偽典・女神転生~フォルトゥナ編~ 作:tomoko86355
アレフ・マクスゥエル・・・・ヴァチカン13機関(イスカリオテ)第13席、コードネーム”ソードダンサー”。
神器”アダマスの鎌”の使い手。
12歳で魔導師職(マーギア)の役職を全て習得。
現在は、セルゲイの元で剣士職の資格を得る為、修行中である。
魔剣教団本部上空。
巨大空中戦艦『アイアンメイデン』のメインデッキ内は騒然としていた。
ディスプレイに映る白亜の巨人。
それは、フォルトゥナ公国が秘密裏に製造していた人型戦闘兵器であった。
しかし、一番の問題はソレではない。
彼等が戦々恐々としているのは、白亜の巨人の背後から突如として出現した地獄門(ヘルズゲート)であった。
異空間の扉から、大量の悪魔が吐き出されていく。
このままでは、隣国のディヴァイド共和国はおろか、ロシア領土を全て呑み込んでしまうだろう。
「何処へ行く? ”ソードダンサー”? 」
この船の艦長であり、13機関(イスカリオテ)第8席である”アイアンメイデン”ことマウア・デネッガーが、棺の如く巨大なケースを背負う少年に鋭い視線を向ける。
メインデッキから去ろうとしていた見事な銀の髪を持つ少年は、上司に呼び止められ、仕方なくその歩みを止めた。
「こんな所で無駄に時間を潰したくありません。 僕は神の使徒として奴等と戦う義務がある。」
「私は卿に此処で待機しろと命じた筈だが? 」
「僕は、法王猊下の勅命で動いているんです。故に、貴女が僕を縛る権限等ありませんよ。」
”アイアンメイデン”の言葉をあっさりと切って捨てると、アレフ・マクスゥエルは、メインデッキから去って行く。
その後ろ姿を、マウアは無表情で眺めていた。
魔剣教団本部”降臨の間”2階。
真紅の長外套(ロングコート)を纏う銀髪の大男が、駆け昇って行く。
その後ろを赤褐色の髪をした忍び装束の若い男と小さな妖精、そして人型から再び蝙蝠へと変身した”魔具”が追い掛けていた。
「ちょっと!ダンテ!一人じゃ危ないわよ! 」
やっとの思いで銀髪の大男―ダンテに追いついたハイピクシーのマベルが、並走しながら声を掛けて来た。
一応、異端審問官二人組から受けた傷は治癒したものの、肝心の体力が未だ回復しきれていない。
持ち前のタフネスさで、カバーしているとはいえ、相手の戦力がどれ程なのか分からないのだ。
「危ないのは何時もの事だろ? それより、爺さんの居場所を教えろ。」
ライドウが敵に捕らえられたという情報を得て、大分、憤慨しているらしい。
その声には、苛立ちと焦燥が多分に含まれている。
「此処の最上階・・・でも、強い気が四つも感じる。 きっと物凄い奴が上で待ち構えているのよ。」
マベルの優れた探知能力が、最上階に居る敵の存在を教えていた。
そんな二人のやり取りを終始無言で眺める忍装束の男。
鋭い視線が、前を走る銀髪の大男へと向けられている。
「そういや、アイツは一体何者なんだ?爺さんと同じ組織の人間らしいが。」
事の成り行きで一緒に行動する羽目になっているが、詳しい自己紹介を受けていない。
ライドウと同じ組織の人間であるというならば、状況を鑑みて助っ人であると考えられるが、ダンテにとっては正体不明の謎の人物である。
「十二夜叉大将が一人、摩虎羅大将こと猿飛佐助でーっす。宜しくね♡」
何時の間にダンテと並走していたのか、赤毛の若い男が、馴れ馴れしくウィンクする。
常人より遥かに優れた筋力を持つダンテの脚力について来るとは、流石、組織”クズノハ”に属する人間であるという事か。
「言っとくが、俺は”クズノハ”とお友達になる気はねぇよ。」
師匠であるケビンから、ある程度”クズノハ”の事は知っている。
平安時代に設立された組織で、数千年に渡り日本を守護して来たとされる秘密組織だ。
日本という国家を守護するという崇高な建前を持ってはいるが、その実、国にとって不利益になる要人や戦争犯罪者を陰で抹殺し、悪魔を使役して血生臭い暗殺行為を行っていた。
その上、近年では敵対していた”ヴァチカン”と手を組み、力と恐怖で魔導師ギルドを支配しているという噂も聞いている。
出来る事ならあまりお近づきにはなりたくない相手であった。
「その台詞、まんまアンタに返してあげるよ。これ以上、ウチの大事な四家当主に付き纏って欲しくないからね。」
「何だと? 」
嘲笑を含んだ佐助の言葉に、ダンテが歩みを止めた。
氷の如く冷たいアイスブルーの双眸が、目の前に立つ赤毛の男へと向けられる。
「便利屋風情が粋がるなって事。 アンタ等、裏社会の雑用係なんでしょ? だったら、大人しく与えられた仕事だけしてれば? 」
「言ってくれるじゃねぇか。」
今にも背負った大剣を引き抜きかねない程、険悪な表情をするダンテに、傍らに居るマベルが狼狽した様子で眺めている。
因みに、魔具のアラストルは、面白そうに佐助の肩に留まって睨み合う二人を見つめていた。
「アンタさぁ、自分が事を此処までデカくしたって自覚あるの? 」
「はぁ? 言っている意味が分からねぇな。」
「サンクトゥス教皇を襲撃したでしょ? 何であんな余計な事した訳? ウチの17代目はなるべく事を穏便に運んで、戦争を止めようとしていたのにさ。」
佐助の怒りは至極当然である。
ライドウは、フォルトゥナ公国の上層部の一人である魔剣教団騎士団長、クレドを説得して、隣国との戦争を思い留まらせるつもりであった。
しかし、ソレをダンテが全て台無しにしてしまったのである。
「知るか、俺は仕事をする為に此処に来たんだ。 爺さんの都合なんて関係ねぇよ。」
CSI(超常現象管轄局)のNY支部長である、ケビン・ブラウンの依頼で、ダンテはこの北の国―フォルトゥナ公国に来たのだ。
サンクトゥス教皇を襲撃したのは、騒ぎに乗じて、フォルトゥナ城の地下研究所に潜り込む為である。
「爺さんって・・・・・17代目が、裏社会でどれだけ凄い術師か知ってる上で言ってんのぉ? 」
ダンテの言葉、一つ一つが癪に障る。
幼い時から、親友である志郎と共に17代目・葛葉ライドウの偉業を見て来た彼にとって、ダンテの言葉は侮辱と同じであった。
その上、この不埒な男は、17代目を暴力で支配し、半年間近くも肉体的関係を強要していた事を知っている。
実力では、遥かに上なライドウが、何故大人しく屈辱に甘んじていたのかは、甚だ謎ではあるが、憧れの君を凌辱したこの男を許してやる気持ちにはなれなかった。
「もう良いよ・・・兎に角アンタは用済みだ。 後は俺様とヴァチカンに任せて大人しく本国に帰んなさいよ。」
「ちょっと、佐助! 」
佐助の余りな言い草に、マベルが思わず咎める。
だが、睨み合いを続ける二人の男に、小さな妖精の声が届く事は無かった。
「上等だ・・・・俺の邪魔をするならてめぇをぶっ倒すだけだからな。」
「それ本気で言ってる? 俺様、アンタより強いんだけど。」
魔法の様な素早さで、双子の巨銃”エボニー&アイボリー”を腰のホルダーから引き抜き、目の前で皮肉な笑みを浮かべる忍装束の男へと銃口を向けるダンテ。
一方、佐助はそんなダンテの殺気に当てられても尚、怯む様子は微塵も見せなかった。
両手に、自身の得物である大型卍手裏剣を取り出す。
「止めてよ!二人共!こんな所でいがみ合っている場合じゃ・・・・。」
そんな両者の間に、マベルが割って入ろうとしたその時であった。
再び、建物内を大きな振動が襲う。
バランスを大きく崩した二人は、手摺等に捕まり、何とか倒れるのを防いだ。
「参ったね、どうやら敵さん本格的に動き出したみたい。」
佐助の指摘通り、フォルトゥナとヴァチカン13機関の戦闘が開始された様であった。
爆音が轟き、本部全体が揺れ、天井から漆喰等が落ちてくる。
早く此処から離脱しなければ、自分達も巻き込まれてしまう。
「ダンテ!! 」
そんな佐助の目の前を銀の突風が吹き抜けた。
態勢を立て直したダンテが、佐助の脇をすり抜けたのだ。
最上階へと駆け上る便利屋の背を、小さな妖精が慌てた様子で呼び止める。
しかし、ダンテは止まらない。
常人離れした筋力をフルに活用し、壁を蹴り上げ、3階へと向かって行ってしまう。
「もう!ぼぉーっとしてないで、とっとと追い掛けるわよ! 」
無言で視界から消えていく銀髪の魔狩人の背を眺めている忍装束の男に向かって、マベルが叱責を飛ばした。
そんな妖精に対し、佐助は暫し無言でその場に佇んでいたが、すぐに諦めたかの様な溜息を一つ零し、最上階へと向かうべく歩を進めた。
技術局長私室。
ヴァチカンと魔剣教団の戦闘が、本格的になったのを知った教団騎士団長、クレドは、椅子に拘束され、項垂れる息子を視界に収めながら、徐に立ち上がった。
「グロリア、ネロを地下のシェルターに連れて行け。抵抗するなら拘束具を使っても構わん。」
クレドは、技術責任者であるアグナスと共に、出入り口に立つ浅黒い肌をした美女に向かって、そう指示を出した。
「まっ、待て! か、かかか勝手な事をさ、されては困る! 」
そんなクレドの命令に異を唱えたのが、エキゾチックな容貌を持つ美女では無く、この部屋の持ち主、アグナスであった。
相当興奮しているのか、吃音が酷く、聞き取りにくかった。
「こ、この小僧は、だ、だだ大事な研究素体だ。 く、詳しく調査する必要がある。」
「研究素体だと? この子は私の息子だぞ!」
余りなアグナスの言葉に、激昂したクレドが思わず、その胸倉を掴み上げた。
クレドより頭一つ分以上高い巨体が、軽々と宙に浮く。
「そ、”ソロモン12柱の魔神”が憑依してるんだよ! 一体どんな手を使ったか知らないが、あれ程破れなかった封印の陣をこの小僧はあっさりと壊したんだ! 」
「何? 」
アグナスの言葉に、クレドが訝し気に眉根を寄せる。
そんな騎士団長の腕から、アグナスは何とか逃れると、その場で激しく咳き込んだ。
「う、嘘だと思うなら、その餓鬼の右腕を調べろ。 悪魔化しているのが分かる筈だ。」
技術局長の指摘に半信半疑になりながらも、クレドは、右腕の拘束具へと視線を移す。
すると、革のベルトに蒼白い光を放つ異形の腕が縛り付けられているのが、見えた。
「あら、本当・・・技術開発班が必死になって、17代目の封印の呪式を壊そうとしていたのにねぇ。」
両腕を組んだ浅黒い肌の美女が、嘲笑を含んだ眼差しで、隣に立つ化学技術班責任者、アグナスを眺める。
魔剣教団が、悪魔の研究を始める際、当然、”ソロモン12柱の魔神”も検体として目を付けられた。
しかし、堕天使アムトゥジキアスを封じている霊廟の護りは予想以上に硬く、技術班の魔導士達の力を使っても尚、破れる事は無かった。
「流石、”伝説の魔剣士”と”ヨトゥンヘルムの巨神”の血を引いているだけはあるわね。」
ネロの中に流れる神と悪魔の血が、強固な17代目の封印をあっさりと破ったのだ。
技術班の優秀な魔導師達の力ですら敵わなかったのに、である。
「これで分かったろ? その小僧は希少な素体なんだ。 例の魔導書と併用して調べれば、最強の軍隊を造る事が出来るかもしれない。」
神と悪魔の血を持ち、命令に従順で死への恐怖を知らない最強の兵士。
ヴァチカンの”ドミニオンズ”など歯牙にもかけない最強の軍隊だ。
もし、ソレが手に入れば、世界を支配する事も可能になる。
「ネロ・・・・・。」
「・・・・・父さん、御免・・・・もっと早く話すつもりだったんだ。」
怖くて父親の顔を見る事が出来ない。
嗚咽混じりに謝罪の言葉を口にする義理の息子に、クレドはそれ以上何も言える事が無かった。
こんな最悪な事態を招いてしまったのは、全て己の愚行さが故。
どんな謝罪の言葉を重ねたとはいえ、父が許してくれる筈が無い。
否、これからどんな未来が自分に待ち受けているのか、ソレを知るのすらも恐ろしくて堪らない。
「ネロをシェルターに連れて行け。 」
「クレド? 」
騎士団長から出た信じられない言葉に、アグナスとグロリア両名は、眼を見張った。
「聞こえなかったのか? 今すぐ、この子を地下シェルターに連行するんだ。」
「馬鹿な? フォルトゥナ城の実験棟で冷凍休眠させるべきだ! 分かっているのか?この小僧を調べれば、不死の軍隊が造れるんだぞ!」
今にも掴みかからんばかりに迫るアグナスを、クレドは鋭い眼光であっさりと黙らせた。
「何度も言うが、ネロは私の大事な息子だ。 それに、今は戦時下だという事を忘れるな。」
愛する家族には指一本とて触らせない。
断固たるクレドの決意の前に、アグナスは押し黙るより他に術が無かった。
隣に立つグロリアも同様だった。
無表情で、魔剣教団、騎士団長の顔を眺めているだけだった。
「つ・・・・月子・・・・・。」
幼子の様に泣きじゃくりながら、百地三太夫を探す、黒髪の少女の姿に、ナナシは何も言えなくなってしまった。
彼女の大事な男性(ひと)を殺したのは、他ならぬ自分自身。
「サンタ? サンタ何処にいるんだ? 私を一人にするな!? 」
良く見ると、少女の股の間から大量の鮮血が流れ落ちていた。
愛する男の死を知ったショックで、腹の中の子を流してしまったのだ。
「この馬鹿弟子が!いい加減、正気に戻らぬか! 」
言葉も無く、半狂乱となって辺りを彷徨う少女の姿を眺めているナナシの耳に聞き覚えのある声が響いた。
「お袋さん? 」
「正気に戻れ!このままでは、偽神に肉体を喰われるぞ!? 」
武術の師である鶴姫の声に、ナナシは漸く、これが全て自分自身の心が生んだ幻影である事を理解した。
呪術帯で覆われた唇を噛み締め、帯に携帯してある数本のクナイから1本抜き出す。
「そうだ・・・・これは夢なんだ・・・・惑わされるんじゃない。」
ナナシ・・・・ライドウは、長い黒髪を掻きむしり泣き叫ぶ少女に一瞥を送る。
この後、16代目の愛娘・月子は、捜索隊に無事保護された。
しかし、三太夫(さたゆう)と共に里を出奔した罪が消える筈も無く、長い投獄生活を送る事になる。
「すまない・・・・・。」
喉の奥から絞り出す様な謝罪の言葉。
そして、何の躊躇いも無く自分の右太腿(ふともも)に、右手に持ったクナイを突き刺す。
身体中を駆け巡る激痛。
その衝撃で、意識が一気に現実世界へと浮上していく。
「・・・・・!!」
目覚めは余りにも唐突であった。
心臓が早鐘の如く胸を叩き、粗い呼吸を何度も繰り返す。
「此処は偽神の体内か・・・・? 」
不気味な程の静寂が辺りを包む。
四肢を拘束する無数の触手を振り解こうと藻掻くが、ぴくりとも動かない。
魔力を喰われているのが分かる。
徐々に躰から力が抜けていく。
「ほぉ・・・・アバドンの呪縛から逃れるとは・・・流石、”人修羅”だな? 」
何とか触手の呪縛から逃れようとしているライドウの耳に、嘲りの声が聞こえた。
暗闇の中から、豪奢な法衣を纏った教皇・サンクトゥスが姿を現す。
「甘い夢の世界で黄昏ておれば良いものを・・・・。」
皮肉な笑みを口元に浮かべた魔剣教団の長が、壁のオブジェと化している悪魔使いを見上げる。
「サンクトゥス・・・・? 否、お前は違うな・・・・一体何者だ? 」
ライドウの優れた精神感応力が、目の前に立つ老獪な教皇が偽物であると告げている。
否、肉体はサンクトゥスだが、”中身は別人”と例えれば良いか。
「ヒヒッ、やっぱりバレていやがったか・・・・タケミナカタの言う通り、”人修羅”はおっかねぇや・・・・。」
サンクトゥス・・・・否、サンクトゥスの体内に寄生している何かが下品な笑い声をあげる。
そして、人間の顎の関節では不可能と思われる程、口を大きく開けると、中からソレが姿を現した。
「改めて自己紹介するぜ、俺の名前は天小彦根命(あまのすくなひこねのみこと)、人間共はスクナビコナと呼んでるな。」
サンクトゥスの体内から現れたソレ・・・・蒼白い肌に四本の腕、そして黒く長い髪をした小さな悪魔は、触手に拘束されている悪魔使いを見上げた。
「八百万の神・・・・・? 何故、国津神のお前が此処に居る? 」
スクナビコナは、『古事記』や『日本書記』に登場する国造りの神である。
神産巣日神(カミムスヒノカミ)、高皇産霊尊(タカミムスビノミコト)の子とされている。
医薬、温泉、呪い、酒造り等、産業全般を司る神として、人々から敬われていた。
「お前さんと同じ仕事だよ。 天津神共と違って、俺等は勤勉な神だからな。」
「人間に憑りついて、隣国との戦争をけしかける事がお前等の仕事か? 」
「俺だって好きでやってんじゃねぇ、金を稼がなきゃ飯も生活も出来ない・・・俺達、国津神もお前等人間と同じなんだよ。」
ライドウの皮肉に、途端、スクナビコナが嫌な顔になる。
落ちぶれたとはいえ、スクナビコナは八百万の神に数え上げられる神の一人だ。
決して、本心でこんな事をしている訳では無い。
「お前を使役している主は誰だ? 当然、この近くにいるんだろ? 」
このスクナビコナが、悪魔召喚術師の命令で動いているならば、近くに術師が必ずいる筈である。
恐らく、その召喚士が、この馬鹿げた戦争をお膳立てした張本人であろう。
「お前も召喚術師の端くれなら、分かるだろ? 俺等は主を危険に晒す真似は絶対にしねぇ。」
使役されている悪魔が、主を売る等、本末転倒も良いとこである。
スクナビコナは、呆れた様子で溜息を一つ零すと、再びサンクトゥスの体内へと戻った。
「さて、それじゃ、フォルトゥナ公国(この国)の最期に相応しいド派手な花火を打ち上げてやるかな? 」
「最期? 一体何をするつもりなんだ!? 」
スクナビコナの言葉に不穏な陰を感じたライドウが、豪奢な法衣を纏う老人を睨み付ける。
「ヒヒッ、頭の良いお前なら最初から分かってんだろ? これが全部茶番だって事。」
「・・・・っ! てめぇ!! 」
後藤事務次官から依頼を受けて、此処まで来る道中に抱いていた最悪のシナリオ。
その予感が、見事的中し、ライドウの顔色が真っ青になった。
「まぁ、お前もアバドン(コイツ)に喰われちまうんだからな? 無駄な足掻きなんかしないで、とっとと諦めろよ・・・・どうせ最後は皆死ぬんだ。」
『皆死ぬ』という言葉に、スクナビコナ自身も含まれている様に感じたのはライドウだけだったのだろうか?
再び、サンクトゥスの体内へと収まったスクナビコナは、あっさりとライドウに背を向けると、暗闇の中へと溶け込む様に消えた。
フォルトゥナ公国、首都”ヴァイス”。
商業地区に設置された地下シェルター内には、数千名もの住民や”魔剣祭”を目当てに訪れた観光客達が、各エリアに分けられ収容されていた。
自警団らしき教団の騎士達の話によれば、この地下シェルターの装甲は、核弾頭すらも凌げる機能を持つ、セーフルームらしい。
皆、不安な表情で過ごす一般市民の中で、一際目立つ旅行客らしき若者達がいた。
「ちぇ、折角、ヴァチカンの最新鋭の空中艦隊を生で見れると思ったのによぉ。」
忌々し気に舌打ちしたのは、パーカーのフードを目深に被った15歳ぐらいの少年であった。
詰まらなそうに、右手に持つスマホを弄っている。
「ちょっと、周りに聞こえたらどーするのよ? 」
ピンクのニット帽に白のチェスターコートを着た少女が、真向いに座るパーカーの少年をジロリと睨む。
綺麗に肩口で髪を切り揃えたこの少女の名前は、白川由美。
その真向いでスマホを弄っているのが、チャーリーこと黒井慎二という。
「周りにいる連中は、外人ばかりだ。 日本語なんてわかりゃしねぇよ。」
「馬鹿ねぇ、いるかもしれないでしょ。」
「そうです。もう少し慎重に行動しましょう。」
カシミヤのマフラーと厚いコートを着た黒縁眼鏡の少女・・・・赤根沢玲子が、由美に同意する。
彼等、4人は、学校の冬休みを利用して、ロシア領土の遥か北、此処”フォルトゥナ公国”に観光目的で来ていた。
理由は、勿論、国が推しての一大イベントである”魔剣祭”に参加する為である。
「良いじゃないか、折角の”お祭り”なんだからさ。」
女子二人組に責められ、唇を尖らせるチャーリーに、中性的な美貌を持つ黒髪の少年が助け舟を出した。
10インチのiPadを膝に乗せ、ピアノの鍵盤を叩くかの様に、キーボードを操作している。
「もー、偉出夫は甘いんだから。」
そんな、リーダー核である狭間偉出夫に対し、由美が不服そうに頬を膨らませた。
「・・・・・でも、噂は本当だったんですね。 まさか”魔剣祭”当日に、戦争が始まるとは思いませんでした。」
玲子がシェルターの無骨な天井を見上げ、小さく呟く。
”フォルトゥナ公国”は、悪魔を信仰する変わった風習を持つ国である。
数十年前は、完全な独裁国家であり、他国との交流も殆ど無かった。
勿論、”魔剣祭”と呼ばれる国を挙げてのイベントも、住民達が行う小さな規模の祭りに過ぎなかったが、教皇が息子へと代替わりしてから、それまでの鎖国的風潮は完全に変わった。
積極的に他国との交流を行い、”魔剣祭”を大々的に宣伝する様になったのだ。
物珍しさから、他国から外国客が押し寄せ、遥か海を越えたアジア人も訪れる様になった。
そのお陰か、長年隣国との間で積み重なった戦争債務が減っていき、”独裁国家”という偏見の眼が幾分和らいだ。
”フォルトゥナ公国”は、先進国の仲間入りを果たしたかに見えたが、それも結局は長続きしなかったのである。
「国の頭が変われば、周りも当然変わる・・・・会社と同じさ。うだつの上がらない零細企業が、どんなに頑張っても上へと昇る事は出来ない。」
それまで膝に乗せてあるiPadに視線を落としていた偉出夫が、隣に座る玲子へと皮肉な笑みを向けた。
学園一の美少年に見つめられ、玲子の頬が僅かに紅くなる。
「でも、これは貴重な体験かもしれないぜ? 何せ、国一個の終焉をこの目で見られるんだからさ。」
「そうねぇ・・・上手く行けば、大量のマグネタイトを回収出来るかもしれないしな。」
偉出夫の不穏な言葉に、チャーリーが頷く。
その右手に握られているスマホ画面には、彼が持つ悪魔の一体、スクナビコナの名が表示されていた。
魔剣教団本部前。
そこに神々しい五輪を背負う白亜の巨人が立つ。
整った相貌と閉じられた両眼。
その額と胸、両四肢には巨大な精霊石がはめ込まれていた。
「フフッ・・・正に初陣を飾るには相応しい相手だな。」
高い塔の上に立つ小さな人影。
ヴァチカン13機関(イスカリオテ)に所属する第13席 ”ソードダンサー”ことアレフ・マクスゥエルは、子供の様に無邪気な笑顔で、巨人を見上げている。
棺の如く巨大なケース。
異端審問官の紋章が刻まれたソレを徐に背から降ろし、取っ手に設置された開閉ボタンを押した。
すると、水蒸気と共にアレフの身の丈を優に超える巨大な鎌が姿を現す。
英雄ペルセウスが鬼女メデューサの首を刎ねる時に使用した神器、”アダマスの鎌”だ。
「そこでしっかりと見ていて下さいね? 叔父上。」
空中に浮いている監視用のドローンに向かって、アレフが手を振る。
まるで、すぐそこまで用を足しに行く様な気易さで、アレフは優に20キロ近くはあろうかと思われる巨大な鎌を軽々と肩に担ぐと、足場を蹴り上げ、大きく宙へと舞った。
偽神体内、心臓部。
未だ触手に囚われる17代目・葛葉ライドウは、無駄とも取れる足掻きを続けていた。
「糞ッ! 駄目だ・・・・・眠ってはいけない・・・・・っ!!」
身体中を襲う倦怠感と、猛烈な睡魔。
意識が混濁し、再び眠りの世界へと誘(いざな)われそうになる。
霞む視線を腰のホルダーに収まっている愛用のGUMPへと降ろした。
先程、悪夢の世界を彷徨う自分を現実世界へと導いてくれたのは、お目付け役兼指南役を務める魔獣・ケルベロスだ。
邪神・アバトンに魔力を喰われても尚、不肖の弟子である自分を救う為に、残された僅かな力を振り絞ってくれたのだ。
彼女の期待に応える為にも、こんなところで偽神に喰われる訳にはいかない。
(考えろ・・・・何か・・・・何か方法がある筈だ・・・・。)
噛み締めた唇から、血が滴り落ちる。
その時、此方に向かって来る巨大な気の塊を感じた。
刹那、右肩から胸にかけて切り裂かれる様な激痛が、ライドウを襲う。
「ぐあぁああああああ!! 」
想像を超える苦痛に意識が混濁する。
明滅する視界の中、一人の少年の姿が映った。
漆黒のカソックと両肩に垂らされた真紅のストラ。
金の刺繍で縫われているのは、異端審問官を現す紋章。
「ま・・・・まさか・・・・・ジョンなのか・・・・・? 」
粗い呼吸を繰り返しつつ、ライドウは無意識に魔神像の眼を通して外の世界を見ていた。
アルブム大橋を支える巨大な柱の一本に立つ小さな人影。
身の丈を優に超える大鎌を両手に持つ異端審問官は、悪魔使いの友人では無かった。
容姿は大変似ているのであるが、いかせん若過ぎる。
(違う・・・・・アレは・・・・まさか・・・・ジョンの・・・。)
脳裏に、金色の髪をした美しい女性に抱かれる赤子の姿が映る。
ジョン・マクスゥエルの妻、アナスタシアだ。
生後3か月の赤子を大事そうに抱え、微笑んでいる。
その赤子と今現在、白亜の巨人と対峙する銀髪の異端審問官の姿が重なった。
「何だ・・・・案外脆いじゃないか。」
白亜の巨人に一撃を入れた銀髪の少年は、華麗に柱の一つへと着地する。
その背に向かって3体のビアンゴアンジェロが、鋭い槍の切っ先を付き出した。
刹那、異端審問官の姿が消失。
ビアンゴアンジェロ達の攻撃を逸早く読んだアレフが、柱を蹴り上げ、再び宙へと舞ったのだ。
”アダマスの鎌”から放たれる光速の斬撃。
強固な鎧を纏う悪魔達が、糸も容易く両断されていく。
「この程度じゃ、僕を止めるのは役不足ですよ? サンクトゥス教皇猊下。」
白亜の巨人の周りを浮遊する足場へと着地したアレフが、金色の鎧を纏う悪魔に向かって皮肉な笑みを向ける。
「ふん、神器使いか・・・・・厄介な奴め。」
アルトアンジェロに意識を憑依させたサンクトゥスが、忌々し気に舌打ちした。
神器使いとは、神が造り出した武具を使用する事が出来る人間達を指す。
強靭な精神力と肉体、優れた霊力がある者しか使用する事が許されず、もし、適さない者が触れれば、たちどころに命を吸い取られてしまう。
「カトリック教の狂信者が・・・・神に唾吐く行為がどんな報いを受けるか思い知るが良い。」
アルトアンジェロ・・・・サンクトゥスの言葉と共に振り下ろされる巨人の拳。
もし、まともに喰らえば、肉片も残さず潰されてしまうだろう。
しかし、巨人の拳が銀髪の異端審問官を叩き潰す事は叶わなかった。
アレフが、右手に展開させた魔法陣が、何万トンもある巨人の拳をあっさりと受け止めてみせたのだ。
「神・・・・? フフッ、こんなモノが神様だってぇ? 」
驕慢(きょうまん)な笑みを口元に張り付かせ、凍えるアイスブルーの双眸が、鎧の悪魔へと向けられる。
崇高なるカトリック教の使徒に向かって、神の名を騙るとは片腹痛い。
その傲慢極まる思想を根元から叩き折ってくれる。
アレフが、巨大な偽神の腕を振り払う。
後ろへと大きくたたらを踏む白亜の巨人。
金の鎧を纏う悪魔に憑依したサンクトゥスが、喉の奥で低い唸り声を上げる。
「この世の神は唯一つ・・・・我等、カトリック教が崇めるモノだけだ。偶像を崇拝する邪教徒共に、神の名を語る資格など一片とて無い!」
右腕から繰り出される”真空斬り(ソニックブレード)”。
避ける暇もなく、アルトアンジェロの躰が、バラバラに四散する。
それに一瞥する事無く、銀髪の異端審問官が、数メートルを挟んで対峙する巨大な石像の神へと鋭い双眸を向けた。
魔剣教団本部3階、降臨の間。
空中に展開される幾つもの立体映像。
それは、偵察型ドローンがリアルタイムで送っている戦場の映像であった。
そのホログラフィを前に、フードを目深に被った修道士らしき男が、思案気に顎に指を当てている。
「あの少年が、セルゲイの秘蔵っ子か・・・・成程、大した化け物だ。」
魔剣教団・諜報部責任者、オイレは、携帯端末を使って映し出されるホログラフィを眺めながら、喉の奥で低く唸った。
13機関(イスカリオテ)総司令官、ジョン・マクスゥエルの実子であり、第3席、コードネーム、ハイランダー(不死の騎士)ことセルゲイ・ウラジミールの弟子。
オイレが持つ情報によれば、伝説の魔剣士・スパーダの血を色濃く引いていると聞く。
「・・・・・? 」
背後から見知った気配を感じ、フードを目深に被った修道士が振り返る。
すると降臨の間、その出入り口を背に、騎士団長の礼服を纏う紅茶色の髪と顎髭を蓄えた40代半ば辺りの男が立っていた。
身の丈程もある機械仕掛けの大剣を腰に携帯しているのは、魔剣教団、騎士団長のクレドだ。
「オイレ・・・・教皇猊下が・・・・。」
「知っている・・・・大分、苦戦をなされている様だな。」
両手を後ろに回し、腰の辺りで組んだオイレが、同僚の言葉を遮る。
あくまで他人事の様に振舞う諜報部責任者に、クレドの眉根が不愉快気に歪んだ。
「猊下の事なら心配ない、あんな程度の敵に遅れは取るまいよ・・・・それより・・・。」
思わせぶりな口調で、言葉を切ると、オイレは携帯端末を操作し、空中に浮かんでいた幾つものホログラフィを消した。
「教団本部に侵入した君の御子息はどうしている? ちゃんと、それなりの処罰は与えたんだろうな? 」
「知っていたのか? 」
「アグナスの奴から報告があった。 ”貴重な研究素体を台無しにしやがって!”と怒り心頭だったぞ。」
技術局長私室での一件は、既に当事者の一人であるアグナスから聞いていたらしい。
地下のシェルターには、この国の重鎮達数名が既に避難している。
シェルター内は冷暖房が完備され、優に数カ月間過ごせる程の備蓄が常に備え付けられている。
クレドは、そのシェルターにグロリアに命じて、ネロを連れて行かせたのだ。
「全く、血も繋がらん子供だというのに・・・・君も本当に物好きだな。」
「貴公には関係が無い。」
大袈裟に肩を竦めるオイレに、クレドは鋭い視線を向けた。
ネロが、前騎士団長、ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーの実子である事は周知の事実だ。
そのせいで、ネロは幼き時から、周囲に色眼鏡で見られている。
クレドも、そんなネロを不憫に思ってはいるが、決して甘やかす事はしなかった。
彼を引き取ってからは、騎士道精神を叩き込み、かなり厳しく育てたつもりだ。
そうしなければ、ネロが間違った道に進んでしまうかもしれなかったからだ。
周囲のいわれなき迫害をモノともせず、強い心で大樹の如く、真っ直ぐに育って欲しいと思っていた。
お陰で、多少、皮肉屋で厭世(えんせい)的な性格になったが、それでも騎士団の一員として活躍するまでに成長したのである。
そんな二人が、アグナスの私室での一件をやり取りしている時であった。
本部3階、降臨の間、出入り口に銀の髪と真紅の長外套(ロングコート)を纏う、巨漢の男が現れた。
レッドグレイヴ市で便利屋をしている、悪魔狩人のダンテだ。
大剣『リベリオン』を背負い、オイレとクレド両名に、鋭い視線を向けている。
「ふん、今日は招かれざる客が結構来るな。」
オイレは、機械仕掛けの大剣を引き抜き、一歩前へ出ようとしているクレドを手で制した。
「卿は、教皇猊下の元へ行け、直ぐに増援部隊を向かわせる。 あの男の始末は私に任せて貰おう。」
「良いのか? 奴は・・・・。」
「知っている。 丁度良いじゃないか・・・・奴を検体としてアグナスに与えれば、彼の曲がった臍も戻るだろう。」
オイレは、口元を皮肉な笑みで歪ませ、腰に帯刀している二振りの刀を引き抜いた。
そんなフードを半ばまで被り、顔を隠した修道士と対峙するダンテ。
男の放つ闘気が、無遠慮に魔狩人の肌を突き刺す。
ケビンの元で、4年間、修練を積んだから分かる。
この魔剣教団の人間は、相当出来る方だ。
もしかしたら、背後にいる騎士団長より強いかもしれない。
「へっ、 あのチビ助が言った事は本当みたいだな。」
そう軽口を叩くも、ダンテの表情は、常になく真剣であった。
そんなオイレとダンテを静かに見守るクレド。
あの男は、魔剣祭の時、教皇猊下の説法に乱入して来た殺し屋だ。
オイレの齎(もたら)した情報によると、この男も魔剣士・スパーダの血を色濃く引き継ぎ、アメリカのレッドグレイブという都市で、便利屋家業をしているらしい。
実力は、あの乱入事件で確認済みだ。
オイレがダンテの相手をする以上、自分が此処に居ても仕方が無い。
今は、教皇猊下の元へ行き、異端審問官共を殲滅しなければならないのだ。
機械仕掛けの大剣を腰の鞘へと納めると、クレドは、魔人化し、その雄々しき翼をはためかせて、上空へと舞い上がった。
やっとこさ投稿。