?」
「オイ。これってもしかして…」
球体はぱらりと開き、赤い巨大なダンゴムシ形態になった。そして触覚をうねうねさせてしばらくするとまた丸くなり、林檎形態になる。リンゴロ虫はこちらに向かって転がり始めた。もの凄い勢いである。
「ゲェェッ!やっぱりかぁぁぁ!」
Mラックとサリィは慌てて逃げだす。リンゴロ虫はゴツゴツとした小さい岩を砕きながら速度をあげて襲いかかる。
「筋肉女!お前が呼び寄せたんだろ!なんとかしろ!」
「こんな事になるなんて思わなかったの!貴方の剣でなんとかしてよ!」
「はぁ!?無理だろ!それに上手くいかなかったらダックがのしいかになっちまうぞ!」
「じゃあラックから出てよ!今なんとかできるのは貴方だけなんだから!」
Mラックは舌打ちをして分離する。ラックはモモタロスが抜け出た反動で躓いて派手に転ぶ。モモタロスはラックから真上に飛び出し、同時にモモタロスォードを振り上げた。
「オリャァァァァッ!」
一気に振り下ろし、リンゴロ虫を一刀両断。真っ二つになったリンゴロ虫は左右に別れて失速し、それぞれゴロンと倒れるとボワンッと煙になった。
「やったじゃないモモタロス。あれ?どこ?」
「ここだここ…」
声はするものの、姿が見えない。ラックを起こし、2人で辺りを探す。すると一段低い窪地に落ちているモモタロスを見つけた。
「クッソォ…。せっかく決めたのにこれじゃ台無しじゃねぇか!何見てんだよ。えぇ?早く手ぇ貸せ!」
*
「お前ら余計な事をしやがって。せっかくアタイがリンゴロ虫を誘き寄せてたってのにさ」
モモタロスを窪地から引き上げると、どこからともなく声がした。キョロキョロと3人が辺りを見回していると、這い出たばかりのモモタロスの脛に激痛が走る。
「痛ってぇ!何しやがる!…ってお前、さっき追っかけられてたチビか?」
足元に小さな女の子が腰に両手を当て、立っていた。猫目をさらに釣り上げてこちらを睨んでいる。背丈はモモタロスの膝位しかなく、かなり小さい。ブロンドの髪を三つ編みで後ろに一つ結びしていて白いシャツの上に臙脂色のエプロンスカートを着ている。エプロンスカートの両脇には鞘に収まったナイフ、金槌、黒い粉が入った試験管、裁ち鋏など様々な道具を下げており、頭にはオレンジ色の枠をしたゴーグルを置いていた。
「チビってのはアタイの事かい?アンタそれはドワーフ族全員を敵に回す発言だとわかってて言ってるんだろうね?」
「あぁ?ドワーフ族だぁ?知らねぇよそんなの。それより歳上は敬うってのを知らねぇのかよ!」
「その言葉、そっくりそのまんまアンタに返すぜ。このクソ雑魚オーガめ」
モモタロスの脛目掛けてグーパンチをお見舞いする。「あいたっ!」と悶えてモモタロスはその場に蹲った。
「貴女ドワーフ族なのね。私初めて見たわ」
「僕も初めて見た。可愛いね。君、名前は?」
「おい青二才とアバズレ。まだアタイを子ども扱いするってのかい?アタイはこう見えて112歳のバリッバリ大人だよ。ここまで馬鹿にされちゃドワーフ族の名が廃るね」
少女は右腕の袖を捲ると翡翠色のブレスレットが顔を出す。中央に腕を顔の前でクロスさせた人の形をした彫刻が彫られた奇妙な形のブレスレットである。
ラックは怒らせてしまった事に気付き、慌てて弁明する。
「ごめん、そんなつもりはなかったんだよ。本当に初めてドワーフ族を見たからその、率直な感想が出ちゃったっていうか…。とにかくごめんね」
「そうなのよ。彼も悪気があって言った訳じゃないのわ。落ち着いて」
必死に謝るが少女は聞く耳を持たず、右腕を天にかざして叫んだ。
「言い訳はあの世でたっぷりするんだね!さぁアンタの出番だよ。出てきなデネブ!」
するとブレスレットの彫刻と同じポーズを取った怪人が翡翠色の光とともに現れた。銀色の甲冑のような両腕にがっしりとした体格。ゆっくりと両腕を下ろすと現れたのは黒い頭巾に包まれた金色の独特な顔だった。
ドヤ顔で両腕を組んでいる少女に怪人は身を屈め、渋い声で問いかけた。
「どうした?モルガ。またおねしょしたの?だからいつもジュースは飲みすぎないでねって言ってるだろう」
顔を赤らめ、恥ずかしさを紛らわすように怪人の頭を素早くどつく。
「何勘違いしてんだい!そうじゃないよアホ!敵だ敵。ほら」
「おっとっとそうだったか。よし。最初に言っ……あぁっ!」
怪人は言いかけて驚きながら背を向けてるモモタロスを指さした。矢を取り出そうとしていたサリィは思わず手を止める。
ようやく痛みが引いたのかモモタロスが勢いよく立ち上がった。
「テメェこのクソチビ!脛はやめろ脛…」
モモタロスも言いかけて手を止めた。怪人に指をさし、動揺からか細かく震えている。
「モモタロス!モモタロスじゃないか!」
「おデブ!なんだお前もコッチに来てたのかよ!」
2人はお互いの肩を掴み、飛び跳ねて喜んだ。完全に置いてけぼりなのはラック達である。とりあえず事の成り行きを見守るしかできなかった。
*
「だーっはっはっ。いやーモモすけ、さっきは蹴って悪かった。まさかデネブの知り合いだったとはね。知らなかったよ」
「俺もチビなんて言って悪かったな。お前のおかげでおデブと再会できたんだ。お互い水に流そうぜ」
「そうだな、そうしよう。ほら、ジャンジャン飲め。ジャンジャンいこう」
すっかり意気投合したモモタロスとドワーフ族の少女(?)モルガは肩を並べてデネブお手製のオレンジジュースで乾杯していた。その後ろでラックとサリィはまだ状況がよく飲み込めないまま、ランチをご馳走してもらっていた。
「はい。デネブ特製タンシチューです。美味しいよ」
「ありがとう…」
「あの、デネブ…だっけ?君もイマジンなの?」
割烹着姿のデネブにラックがおずおずと質問を投げかけた。デネブはウンウンと頷く。
「あぁそうだ。侑斗がいなければ俺は実体を保てない。消えかけていた俺をモルガが助けてくれたんだ。だからこっちの世界にいる間、モルガは俺が守る」
「ユート?」
「俺の契約者さ。優しくて寂しがり屋なんだ。ちょっと素直になれない所もあるんだけど。あ、これお近付きの印ね。デネブキャンディー」
持っていた小さな籠から飴玉を2つ取り出してラックとサリィに手渡した。包装紙にデネブの顔が印刷されている。
「どうもありがとう。それでさっき消えかけたって言ってたけど、どうして今は平気なの?」
「それはあれのおかげなんだ。難しい事は俺にもよくわからないんだけど、契約を結んでいる時と同じ状態を保てているだ」
デネブはモルガの腕のブレスレットを指さした。それを見てサリィは感心したように頷く。
「なるほどね。ドワーフ族のコントラクトブレスか。それできっと契約をしている状態になってるんだわ」
「へぇ。あ、でもモモタロスはなんで実体を持っているんだろうね。僕らコントラクトブレスも持ってないし、契約した訳でもないよ?」
「それは多分リョー…」
言いかけてサリィは口を噤んだ。モモタロスの仲間であるデネブがここで聞いている以上、迂闊に話すのはやめといた方がいい。
「多分何?」
「えーっと、多分不思議な事が起こったのよ、きっと。モモタロスの中で。よくあるじゃない?」
「よくある訳ではないと思うけど…。でも不思議な事ねぇ。そうなのかなぁ?」
「そうなの。…っ!デネブ、これとっても美味しいわね。あとでレシピ教えてよ」
「うんいいよ。おかわりもまだ沢山あるから、たんと食べてね」
なんとかお茶を濁せたが、良太郎の話題がいつ何時に出るのかわからないと思うと気が重くなる。サリィはその不安を少しでも和らげようとタンシチューを頬張るのであった。
*
〜王都ヘキサレイズ 冒険者ギルド『ニライカナイ』〜
王都に拠点を築いてあるだけあってここはいつも活気に溢れていた。
パーティーを募集している初心者の冒険者、仲間とクエストの成功を祝って酒を酌み交わすベテランの戦士、何かあったのかカウンター席で1人グラスを傾ける女剣士等など。老若男女問わない多種多様の職業の人間たちがここで出会い、そして別れてゆく。様々な感情が入り交じったこの場所はまさしくニライカナイの名に相応しいと言えた。
そこへ1人の男が現れた。黒いローブを羽織った怪しい男である。彼は真っ直ぐ酒を飲んでいる戦士のテーブルに足を向けた。
「こんにちわ皆さん。実はあなた方に折り入って頼みたい事がありましてね」
「あぁ?なんだお前。依頼ならそこの受付でしてくれや。俺らは見ての通り打ち上げの最中なんだからよ」
「それは失礼しました。ではこれならどうですか?」
どさんとテーブルの真ん中に金貨が詰まった麻袋を置いた。袋の口が少し開いて金貨が溢れる。酒を持つ手を止め、パーティーの一行は男の方を向く。
「前金で40万
目の前の大金に一行はコソコソと相談を始める。戦士のダインが話を切り出す。
「どうするよ?こいつ見るからに怪しいぞ。何させられるかわかったもんじゃねぇ」
「でも40万よ?この前のフライングマンティス狩りだって2万だったのに破格じゃない?」
「40万あれば1人頭10万の取り分。それだけあれば…げへへへ」
4人は一斉に男の方を向く。そしてパーティーのリーダー、スタッシュは笑顔で尋ねた。
「えーっと、ご指名して頂きありがとうございます。それで何をすれば?」
「これは失礼しました。実はある方を探しておりまして。あなた方に見つけて頂きたいのです」
「人探しですか。これだけ高額の報酬なんだ。その方はさぞ重要な立場の方みたいですね」
「そうなのです。ドワーフ族の姫君でして、あなた方の腕を見込んでどうか見つけて頂きたい」
「ドワーフ族の姫君ですか。居なくなったとなれば一大事だ。わかりました。僕達でその姫君を探しましょう」
ニンマリと満足そうに笑い、ペコりと頭を下げる。そして懐から金の装飾が施された指輪を4つ取り出した。品位溢れるそれは1目で高価な品だとわかる。4人はごくりと唾を飲み込む。
「ありがとうございます。これは私からのほんのお礼です。お納めください」
4人はそれぞれ指輪を受け取る。魔法使いのティニーが指輪を眺めながら呟いた。
「あら?これもしかしてマジックアイテム?魔力を感じるわ」
「さすがですねぇ。お察しの通り、それは魔力が込められた逸品でしてね。きっと姫様を見つけるのに役立つはずですよ」
「そこまでしてくれるたぁ、ありがたいね。大船に乗ったつもりで待っててくれよ。ところでそのお姫さんはどこら辺にいるとか目星はついてるのかい?流石に闇雲に探す訳にもいかないだろ?」
「それでしたらついております。第4砦付近で見たと聞いているのですが、どうも不逞の輩に拐われてしまったようで。私には手が負えないのですよ」
「そうでしたか。じゃあみんな急ごう。遠くに行かれればまた救出が困難になる!誘拐とは許せない輩だ」
正義感溢れるスタッシュは立ち上がり、一直線に出口へと向かっていった。残りのメンバーも慌てて彼の後を追う。
(期待してますよ。とぉっても、ね)
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『女神の慈愛』
・羽根の生えた女神のレリーフが彫られた首飾り。傷を癒す効果付きの装飾品。
『コントラクトブレス』
・ドワーフ族が作る腕輪。本来は精霊等と契約し、その力を宿す為の腕輪だが、イマジンにも使える。
オリジナルのファンタジー世界なので今回から物語に登場するアイテムや装備についての説明を最後に入れていこうかと思います。
現在続きを書いていますが長くなりそうなので3話で1回分になるかもしれませんが御容赦ください。コントラクトブレスのイメージは「イマジンモブレスレット」を想像してもらえるとわかりやすいかも(笑)