偽典・女神転生~フォルトゥナ編~   作:tomoko86355

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※ ぬるい性表現があります。

登場人物紹介。

クレド・・・魔剣教団の現騎士団長。キリエの実の兄であり、若い騎士達からの人望も厚い。また相当な剣の実力者で、剣豪(シュバリエーレ)の称号を持つ。
ライドウの古くからの友人で、唯一の理解者。

キリエ・・・・クレドの歳が離れた妹。 イギリスの音楽大学を卒業し、教師免許を持つ。現在は、学習塾で塾講師をしている。又、高い歌唱力を買われて、”魔剣祭”の歌姫を務める。幼い時から、ライドウに好意を寄せ、今も淡い想いを抱いている。





第一話  『魔剣教団』 ★

東京都西麻布。

その霞町交差点に一際目立つ黒塗りのハイヤーが、信号待ちの乗用車に混じって並んでいた。

 

「ふわぁ・・・・この渋滞マジで何とかならへんかいなぁ・・・ちっとも、前に進まへんやないかぁ。」

 

現、番である玄武が、だらしなく大欠伸をする。

 

「すみません。 忘年会シーズンなもんで、この時期になると人で道が混んじゃうんですよ。」

 

そう応えたのは、壮年の運転手だった。

バックミラー越しに、後部座席で踏ん反り返るおかっぱ頭の男に愛想笑いを浮かべている。

 

「我慢しろよ、インドのムンバイと比べたらまだマシな方だぜ? 」

 

玄武の真向かいに座るライドウが、行きかう人波をぼんやりと眺めながら呆れた様子で言った。

 

これから二人は、後藤防衛事務次官の招待で、西麻布にある政府御用達の高級料理店に向かう途中であった。

二人共、きちんと正装しており、ライドウは、薄い茶の背広に清潔な白いワイシャツと赤いネクタイを絞めていた。

 

「アホらし・・・日本とインドを比べんなや。人口が違い過ぎるやろうが。」

 

紺色の背広と黄色いワイシャツ、そして最高級のポールスミスのネクタイを絞めた玄武が、大袈裟に溜息を吐く。

正直、タダで良い飯と酒が飲めるから我慢しているが、国のお偉いさんと飲み会など死んでも御免である。

 

「しゃーない、おいコッチに来いや、ナナシ。」

 

玄武が自分の隣のシートを左手で叩く。

待ち合わせの料亭に到着するまで、自分の相手をしろと言っているのだ。

途端に、ライドウの表情が険しくなった。

 

「おい、これから俺達は、大事な仕事に行くんだぞ? 防衛省のトップ相手に失礼があったらどーすんだよ? 」

「ふん、相変わらず頭の固いやっちゃなぁ。」

 

玄武は、ライドウの華奢な腕をむんずと掴むと無理矢理、自分の方へと引き寄せる。

突然の出来事に、対処が出来ず玄武の硬い胸板に、顔を埋めてしまうライドウ。

抗議の声を上げようとした悪魔使いの唇を、おかっぱ頭の青年が塞いだ。

ぬるりと歯列を割って入り込んで来る舌。

嫌悪感に躰が震える。

 

「やめろ・・・・坂本2等陸佐に見られる・・・・・。」

 

左眼を黒い眼帯で覆った悪魔使いが、懸命に顔を背ける。

 

坂本2等陸佐とは、このハイヤーを運転している壮年の男の事だ。

自衛隊の幹部クラスであり、古流武術の達人だ。

当然、対悪魔特殊部隊に所属しており、”内壁調査”では、何度か共に仕事をしている。

 

「晋平(しんぺい)ちゃんは、そないな無粋な奴とは違うで? なぁ? 」

 

巧みに華奢なライドウの躰を反転させ、背後から抱えると、おかっぱ頭の青年は、意味あり気に運転席へと視線を向ける。

そんな玄武に対し、坂本晋平2等陸佐は応えない。

何時もの事だと諦めているのか、小さな溜息を一つ零しただけだった。

 

「頼みますからシートは汚さないで下さいよ? 一応、コレ東京都知事の公用車なんですからね。」

 

バックミラー越しで、一応注意だけはしておく。

鏡に映るライドウは、既にキチンと締めていたネクタイを外され、はだけられたシャツから、武骨な手を差し込まれていた。

 

「うーん、相変わらず手に吸い付く得え肌しとるなぁ・・・大将が羨ましいでぇ。」

 

国会議事堂地下に住む魔人の姿を想い出し、玄武の口元が皮肉気に歪む。

ライドウの情夫であり、自分達、四神の長。

天照大御神と極僅かな人間以外、彼の素性を知る者は少なく、配下である筈の玄武ですら、主の事を詳しくは知らない。

 

「・・・・・っ!!」

 

天真正伝香取神道流を極めた手は、間接部分の皮が異様に厚く、指も常人より太い。

その指に遠慮なく乳首を掴まれ、ライドウの躰に苦痛と甘い痺れが走った。

 

「なぁ・・・・あの後、例の枢機卿とは会っとらんのか? 」

「何の・・・事だよ。」

 

恐らく、ヴァチカン第13機関(イスカリオテ)総司令のジョン・マクスゥエル枢機卿の事だろう。

10数年前に再会した友人の姿が脳裏を過る。

 

「とぼけんなや、オドレとあの枢機卿が得え仲なのは知っとるんやで? 」

 

皮肉な笑みを口元に浮かべた玄武が、新雪の如き白い首筋に、遠慮なく咬みつく。

苦痛にしなる細い躰。

鋭い犬歯が皮膚を破り、血が流れ落ちる。

 

「止せ!シャツが汚れる! 」

「ふん、これぐらい上着で隠しゃ分からんわい。 」

 

暴れる躰を難なく抑え付け、おかっぱ頭の青年は、首筋から流れ出る血を舐め取る。

血液独特の鉄の味が口内に広がるが、彼にとっては最高級の美酒と同じであった。

 

「ナナシ・・・ワイはなぁ、お前の事が心配なんやぞ? 危ない事を平気でするわ、他の男と懇(ねんご)ろになるわ・・・・24時間、蟲に見られとるって自覚あるんか? 」

 

片手で、器用にベルトを緩めるとボタンを外して手を差し入れる。

下着越しに強く握ると、悪魔使いの躰が大きく震えた。

 

「アンタには・・・・関係ないだろ? 俺を痛ぶって・・・・楽しんでる・・・だけじゃねぇか・・・。」

 

男が自分の膝を使って、ライドウの両脚を大きく広げる。

余りの羞恥心に、首の付け根まで真っ赤に紅潮した。

 

「はぁ・・・心外やなぁ。 ワイ程、一途な男はおらへんぞ? 」

 

鍛え上げられ、見事に割れた腹筋に指を這わせつつ、玄武は、下着の中に指を潜り込ませた。

直に触れられ、女の様に高い声を上げるライドウ。

その声を傍で聞きつつ、運転席の坂本2等陸佐は、速く渋滞から抜け出せないかと、深い溜息を吐いた。

 

 

数分後、目的の料亭に到着したライドウ達は、公用車であるハイヤーから降りた。

まるで西洋の映画に登場する邸宅の様な料亭だった。

庭は細部まで、手が行き届き、ブナの木が数本植えられている。

地下駐車場に公用車を置く為、坂本2等陸佐は二人を降ろすと、さっさと居なくなった。

二人の痴態を散々見せられ、それでも嫌な顔一つしないのは流石と言える。

 

「・・・・っ、くそ・・・・・。」

 

遠慮なく中で吐き出され、嫌悪感に悪態を吐く。

早くトイレに行って掻き出さないと、腹を壊してしまう。

 

「どないしたんや? さっさと来ないと置いてくでぇ? 」

 

料亭の名前が印字された、白い暖簾を潜りつつ、玄武が呆れた様子で後ろにいるライドウを振り返る。

散々、悪魔使いの躰で好き勝手やっておきながら、何が一途な男なのだろうか?

優しさの破片も無い番に、ライドウは忌々し気に舌打ちした。

 

 

指定された部屋に向かうと、既に二人の男が待っていた。

後藤防衛事務次官と、その部下である小沢1等陸佐だ。

角刈り頭をした50代初め頃と思われる後藤は、灰色の背広と白のワイシャツ、そしてシックな黒のネクタイを絞め、小沢は、自衛隊の制服を身に着けている。

ライドウよりも10歳ぐらい年下であろう小沢の制服には、襟元に1等陸佐を現す階級章と、胸には職務や技能・資格を表す、き章。

そして、今迄、国から授与されたであろう防衛功労章が縫い付けられていた。

 

 

「”内壁調査”で疲れている所を申し訳ない。」

「なんの、なんの、後藤ちゃんとワイの仲やないけぇ。そないかしこまらんでもええわい。」

 

防衛省のトップ相手に、手をヒラヒラさせつつ、玄武は勝手に座敷に上がると用意された座布団の上に胡坐をかいた。

 

「おい、挨拶ぐらいきちんとしろよ。 」

「はん、別にかまへんやろ? それより運動して腹が減ったわ。 」

 

余りに無礼極まる態度をする番を嗜めるが、相手は全くと言って良いほど相手にしていない。

諦めて一つ溜息を吐くと、ライドウは玄武の隣にある座布団に礼儀正しく正座した。

 

「礼儀を弁(わきま)えない無礼な番で、申し訳ない・・・後藤事務次官。」

「ハハッ、気にする事は無い。 彼とは2等陸士からの付き合いだからね。」

 

玄武の非礼に頭を下げる悪魔使いに、柔和な笑みを浮かべると、後藤事務次官は背後に控えていた仲居に料理と酒を持って来る様に命じた。

 

 

 

「俊一郎クンは、1等陸佐に昇格したんやて? その歳でえらい出世したなぁ。」

「はい、後藤事務次官が目を掛けてくださったお陰です。」

 

一通りの挨拶を終え、店の名物である懐石料理と最高級の日本酒に舌鼓を打ちつつ、おかっぱ頭の青年が、後藤の隣にすわる30代半ばの男に言った。

 

小沢1等陸佐は、役者の様に整った容姿をした自衛官であった。

長い黒髪を後ろで束ね、鍛え上げられた逞しい体躯をしている。

 

「1か月程前、文部科学省が所有している横浜の研究所が、何者かに襲撃されたらしいですね? 」

 

ライドウの言葉に、刺身をつまもうとした後藤の箸が止まる。

そんな事務次官を他所に、悪魔使いは尚も言葉を続けた。

 

「同時刻に、八王子の薬品研究施設も襲われている・・・・しかも、人間がやったとはとても思えないやり方で、警備員数名が惨殺された。」

 

料理や酒にも一切手を付けず、悪魔使いは真向いに座る事務次官を静かに見据える。

そんな悪魔使いに、隣に座る番の男が、やれやれと呆れた様子で頭を掻いた。

 

「酒の席で仕事の話すんなや・・・ホンマ、空気の読めん奴やで。」

「俺は、こういう腹の探り合いみたいな宴会は、大嫌いなんだよ。 それに、アンタが余計な事してくれたから躰が痛くて堪んねぇんだ。」

 

綺麗な絵柄の江戸切子の御猪口(おちょこ)で、日本酒を啜る玄武を隣に座るライドウが、鋭く睨む。

 

横浜と八王子で起こった事件は、当然、ライドウ達の耳にも入っていた。

横浜と八王子の施設は、共に悪魔の生態や能力、又は、”シュバルツバース”から回収された鉱物などを研究する行政機関である。

文部科学省が担当しており、警備も当然、対悪魔の訓練を積んだ自衛官ばかりであった。

 

 

「確かに17代目の言う通りだな・・・精神衛生上の為にも、さっさと本題に入ってしまった方が良さそうだ。」

 

ライドウに本心を言い当てられ、後藤が苦笑を浮かべる。

傍らにいる部下の小沢に命じて、鞄からA4サイズの茶封筒を出した。

 

「これは、両施設の監視カメラが撮影した写真だ。」

 

ライドウと玄武の前に2枚の写真を差し出す。

大分粗い画像ではあるが、そこに人のモノとは思えぬ異形の怪物が映し出されていた。

 

「・・・・っ、これは・・・・。」

 

兜と盾らしき装備を纏った、爬虫類独特の皮膚を持つ四足の化け物。

4年前、ブルックリンの薬品研究所で、包帯男がけしかけた悪魔に非常に似ている。

 

 

『とある国が生体兵器のサンプルとして、資金提供しているルッソ家に寄越したモノらしい。どれ程、人間の指示に従うのか君達で試して欲しいそうだ。』

 

あの時、包帯男の便利屋・・・ジャン・ダー・ブリンデがそんな事を言っていたのを想い出す。

 

「・・・・やはり見覚えのある悪魔だったか・・・。」

 

そんなライドウの反応を予想していたのか、後藤が探る様に此方を見つめる。

 

「どういう意味や? 勿体ぶらんで正直に言ってみ? 」

 

玄武が懐から愛用の煙草を取り出し、1本抜き出すと口に咥える。

 

「とある国の国境付近で、これと似た悪魔が多数目撃されている・・・・17代目、君はその国に心当たりがある筈だ。」

「一体、何が言いたいんですか? 後藤事務次官。」

 

頻(しき)りに嫌な予感がする。

そんな事は絶対にないと心の中で叫んでいる自分がいる。

 

「17年前、君はその国でソロモン12柱の魔神を討伐している・・・・確か、”堕天使・アムトゥジキアス”だったかな・・・・。」

 

心の中を抉り取る、後藤事務次官の言葉。

ライドウの嫌な予感が的中した瞬間であった。

 

 

 

 

1週間後、フォルトゥナ公国の首都近郊から、少し離れた一軒家。

 

海沿いの閑静(かんせい)な住宅街の中に、クレド達、兄妹の住む屋敷があった。

 

「驚いたな・・・・あのチビ姫が、こんなに美人な女性に成長するなんてな。」

 

和やかな夕餉。

隻眼の悪魔使いが、真向いに座る甘栗色の髪をした女性を見て、口元を綻(ほころ)ばせる。

 

「もー、チビ姫なんて言わないで下さい。」

 

頬を微かに紅潮したキリエが、拗ねた様に唇を尖らせた。

 

空港で親友のクレドと落ち合ったライドウは、軽く市内観光と昼食を取った。

その後、妹のキリエが自慢の手料理をライドウに振舞いたいと申し出を受けて、早速、ご相伴に預かる事になったのである。

 

テーブルの上には、キリエの得意料理であるビーフストロガノフと、色彩豊かなサラダ、そして大皿に乗ったピロシキや各種惣菜が置かれている。

二人の仲魔・・・・未だ蝙蝠の姿をしているアラストルは、大好物のフルーツにかぶりつき、小さな妖精マベルは、キリエにスプーンですくったマッシュルームスープを飲ませて貰っていた。

 

「美味しい!キリエ、料理が上手なんだね。」

 

スープを一口啜ったマベルが、目を輝かせてキリエを見上げる。

 

「ありがと、兄さんには”量が多すぎて食べきれない”て、良く文句言われるけど・・・。」

 

キリエは、そう言って隣に座る兄を意地悪そうに睨んだ。

そんな妹の痛い視線に、兄・クレドは態とらしく咳払いをする。

 

「明日の”魔剣祭”で、歌姫を務めるらしいね? 楽しみにしてるよ、キリエ。」

「えっ・・・・そんな・・・恥ずかしいです。」

 

ライドウの優しい眼差しに、キリエは茹蛸の様に顔を真っ赤に紅潮させると、恥ずかしさの余り下に俯いてしまう。

 

キリエにとってライドウは、決して手の届かない神の様な存在であった。

17年前、フォルトゥナ公国を突如襲った、ソロモン12柱の魔神の一人、”堕天使アムトゥジキアス”。

ミティスの森に住み着いた強大な悪魔を、当時、魔剣教団、最強の騎士と謳われたヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーと共に倒したのが、今、目の前にいる悪魔使いなのである。

初めて彼と出会った時、幼心に、宗教画から天使が飛び出したのかと思う程、悪魔使いは美しかった。

その美貌は、今も色褪せる事は決してない。

 

「ネロ君にも会って挨拶したかったんだけどな・・・・。」

「すまんな、何分、アイツは人見知りが激しい上に、私も手を焼く程の悪餓鬼だ。君との食事に誘ったんだが、見事に断られたよ。」

 

マッシュルームのスープを一口飲んだクレドが、諦めた様な溜息を吐いた。

退院したばかりで、寄宿舎でリハビリ生活を送っているネロに、クレドは日本から友人が来る旨を伝えた。

そして、自宅で夕食を取るからお前も来いと誘ったが、ネロは一言「絶対嫌だ。」と子供の様な事を言って逃げてしまったのである。

 

「ふーん、うちの息子と似てるなぁ。」

 

ライドウは、脳裏に今年、高校に進学したばかりの息子、明の姿を想い出した。

非常に無口で、人見知りが激しく、親しい友人が余りいない。

中等部時代の成績は、常にトップクラスで、運動神経も良く、同年代の女生徒からは憧れの的だったらしいが、3年になると柄の悪い連中と付き合い初め、暴力事件を度々起こす様になった。

見かねたライドウが、息子に注意をするが、相手は当然聞き入れず、しまいには住んでいた屋敷を飛び出し、知り合いの所に寝泊まりする様になった。

だが、それはまだ可愛い方だ。

ライドウが一番、頭を悩ませているのが、明がよりによって”八咫烏”に入った事である。

それを知ったのは、NYを離れる前日であった。

 

「君の息子さんが? あんなに成績優秀で良い子だと私に惚気(のろけ)まくっていたじゃないか。」

「そーなんだよ・・・中等部の初め頃は、本当に素直で良い子だったんだ。それが最近じゃ、悪い遊びを覚えやがって・・・俺と顔を合わせると小言を言われるのが嫌なのか、荷物を纏めて出て行きやがった。」

「まぁ・・・・そうだったんですか。」

 

ライドウの愚痴を聞いたキリエが、悩ましそうに秀麗な眉根を寄せる。

ラインやメールでも、常に家族円満で、息子自慢をしていたというのに・・・。

 

「俺も、アイツと同い年の時は、色々親に迷惑かけたからなぁ・・・・今、自分が同じ立場になって見てその苦労が良く分かるよ。」

「同感だな。 」

 

人の親になって初めて分かる苦労。

それはクレドも同じであった。

ネロが2歳になったばかりの時に、実母・アンヌが突然、失踪してから、我が子の様に彼の面倒を見て来た。

キリエも母親代わりとなって、母恋しさに泣く幼いネロをあやしたものである。

 

 

夕食後、クレドはライドウが宿泊予定のホテルへと車で送る事にした。

外は既に夜の帳(とばり)が降りており、粉雪が舞っている。

 

 

「ぶっちゃけ、お前が羨ましいよ・・・・クレド。」

 

海岸沿いを走る車の中。

ライドウが、窓から外の景色を眺めながらポツリと呟く。

 

「何故、そう思うんだ? 」

 

ハンドルを握るクレドが、前方に目を見据えたまま、ライドウに言った。

 

「魔剣教団騎士団長として周りから尊敬されて、将来有望な若手の育成・・・おまけに妹は美人で気立てが良い上に、料理上手。 俺みたいな底辺の人間からしたらお前が輝いて見えるよ。」

 

嘘偽りの無い、本心からの言葉。

暗殺者として、反吐が出る程、殺しに明け暮れ、死に物狂いで17代目・葛葉ライドウの銘(な)を手に入れたものの、そこに自由など無かった。

愛する娘は、人柱として組織に奪われ、息子もそんな不甲斐ない義理父に愛想を尽かしている。

家族はバラバラ、暖かい一家団欒の夢は露(つゆ)へと消えた。

 

「君はこの国を救った英雄だ・・・そんなに自分を卑下するな。」

「英雄・・・・ね。」

 

自然と4年前の出来事を想い出す。

あの時も、旧友であるジョン・マクスゥエルに同じ事を言われた。

 

『君は、この街を救った・・・・ジョルジュの暴走を喰い止め、悪霊”アビゲイル”を討伐した・・・・それ以上に一体、何を求めるんだ? 』

 

確かに彼の言う通り、自分はジョルジュが召喚した悪霊”アビゲイル”を玄武と共に討ち倒した。

だが、それだけである。

根本的な問題は何も解決されず、テレサ達が必死に護り通して来たKKK団(クー・クラックス・クラン)は解体。

フォレスト家が手掛けていた事業や資産は失わずに済んだものの、教皇暗殺の首謀者であるルッソ家とマーコフ家は、私財全てを国に没収された。

聞いた話によると、ルチアーノの妻、クリスティーナは、事件後、拳銃自殺をしたのだという。

事件の詳細を全く知らない彼女は、夫の死を知り、彼の後を追った。

 

 

フォルトゥナ公国の首都、”ヴァイス”にあるホテルに到着したライドウは、車で送ったクレドに礼を言うと、自室へと向かった。

部屋に入り、軽く熱いシャワーを浴びると、ベッドの上に革製の大きなトランクケースを広げる。

そこには、特殊な素材で造られた胴鎧と隠しナイフが仕込まれた手甲。

地霊・ドワーフが打った短剣、アセイミナイフと使い込まれたクナイが数本収まっている。

ライドウは、慣れた手つきでそれらを身に付けながら、一週間前に行われた防衛省事務次官との会食を想い出していた。

 

 

 

「これはあくまで私の予想だが、”フォルトゥナ公国”は、悪魔を生体兵器として使用し、各国が研究している”魔具(デビルアーツ)”を強奪している可能性がある。」

 

後藤事務次官は、江戸切子の御猪口を手の中で弄びながら、1か月前に起こった文部科学省が所有している研究施設の襲撃事件を話し始めた。

 

横浜と八王子の両施設には、”シュバルツバース”から回収した”魔具(デビルアーツ)”が保管されていた。

アメリカ国防総省「ペンタゴン」と合同で研究していた代物で、その希少な”魔具”を悪魔を操る何者かに奪われてしまったのである。

しかも、調査を進めていくと強奪事件が起こったのは日本だけではなく、各国の研究施設も同様の手口で、”魔具”ばかりではなく、悪魔の生態標本も盗まれていた。

 

「随分と大胆な事をしよるなぁ、”自分等がやりました”って、言っとる様なもんやで? 」

 

吸い終わった煙草を、陶器製の灰皿で揉み消しつつ、玄武が座卓の上に置かれている2枚の写真に視線を向ける。

そこには、襲撃事件の際、監視カメラで撮影された怪物の映像と、衛星カメラで撮ったフォルトゥナ公国とディヴァイド共和国との国境近くで目撃された悪魔の姿が映し出されていた。

 

 

「それだけ彼の国は追い詰められているのだ。 隣国との長期に渡る戦争で戦時債務がかなり積み重なっている上に、新しく就任した教皇は、かなりの浪費家だと聞く。」

 

曰く、前教皇、バルムング・ハインリッヒ・ヒュースリーが血肉を注いで何とか財政を立て直そうとしたが、過労が祟り70歳半ばで崩御。

それを引き継ぐ形で新しく教皇として就任したのが、弟のサンクトゥス・ハインリッヒ・ヒュースリーであった。

しかし、弟のサンクトゥスは、優秀な兄、バルムングとは比べ物にならぬ程の愚か者で、教皇として就任する前は、各国を渡り歩いて豪遊の限りを尽くし、ヒュースリー一族の資産を食い潰していたのだという。

 

 

「君も知っているとは思うが、フォルトゥナ公国は石油岩(オイルシェル)と呼ばれる次世代のエネルギー源を輸出する事で財政を保っている。 サンクトゥスは、その原油価格を吊り上げ様とOPEC(石油輸出国機構)に要望したが、当然、そんな無茶が通る筈も無く却下された。」

「でも、だからと言って悪魔を使う理由が分からない。 現在、隣国のディヴァイド共和国とは停戦状態だ。 今更、戦争の火種を撒いてどうする? 」

 

ライドウが疑問に思う事は当然であった。

財政が逼迫し、疲弊している筈なのに、何故、戦争をする必要があるのか。

 

「誰かがそうする様に仕向けとる・・・・裏で馬鹿殿に都合の得え事ゆうて思い通りに操っとる奴がおる。」

「その通り・・・・サンクトゥスを裏で操り、ディヴァイド共和国を潰そうとしている奴等がいる。」

「・・・・・ロシア連邦。」

 

後藤と玄武の言葉に、ライドウは無意識にその大国の名を呟いていた。

 

元々、ディヴァイド共和国は、ロシアの領地であった。

それが1991年、ソ連が経済破綻し、疲弊したのを期に独立宣言を果たしたのである。

豊富な油田を多数持つディヴァイド共和国の離脱は、当然、ソ連にとって痛手となり、複数国家もそれに続いて離れていった為、文字通り、北の大国は崩壊した。

 

「ディヴァイド共和国は、アメリカ合衆国の大きな後ろ盾がある。当然、数世紀をまたいで敵対関係にあるロシアは、ディヴァイド共和国を敵視している。」

「なーる、だから、フォルトゥナを使ってディヴァイドを潰し、占領国とする事で油田をまるごと手に入れるっちゅう事やな。」

 

そうなると、これは大国同士の代理戦争という事になる。

当然、油田と言うエネルギー資源が絡む以上、日本も対岸の火事では済まされない。

 

「んで? 後藤ちゃんはワイ等にどうして欲しいんや? 」

「横浜と八王子の研究施設で奪われた”魔具(デビルアーツ)”を回収、並びに悪魔を生物兵器に生成している事実を突き止めて貰いたい。」

 

後藤の隣に座る小沢一等陸佐が、座卓に両施設が研究していた”魔具”の写真と研究書類を置いた。

横浜の研究所が所持していた魔具の名前は『パンドラ』。

通常は、トランクケース型をしており、使用すると様々な武器へと形状変化するらしい。

八王子の施設が研究していたのは、『ギルガメス』。

篭手と具足の形をした魔具で、凄まじい破壊力を秘めているのだという。

 

「はぁ、アホらし・・・・アメリカ国防総省と合同で研究しとったんやろ?せやったらアイツ等にやらせりゃええんとちゃうんか。」

「奪われた場所に問題があるんだ。 奴等は、我々の国で私の部下を多数殺害し、大事な研究素材を奪った。当然、我々に対するアメリカの信用は失墜・・・君達『クズノハ』も他人事では無い筈だぞ。」

 

後藤の言う通り、悪魔が絡んでいる以上、必然的に『クズノハ』にも関係がある。

超国家機関『クズノハ』は、悪魔の脅威から日本を護る役目を担っているのだ。

 

「そりゃ殺生やで?後藤ちゃん。 ワイ等の置かれとる状況、知らん筈がないやろ? これ以上、無駄な人員は裂けへんのや。」

 

ライドウ達が担当している”内壁”の東地区は、妖獣”マンティコア”が大量発生し、危険な状態になっている。

すぐにでも、討伐部隊を編成し、駆除しなければ、”壁”を突破して壁外に出てくる可能性すらもあるのだ。

 

「分かってはいる・・・・だが、フォルトゥナの様な独裁国家にこれ以上、舐められる訳にはいかんのだ。 奴等が危険なテロ国家であるという証拠を見つけ出し、国連を動かして然るべき措置を取って貰わねば、また新たな被害を生んでしまう。」

 

玄武やライドウが置かれている状況は、勿論、後藤も知っている。

依頼を断られるリスクも承知している。

しかし、それでも押し通さねばならぬ意地があった。

 

「・・・・・俺が行く。」

 

それまで、黙って事務次官の話を聞いていたライドウが、呟く様に言った。

何かを決意したのか、その表情は険しく、真一文字に口を引き結んでいる。

 

「ナナシ、オドレなぁ・・・。」

「現場の指揮は、俺がいなくてもアンタ一人で十分だろ。」

「アホか、超虚弱体質のオドレが、番も無しで遠い北の国なんて行ける訳ないやろが。」

 

玄武の言う通り、『魔力の大喰らい』であるライドウは、番がいなければ本来の力を発揮出来ない。

いくら、骸の巫蟲が寄生しているとはいえ、蟲が与える魔力にも限界がある。

 

「大丈夫、アンタの代わりになってくれる奴は、ちゃんといるよ。」

「あん? そりゃ一体どういう意味やねん。」

「この前、矢来銀座の金王屋で、面白い奴を買い取ったんだ。」

 

「面白い奴」とは、当然、雷神剣の”アラストル”である。

マジックアイテムを購入する為、久し振りに金王屋を訪れたライドウは、そこでアラストルと思わぬ再会を果たしてしまった。

「助けてくれぇ!」と情けなく自分に縋りつく魔剣に、仕方なく大枚をはたいて引き取ってやったのである。

 

 

「タルタロスで、刑執行長官を務めた魔神で、実力は伯爵クラス。俺の番を務めるのにも申し分はない。」

「はぁ・・・・・てんがらもん(愚か者)が・・・・なら勝手にしろや、言っとくがワイは、今回手ぇ貸さへんからなぁ。」

 

不貞腐れた様子で、江戸切子に並々(なみなみ)と注がれた日本酒を一息に飲み干すと、おかっぱ頭の青年は、溜息を一つ吐いた。

 

この悪魔使いは、馬鹿で真面目な上に、相当な頑固者だ。

一度、決めたら梃でも動かない。

 

 

「決まりだな、一応、必要な経費は出しておくが、足りなかったら連絡をしてくれ。」

 

何処か満足した笑顔を浮かべた後藤が、分厚い封筒をライドウ達の前に置く。

中身は、新品の万札が二束入っていた。

 

 

 

暗闇に沈むフォルトゥナ城。

ドイツ南部のパイエルン州にある城、ノイシュヴァンシュタインを彷彿とさせる城は、昼間は観光客で溢れ返っているが、今は人影が一切ない。

固く閉ざされた城門を、篭手に内蔵された立体起動装置を使って軽々と飛び越える。

射出されたワイヤーを巻き取り、ライドウは石造りの壁面の上に飛び乗った。

時刻は既に、深夜の2時を回っている。

外気温は、肌を貫く程、凍てついており、呪術帯に覆われた口元からは、白い息が吐き出されていた。

 

「アラストル、頼んだぞ。」

 

城壁から降りたライドウが、木陰に身を隠す。

主人の命令を受けた蝙蝠が、「キィ。」と一声鳴くと、主の肩から暗闇の夜空へと飛び立った。

 

 

 

フォルトゥナ城内。

晩餐室へと続く廊下を、銀色の髪を持った10代後半辺りの少年が、欠伸をしながら歩いていた。

魔剣教団の若き騎士、ネロである。

フォルトゥナ城にある寄宿舎で、就寝していたが、中々寝付けず、仕方なしに晩餐室に置いてあるブランディでも失敬しようと、寝ていた部屋から抜け出した。

普段、観光客の為に付けられている暖房は、全て消されている為、廊下は身も凍る程、寒くなっている。

厚いダウンジャケットを着込み、口元までチャックを絞めているが、気温-30℃を超える寒さは、流石にキツイ。

 

「うーっ、サブっ! 早く一杯飲んで、部屋に戻ろう。」

 

本当なら、食堂に行くべきなのだが、生憎、そこには酒の類が一切置いてない。

魔剣教団の戒律で、神に仕えし信徒である騎士は、俗物に類するモノを一切口にしてはならないという教えがあるからだ。

勿論、そんなモノを護っている輩は、一人もいない。

しかし、堅物で知られるクレドや他の幹部達に知られれば、当然、大目玉を喰らう為、普段、閲覧禁止とされている晩餐室にコッソリと酒や煙草などを隠しているのだ。

 

「・・・・・っ? 」

 

その時、ネロは何かの気配を感じた。

晩餐室の扉の前に立った銀髪の少年は、訝し気に眉根を寄せると視線を暗く凍てつく廊下へと向けた。

当然、人影は何処にも見えない。

廊下にある窓辺へと近寄り、外の様子を伺う。

すると、一匹の蝙蝠が月影をバックに、夜空を飛んでいるのが見えた。

蝙蝠は、何度か宙を旋回すると、何処かへと飛んで行ってしまった。

 

「こんな季節に蝙蝠? 」

 

大体、蝙蝠が活発に活動する季節は、春から秋にかけてだ。

冬は当然、他の野生動物同様、冬眠している。

何やら違和感を覚えたネロは、一旦、晩餐室から離れて、消えて行った蝙蝠の方向へと向かった。

 

 

 

フォルトゥナ城、2階『光の間』。

その中央に飾られている現教皇、サンクトゥス・ハインリッヒ・ヒュースリーの自画像の前に、黒ずくめの小柄な影があった。

葛葉ライドウである。

呪術帯で、左眼と口元を覆った悪魔使いは、自画像の裏へと入り込んだ。

そこに、地下へと続く隠し通路が見える。

 

「こんな所に、隠してあったとはな・・・・。」

 

巧みに結界術を使用して、壁に擬態させているが、ライドウの”左眼”を誤魔化す事は出来なかった。

解術の呪文を唱えると、忽(たちま)ち、地下へと続く通路が姿を現す。

 

「俺っちの探知能力のお陰でしょ? いい加減、ご褒美下さいよぉ。」

 

潰れた鼻を主の頬へと摺り寄せる黒毛の蝙蝠。

確かに、”アラストル”の探知能力は、優秀だ。

NYでも、マーコフ家が所有していた薬品研究所に潜入したライドウの気配をあっさりと探し当てた。

そして、フォルトゥナ城では、幾重にも張られた侵入者避けの結界を破って、隠された地下研究所へと続く通路を見つけ出している。

流石、伯爵クラスの魔神といったところか。

 

「分かった、分かった。 帰ったらミルクキャンディーを死ぬ程喰わせてやるよ。」

 

そんな、蝙蝠の鼻を指で弾いてやる。

途端に、アラストルが不機嫌になった。

 

「ムキーッ! 俺っちが欲しいのは、人修羅様のちっすですぅ!舌入れた濃厚なヤツを一発欲しいんですぅ!」

「蝙蝠って確か、人獣共通感染症って怖い病気を持っているんだよなぁ。」

「キーッ!俺っちは蝙蝠じゃなーい!」

 

ギャンギャン騒ぐ番を綺麗に無視し、ライドウは早速、地下研究所へと足を踏み入れた。

 




設定が、おかしすぎて色々、ツッコミどころ有り過ぎですね。
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