偽典・女神転生~フォルトゥナ編~ 作:tomoko86355
マウア・デネッガー・・・・ヴァチカン13機関(イスカリオテ)第8席 コードネーム『鋼の乙女(アイアンメイデン)』。
元、ロシアの特殊任務部隊”スペツナズ”所属。
『氷の女王』という異名を持ち、グリーンベレー時代のケビンとは何度も戦っている。
2メートル近いモデル並みのプロポーションを持つ美女。
巨大空中艦隊『アイアンメイデン』。
液晶のディスプレイが炯々とメインコントロールのデッキ内を照らしている。
その暗がりの中、艦長席に座る一人の女性。
シートに深々と座る薄い紫色の長い髪をした30代半ばぐらいのその女性は、この”死の軍団”『ドミニオンズ』の総司令、マウア・デネッガーであった。
ヴァチカン13機関(イスカリオテ)、に在籍する異端審問官であり、第8席『鋼の乙女(アイアンメイデン)』と呼ばれるコードネームを持つ。
髪の色と同じ、紫の双眸が、天井部分に設置されているメインモニターに映るミティスの森を静かに眺めている。
『おーい、コッチは何時でも出られるぜ? 将官殿。』
コントロールデッキに設置されている通信機から、異端審問官第9席、『ガンスリンガー』こと射場・守の呑気な声が流れて来た。
マウアが目の前に展開されている立体映像の操作パネルを動かす。
すると艦載機格納庫を背景に、一人の男が映し出された。
「分かった・・・念のために言っておくが、貴公等は奪われた”ファティマの書”奪還が目的である。 余計な騒ぎは起こさぬ様慎んでくれ。」
長い髪を後ろで無造作に束ね、濃いサングラスをかけた男に、マウアが一つ溜息を零す。
「了解、迅速かつ的確に任務を遂行するよ。 」
守・・・ZEROは、そう軽口を叩くと早々に通信を切った。
「日頃の行いが悪いせいだな・・・・。」
ZEROの隣にいる相棒の青年が、呆れた様子で肩を竦めた。
赤銅色の髪を後ろで撫でつけているこの青年の名は、ケン・アルフォンス・ラ・フレーシュ。
異端審問官第7席に位置し、炎の剣を意味する『フランベンジュ』というコードネームを持つ。
「うっせぇ、要はキッチリと奪われた魔導書を取り返せば良いんだろ? 」
サングラスの優男は、相棒に中指を突き立てると、開かれた底部ハッチへと向かう。
腰に装着された降下用の酸素マスクを着けると、何の躊躇いも無く飛び降りた。
「全く、コイツのお守りは沢山だ。」
ケンは、壁に備え付けられているパラシュートの収まったリュックを背負う。
彼等異端審問官が、この地に派遣されたのは二つ理由がある。
一つは、独裁国家『フォルトゥナ公国』が密かに悪魔を生物兵器として開発し、その実験をよりによって隣国・ディヴァイド共和国で行った事。
その為、国境警備隊の兵士達が大勢、その実験体である悪魔に殺害された。
停戦状態にあるとはいえ、元々、フォルトゥナは敵国である。
当然、ディヴァイド共和国が黙っている筈も無く、ヴァチカン市国に悪魔討伐の依頼を要請した。
二つ目は、彼等の言う”ファティマの書”である。
公にはされていないが、この魔導書は力を行使すれば、この世の黄金率すら歪める程の強大な力を持つ魔術書の一つであり、ポルトガルのファティマ大聖堂で厳重に保管されていた。
しかし、数か月前にその大事な禁術書が奪われてしまったのである。
直ぐにポルトガルからヴァチカンに連絡が入り、13課(イスカリオテ)で極秘裏に調査をした結果、強奪犯はフォルトゥナが送り込んだ工作員であり、魔術書は、魔剣教団本部の何処かにあるらしいという情報を掴んだ。
世界でも名の知れた四冊の経典の一つ、ファテシマの書が奪われたなど世間に知られれば、ヴァチカンの汚点になってしまう。
故に征伐を名目に、13機関は、フランベンジュとその番であるガンスリンガー両名に、魔術書奪還を命じたのだ。
『フランベンジュ、狂犬が暴れ出さぬ様、しっかりと躾けておけ。』
酸素マスクを装着し、底部ハッチから下に飛び降りようとしたケンのインカムから、”鋼の乙女(アイアンメイデン)”の通信が入る。
狂犬、とは勿論”ガンスリンガー”こと射場・守の事である。
「了解、出来るだけの事はするつもりだ。」
ケンはそれだけを告げると、さっさと通信を切ってしまう。
どうやら、”鋼の乙女”にとって、射場兄弟は相当鬼門らしい。
完璧主義者の彼女にとって、常識外れな行動を平然と行うあの兄弟が、目障りで仕方が無いのだ。
赤毛の異端審問官は、大袈裟に溜息を零すと、底部ハッチから空中へと身を躍らせた。
ミティスの森、忘れられし遺跡。
魔剣教団の若き騎士、ネロは、数体のアサルトの群と対峙していた。
「糞! 教団本部まで後少しだってのに!! 」
襲い掛かる無数の爪と牙を巧みに躱し、カウンターでデビルブリンガーの拳をアサルトの一体にお見舞いする。
吹っ飛ぶ大蜥蜴の悪魔。
崩れた遺跡の壁にぶち当たり、頭蓋が叩き割れ、脳漿をぶち撒ける。
「うぇ・・・もうちょっとスマートに倒せないの? 」
グロテスクなオブジェと化した蜥蜴の悪魔を見た妖精が、ネロの肩にしがみついて嫌悪感に眉根を寄せた。
「嫌ならどっかに隠れてろよ?チビ助。」
自分の肩に縋りつく小さな妖精に、憎まれ口を叩くネロ。
良い感じにストレス解消出来たのか、先程までの不機嫌な顔が嘘の様だ。
「私の名前は、マベル! チビ助何て呼ばないでね! 」
年上に対して何たる生意気な態度だろうか?
眉を吊り上げたマベルが、銀髪の少年を睨み付ける。
「それと、あんまりその右腕は使わない方が良いわよ? 今の所アムトゥジキアスは大人しいけど、何時また魔素に精神を汚染されるか分からないんだからね? 」
フォルトゥナ城、地下研究所での一件以来、堕天使アムトゥジキアスは沈黙を続けたままだった。
ネロの中に眠る魔具『閻魔刀』の力が働いているのか、それとも、その身に流れる霜の巨神”ヨトゥン”の血が堕天使を抑え込んでいるのか、気持ちが悪くなるぐらい大人しい。
「大丈夫、コイツの使い方は大体分かったし、あの時みたいなヘマは絶対しない。」
「もー、”ソロモンの魔神”の怖さを忘れたの? また躰を乗っ取られたらどーするつもりなのよ? 」
地下研究所での恐怖を忘れたのだろうか? 呆れた様子で妖精が溜息を吐く。
「その時は、君が助けてくれるんだろ? 」
「え? 」
「俺達はチームだからな? 困った時は助け合わないと・・・だろ?」
「はぁ? 何なのよ?ソレ・・・。」
ネロの中で何かが吹っ切れたらしい。
恐怖と不安が完全に拭い去れた訳ではないが、それでも、圧し潰されてしまいそうなか弱さはその表情から消えていた。
「・・・・・っ!! 」
ネロの背後から襲い掛かろうとしていたアサルトの一体が、見えない何かの力で後方へと吹っ飛んだ。
大の字に倒れる妖獣の額には、鈍色をしたクナイが根元まで突き刺さっている。
誰かが、投擲してネロを救ったらしい。
「誰? 」
何者かの気配を感じ、マベルが其方へと視線を向ける。
するとそこには、外套のフードを目深に被ったスカプラリオと呼ばれる修道服を着た男が旧修練場を背に立っていた。
魔剣教団の諜報部責任者、オイレだ。
修道士は、腰に刺した二振りの刀をスラリと引き抜く。
銀色に鋭く光る刀身を前に、利き足を一歩踏み出した独特な構え。
腰だめに身体を撓(たわ)ませたその瞬間、修道士の姿が掻き消えた。
飛び散る血飛沫と妖獣の肉片。
綺麗に切り落とされたアサルトの頭部が宙を舞い、怪物達が次々と細切れの肉片へと変えられていく。
あまりの出来事に呆然となるネロとマベル。
時間にして1分にも満たなかっただろうか? 気が付くと、辺りは妖獣の死骸で溢れ、地面は、其の血で真っ赤に染められていた。
「ふむ・・・・45秒32か・・・・歳は取りたくないものだ。」
刃に付いた血を振り落とし、腰の鞘に納めると、オイレは懐から懐中時計を取り出す。
下級悪魔を全滅させたタイムが気に喰わないのか、その声色は何処か苛立っていた。
「お前、教団の人間か? 」
左手に持っていた機動大剣を背に収め、ネロが訝し気に闖入者である修道士を見つめる。
義理の父親、クレド以外にこれ程の手練れが教団内に居るなんて知らなかった。
「ディンティール(参事)殿だ・・・・君の父親は一般的な言葉遣いを教えなかったのか? 」
そんなネロに対して、オイレは態とらしく肩を竦める。
「悪かったな・・・俺みたいな下級騎士は、教団幹部殿の事なんて知らねぇよ。」
上司に対し、皮肉たっぷりに返すネロ。
肩にしがみついているマベルは、オイレの闘気に当てられ、ブルブルと瘧(おこり)に掛かった様に震えていた。
「そうか・・・・ならば、躾が必要らしいな? 」
刹那、オイレの姿が再び消失する。
「駄目!! 逃げてネロ!! 」
堪らずマベルが叫ぶ。
しかし、それも虚しくネロの左腕に針に刺された様な小さな痛みが走った。
見ると何時の間に背後に回ったのか、オイレが掌に収まるぐらいに小さな注射器をネロの左腕に突き刺したのだ。
空のシリンジに満たされるネロの血。
怒りの唸り声を上げて、ネロが”悪魔の右腕”で殴ろうとするが、オイレの姿は既に無く、気が付くと数歩離れた、遺跡の柱の上に立っていた。
「ふむ、これぐらいあれば十分か。」
針を抜き取り、プラスチック管に収まる血液を満足そうに眺める。
そして、懐から黒光りする筒状のケースを取り出した。
「さて、実験に付き合って貰おうかね? 」
血液が入ったプラスチック管を黒いケースにセットし、無造作にネロの足元へと放り投げる。
慌てて後方へと飛び退くネロ。
すると黒いケースを突き破って触手が飛び出し、地面へと突き刺さった。
ケース内に収まっていた”クリフォトの種籾”が、ネロの血液を採取して活性化したのだ。
そんな事、当然知らないネロは、目の前でみるみる成長する魔界樹を只、呆然と見上げている。
”クリフォトの樹”は、五つの球茎へと変化し、触手の様な茎が地面に穿たれる。
外皮を突き破り現れる禍々しき大剣。
中から、漆黒の鎧を着た騎士達が姿を現す。
「な、なんだよ? コイツ等・・・・? 」
背に収まっている機動大剣『レッドクィーン』を引き抜くネロ。
肩にしがみついていたマベルは、あまりの恐怖に耐え切れず、上着のフードへと逃げ込んでしまう。
「自己紹介しておこう、彼等は我々が開発したホムンクルス達だ。二本の角が生えているのがリーダーのプロトアンジェロ、そして盾持ちがスクードアンジェロだ。」
柱の上でしゃがんでいるオイレが、何処か楽しそうに人造の悪魔達を見下ろす。
「本来は、悪魔の血で造り出すのが定石なのだが、人間の血でも出来るかどうか試したくてね? まぁ、君は特別らしいから、あまり意味は無いのかもしれないな。」
腰のポーチから、超小型のデジタルカメラを取り出したオイレが、口元に苦笑を浮かべながら、撮影を始める。
ネロを使って、人体実験をするつもりなのだ。
怒りに銀髪の少年は、唇を噛み締める。
「頼むからすぐに死なないでくれよ? そうじゃないと実験にならないからな? 」
それを合図に、襲い掛かる人造の騎士達。
機械仕掛けの大剣『レッドクィーン』を構え、ネロが迎え撃つ。
同時刻、教団本部3階、降臨の間。
フォルトゥナ公国の代表である魔剣教団現教皇・サンクトゥス・ハインリッヒ・ヒュースリーは、目の前に鎮座する巨大な像を見上げていた。
側頭部から生えた二本の雄々しき角。
端正な容姿と閉じられた双眸。
その額と胸、両腕に両脚には、巨大な精霊石が埋め込まれている。
教団が、その持てる技術の全てを注ぎ込んで生み出した最強の造魔が静かに眠っていた。
「後は核たる心臓を手に入れるだけか・・・・。」
オイレの報告によると、”神”の完成はほぼ終了しており、その強大な力を統制するには、上質な魔力を持つ人間でなければならないらしい。
故に、彼等は日本の超国家機関『クズノハ』最強と謳われる17代目・葛葉ライドウに目を付けたのだ。
あの悪魔使いが手に入れば、最終兵器たる”神”を意のままに操る事が出来る。
「見ているか? 兄上。 今から、私は世界を制する王となるのだ。」
自分を愚弟と蔑み、助祭司から決して上へと階級を上げる事をしなかった愚かな兄。
浪費癖があり、女関係にだらしない馬鹿な息子を溺愛し、国の内情を決して省みる事をしなかった。
お陰で、ヒュースリー家の資産はそこを尽き、国の財政は火の車。
その上、隣国との戦時債務が膨れ上がり、沈みゆく泥舟となったフォルトゥナ公国を此処まで立て直したのは、一重にサンクトゥスのお陰である。
石油鉱(オイルシェル)から採取される原油の価格を値上げする様にOPECに頭を下げ、あらゆる手を尽くして、破綻した財政を元に戻そうと苦労した。
しかし、そのどれもが上手く行かなかった。
矢無負えなく、ヒュースリー家に伝わる膨大な精霊石の原石を使おうと兄に打診したが、何故か、兄はそれを良しとはしなかった。
弟の言葉を跳ね除けるばかりか、地下に埋蔵されている精霊石の存在を隠そうとしたのだ。
兄曰く・・・・”精霊石が世に出れば、争いの火種になる”という事であった。
馬鹿げている。
今はそんな世迷言を言っている場合ではない。
どんなに逼迫(ひっぱく)した国の内情を説明しても、兄は頑なに拒否を続けた。
精霊石の原石がある場所を知るのは、ヒュースリー家の家長であるバルムングだけ。
日に日に衰えていく国を目の当たりにし、サンクトゥスの焦りは次第に愚かな兄に対する憎悪へと変わった。
そんな時、”ガイア教団の使い”と名乗る男が現れたのである。
突然、起こった地震が、それまで思考の淵へと彷徨っていたサンクトゥスを現実へと強引に引き戻した。
教団の騎士らしき男が、魔神像の前に佇むサンクトゥスの元へと走り寄る。
「猊下! ヴァチカンの虐殺部隊が此方に向かって進軍しているとの事です!」
粗い息を吐き出し、主であるサンクトゥスの傍で膝を折る騎士。
報告によると、ディヴァイド共和国の方角から、ヴァチカンの戦闘艦隊『ドミニオンズ』の機影が突如、現れたのだという。
恐らく、国連から征伐の要請を受け、このフォルトゥナ公国へと攻めて来たらしい。
「ふん、血迷った狂信者共が・・・・。」
サンクトゥスの口から、怨嗟の言葉が吐き出された。
プロトアンジェロが操る大剣が、ネロの握る機動大剣・レッドクィーンの刃と激しくぶつかり合う。
勢いを殺せず二歩、三歩と後ずさるネロ。
バランスを大きく崩した少年に向かって、スクードアンジェロの巨大な盾が容赦なく叩き付けられる。
「うわっ!! 」
咄嗟に、右腕でカバーしたものの、ダメージを軽減させるまでには至らなかった。
後方へと吹き飛び、地面に転がる。
身体中を走る激痛と痺れ。
脳震盪を起こしているのか、視界が激しく歪む。
「ふーむ、所詮は子供だな・・・・これでは、ロクなデータも取れん。」
柱の上で一部始終を傍観していたオイレが、詰まらなそうに溜息を吐き出した。
人造の悪魔達とネロの死闘は、銀髪の少年の防戦一方へと変わりつつあった。
魔剣士”スパーダ”と霜の巨神”ヨトゥン”の血は、予想以上に強大で、そのせいか、通常の数倍の強さを持つ、造魔が生み出された。
結果的には、思わぬ収穫ではあるが、一つ困った問題がある。
強力な造魔を造り出すには、この少年が持つ特殊な血が必要となるのだ。
後々の遺恨を残さぬ為にも、ネロには此処で死んで貰うのがベストであるが、より優秀な生物兵器を売り出す為には、血が是非とも必要になる。
「仕方ない、少年は生け捕りにするしかないな。」
実験の結果をアグナスに報告すれば、あのマッドサイエンティストは涙を流して喜ぶだろう。
被検体の扱いには十分注意する様、伝えるしかない。
オイレが、スクードアンジェロを従えるプロトアンジェロに、ネロを捕獲する様指示を出そうとしたその時であった。
突如、飛来した卍型の巨大手裏剣が、スクードアンジェロの一体に突き刺さる。
頭蓋を割られ、吹き飛ぶ鎧の悪魔。
大の字に地面に倒れ伏した。
「なっ・・・・・? 」
余りの出来事に、満身創痍のネロが言葉を失う。
一方、卍手裏剣によって倒された下僕の一人を無言で眺めるオイレ。
目深に被ったフードの視線が、巨大手裏剣を投擲した相手へと向けられた。
「ふん・・・”人修羅”が関わっているから、もしやとは思っていたが・・・まさか”八咫烏”まで出て来るとはな。」
鬱蒼と茂る森の中。
一際巨大な大樹の太い枝に、迷彩柄の忍び装束を纏った赤毛の男がいた。
赤毛の青年は、何ら悪びれた様子も無く、人好きのする爽やかな笑顔を口元に浮かべる。
刹那、迷彩柄の男の姿が消失。
気が付くと、傷つき、片膝を地面に付くネロの前に忽然と現れる。
「さ、佐助・・・? 」
ネロの着ている上着のフードから恐る恐る這い出すマベル。
訝し気に見上げる妖精を、佐助と呼ばれた赤毛の青年が、笑顔で見下ろす。
「久し振りだね?マベルちゃん。 なぁんかやばーい事になっちゃってるけど。」
大型手裏剣に繋がれたワイヤーを巧みに操り、スクードアンジェロの頭蓋に突き刺さった卍手裏剣を引き寄せる。
「コイツも知り合いなのか? 」
自分を治療する妖精に、ネロが小声で囁く。
「・・・・・うん、滅茶苦茶嫌な奴だけどね。」
そう言って、マベルが赤毛の青年を睨み付ける。
どうやら、大分、この男を嫌っているらしい。
「酷いなぁ、昔はあんなに仲が良かったじゃない。」
「うっさい! 無駄口叩かないで、とっととソイツ等追い払ってよね!」
茶化す佐助に、マベルが怒りの声を上げる。
そんな妖精に、「はいはい。」と肩を竦めて返事を返す佐助。
先程とは打って変わった鋭い視線が、柱の上にいるオイレとその下で陣形を取るプロトアンジェロ達へと向けられる。
「まぁ、良い・・・そこの少年の代わりをして貰うぞ。」
「言っとくけど、アンタ等の悪趣味な遊びに付き合うつもりは無いからね。」
デジタルカメラを向けるオイレに、佐助が冷たい声で応える。
修道士の指示で、迷彩柄の忍に襲い掛かるプロトアンジェロ率いる数体のスクードアンジェロ達。
獲物の血を求め、無数の斬撃が佐助を襲う。
それを人間の身体能力を遥かに超えた体術で巧みに躱し、両手に持つ大型手裏剣で斬り伏せる。
まるで紙細工の様にあっけなく破壊されていく鎧の悪魔達。
大剣の一撃を華麗に後方回転で躱した佐助が、大型手裏剣を投擲。
仕込んだワイヤーによって、卍手裏剣が縦横無尽に斬り裂いて行く。
「つ、強ぇ・・・一体何者なんだよ?コイツ。」
自分があれだけ手こずった相手を意図も容易く倒して行く佐助の姿に、ネロが呻く様に呟く。
「アイツは”八咫烏”の中でも優秀なエリートが集められた”十二夜叉大将”の一人だからね。 強いのは当たり前よ。」
呆然とこの一方的とも言える殺戮劇を見つめるネロに、マベルが説明してやる。
十二夜叉大将とは、”八咫烏”の長である骸が選んだ先鋭部隊である。
12人の戦闘員で構成されているが、15年前の”ある事件”によって、その数は半数以下まで減っていた。
魔虎羅大将こと猿飛佐助は、その数少ないエリート部隊の一人なのである。
最後の一体となったプロトアンジェロが、雄叫びを上げて迷彩柄の忍に襲い掛かる。
袈裟懸けに斬り裂こうと振り上げられる大剣。
それを紙一重で身を捻る事で躱し、右手に持つ卍手裏剣でプロトアンジェロの首を斬り落とす。
宙を舞う魔剣士の頭部。
それは地に落ちるとボールの様に転がり、オイレが居る柱に当って止まる。
「ふん・・・・まさか私以外に”転生者(リーンカーネーション)”が居るとはな・・・。」
フードの下から覗く鋭い双眸が、真下に居る佐助を見下ろす。
遠い、遥かな記憶が、焼け野原となった戦場に立つ一人の忍を思い起こさせた。
甲斐武田に使える甲賀忍軍の一人。
蒼天疾駆の異名を持つ男。
「別に、この業界で転生者なんて珍しく無いでしょ? 」
あれだけ激しい戦闘を繰り広げたにも拘わらず、忍は息一つすら乱してはいなかった。
呆れた様子で柱の上に居るオイレに肩を竦めて見せる。
「まさか”クズノハ”の暗殺者になっていたとは、予想外だったぞ? 武田の忍。」
「仕方ないでしょ? 此処以外、俺様が居られる場所なんて無いんだからさぁ? 」
「確かに世知辛い世の中になったものだ。」
そう軽口を叩き合うと、フードの修道士は徐に立ち上がる。
そして懐から一枚の札を取り出した。
「良いデータを提供してくれて感謝する。まだまだ改良の余地はあるが、実戦では結構使い物になったな。」
言いたい事だけ言うと、”強制離脱魔法(トラエスト)”と同じ効力を持つアイテム”免罪符”を使用し、何処かへと消えてしまう。
後に残されるネロとマベル、そして”八咫烏”の暗殺者(アサシン)。
「ふぅ・・・・二天一流の開祖が、秘密結社(フリーメーソン)の走狗なんて、世も末だよ。」
消えた修道士を暫く眺めていた佐助が、やれやれと肩を竦める。
その足元に転がる無数の悪魔達は、実体化が保てず、塵へと還っていった。
佐助に助けられ、何とか窮地を脱したネロは、太い樫の木に身を預け、マベルから治療を受けていた。
その少し離れた位置に立つ迷彩柄の忍。
廃墟の壁に背を預け、地面にしゃがんで体力を回復させている少年と傷を治してやる小さな妖精を静かに見守っている。
「んで、アンタは何しに此処へ来たのよ? まさか又、ライドウに酷い事をしよう何て考えている訳じゃないわよね? 」
治療を終えたマベルが、ジロリと壁に背を預ける赤毛の男を睨み付ける。
「えぇ? 酷いなぁ・・・俺様は、御屋形様の命令で17代目の助っ人に来たのよ? 」
そんな妖精に対し、困った様子で頬を掻く佐助。
因みに、御屋形様とは当然、”八咫烏”の長、骸の事だ。
「助っ人? 信じられない。」
どんなに危険な目に晒されても、組織・・・否、”人喰い龍”こと骸は、決して手を差し伸べる真似をしなかった。
今更、助っ人と言われても、信じられないのは当然だ。
「本当だって、信じてよ・・・マベルちゃん。」
「気安く呼ぶな!糞猿! アンタのせいでライドウが骸にどんな目に合わされたか知らないとは言わせないわよ!」
「うっ・・・・それを言われると辛いけど、あの時は、ああするより他に方法が無かった訳で・・・。」
「なぁ、いい加減、俺にも分かる会話をしてくれよ。」
平行線を辿りそうな二人の会話に、ネロが割って入る。
どうやらマベルの知り合いらしいが、当のネロにとっては素性の分からぬ怪しい男に他ならない。
その時、一同の耳に爆音が轟いた。
見ると旧修練場辺りの森から、黒煙が幾つも昇っているのが見える。
続いて頭上を過る2機の戦闘機。
世界最強最速の戦闘機と名高い、F-22ラプターだ。
良く見ると、戦闘機の右翼にヴァチカン13機関を象徴とする十字に盾の紋章が刻まれている。
「拙いな、”鋼の女王”のお出ましだ。 」
戦闘機に刻まれているエンブレムを見た途端、佐助の表情が険しくなった。
恐らく、あの2機の戦闘機は偵察部隊だろう。
その後方、ディヴァイド共和国の国境付近には、ヴァチカン13機関第8席、『鋼の乙女(アイアンメイデン)』の大艦隊が控えているに違いない。
「早く、父さんの所に行かなきゃ! 」
樫の木の根元に座り込んでいたネロが、慌てて立ち上がる。
穏健派である義理の父、クレドならこの事態を何とかしてくれる筈だ。
否、既に事態を収束させる為に動き出しているかもしれない。
自分が本部に居る父親の元へ行ったところで、何の手助けが出来るか分からないが、何もしないでいるよりマシであった。
「ちょっと待った! ”ヴァチカン13機関(イスカリオテ)”の目的は、教皇サンクトゥスを成敗する事だ。 今、本部に向かったら君の命が危ない! 」
「知るかそんな事! 俺は父さんを助けるんだ!! 」
腕を掴む佐助の手を乱暴に振りほどく。
ネロにとって、クレドは掛け替えのない父親だ。
忌み子として周囲からいわれなき迫害を受け、疎まれて来た幼年時代。
そんな幼いネロを快く受け入れてくれたのが、クレドとキリエの兄妹であった。
クレドは不器用ながらも、自分を実の息子以上に愛してくれた。
騎士道の十戒を指針とし、特に信念(GENEROSITY)と正直さ高潔さ(HONESTY)を大切にしていた。
自分が悪い方向へと曲がらず、こうして魔剣教団の騎士となれたのは、義理父であるクレドのお陰だと思っている。
右腕の”デビルブリンガー”を操り、樫の巨木へと登ったネロは、人間離れした身体能力を使って、枝と枝を跳ぶ様に渡っていく。
「駄目よ!ネロ! お願いだから戻って来て!! 」
瞬く間に視界から消えていくネロの姿。
最早、マベルの声など届いてはいなかった。
「あーあ、 行っちゃったよ。 」
そんなマベルとは違い、何処か呑気な様子の佐助。
両腕を頭の後ろで組み、魔剣教団本部の方角へと消えていくネロを眺めている。
「馬鹿! のんびりしてないでさっさと追い掛けなさいよネ! 」
そんな無責任な佐助に、マベルが怒りの声を上げた。
教団本部前、アルブム大橋。
クレドの操る機動大剣が唸りを上げ、小柄な悪魔使いへと襲い掛かる。
それを身を捻り、男の頭上へと舞い上がる事で躱すライドウ。
機動大剣を持つ男から数歩離れた位置で、華麗に降り立つ。
「止せ!クレド! 頭を冷やして周りの状況を見るんだ! 」
人外の速度で、繰り出される大剣の斬撃。
それを悉(ことごと)く、ライドウが紙一重で躱していく。
「私の協力を拒否した以上、君は我々教団の脅威に他ならない。 大儀を貫き通す為、君には此処で討たれて貰う。」
焦るライドウに反し、クレドは何処までも冷静であった。
剣士職(ナイト)の中でも数名しか獲得できない剣豪(シュヴェアトケンプファー)の容赦ない攻撃が悪魔使いを襲う。
全てを避け切るのは不可能と察したライドウが、物理反射魔法(テトラカーン)を唱える。
思わぬ反撃に対処が遅れるクレド。
自分の放った斬撃が跳ね返り、右腕と左脚の太腿を深々と斬り裂いてしまう。
「もう止めろ・・・・これ以上の戦闘は無意味だ。 」
夥しい血を流し、片膝を突く親友をライドウが哀し気に見下ろす。
クレドの持つ機動大剣は、主の手から離れ、石畳の上で転がっていた。
「無意味・・・・? ふっ・・・・そういう傲慢な考えは昔とちっとも変わらんな。」
苦痛で顔を歪めるクレド。
しかし、その声に絶望の色は微塵として無かった。
斬り裂かれた脚を叱咤し、よろよろと立ち上がる。
「私は昔とは違う・・・・ヨハンや君を超える力を手に入れたのだ。」
クレドの躰から眩い光が迸(ほとばし)った。
二本の角に、雄々しき片翼。
左腕には虹色に輝く盾を持ち、右腕には身の丈程もある大剣が握られている。
猛禽類の様な両脚と爬虫類を思わせる長い尾。
魔人と化した親友がそこに立っていた。
「・・・・っ! クレド・・・・。」
変わり果てた親友の姿に、唯一露わになっている右眼を歪める。
フォルトゥナの国際空港で数年振りの再会を果たした時、彼の姿を見て絶望した。
外見は昔と変わらぬ人間の姿をしているが、中身は別の生き物になっていた。
それでも、何時も通りに接したのは、彼の中に昔の面影を垣間見たからだ。
例え姿形が変わろうとも、クレドはクレド。
堅物で融通が利かず、騎士道を誰よりも重んじ、家族を愛する心優しき男。
そう、信じて来たのだ。
「・・・・聞いた事がある、この世にはひとたび行使すれば、この世の黄金率を歪める恐ろしい経典が4冊あると・・・その中に、人間(ひと)の肉体を別の生命体へと造り変える魔術書があった。 名前は確か”ファティマの書”だったかな・・・。」
魔術師職(マーギア)の役職を全て習得したライドウは、当然、この世に存在する魔術書の存在も知っている。
クレドが魔人化の力を獲得したのは、人体の構造を全て記してある魔導書”ファティマの書”を使用し、”帰天”と呼ばれる禁術を行ったのだ。
今の彼は、ライドウが知っている親友では無かった。
「そうだ・・・あの書の力を使い、我々は神の使徒である天使に生まれ変わった。」
「天使? お前、本気で言っているのか? 」
クレドの言っている言葉が理解出来ない。
彼は、今の自分を世を正す為に神から使わされた天使だと豪語している。
「俺の目から見たら、お前は天使じゃない・・・只の悪魔だ。」
「黙れ!! 」
ライドウの指摘に悪魔と化したクレドが激怒し、襲い掛かる。
身の丈程もある大剣が、小柄な悪魔使いを一刀両断せんと振り下ろされた。
咄嗟に真横へと跳ぶライドウ。
しかし、剣圧によって発生した衝撃波をまともに喰らい、吹き飛ばされてしまう。
「人修羅様!! 」
ライドウから離れ、蝙蝠の姿から元の悪魔形態へと戻るアラストル。
石畳に叩き付けられ、倒れる主を護る為に、クレドの前へと立ち塞がる。
「よ、止せ・・・・・手を出すんじゃない。」
ヨロヨロとライドウが立ち上がる。
衝撃波を受けた時に斬れたのか、右の蟀谷(こめかみ)から血が一筋、流れ出ていた。
「で、でも・・・・。」
「良いから、ブレード形態になれ! 」
主の剣幕に、渋々と言った様子でアラストルが従う。
二振りの刀へと姿を変えたアラストルは、主の両手に収まった。
「ふん、漸く私と戦う気になったのか? 」
ライドウが、本気で自分と戦っていない事は既に分かっている。
彼は未だに自分が改心して、国連に全面降伏すると信じているのだ。
馬鹿げている。
あんな蛆虫共に降伏するぐらいなら、奴等によって理不尽に奪われた両親と妹の仇を取って華々しく散る事を選ぶ。
「クレド・・・・お前の怒りは分かる・・・・だが、自分一人の憎しみを晴らす為に、何の関係も無い市民や、観光客を巻き込んでどうする? やっている事は奴等と変わらないんだぞ? 」
衝撃波の一撃を受けただけで、満身創痍となってしまった悪魔使い。
しかし、全身を襲う苦痛に抗いながらも、友を説得し続ける。
彼の心の中に、優しく誠実な部分が未だに残っている事を信じて。
「・・・・変わったな?君は・・・・初めて出会った頃の君なら、決してそんな甘い事は言わなかっただろう。」
魔人と化したクレドの口元が、皮肉な笑みへと歪んだ。
今から17年前、此処、フォルトゥナを訪れた当初のライドウは、まるで感情が無い人形の様な男であった。
組織『クズノハ』の命令に忠実に従い、邪魔する者は、それが誰であろうとも一切の容赦が無い。
美しくも恐ろしい悪魔召喚術師・・・・それが、クレドの第一印象であった。
「君をそこまで変えたのがヨハンだと思うと、怒りで頭がどうにかなってしまいそうだよ。 あんな・・・・あんな愚かな男に・・・・どうして君が・・・・。」
大剣を握る手が、心の底から湧き上がる憤怒でブルブルと震える。
才能が有り、頭脳明晰でおまけに魔剣士・スパーダと霜の巨神・ヨトゥンヘイムの血を併せ持つ超人。
魔剣教団最強と謳われ、次期剣聖と期待される程の逸材であった。
しかし、性格は怠惰で快楽主義者の典型的な社会不適合者。
異性関係で、何度、父親、バルムングの手を煩わせてきたか数知れないのだ。
いくら入団時の同期であり、幼馴染みとはいえ、ヨハンのそんな破天荒な性格をクレドは内心軽蔑していた。
それでも無下に出来なかったのは、国主であるバルムングを父親に持っていたからである。
「クレド・・・・・? 」
「ああ・・・奴への嫉妬で気が狂いそうだ・・・・私に・・・・奴と同じ力があったら・・・そして、君の番に選ばれていたら・・・・こんな・・・こんな事には・・・。」
もし、自分とヨハンの立場が逆転していたら・・・。
魔剣士・スパーダと霜の巨神・ヨトゥンヘイムの血がこの身に流れていたら・・・。
ライドウの番として選ばれ、彼の身も心も自分のモノに出来たかもしれない。
その時、上空を舞うヴァチカンの戦闘機、F-22 ラプターから機銃掃射が二人に向けて放たれた。
「クレド!!! 」
咄嗟にライドウが、クレドの前に立つと、防御シールドを展開させる。
深々と穿たれる石畳。
ガトリング式回転キャノン砲から放たれる鋼の牙が、容赦なく二人にも降り注ぐ。
「うわぁ!! 」
シールドを幾重にも張るが、対悪魔討伐用に改良されたガトリング砲を防ぎきる事は不可能であった。
粉々に砕かれ、衝撃でライドウの華奢な肢体が吹き飛ぶ。
「ライドウ!! 」
吹き飛ぶ悪魔使いの躰を抱き留めるクレド。
その間にも追撃を行うF-22 ラプター。
襲い来る鋼の牙を、左腕に装備されている盾で防御する。
「狂信者共が・・・・・。」
上空を舞う二機の戦闘機を睨み付けるクレド。
額から夥しい血を流すライドウが、隻眼を僅かに開き、自分を逞しい腕で抱く魔人を見上げる。
「駄目だ・・・・彼等と戦ってはいけない・・・・。」
激昂する友人を止める為、弱々しく差し出される悪魔使いの手。
血塗れたその手を握り、クレドがその甲へと口付ける。
「大丈夫・・・・神の加護がある限り、私は死なない。」
気絶したライドウを抱き上げ、右手に持つ大剣を地に穿つ。
すると魔人化したクレドの前に、幾つもの法陣が現れ、中からビアンゴアンジェロの大群が実体化した。
「下賤な狂信者共を皆殺しにしろ。 」
クレドの命を受け、一斉に羽ばたく鋼の騎士達。
狙うのは、神の名を騙る血に飢えた獣共だ。
暑さで朦朧としながら書きました。