偽典・女神転生~フォルトゥナ編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

ネロ・・・・本編主人公。若干16歳で、魔剣教団の騎士に選ばれた天才。
常人離れした運動神経と反射神経、そして悪魔並みの自己再生能力を持つ。
フォルトゥナ公国、第三皇子、ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーの隠し子。
父親と同じく、魔剣士・スパーダと霜の巨人族、ヨトゥンの血を持つ。


17代目・葛葉ライドウ・・・・本編もう一人の主人公。 旧友、クレドに誘われ、『魔剣祭』に参加した。超国家機関『クズノハ』最強の悪魔召喚術師。左眼に”帝王の瞳”を持ち、三体の最上級悪魔(グレーター・デーモン)を従える。


プロローグ

プロローグ

 

 

深く生い茂る森の中を、ネロは歩いていた。

夢遊病者の様な覚束ない足取り。

前へ前へと只、進んでいく。

 

― 小僧・・・・力ガ欲シイカ? 

 

突然、頭の中に何者かの声が響き渡った。

脳内を激しく揺すぶられ、平衡感覚を失い、嘔吐感と頭痛でその場に蹲る。

 

「だ・・・・・誰だ・・・・・? 」

 

喉の奥から競り上がる吐き気を堪えつつ、森の中をぐるりと見渡す。

しかし、鬱蒼と茂る木々や叢があるだけで、人の姿は欠片すらも見当たらない。

 

― オ前ノ肉体ノ一部ヲ、我ニ捧ゲヨ・・・・サスレバ、オ前ノ望ム力ヲクレテヤロウ。

 

激しい頭痛と共に、声は尚もネロの頭の中に響く。

無遠慮に脳味噌をシェイクされ、銀髪の髪を持つ少年は、両手で頭を抱えた。

 

「や・・・・やめろ・・・・これ以上、俺の頭の中に入って来るんじゃねぇ・・・。」

 

まるで、誰かに脳味噌を弄られたみたいだ。

ネロは、本能から来る恐怖感に、切れる程、唇を噛み締めた。

 

― 求メヨ・・・・モット力ヲ・・・力無クバ、何モ手ニ入レラレン。

 

何者かの声は、地に淀む瘴気の如く、少年の心に浸透し、脳内へと辿り着く。

 

怖い・・・・。

自分が自分では無くなってしまうかの様な恐怖感。

ネロは、腹の底から思い切り絶叫を放っていた。

 

 

 

飛び起きるとそこは、見知った寄宿舎の部屋であった。

必要最低限の物しか置かれていない質素な部屋に、ネロの激しい息遣いだけが聞こえる。

 

「夢・・・・か・・・・。」

 

銀髪の少年は、上腕から手首に掛けて包帯で固定されている自分の左腕に視線を降ろした。

 

数日前に、単独任務で都市部から離れた所にあるミティスの森を調査していた。

その時に、下位から中位の悪魔の群に襲われ、油断した所を鋭い牙で切り裂かれたのである。

あわや左腕切断という憂き目に会いそうになったが、何とかそれは免れ、昨日付で無事、退院する事が出来た。

 

 

「全く・・・・嫌な夢だぜ。 」

 

額から流れ落ちる汗を乱暴にナイトウェアの袖で拭う。

 

明後日からは、一年に一度行われる『魔剣祭』が開催される。

この国・・・・フォルトゥナ公国が大国であるロシア連邦から独立した記念日だ。

当然、国を挙げての大掛かりな祭典で、他国からも大勢の観光客が毎年押し寄せる。

そんな国の一大イベントを前に、悪夢を見るとは・・・・縁起でもない。

 

時刻は、深夜の2時・・・・起床時間まで、まだ大分時間がある。

ネロは、一つ溜息を吐くと、薄いベッドマットが敷かれた質素な寝具に改めて身を横たえた。

躰中汗でぐっしょりと濡れている。

シャワーでも浴びたい気分ではあるが、生憎、この個室にはシャワールームなんて気の利いたシロモノは備わって無いし、共同入浴場は閉まっていて使えない。

 

「そういや、日本から客が来るんだよな・・・・。」

 

薄汚れた天井を眺めながら、ネロはぽつりと呟く。

上司であり、育ての親でもあるクレドの古くから付き合いのある友人が、彼の誘いで『魔剣祭』に参加してくれるらしい。

 

名を、17代目・葛葉ライドウ。

 

日本の超国家機関、『クズノハ』の幹部であり、組織内で最強と謳われる悪魔召喚術師だ。

数年前にも一度、番を従えてこの国を訪れている。

当時、騎士見習いだったネロは、演習場を視察に来たライドウを遠くから見た事があった。

長い黒髪を後ろで束ねた美青年を従え、訓練に励む騎士見習いの少年達を眺める悪魔使い。

中性的な美貌に、濡れ羽色の黒髪を三つ編みで一つにまとめていた。

左眼には黒い眼帯を付けており、神秘的な美しさを持つ悪魔使いを、ネロは宗教画で描かれる天使みたいだと思った。

 

「・・・・やっぱ、勝てねぇよなぁ・・・・。」

 

自然とサイドテーブルに置かれている青い包装紙で綺麗に梱包された、長方形の箱へと視線を向ける。

明後日行われる『魔剣祭』で歌姫を務めるキリエの為に買った、囁かなプレゼントであった。

態々、入院していた病院を抜け出し、商店街で買った代物だ。

その時、偶然にもキリエに見つかってしまった。

 

(俺には、あんな顔、絶対してくれねぇ・・・。)

 

携帯電話で、楽しそうに兄・クレドと話すキリエ。

日本から来るクレドの友人の為に、弾んだ様子で夕食の材料を買いに行った。

あの後ろ姿が、今でも忘れる事が出来ない。

 

初恋は、必ず失恋で終わる。

 

何かの本で、そんな言葉が書かれていたのを想い出す。

幼い時から、ネロはキリエが好きだった。

子が母親を慕う気持ちとは明らかに違う、ドロドロと粘り付く様な感情。

しかし、その恋心が決して成就しないであろう事は、あの時のキリエの様子が証明している。

 

キリエは、17代目・葛葉ライドウの事が好きだ。

 

その想いは多分、ヒーローを慕う幼子と同じかもしれない。

確かに、彼はこのフォルトゥナ公国の危機を救った英雄だ。

17年前に起こったソロモン12柱の魔神”堕天使・アムトゥジキアス”の襲撃。

多くの教団の騎士達が犠牲となり、一般市民にも多大なる被害を起こした事件だった。

そんな大悪魔を見事討伐したのが、17代目・葛葉ライドウとネロの父親、ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーであった。

クレド兄妹に引き取られてすぐ、母恋しさに寝付けないネロの為に、キリエが絵本の代わりに話してくれた。

 

フォルトゥナを襲った悪い悪魔を退治する二人の英雄の話を・・・・。

 

 

 

息も出来ぬ程の炎の海。

二上門地下遺跡最下層・・・・阿鼻叫喚が渦巻く煉獄の世界。

 

 

「離せジョン!あそこにはまだヨハンが居るんだぞ!! 」

 

何とか襲い来る業火から逃れ、遺跡出入口へと非難する数名の国連の特殊部隊と術師達。

その中に、『人修羅』こと、17代目・葛葉ライドウがいた。

番を救う為、死の世界へと戻ろうとする悪魔使いを、銀の髪を持つ異端審問官が必死に押し留める。

 

「駄目だ!彼はもう助からない!」

 

華奢な悪魔使いの腰を、鍛え上げられた右腕で拘束するとジョン・マクスゥエルは、遺跡の外に待機させてある調査艦へと強引に連れて行く。

この巨大な調査艦・・・・『レッドスプライト号』は、国連とヴァチカンの科学技術班が合同で制作した船である。

『シュバルツバース』で採取された希少な鉱物と、人類の英知を結集して造られた代物で、宇宙空間での航行も可能だ。

 

ジョンは、何とかライドウを船へと乗せると、急いで遺跡から離脱する様、部下へと命じる。

何時、聖櫃より解放されたエネルギーの暴走で、遺跡一体が吹き飛ぶか分からないのだ。

最早、一刻の猶予すらも無かった。

無情にも閉じられるハッチ。

乗車デッキの硬い床に、ライドウが力無く膝を付く。

 

「射場の容体はどうだ? 」

 

番を失い、項垂れるライドウを他所に、ジョンが少し離れた位置で応急手当をしている救護班へと声を掛けた。

 

「右腕と両脚を損傷していますが、命に別状はありません。」

 

救護班の一人が、担架に乗せられ、気を失っているヴァチカンの科学技術班責任者の状態を素早く応える。

アジア人特有の顔立ちをした科学者は、人工呼吸器を付けられ、救護班から手当てを受けていた。

 

「そうか・・・・・。」

 

一応、重傷を負いながらも流は辛うじて生きている。

ジョンは、ヴァチカン最高の頭脳を失わずに済んで、ほっと安堵の吐息を吐いた。

そして、視線を悪魔使いへと向ける。

白銀の魔獣・・・・ケルベロスが心配そうに主の側へと寄り添っていた。

 

「お袋さん・・・・俺は・・・・俺は・・・・。」

「しっかりしろ、17代目。 お前のせいではない・・・ヨハンは、主であるお前を護る為に我が身を犠牲としたのだ。」

 

ケルベロスの言葉に偽りは一切ない。

番であるヨハンは、ライドウを護る為に、あの紅蓮の業火に焼かれたのだ。

その時、凄まじい振動が、デッキ内・・・否、『レッドスプライト号』全体を揺らした。

窓から覗く二上門古墳は、大炎熱(だいえんねつ)地獄へと変わっていた。

地表からマグマが噴き出し、古墳の周りにある建物を焼き尽くしていく。

もし、一歩、離陸するのが遅れていたら『レッドスプライト号』も、灼熱のマグマに呑み込まれていたに違いない。

 

躰の力が抜け、固いデッキの床へと倒れ伏す。

武術の師である魔獣の声が、遠くで聞こえる。

しかし、それに応える気力が無かった。

魔力切れによる疲労と倦怠感が、激しい睡魔となって襲い掛かり、意識が遠のく。

そして、そのまま暗闇の中へと意識が失墜していった。

 

 

「人・・・修羅・・・様・・・・人修羅様。」

 

遥か遠くで誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。

次第に意識が浮上する。

うっすらと閉じていた瞼を開けると、蝙蝠特有の潰れた顔が視界一杯に広がった。

 

「うわぁ!!」

 

思わず顔面に張り付いていた蝙蝠を引き剥がし、旅客機の天井へと投げつける。

投げつけられた蝙蝠は、天井にぶち当たる前に、宙で器用にトンボを切ると恨めし気に主を見下ろした。

 

「ひっでぇ!折角、悪夢にうなされてる人修羅様を、俺っちが優しく起こしてやったってのによぉ。」

 

天井の梁に後ろ脚で捕まり、逆さになった蝙蝠・・・・・雷神剣『アラストル』が、ビジネスクラスのゆったりとした座席に座るライドウに悪態を吐いた。

 

現在、彼等はフォルトゥナ公国に向かう飛行機の中にいる。

毎年元旦に行われる『魔剣祭』に参加する為だ。

ビジネスクラスの機内は、敷居で囲われており、他乗客はそこで思い思いに過ごしている。

幸い皆熟睡しているのか、この騒動を聞いても起き出す気配は無かった。

 

「お、お前・・・・貨物置場から抜け出して来やがったな? 」

 

天井で逆さになって此方を見下ろす蝙蝠に向かって、ライドウが小声で怒鳴る。

もう一人分の席代をケチる為に、ライドウは「友達に土産として渡す模擬刀。」と適当な嘘を吐いて、アラストルを貨物置場に押し込んだ。

それに腹を立てたアラストルが、蝙蝠に擬態して貨物置場から脱出。

ビジネスクラスの座席で寝ているライドウに、不埒な行いをしようとしたのだ。

 

「あんまりっすよ!人修羅様ぁ!俺っちこう見えても地獄の刑執行長官を務めた魔神なんですからねぇ!」

 

情けなく滂沱と涙を流す蝙蝠。

仮にも地獄で名を轟かせた魔神である自分が、質屋で売り飛ばされた挙句、今度は、荷物扱いをされ、暗くて狭い貨物室に押し込められた。

無駄に増長したプライドは、粉々に打ち砕かれ、最早、立ち直る気力すらない。

 

「あー、はいはい。文句はフォルトゥナに着いたら聞いてやるよ。 」

 

そんな魔神を完全に無視すると、ライドウは毛布を頭から被って寝直そうとする。

 

「酷いっす!それが番に対する扱いっすかぁ!? 」

「代理な・・・・それと主人は俺でお前は下僕だ。」

 

キィキィと耳元で金切り声を上げるアラストルの鼻先に、びしりと人差し指を突きつける。

因みに、普通の人間にアラストルの言葉は蝙蝠の鳴き声にしか聞こえない。

 

「ううっ・・・・そんなら良いっす!そんなに意地悪するなら、俺っちにも考えがあるっす!」

 

ライドウにあしらわれたアラストルが、何を思ったのか突然、元の悪魔の姿へと変わった。

いくらビジネスクラスのゆったりとした座席でも、190cmを軽く超える大男が一緒では流石にキツイ。

上にのしかかった浅黒い肌をした神父服の悪魔が、組み敷いている悪魔使いに無理矢理キスをしようとする。

 

「ば!馬鹿!此処は飛行機の中だぞ!」

「関係ないっすよぉ、俺っちは他の奴等に見られても全然、平気っす。」

 

それに最初に意地悪をしたのは、主人であるライドウだ。

体格差を利用し、何とか自分の下から逃れようとするライドウを捻じ伏せる。

その可愛らしい唇に、自分のを重ねて黙らせてやる。

厭らしく相好を崩した神父服の悪魔が、下品に唇を尖らせてライドウに迫った。

すると、不埒な悪魔の目の前に、怒りの形相をした小さな妖精が、腕組みをして現れる。

 

「ドルミナー! 」

 

精神系下位魔法を唱えるハイピクシーのマベル。

途端に意識が失墜し、ぱたりと悪魔使いの上でアラストルが倒れた。

 

「た・・・・助かったよ、マベル。」

 

自分でも情けないと思う声を出すライドウ。

アラストルは、神父姿の青年から再び蝙蝠の姿へと変わっていた。

悪魔使いの胸の上で、高鼾(たかいびき)をかいている。

 

「もう、最近ぶったるんでるぞ? それでも、17代目・葛葉ライドウなの? 」

 

こんな中級クラスの魔神程度に、後れを取らないで欲しい。

彼は、こう見えても超国家機関『クズノハ』最強の悪魔召喚術師なのだ。

腕組みする仲魔に苦言を呈され、ライドウは困った様子で頬を掻いた。

 

 

 

フォルトゥナ公国は、シベリア大陸の最北端、チェリュスキン岬沿いにある小さな国だ。

ヴィリキツキー海峡を隔てた先には、セヴェリナヤ・ゼムリャ諸島がある。

総面積は259k㎡、総人口は1500人程度で、古代ローマ時代の建造物等が多く、観光産業が盛んな国である。

しかし、この国が有名なのは遺跡ばかりでは無かった。

カトリックの総本山、ヴァチカン市国が神を崇拝するのと同じで、この国は、悪魔を神として崇めているのだ。

 

 

「うー、さぶっ! 流石、世界最北端の国だぜぇ・・・・。」

 

紺のダッフルジャケットに、チェックの大判マフラーで口元まで覆ったライドウが、白い息を吐く。

平均気温が-35℃であり、最低気温が-50℃まで落ち込むまさに極寒の地だ。

この国、唯一の玄関口であるフォルトゥナ空港では、大型バスや客待ちのハイヤーが数台停まり、観光や仕事で来た人々が忙しなく動き回っていた。

 

「はー、人修羅様の温もりに包まれて、俺っち幸せ。」

 

ダッフルジャケットの合わせ目から、黒い毛並みの蝙蝠がぴょこっと顔を出す。

可愛いとはとても言い難い潰れた顔が、だらしなく歪んでいた。

 

「おい、何時まで蝙蝠の姿になってんだよ。 従者なら従者らしく、主人の荷物ぐらい持てや。」

「嫌っす!俺っちはこう見えても高貴な血の持ち主なんですからね!そんな下々の真似なんてしたくないっす!」

 

重そうなキャリーバッグと魔槍”ゲイボルグ”が包まれた布を背負うライドウが、恨めしそうに胸元の蝙蝠に視線を落とす。

しかし、番はそんな主人の命令に対し、断固拒否の態度を示した。

 

悪魔の世界では、イギリス貴族と同じ爵位が決められている。

公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の4階級あり、アラストルはその3番目の階級、伯爵の位を得ていた。

 

「アンタ・・・ライドウの情けで生かされている中級悪魔の分際で、随分と生意気じゃない。 」

 

悪魔使いの肩に座るハイピクシーのマベルが、敵意剥き出しの鋭い視線で、ダッフルジャケットから顔を出す蝙蝠を睨み付けた。

 

「だーかーらぁー(# ゚Д゚) 俺っちは伯爵の階級を持つ上位悪魔だって何遍(なんべん)言ったら分かるんだぁ? このチビ妖精が! 」

「その伯爵様が、質屋で二束三文で売り飛ばされた挙句、金王屋の業突く張りな爺の所に居たのはどう説明するつもり? あの時、ライドウがあの場に居なかったら、アンタは今頃、ドクター・スリルの所で解剖実験されるところだったのよ? 」

 

マベルに痛い所を突かれ、アラストルがぐぬぬっと口籠る。

 

Dr.スリルとは、人造悪魔「造魔」を研究しているマッドサイエンティストである。

政府の許可も取らず、勝手に矢来銀座の地下下水道に研究所を造り、非人道的な実験を繰り返している大変、困った人物だ。

当初は、「打倒、悪魔召喚術師(デビルサマナー)。」という目標を掲げ、組織『クズノハ』や警察機構等に敵対的な態度を示していたが、いかせん先立つモノが無いと日々の生活すらも困窮する為、現在は、裏稼業を営む連中を相手に魔具や造魔を売りさばいている。

そのエセ関西人が、数週間前、研究材料を手に入れる為に金王屋を訪れ、雷神剣として店先に飾られていた『アラストル』に目を付けた。

雷の化身である『アラストル』を動力源とすれば、電気代の一切かからない自家発電装置が造れると思ったエセ関西人は、早速、金王屋の主と交渉。

その場に偶然居合わせたライドウが、自分に泣き縋るアラストルに同情した為、大金をはたいて買い取ったのである。

 

不毛な言い争いを始める二人の仲魔に、ライドウは内心辟易しつつ、仕方なしに目的地までタクシーを拾おうとした。

すると、背後から聞き覚えのある声が掛けられる。

振り返ると、上質なコートと背広を着た現魔剣教団の騎士団長、クレドが立っていた。

どうやら、態々、空港まで迎えに来てくれたらしい。

 

「久し振りだな? ライドウ。 」

「ああ、2年振り?かな・・・・”内壁調査”が忙しくて連絡取れなくてごめんな。」

 

自分より頭一つ分高い、親友を見上げる。

 

クレドは、自分より三つ歳下で、現在、45歳である。

全盛期をとうに過ぎているが、がっしりと鍛え上げられた体躯をしており、紅茶色の髪を後ろに撫でつけ、同色の顎髭を生やしていた。

性格は、生真面目で堅物。

本当なら成人した子供が一人ぐらい居てもおかしくない年齢ではあるが、何故か決まった相手を作らず、独身を貫いている。

 

「近くの駐車場に私の車がある、市内観光がてら何処かで一息つかないか? 」

「賛成、丁度喉が渇いて仕方なかったんだぜ。 」

 

親友の提案を快く、受け入れるライドウ。

ビジネスクラスとはいえ、長時間、飛行機の中に缶詰状態だったから、いい加減外の空気を思う存分吸いたかった。

 

彼の運転する車で、早速、商業区へと向かう。

レストランやカフェ、ファッション関係の店や雑貨店などが並ぶグリューン通りには、『魔剣祭』目的の観光客や市民達が行きかい、歴史的な建物を背景に記念撮影やお土産などを物色していた。

 

「相変わらず、凄い観光客の数だな・・・・? 」

「この国は、ローマ時代の歴史的建造物や珍しい鉱石が発掘されるからな・・・ロシア連邦やノルウェー、フィンランドに、最近では中国から来る人間も多いな。」

 

車の窓から市街地を眺めているライドウに、クレドが説明してやる。

 

この国は、ギリシャ程では無いがローマ帝国時代の遺跡が数多く、そして石油岩(オイルシェル)等、珍しい鉱脈が豊富である。

観光産業は、海運業、輸出業の三大収入源の一つとして数えられ、この国に住む市民の殆どが公務員だ。

 

「日本人(俺等)から見たら、本当に羨ましい限りだぜ。 」

 

かつて「モノ作り大国」とまで謳われた日本は、今や完全に産業が衰退し、現在は輸入品に頼り切った生活を余儀なくされている。

人件費削減を謳い文句に、各企業は、人件費の安い外国に工場をどんどん作り、ドーナッツ化現象に歯止めが効かなくなった。

誇れる輸出品も無く、頼れる技術は他国へと流入。

国庫にある金は枯渇し、世界経済第一位の名は完全に地に落ちた。

しかし、そんな日本の経済を救う現象が生まれた。

それが、現在、『天海市』に開けられた異界の大穴・・・・”シュバルツバース”である。

異界から採取される希少な鉱物や、薬草、果ては、悪魔の血肉等が莫大な金を生む。

お陰で破綻した経済は、何とか立て直す事に成功したが、世界を破滅へと導く地獄の穴に救われるとは、何とも皮肉ではある。

 

「そうでもないさ・・・・フォルトゥナ公国(我々)には、我々なりの苦労というモノがある。」

「そんなもんかね・・・。」

 

確かに、隣国であるディバイド共和国とは、現在、国境を挟んで睨み合いの状態が続いている。

石油鉱(オイルシェル)の利権を巡り、両国は戦争を絶えず繰り返していた。

国連の介入により、両国で和平交渉が何度か組まれたが、それも平行線を辿っている状態だ。

20年近く、冷戦状態が続いている。

 

取り敢えず、軽い昼食でも取ろうと、二人はクレドが馴染みにしている飲食店へと向かった。

ビーフストロガノフとボルシチが上手い店で、二階のカフェテラスから商業地区を一望する事が出来る。

 

二人は、窓辺の席に座ると、早速、この店定番のボルシチとピロシキを頼んだ。

 

「就任20周年、おめでとさん。 」

 

ライドウがテーブルの上に、茶の包装紙で綺麗にラッピングされた長方形の箱をクレドに渡した。

中身は、キューバ産の高級葉巻として有名な、オリヴァ・ファミリーだった。

 

「・・・・良く手に入れられたな? 」

「知り合いの骨董屋で見つけた。 お前が一度で良いから吸ってみたいと言ってたのを想い出したんだ。 」

 

この堅物が、意外にも大の葉巻愛好家だという事は余り知られてはいない。

煙草の匂いが苦手な妹の手前、余り人前で吸わないからだ。

クレド曰く、病死した父親も葉巻愛好家で、書斎には、父の葉巻コレクションが飾られていたらしい。

 

「すまんな・・・・結構高かったんじゃないのか? 」

 

オリヴァ・ファミリーは、キューバ独立戦争の影響で、一時生産がストップした葉巻だ。

一時は、生産が再開されたが、カストロ政権が発足してから、キューバでのビジネスが難しくなり、煙草を栽培出来る土地を求めて、他国へと去った。

南米各地、フィリピン・・・・最後には、ニカラグアで落ち着き、高品質な葉巻として愛好家の間で売り買いされている。

 

「うーん、コイツと比べたらそれ程でもなかったかなぁ・・・まぁ、同じ喫煙家なんだし、あんま気にすんなよ。」

 

そう言って、ライドウは愛用している『しんせい』をポケットから取り出す。

20年以上前に既に生産はストップしており、かなりのプレミアがついた「幻の旧3級品」と呼ばれる煙草だ。

コアなファン向けに限られた数しか生産されておらず、馬鹿高い値段で愛好家達の間で売り買いされている。

 

「そうか・・・有難く貰っとくよ。 」

 

クレドは、そんなライドウに苦笑すると、早速1本吸う為に、二人で喫煙ルームへと移動した。

 

この時代、環境改善を名目に、飲食店や各種の娯楽施設では、必ず喫煙ルームが設置される様、義務付けられている。

勿論、公共の道路で歩きタバコなどご法度で、所定された位置で喫煙をしないと、最悪、罰金を支払う目に会ってしまう。

喫煙ルーム内は、ライドウ達以外、人影は無かった。

クレドは、壁に背を預けるとオリヴァ・ファミリーのシガーケースから、葉巻を一本取り出す。

愛用のシガーカッターで、閉じている吸い口を切ると、使い込まれたジッポライターで火を点けた。

 

「・・・・クレド、ネロ君は元気にしてるか? 」

 

暫くの逡巡後、ライドウは思い切って、かつての番の息子・・・・ネロの様子を聞いた。

2週間程前、単独任務で大怪我をしたと聞いて気になったのだ。

 

「ああ、つい3日程前に、無事退院したよ。」

「そっか・・・・。」

 

ライドウが気にしている事を察したクレドが、簡潔に応えてやる。

 

単独任務で悪魔の襲撃を受けたネロは、左腕の靭帯損傷という大怪我を負った。

常人ならば、失血死してもおかしくない程の大怪我だったらしい。

しかし、その身に流れるヒュースリー家の血故か、驚異的な再生能力により、増援部隊が駆け付けた時には、悪魔の群は全滅しており、傷もほぼ治っていた。

それでも、念の為にと、嫌がるネロを黙らせ、クレドが無理矢理、検査入院をさせたのだ。

 

「間違いなく、父親・・・ヨハンの血が色濃く出たな。 髪の色もアイツと同じ銀髪だった。」

「魔剣士、スパーダと巨人族、ヨトゥンの血・・・・か。」

 

ヨトゥンとは、北欧神話に登場する霜の巨人の事である。

アース神族とヴァン神族とは異なる種族であり、魔剣士・スパーダは、ヨトゥンの一族である女を娶り子をなした。

それが、ヒュースリー家の祖先と言われている。

 

「・・・・・クレド・・・実は、お前に話しておきたい事があるんだ。」

「何だ? 」

「ネロ君の父親・・・・ヨハンの事だ・・・・アイツは、生きてる。」

「・・・っ、それは、本当なのか? 」

 

想いもしなかった友人の言葉に、何時も冷静なクレドの双眸が、驚愕で見開かれる。

 

「4年前、NYのレッドグレイブって街で会った・・・・包帯で顔を隠して偽名を使っていたが、間違いなくヨハンだったよ。」

「・・・・・俄かには信じ難い話だな。 」

 

14年前の『シュバルツバース破壊計画』の顛末は、ライドウの口から聞いたので、知っている。

聖櫃(アーク)の膨大なエネルギーを利用し、核の破壊力を数百倍は超える力で、「シュバルツバース」を閉じる計画だった。

しかし、調査隊の予想を遥かに超えるエネルギーに、コントロールが出来ず暴走。

時空が歪み、人が生きてはいけぬ灼熱の煉獄へと変貌した。

当時、番だったヨハンは、主であるライドウを救う為に、我が身を犠牲にして他調査隊諸共、炎渦巻く煉獄の真っ只中に取り残されたのである。

 

 

「俺のせいだ・・・・・俺のせいで、ヨハンをあんな姿に変えてしまった。」

「ライドウ・・・・。」

 

荒事師が仕事を求めて集まる酒場、『ボビーの穴蔵』で再会した、かつての番。

一目で、普通の肉体では無い事が分かった。

躰の機能が殆ど壊れ、薬物か何かの術の類で、無理矢理動かしている様だった。

あの包帯の下では、所々、壊死が始まっているのだろう。

常人では嗅ぎ取れない死臭を、ライドウは敏感に感じていた。

 

そんな二人の会話を心配そうに聞いている仲魔二人。

小さな妖精マベルは、ダッフルジャケットのフードから主を見上げ、黒い毛並みの蝙蝠は、ジャケットの合わせ目から顔だけを出している。

 

 

「この事は、ネロに伏せておこう・・・。」

「クレド・・・・? 」

「母親のアンヌの件もある・・・これ以上、アイツの悩みの種を増やしたくない。」

 

アンヌとは、ネロの実母の事で、魔力供給を求める魔術師(マーギア)相手に売春を行っていた娼婦だ。

ネロを出産後、売春行為からは足を洗い、知り合いの雑貨店や仕事を何件か掛け持ちする事で、何とか二人で生活していた。

勿論、内縁の夫であるヨハンからは、それなりに養育費を貰ってはいたが、ネロの将来の事を考え、その金には一切手を付けなかった。

懸命に乳飲み子であるネロを育てていたが、ある日、2歳の誕生日を迎えると同時に突然、姿を消してしまったのである。

 

 

「分かった・・・・・お前の言う通りだな・・・・。」

 

ネロと同年代の子を持つライドウも、クレドの言わんとしている事は判る。

16歳と言えば、思春期で一番難しい年頃だ。

特に、ネロは母親が娼婦という事もあって、周りから心無い言葉を散々浴びせられてきた。

そんな彼に、世界を救い我が身を犠牲として死んだ父親が、実は生きていて、おまけに法王猊下暗殺未遂の片棒を担いでいたなんて、言える筈も無かった。

 




何とか此処まで辿り着いたって感じです。
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