偽典・女神転生~フォルトゥナ編~ 作:tomoko86355
堕天使・アムトゥジキアス・・・・17年前、フォルトゥナ公国を突如襲った”ソロモン12柱”の魔神の一人。当時、魔剣教団、騎士団長であったネロの父、ヨハンと日本の超国家機関『クズノハ』最強の召喚術師、17代目・葛葉ライドウによって討伐され、ミティスの森にある霊廟へと封印された。しかし、ヨハンの息子であるネロによって封印が解かれ、彼の左腕に憑依する。
ネロがキリエの手を引き、”グリューン”歌劇場の外へと出ると、そこは既に戦場と化していた。
市民と観光客の断末魔の悲鳴。
下級悪魔、外道”スケアクロウ”のけたたましい笑い声が響き、重鎧を纏った騎士達が怒号を上げて、悪魔と対峙する。
「どうして・・・こんな・・・・? 」
あまりの惨状に、キリエが声も出ず恐怖で震える。
昨日までは、普通の日常が続いていた。
朝起きて、朝食の支度をし、勤めに出る兄を見送り、仕事先である学習塾へと向かう。
その繰り返しの日々がこれからも続くと思っていた。
なのに・・・・・。
「キリエ!危ない!! 」
小さな友達の声に、放心状態だったキリエが我に返る。
凶悪な刃を振り上げ、襲い掛かる案山子の化け物。
その身体が、突如、爆散した。
ネロの持つ巨大なハンドガン、ブルーローズが、悪魔の弱点である心臓を的確に破壊したのである。
「キリエ!一旦、下がるんだよ! 」
醜悪な悪魔の姿に、恐怖で委縮し、固まるキリエの傍に小さな妖精、ハイピクシーのマベルが寄り添った。
頭の上で結い上げている紅茶色の髪を一房掴み、後ろへと引っ張る。
「おい、何で17代目の使い魔のお前が此処に居るんだよ? 」
想い人を護る様に、前へと立ったネロが、キリエの髪を掴む小さな妖精を睨む。
「ライドウに命令されたのよ! アンタ達を護れってね! 」
「17代目・葛葉ライドウが・・・・? 」
訝し気な表情になったネロが、改めてライドウの仲魔である小さな妖精を眺める。
妖精の中でも、ハイピクシーの力は良くて中位クラスだ。
こんなちっぽけな妖精一匹で、果たして何が出来るというのであろうか?
「悪かったわね? ちびっこい悪魔で。」
ネロの思考を読んだのか、マベルが不機嫌そうにジト目で若い騎士を睨む。
(何だよ? 心が読めんのか? このチビ。)
「読めるわよ? これでも一応、17代目・葛葉ライドウの仲魔ですからねぇ。」
腕組みした妖精が、銀髪の少年の顔を覗き込む。
如何にも人を小馬鹿にしたその態度に、流石のネロもムッとした表情をした。
「もー、馬鹿はほっといて、此処は危険だから建物の中に戻るわよ。」
「馬鹿って何だよ? それとコンサートホールには、教皇を殺した犯人がいる。逆にソッチの方が危ねぇんじゃねぇのか? 」
少年の言う通り、劇場内には、教皇・サンクトゥスを襲撃したテロリストがいる。
17代目・葛葉ライドウがどれだけ強いか知らないが、そんな危険人物がいる所に、大事なキリエを連れて行く訳にはいかない。
「もしかしてダンテの事? だったら大丈夫よ。あんな奴に負けるライドウじゃないもの。」
「ダンテ・・・・? お前、あの男を知っているのか? 」
マベルの言葉に、ネロが途端に気色ばむ。
そういえば、あの時、悪魔使いは襲撃者の素性を知っているかの様であった。
そんな銀髪の少年を見て、マベルが余計な事を喋ってしまった事に気が付き、舌を出す。
一方、キリエは劇場前広場の大きな噴水辺りに視線を向けていた。
そこに、親とはぐれたと思われる幼い子供がいたからだ。
不安と身も凍る程の恐怖に、その場を動けず泣きじゃくる幼子。
子供の柔らかい肉と血の匂いに反応した悪魔達が、一斉に極上の獲物へと群がる。
条件反射的に、その幼子へと走るキリエ。
マベルとネロが呼び止めるのも聞かず、紅茶色の髪をした女性は、恐怖で蹲る幼子を護る様に悪魔達の群へと躍り出る。
「キリエーっ!!」
ネロの悲痛な叫び。
片足に凶悪な刃を付けた外道・スケアクロウが、奇声を発して聖女の頭上へと跳び上がる。
市民と観光客の血を吸い、真っ赤に染まった刃が、キリエの頭蓋を叩き割ろうとした刹那、光速で飛ぶ炎の弾丸が、スケアクロウに命中した。
空中で轟音と共に爆散する悪魔。
その爆風から、キリエが盾となって幼子を護る。
「そのままじっとしてろよ!! 」
黒い影が、ネロとマベルを跳び越え、聖女と幼子の前へと着地。
空中に展開される無数の魔法陣。
そこから、炎の吐息を放つ獄炎の龍が姿を現した。
「トリスアギオン!! 」
炎の魔法陣から出現した無数の火龍は、一つになり、巨大な柱となって一直線に天を貫く。
数千万度を超える炎に焼かれ、跡形も無く塵と化すスケアクロウの集団。
業火の柱の近くにいるにも拘わらず、キリエは熱さを微塵も感じる事は無かった。
震える幼子をしっかりと抱き締め、荒れ狂う風に身を任せる。
どれ程の時が経っただろうか。
もしかしたら数秒も掛からなかったのかもしれない。
風が止んだのを感じたキリエは、恐る恐る俯いていた顔を上げる。
すると、そこには、広場を埋め尽くす程、実体化していた悪魔の姿は欠片も無く、呆然とする人々と、重鎧を纏った騎士達が居るだけであった。
「す・・・・すげぇ・・・・・。」
左腕を上腕からギプスで固定し、黒いアームバンドで肩から吊っている銀髪の少年が、無意識に呻く。
余りの出来事に、その場を一歩も動く事が出来なかった。
炎の柱は、広場に居た悪魔だけを焼き尽くし、市民を護る騎士や、一般人達には火傷一つ負わせてはいなかったのである。
「大丈夫か? チビ姫? 」
呆然と此方を見上げる紅茶色の髪をした女性と幼子に、呪術帯で左眼と口元を覆った悪魔使いが唯一覗く右眼だけで優しく微笑む。
「ら・・・・ライドウ様? 」
幼子を腕に抱えたキリエの声が、自然と震えた。
颯爽と現れた悪魔使いは、瞬く間に劇場前広場に居た悪魔の集団を全滅し、何事も無かったかの様に笑っている。
17年前に初めて出会った、あの頃の姿のままで・・・。
「ネロ、何でお前が此処に居るんだ? 」
背後から突然掛けられる鬼上司の声に、ネロの躰がビクリと反応する。
油の切れたブリキの玩具の様に、ぎこちなく振り返る銀髪の少年。
その視線の先には、呆れた様子で立つ義理の父親がいた。
「寄宿舎で、大人しく謹慎していろと命令した筈だが? 」
腕組みし、義理の息子を睨み付ける。
「えっ・・・・あ、その・・・・・じ、実は・・・・・。」
「大好きなキリエの為にプレゼントを買ったから、それを渡す為に宿舎を抜け出したのよ。」
言い淀むネロの代わりに、傍らにいる小さな妖精が、仕方無しに代弁してやる。
「こっ、このチビ妖精! また、俺の心を読みやがったなっ!」
又もや思考を読まれ、恥ずかしさの余り、怒りの形相で隣にいるマベルに詰め寄る。
「何よぉ? 好きな人の晴れ舞台に心の籠もった贈り物をするのは、別におかしい事じゃないでしょ? 」
そんなネロに対して、小さな妖精が至極当然な事と言わんばかりの顔をしていた。
「うっ・・・・た、確かに・・・・そりゃぁ、そうだけど・・・・。」
正論を突かれ、銀髪の少年が顔を茹蛸の様に真っ赤にさせて、下へと俯く。
この妖精と一緒にいると、調子が大分狂う。
幼い頃から、周囲の人間達に母親・アンヌがどれだけ無責任で性に対してだらしのない淫売な女だと揶揄され、馬鹿にされてきた。
腫れ物を扱うかの様な仕打ちを受けて来たネロは、段々と周囲から距離を置き、唯一心を許すのは、育ての親であるクレドとキリエの二人だけとなった。
生まれ持った、優れた身体能力と義理の父親であるクレドの厳しい教育のお陰で、15歳の誕生日の時に、魔剣教団の騎士として抜擢された。
以降、半年間。
騎士団の人間達とも一定の距離を置いて任務を務めて来た。
その自分に対し、この小さな妖精は、無遠慮に内面までズカズカと入り込んで来る。
正直言って、こういう相手は大の苦手だ。
「はぁ、全く、仕様が無い奴だな。」
クレドは、疲れた様子で盛大に溜息を吐く。
親馬鹿かもしれないが、ネロのこういった行動は、可愛く見えてしまう。
粗暴で厭世的、皮肉屋で無口に思われがちだが、意外と繊細でまめな部分がある。
誕生日やクリスマスの時など、キリエが好きなオペラのチケットを自宅のダイニングテーブルに置いたり、クレドが愛用している葉巻を書斎の机に置いたりしている。
又、私生活では、洗濯物や庭や邸宅の掃除など、率先してやってくれるのだ。
しかし、褒められるのが苦手なのか、感謝の言葉を述べると、途端に顔を赤くして何処かに逃げてしまう。
堪らなく可愛い奴なのだが、仕事でそこを全く活かせないのが非常に残念ではある。
「すぐ宿舎に帰れ・・・と、言いたいところだが今は、猫の手も借りたい状況だ。」
未だ怪我をした左腕は完治していないのだが、他の騎士達と共に一般市民や観光客の避難誘導は出来るだろう。
クレドが、そう指示を出そうとした時であった。
呪術帯で左眼と口元を覆った悪魔使いが、ネロとクレドの元へと歩み寄る。
「クレド、申し訳ないが、少しの時間だけ、俺とこの子の二人だけにしてくれないか? 」
「ライドウ? 」
「頼むよ、理由は後で説明するし、そんなに時間は掛けないつもりだ。」
友人にそう申し出され、クレドは渋々頷く。
ネロの事は、一旦、悪魔使いに任せ、クレド達騎士団は、市街地で暴れ回っている悪魔達の駆除へと向かった。
キリエと保護された幼子も、救護班の騎士達に保護され、シェルターへと案内される。
後に残されるネロとライドウ、そして悪魔使いの仲魔である小さな妖精。
銀髪の少年が、敵愾心(てきがいしん)を露わに、悪魔使いを睨む。
「そんなに警戒するなよ、別に取って喰おうって訳じゃない。」
そんな少年に対し、ライドウは降参した様子で両手を上げた。
安心させる様ににこりと人好きな笑顔を浮かべるが、呪術帯で顔の大半を覆われているので、唯一露出している右眼だけが、三日月の形をしているだけであった。
「君に一つだけ聞きたい事があるんだ・・・・ミティスの森に行ったね。」
「・・・・っ、だったら何だよ? 単独任務で下級悪魔の駆除に行った・・・それが一体何だってんだよ。」
ライドウの言いたい事が分からない。
否、内心では、ある程度、予想している。
右手が無意識にアームバンドで吊られている左腕に触れた。
「そこに、石で作られた古い霊廟があった筈だ・・・・祠の様な形をした小さな建物・・・・覚えはないか? 」
痛い所を指摘され、ネロが唇を噛み締める。
ライドウの言う通り、1週間程前に、自分は義理の父親であるクレドの命令でミティスの森を調査した。
その時、少年の頭の中に何者かの声が響いたのである。
『力ガ欲シイカ・・・・? ナラバ此方ニ来イ・・・。』
と・・・・。
「何でそんな事知りたがるんだよ? 俺は、別に何もしてない。」
全てを見透かす悪魔使いの隻眼に、ネロは態(わざ)とらしく視線を逸らす。
ミティスの森での一件は、誰にも言えない秘密だ。
言えば、きっとキリエやクレドに嫌われる。
否、下手をすれば苦労して習得した剣士(ナイト)の役職を剥奪される恐れすらある。
「頼むから素直に話してくれ、霊廟の中には、かつてこの国を襲った”ソロモン12柱の魔神”の一人が封印されていたんだ。17年前、俺と君の父親・・・ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーの二人で倒した悪魔がな。」
「・・・・・っ!」
実父の名前を出され、ネロの躰がビクリと震える。
顔も知らぬまだ見ぬ父。
母親と生まれたばかりの自分を置いて、日本と言う遠い異国の地へと行ってしまった男。
この国の正統な領主でありながら、何の躊躇いも無く継承権をあっさりと放棄し、叔父であるサンクトゥスに渡してしまった無責任な奴。
例える事の出来ない怒りが、少年の腹腔内でマグマとなって吹き上がる。
「知らねぇと言ったら、知らないんだよ! いい加減しつこいぜ! アンタ!!」
突然、癇癪を起し、銀髪の少年は物資保管塔に向かって走り出す。
背後で悪魔使いが自分を呼んでいる声が聞こえたが、立ち止まるつもりは微塵も無かった。
物資保管塔に続く、大きな扉を押し開け、中へと入って行ってしまう。
「もー、あんな糞生意気な餓鬼なんてほっときなさいよ。」
主の頭の上に乗った妖精が、呆れた様子で腕組みする。
「そうはいかない、アムトゥジキアスは、ソロモン12柱の魔神の中でも最も恐ろしい力を秘めた悪魔だ。今は、あの子の躰に流れる巨神の血で抑えられているが、いずれそれも限界が来る。」
17年前、この国を突如襲った”ソロモン12柱の魔神”の一人、堕天使・アムトゥジキアス。
文献によれば、29の地獄の軍団を率いる公爵クラスの大悪魔だ。
ヨハンとライドウ、そしてクレド達騎士団の総掛かりでやっと討伐する事が出来た。
その恐るべき悪魔が、よりによってヨハンの実の息子であるネロに、憑依している。
今は、”ヨトゥンの血”でアムトゥジキアスの力を抑制しているが、何時、たかが外れるか分からない。
「マベル、ネロの事を頼む。」
「えーっ! 何で私があんな餓鬼のお守りをしないといけないのよ!? 」
主の命令に、当然マベルが不満を爆発する。
「あの子がもし、アムトゥジキアスに精神汚染されたら、現実に引き戻せるのはお前しかいないからだよ。」
マベルは、仲魔の中でも精神感応力に優れている。
ライドウが敵に『脳侵食(ブレインジャック)』を仕掛ける時は、必ずマベルをサポート役に選んでいるのだ。
それだけ全般の信頼を寄せられている為、マベルも主人の言葉を無下には出来ない。
「うーっ、分かったわよぉ。でも、私にも出来る事と出来ない事があるんだからね。」
「了解、その時は俺が必ず助っ人に入るから、随時連絡は怠らないでくれ。」
ブツブツと文句を垂れながら、物資保管庫へと消えた銀髪の少年を追い掛ける小さな妖精を、ライドウは苦笑して見送った。
”グリューン”歌劇場から少し離れた雑居ビルの一室。
人の気配が全く無いその廃ビルに、教皇を殺害した犯人であるダンテがいた。
ライドウから受けた電撃下位魔法、”ジオ”のダメージは、未だに癒えておらず、焼け爛れた皮膚は、ある程度再生したものの、躰中の痺れは抜けていなかった。
「はぁ・・・・やってくれるぜ、あの糞爺。」
壁に背を預け、埃が積もった床に座り込む。
あの時、ライドウはかなり手加減していた。
もしあの悪魔使いが本気になっていたら、下位魔法ではなく、上位魔法を使用して瞬殺していただろう。
4年間、ケビン・ブラウンの元で厳しい訓練を受け、幾度も戦場で悪魔共と殺り合って来たが、それでも悪魔使いの背はかなり遠い。
(だけど、漸く手の届く位置まで来たぜ。)
結果的に初戦は惨敗したものの、それでも確かな手応えは感じた。
あの4年間という月日、血反吐を吐く思いで訓練に励んだのは、決して無駄では無かったのである。
次に戦えば確実に捕える事が出来る。
(もう二度と逃げ出さない様に、手足をへし折って俺のモノにしてやる。)
暗い愉悦の炎が、ダンテの心の闇に灯る。
4年前、自分の手元から飛び去った愛しい青い鳥。
今度こそ、その心も躰も自分のモノにしてみせる。
『良いかダンテ、絶対に”骸”とは戦うなよ。』
不図(ふと)、師であるケビン・ブラウンの言葉が脳裏に蘇った。
バージニア州スタンフォード郡にある、FBIアカデミーの訓練場に居た時である。
何時もの訓練メニューをこなし、一息ついていた時にケビンは、真顔でダンテにそう言った。
「お前さんが、17代目をモノにしたいって気持ちは良く分かる・・・だが、あのベアトリーチェのすぐ傍には、おっかねぇ”人喰い龍”が居るって事を忘れるなよ。」
50をとうに過ぎたとは思えない、がっしりとした鎧の様な筋肉を持つケビンが、グラウンドの芝で胡坐をかくダンテを見下ろす。
「”人喰い龍”ねぇ・・・・御大層な名前だが、ソイツがライドウに蟲を植え付けた張本人か? 」
ハードなメニューをこなした後なのか、ダンテの着ているグレーのTシャツは汗を吸ってぐっしょりと濡れていた。
ペットボトルの飲料水を一口飲み、傍らに立つ壮年の男を見上げる。
「そうだ・・・日本の超国家機関『クズノハ』の暗部、”十二夜叉大将”の長で、組織創立メンバーの一人だ。」
諸説によると組織『クズノハ』が創立された時代は、延暦13(794)年といわれている。
それから現代までの約2000年近く、あの”人喰い龍”は、全く歳を取らずに若い肉体のまま組織の中枢にいるのだ。
滅多に人前には姿を現さず、数いる幹部の中でも、様々な特権を与えられている。
帝国議会議事堂地下に住む、恐るべき力を持つ魔人。
「”クズノハ”て組織の幹部は、平安時代の大陰陽師、蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)の一族で構成されている。だから、外部の人間は、決して幹部クラスまで上がれないのさ。」
ケビンの説明によると、17代目・葛葉ライドウは、その蘆屋道満大内鑑の縁者ではないらしい。
ならば何故、彼が組織の中枢である葛葉四家に入れたかというと、前当主、16代目・葛葉ライドウが彼に目を掛けたからだ。
当然、組織の幹部連中は、猛反対した。
外部の血が入る事を嫌う彼等は、悪し様に16代目を罵り、17代目・・・当時は”ナナシ”と名乗っていた・・・・を当主の座から引きずり落とそうとまでした。
それを納得させる為に、ナナシは誰も成し得なかった荒行『異界送り』の儀を行い、無事、最強の悪魔(グレーターデーモン)である、魔王アモンを支配下に置いて現世へと戻ったのである。
だが、それでも幹部達は納得しなかった。
「あの”人喰い龍”は、17代目に対して異常なまでの執着心を抱いている。奴は、幹部連中を力で黙らせ、四家当主の銘(な)をライドウに与えた。」
それが彼等の反感を更に強くした。
幹部の中には、ライドウの事を『骸の女』とまで陰口を叩く様になった。
「成程ねぇ・・・・ソイツが爺さんを縛り付けている奴・・・・か。」
「まぁな・・・・17代目も厄介な奴に惚れられたもんだぜ。」
ケビンは、そう言うと、ダンテと同じ様に汗で濡れたシャツを脱いだ。
筋骨隆々とした肉体が露わになる。
腰に吊るしたウェストバッグから、一本のスプレー缶を取り出すと、右腕に振りかけた。
すると、皮膚がドロドロに溶解し、金属で出来た義手が現れる。
「・・・・・っ!」
「右腕と左脚・・・・それから内臓の一部を奴に持っていかれた。」
左の腰部から臍に掛けて走る刀傷。
ケビンがサイクリングパンツの裾を上げて、左脚にもスプレーの霧を振りかける。
すると人工の皮膚が溶かされ、その下から鋼鉄の義足が現れた。
「ズタズタのボロボロよ・・・・自分でも良く生きて帰れたと感心するぜ。」
「アンタをそこまでにする程、奴は強いのか。」
「強い・・・・格が違うとか、実力とかそういった尺度の問題じゃない。生きている次元が違い過ぎるんだ。」
ケビンは、遠い過去の記憶を思い出す。
愛する女を”人喰い龍”の呪縛から救い出す為、単身奴に戦いを挑んだ。
結果は見ての通り。
一矢報いる事も叶わず、利き腕と左脚、そして内臓を抉り取られた。
あの時、”鶴姫”が土下座し、懇願しなければ、自分は骸に嬲り殺しにされていただろう。
「良いかダンテ、絶対に”骸”とは戦うなよ・・・・奴は、自分の意に添わぬ者を簡単に殺しはしない・・・態と半殺しの目に合わせて生かす、そして、何度も何度も丁寧にソイツの心をへし折っていくんだ・・・”自分には決して勝てない”という、現実を思い知らせながらな。」
何時も飄々とした態度を崩さない、この男らしからぬ暗い顔であった。
それだけ、骸がケビンの心に残した「恐怖」という名の傷跡は、途轍(とてつ)もなく深い。
「そりゃ無理だな・・・・。」
「ダンテ・・・・? 」
「分かってんだろ? その”骸”って奴をぶちのめさないと、爺さんが手に入らないって事を・・・・。」
「・・・・・確かにそうだが・・・例え、骸を倒せたとしても、17代目の心がお前さんのモノになるとは限らんぞ? 」
ケビンも、ライドウが未だに前番であるヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーを愛している事に気づいている。
長い悪魔との戦いで、失ってしまった『人間の心』を取り戻させてくれた男。
それが、フォルトゥナ公国の元魔剣教団騎士団長、ヨハンなのである。
女にだらしが無く、無責任、快楽主義者でどうしようも無い奴ではあるが、ここぞという場面には、誰よりも頼りになる男。
(そういえば、コイツは何処となくヨハンに似てるな。)
改めて、ケビンは自分の教え子でもある銀髪の青年を見つめる。
一度だけ、彼は生前のヨハンと会った事があるのだ。
容姿は違えど、気障な所や怠惰的な性格、特徴的な銀色の髪も同じだ。
「休憩はこれぐらいにして、もういっちょ付き合ってくれよ?師匠(せんせい)。」
胡坐をかいて座っていた芝生から立ち上がり、傍らに置いてある樫の木で出来た木刀を握り締める。
そんな真面目な生徒に、CSIの捜査官は、やれやれと溜息を吐いた。
物資保管棟の階段を、一人の少年が苛々しながら登っていた。
魔剣教団の若き騎士、ネロである。
左腕の上腕部から手首にかけて硬いギプスで固定し、黒いアームバンドで肩から吊るしていた。
この傷は、一週間程前、ミティスの森を単独で調査している時に、下級悪魔の集団に不意を突かれて怪我を負ったのであった。
しかし、それはクレドやキリエに余計な心配を掛けさせない為の嘘。
左腕の傷は、確かに悪魔に襲われた時に付けられたものであるが、それは掠り傷程度で、それ程大した事は無かったのである。
問題は、その森の中にある小さな祠にあった。
「ねぇ、待ちなさいよぉ。」
聞き覚えの有り過ぎる声が、背後から掛けられる。
見なくても分かる。
17代目・葛葉ライドウの仲魔、ハイピクシーのマベルだ。
ネロは、盛大な溜息を吐くと、その場に立ち止まる。
大方、あのお節介な悪魔召喚術師が、自分の監視役としてこの妖精に命令したのだろう。
無視して先に進んでも構わなかったが、どうせ付き纏われるのには変わりがない。
「キリエと一緒に居なくて良いの? 一般市民や観光客は、皆、シェルターに行っちゃったわよ? 」
「別に・・・・騎士団の連中が保護してんだろ? だったら俺が居なくても大丈夫だ。」
マベルの至極当然な問いかけに対して、ネロはぶっきらぼうに応える。
今頃、フォルトゥナの市民や観光客達は、首都の地下にあるシェルターに避難している筈だ。
あそこは、核戦争を想定して造られている。
その上、備蓄もしっかりと揃っている為、暫くあそこに閉じこもっていても安心だろう。
「まさかとは思うけど・・・・教皇を襲撃した犯人を捕まえようとか考えてない? 」
マベルの指摘に、階段を昇り終え、物資が保管されている倉庫へ向かおうとしているネロの歩みが止まった。
「だったら何だよ? 別に、お前には関係がないだろ。」
さっきと同じ様に思考を読まれている。
本当に邪魔くさい妖精だ。
「アンタが幾ら逆立ちしたって、ダンテには勝てないわよ。」
育ての親であるクレドから、単独任務を任されるぐらいなのだから、それなりに腕は立つのだろう。
しかし、相手は、人間の混血児とはいえ、伝説の魔剣士・スパーダの血が流れている。
この少年一人で、太刀打ち出来るとは到底思えない。
「そんなもん、やってみなきゃ分かんねぇだろ? それに、あの時は装備が揃って無かったからな。」
ムッとした表情で、ネロが悪態を吐く。
大歌劇場で、ダンテと対峙した時は、六連装大口径リボルバーのブルーローズしか携帯していなかった。
この先にある、愛用の剣さえあれば、あの襲撃者とも互角以上にやりあえる自信はある。
「・・・・・襲撃者を捕まえて手柄を立てたところで、アンタの義理の父親も姉さんも喜ばないわよ。」
「何だと? 」
「そのまんまの意味よ・・・・クレドもキリエもアンタの事を愛してる。だから、危険な目には出来るだけ会って欲しくない・・・・分かるでしょ?」
真剣なマベルの表情を見て、ネロはそれ以上何も言えなくなってしまった。
暫しの沈黙。
だが、それを破る者がいた。
何時の間にそこに居たのか、無数の黒い甲虫が、倉庫内の床にびっしりと張り付いていたのである。
生理的嫌悪感に、思わず情けない悲鳴を上げてしまうマベル。
黒い甲虫は、まるで絨毯の様であった。
それ自体、何か意思でもあるのか、床に無造作に置かれている麻袋へと入り込んでいく。
むくりとマリオネットの如く、ぎこちない動きで起き上がるソレ。
歌劇場前広場で、市民や観光客を襲った悪魔、外道・スケアクロウだ。
手や脚に鋭い刃を生やした外道の群は、ネロの退路を完全に塞ぐ形で取り囲む。
「へっ、いい加減、ムカつき過ぎて、誰かに八つ当たりしたい気分だったんだぜ。」
ネロは、腰のガンホルスターから、大口径の六連装リボルバーを引き抜く。
一方、顔を真っ青にしたマベルは、思わずネロの着ているジャケットのフードに潜り込んだ。
「おい、チビ助。」
「うっさい!私はゴキブリが大の苦手なんだからねぇ!早くやっつけちゃってよ!」
涙目で叫ぶ妖精に、ネロは大袈裟に肩を竦めた。
フォルトゥナ首都”ヴァイス”の商業エリア。
重武装した教団の騎士達が、街に発生している悪魔の群を駆除している。
その傍らでは、救護班らしき教団の人間達が、市民や観光客を近くのホテルへと誘導していた。
「クレド!無事か? 」
氷の悪魔、邪鬼・フロストの核(コア)をクナイで的確に破壊したライドウが、もう一体のフロストを機械仕掛けの大剣で両断しているクレドの傍へと駆け寄る。
「何とかな・・・・それより、君の方こそ大丈夫なのか? 」
未だに大歌劇場で起きた教皇襲撃事件の事を、気に病んでいるらしい。
厳粛で堅物なクレドにとって、教皇猊下を護れなかったどころか、本来客人であるライドウに、迷惑までかけてしまった。
その厳しい表情から、かなり自分自身を責めているのが伺い知れた。
「俺の事は気にするな、それより、この悪魔の群の事なんだが・・・・。」
「我々も分からない。」
「クレド・・・・? 」
「本当だ・・・・信じてくれ。」
この悪魔使いが自分達、魔剣教団を疑っているのは分かっている。
フォルトゥナ城に隠されている地下研究所。
そこに、何者かが侵入した事は、騎士団長である自分の耳にも届いている。
侵入したのは、恐らく今、目の前にいる華奢な友人。
自分達、教団が悪魔を兵器利用する研究をしている事実を見られた以上、疑われるのも致し方無い。
しかし、それにはちゃんとした理由があるのだ。
「・・・・・分かった。お前を信じるよ・・・クレド。」
暫くの逡巡後、悪魔使いは諦めたかの様に頷く。
自分にとってクレドは、大事な友人の一人だ。
この堅物で心優しい真面目な男が、そう簡単に闇へと落ちない強い心を持っている事は、自分自身が良く知っている。
「一般人達の避難誘導は、お前達に任せる。 俺は、逃げた襲撃者を確保する為に奴を追い掛けるよ。」
「・・・・・っ、しかし。」
「遠慮すんな、友達だろ? 」
躊躇う親友の背を、ライドウが軽く叩く。
最初、戸惑いの色を見せていた薄茶色の双眸は、朗らかに笑う友人を見て諦めたかの様に閉じられる。
「分かった・・・・その代わり、私の部下を数名、君の護衛として付けよう。」
そう言って、悪魔の駆除を行っている部下達を呼ぼうとしたクレドを、ライドウがやんわりと押し留めた。
「大丈夫、番代理がちゃんといるからな。」
ライドウが、カフェバーの建物らしき店の中に視線を向け、
「そこに居るのは分かってんだぞ? アラストル。」
と、何者かに声を掛けた。
すると、物陰から漆黒の神父服を纏う浅黒い肌をした青年が姿を現す。
歳の頃は、20代半ばぐらいだろうか、黒髪を逆立て、整った容姿をしている。
「てへ♡ 見つかっちゃったぁww」
「何が見つかっちゃったぁwwだ。 勝手に臍曲げて朝から何処かに行きやがって。」
茶目っ気たっぷりに笑う代理番に、ライドウは心底呆れた様子で大袈裟に溜息を吐いた。
「ううっ、だって人修羅様が悪いんスよ? こんなに健気に尽くしているのに、俺っちをあんな目に合わせるから・・・・。」
「分かった、分かった・・・・文句なら後で聞いてやるから、今は仕事を手伝ってくれ。」
イジイジといじけ捲る番に、ライドウは軽い頭痛を覚えた。
これで本当に伯爵クラスの大悪魔なのだから、呆れてものも言えない。
物資保管棟。
ネロの操る六連装大口径リボルバー、”ブルーローズ”が火を吹き、外道・スケアクロウの一体を吹き飛ばす。
奇声を上げて、凶悪な刃を振りかざし襲い掛かる案山子の群。
それを巧みに避けながら、ネロは、空になった薬莢に弾を込めた。
「ネロ!危ない!! 」
ジャケットのフードに隠れたマベルが、銀髪の少年に叫ぶ。
背後から迫りくる殺気に反応し、振り返る少年。
脚に鎌の様な刃を生やしたスケアクロウの一体が、刃を振りかざしネロの頭上高くへと大きく跳躍した。
「ちっ! 」
舌打ちし、咄嗟にギブスで固定されている左腕のアームホルダーでガードする。
刹那、左腕が眩く光り、頭蓋を叩き割らんとしたスケアクロウを弾き飛ばした。
「あ、アレは・・・・・? 」
フードに隠れた小さな妖精が、銀髪の少年の背後に浮かび上がった魔人の姿を見て驚きの声を上げる。
その魔人を一言で例えるならば、神話や伝承で登場するユニコーンだ。
額に雄々しき一本角を生やし、鋭利な形状をした鎧を纏っている。
燃える様な鬣(たてがみ)に、肩口から生えた二本の蜥蜴の様な尾。
見間違える筈がない、”ソロモン12柱”の魔神の一人、堕天使”アムトゥジキアス”だ。
「良いぜ・・・やっとこさ、エンジンが掛かって来たぜ。」
凶悪に唇を吊り上げ、ネロが愉悦の笑みを浮かべる。
左腕、上腕から手首にかけて固定していたギプスは、先程の一撃でアームホルダーごと、跡形もなく吹き飛んでいる。
そこから現れたのは、まさに異形の腕。
蒼白く光る左腕には、甲殻類独特の硬い装甲が覆っている。
(駄目だ・・・・いけない!!)
小さな妖精の中で、警笛が鳴り響いた。
彼女の優秀な精神感応力が、ネロの心を黒い闇が蝕んでいくのが分かる。
早く引き戻さないと、人間に戻れなくなる。
そんな妖精の危惧を他所に、ネロは与えられた”力”に酔っていた。
悪魔の左腕”デビルブリンガー”の力を振るい、スケアクロウの群を蹂躙していく。
巨大な悪魔の手が、案山子の脚を持ち上げ、床へと何度も叩き付け、四肢を引き千切り、壁に減り込ませる。
正に一方的ともいう虐殺であった。
「ネロ!止めなさい!! 」
殺戮に酔っているネロの耳に、聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、そこに想い人であるキリエが哀しい表情で立っている。
「キ・・・・・キリエ? 」
そこで初めて、自分が何をしていたのか思い知らされた。
保管庫内に広がる無慈悲な傷跡。
死屍累々と横たわる、悪魔達の死骸。
「お願い・・・・・こんな酷い事は止めて・・・・。」
今にも泣き出してしまいそうに顔を歪める義理の姉の姿を見て、ネロは悪魔の左腕を背後へと隠す。
それは、まるで粗相(そそう)を隠す幼子と同じであった。
「ふん、やっとこさ正気に戻ったんだ。」
どうして良いのか分からず、俯くネロの耳に、今度は小生意気な妖精の声が聞こえた。
顔を上げると、目の前に腕組みしたマベルが呆れた様子で此方を見ている。
「キリエは・・・・? 」
「アレは、私が見せた幻覚よ。 アンタを現実世界に引き戻す為のね。」
キリエの姿を求め、辺りを見回す銀髪の少年に、小さな妖精が説明してやる。
ネロは、もう少しで己の中に巣くっている大悪魔、”アムトゥジキアス”に喰われる所であった。
あのまま、本能に任せて破壊と殺戮を繰り返していたら、確実に肉体を乗っ取られていただろう。
所々、設定がおかしいですがそこら辺は許してください。