偽典・女神転生~フォルトゥナ編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介


ダンテ・・・2千年以上前に、地上を侵略しようとした悪魔の軍団を退けた魔剣士・スパーダの息子。NYのレッドグレイブ市で便利屋を営んでいる。4年前、心ならずもライドウと別れ、その後、CSI(超常現象管轄局)のNY支部長、ケビン・ブラウンの元で厳しい指導を受ける。フォルトゥナ公国の首脳である教皇・サンクトゥスを襲撃した理由は不明。

骸・・・・超国家機関『クズノハ』の創立メンバーであり、暗部”八咫烏”の総元締め。
ライドウの情夫であり、一度、組織を裏切ったライドウの躰に巫蟲を寄生させ、歴代ライドウの証である『草薙の剣』を奪った。国会議事堂の地下に住む魔人。



第3話 『ダンテ』 ★

”グリューン”歌劇場、第一ホール。

パリの国立歌劇場『ガルエニ』を連想させる巨大なオペラハウスには、平土間の様な特徴的な構造になっている。

円形上の舞台の背後には、この国の守護神である魔剣士・スパーダの像が鎮座し、その前にある円形状の舞台には、白いドレスを着た美しき歌姫が、透明感のある声量で讃美歌を唄っていた。

 

(・・・・・っ、くそ・・・・。)

 

歌劇場の正面階段下。

手摺の近くにいる小柄な悪魔使いは、頭を締め付けられる様な頭痛に、思わず舌打ちしていた。

右の首筋から頬に掛けて、どす黒い痣が浮かび上がる。

多足類独特の形をした不気味な痣は、7年程前、十二夜叉大将の長である”骸”によって植え付けられた巫蟲(ふこ)であった。

周りの観客達に見られない様に、首許で撓(たわ)んでいる真紅の呪術帯を鼻の頭まで引き上げる。

吐き気を催す程の頭痛で、顔が自然と歪んだ。

 

 

「ライドウ、大丈夫? 」

 

粗い呼吸を繰り返す主に、仲魔であるハイピクシーのマベルが心配そうに顔を覗き込む。

 

ライドウの親友であるクレドの妹、キリエの讃美歌が始まってから数分。

それまで普通に彼女の唄声を聴いていた悪魔使いに、突然、異変が起こった。

体内に寄生している巫蟲(ふこ)が、暴れ出したのだ。

蟲が体内を這いまわる度に、例え様も無い頭痛と吐き気が宿主であるライドウを苦しめる。

 

 

「大丈夫・・・・何時もの発作だ。」

 

持ち前の気丈な精神力で、何とか平静を保ち、肩に座る小さな妖精に笑い掛ける。

しかし、心の中では、この原因を作った情夫に対する罵詈雑言で溢れていた。

 

(・・・・っ、ふざけるなよ・・・・くそったれが・・・・。)

 

激しい喉の渇きに、何度も唾を呑み込む。

脳裏に、永田町の帝国議会議事堂地下で再会した情夫”骸”の姿が過(よぎ)った。

 

 

 

4年前、帝国議会議事堂地下。

そこには、広大な敷地面積を持つ人工の居住地が広がっている。

全てをコンピューターで管理されており、季節は四季の中でも一番過ごしやすい春で環境設定されていた。

地下数千メートルに広がる人工居住地には、平安時代から中世にかけて造られた上層住宅の寝殿があり、その西の離れにある茶室に彼は居た。

 

 

「長期任務ご苦労だったな・・・・。」

 

渋い茶の着物の上に、豪奢な打掛を羽織った20代後半辺りの男は、黒塗りの茶碗を右手で抑え、茶筅(ちゃせん)で中身を掻き混ぜていた。

濡れ羽根色の長い黒髪と病的に白い肌。

女性の様に整った容姿をしており、紅を引いた様な紅い唇が笑みの形を作っている。

 

八畳程の広さのある茶室。

男の放つ威圧感に、室内の空気が重くなる。

 

ライドウは、一つ溜息を吐くと、茶室へと入った。

本音を言えば、この男と二人きりになる等、死んでも御免である。

しかし、立場上、自分の上司にあたる為、逆らう事は許されない。

 

 

「ふむ、急いで用意させたモノだが、良く似合っているじゃないか。」

 

葛葉の家紋が縫われた薄い茶の羽織に、紙子(かみこ)の襦袢(じゅばん)。

品の良い薄紫の小袖と足袋(たび)を履いている悪魔使いの姿に、骸は満足そうな溜息を吐いた。

 

「堅苦しい格好させやがって・・・・俺は、アメリカから帰って来たばかりで疲れてんだ。話があるなら早く済ませてくれ。」

 

薄化粧を施されたライドウが、嫌悪感を露わにして情夫を睨む。

此処に来る前に、侍女達に無理矢理着物を着付けられ、おまけに化粧までされたのだ。

気分は、最悪。

すぐにでも顔を洗い、振りかけられた香水を落してしまいたい。

 

「はぁ・・・・全く、相も変わらず可愛気の無い奴だ。」

 

大袈裟に溜息を零した骸は、掻き混ぜていた茶筅を脇に置くと、真向いに胡坐をかいて座っているライドウの目の前に黒い茶碗を押しやった。

飲めという、無言の威圧感。

骸の立てた茶など、死んでも口にはしたくないが、飲まなければ話が進まない。

暫くの逡巡後、ライドウは諦めて、情夫が入れた茶を呑む事にした。

微かに震える両手で椀を持つと、一息に飲み干す。

想像していた苦味はそれ程無く、茶の爽やかな香りと口当たりが意外と良い。

空になった椀を畳に置くと、途端に心臓がドクリと脈打った。

躰に寄生している巫蟲が、暴れ回っているのだ。

苦し気に喉を抑え、バランスを保てなくなり、畳の上に横倒しになる。

右の首筋から蟀谷(こめかみ)にかけて、どす黒い痣が浮き出た。

 

「がはっ!ぐっ・・・!! なっ・・・・何を・・・・!!? 」

 

襲い来る頭痛と吐き気に、涙で視界が歪む。

畳の上で、無様にのたうち回るライドウの姿を、骸は何処か楽し気に眺めていた。

 

「私の血を少し混ぜた・・・蟲には、絶品の馳走(ちそう)だ。」

 

漆塗りの最高級の風覆手付きの煙草盆を引き寄せ、慣れた手つきで煙管(きせる)に刻み煙草を入れる。

その目の前では、苦しみの余り、躰を仰け反らせ、口から泡を吹く悪魔使いの姿があった。

 

「何故、悪魔の血を呑まない・・・・定期的に餌をやらぬと、体内の蟲に喰われる事ぐらい知らんお前ではないだろう。」

 

火を点けた煙草を一口吸い、ゆっくりと煙を吐き出す。

 

ライドウの体内に植え付けた蟲は、悪魔の血液を主食としている。

それが途絶えると、蟲は暴れ出し、最悪、宿主の躰を喰い尽くしてしまうのだ。

 

「・・・・・・・っ。」

 

情夫の質問に、悪魔使いは唇を引き結んで応えない。

情けない悲鳴をこの男に聞かれたく無かったし、言い訳を述べたところで自分が虚しくなるだけだ。

 

「全く、強情な奴め・・・。」

 

悲鳴を上げまいと切れる程、唇を噛み締める悪魔使いに、骸は呆れた溜息を吐き出す。

紅玉の如き、真紅の双眸が怪しく輝いた。

 

「・・・・・・っ!!!」

 

ゾクリと背を這う、怖気。

それは、甘い痺れとなり、例え様も無い疼きがライドウの躰を突き上げる。

苦痛の吐息は、何処か甘く切なくなり、脚の指が畳の目をなぞる。

 

「ああっ・・・・嫌だ・・・・熱い・・・・・。」

 

躰の奥底が堪らなく疼く。

無意識に着物の合わせ目に左手を滑り込ませ、右手は、裾を割り熱く滾(たぎ)る性器を下帯の上から握っていた。

 

「そういえば、お前に悪さをする蛇がいたな・・・・? 名前は確か・・・ダンテと言ったか。」

 

体内に寄生している蟲が分泌するテストステロンにより、性欲中枢を刺激され、極度の興奮状態にあるライドウは、己自身を慰めずにはいられなかった。

啜り泣き、畳の上で自慰に耽(ふけ)る哀れな玩具を、骸は冷たく見下ろす。

 

「半年近くも無駄に時間を潰したのは、その男のせいか・・・・。悪魔の血を喰らう惨めな姿を見られたく無かったのか? 」

 

嘲笑を多分に含む骸の質問に対し、悪魔使いは固く双眸を閉ざし、自慰を見られる羞恥心に必死に耐える。

 

骸の言う通り、悪魔の血を摂取すれば、体内にいる蟲が活性化し、マレット島で負った傷をたちどころに完治出来ただろう。

しかし、それが出来なかった。

人間としての僅かばかりの理性が邪魔をしたのだ。

 

「どうした? 何か言ってみたらどうだ? ナナシ。」

「う・・・るせぇ・・・・糞野郎・・・俺の・・・・息子を・・・明をどうして”八咫烏”に引き込んだ・・・・?」

 

亀の様に四肢を縮め、粗い息を吐き出しつつ、ライドウは熱に浮かされた隻眼で情夫を睨み付ける。

 

NYを離れる間際、玄武から引き合わされたのだ。

十二夜叉大将の一人、毘羯羅大将となった義理の息子に。

黒のレインコートと迷彩柄のズボン、そして赤い赤外線カメラが内蔵されたマスクを被っていた。

 

 

「ふふっ・・・何だ、その事か・・・・。」

 

 

骸は、灰落としに煙草の火を落すと、煙管を盆に置き、亀の様に躰を縮めて丸くなっているライドウの傍へと近づく。

 

「勘違いするな、私は別にお前の息子を此方側に引き込んではいない・・・全ては、あの子の意思だ。」

「何? 」

「態々、此処まで来て私に啖呵を切ったのだ・・・・『必ず殺す。』とな・・・。」

「明が・・・・・・?」

 

嘲笑を含んだ骸の言葉に、ライドウは思わず目を見張る。

脳裏に浮かぶのは、無邪気に笑う息子の姿。

 

 

「本当に、一人の男として、お前の事を愛しているみたいだな・・・・・嫉妬に狂った眼をしていたぞ? 」

「・・・・・っ、やめろ・・・・・。」

 

もう、それ以上何も聞きたくはなかった。

自分のすぐ傍らで跪き、三日月の様に弧を描いた紅い唇が、耳元で毒の言葉を吐く。

 

「何時まで下らん”家族ごっこ”をしているつもりだ? ナナシ。 ベトナムで拾って来た小僧は、お前を”父親”ではなく”女”として見ている・・・・お前だって、内心では、薄々気が付いていたんじゃないのか? 」

「違う! これ以上、あの子を侮辱するな!! 」

 

蟲に脳内を犯されているにも拘わらず、ライドウは、気力だけで起き上がると骸の胸倉を掴み上げる。

綺麗に着付けられた着物はすっかりとはだけ、傷だらけの上半身が露わになっていた。

見事に鍛え上げられた厚い胸板が、粗い呼吸と共に上下に揺れる。

 

 

「くくっ・・・・・本当に、お前は面白いな。 」

 

胸倉を掴まれた骸の紅い双眸が、再び光る。

途端、体内に寄生している蟲が主の意思に従い、ライドウの躰に催淫剤を多量に分泌した。

甘い痺れが背筋を走る。

 

「い・・・嫌だ・・・・こんな・・・・・。」

 

 

躰が熱くて堪らない。

乳首が硬く尖り、性器は痛い程、勃起している。

情夫の胸倉を掴んでいた両手から力が抜け、ブルブルと瘧(おこり)が掛かった様に震えが走った。

 

「男を狂わす甘い毒だな・・・・まぁ、そういう風にお前を仕込んだのは私なんだが・・・。」

 

蝋細工の如き、白く細い指先が、悪魔使いの着ている着物の裾を割り、無遠慮に下帯の中へと入り込む。

いきなり、甘く疼く秘孔に指を二本突き入れると、ライドウの細い躰が綺麗にしなった。

 

「安心しろ、今すぐお前の息子をどうこうする気はない・・・・・お前も、お前の大事な息子も、我等”クズノハ”にとっては、貴重な財産だ。」

 

苦痛と快楽に甘く喘ぐ悪魔使いの白い喉に舌を這わせつつ、骸は実に楽しそうに笑った。

 

 

 

フォルトゥナ公国、首都”ヴァイス”にある”グリューン”歌劇場。

 

歌姫、キリエの讃美歌が終了すると、会場から爆雷の拍手が起こった。

会場を埋める観客達に、華麗にお辞儀をするキリエ。

その視線が、会場正面にある階段へと向けられる。

そこには、彼女の想い人である小柄な悪魔使いが、優しい微笑を浮かべで手を振っていた。

 

愛する人に見守られ、微かに頬を赤く染めると、安心したかの様な微笑みを口元に浮かべる。

キリエは、再度、会場内にいる観客達に一礼すると、舞台袖へと消えて行った。

 

「ライドウ・・・・?」

「大丈夫、収まったから気にするな。」

 

鼻先と口元を覆っていた呪術帯は、顎の辺りまで降ろされていた。

右の蟀谷(こめかみ)まで達していたどす黒い痣は、跡形も無く消えている。

まるで先程まで苦しんでいたのは何かの嘘の様に笑う主人を、仲魔の小さな妖精は不安そうに見上げていた。

 

 

 

 

麗しき歌姫の讃美歌が終了して数分後。

この国の代表である、魔剣教団25代目教皇、サンクトゥス・ハインリッヒ・ヒュースリーの説法が始まった。

 

「今から、およそ2000年以上前、伝説の魔剣士・スパーダは、悪魔でありながら人を愛し、地上を侵略する悪魔の軍団に対し、自ら剣を取って、我等人間の為に戦って下さった。」

 

歳の頃は、60代半ば辺りだろうか、温和な容姿をしたサンクトゥスは、目尻に深い皺が刻まれ、白いモノが大分混じった顎髭を蓄えている。

頭には教皇の証であるミトラを被り、首にパリウムを下げ、白いアルバの上には金のダルマティカを着ていた。

肩からは金の刺繍が施された赤いストラ、腕にはマニブルスを吊るし、会場に集まる敬虔な信徒達や観光客に、この国の守護神であるスパーダの伝説を語って聞かせる。

 

 

「とても素晴らしい歌声だったよ・・・・キリエ。」

 

教皇の説法を傍らで聞きながら、ライドウは、舞台用のドレスを着るキリエに微笑みかける。

 

「あ、有難うございます。ライドウ様。」

 

宝石の散りばめられた冠を外したキリエは、頬を真っ赤にさせて想い人にお辞儀をする。

その時、彼等の居る正面入り口の重い扉が開いた。

此方に向かって階段を昇って来るのは、教団の若き騎士、ネロだ。

父親譲りの見事な銀の髪を持つ少年は、母親代わりであり、想い人であるキリエの姿を見つけて、少しだけ気持ちが緩む。

しかし、そのすぐ傍に、目下の恋敵である悪魔使いの姿を認めた途端、みるみるうちに不機嫌な顔になった。

 

「ネロ、貴方も式典に参加してくれるの? 」

 

実の兄から謹慎処分を受けている事を知らないキリエは、嬉しそうに相好を崩した。

 

「別に・・・・只、暇だったから様子を見に来ただけだ。」

 

ぶっきらぼうにそう応えると、ネロはキリエの傍らにいるライドウを睨み付ける。

 

「あ、ライドウ様。この子が私の弟のネロです。」

 

キリエは、ネロの腕を掴むと自分の傍へと引き寄せた。

そして、

 

「ホラ、この方が堕天使アムトゥジキアスからこの国を救って下さった、17代目・葛葉ライドウ様よ。挨拶しなさい。」

 

と、無理矢理、頭を下げる様に促す。

そんな義理の姉に対し、渋々といった様子で頭を下げるネロ。

しかし、その双眸は悪魔使いに対する不信感と微かな嫉妬の色が多分に含まれていた。

 

「なーんか、生意気そうな餓鬼。」

「こら、マベル。」

 

頭の上に移動したマベルを、困った様子でライドウが窘める。

一方、ネロは改めてライドウの容姿を上から下まで観察した。

人形の如く整った目鼻立ち、濡れ羽色の黒髪は肩口まで伸び、無造作に後ろで束ねている。

左眼には黒い眼帯と、革の黒いバッファローレザーに同色のパンチングレザー。

首許には、マフラーの様に真紅の呪術帯を巻いている。

 

悔しいが、キリエが夢中になるのも無理はないと思った。

それ程までに、目の前の悪魔使いは美しかった。

同性の自分ですら見惚れてしまう程、悪魔使いは浮世離れした美貌を持っていた。

刹那、ネロの躰に異変が起こった。

左上腕から手首までギプスで固定している腕が、激しい疼きを発したのだ。

苦痛で顔を歪め、右手で左腕を抑える。

それと同じくして、天井のステンドグラスを突き破って何かが舞台壇上へと乱入した。

 

 

 

それは、余りにも一瞬の出来事であった。

舞台に降り注ぐ無数の硝子片。

眩い照明を背に、真紅の長外套(ロングコート)を纏う銀髪の男が舞い降りる。

教皇の前に置かれた頑丈な教卓へと華麗に着地すると、魔法の様な速さで腰に吊るしたガンホルスターから、デザートイーグル並みの巨大なハンドガンを引き抜いた。

轟く轟音。

無残にも額を撃ち抜かれた教皇、サンクトゥスが、叩き付けられる様に舞台の硬い床へと背後から倒れる。

 

 

「教皇様ぁー!!」

 

壇上のすぐ傍に居たクレドが、反射的にイクシードが内蔵された機械仕掛けの大剣を腰から引き抜く。

それに従い、彼の部下数名も武器を帯刀し、騎士団長のクレドと共に舞台へと駆け上った。

 

騒然となる場内。

パニックとなった周囲の人間達が悲鳴を上げ、我先にと歌劇場の各出入口へと殺到する。

余りの出来事に声も無く震えるキリエ。

群衆から彼女を護る為に、ネロがすぐ傍へと寄り添う。

 

 

「ネロ! 君はキリエを連れて外に出るんだ! 」

 

真紅の呪術帯を鼻の頭まで引き上げたライドウが、侵入者とクレド達が対峙している壇上へと向かう。

悪魔使いの名を呼び、自分も彼の所へ行こうとするキリエをネロが必死に押し留めた。

 

「駄目だ! 俺と一緒に外へ避難するんだ!キリエ!」

「ね・・・・ネロ。」

 

自分の腕を引っ張り、信徒や観光客達と同じ様に会場の外へと連れて行くネロの姿に、キリエも漸く正気を取り戻す。

兄や悪魔使いの安否が心配ではあるが、無力な自分が此処に居ても彼等の脚を引っ張るだけだ。

仕方なく、キリエはネロと一緒に会場外へと避難する事にした。

 

 

 

 

「ふーんだ、人修羅様の馬鹿、イケズ、ど淫乱のビッチ。」

 

大好物のサクマ式ドロップを口の中で転がしながら、浅黒い肌をした神父姿の青年は、”グリューン”歌劇場の隣にある商業用のテナントビルの上で、主人の悪口を呟いていた。

 

あんなに愛する主の為に頑張ったのに、ご褒美のキスをくれないどころか、いきなり一本背負いをされた挙句、魔剣教団の騎士と激突して意識が昏倒。

気絶したアラストルが次に目を醒ましたのは、フォルトゥナ公国の首都、”ヴァイス”のホテルだった。

一言の謝罪もせず、棒付きのミルクキャンディーを投げて寄越した主人は、何処かに携帯電話で連絡しており、それが終わっても、全く相手をしてくれなかった。

完全な放置プレイである。

一夜を愛する主の傍らで、悶々(もんもん)と過ごしたアラストルは、完全に臍(へそ)を曲げ、歌劇場の近くにあるビルの屋上で、ブツブツと文句を垂れ捲っていた。

 

思えば、ケチのつけ始めがあの便利屋の事務所に居候した事だ。

愛する主とあの糞男が、毎夜にゃほにゃほしている横で、アラストルは悔し涙を流していた。

本当なら、主の性的欲求を解消するのは従者である自分の役目である。

なのに、どこぞの馬の骨とも知れぬ半人半魔に主を寝取られた挙句、一生、お前は剣の姿でいろという。

こんな馬鹿な話があるか。

漸くオルフェウス(陰気なデブ親父)から解放され、見目麗しい主をゲットしたというのに・・・・。

おまけに、主はそんな自分を置いてけぼりにして、とっとと日本へ帰ってしまい、取り残された自分は、あの糞半魔に二束三文で質屋に売り飛ばされた。

 

 

「糞ぉ・・・・もしあの野郎に会ったら絶対、復讐してやるもんねぇ。」

 

忘れかけていた、ダンテに対する怒りの炎が吹き上がる。

地獄の刑執行長官を務めた大悪魔である自分に対し、あんな無礼を働いたのだ。

簡単に殺してはやらない。

百の肉片へと切り刻み、数々の無礼千万な行いを必ず後悔させてやる。

そんな呪詛を縁焉と呟いている時であった。

”グリューン”歌劇場から、凄まじい数の観客達が雪崩の様に場外へと飛び出してくる。

悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。

何事かと驚くアラストルが見下ろしていると、信徒や観光客を取り囲む様にして無数の魔法陣が現れた。

 

 

 

嘘だと思いたかった。

壇上の上、教皇を殺害した男が徐に立ち上がり、背後を振り返る。

真紅の長外套(ロングコート)に、目の覚める様な見事な銀の髪。

返り血を浴びたその双眸は、整っており無精ひげを生やしていた。

 

 

「ダンテ・・・・・。」

 

4年前にクィーンズ区で別れた情景が、自然と思い出される。

日本に帰すまいと、自分の背に銃口を向ける銀髪の便利屋。

しかし、引き金は引けず、力無く両膝を折った。

あの時、ライドウは玄武の間合いの対角線上にいた。

勿論、背後にいるダンテを護る為である。

自分の躰を盾にしなければ、玄武は確実にダンテの頭を落していただろう。

 

そんな記憶の淵に居るライドウを他所に、舞台上では惨劇が繰り広げられていた。

魔剣教団の騎士達が、教皇を殺害した賊に向かって騎士団で支給されているイクシード内臓の機械仕掛けの大剣を構えて襲い掛かる。

だが、その刃が銀髪の大男を切り刻む事は出来なかった。

紙一重で巧みに躱され、カウンターの斬撃を喰らう。

飛び散る血飛沫と悲鳴。

斬り落とされた腕が宙を飛び、内臓が円形の舞台にぶち撒けられる。

 

惨劇を目の当たりにし、ライドウが我に返る。

その視線の先には、倒れた教皇を抱き起している親友、クレドの姿があった。

近衛兵を粗方始末したダンテが、大剣『リベリオン』を肩に担ぎ、クレドの傍へと歩み寄る。

 

「止めろ!ダンテ!! 」

 

ライドウは舌打ちすると、魔力によって筋力を強化し、大きく跳躍。

ダンテの頭上を軽々と飛び越え、クレドの前へと着地する。

腰のナイフホルダーから、使い込まれたクナイを二本抜き出し、両手で構えた。

 

 

「・・・・ライドウ? 」

 

4年振りに再会する、かつての相棒。

あの当時と、寸分も違わない美しい姿に、ダンテの歩みが止まる。

 

「この大馬鹿野郎が・・・・お前は自分が一体、何をしたのか分かっているのか? 」

「はっ・・・・4年振りの再会だってのに、随分と酷ぇ言い草だな?爺さん。」

 

 

ライドウの鋭い視線に、ダンテは大袈裟に肩を竦めた。

そんな銀髪の大男に、鋭い視線を向ける悪魔使い。

この男のせいで、大分予定が狂わされてしまった。

本当なら、式典終了後に、クレドを呼び出して、一対一で話を付けるつもりでいたのに。

 

 

「クレド!この男は俺に任せて、教皇陛下を連れて逃げろ!」

「ぶ、部外者の君を置いて逃げる事等・・・・・!? 」

「馬鹿野郎!!今はそんな事言ってる場合じゃねぇだろ!!」

 

視線をダンテに向けたまま、ライドウが背後にいる友人に叱責を飛ばす。

 

確かにクレドの言う通り、ライドウは魔剣教団とは関係の無い、言わば客人的立場の人間だ。

その人間に、国を護るべき軍人である自分が、逆に護られている。

厳粛で堅物なクレドが納得出来ないのは致し方なかった。

 

「わっ、分かった! 増援を呼ぶまで絶対に死ぬんじゃないぞ!」

 

だが、瀕死の教皇を前に、自分が出来る事等何もない。

此処は、ライドウの指示に従い、サンクトゥスを連れて、逃げるより術が無かった。

生き残った部下と共に、サンクトゥスを肩に担いでその場を後にする。

 

 

「はぁ・・・・さて、今度はお前だな?ダンテ・・・・何故、こんな馬鹿げた事をした? 」

 

親友とその部下が、瀕死の教皇猊下を連れて逃げたのを確認したライドウは、改めて目の前にいる侵入者に視線を向ける。

軽口に対し、その眼光は鋭く、見るものを震え上がらせる程の迫力があった。

 

「悪いが、守秘義務ってのがあるのさ・・・・知りたかったら、力づくで来たらどうなんだ? 爺さん。」

 

ビリビリと肌を突き刺す殺気。

軽口を叩いて見せるが、その表情は、何処か険しい。

 

「そうか・・・・なら仕方ない。」

 

ライドウの放つ殺気が、一瞬緩む。

次の瞬間、その華奢な躰が消失、気が付くとダンテのすぐ真下へと移動していた。

鋭い斬撃が、首の頸動脈を狙う。

予め、ライドウの動きを予測していたダンテが、リベリオンの刀身でクナイの切っ先を防ぐ。

しかし、それはあくまで囮であった。

第二撃が腹の下、膀胱の辺りを的確に狙う。

それを大きく後方へと跳んで躱すダンテ。

微妙な間合いを取り、両者睨み合う。

 

「全部、急所狙いかよ・・・流石、元暗殺者(アサシン)だな。」

 

4年前、便利屋で共に仕事をし、肉体関係まで持った相手に対して、ライドウは一切の容赦が無かった。

確実にダンテを殺しに来ている。

 

「・・・・・成程、お前の雇い主は、ブラウン捜査官か・・・・俺の素性を詳しく知っているのは彼しかいない。」

 

ダンテが洩らした「元暗殺者(アサシン)。」という言葉で、全てに合点がいった。

それに、この男の体捌(さば)きは、アメリカ陸軍格闘術と非常に似ている。

あの狸親父の下で、相当鍛えられたに違いない。

 

「さーて、一体何の事だか分からねぇな! 」

 

リベリオンを逆手に持ったダンテが、魔力の籠もった一撃を放つ。

剣風により生まれる衝撃波。

ライドウが大きく上へと跳躍し、躱す。

しかし、それはダンテが仕掛けた罠であった。

ライドウと同じ様に、魔力で脚の筋力を底上げし、空中にいる悪魔使いの背後へと高速移動する。

 

 

「これは、ケビン大佐の”エアトリック”??」

「その通り!」

 

渾身の裏拳。

咄嗟に魔法で防御壁を作るが、一瞬遅かった。

顔面を襲う拳を両腕でブロックするが、威力まで殺す事は叶わない。

そのまま吹き飛び、観客席へと激突する。

 

「へへっ、どうだ・・・・4年間、ただ遊んでいた訳じゃないんだぜ? 」

 

華麗に地面へと着地したダンテが、悪魔使いが突っ込んだ観客席へと振り向く。

刹那、その身体に雷の蛇が巻き付いた。

電雷系下位魔法”ジオ”だ。

便利屋の背後に展開された魔法陣から、数千A(アンペア)の電流の蛇が這い出し、四肢を絡め取る。

 

「ぐあぁあああああああ!!」

 

皮膚を焼き尽くす激痛に、堪らず悲鳴を上げる。

常人ならば、炭化しても可笑しくない電流の量であるが、強靭な悪魔の肉体を持つダンテは、焼き尽くされる事は無かった。

 

「確かに・・・4年前よりは、多少出来る様になったじゃないか。」

 

倒れた椅子の山から、悪魔使いが姿を現す。

右掌には、黄色い光を放つ魔法陣が展開されていた。

 

「”トリックスター”を使えるのはお前だけじゃない。 ケビン大佐と共に戦場を駆け回ったのは俺も一緒だ。」

 

物凄い勢いで観客席に激突したにも関わらず、悪魔使いは無傷であった。

 

ダンテの裏拳を受けるよりも早く、魔力を使って空中で足場を作り、それを蹴って背後へと跳んだのだ。

そして、防御壁を造り観客席へと突っ込んだ。

 

「ちっ・・・・どうりで・・・・手応えがあんまりしなかった筈だぜ。」

 

雷の蛇に絡め取られ、歌劇場の冷たい床へと横倒しになる。

苦痛に顔を歪めたダンテは、自分を見下ろす悪魔使いを口惜しそうに睨み付けた。

 

「ダンテ、ブラウン捜査官からどんな依頼を受けたか知らんが、これ以上、俺の邪魔をするな・・・・大人しく消えると約束するなら、このまま見逃してやる。」

 

床の上で、雷に打たれる激痛に痙攣を繰り返す男を冷たく見下ろす。

その隻眼からは、何の感情も伺い知れる事は無かった。

 

「うるせぇよ・・・・糞爺・・・。」

 

悪態を吐く便利屋に、ライドウは更に電流を上げて締め上げる。

激痛に悲鳴を上げる男、皮膚が焼け爛れ、躰から白い煙が吐き出される。

 

「俺は二度同じ事は言わない・・・・お前が首を縦に振らないなら、このまま焼き殺すだけだ。」

「・・・・・・っ!!」

 

感情が籠もらぬ冷たい声。

4年前、共に生活し、便利屋として過ごした人物とは凡(およ)そ似ても似つかなかった。

ライドウは、本気で自分を殺そうとしている。

途端、ダンテの腹腔から例える事の出来ぬ怒りと苛立ちが吹き上がった。

 

長外套(ロングコート)のポケットに手を突っ込み、何かをライドウの足元へと投げる。

それは、安全ピンを抜かれた閃光弾だった。

眩い光が、ライドウの視界を焼く。

 

「くそっ!!」

 

完全に油断していた。

閃光弾の目も眩む光に、ライドウの掌に展開していた魔法陣が消失する。

雷の呪縛から解かれた銀髪の大男が、すかさず起き上がり、視力を奪われた悪魔使いへと飛び掛かる。

くぐもった悲鳴を上げ、床へと押し倒されるライドウ。

大きな手が、悪魔使いの細い首を絞め上げる。

 

「へっ、形勢逆転だな? 爺さん。」

 

相手が窒息して気を失わない様に、微妙な力加減を加えながら、ダンテは、組み敷いた相手を見下ろす。

 

腕の中に捕えた愛しい人。

4年前、自分の手から跳び立った青い鳥は、こうしてまた己の手の中へと返って来た。

あの情欲が、自分の中にある”男”を嫌と言う程刺激する。

 

その時、歌劇場の出入り口に無数の人の気配を感じた。

見ると、騎士団長のクレドを先頭に、大勢の騎士達が、劇場内へと入って来る。

 

 

「ライドウ!無事か!!!」

 

銃火器で武装した増援部隊を引き連れ、クレド達騎士団が雪崩れ込む。

教皇猊下を襲撃した狼藉者に、友人である悪魔使いが組み敷かれている姿を目撃した騎士団長は、怒りの声を上げた。

 

「貴様ぁ!ライドウから離れろ!」

 

腰に帯刀している機械仕掛けの大剣を引き抜き、ダンテへと襲い掛かる。

舌打ちし、クレドが刃を振り下ろすよりも早く、悪魔使いから離れる。

人間離れした膂力を使い、砕け散った天井の窓ガラスへと、跳躍した。

自分の首を絞め上げている手から解放され、激しく咽込(むせこ)む悪魔使い。

その華奢な躰を、クレドの逞しい腕が抱き締める。

 

「く・・・・クレド・・・・? 」

「済まない・・・・怪我は無いか? ライドウ。」

 

友人の思わぬ抱擁に、悪魔使いが思わず戸惑う。

そんなライドウの背を、クレドが優しく擦(さす)っていた。

 

「とんだお友達だな・・・・・。」

 

眼下で、愛おし気にライドウを抱くクレドの姿に、ダンテは忌々し気に舌打ちする。

 

あの男も自分と同じ情欲を、悪魔使いに抱いている。

ライドウは、理解していないだろうが、ダンテの”男”としての本能が、クレドも同類だと教えていた。

 

劇場内では、重武装した騎士達が、天井の窓辺に立つダンテを指差し何かを叫んでいる。

その中の一人が、腰だめに構えているM56スマートガンをダンテに向けて発砲した。

逸早く窓から飛び降りるダンテ。

大口径から発射される弾丸が、天井の窓を大きく抉る。

轟音と共に漆喰や天井の梁部分が、舞台の上に落ちて来た。

 

 

「ライドウ・・・・。」

「大丈夫、お前のお陰で助かったよ。」

 

腕の中の友人を見下ろすクレドに、悪魔使いは安心させる様に柔和な笑みを口元に浮かべる。

閃光弾をまともに喰らい、一時的に失っていた視力は、何とか元の状態まで回復していた。

 




性表現とバトルシーンを書くのが難しいです。
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