偽典・女神転生~フォルトゥナ編~ 作:tomoko86355
リブ・トルストイ・・・・魔剣教団技術責任者であるアグナスの本名。
元ロシア科学アカデミー(RAS)の研究員であったが、悪魔の研究データを各秘密組織に横流しをして多額の報酬を得ていた。
しかし、それがロシア連邦にバレ、処刑される所を何とか脱出、知人のツテを借りて日本の秘密組織”ガイア教団”に転がり込んだ。
生まれた時から僕には全てがあった。
叔父は、世界有数の巨大コングマリット企業―『ヘルメス』のCEOであり、経済が破綻し、絶望的な状態だったイギリスを救った英雄。
父は、若くしてカトリック教の最高顧問である、枢機卿に上り詰め、現在は、13機関(イスカリオテ)総司令の立場にある。
幼い時から、経済学やあらゆる分野の英才教育を受け、12歳でハーバード大学を首席で卒業。
誰もが羨むエリートの道を、何の不自由も無く歩んできた。
そう・・・・あの人と出会うまでは・・・・・。
7年前、サン・ピエトロ大聖堂、アトリウム(前室)。
多くの観光客が訪れる中、右腕に痛々しいギブスをした少女の様に小柄な少年が居た。
パーカーのフードを目深に被り、頬には大きな絆創膏が塗布されている。
「ごめーん、待ったぁ? ライドウ君♡ 」
壁を背に、退屈凌ぎに義手の左手でスマホを弄っていた少年に向かって、大分、能天気な声が掛けられた。
悪魔使いが顔を上げると、そこに瓶底眼鏡を掛けた30代ぐらいのひょろりと背の高いアジア人の男が手を振って近づいて来る。
その隣には、10歳未満と思われる銀色の髪の毛を肩口で綺麗に切り揃えた少年がいた。
「別に・・・・それより定例会議はちゃんと終わらせて来たんだろうな? 」
「もーちろん ・・・てか、お母さんみたいだね? ライドウ君。」
「一言余計だ。」
ライドウの視線が、瓶底眼鏡の男―射場流の隣に立つ少年に向けられる。
悪魔使いに見つめられ、微かに頬を紅く染める銀の髪の少年。
その蒼い瞳には、敬愛の念が僅かに含まれていた。
「ああ、一応紹介しておくよ。 この子の名前は、アレフ・マクスゥエル君。こう見えても僕の大学の後輩なんだぜぇ♪ 」
「・・・・アレフです・・・・父と母が貴方に随分お世話になったと聞きました。」
礼儀正しく一礼する幼い少年を、ライドウは複雑な気持ちで眺める。
流の説明によると、アレフは今年の初めにアメリカの名門大学、ハーバードに飛び級で入学。
冬休みを利用して、父親の居るヴァチカン市国へと遊びに来ているのだそうだ。
「君のリハビリがてら、市内観光をするって話したら、是非自分も混ぜて欲しいと言われてね・・・て、聞いてるぅ? 」
「聞いてる・・・・随分と大きくなったね? 」
ライドウは、アレフの目線の高さまで躰を屈めると、柔和な笑みを口元へと浮かべた。
ビスクドールの様に整った容姿を持つライドウに微笑まれ、アレフの頬が薔薇色へと染まる。
「は、はい・・・・・母が出産の時に、父の代わりに貴方が立ち会ったと・・・その時に、随分迷惑を掛けたと言ってました。」
「ああ・・・アレか・・・・。」
アレフが生まれた当日の出来事を想い出し、ライドウが苦笑いを浮かべる。
当時、ライドウはある任務で、ヴァチカン市国を訪れていた。
任務終了後、友人であるジョンに誘われ、彼が住んでいるローマの高級住宅街へと案内されたのだ。
そこで予想外のハプニングが起こった。
妊娠していたジョンの妻、アナスタシアが予定日よりも早く産気づいてしまったのである。
オマケに、ヴァチカンから緊急招集命令が出てしまった。
狼狽するジョンをヴァチカン市国へと向かわせ、産気づいたアナスタシアを介抱し、救急病棟へと連絡をしたのがライドウだったのである。
「貴方に手を握られて、母はとても勇気づけられたと言っておりました。 」
「大袈裟だな・・・・俺は救急車を呼んだ程度で、何もしちゃいないよ。」
キラキラと羨望の眼差しで自分を見上げるアレフに対し、悪魔使いは大袈裟に肩を竦めた。
爆風と怒号、そして、ツンと鼻腔を刺激する火薬の匂い。
そんな戦場の只中を、アレフは舞う様に跳ぶ。
「はぁあああああ!! 」
金色の翼を持った魔人、クレドが機械仕掛けの大剣『カリバーン』を繰り出す。
音速を優に超える刺突。
しかし、それを身を軽く捻る事であっさりと躱し、カウンターの膝蹴りを魔人の顔面へと叩き込む。
呻き声を上げて、二・三歩後ずさるクレド。
その胴体を薙ぎ払わんと、アレフが”アダマスの鎌”を閃かせる。
だが、その切っ先がクレドの胴体を両断する事は叶わなかった。
何処からともなく発射された弾丸が、若き異端審問官の斬撃を邪魔したのだ。
大鎌の刃を巧みに操り、鋼の凶器をアレフが撃ち落とす。
その視線の先には、赤いパーカーに蒼いジャケットを着る同年代の少年の姿が映った。
教団本部の地下シェルターに連行された筈のクレドの義理の息子、ネロだ。
思わぬグロリアの助力で、拘束から逃れたネロは、道中で取り上げられた装備を回収し、義理父が居る戦場へとやって来たのである。
「ネロ!? 何故お前が此処に!?? 」
常人よりも遥かに優れた膂力を使い、自分の目の前へと降り立つ義理の息子。
教団が開発したジェット推進器付きの機動大剣を構えるネロを、クレドは半信半疑で見つめる。
「そういう父さんこそ・・・・その姿は一体何なんだよ? まさか教皇猊下の奇跡とでもいうのか? 」
「・・・・・・っ! 」
痛い所を息子に突かれ、クレドが顔をしかめて俯く。
誰の眼から見ても、今のクレドは悪魔だと思うだろう。
ネロは、躰から発する闘気で、その悪魔が自分の父親であると辛うじて判断出来るが、平常時に今の姿を見られれば、一体どういう事なのだと詰問される筈だ。
「ふぅん、親子なんだ・・・・流石、悪魔を崇拝する邪教徒だねぇ。」
そんな親子の会話を、何処か楽しそうに眺めるアレフ。
口元を嘲笑で歪め、両手に持つ”アダマスの鎌”をバトンの如く、軽々と一回転させる。
正直、反吐が出そうな光景だった。
人類にとって悪魔(デーモン)は、滅ぼさねばならぬ怨敵である。
それを崇拝し、尚且つ人間の持つ尊き心を捨て、悪魔に身を堕とすとは・・・・。
必ず神罰を下し、この世から消し去らねばならない。
「来いよ・・・・狂信者が・・・。」
嘲笑を浮かべるアレフを、ネロが手招きして挑発する。
騎士団内でも最強と謳われる父を此処まで追い詰めた強者だ。
見た目は、自分とそれ程歳は離れていないだろうが、相当の手練れである事は間違いない。
「止せ!逃げるんだ!ネロ!! 」
この異端審問官は危険すぎる。
長年、悪魔との戦いで培われて来た経験が、クレドに警笛を鳴らしていた。
剣豪(シュヴェアトケンプファー)の称号を持つ自分を、遥かに凌駕する存在。
この少年の実力は、既に剣聖の領域まで達していると言っても過言ではない。
「大丈夫だよ、俺と父さんが力を合わせれば、必ず・・・・・。」
勝てる・・・そう言い掛けたネロの躰が、突然、後方へと吹き飛ぶ。
見ると、銀髪の若き異端審問官が、まるでピストルの様に人差し指を此方に向けていた。
「ネロ!! 」
受け身も取れず、石畳の上をゴロゴロと転がるネロ。
その傍らへと、クレドが慌てた様子で走り寄る。
まともにアレフの”気”を当てられ、額から血を流すネロを、義理父が抱き起した。
「フン・・・・内気功もまともに使えないのか・・・こんな奴が僕に喧嘩を売るなんて・・本当に身の程知らずだな。」
人差し指から吹き出る細い煙を吹き消し、アレフが侮蔑を多分に含んだ双眸で、義理父に抱き起されるネロを眺める。
「しっかりしろ!ネロ! 」
「ううっ・・・・今のは一体何なんだよ? 」
脳震盪を起こしているのか、視界がグラグラして定まらない。
嘔吐感を何とか堪えるが、口内が胃液特有の酸っぱい味で充満した。
「気功術だな・・・・今は、”闘気術”と呼ばれている。 」
かつて、古代人類は、悪魔と戦う唯一の術として、体内に内在する”気”と呼ばれる生体エネルギーを利用していた。
柔術、剣術、弓道、合気道、少林寺拳法・・・・等、様々な武道に”気”の力は使われ、進化していった。
しかし、人類の化学が進歩し、悪魔に対抗しうる武器が造られる様になってから、それら先人達の偉大な技術は失われていった。
時代遅れの遺物として忘れ去られてしまったのである。
「偉大なる剣人達の技術は、当に失われたと聞いていたが・・・・。」
魔人化したクレドが、驚愕の思いで、数メートル離れた位置に立つ、銀髪の少年を見つめる。
「何を馬鹿な事を言っているんですか? 剣士ならば”闘気術”が使えるのは当たり前ですよ・・・・っておっと失礼、貴方方は悪魔崇拝者でしたね? 最下層を蠢く虫けらに、人間の尊き技術が伝わる筈がありませんでした。」
完全にネロ達親子を下に見ている。
まるで路傍の石を見るかの如きアレフの態度に、気が短いネロが直ぐに反応した。
「悪魔崇拝者だと? 俺達は、悪魔の脅威から人類を救う偉大なる魔剣騎士団だ!」
脇に装着しているガンホルスターから、六連装大口径リボルバー。”ブルーローズ”を引き抜き、何の躊躇いも無く、同年代の少年に向かって引き金を引く。
数十分の1秒という誤差で発射される二種類の弾丸。
凶悪な鋼の牙がアレフの肉体を引き裂くかに思われたが、光速で跳ぶ弾丸を糸も容易く空中で掴み取ってしまう。
あまりの出来事に、双眸を見開くネロ。
その眉間の間を狙って、アレフが右手で掴み取った鋼の塊を指で弾き飛ばす。
しかし、その弾丸はクレドが息子の眼前に翳した黄金の盾―”アイギスの盾”によって阻まれた。
「ネロ・・・・お前は、一刻も早くこの国から逃げるんだ。 」
「と、父さん・・・・? 」
「キリエを・・・・お前の姉さんを頼む・・・・。」
死を覚悟する父親と、非情なる現実を未だ受け入れられない息子。
悔しいがあの異端審問官の少年は、クレドが想像するよりも遥かに強い。
例え、”ソロモン12柱の魔神”の力を持つネロと共闘し、共に戦った所で勝つ事は出来ないだろう。
ならば、此処は大事な家族の命を優先するべきであった。
一方、そんな覚悟を決める親子を他所に、銀髪の異端審問官は、あらぬ方向に視線を向けていた。
白亜の巨人に向かって、真紅の長外套(ロングコート)を纏う、銀髪の男が跳んで行くのが見えたからだ。
「・・・・・・許さないぞ・・・・その役目は僕だ。」
銀髪の大男―便利屋のダンテの目的が、偽神に捕えられた悪魔使いである事は明白。
折角、叔父上に華々しい初陣を見せるつもりでいたのに、何処の馬の骨とも知れぬ相手に大事な役目を奪われてたまるか。
「行け!キリエと共に必ず生き延びるんだぞ! 」
「父さん!! 」
呆然とある一点を見据えるアレフの姿を、好機と受け取ったクレドが、機械仕掛けの大剣『カリバーン』を構え、猛然と走り出す。
成す術も無く、悪魔と化した父の背を見つめる息子。
黄金色の刃が、銀髪の異端審問官の躰を貫くと思われた刹那、クレドの双眸が驚愕で見開かれる。
眼前に居た筈の少年の姿が、突然消失、その代わり、己の胸に”アダマスの鎌”の切っ先が突き出ていた。
クレドの接近を逸早く察知していたアレフが、光速移動で背後へと周り、大鎌で一閃したのだ。
「邪魔・・・・。」
短く呟き、両手に持つ”アダマスの鎌”に力を込める。
胸から右肩口へと抜ける大鎌の刃。
間欠泉の如く血飛沫が噴き出し、魔人となったクレドの巨体が力無く地面へと沈む。
「父さん!! 」
信じられない光景に、ネロが義理父の元へと駆けだす。
アレフは、地面へと前のめりに倒れ、人間体へと戻るクレドに一瞥を送ると、不届き者を聖罰するべく、大きく跳躍した。
フォルトゥナ公国の上空を跳ぶ、漆黒の戦闘機。
日本の最新鋭戦闘機、F-35のコクピットに乗る自衛官、坂本二等陸佐は、無言で戦場と化した城塞都市の姿を見送っていた。
事の起こりは、数か月前へと飛ぶ。
魔剣教団の送り込んだ工作員が、八王子と横浜の研究施設を襲撃。
国防総省と合同で研究していた魔具、『ギルガメス』と『パンドラ』を奪われた挙句、多くの死傷者を出した。
自衛隊横須賀病院。
その霊安室には、変わり果てた姿となった同胞の亡骸が、棺の中へと納まっている。
数十体に及ぶ棺を前に、防衛省の最高責任者、後藤防衛大臣は、無言で立ち尽くしていた。
「賊は、フォルトゥナ公国の魔剣教団で間違い無いんだな? 」
低く、感情を押し殺し、後藤は背後に控える二人の部下、坂本二等陸佐と小沢一等陸佐に向かって言った。
「はい、監視カメラにディヴァイド共和国とフォルトゥナ公国の国境付近で目撃されている悪魔と酷似しておりました。」
数年前から彼の国に内偵調査で潜っている坂本二等陸佐が、両手を後ろに組み、直立不動の姿勢で応える。
調査の結果、フォルトゥナ公国が、軍事目的で悪魔を研究している事は明白となっている。
監視カメラで撮影された映像には、生物兵器として開発された妖獣『アサルト』の姿が映っていた。
「・・・・・そうか・・・。」
腹腔から湧き出る怒りを懸命に抑え付ける。
横浜と八王子の研究所で殺害された自衛官達は、後藤が手塩にかけて育てた大事な部下達であった。
ソレを、まるで虫けらの如く惨殺したのだ。
後藤の怒りは筆舌し難いのは、当然である。
「坂本二等陸佐・・・もう一度確認するが、精霊石の鉱脈については、アメリカ合衆国を含む、国連首脳陣は知らないのであったな? 」
「はい・・・・ロシア連邦以外は・・・・。」
内偵調査の結果、フォルトゥナ公国の地下に、莫大な精霊石の鉱脈が眠っている事が分かった。
奴等は、ソレを利用し、悪魔の研究並びに大量殺戮兵器まで造り出している。
北の大国と呼ばれるロシア連邦が何故、そんな狼藉を許しているのかと言うと、石油鉱(オイルシェル)並びに、その精霊石にあった。
「大至急、ゼレーニン大統領と会談を開く・・・勿論、ネモフ大統領にも緊急回線で呼び掛ける。」
坂本と小沢へと振り返る後藤。
その表情は、憤怒で彩られていた。
「薄汚い劣等国が・・・・先進国たる我が日本に喧嘩を売った代償が如何程のものか・・・・市民の血で償わせてくれる・・・・。」
低く、怨嗟に満ちた声。
坂本二等陸佐と小沢一等陸佐の背に、例える事が叶わぬ寒気が走った。
魔剣教団本部前、アルブム大橋。
浮遊する足場を蹴り、ダンテが偽神の元へと走る。
「ライドウ!! 」
白亜の巨人の胸元に埋め込まれた巨大な精霊石。
その中には、醜悪な触手により、四肢を封じられた悪魔使いの姿が見えた。
触手の群は、更にその数を増し、苦痛で顔を歪める悪魔使いを完全に呑み込んでしまう。
「ちぃっ!させるかよ!! 」
このままでは、邪神”アバトン”に、ライドウが喰われてしまう。
不意に、教団本部3階、降臨の間で、坂本二等陸佐と交わした言葉が、脳裏に蘇った。
『愛しいベアトリーチェを救いたければ早くした方が良い・・・余り時間を掛け過ぎると”アバトン”に喰われてしまうぞ? 』
あの老練な騎士は、そうダンテに言っていた。
漸く、手の届く位置まで辿り着いたのだ。
そう簡単に、失ってたまるか。
「ダンテ! 上から何か来る!! 」
焦るダンテの耳に、その背に収まる雷神剣”アラストル”の叫び声が聞こえた。
殆ど条件反射で、同じく背負っている愛刀『リベリオン』を引き抜く。
刹那、大剣の刃と大鎌の刃が激しくぶつかり合った。
”アダマスの鎌”に片足を掛けたアレフが、全体重を乗せた重い一撃を放ったのだ。
受け止めきれず、地面へと堕ちるダンテ。
舌打ちし、渾身の力で大鎌の刃を跳ね飛ばす。
そのまま互いに空中でトンボを切ると、浮遊する足場に着地し、対峙する。
「餓鬼?・・・・何で戦場に餓鬼が居るんだ。」
自分を襲撃した相手を見て、ダンテが訝しむ様に秀麗な眉根を寄せる。
ダンテと同じ銀色の髪を肩口で綺麗に切り揃え、漆黒のカソックに異端審問官を現す真紅のストラ。
まだ幼さを強く残すその容姿は、どう見ても10代半ばぐらいにしか見えなかった。
「ヴァチカン13機関(イスカリオテ)所属、第13席、コードネーム”ソードダンサー”・・・薄汚い邪教徒如きに態々名乗ってやったんだ・・・有難く思え。」
気が付くと、ダンテの胴体に”アダマスの鎌”の鋭い切先が押し付けられていた。
移動魔法(トラポート)を使って、ダンテの背後へと瞬間移動したのだ。
ダンテの胴体を両断せんと、大鎌の刃が手前へと引かれる。
しかし、肉を断つ手応えは返って来なかった。
移動スキルである”エアトリック”を使って、ダンテがアレフの刃から逸早く逃れたのだ。
「全く・・・本当に今日は厄日だぜ。 」
アレフの背後へと移動したダンテが、大袈裟に肩を竦める。
”降臨の間”で戦った坂本晋平と名乗る自衛官と言い、この異端審問の餓鬼と言い、どうして今日はこうも”人修羅”クラスの怪物達と対峙しなければならないのか。
「気を付けろよ?ダンテ・・・・この餓鬼、”神器使い”だ。」
「”神器使い”・・・・? 神様が造ったって言われる武器の事か。」
『悪魔狩人(デビルハント)』の資格を習得する過程で、一応、神器に関する伝承は調べている。
曰く、悪魔の脅威に苦しめられている人類を救済するべく、神が与えた武器の事を言う。
しかし、誰もがその武器を扱える訳では無く、優れた肉体と強靭な精神力を持つ者のみが操れるのだ。
(そういや、ライドウが使っていたあの槍も元は神器だったな。)
レッドグレイブ市で、共に便利屋として生活していた頃を思い出す。
元は、マレット島で死亡した番のクー・フーリンが使用していた魔槍であった。
ライドウ曰く、17代目を襲名する以前は、自分の得物であったらしい。
それを番となった魔槍士に譲り渡した。
彼が死亡した事により、再び自分の手元へと戻って来たのだという。
ダンテの視線が、目の前の異端審問官から、背後にいる巨大な魔神像へと移る。
触手の群に呑み込まれてしまったライドウ。
早く救出しなければ、邪神”アバトン”に喰われてしまう。
「餓鬼と遊んでいる暇は・・・・・。」
そう言い掛けたダンテの鼻先に、大鎌の刃が迫る。
アレフが、一気に間合いを詰めたのだ。
自分の首を叩き斬らんとする凶悪な刃を、大剣『リベリオン』の刀身で受け止めるダンテ。
息を付く暇も無く、常人では視認不可能な斬撃が繰り出される。
それら全てを大剣で受け止めるが、斬撃から発生する真空の刃が、ダンテの両腕や、頬、脚などを薄く切裂く。
舌打ちし、トリックスターを駆使して死の間合いから逃れるダンテ。
追撃しようとするアレフに対し、お返しとばかりに強烈な突き技、”スティンガー”を放つ。
予想外の攻撃に面食らい、アレフが大鎌の刃で受け止める。
しかし、強烈な刺突に、数メートル後ろへと後退した。
(・・・・糞・・・強い・・・・!!)
見た所、数十キロは軽くあるであろう大鎌をまるで手足の如く操る少年の技量に、ダンテは喉の奥で低く唸った。
一方のアレフは、何故か無表情であった。
唯の邪教徒一派だと高を括っていたが、相手が予想よりも手強い。
脳内で数通りのシュミレーションが行われ、高速演算を行う。
「おい、餓鬼・・・お前、異端審問官なんだろ? だったら、俺達の味方じゃねぇのかよ? 」
「味方?・・・・すると、貴方はCSI(超常現象管轄局)か”クズノハ”の人間ですか。」
油断なく得物を構えながら、アレフは、数メートルを挟んで対峙する銀髪の男を観察する。
確かに、この男の着衣には、魔剣教団を現す紋章が何処にも無い。
だからと言って警戒を解くつもりは微塵も無いが、教団関係者であると決めつけるのは、早計であった。
「まぁ、似たようなモンだけどな・・・・分かったんなら、俺の邪魔を・・・・。」
「17代目の救出は僕がやります。貴方は、そこら辺の雑魚悪魔を駆除して下さい。」
ダンテの言葉を、アレフがあっさりと切って捨てる。
上流階級特有の傲慢さと、底辺の人間を見下すその態度に、ダンテが思わず鼻白む。
「貴方・・・・両組織に雇われた悪魔狩人(デビルハント)なんでしょ? だったら、階級的には僕が遥かに上だ。 大人しく指示に従って下さい。」
「あぁ? 何を言ってんだぁ? この餓鬼。」
あまりな言い草に、ダンテの表情が凶悪に歪む。
そんな銀髪の魔狩人に対し、アレフは大袈裟に溜息を吐いた。
少年の視線が、上空に浮遊するヴァチカンのドローンへと向けられる。
「実を言うと僕、今回、初任務なんですよね・・・・だから、叔父のユリウス法王陛下に良い所を見せたいんですよ。」
あのドローンは、リアルタイムで法王陛下に此方の映像が流れている。
初陣はなるべく華々しく飾りたい。
特に、神の如く崇拝している叔父の前で、下手な戦いは見せたく無かった。
「悪い魔王に囚われた美しき姫君を救う・・・・まるで御伽噺みたいで、素敵じゃないですか。」
夢を見ているかのように陶酔するアレフを、ダンテはまるで別の生き物でも見ている様な気分で眺めた。
この頭のイカレた糞餓鬼が、キンナ一族の人間である事は分かった。
師であるケビン曰く、世界有数の金持ちであり、救い様が無い程の下種野郎な連中らしい。
現に、ヴァチカンの法王陛下であるガーイウス・ユリウス・キンナは、資産にモノを言わせて今の地位を買い取ったとまで言われている。
成程、確かにこの甥を見る限り、ろくでもない一族である事は間違い無いらしい。
フォルトゥナ上空。
巨大な精霊石が埋め込まれている偽神の左脚へと辿り着いた忍び装束の若い男・・・猿飛佐助。
早速、コアを破壊しようとするが、黒い霧状のガスを纏う悪魔、幽鬼・メフィストの群に阻まれた。
槍の様な鋭い刃を持つ指が、次々と佐助を襲う。
それを巧みに躱し、お返しとばかりに巨大な卍手裏剣を投擲した。
闘気を纏った巨大手裏剣が、ガスの衣をあっという間に吹き飛ばす。
醜い蟲の本体を晒されるメフィスト達。
浮遊する地面に叩き落とされた蟲の躰を、巨大な卍手裏剣が切り裂いていく。
「もー、次から次へときりがないねぇ。」
幽鬼の群を華麗に薙ぎ倒しつつ、ウンザリとした表情で佐助が呟く。
偽神の背後に聳(そび)え立つ地獄門(ヘルズゲート)からは、実体化した悪魔達が次々と吐き出されていた。
早くアレをどうにかしなければ、物量で此方が負けてしまう。
その時、白亜の巨人の右腕から、爆発が起こった。
見ると、蒼い精霊石が粉々に砕け散って、宙を舞っている。
確か、あそこへ向かったのは、CSI(超常現象管轄局)と協力関係にある悪魔、ドルイド族の戦士、スカーだ。
スカーは、襲い掛かる悪魔の群を瞬く間に駆逐し、偽神のコアである右腕の精霊石を破壊したのであった。
「アルフレッド・・・・。」
佐助の肩にしがみついていたハイピクシーのマベルが、次のコアを破壊する為に移動する黒い影を無言で見つめる。
「ヒュー♪ 流石、”サン・ドラドの英雄” ドルイド族最強ってのも伊達じゃないねぇ。」
幽鬼・メフィストの群と戦いながら、佐助は、着実に偽神のコアを破壊するスカーに口笛を吹いた。
”サン・ドラドの英雄”というのは、勿論、スカーの通り名である。
今から20数年前、アメリカの西海岸にある海上独立都市『サン・ドラド』にて、悪魔によるアウトブレイクが発生。
アメリカの対悪魔特殊部隊や魔導士ギルドから、兵隊が集められたが、上位からなる悪魔の群に全滅した。
窮地に立たされた米陸軍や海上都市に住む生存者達を救ったのが、現在、白亜の巨人と大立ち回りをしているドルイドの戦士、スカーなのである。
「・・・・・っ、ネロ!? 」
振り落とされまいと佐助の肩にしがみついていたマベルの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。
例える事が叶わぬ悲しみと怒りの叫び声。
それが、魔剣教団の若き騎士、ネロのモノであると分かった瞬間、小さな妖精は、忍の躰から離れていた。
「・・・・っ? マベル?? 」
自分から離れ、あらぬ方向へと飛んで行く小さな妖精の背に、佐助の戸惑う声が掛けられる。
「私なら気にしないで! それより、アンタはちゃんと自分の仕事をこなす! 」
振り返り、言いたい事だけ伝えると、ネロがいるであろう方向へと向かう。
一方、小さな妖精に釘を刺された赤毛の忍は、一つ溜息を零すのであった。
魔剣教団本部、帰天の間。
そこへ、ブツブツと何事か独り言を呟きながら、巨漢の男が入って来た。
魔剣教団、技術部責任者、アグナスである。
技術局長私室にて、大事な検体であるネロをその義理の父、クレドに奪われた事を未だに根に持っているのであった。
苦虫を100匹以上は噛み潰したであろう怨嗟に満ちた渋い顔で、クレドへの呪いの言葉を口内で呟き続けている。
室内の中央に設えてある寝台を通り過ぎ、大理石で出来ている壁の前へと立つ。
革の手袋を取り、大理石の壁に翳すと、彼の指紋をセンサーが読み取り、操作パネルが姿を現した。
「ちぃ、ど、どどどうなろうがもう知らん。 やる事はやったんだ・・・・例の経典を回収して、美龍(めいろん)に連絡を・・・・・。」
暗証番号を何桁か打ち、隠し扉を開いたその時であった。
背後に気配を感じたアグナスが、慌てて帰天の間、入り口へと振り返る。
するとそこには、漆黒のカソックと異端審問官を現す真紅のストラを両肩に垂らした二人の男が立っていた。
ヴァチカン13機関(イスカリオテ)在籍の異端審問官、”炎の剣(フランベンジュ)”と”銃使い(ガンスリンガー)”だ。
技術局長の双眸が、恐怖で見開かれる。
「き、ききききき・・・貴様等は!!!? 」
「どうやら、そこに”ファティマの書”がある様ですね? 」
脂汗を垂らし、恐怖で声が裏返るアグナスを他所に、ケン・アルフォンス・ラ・フレーシュが、背後の隠し扉を興味津々に眺める。
「ちっ、姑息な手を使いやがって。」
その番であるZEROこと射場守が、怒りで顔を歪ませた。
散々、地下を探し回った挙句、無用な悪魔との戦闘までしたのだ。
彼のフラストレーションは、MAXを既に突き抜けていた。
「と、とととと取引をしないか? ”経典”は貴様等にくれてやるから、わ、私を見逃し・・・・ひぃっ! 」
異端審問官、二人組の目的が”ファティマの書”である事を素早く見抜いたアグナスは、性懲りも無く、無駄な悪足掻きを始めた。
しかし、それを当然、彼等が許す筈も無く、ZEROが双子の巨銃”オンブラ”の引き金を引き、無理矢理黙らせる。
「ふーむ、何処かで見た顔だと思ったら・・・・貴方、RAS(ロシア科学アカデミー)の研究員じゃないですか・・・名前は、確か・・・リブ・トルストイさんでしたよね? 」
真っ青な顔で、自分の真横に穿たれた穴を凝視する巨漢の科学者を、ケンが嘲る様に眺める。
RAS(ロシア科学アカデミー)とは、ロシアの最高学術機関とされる国立アカデミーの事をいう。
アグナス・・・リブ・トルストイは、その研究機関で、悪魔(デーモン)の遺伝子を研究するプロジェクトの一員として働いていた。
遺伝子工学においてはそれなりに名が通っており、彼の出した論文は、大いに評価されたが、その行き過ぎた実験が、批判を呼び、人権団体からバッシングを受ける事になった。
当然、学会はトルストイの行いを危険視し、追放。
行き場を失った彼は、自然の成り行きで秘密結社の一つであるガイア教団に身を寄せる事となった。
「貴方の出した論文は、とても素晴らしかったですよ・・・・でも、流石に過激派で有名な”黒手組(ブラックハンド)”や”天智会”に研究した情報を横流ししていたのはいけませんね。」
「うぐぐっ・・・・・。」
ケンの指摘に、トルストイは怒りと屈辱で顔を醜く歪ませる。
行き過ぎた研究が元で、人権団体からバッシングを受けたのは事実であるが、彼が学会を追放された理由にはもう一つだけある。
各国のテログループと繋がりがある”黒手組(ブラックハンド)”とアジア最大の企業『九龍グループ』が抱える秘密組織”天智会”に悪魔の研究データを売り渡していたのだ。
欲に目が眩み、国の機密情報を売った事がFSB(ロシア連邦保安局)にバレ、多額の懸賞金をその首に掛けられた。
夜逃げ同然で、国を出奔したトルストイは、知り合いのツテを使い、何とか日本の秘密結社である”ガイア教団”に潜り込む事が出来たのだ。
「おーい、もう良いだろ? こんな所で無駄に時間潰してる暇なんてねぇだろ? 」
双子の巨銃”ルーチェ&オンブラ”を構えたZEROが、呆れた様子で隣に立つ相棒に言った。
そんな気の短い番に、ケンが大袈裟に肩を竦める。
「ですね、そろそろパーティーもお開きみたいですし、コッチも早めに終わらせてしまいましょう。」
彼等にとって、遺伝子工学の権威であるトルストイの命など、さして興味は無いらしい。
窮地に立たされた巨漢の科学者は、懐から紫色の液体が満たされたシリンジを取り出す。
「わ、私は死なん! こんな所で死んで良い人材ではないのだぁ!! 」
何の躊躇いも無く、注射針を自分の首筋へと突き刺す。
頸動脈を伝って、薬液が躰の中を駆け巡る。
ドクリと、心臓が激しく脈打ち、肺が圧迫され、呼吸が出来なくなった巨漢の科学者が苦しみに、床へと蹲った。
「ハァ・・・人間とは何と欲深く、愚かな存在なんですかねぇ。」
見る見るうちに異形の怪物へとメタモルフォーゼするトルストイを、赤毛の異端審問官が呆れた様子で眺める。
トルストイが自分の肉体へ打ち込んだ薬は、人間を悪魔(デーモン)へと変える”ゼブラ”の改良版であった。
此方は、市場に売り捌く目的で造られたモノでは無く、戦地等で使用する”戦闘薬”の為に造られた薬であった。
鋭い鉤爪に、背には巨大な羽。
頭部には光る王冠の様な突起物が生え、両側頭部には、雄々しき角が生えている。
その姿を一言で言い表すのであるならば、蛾そのものであった。
「ワハハハハハハッ! 死ねぇ! ヴァチカンの狂信者共がぁ!! 」
醜悪な悪魔と化したトルストイが、亜空間から無数の人造悪魔”カットラス”を召喚する。
異端審問官二人組、”フランベンジュ”と”ガンスリンガー”へと襲い掛かる怪魚の群。
しかし、その凶悪な刃が彼等に届くよりも早く、黄金に光輝く聖なる槍によって悉(ことごと)く破壊されてしまう。
ケンが持つ最上級悪魔(グレーターデーモン)、”力天使の軍団(ヴァーチューズ)”だ。
黄金に光輝く機会仕掛けの天使達は、”アルメニアの聖槍”を構え、異形の怪物と化したトルストイの四肢を切り裂いてしまう。
「ぐぎゃぁああああああっ!! 」
背の羽根と右腕、そして左脚を失ったトルストイが、成す術も無く床へと叩き付けられる。
悲鳴を上げ、床の上でのたうち回る科学者の額に、ZEROが持つ巨銃”オンブラ”の銃口が押し付けられた。
「requiescat in pace(安らかに眠れ)。」
口元に張り付いた皮肉な笑み。
引き金が引かれ、銃声が無情にも帰天の間、全体に轟いた。
毎日、暑くて辛いです。