偽典・女神転生~フォルトゥナ編~ 作:tomoko86355
魔神カルキ・・・魔神ヴィシュヌが持つ108のアバターラ(化身)の一つと言われている。本来は白い軍馬に乗った戦士として伝えられているが、作中では邪神・アバトンと精霊石を取り込んだ四つ足の醜い怪物として登場している。
「暴力では何も解決出来ないぞ? 」
義理父と義理姉が住んでいる家に帰る道すがら、不貞腐れた様子で後ろを歩く義理の息子にクレドが深い溜息を吐いた。
現在、ネロは魔導を学ぶ為に国が運営している訓練校へと通っている。
その学び舎には、ネロと同年代の子供達が在籍しており、昼の休み時間に同じクラスの少年達とちょっとした諍いを起こしたのであった。
事の起こりは、クラスで虐めに遭っている少年をネロが庇った為であった。
余りにも陰湿な虐めに、見かねたネロが、虐めグループのリーダーらしき少年に「いい加減止めろ。」と文句を言った。
常日頃、義理父のクレドから、「弱き者の力となれ。」との教えに、ネロは素直に従い、その通り行動したまでである。
しかし、そんなネロの行動が面白く無い虐めグループは、彼を取り囲み、リンチをしようとした。
4人対1人。
当然、人数が多い方が有利である。
それが普通の人間であるならばの話だが。
「・・・・・お前は、何も悪くない・・・・人として当然の行動を取った・・・だが、もう少し手加減をするべきだったな。」
彼等は、喧嘩を売る相手を間違えた。
反射神経、膂力、共に同年代の子供達とは比べ物にならない程、発達したネロの前に成す術も無く、血反吐を吐いて床の上でのたうち回った。
軽症とはいえ、叩きのめされた虐めグループの中には、歯を折る少年もいたのである。
クレドは、一旦立ち止まり、無言で後ろを歩く義理の息子へと振り返る。
俯き、決して義理父を見ようとはしない息子。
そんな臍曲がりな義理の息子に、クレドは呆れた様子で苦笑を浮かべると、視線の高さまで躰を屈めた。
「先ずは、感情をコントロールするんだ。 憤怒の感情は、立ち上がる気力となるが、逆に周りの状況判断を狂わせる要因ともなる。」
下へと俯く息子の頭に、大きな右手を優しく乗せる。
おずおずと言った様子で、父親を見上げる息子。
そんな義理の息子に、クレドは優しく微笑みかけてやるのであった。
フォルトゥナ公国、魔剣教団本部前。
「うぉおおおおおおおおおっ!! 」
怒りの咆哮を上げるネロ。
その両手には、魔具『閻魔刀』が握られ、その刀身がアレフの持つ”アダマスの鎌”の刃に喰い込む。
「くっ!! このぉ、いい加減離れろ!凡愚(ぼんぐ)がぁ!! 」
アレフの膝蹴りが、ネロの右脇腹へと深々と突き刺さる。
予想外の反撃に、呻き声を上げるネロ。
力が緩んだ所を見計らって、アレフが『閻魔刀』の刃を跳ね上げる。
浮遊する足場へと、態勢を崩したネロが叩き付けられた。
その数歩先に、アレフが華麗に着地する。
「薄汚い害虫の悪魔が・・・・よくも、この僕の邪魔を・・・。」
秀麗な顔を怒りで歪ませ、蒼い魔神のオーラを纏うネロを睨み付ける。
口内に溜まる血を石畳へと吐き、ゆっくりと立ち上がるネロ。
憤怒に濡れた紅い双眸が、数歩離れた位置で対峙するアレフへと向けられた。
「殺してやる・・・・お前だけは絶対に!! 」
『閻魔刀』の切っ先を、憎き怨敵である銀髪の異端審問官へと向ける。
命の灯が消え、腕の中で光の粒子となって消えた義理の父親。
誇り高く、自分に生きる術を教えてくれた。
騎士の十戒を生きる指針とし、その中でも第三の戒律と第八の戒律を重んじていた。
曰く、弱き者を尊び、かの者達の守護者たるべし。
曰く、嘘偽りを述べるなかれ、汝の誓言(せいごん)に忠実たるべし。
「黙れぇ!! 今日は、僕にとって大事な日だったんだぁ! 初陣を・・・初陣を華麗に飾って叔父上に褒めて貰う筈だったのに!!! 」
怒りで視界が真っ赤に染まる。
全闘気を大鎌の刃に乗せ、石畳を蹴り割り、ネロへと一気に間合いを詰める。
超音速で繰り出される幾つもの斬撃。
それを『閻魔刀』の刃で防ぐが、全てを御する事は出来ない。
ネロの躰が切り裂かれ、血飛沫が宙を舞う。
「ぬぅぁあああああああっ!! 」
しかし、怒りに燃えているのはネロも同様であった。
魔力の波動が壁となり、アレフの斬撃を全て弾き返してしまう。
「なっ!何ぃ!!!? 」
有り得ない。
自分の剣技は全て完璧な筈だ。
師父であるセルゲイ・ウラジミールの教えは絶対であり、事実、その通りに戦えば、例え相手が上級悪魔であろうが、魔王クラスの魔物であろうが、細切れの肉片へと変えて来た。
しかし、これは一体何だ?
まさか、天賦の才を持つ自分よりも、この卑しい悪魔崇拝の邪教徒が優れているというのか?
ネロから発する魔力の波動に吹き飛ばされ、数メートル後退するアレフ。
それを追い、魔神と化した若き魔剣教団の騎士が、『閻魔刀』の刃を振り下ろす。
”アダマスの鎌”で受け止めるアレフ。
石畳が大きく陥没し、轟音が辺りに響き渡る。
「僕は神の信徒だぞ! 悪魔を討ち倒す正義の使徒だ! こんな悪魔崇拝の邪教徒如きに後れを取るものか! 」
アレフの怒りに呼応し、”アダマスの鎌”が光を帯びる。
刀身に罅が入り、そこから黄金色に輝く刃が姿を現した。
「ぐぅううう!? 」
異端審問官の持つ大鎌が更に巨大化し、その剣圧にネロが圧し潰される。
(駄目だ・・・・このままじゃ負ける・・・・っ!)
激しくぶつかり合う二つの魔力に、浮遊する足場が持たず、等々崩壊。
再び、二人の躰が宙へと投げ出される。
大きく態勢を崩すネロ。
その一瞬の隙を逃さず、アレフが剣技”スパイラル・ディーネ”を放つ。
これは、真空刃より発生する衝撃波を竜巻状にし、敵を切り刻む剣聖級の大技であった。
避ける術を持たぬネロが、まともにその技を喰らいそうになる。
死を覚悟したその瞬間、ネロの脳内に何者かの声が響き渡った。
『大丈夫、貴方は死なない。』
「え・・・・・? 」
自分よりも幾分、歳下と思われる少女の声。
刹那、ネロの握る魔具『閻魔刀』が金色の光を放ち、若い騎士の肉体に力が漲(みなぎ)る。
無意識に動くネロの躰。
繰り出される斬撃が真空の渦となり、アレフの放つ”スパイラル・ディーネ”と激しくぶつかり、相殺してしまう。
「馬鹿な? 何でコイツが僕と同じ技を使うんだ!? 」
剣技”スパイラル・ディーネ”は、難易度特A級と言われ、剣聖クラスの実力者以外、使用する事が不可能と言われている。
師であるセルゲイ・ウラジミールが教えた技の中でも、最上級に位置する剣術なのだ。
それを何故・・・・こんな格下の・・・・薄汚い悪魔崇拝者が?
あまりの出来事に驚嘆し、固まるアレフ。
一方のネロは、そんな異端審問官を他所に、疾風系中位魔法”ガルーラ”を放つ。
これは、”ソロモン十二柱の魔神の一人”、堕天使アムトゥジキアスが持つ能力であった。
ネロは、誰に教えられた訳でも無く、類稀な勘とセンスだけで、自分に憑依している魔神の力を行使したのだ。
「うわっ! 」
完全に不意を突かれ、まともに風の刃を喰らってしまう。
四肢を引き裂かれ血を流すアレフ。
しかし、この程度で狼狽する程、軟弱な精神をしてはいなかった。
舌打ちし、態勢を立て直すと、違う足場へと着地する。
降り立った衝撃で、切り裂かれた大腿部から血が噴き出し、ガクリとその場で膝を付いた。
「嘘だ・・・・嘘だ・・・・・僕が血を流しているだって? 師父と”カニバル”以外僕を傷付ける事なんて出来なかったのに・・・。」
付いた手から流れ落ちる血の雫。
神童として周囲から羨む存在だった自分が、こんな格下相手に傷を負わされた挙句、屈辱的な仕打ちまで受けている。
これ程までに打ちのめされたのは、13機関第2席 ”ナイトロード”こと、エルヴィン・ブラウン以来だった。
優秀な精神外科医であり、数々の博士号を持つ天才。
自分の患者、7人の血肉を貪り喰った殺人鬼。
”カニバル(人喰い)”と蔑み、恐れたあの男と目の前に降り立つ銀髪の少年の姿が重なる。
「これで終わりにしようぜ? 糞狂信者。」
「煩い! お前の存在、丸ごと消してやる! 」
何時もの冷静さを取り戻したネロの挑発に、怒りで顔を歪めたアレフが立ち上がる。
魔具『閻魔刀』を上段に構えるネロと、神器『アダマスの鎌』を両手に構えるアレフ。
互いの蒼い双眸が、激しくぶつかり合う。
永田町、帝国議会議事堂地下。
全てがコンピューターで管理された広大な地下世界。
人口に造られた湖の様な池と豪奢な寝殿造り。
その池に面して建てられた「釣殿」に一人の少女がいた。
腰まで伸びた濡れ羽色の黒い髪。
豪奢な唐衣裳(からぎぬも)を身に着け、湖に面して建てられた縁側に座している。
両手には人型の形に作られた札を持っていた。
「俗世に干渉するべきではありませんよ? 姉上。」
不図、背後から声を掛けられ、少女が閉じていた両瞼を開く。
少女に声を掛けたのは、蝋細工の如く病的に白い肌をした若い男であった。
中性的な美貌を持ち、紅を引いた様な赤い唇をしている。
超国家機関『クズノハ』の暗部、”八咫烏”の長、骸であった。
目の覚める様な真紅の狩衣(かりぎぬ)を纏い、腰には赤味の鞘を帯刀している。
唇に皮肉な笑みを浮かべた美青年は、姉から少し離れた位置に胡坐をかいた。
「あんな悪魔崇拝者の小僧を助けても、貴女には何の得にもならぬでしょうに。」
「・・・・・。」
この男は、全てを見透かしている。
日本から幾つもの海を越え、遠い北の台地で行われている陰惨極まる争いを全て知っている。
そして、彼女にとって大事な家族が危機に瀕している事も。
「・・・・彼はいずれ17代目の後継者になる存在・・・・消えてはならぬ命です。」
視線を手元の人型へと降ろす。
あの魔剣教団の若き騎士は、この世を救う護り人の一人だ。
それに、17代目の後継者たる人材を、あんな所でむざむざ失うのは惜しい。
「フフッ・・・・まぁ、一度ぐらいの助力は大目に見てあげましょう。しかし、あまりあの小僧に深入りせぬ方が貴女の為です。」
そんな姉に対し、骸は嘲笑を浮かべると、紅玉の如き赤き双眸を湖へと向ける。
透き通った水の中では、極彩色の模様をした鯉達が、我が物顔で泳いでいた。
フォルトゥナ公国、ミティスの森、魔剣教団本部前。
巨大空中要塞、”アイアンメイデン”のメインデッキ内。
艦長席に座るヴァチカン13機関(イスカリオテ)、第8席・マウア・デネッガー少将は、憮然とした表情で巨大パネルに映る怪物を眺めていた。
『大分、苦戦している様だね? マウア。』
唇を噛み締め、負のオーラ全開のマウアが付けているインカムに、緊迫したこの場にそぐわぬ間延びした声が聞こえた。
ヴァチカン市国の化学技術開発部の総責任者、射場流である。
「申し訳ありませんが、今は教授の相手をしている暇はありません。」
無人ドローンからリアルタイムで送られる映像を、この地から遠く離れたヴァチカンの研究所で傍観しているのであろう。
マウアは、苛立った声を隠しもせず、此処には居ないイカレ科学者にそう応える。
「そう嫌わないでおくれよ・・・・僕から細やかながら、贈り物を届けようとしているんだからさ。」
「贈り物? 」
流の予期せぬ言葉に、マウアが胡乱気に眉根を寄せた。
「ついさっき完成したばかりの魔力干渉結界器さ・・・・折角、都合のいい状況を作ってくれたんだ。 利用しない手はないだろ? 」
甘いカフェオレの香りを楽しみながら、流はフォルトゥナの戦地を映し出しているホログラフィーの映像をお気に入りのカップを手に眺めている。
流は、成層圏にいる人工衛星『ベロニカ』には、既に完成した魔力干渉結界器が転送済みであり、マウアの許可があれば、すぐにでも送る事が出来ると告げた。
『何故、私の許可が必要なのですか? 』
「だって、”フォルトゥナ侵攻作戦”の総責任者は君だろ? 僕は化学技術顧問とはいえ、一介の技術屋に過ぎない。 専門家である君の許しが無ければ、手が出し様が無いだろ。」
狂人にしては至極まともな意見である。
室内に設置してある通信機から、マウアの深い溜息が聞こえた。
『その干渉器を使えば、あの化け物の動きを止める事が可能なのですね。』
「オフコース♪ 僕の計算だと数分間ぐらいの短い時間ではあるけど、ダンテ君なら大丈夫でしょ。」
『ダンテ・・・・? 』
「NYのレッドグレイブ市って場所で、便利屋をしている荒事師だよ。」
流は、CSI(超常現象管轄局)のNY支部長、ケビン・ブラウンが、巷で出回っている麻薬”ゼブラ”の開発元を探っている事。
その調査の結果、魔薬が北の台地、フォルトゥナ公国で秘密裏に作られている事
フォルトゥナが魔導士ギルドに属する秘密結社(フリーメーソン)と特殊な密売ルートを使って取引している事。
その顧客データを手に入れる為に、便利屋であるダンテに依頼した事等を告げた。
『・・・・この男、確か7年前に起こった”テメンニグル事件”の首謀者の一人じゃないですか。』
「ノンノン、彼は被害者だよ。 事件を起こしたのは彼の双子の・・・。」
『同じ事です。 しかも、記録によると無許可で悪魔狩りをしていた・・・そんな奴を信用出来る筈がありません。』
けんもほろろな返答である。
潔癖症を絵に描いた様な人物であるのだから、それは仕方が無いと言えた。
『まぁ、昔の彼はそうだったかもしれないけど、今は違うよ。』
流は、ダンテのこれまでの経歴をマウアの居る”アイアンメイデン”に送る。
データには、ダンテが悪魔狩人の資格を取得してから、4年間の記録が載っていた。
剣士職(ナイト)では、銃剣使いと宮廷騎士の資格を、魔導師職(マーギア)では、白魔法の資格を取得。
4年間、米海兵隊に従軍し、その時の階級は伍長。
アフガニスタンのキザブで実体化した”ソロモン十二柱の魔神”、堕天使”パイモン”の討伐作戦では、第二分隊の隊長を任され、隊員全員を誰一人欠ける事無く無事生還させている。
USSF(アメリカ陸軍特殊部隊)の誘いもあったが、それを断り、軍を除隊。
再び、古巣であるレッドグレイブに戻り、便利屋家業を再開している。
「イギリスの女王陛下から剣豪(シュヴェアトケンプファー)の称号、授与を辞退? 頭がおかしいのか・・・この男は。」
『まぁ、そう言わないでよ・・・・彼にも考える所が色々あったんでしょ? 』
称号授与を辞退した理由が、ただ単に面倒だった・・・という事はこの際言わないでおく。
「そういう訳だからさ、信用しても良いと僕は思うんだけどな。」
上質な革張りのソファーに座った流が、一口カフェオレを呑む。
執務室の窓からは、夕陽に沈むヴァチカン市国の街が一望出来た。
『やけにこの男の肩を持つのですね? 教授。』
立体映像器から映し出されている禁欲的な軍服に身を包んだ美女が、呆れた様子で溜息を吐いた。
「そりゃぁ・・・・一応、身内だし・・・・。」
『え? 』
「嫌、コッチの事・・・・取り敢えず、ケビン大佐のお墨付きだから、任せても大丈夫だと思うよ。」
『はっ・・・はぁ・・・・まぁ、此方としましても使える人材がいる事に関しては有難いですよ。』
此処には居ない、ヴァチカン上層部の枢機卿、数名の憎たらしい顔を脳裏に思い浮かべつつ、マウアは皮肉たっぷりに応えた。
作戦総責任者である女性少将から了解を得た流は、数分後に衛生兵器『ベロニカ』から『魔力干渉結界器』を送り届ける旨を伝え通信を切る。
最後に残ったのは、3D映像器から映し出されるダンテの経歴と顔写真のみ。
「お膳立てはしてあげたんだ・・・・後は、貴方の腕次第だよ? 兄上。」
唇の端に笑みを浮かべると、流は空間に浮かぶホログラフィーを指で弾いた。
魔神”カルキ”の咆哮が、フォルトゥナ公国全土に響き渡る。
怪物の放つ魔力の波動が、衝撃波となり、地を大きく抉り、周囲の木々を薙ぎ倒していく。
「あっちゃぁ~、これじゃ、近づけないねぇ。」
迷彩柄の忍び装束の若い男 ― 猿飛佐助は、魔神”カルキ”から離れ、安全地帯の足場へと移動する。
すると、そのすぐ隣で不可視の何かがドスンっと、重い音をさせて降り立った。
「ちょっとぉ、いきなりは流石の俺様もビックリしちゃうでしょ? 」
殆ど、条件反射で武器を構えた佐助が、呆れた様子で肩を竦める。
そんな忍を無視し、右腕に装着しているコンピューターガントレットを捜査して、光学迷彩を解除するドルイドの戦士。
「”鋼の乙女(アイアンメイデン)”からの緊急通信だ。我々は、一旦この場を離れ、安全区域まで避難しろとの事だ。」
「はぁ? それって一体どういう・・・・。」
”意味”と、言い掛けた佐助を完全に無視し、ドルイドの戦士、スカーは、再びコンピューターガントレットを操作し、光学迷彩を起動してしまう。
そして、呆れかえる佐助を尻目に何処かへと消えてしまった。
「・・・・はいはい、言われた通りにしますよ。」
何の詳しい説明すらも無く、言いたい事だけ伝えて消えたドルイドの戦士に、佐助は大袈裟に肩を竦めた。
魔神”カルキ”の放つ衝撃波の壁に、真紅の長外套(ロングコート)を纏う銀髪の大男―ダンテも、進路を阻まれ、近づく事すらも叶わなかった。
浮遊する足場に着地し、忌々し気に四つ足の巨人を見上げる。
「おい、お前の移動魔法(トラポート)で、あのデカブツの中に入れないのかよ? 」
ダンテが、自分の肩にしがみつく小さな妖精に言った。
「む、無理だよ。 魔力の障壁を破らない限り、”カルキ”の体内には入れないわ。」
ハイピクシーのマベルが言う通り、魔神”カルキ”の周囲には強固な魔力の防壁が張り巡らされている。
その上、咆哮により発生する衝撃波。
近づくどころか、下手をすると躰が引き裂かれ、バラバラになってしまうだろう。
どうしたものかと逡巡するダンテ達の所に、スカーからの通信が入った。
リストバンド型の高性能通信機から、電子音が鳴る。
「聞こえるか? ”ホワイトファング”。」
「スカー? 」
この世で最も苦手な男の声に、ダンテの秀麗な眉根が、不快気に歪む。
「”鋼の乙女(アイアンメイデン)”艦長・マウア・デネッガー少将直々の命令だ。 魔力干渉結界器を”カルキ”の四方に打ち込み、動きを止める。 お前はその間に奴に近づき、体内に潜り込め・・・だそうだ。」
「随分と無茶を言ってくれるぜ。」
つまりは、一時的に奴の動きを止めてやるから、後はダンテ一人でどうにかしろという、無責任極まりない命令だ。
暴れ回り、全く手の付けられない状態の”カルキ”をどうにかしてくれるのだから、そこだけは非常に助かるのだが。
「動きを止めていられる時間は? 」
「10分が良い所だろう・・・後は、お前の腕次第だ。」
スカーの返答は、あくまで簡潔で無駄がない。
まるでロボットと会話をしている様な気分になる。
「了解・・・・ああ、それとアンタに一言だけ言っときたいんだけどな。」
「何だ。」
「”ホワイトファング”というダサい名前で俺を呼ぶな。」
1年前、キザブで行われた”ソロモン12柱の魔神”の一人である堕天使”パイモン”討伐作戦時に、師であるケビン・ブラウンから勝手に付けられたコードネームで未だに自分を呼ぶスカーに、ダンテは苦言を呈する。
まるで子供向け番組のヒーローモノが付ける名前がダサい上に、恥ずかしい事この上ないからだ。
「貴様が、作戦を遂行したら考えてやる。」
「てめぇ・・・・。」
後に続くダンテの言葉を一切無視し、通信は一方的に切れてしまう。
忌々し気に舌打ちするダンテ。
すると頭上から、何か巨大な物体が数個降って来た。
円柱の様な物体は、魔神”カルキ”の四方を取り囲む様に突き立つと、蒼白く発光。
”カルキ”の周辺を完全に覆ってしまう。
どうやら、この柱の様な結界器が、先程、スカーが言っていた”ヴァチカン”の開発した魔力干渉器らしい。
蒼白く光る電磁の鞭に四肢を絡め取られ、魔神の躰を拘束してしまう。
「やれやれ、コッチにも心の準備ってヤツがあるのによ。 」
藻掻き苦しむ魔神の姿を見上げ、ダンテが大袈裟に肩を竦める。
「ごちゃごちゃ言ってないで、早く! 」
ダンテの肩にしがみついている小さな妖精が、焦った声を上げた。
マベルの指摘する通り、ヴァチカンが開発した結界器はそれなりに役には立っているが、いかせん”カルキ”の無尽蔵なエネルギーの前には余りにも無力だ。
拘束している電磁の縄が一つ振りほどかれ、柱の一本が爆発し、粉々に砕け散る。
「ちっ、悠長に構えている暇はねぇみたいだな。」
愛刀である大剣『リベリオン』を構え、眼前に立つ巨大な魔神に向かって跳ぶ。
浮遊する足場を巧みに伝い、ダンテが結界器に拘束される魔神”カルキ”へと接近するが、それを鎧を纏った悪魔の軍団が邪魔をした。
人造兵士”ビアンゴアンジェロ”とその指揮官、”アルトアンジェロ”である。
主の危機を救う為、至急、馳せ参じて来たのだ。
ダンテの行く手を阻まんと、次々と槍を繰り出すビアンゴアンジェロ。
予想外の親衛隊の出現に、忌々し気に舌打ちし、銀髪の魔狩人が大剣『リベリオン』を操る。
長年、愛用された巨大な剣は、まるで手足の如く動き、人造の兵士達をあっさりと薙ぎ倒して行く。
しかし、いかせん数が多過ぎた。
おまけに指揮官である”アルトアンジェロ”は、教団の中でも手練れと評される騎士が”帰天”と呼ばれる儀式で悪魔化した怪物。
ダンテの卓越した剣撃を往なし、カウンターの一撃を放つ。
身を捻り、斬撃を躱すダンテ。
スタイルを”トリックスター”へと切り替え、一旦、鎧の騎士達から離れる。
「どうするの? これじゃ”カルキ”に近づけないわよ? 」
ダンテの肩にしがみついた小さな妖精が、不安げに銀髪の魔狩人を見上げる。
結界器が魔神”カルキ”を拘束していられる時間は、数分も無い。
もし、結界器が全て破壊され、拘束から解き放たれれば、ライドウを救い出す事が出来なくなってしまうだろう。
「・・・・仕方ねぇ、イチかバチかやってみるか。」
ダンテは、襲い掛かる人造の兵達の攻撃を紙一重で躱しつつ、背負っているもう一本の大剣、雷神剣『アラストル』を抜き放つ。
紫電の蛇を刀身に纏う雷神剣を振るい、”ビアンゴアンジェロ”の胴体を両断。
更に、槍を振りかざし、襲う人造兵の躰を足場に魔神”カルキ”へと迫る。
「後は頼んだぜ!アラストル! 」
「へっ? そりゃ一体どういう・・・・・。」
「意味 」と言い掛けたアラストルを無視し、ダンテがカルキの胸に埋まった”精霊石”に向かって投擲。
ありったけの魔力を込めて投げられた雷神剣は、まるで弾丸の如く、凄まじいスピードで跳んで行くと、魔神の胸元に埋まる蒼い石に深々と突き立つ。
腰のホルスターから、魔法の様な速さでダンテが双子の巨銃、”エボニー&アイボリー”を引き抜く。
人智を越えたスピードで引き金を連続で引くダンテ。
マシンガンの如く吐き出された無数の弾丸が、アラストルの柄に次々と突き立つ。
「イダダダダダダダダッ!!! 」
猛烈な勢いで尻をひっ叩かれたアラストルが、情けない悲鳴を上げ、魔神の体内へと消えて行った。
巨大空中戦艦『アイアン・メイデン(鋼の乙女)』。
そのメインデッキの艦長席へと座る女将校は、魔神の放つ膨大な魔力に耐え切れず爆発四散する結界器を無言で眺めていた。
「どうやら、貴方の目論見は見事失敗したみたいですね。」
マウアが指摘する通り、魔神”カルキ”は未だ健在。
傷一つすら付けられた様子は微塵も無かった。
『諦めたら、そこで試合終了だよ? マウア。』
通信相手である瓶底眼鏡の科学者が、某漫画のキャラクターの台詞を真似る。
「諦めるも何も、今の我々ではアレに対抗する術がありません・・・・まぁ、”ロンギヌスの槍”を使用する許可が下りれば、話は別ですが。」
『駄目駄目、希少な精霊石の鉱脈如、吹き飛ばすつもり? 』
「私にとって部下は、精霊石の鉱脈以上に大事です。 それに、あの化け物を止める方法が他にあるとでも? 」
シートに深々と身を沈めた女将校が、鋭い視線をホログラフィーに映る瓶底眼鏡へと向けた。
彼等”ヴァチカン”の本当の目的は、フォルトゥナ公国の地下深くに眠る膨大な量の精霊石を手に入れる事だ。
その為に、ロシア連邦とアメリカ合衆国、そして日本が仕組んだ下らぬ茶番劇に参加している。
精霊石といえば、次世代のエネルギー源として石油よりも注目を集めている希少な鉱物だ。
もし、その鉱業を手に入れる事が出来れば、巨万の富を手中に収める事が出来る。
『もう少し様子を見よう・・・・もし、最悪の事態になったら”ロンギヌスの槍”の使用権を君に上げるよ。』
流は、諦めたかの様にそれだけ伝えると、女将校の返事も待たずに一方的に通信を切った。
魔神”カルキ”体内。
ダンテによって半ば強引に、怪物の体内へと押し込まれた雷神剣『アラストル』は、大剣から悪魔本来の姿へと戻っていた。
冷たいフローリングの床の感触を頬に感じ、意識を覚醒させる。
呻きながら起き上がると、何処かで見た事がある様な建物内が視界に映った。
薄汚れた灰色の壁に、隅に置かれた酒瓶と雑誌の山。
「おいおい、まさか此処って・・・・。」
あの糞憎たらしい便利屋の事務所兼アパートだ。
漆黒のカソックを着た浅黒い肌の青年は、辺りを見回し、固唾を呑む。
自分は確か、ダンテに投げつけられた挙句、魔神”カルキ”の体内へと半ば強引に押し込まれた筈だ。
それが、何故、ダンテの便利屋事務所にいるのだろうか?
無数のクエスチョンマークが、頭の中を飛び交う中、浅黒い肌の青年の耳に押し殺した様な声が聞こえた。
良く見ると廊下の突き当りにあるドアが、僅かに開いている。
無意識に足音を忍ばせ、アラストルがそのドアへと近づく。
薄く開かれたドアを覗き込むと、質素なベッドの上に華奢な体躯をした少年が、一回り以上大きな男に組み敷かれている姿が見えた。
「・・・・・っ!人修羅様!! 」
ロクな抵抗も出来ず、銀髪の大男に組み伏されているのは、愛しい自分の主。
一糸まとわぬあられもない姿で、所々に痛々しい包帯を巻いている。
不埒な男の手が、主の脚を大きく広げ、閉じられている秘所に指をねじ込んでいた。
愛する主が、この世で最も憎いクズ野郎に凌辱されている。
刹那、アラストルの視界が怒りで真っ赤に染まった。
何とか投稿。