偽典・女神転生~フォルトゥナ編~   作:tomoko86355

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登場、悪魔解説。

スクナビコナ・・・・八百万の神に数えられる国津神。
日の本を掛け、天津神と対立していたが、戦に負けて神としての力を全て奪われた。
黒井慎二の仲魔となり、法具”ヴェスチャー”を与えられる。

アバトン・・・・ とある人物によって生み出された魔界の生物兵器。
膨大なエネルギーを生み出す性質を持ち、また、生物を取り込む事も出来る。
作中では、ライドウが持つ最上級悪魔(グレーターデーモン)”ヴィシュヌ”を吸収した。



第19話 『邪神・アバトン 』

魔神”カルキ”体内、神臓部。

人間の内臓を連想させるブヨブヨとした不気味な壁。

その一画から、突如、銀色に光る大剣の刀身が現れる。

辺りに薄紫色の体液が撒き散らされ、中から、白い鎧を纏った魔狼が姿を現した。

大剣を地へと突き立て、がっくりとその場に片膝を付く。

刹那、眩い光が魔狼を包み、人間本来の姿へと戻った。

 

「人修羅様! 」

 

大剣から神父姿の青年へと姿を変えた魔神・アラストルが、未だ粗い呼吸を繰り返す、主、17代目・葛葉ライドウの傍らへと寄り添う。

邪神・アバトンに大分魔力を喰われたのか、悪魔使いの顔色は紙の如く白かった。

 

「た、助かったぜ? アラストル。」

 

気づかわしげに自分の頬へと触れる番に向かって、ライドウが微笑み掛ける。

その姿に唇を噛み締めるアラストル。

溜らず華奢な主の躰を、その逞しい腕で抱き締める。

 

「す、すんません! あの時、俺っちが気を失わなければ!! 」

 

アルブム大橋での失態を嘆いているのだろう。

ライドウは苦笑を浮かべると、自分を抱き締めるその大きな背を優しく叩いた。

 

「まだ、全てが終わった訳じゃねぇぞ? アラストル。」

「ううっ、分かってますよぉ。」

 

アラストルは、渋々、主の躰を離すと、右手の人差し指を鋭利なナイフへと変形させる。

そして、何の躊躇いも無く左手首を切り裂いた。

 

「取り敢えず、血を呑んで下さい。 そのままじゃ、ロクに動けないでしょ。」

「悪い・・・恩に着る。」

 

差し出された左腕を手に取り、ライドウが舌を這わせる。

そんな淫靡な主の姿に、アラストルは邪な思想に憑りつかれそうになって、ゴクリと固唾を呑んだ。

 

 

「まさか、アバトンの呪縛から逃れるとはな・・・。」

 

そんな二人の前に姿を現す魔剣教団、教皇・サンクトゥス。

宙に舞う二つの法具”ヴェスチャー”を従え、ゆっくりと地へと降り立った。

 

「スクナビコナ・・・・。」

 

自分を護る様に立つ、アラストルの腕を借り、未だ体力が戻らぬライドウがヨロヨロと立ち上がる。

 

「これ以上の抵抗は止めろ・・・・大人しく武器を捨てて国連軍に投降するんだ。」

 

首に撓(たわ)んでいた呪術帯を鼻頭まで引き上げ、右眼の隻眼で豪奢な法衣を纏う初老の男を睨み付ける。

 

「馬鹿な事を・・・・我々に死ねと言っているのか? 」

 

戦闘を放棄し、降参の意を表した所で、ヴァチカンの虐殺部隊が止まる筈が無い。

奴等は、国の主要人物どころか、そこに住む非戦闘員である市民すら皆殺しにするだろう。

元々、頭がイカレた連中にまともな話等、通用する筈が無いのだ。

 

「俺が彼等を説得する。 」

 

国の主要人物は、目の前にいるサンクトゥスを覗き、殆どが死ぬか逃亡した。

政治家達は、シェルターに籠もり、当然、抵抗する意識など無いだろう。

この茶番劇(せんそう)を終わらせるには、国の指導者であるこの男の一言に掛かっている。

 

「フン、信用出来んな・・・・それに、サンクトゥス・ハインリッヒ・ヒュースリーは、悪魔崇拝者のイカレたテロリストとして、死んで貰わないといけない。」

 

豪奢な法衣に身を包む男は、嘲りの表情を浮かべると、周囲に浮遊している法具”ヴェスチャー”を操る。

法具の力を借り、軽やかに宙へと浮くサンクトゥス。

どうやら、本気でこの国を滅亡させたいらしい。

 

「八百万の神として、罪なき人々が死んでいく様を見て何とも思わないのか!? 」

「・・・・・思わんな・・・所詮、異国の民だ。」

 

ライドウの訴えに対し、サンクトゥス―スクナビコナは、冷たく切り捨てる。

 

「それでも国造りの神様かよ! 」

「何度も言わせるな、私は日の本の神だ! この国がどうなろうと一切関係など無い!」

 

法具”ヴェスチャー”から雷が放たれる。

雷系最大上位魔法”ジオダイン”だ。

ライドウとアラストルがそれぞれ真横に跳んで、雷の雨を躱す。

 

 

 

アレフの繰り出す大鎌の刃を、何とか紙一重で躱すネロ。

カウンターの斬撃をお見舞いするが、あっさりと大鎌の柄で往なされてしまう。

弾かれた様に離れる二人。

お互いの粗い呼吸が、朱に染まる虚空へと響き渡る。

 

「どうした? さっきみたいに煽ってみろよ? 」

 

体力の大半を削られ、大量の汗で顔を汚すネロが、皮肉気な笑みを口元へと浮かべる。

心臓が破裂してしまいそうな程脈打っている。

しかし、不思議と死への恐怖は微塵も感じてはいなかった。

 

「うっ、煩い! 邪教徒の分際で僕を馬鹿にするな! 」

 

対峙するアレフは、ネロ程体力を消耗してはいないものの、決定打を中々打てず、内心焦りを覚えている。

 

自分の剣術は、この卑しい邪教徒より遥か上の筈だ。

なのに、技が全くと言って良い程、通用しない。

ギリギリのところで躱され、おまけに反撃まで許している。

先程、対峙した相手とは思えぬ動きに、アレフは冷静な判断力を失っていた。

 

(妙だぜ・・・さっきまでの恐怖感が全く感じない。)

 

一方のネロは、アレフと違い至極冷静であった。

初めて対峙した時は、その圧倒的なまでのプレッシャーに圧し潰されてしまいそうになった。

なのに、今はそれを感じない。

まるで、強大な力を持つ何かに、支えられている様な気分であった。

 

 

そんな死闘を演じる二人を見守る影が一つ。

彼等から、少し離れた浮遊する足場に、ドルイドの戦士・スカーが立っていた。

腕組みし、激しくぶつかり合う二人の少年を傍観している。

 

「天照大御神・・・・何故、天津神が悪魔崇拝者の少年を護る? 」

 

側頭部まで覆うヘルメットに隠された双眸を眇める。

 

スカーには、ネロの背後で揺らめく女神の姿がはっきりと見えていた。

天照大御神は、超国家機関『クズノハ』の長であり、葛葉四家が守護する女神である。

絶大な法力と魔力を持ち、その力はオリュンポス神族の長・ゼウスや、闇と混沌を司る女神・アポフィスを凌駕するとまで言われている。

 

『ハロハロー? 先生聞こえてるぅ? 』

 

その時、スカーの被っているヘルメットに内蔵された通信機から、間の抜けた声が聞こえた。

ヴァチカン科学技術開発局、総責任者、射場流である。

 

「何の用だ? 」

 

本音を言うと無視してしまいたいが、そうするとしつこく絡んで来る事を知っているスカーは、至極面倒臭そうに応えた。

 

『アルフレッド先生に一つ頼みたい事があるんだけど。』

「切るぞ・・・。」

『あーっ!嘘嘘! もう、人間だった頃の名前は出さないから許して! 』

「・・・・何だ、早く言え。」

『うーんとぉ、アレフ君を可及的速やかに回収してくれないかなぁ? あの子がいると事態が最悪な方向に行っちゃうんですよ。』

「確かにその通りだな。」

 

流が指摘する通り、あの異端審問官の新人が介入して来なければ、17代目の持つ最上級悪魔(グレーターデーモン)魔神”ヴィシュヌ”がアバトンに喰われる事も無かっただろう。

ダンテの実力は、かつて傍らで共に戦っていたスカーが誰よりも知っている。

アレフがダンテの邪魔さえしなければ、今頃は17代目を偽神から、無事救出していただろう。

 

『あの子は、次期ローマ司教候補だ。 未来の救済者をこんな所で失う訳にはいかないのですよ。』

 

現法王陛下であるユリウスの後釜は、既に決まっている。

あの優秀な人材を、こんな下らない茶番劇で失う訳にはいかない。

 

「・・・・別にそれは構わんが、一つだけ条件がある・・・精霊石の鉱脈権から手を引け。」

『えぇーっ! それは横暴だよぉ! 』

 

スカーの提案に、当然、かつての教え子である流が異を唱えた。

 

「嫌なら別に構わん。 お前達の大事な時期司教候補が死ぬだけだ。」

 

二人の戦いは、誰の眼から見ても、アレフが劣勢である事は明らかだ。

女神の加護を受けた今のネロは、剣聖級の実力を発揮している。

徐々に押し切られ、悪戯に傷が増えていた。

 

『うぅ、人間止めちゃってから、かなり性格が捻じ曲がっていません?』

「お前に言われたくはないな。」

『・・・・っ、あのですねぇ、僕に鉱業権を諦めるという決定権は・・・。』

『分かった。その条件は呑もう。』

 

そんな二人のやり取りを、唐突に第三者が割って入った。

声の主は、現ヴァチカン法王、ガーイウス・ユリウス・キンナである。

 

『ゆっ、ユリウス陛下ぁ? 』

 

突然のヴァチカン法王の登場に、流が素っ頓狂な声を上げる。

 

『あの二人を止められるのは、君しかいない。 スカー少佐、どうか、私の大事な後継者を救ってくれ。』

『陛下!それはっ! 』

『私には、アレフしか後継ぎがいないんだ・・・頼む。』

 

難色を示す流を抑え込み、ユリウスがスカーに懇願する。

常に傲岸不遜な態度を崩さぬユリウスにしては、至極珍しい事であった。

 

「了解しました・・・・しかし、今のやり取りは念の為に記録してあります。そこだけはお忘れにならぬよう・・・。」

 

慇懃無礼に釘をしっかりと根元まで刺したスカーが、コンピューターガントレットを操作し、光学迷彩機能で姿を隠す。

 

アレフとネロの元へと向かったドルイドの戦士の姿を、ドローンの映す映像で眺めていた流は、忌々し気に舌打ちした。

 

「良いんですか?猊下。 鉱業権から手を引いたら、大赤字ですよ? 」

 

デスクに内蔵されているキーボードを操作し、流が執務室にいる法王陛下に苦言を呈する。

 

『さっきも言っただろう、私の後継者はアレフと決めている。 それに、この侵攻作戦は、あの子にとって良い教訓になった筈だ。 』

 

ホログラフィーに映る教皇は、別段悪びれた様子も無く、肩を竦めた。

セルゲイに弟子であるアレフを”フォルトゥナ侵攻作戦”に参加させる様に、命じたのは誰あろう法王陛下自身である。

この男は、この男なりに考えがあったの行動であろうが、甚大な被害を受けている流達には、当然ながら納得する筈も無い。

 

「僕達はどうなるんですか? 」

 

身内の我儘に付き合わされ、事実、何人も死傷者を出している。

いくら法王陛下直々の命令とはいえ、大きな遺恨が残るのは当たり前だ。

 

『すまんな・・・・しかし、後々の事を考えるのであるならば、国連から鉱業権を奪い取る事は容易くなる筈だ。』

「まぁ、確かにそれはそうですけどね。」

 

目先の欲よりも、今は未来(さき)の事を考えるのが賢明だ。

未来のローマ司教には、良い勉強になったと思って、此処は引き下がるより他に術は無いだろう。

 

 

 

法具”ヴェスチャー”から降り注ぐ、雷の雨。

ソレをライドウと代理番であるアラストルが、真横に跳んで躱す。

 

「人修羅様っ!? 」

 

未だライドウは、体力と魔力、双方が戻っていない。

すぐに息が上がってしまい、その場にガックリと膝を付く。

慌てて、アラストルが主の元まで向かおうとするが、法具から放たれる火の弾が邪魔をした。

爆発が起こり、再び主から離されてしまう。

 

「一つだけ教えろ・・・・見返りも無く、何故、主に従う。」

 

粗い息を、忙しなく繰り返しつつ、ライドウは頭上に浮遊する豪奢な法衣を纏った初老の男を見上げる。

 

「言ったところで、天津神の飼い犬であるお前等”クズノハ”には、我等、国津神の苦しみは到底分からんだろうよ。」

 

足元から、此方を睨み付ける悪魔使いに、スクナビコナは皮肉な笑みを浮かべた。

 

 

スクナビコナが言う通り、日の本の神とは言え、彼等国津神の扱いは不遇と言って良い。

かつて、多くの信徒達で崇められた彼等は、天津神の出現によって完全に地に堕ちた。

社は朽ち果て、あれ程溢れていた供物は腐り果てた。

信仰のマグネタイトが無ければ、いくら神とは言え、無力と化す。

腹を空かせた同胞達の為に、歌舞伎町のドヤ街で浮浪者に憑依し、日々、生きる為に残飯を漁っていた。

余りの屈辱と怒りで身が引き裂かれる思いだ。

しかし、いくら神とは言え、霞を食べて生きていける筈が無い。

沸々と湧き出る鬱屈を抑え付け、スクナビコナは飲食店等で廃棄される賞味期限切れの弁当や総菜を拾い集める。

そんな時だった・・・彼等がスクナビコナの前に現れたのは。

 

 

「ねぇ、本当にコイツが神様なの? 」

 

大きなクーラーボックスを重そうに担いだ15・6歳ぐらいのニット帽と厚手の白いセーターを着た少女が、汚物を見る様な蔑んだ目で、髭面の浮浪者を見下ろす。

 

場所は、何時も縄張りにしている繁華街から少し離れた裏道。

酸っぱい臭いがする生ゴミ等が散乱した、汚い裏路地である。

 

「ああ、間違いねぇ。 ホレ、エネミーソナーがちゃんと反応してるだろ? 」

 

ナイキのキャップを後ろ前に被った金髪にピアスをした少年が、右手に持っているスマホ画面を隣に立つ同年代の少女へと見せた。

 

「お、お前等一体何者だ? 何故、こんな事をするんだ!? 」

 

煤と埃で汚れたコートを着る髭面の浮浪者の周りには、搔き集めた賞味期限切れの弁当や総菜がぶち撒けられていた。

コンビニから捨てられた食べ物を拾い集めている最中に、背後から突然尻を蹴られたのだ。

当然、バランスを崩し、無様に顔面から固いアスファルトへ倒れる浮浪者。

鼻血塗れの怒りの形相で振り返ると、ニヤケ面の少年とそのツレと思われる少女が立っていた。

 

「悪ぃ、悪ぃ、きったねぇゴキブリと勘違いしちまったんだよ・・・天少彦根命(あまのすくなひこねのみこと)さん。」

「・・・っ、ど、どうしてその名前を?? 」

 

とうの昔に忘れ去られた名前。

天津神がこの地に現れる前に、遠い北の国で崇められていた名前であった。

 

「まずは自己紹介からだ・・・俺の名前は、黒井慎二。 アンタの主様だ。」

「はぁ? 一体何をふざけているんだ? 人間の餓鬼の分際で、八百万の神に数えられる私を従える等・・・・。」

 

そう言い掛けたスクナビコナの目の前に、ドスンと何か重い音が聞こえた。

見ると少女が、担いでいた大きなクーラーボックスを地面に降ろしたのであった。

蓋を開けると、中には新鮮な魚や貝、果物や季節の野菜等が入っていた。

 

「もー、いくらドーピングしてるとは言え、乙女にこんなモノ何時までも持たせてないでよ! 」

「悪かったよ・・・頼むから、ギャーギャー喚くな。」

 

頬を膨らませる少女を嗜め、黒井慎二が、へたり込む浮浪者へと目線を合わせる為に屈みこんだ。

 

「お近づきの印に、供物を持って来たぜ。もし、アンタが俺等に従う気があるなら、ボロボロの社を建て直してやってもいい、参拝客もおまけにな。」

「・・・・・。」

 

如何にも値が張りそうな肉や魚の山を前に、スクナビコナは釘付けになっていた。

疑心暗鬼な表情で、目の前に屈んでいる少年の顔を凝視する。

 

「実を言うと俺等には、この国のお偉いさんの友達が何人かいるんだ。 ソイツ等に頼めば、アンタ達、国津神を救ってやれる。」

「・・・・嘘だ。・・・・この国の上層部は、天津神に支配されている。現に、奴等は日の本の民の心を支配し、我等、国津神への信仰心を全て奪った。」

 

そう、数千年にも及ぶ天津神による圧政によって、国津神の力は弱体化していった。

信仰のマグネタイトは奪われ、それにより神としての強大な力すらも失った。

 

「彼等の言葉に嘘偽りは無い。」

「た、タケミナカタ!? 」

 

かつての同士の声。

スクナビコナの視線が、キャップを後ろ前に被った少年が持つスマートフォンへと移る。

 

「我が同士よ。 数千年に渡る天津神の圧政により、さぞかし辛い日々を送って来ただろう・・・・だが、それももう終わりだ。 今こそ、我々が立ち上がる時。 」

「・・・・・。」

 

同士の声を聞いた瞬間、今迄、腹の中に溜め込んでいた様々な鬱憤が、エネルギーとなり、業火の如く身を焼かれる様な気分になった。

天津神による、理不尽とも取れる酷い仕打ち。

神としての力を奪われ、このまま永遠に虐げられると半ば諦めていた。

しかし、同胞の中には、暗闇に身を潜め、奴等に反撃するべく、その牙を研ぎ澄ませていたのである。

 

「決まりだな。 」

 

黙り込み、下へと俯くスクナビコナの姿に、黒井慎二は勝ち誇った笑みを口元に浮かべ、立ち上がった。

 

 

 

地面を走る衝撃波。

真紅の呪術帯で左眼と口元を覆った悪魔使いが、辛うじて、法具”ヴェスチャー”から放たれた攻撃を躱す。

しかし、未だ魔力が戻らず、体力の大半を失った悪魔使いには、余りにも不利な戦いであった。

バランスを保てず、その場に倒れてしまう。

 

「糞ぉ!神の癖にやり方が汚ねぇぞ! 」

 

弱った主に対し、情け容赦ない攻撃を繰り返す豪奢な法衣を纏った初老の男に対し、アラストルが怒りの咆哮を上げた。

両腕を鋭利な刃へと変え、法具の力で浮遊する教皇・サンクトゥスへと襲い掛かる。

だが、”ヴェスチャー”から張り巡らされる障壁によって、その攻撃は意図も容易く弾かれてしまった。

 

「無駄だ。 我が護りは完璧よ。」

 

障壁に弾き飛ばされ、悔し気に此方を睨む浅黒い肌をした神父に向かい、サンクトゥスことスクナビコナは、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

(あの”壁”を崩すには、二つの法具を何とかするしかないな。)

 

体力が消耗し、節々から激痛が走る躰を叱咤し、ライドウが何とか起き上がる。

いくら代理番のアラストルが手元に戻って来たとはいえ、邪神”アバトン”に最上級悪魔(グレーターデーモン)”ヴィシュヌ”を奪われ、挙句、魔力と体力すらも喰われたのだ。

普通なら、立っているのすらも辛い状態だ。

とても戦えるコンディションではない。

 

ライドウは、レッグポーチから手の中に納まるぐらいの小さなアルミのケースを取り出す。

これは、日本を発つ時に、同じ四家の当主である16代目・葛葉忍から渡されたモノであった。

 

『マナの種から抽出した特殊な霊薬です。 体力と魔力を同時に回復してくれる優れものですよ? 』

 

そう言って、にっこりと微笑む美女。

恐らく実戦で役立つか、ライドウの身体で試してみたいのだろう。

もし、それなりの結果が出れば、日本製薬工業協会に認可を求める腹積もりだ。

 

「頼りにしてるぜ? 16代目。 」

 

口布を下げたライドウが、アルミのケースから一粒の錠剤を取り出す。

何の躊躇いも無く口の中に放り込み、奥歯で噛み砕く。

微かな苦味を感じるソレを胃の腑へと落とし込むと、途端、躰の芯が燃え上がる様な感覚が襲った。

失われた魔力と体力が戻って来るのが分かる。

気力を取り戻したライドウが、再び口布を鼻頭まで上げ、蝙蝠の羽根を広げて頭上を舞う番を見上げた。

 

「アラストル! 来い! 」

「人修羅様!? 」

 

自分に向かって右の掌を掲げる主に、アラストルは戸惑う。

しかし、主の強い意志が宿る双眸を見た瞬間、全てを悟った。

どんな手法を使ったかは知らないが、ライドウは体力と魔力を取り戻し、且つ、勝負に出ようとしている。

その主の意を汲まずして何が番だ。

迷いを完全に捨て、アラストルは二振りの双剣へと姿を変え、主人の手へと収まった。

刹那、眩い光がライドウの四肢を包む。

純白の鎧と深紅の背旗、白銀の長い髪を後ろで束ねる騎士へと姿を変える。

左眼に蒼き炎を宿す白狼は、法具の力で宙を舞う魔神を見上げた。

 

「悪鬼魔導に堕ちし、外道よ! 最早貴様は八百万の神ではない! 」

 

銀色に光る雷神剣の切っ先を、スクナビコナへと向ける。

侮蔑の言葉を吐かれ、スクナビコナの相貌が怒りの形相へと歪む。

 

「我が正義の剣に裁かれるが良い! 悪魔よ!! 」

「黙れ!天津神の狗めが!! 」

 

ありったけの魔力を二つの法具へと注ぎ、巨大な火球を幾つも放つ。

高速で迫り来る火球の群。

しかし、ライドウは敢えて避ける事はしなかった。

真っ向から立ち向かい、紫電の蛇を纏う刀身で、次々に薙ぎ払って行く。

 

「ばっ、馬鹿なっ!!? 」

 

到底、人間技とは思えぬ所業だ。

幾ら、神としての力を失い、地べたを這い回る蛆虫へと成り下がったとはいえ、神は神。

人間如きに後れを取る筈が無い。

その自負が、今のスクナビコナを奮い立たせていた。

しかし、そんな神の偉業を、目の前の悪魔使いは、全くモノともしない。

力技で簡単に捻じ伏せ、スクナビコナの矜持を叩き割る。

 

「くっ、来るなぁああああ!! 」

 

最後の火球を真っ二つに切り裂くライドウの目の前に、スクナビコナは、物理反射防壁(テトラカーン)を張り巡らせる。

だが、物理攻撃を反射する魔力の壁をまるで紙の如く、あっさりと両断。

瞬く間に双剣から大剣へと姿を変えるアラストル。

蒼き雷光を伴った一閃。

スクナビコナが憑依したサンクトゥスの躰を一刀の元に叩き斬る。

二つの法具が真っ二つに割れるのと、純白の騎士が地へと降り立ったのはほぼ同時であった。

 

 

ミティスの森・風の渓谷。

狭間偉出夫が待つ廃墟の教会へと続く山道を、二人の少女と一人の少年が歩いていた。

白川由美と赤根沢玲子から数歩離れた位置を歩いていた黒井慎二は、ウェストバッグに吊るしたスマホケースが鳴っているのに気が付いた。

早速手に取り、画面を確認する。

液晶画面には、スクナビコナが消失(ロスト)した事が表示されていた。

 

「ちっ、何だよ。 神様の癖に、あっさりと”人修羅”に負けちまった。」

 

期待外れな展開に、チャーリーは忌々し気に舌打ちする。

アレだけ潤沢な金と食料を与えてやったというのに、これでは大損ではないか。

 

「”人修羅”相手に良くやった方じゃない? それに、アイツが時間を稼いでくれたお陰で、コッチは予定通りに”種籾”を回収出来たんだからさぁ。」

 

悔しそうに唇を噛むチャーリーと違い、由美は何処か上機嫌であった。

革のクラシカルなショルダーバッグから、”クリフォトの種籾”が入った培養カプセルを取り出し眺めている。

 

「それと大量のマグネタイトもね。」

 

夜魔”モコイ”を肩に乗せた玲子が、嬉しそうに肩に下げたボックス型の保温バッグを担ぎ直す。

 

「まっ、期待しちゃいなかったけどな・・・神様って言っても、信仰心が無くちゃ、そこら辺に居る悪魔と代わんねぇもんな。」

 

チャーリーは、一つ溜息を吐くと、スマホをウェストバッグへと戻した。

 

 

 

大量の血飛沫が宙を舞う。

力無く地へと堕ちるサンクトゥス。

うつ伏せに倒れ、夥しい血を流す初老の男の口から、黒い塊が這い出て来た。

サンクトゥスに憑依していたスクナビコナである。

最早実体化する力すらも残されていないのか、躰の端からゆっくりと塵へと変わっていく。

 

「ひっ!? 」

 

目の前に、突然、純白の甲冑に包まれた脚が現れた。

見上げると、左眼に蒼い炎を宿した魔狼がいる。

神である筈の自分を一刀の元で叩き伏せた、悪魔使いだ。

 

「なっ・・・・何故だ・・・・八百万の神の一柱である俺が・・・何でお前なんかに・・・。」

 

屈辱と怒りに身体が震える。

上位悪魔と融合しているとはいえ、所詮、悪魔使いは人間(ヒト)の身である事に間違いは無い。

なのに何故、神である自分が人間(ヒト)如きに敗れてしまったのか。

 

「それは、俺が言わなくても貴方なら分かっている筈だ。 」

「・・・・・。」

 

白狼から人間の姿へと戻ったライドウが、何処か哀しみを湛えた双眸で、地に這いつくばるかつての神を見下ろす。

 

人々の信仰心を失った以上、最早、スクナビコナは神ではない。

ましてや、己の欲望に動き、他国とはいえ、多くの人の血を犠牲にした。

神族とは、悪しき者から人間を護る役目がある。

それを捨てた瞬間から、スクナビコナは唯の悪魔へと成り下がってしまったのだ。

 

「・・・・へっ、へへ・・・・分かってたよ・・・そんなモン。 あの餓鬼から仮初の力を手にした時から、俺は国津神でも、何でも無くなった・・・・。」

 

黒井慎二から渡された二つの法具”ヴェスチャー”。

それは、強大な力を秘め、スクナビコナに失ったかつての力を思い出させた。

しかし、人々の信仰心が無ければ神とは呼べぬ。

唯の悪魔が、魔界で”人修羅”の通り名で恐れられ、超国家機関『クズノハ』最強と謳われる17代目・葛葉ライドウに勝てる筈が無いのだ。

 

「タケミナカタよ・・・・最後は、皆死ぬんだ。 人も・・・・神も・・・・皆・・・平等に・・・・。」

 

スクナビコナは、それだけを呟くと、塵へと消える。

数千年にも及ぶ、天津神からの残虐な仕打ちから解放され、最後に浮かべたその表情は、何処か安らいでいた。

 

 

 

勝利を確信した刹那、ネロの躰は、後方へと吹き飛ばされていた。

突然の出来事に、受け身すら取る暇も無く、背中から思い切り硬い地面へと叩き付けられる。

 

「がはっ・・・・・ゴホッ・・・・。」

 

痛みと衝撃に呼吸が出来ない。

背を丸め激しく咳き込む。

 

「お、お前は確か・・・・・国連軍の・・・・・。」

「CSI(超常現象管轄局)所属、元USSF(アメリカ特殊部隊)隊員のスカーと申します。殿下。」

 

後頭部まで覆うマスクを装着した巨漢の悪魔が、背後に立つ銀髪の異端審問官へと振り返る。

 

「叔父上であるユリウス法王陛下の命により、貴方をお迎えに上がりました。」

「ぼ・・・僕を・・・・? 」

 

額から血を流す銀髪の少年は、訝し気に巨漢の悪魔を見上げる。

 

自分にとっては神にも等しい、叔父上の使い。

何故だ?どうして? 自分は一体何処で間違えた!?

幾つも脳裏に浮かぶ疑問符に、アレフの顔色は紙の如く真っ白へと変わる。

 

「アレフ・マクスゥエル殿下を頼んだぞ。 」

 

最早、戦う気力すらも奪われた異端審問官の少年の傍らに、最新鋭のタクティカルアーマーを装着した『ドミニオンズ』の兵士二人が降り立つ。

司令官であるマウア・デネッガー少将の指示で、戦線から離脱し、スカー達のいる浮遊する足場へとやって来たのだ。

二名の隊員達は、アレフを促し、その場から離れようとする。

だが、ソレを怒りの怒号が遮った。

 

「ふざけんなぁ! この糞野郎共が! 」

 

犬歯を剥き出しにし、怒りの形相を浮かべるのは、銀髪の少年―ネロであった。

スカーの放った体動衝撃波(ボディソニック)をまともに喰らった筈だが、そのダメージ等、微塵も感じさせず、力強く立ち上がる。

額から夥しい血を流し、魔剣教団の紋章が入ったコートはボロボロ。

腕から伝い落ちる血が、石畳を汚している。

 

「ソイツは父さんの仇だ! 邪魔をするならお前等も殺してやる!! 」

 

魔具『閻魔刀』を構え、裂帛の気合の元、スカー達に斬り掛かる。

しかし、魔力を帯びた刀身を、スカーは意図も容易く往なしてみせた。

標的を失った斬撃が、浮遊する足場を真っ二つに斬り裂く。

バランスを失いたたらを踏むネロ。

その脚をスカーが真横から外側へと払い、逆足払いで投げ飛ばす。

短い悲鳴を上げ、ネロが再び地面へと倒れる。

すかさず、鼻先へと突きつけられる槍の切っ先。

見上げると、マスク越しの冷たい視線とぶつかった。

 

「騎士の十戒の中には、全てを許す寛容さも必要とされている。無暗に正義を振り翳し、物事の真理を見失ってしまわない為だ。」

「何だと・・・・? 」

「小僧、悔しかろうが今は引け・・・・女神の温情を忘れるな。」

 

そうスカーが言い終わるのと首筋に針で刺された様な小さな痛みが走るのは同時であった。

ガントレットに内蔵された麻酔針が、ネロの首筋に突き刺さったのだ。

即効性の麻酔薬によって、意識が遠のく。

混濁する視界の中、ネロが最後に見たのは、ドミニオンズ部隊と共に去っていく、ドルイド族の戦士の後ろ姿であった。

 

 

 

大気を震わせる程の咆哮。

魔神”カルキ”から放たれる魔力の波動が衝撃波となり、対峙するダンテやヴァチカンの精鋭部隊『ドミニオンズ』の機動歩兵部隊へと容赦なく襲い掛かる。

 

「糞! 手に負えねぇ!! 」

 

成す術も無く吹き飛ばされ、浮遊する足場へと大剣『リベリオン』を穿ち、何とか踏み止まる。

魔神”カルキ”は、例えるならば、膨大なエネルギーの塊と言って良いだろう。

一歩、踏み出す度に、魔力の波動が周囲を薙ぎ倒し、当然、ソレを止めるべく、此方が攻撃しても、噴き出す魔力が障壁となって、弾き飛ばしてしまう。

ミサイルやマシンガンも無駄。

近づけない以上、接近戦などもっての外である。

 

(ロイヤルガードを使うか? 否、駄目だ・・・・あんな原子炉の塊、”スタイル”でどうにか出来る代物じゃない。)

 

外から”カルキ”を攻撃する術はまるで無い。

頼みの綱は、”カルキ”の体内へと無理矢理押し込んだ雷神剣『アラストル』だけであった。

彼が上手く17代目・葛葉ライドウを目覚めさせていれば、まだ此方に勝機はある。

 

その時、怒れる魔神の三つの眼が、銀髪の魔狩人へと注がれた。

どうやら、排除するべき敵として認識されてしまったらしい。

幾つも展開される巨大な蒼い法陣。

氷結系最上級魔法”マハブフダイン”が放たれる。

浮遊する足場に立つダンテへと襲い掛かる無数の凍てつく龍。

しかし、その咢が銀髪の魔狩人を呑み込む事は叶わなかった。

ダンテの眼前に、二機のタクティカルアーマーを纏ったヴァチカンの騎士が降り立ち、魔力干渉の法術が組まれた盾を翳す。

鉄壁の防壁に阻まれ、粉々に砕け散る氷の龍。

予想外の助っ人の登場に、ダンテの双眸が見開かれる。

 

「何で”ドミニオンズ(お前等)”が俺を護るんだ? 」

 

ダンテが疑問に思うのは至極当然であった。

幾ら仲間とはいえ、それはあくまで成り行きでそうなっただけに過ぎない。

元々、敵対的態度を崩さぬダンテに対し、ヴァチカンが手を貸す理由など何処にも無いのだ。

 

「勘違いするな。デネッガー少将の命令が無ければ、貴様など当の昔に見捨てている。 」

 

鋼の鎧という厳つい外見とは裏腹に、ダンテの問い掛けに応えたその声は、年若い女のモノであった。

 

「それに、兄弟を助けるのは人間として当たり前ですよぉ? 34番さん。」

「・・・・・っ!!? 」

 

予想外の指摘に、ダンテの顔色が変わる。

無意識に左手が右肩の首筋に刻まれた番号に触れた。

 

「ブラザー・ギメル! 余計な事を言うな! 」

「はいはい、シスター・ダレスはおっかないなぁ。」

 

鋭いダレスの叱責に、純白のタクティカルアーマーを纏ったギメルは、大袈裟に肩を竦めると、バーニアを全開にさせて、前線へと向かう。

その後を追い掛け様としたダレスの背を、ダンテが慌てた様子で呼び止めた。

 

「待て! お前等は一体何者だ? 」

 

コイツ等は、只の悪魔討伐部隊の隊員ではない。

この鋼の騎士は、自分の出自を知っている。

 

「・・・・・どうやら、お前は自分の事を知らないらしいな? 」

「・・・・・。」

 

何故か理由は知らないが、女性隊員は迷っている様子であった。

血の通わないモノアイ(単眼)が、背後にいる銀髪の魔狩人を一瞥する。

 

「なら、知らないままの方が良い。 いずれ嫌でも思い知る事になる。」

「おい、そりゃどういう意味だ! 」

 

尚も食い下がるダンテを無視し、魔神”カルキ”と対峙する巨大空中戦艦『アイアンメイデン(鋼の乙女)』の元へと飛んで行ってしまう。

釈然としない表情で、その場に残されるダンテ。

魔狩人の肩にしがみついている小さな妖精が、不安気に銀髪の男を見上げた。

 

 

 

「これが・・・邪神”アバトン”? 」

 

魔神”カルキ”体内、最下層『魔高炉』。

アラストルとライドウの目の前には、不気味に脈打つ巨大な物体が鎮座していた。

規則正しいリズムで蠢くソレは、まるで人間の心臓に見える。

 

「ヨハネの黙示録に語られる悪魔・アバトンは、姿形無き魔王とも言われている。また別の説によれば、神に背いた堕天使や冷獄へと堕とされた悪魔達を見張る神の使徒って逸話もあるな。」

「神の使徒? この気持ち悪い奴が? 」

 

薄気味悪そうな顔をしたアラストルが、無数の触手を生やし、壁にへばりつくアバトンを指差す。

 

「これは、俺の推測だが、コイツは悪魔じゃなくて魔具の一種なんじゃないかと思う。お前と初めて会った時の事を覚えているか? 」

「え?・・・・そ、そりゃぁ、勿論 」

 

いきなり話を振られ、浅黒い肌の若い神父は、何故か頬を微かに紅潮させる。

ライドウと初めて出会った時の事は、昨日の出来事の様に鮮明に想い出せる。

今から、約4年ぐらい前、イギリスの海域にある絶海の孤島、”マレット島”にて、ライドウとアラストルは運命的な出会いをした。

紆余曲折を経て、主従の契約をしたのだが、あの糞忌々しい便利屋が、真横からしゃしゃり出て来て、愛する主を奪い取ったのだ。

 

「おい(*´Д`)、何不機嫌になってんだ? 」

「へ? べ・・・べべ、別にぃ・・・・。」

 

眉根を寄せ、急に黙り込む従者に向かって、ライドウが呆れた様子で見上げる。

そんな番を一旦放置し、一つ溜息を零すと、悪魔使いは説明を続けた。

 

「その時に、首謀者だった四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスが、俺に人造の悪魔をけしかけて来たんだ。 名前は確か”ナイトメア”と言ったかな? 」

 

ムンドゥスが造り出した異次元空間で戦った、魔界の生物兵器。

恐怖や怒りも無く、只、全てを破壊する為だけに造られた殺戮兵器である。

それと、今、肉の壁にへばりついている邪神”アバトン”は、非常に良く似ていた。

 

「流石、超国家機関『クズノハ』最強の召喚術師殿だ。 」

 

そんな二人の頭上から、第三者の声が聞こえた。

ライドウとアラストルが、声のした方向に視線を向けると、上質な黒い背広と上品なフェルトハットを頭に被った60代ぐらいの紳士が宙に浮遊して、二人を見下ろしていた。

 

「ウィリアム・グリッグス・・・。」

「ブルックリン区以来ですかな? ”人修羅”殿。」

 

この薄気味悪い笑みを口元に浮かべた老獪な紳士の事は、嫌という程、覚えている。

4年前に起こったロングアイランド最西部で起こった、悪魔による大災害。

その原因の一つが、この白髪の紳士である。

マサチューセッツ州にある小さな村で、二人の少女に薬物を使用し、狂わせ、そこに住む住民達を地獄へと落とした張本人。

 

「また思念体(にせもの)じゃないだろうな? 」

「まさか・・・・あの時の様な無礼はするつもりはありませんよ? 」

 

心外だと言わんばかりに、グリッグス医師は大袈裟に肩を竦める。

 

新手の敵の登場に、ライドウの隣に立つアラストルが、右腕を鋭い刃へと変形させ、臨戦態勢に入った。

 

「勘違いしている御様子ですが、私は、貴方と戦うつもりは微塵もありませんよ? 」

 

殺気立つライドウの番に苦笑を浮かべた老紳士は、壁のオブジェと化している邪神”アバトン”へと右掌を翳す。

すると”アバトン”は、激しく脈動し、一瞬、倍近くへと膨れ上がったと思った刹那、眩い光を放って、粉々に砕け散る。

中から光の球体が現れると、まるで吸い寄せられるかの様にして、グリッグス医師の手の中へと納まった。

 

「私は、魔神”ヴィシュヌ”(コレ)を回収しに来たんです。」

 

手の中に納まる光る球体は、瞬く間に一枚のカードへと姿を変える。

まるでタロットカードの様な形をしたソレには、魔神”ヴィシュヌ”の姿が描かれていた。

 

「させるかよぉ! 」

 

舌打ちした悪魔使いが、手首に仕込んである八角棒手裏剣を白髪の紳士へと投擲する。

真っ直ぐ正確に眉間を狙った棒手裏剣は、まるで見えない何かに捕まれたが如く、紳士の額から数センチの位置で、ピタリと止まった。

 

「おやおや・・・・貴方には、まだ二体も最上級悪魔(グレーターデーモン)を持っているじゃないですか。」

 

嘲笑を口元に張り付かせた老紳士が、額を狙って投擲された棒手裏剣を指で弾く。

弾かれた手裏剣は、明後日の方向へと飛んで行った。

 

「人様のモノを勝手に盗るなと、ママから教わらなかったのか? 」

 

ライドウの目配せで、主の意を悟ったアラストルが、神父姿の若者から二振りの双剣へと姿を変える。

アラストルの魔力を借り、魔鎧化するライドウ。

純白の鎧を纏った白狼となった悪魔使いを前に、グリッグス医師はまるで、絵画か彫刻を鑑賞するかの如く、双眸を細めた。

 

「美しい・・・・ゲーブルの奴が、君を気に入っていたが・・・成程、確かに手元に置いておきたい気持ちは分かるな。」

 

思案気に、グリッグスが枯れ木の様な細い指先を顎へと当てる。

ライドウ自身、自覚が無いだろうが、男を惑わせる魔性の色香を持っている。

ソレは、人間ばかりでなく、悪魔や天使である己自身ですらも狂わせる程だ。

あの細い四肢を割り開き、奥に秘められている肉壺を蹂躙したら、一体どんな可愛い悲鳴を上げてくれるのだろうか?

 

「ヴィシュヌを返せ!! 」

 

魔力で強化した膂力を使い、老紳士がいる空中へと跳ぶ。

まるで、弾丸の如く、高速で老紳士へと肉迫した白狼が、両手に持つ鋭い刃を突き出した。

しかし、その刃がグリッグスを捉える事は叶わなかった。

幻の如く、老医師の躰が掻き消えていく。

 

「残念だが、もう時間が無くてね・・・・君も早く此処から脱出した方が良い。亜空間を永遠に彷徨いたくはなかろう? 」

 

魔高炉内に響き渡る、老医師の声。

すると、凄まじい振動が、空間一体を揺さぶった。

邪神”アバトン”の活動を、半ば強制的に停止させた為に、偽神が形を保てず崩壊しているのだ。

魔高炉内に無数の罅が走る。

このままでは、現世と異界の狭間に投げ出されてしまう。

 

「げっ!ゲロヤバですよぉ! 人修羅様!! 」

 

まるでブラックホールの様に、ポッカリと口を開ける異空間。

あそこに吸い込まれてしまったら、二度と現世の光を浴びる事が叶わなくなる。

否、分子の値すらも残さず分解されてしまうだろう。

 

「糞っ! 仕方ない! 悪いがお前の魔力を全部貰うぞ? アラストル! 」

「ふぁい? 」

 

主の言っている意味が分からず、アラストルが大分、間の抜けた返事を返す。

刹那、アラストルの思考が、目を開ける事も叶わぬ白い閃光へと包まれた。

 




そろそろラストにしたい。
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