偽典・女神転生~フォルトゥナ編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

サンクトゥス・ハインリッヒ・ヒュースリー・・・前教皇、バルムング・ハインリッヒ・ヒュースリーの異母弟。王位継承権を得る前は、諸国で豪遊し、ヒュースリー家の資産を喰い潰していた。継承後は、温厚で敬虔深い教皇の仮面を被っている。
”帰天”と呼ばれる儀式により、肉体は既に悪魔化している。


オイレ・・・・魔剣教団諜報部の長を務める修道士。彼のもたらす情報によって魔具や悪魔の生態又は、各国の内部事情を得ていた。常にフードで顔を隠し、幹部ですらその正体を知る者は少ない。



第5話  『炎獄の獣』

ミティスの深い森の中、そこに”忘れ去られし遺跡”と呼ばれる場所がある。

古い伝承によると、かつてそこには古代ローマ人のドミティウスという学者が薬物療法の研究の為に、屋敷を造って、数名の従者と共に移り住んだ。

しかし、それは表向きで、実は悪魔の生体研究をしていたらしい。

 

 

「くそ・・・・っ!」

 

見事な銀色の髪をした少年が、左腕に負った傷跡を見て舌打ちする。

魔剣教団の若き騎士、ネロだ。

先程、思いがけぬ悪魔の襲撃を受け、左腕の上腕から前腕に掛けて裂傷を負ってしまった。

幸いにも、傷はそれ程深く無く、出血も思った程無い。

 

ネロは、石畳の階段に腰掛けると、脇に愛刀『レッドクィーン』を置き、ウェストポーチから救急キットを取り出した。

ジャケットを脱ぎ、切り裂かれたシャツの袖を乱暴に引き千切る。

出血は既に止まっており、アルコールが染みたガーゼで拭うと傷口は癒着していた。

父親から受け継いだ魔剣士・スパーダと霜の巨神”ヨトゥン”の血のお陰である。

生まれ持ったこの力のせいで、ネロは幼い時からいわれなき迫害を受けて来た。

育ての親であり、自分の上司であるクレドは、神から賜った選ばれた力だ、と言ってくれるが、当のネロにとっては有難くも糞も無い力であった。

 

慣れた手付きで包帯を巻く。

年齢が大分離れすぎているという事もあるが、ネロは同僚達と全く反りが合わない。

理由は、常人よりも遥かに優れた身体能力と、治癒力、そして両親の事だろう。

娼婦であった母・アンヌは、ネロが2歳の誕生日を迎えた当日に失踪。

この国の第三皇子である父、ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーは、実力こそ騎士団最強であったが、素行が大変悪く、特に異性との関係が最悪だった。

アチコチで女を作っては、問題を起こし、その度に、父、バルムング・ハインリッヒ・ヒュースリーが、多額の慰謝料を払って尻拭いをする始末。

団員の中には、『魔剣教団の面汚し』『親の七光りで団長に選ばれた穀潰し』とまで、悪し様に陰口を叩く者までいた。

当然、そんな二人の子供であるネロも、周りから色眼鏡で見られる様になった。

 

 

『いい加減にしないと、誰もお前を助けてはくれなくなるぞ。』

 

不意に、育ての父親であるクレドの言葉が脳裏に蘇った。

 

アレは確か、珍しく他団員と共に、国境沿いに現れた悪魔の群を駆除する任務に就いていた時である。

何時もの様に、団長であるクレドの命令を無視して、スタンドプレイに走った。

死傷者こそ出なかったが、勝手極まるネロの行動に、騎士団長であるクレドは激怒した。

協調性に欠け、数々の命令違反を犯すネロに、クレドは、悪魔討伐は一人では決して出来ない。

仲間との連携が一番大事だ、と述べた。

そして、自分の命を粗末にするネロに、「自分を大切に出来ない奴は、人を護る事等出来ない。」と言ったのである。

 

 

 

「・・・・・? 」

 

不貞腐れて、応急処置をするネロの耳に、誰かの声が響いた。

ネロは、訝し気に周囲を見渡す。

しかし、当然、そこには人影等は無く、遠くで鳥のさえずりが聞こえるだけであった。

 

『ワレヲ解放セヨ・・・・・。』

「誰だ! 」

 

今度こそはっきりと聞こえた。

堪らなくなった銀髪の少年が、治療もそこそこに座っていた石の階段から立ち上がる。

 

 

『力欲シクバ我ヲ解放シロ・・・・・サスレバ汝ノ求メル力ヲクレテヤル。』

 

 

姿の見えない”声”に、まるで導かれるかの様にして、ネロの脚は勝手に動く。

 

”忘れ去られし遺跡”の細い通路の先・・・・グラウンドの様に開けたその場所に”ソレ”はあった。

今にも崩れてしまいそうな苔むした石造りの祠。

死者を奉る霊廟と言うには、余りにも質素なその祠に、ネロは吸い寄せられるかの様に近づく。

 

 

『血ヲ・・・・我ト血ノ契約ヲセヨ・・・・。』

 

頭に直接響く謎の声。

否、もう分かっている。

その声は、この祠からする。

 

ネロの手が無意識に、右足の隠しナイフへと伸びた。

登山や地震防災等に使用する、小型のサバイバルナイフだ。

右手で逆手にソレを持ち、怪我を負った左腕を祠へと翳す。

そして・・・・。

 

 

 

「んで? ソイツの指示通りにアンタは血を捧げたって訳? 」

 

慣れた手付きで、巨大なケースからジェット推進器のついた起動大剣を組み立てる銀髪の少年に向かって、妖精が呆れた様子で言った。

 

此処は、物資保管棟にある武器庫。

外道・スケアクロウの群を始末した二人は、ネロの愛刀である『レッドクィーン』を手に入れる為、この薄暗い倉庫の中に居た。

 

 

「何でそんな事したの? てか、悪い悪魔が封印されてるとか思わなかった訳? 」

「煩せぇなぁ、仕方ないだろ? 自分の意思でやった訳じゃねぇんだからさぁ。」

 

アクセル状になっている柄を握り、推進剤がちゃんと噴射するかどうか確かめる。

まるでバイクの様なエンジン音を上げ、推進剤噴射機構から火炎が吹き出た。

 

 

「何で、クレドに相談しなかったの? アンタが封印を解いた悪魔は、17年前にこの国を襲った”ソロモン12柱”の魔神の一人なのよ。」

「・・・・。」

 

マベルに詰問され、ネロが思わず押し黙る。

 

言える筈がない。

もし、正直に全てを話せば、苦労して習得した剣士(ナイト)の役職二つ、銃剣士(ベヨネッタ)と短剣使い(ドルヒ)の資格を剥奪されるどころか、下手をすると収容施設に監禁される恐れすらある。

それに、何よりもクレドとキリエを失望させるのが怖かった。

 

そんな銀髪の少年に対し、呆れて溜息を零す小さな妖精。

ネロの中にある不安と恐怖が、嫌でも伝わって来る。

いくら魔剣教団の騎士とはいえ、ネロはまだ15歳になったばかりの少年だ。

難しい年頃ではあるし、両親の悪評のせいで周りから相当酷い目に合わされて来た事は容易に伺い知れる。

その上、今度は、17年前にこの国を襲った大悪魔。

この少年の頭の中は、どうして良いのか分からず、パニックを起こしているに違いなかった。

 

「仕方ない、このマベルお姉さんが何とかしてあげるわよ。」

「え・・・・・? 」

 

予想外な妖精の言葉に、ネロは俯いていた顔を上げる。

 

「その代わり、アンタには三つ約束を必ず守って貰うからね。」

 

マベルはそう言うと、ネロの目の前に自分の指を三本立てた。

 

一つ目は、”悪魔の腕(デビルブリンガー)”を多用しない事。

不用意に使い続けると、アムトゥジキアスの魔素によって精神が汚染されてしまうからだ。

二つ目は、自分と必ず行動を一緒にする事。

もし、万が一、アムトゥジキアスの精神汚染を受けたら、先程の様に、現実世界に引き戻す事が出来るからだ。

しかし、それも何回も出来る訳ではないらしい。

 

「魔素が濃すぎると、流石の私もアンタを引き戻せなくなる。だから、ここぞって時以外は、絶対にその”腕”を使っちゃ駄目よ。」

「もし、現実世界に引き戻せ無かったらどうなるんだ? 」

「そんなの決まってる。 アムトゥジキアスに身体を乗っ取られた挙句、悪魔化するわ。今はまだその左腕一本だけで済んでいるけどね。」

 

至極当然な答え。

ネロは、無意識に悪魔化した左腕を右手で抑える。

 

「それと最後の一つ・・・これが一番重要ですからね。」

 

常になく真剣な表情をして、妖精は顔を銀髪の少年に近づける。

 

「どんな状況になっても、自分自身を信じ抜く事・・・自分を見失ったら、忽(たちま)ち悪魔に肉体を乗っ取られるという事を忘れちゃ駄目よ。」

「自分自身を信じ抜く・・・・か・・・・。」

 

 

マベルの言葉が、ネロの心に重くのしかかる。

 

そんな事を言われたのは、生まれて初めてだった。

不義の子として周りから腫れ物扱いされ、同年代からは常に遠巻きで見られていた。

それ故、信じられるのは己の腕力だけだと思って生きて来たが、改めてそう言われると何故か自信を失ってしまう。

 

 

「人間は私達悪魔と違って、”心”があるわ。 強い信念は、どんな優秀な武器よりも勝る力になる・・・自分自身を信じて、悪魔の甘い言葉に乗せられちゃ駄目、良いわね? 」

「・・・・・。」

 

マベルの言葉にネロは、頷くより他に術が無かった。

そして組み上がった起動大剣を背に、立ち上がる。

 

 

「よーし、そんじゃ、ライドウと合流するわよ。」

「えぇ!? 何でアイツの所に行かなきゃ駄目なんだよ? 」

 

妖精の言葉に、ネロの顔が不満の色に変わる。

 

「決まってんでしょ? その”ソロモンの魔神”をどうにかして貰う為よ。」

 

いくら自分がこの少年の傍に付いていても、根本的な問題解決には決してならない。

封印を専門とする、数法術師の適切な措置が必要だ。

マベルの主は、魔導師職(マーギア)の資格を全て取得した”到達者(マイスター)”だ。

17代目・葛葉ライドウならば、”ソロモンの魔神”をどうにか出来るかもしれない。

 

 

「ライドウなら、アンタが心配している様な事は絶対しない。 彼ならきっと全て上手くやってくれる筈よ。」

「・・・・・。」

 

大分、不服ではあるが、妖精の言っている事は全て筋が通っている。

確かに、彼女が言う通り、超国家機関『クズノハ』最強と謳われるあの悪魔使いならば、アムトゥジキアスの呪縛から自分を解放する術を知っているかもしれない。

それに、元を正せば、不用意に”ソロモン12柱の魔神”が封印されている霊廟に近づいた自分にも責任がある。

 

ネロは、渋々と言った感じで頷いた。

 

 

 

商業エリアで魔剣教団騎士団長であるクレドと一旦別れ、ダンテ捜索の為に仮番である雷神”アラストル”と行動するライドウ。

先ず最初に彼等が目指したのは、地下研究施設がある”フォルトゥナ城”であった。

もし、ダンテがCSI(超常現象管轄局)のNY支部長であるケビン・ブラウンの依頼で動いているならば、必ず地下研究施設に行くだろうと考えたからである。

 

居住区を抜け、カエルラ港へ向かう道すがら、外道・スケアクロウの集団に襲われた。

 

 

「ダンテの野郎を捕まえて、一体どうするつもりなんですかぁ? 」

 

漆黒の神父服を着る浅黒い肌の青年から、銀色に光る双剣へと姿を変えた悪魔、アラストルが主人である悪魔使いに問い掛けた。

 

 

「決まってんだろ? 無理矢理にでもこの件から手を引かせる。 大佐が何を考えているのか知らないが、ダンテの奴は無駄に事をデカクする天才だからな。」

 

 

己が操る双剣に応えると、悪魔使いは巧みな身のこなしで、襲い掛かるスケアクロウの群を的確に倒して行った。

長年、暗殺業(アサシン)を生業としているお陰か、悪魔使いの動きに無駄は一切ない。

案山子共の核(コア)を一撃で破壊し、瞬く間にその数を減らしている。

数分後、あれだけ波止場にいた悪魔達は、跡形もなく殲滅されていた。

 

 

「・・・・・アイツが素直に引き下がりますかねぇ? 」

 

敵の気配がしない事を確認したアラストルは、双剣から黒い毛並みを持つ蝙蝠へと姿を変える。

 

「素直に言う事を聞かないなら、手足の一本でも斬り落としてやるさ。」

 

 

何処か暗い表情をするライドウ。

冗談とも脅しとも取れるその言葉に、アラストルの背筋を言い知れぬ怖気が走る。

 

 

「ぶっちゃけ言うんですけど・・・・人修羅様は、アイツの事をどう思ってんですか?」

 

ずっと胸に秘めていた疑問を口にする。

 

この悪魔使いと教皇を襲撃した犯人である便利屋とは、4年前に同じ屋根の下で半年間近くも共に生活していた。

勿論、同意では無いにしろ、肉体関係も持っている。

毎夜、あの糞野郎に組み敷かれ、甘い声で鳴く愛しい主の姿を想い出し、アラストルは嫉妬の炎を再熱させた。

 

 

「別に・・・・・何とも思ってない。」

「本当にぃ? 」

 

カエルラ港を抜け、第一採掘場へと移動した一人と一匹。

如何にも疑わしそうに此方を見る蝙蝠に、ライドウはウンザリとした様子で溜息を吐いた。

 

「お前なぁ、一体俺に何を言わせたいんだよ? 」

「だってぇ、人修羅様、アイツには妙に甘い所があったじゃないですかぁ・・・・御飯作ってあげたり、掃除に洗濯、それから借金返済に、夜のエッチまで・・・。」

「・・・・・・。」

「それに比べて、俺っちの扱いは酷いもんでしたよ? NYに居た時は、ずーっと剣の姿のままだったし、あの糞野郎に散々、こき使われた挙句、質屋に売り飛ばされて・・・まぁ、そのお陰で人修羅様にまた会えましたし? 代理とはいえ、番にもして貰えましたけど。」

 

 

フィルムの丘へと続く、長い階段。

粗末な石造りの階段を昇る主の頭上を、呪詛を吐き散らしながら、黒い蝙蝠が円を描く様に飛んでいる。

 

「・・・・ったく、お前の大好物のドロップ買ってやっただろ? 何がそんなに不満なんだ? 」

「不満だらけっス! 人修羅様は番の俺っちにもう少し優しくするべきなんス!」

「優しくって・・・・お前。」

 

軽い頭痛を覚えて、思わず額に手を当てる。

 

長い階段を昇り終えると、そこは採石場となっており、プレハブ小屋やテナント倉庫。

様々な重機やトラックなどが無造作に停まっていた。

 

「大体、番なのに何で魔力供給しないんスかぁ? アイツとは、毎日毎日やってたのにぃ。」

「毎日はやってないし、それと魔力のパスを通しているから、一々、性行為する必要も無いし・・・。」

 

コイツ本当に、地獄の死刑執行長官を務める程の大悪魔だったんだろうか?

ライドウは、軽蔑しきった眼差しで頭上を飛ぶ蝙蝠を眺める。

 

伝承や文献によると、アラストルは死刑執行長官の他に、魔界では悪魔の軍団の中で第四副官を務めている。

砂嵐、地震、噴火、洪水等、あらゆる天変地異を引き起こし、魔王が崇める神とまで言われていたのだ。

 

「ううっ、だったらせめてチューぐらいはして下さいよぉ。俺っち頑張ってるでしょ?こんなに尽くしているでしょ? 役に立っているでしょ? 」

 

情けなく滂沱と涙を流して、主である悪魔使いに縋りつく。

本当に、こんな情けない奴が、魔王が崇める神なのだろうか?

 

「はぁ・・・・分かった分かった・・・キスしたいなら勝手にしろよ。」

 

盛大に溜息を吐いたライドウが、鼻の頭まで覆っている呪術帯を顎まで降ろす。

人形の様に整った容姿に、アラストルは思わず見惚れた。

 

「え? 良いんすか? 」

「良いよ、確かにお前のお陰で、順調に此処までこれたしな・・・。」

 

 

態々、カエルラ港を通って、フィルムの丘に来たのには理由がある。

この採石現場の何処かに、”魔具(デビルアーツ)”が隠されているのだ。

防衛省事務次官である後藤から受けた依頼は、二つある。

一つは、フォルトゥナ公国が悪魔を生物兵器として研究している事実を突き止める事。

そしてもう一つは、横浜と八王子の研究所から強奪された”魔具(デビルアーツ)”を回収する事だ。

 

右眼の隻眼を閉じ、顔を上げる悪魔使い。

アラストルの喉がゴクリと鳴る。

 

「何だよ? キスしないのか? 」

「します!今すぐやらせて頂きます!!」

 

慌てて、蝙蝠から漆黒の神父服を纏う、浅黒い肌の青年姿へと変わる。

おずおずと、目を閉じ、上を向く主の両肩に触れる。

ドクドクと早鐘の様に鳴る心臓。

まさか、こんな簡単に唇を許してくれるなんて思わなかった。

アラストルの薄い唇が、主の愛らしい唇に触れようとした刹那、ライドウの強烈な掌底が神父姿の青年の顔面に炸裂する。

余りの出来事に、受け身も取れず吹き飛ぶ浅黒い肌の青年。

その間を、地面を抉りながら、衝撃波が走り抜けていく。

 

「敵だ!アラストル!! 」

 

後方に跳んだライドウが、重機の陰へと隠れる。

そんな主に対し、神父服の青年は酷い有様だった。

良い感じにライドウの掌底が決まったお陰で眼を回し、ゴロゴロと地面に転がり、停止する。

 

油圧ショベルに隠れたライドウが、腰のナイフホルダーからクナイを二本引き抜き両手に構える。

視線の先には、白い長外套(ロングコート)に鎧を身に着けた強面な白髪の男が立っていた。

両手には、先端が横に広がっている特徴的な大剣を握っている。

 

「・・・・・っ!まさか・・・・。」

 

その白髪の男には、見覚えがあった。

今から14年前・・・・・”シュバルツバース”で出会った黒エルフ族の男。

”スヴァルトアールヴ族”の唯一の生き残り・・・・バアルだ。

 

 

 

 

 

魔剣教団本部、『帰天の間』

 

室内中央、豪奢な寝台に教皇猊下、サンクトゥス・ハインリッヒ・ヒュースリーが横たわっていた。

そのすぐ傍らには、魔剣教団騎士団長であるクレドが、直立不動で立っている。

司祭服とミトラ(司教冠)を着けたまま寝台に横たわるサンクトゥスの躰に、突然、異変が起こった。

双眸をカッと見開き、苦し気に痙攣を繰り返している。

身体中には、毛細血管が浮き出ていた。

驚いた様子で、俯いていた顔を上げるクレド。

騎士団長が見守る中、教皇猊下は暫しの間、寝台の上で苦し気に暴れていた。

それが、唐突に止み、今度は安らかに双眸を閉じる。

身体中に浮き出ていた血管も、嘘の様に消えていた。

 

 

「お目覚めですか? 猊下。」

 

 

閉じていた双眸をゆっくりと開けるサンクトゥスに、クレドが恭しく声を掛けた。

 

「クレドか・・・・・。」

 

 

漆黒の瞳が、自分の横たわる寝台のすぐ傍に立つ、騎士団長へと向けられる。

 

 

「奴は一体何者だ? まさか、ディヴァイドの暗殺者ではあるまいな? 」

 

 

奴とは、勿論、大歌劇場で襲撃して来たダンテの事である。

 

「まだそれは分かりません。現在、”17代目・葛葉ライドウ”が奴の後を追っています。」

 

怒りと屈辱で顔を歪める教皇猊下を、騎士団長が窘める。

 

超国家機関『クズノハ』最強と謳われるあの悪魔召喚術師ならば、襲撃者の足取りを追い掛けるなど、容易いだろう。

それに、ディヴァイド共和国がサンクトゥスを暗殺する為に、刺客を送り込んだと考えるのは早計過ぎる。

只でさえ、彼の国とは国境を挟んで、緊張状態が続いているのだ。

下手に動き過ぎると、戦争に発展しかねない。

 

 

「クレド殿は、随分とあの”人修羅”を信用しているのですなぁ。」

 

そんな騎士団長の背に、壮年の男の声が掛けられた。

振り向くと、修道者用のスカプラリオと外套を纏い、フードで顔を半ば以上隠した男が出入り口に立っている。

 

「オイレ・・・・・。」

 

この修道士は、自分と同じ魔剣教団の幹部の一人だ。

技術局の総責任者を務めているアグナスの知り合いで、各国の情勢に精通しており、様々な情報をこの国にもたらしてくれる。

その功績から、2年程前に魔剣教団の幹部として抜擢されたのだが、正直、クレドは全く信用してはいなかった。

 

「クレド殿、いくら貴方の御友人とはいえ、あの”化け物”は日本政府の狗ですよ? 余り信用しない方が宜しいのでは・・・。」

「何・・・・?」

 

”化け物”という言葉に、クレドの表情が険しくなる。

 

「もしかしたら、奴と襲撃者がグルっという可能性もあるのです。」

「馬鹿な!出鱈目を言うな!!」

「出鱈目ではありません。 私が先程入手した情報によりますと、どうやら”人修羅”は、内閣防衛省の依頼でこの国の内部調査をしに来た様なのです。」

 

激昂するクレドを他所に、オイレは冷静に教皇猊下に報告する。

 

「それは、本当なのか? オイレ。」

「はい・・・・日本政府に潜入させている間者が入手した確かな情報です。」

 

フードの男の言葉に、教皇猊下の顔がみるみる怒りの表情へと変わる。

 

今迄、良き指導者の仮面を被り、国民や引いては隣国の横暴なやり方にも我慢をし続けて来た。

OPECの指示を無視し、原油採掘、輸出をする事で原油価格の値崩れを招いたディヴァイド共和国にシベリア大陸の君主として怒りを感じつつも、『偉大な計画』を遂行させる為に耐えて来たのだ。

その”計画”が、よりによって遠い異国の地である”日本”に知られている可能性がある。

これは拙い。

至急、何とか対処せねばならない。

 

「猊下、早急に、”計画”を次の段階まで進めた方が宜しいかと思います。」

「待て!まだライドウが日本政府の依頼で動いているという、確たる証拠が・・・。」

「”魔神像”の完成まで後、どれぐらいだ? 」

「猊下!! 」

 

自分の危惧を他所に、勝手に話を進める二人に、クレドは思わず言葉を荒げる。

 

「八割方は終了しております・・・・後は、心臓となる憑代(よりしろ)を”魔神像”に捧げれば、ほぼ完成かと・・・。」

「ふむ、問題は、憑代か・・・・。」

 

サンクトゥスは、寝台から起き上がると、思案気に顎に手を当てる。

そして、傍らで憤懣(ふんまん)やるかたないクレドへと視線を向けた。

 

「クレドよ、確か”人修羅”とは旧知の仲であったな? 」

「猊下・・・・まさか・・・・? 」

 

サンクトゥスの意図を察し、クレドの表情が凍り付く。

 

教皇猊下は、ライドウを”魔神像”の生贄にするつもりだ。

確かに、ライドウ程の悪魔召喚術師ならば、憑代としてこれ程、適した存在はいない。

しかし、クレドの中に秘める想いが、悪魔使いを贄として捧げる事を躊躇わせる。

 

 

「どうやら、騎士団長殿はあの”化け物”の魔性に取り憑かれてしまわれたみたいですな。」

「何だと? 」

 

オイレの意味あり気な言葉に、クレドが途端に気色ばむ。

 

「そのままの意味ですよ? ”人修羅”は、男を狂わせる魔性の毒を吐くと噂されておりますからな・・・現に、多くの男達があの化け物に魅入られ、命を落としています。」

 

恐らく、ライドウが番として選んできたパートナー達の事を言っているのだろう。

裏社会で、17代目・葛葉ライドウは番を使い捨てにする、という噂が流れる程、パートナーを頻繁に変えている。

これは、召喚術師では珍しい事であり、又、その殆どが非業の死を遂げているのだ。

 

「貴様・・・私の友をこれ以上侮辱するなら・・・・。」

「某大国に殺されたご両親の無念、そして妹君への不幸を報いるというその言葉は嘘だったのですかな? 」

「・・・・・っ。」

 

側へと近づいた修道士が、クレドの耳元で低く囁く。

 

クレドとキリエの兄妹は、幼い時、首都から大分離れたシベリア海沿いの小さな港町で育った。

父は漁師をしており、母は港で働く傍ら、趣味のピアノを幼いキリエの為に引いて聞かせていた。

慎ましくも暖かく幸せな家族。

しかし、その幸せは唐突に壊された。

某大国が、極秘裏に運んでいた輸送船によって・・・。

 

 

「クレド殿、大義を果たすには少々の犠牲はつきものです。 貴方の御友人も話せばきっと理解して頂けますよ? 」

 

冷酷な微笑を口元に張り付かせたオイレが、クレドの耳元で尚も囁く。

唇を噛み締め、苦渋の表情へと変わるクレド。

そんな二人の様子を、魔剣教団の長、サンクトゥスが楽し気に眺めていた。

 

 

 

 

フィルムの丘。

此処は、豊富な鉱物資源が採掘出来る場所であり、石油鉱(オイルシェル)の他に、ボーキサイトとウラン鉱等が採れる。

フォルトゥナ公国にとっては、重要な産出資源の一つであった。

その場所に対峙する二人と一匹。

一人は、白い長外套(ロングコート)と同色の鎧を纏い、白髪を逆立てた強面の男。

もう一人は、真紅の呪術帯で鼻頭まで覆い、左眼に黒い眼帯をしている。

そして最後の一匹は、漆黒の神父服を着た青年で、うつ伏せになって倒れていた。

 

 

「久しいな・・・・人修羅。貴様に受けた屈辱と怒り・・・・魔界に堕ち延びても忘れはしなかったぞ。」

 

両手にミスリルと呼ばれる魔界でしか採掘する事が出来ない、特殊な鉱物で造られた二本の大剣を握っている。

 

この男の名は、バアル。

黒エルフの氏族が一つ”スヴァルトアーブル族”最後の生き残りである。

元々は、『精霊の谷』と呼ばれる渓谷で、牧歌的な生活を送る黒エルフ族であったが、四大魔王(カウントフォー)の一人”反逆皇・ユリゼン”と密約を交わしてから、彼等の悲劇は始まった。

 

 

「約14年ぐらいか・・・・? 俺は、お前の事なんて忘れたかったけどな。」

 

油圧ショベルの陰に隠れたライドウが、軽口を叩く。

腰のナイフホルダーから引き抜いたクナイを両手に持ち、相手の出方を伺う。

因みに、番である雷の悪魔・アラストルは、主人の掌底がモロに決まり、今も地面の上でうつ伏せになって気絶していた。

 

 

「我が弟・・・モデウスの無念、そして一族の恨み・・・晴らさせて貰うぞ。」

 

巨大な双剣を構えたバアルが、無造作に剣を一振りする。

そこから発生する衝撃波(ソニックブーム)。

危険を察知した悪魔使いが、油圧ショベルから離れる。

刹那、重機が真っ二つに裂け、爆発。

魔力を使い、膂力を倍加したライドウが、大きく跳躍してホイールローダーの陰に隠れる。

 

 

(ちっ、不完全とはいえ、流石”クリフォトの実”だぜ。)

 

あっさりと小山程もある重機を破壊したバアルの斬撃に、悪魔使いは内心舌打ちする。

この白騎士は、14年以上前に、魔力の結晶体である”クリフォトの果実”を口にしている。

”クリフォトの果実”は、人間の血を吸収し、成長した”クリフォトの魔界樹”が実らせる果実であり、これを身に捕り込むと、絶大な力を与えるのだ。

 

バアルとその弟、モデウスは、ユリゼンの配下と共に一族郎党を皆殺しにしたライドウに復讐する為、この魔界樹の苗床を”シュバルツバース”に持ち込んだ。

現地を調査していた隊員達の生き血を啜り、魔界樹は根をつけたが、果実が実り切らぬうちにライドウとその番であるヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーに見つかってしまう。

結局、彼の唯一の肉親である弟のモデウスが、自らの命を差し出す事で果実は不完全ながらも実り、兄、バアルがソレを吸収した。

 

 

「どうした? 人修羅・・・・恐れをなして隠れるだけか? 」

 

大剣を両手に握った白騎士が、ゆっくりとした足取りで、ライドウの隠れているホイールローダーへと近づく。

 

”クリフォトの果実”の力で、魔人化する力を手に入れたが、やはり不完全な果実では手に入れられる力にも限界がある。

あの時は、”アモンの鎧”を纏った番に、敵う事が出来ず、敗走を余儀なくされた。

しかし、今は違う。

魔界で力をつけ、地獄門を潜り、再びこの現世の地へと還って来たのだ。

今度こそ、憎き人修羅の首を手に入れてみせる。

 

と、その時、今のいままで無様に気絶していた神父姿の青年が怒号と共に起き上がった。

 

「チックショォオオオオ! 俺っちと人修羅様の恋路を邪魔する奴は、地獄の炎に焼かれちまえ!!」

 

怒りのオーラを纏ったアラストルが、爛々と光る凶悪な双眸で、白騎士を睨み付ける。

 

「あ、アラストル・・・・・。」

「ふん、人修羅の番か。」

 

呆れるライドウと、尋常ではない魔力の波動に身構える白騎士。

ミスリルの鉱物で鍛え上げられた大剣を構え、神父姿の青年に斬撃を放つ。

しかし、その衝撃波は、アラストルが造り出した防御壁によって、あっさりと相殺されてしまった。

 

「何!? 」

「うぉおおおおお!俺っちの怒りは爆発寸前なんだよぉおおお!!」

 

渾身の斬撃をいなされ、双眸を見開くバアル。

そんな白騎士を他所に、アラストルの躰が倍に膨れ上がった。

背中が盛り上がり、礼服を突き破って現れる刃の如き翼。

身体中を鋼鉄の鎧が覆い、頭の両側面から雄々しき角が突き出される。

大分、不純ではあるが、怒りを爆発させたアラストルが、本来の悪魔の姿へとメタモルフォーズしたのだ。

その姿を一言で表すのであるならば、鋼の魔神であった。

 

魔神と化したアラストルは、敵であるバアルを見つけると、雄叫びを上げて襲い掛かる。

 

「あの馬鹿!」

 

怒りで完全に我を見失っている番に舌打ちすると、ライドウは後衛役へと回った。

バアルが、己の魔力を刀身へと宿し、双剣を振るって衝撃波を二つ放つ。

腕を超音速で振るう事により発生する衝撃波(ソニックブーム)を、相手に叩き付ける剣士(ナイト)の基本技だ。

しかし、それよりも速くライドウが物理反射壁(テトラカーン)を高速展開させる。

二つの衝撃波は、鋼の魔神の前で弾き飛ばされ、逆に白騎士へと襲い掛かった。

それを舌打ちして横に跳んで躱す。

息を尽かせず襲い掛かる、アラストルの鋭い爪。

バアルが双剣をクロスさせて防御するが、威力までも殺す事は敵わなかった。

斬撃に後方へ吹き飛ばされ、背後にあるプレハブ小屋に激突する。

白騎士が突っ込んだ衝撃で崩れる建物。

そこへ、今度はアラストルが電撃上位魔法”マハ・ジオダイン”を放つ。

無数に降り注ぐ雷の雨。

プレハブ小屋が跡形もなく砕け散る。

 

「おいおい、やり過ぎだって・・・もー・・・。」

 

まるで巨大な隕石が落下したかの如く、地面に巨大なクレーターが穿たれる。

魔力強化補助魔法”マカカジャ”を唱え、番の電撃魔法の威力を底上げしたせいで、辺りは焼け野原と化していた。

ホイールローダの陰から出て来たライドウが、番の側へと近寄る。

アラストルは、未だに魔神形態を解いてはいなかった。

あれだけの電撃を浴びたにも拘わらず、バアルが未だに健在であると分かっているからだ。

案の定、クレーターを中心に地面が激しく鳴動。

硬い岩盤が罅割れ、そこからマグマが吹き上がり、業火が天を貫く。

主を抱えた鋼鉄の魔神が、鋼の翼を広げ、遥か上空へと逃れる。

眼下では、噴き上がるマグマを背に、巨大なシルエットが浮かび上がった。

頭に生えた二本の角に、鋭い牙がずらりと並んだ獅子の顔。

筋骨隆々の上半身と牡牛の様な四つ足。

炎を纏うその姿は、さながら獄炎の魔獣そのものであった。

 

 

「成程、14年前とは比べ物にならない程、魔力を蓄えたな。」

 

躰から噴き出す魔力の波動を感じ、ライドウが感心した様に呟く。

弟の命を糧としたバアルは、それを無駄にせず、ライドウへの復讐心だけを胸に、今日まで牙を研いでいたのである。

 

「行くぞ!アラストル!! 」

「了解ッス!! 」

 

第二ラウンドのゴングは打ち鳴らされた。

ライドウは、アラストルの腕から離れると、炎を纏う巨人へと身を投げ出す。

 

「アラストル!ブレードフォーム! 」

「イエス!マスター!! 」

 

ライドウの命令に従い、魔神形態から雷を纏う大剣へと姿を変える。

主の手に収まる雷神剣。

眩い光が悪魔使いを包み、白銀の鎧を纏った魔狼へと変貌した。

 

 

 

 

物資保管棟で、愛刀『レッドローズ』を回収したネロは、ライドウの仲魔である妖精のマベルと共に、居住区を抜け、第一採掘場へと来ていた。

 

唐突に、第一採掘場全体が大きく揺れる。

パラパラと天井から落ちてくる石の破片と漆喰。

バランスを崩したネロが階段の手摺に捕まる。

 

「い・・・・一体、何が起こっているんだぁ? 」

 

断続的に起こる地鳴りと揺れに、ネロが訝し気な表情になる。

 

「この先でライドウが戦ってる・・・・相手は、魔王クラスの奴よ。」

 

そんな少年の問い掛けに、肩に座る小さな妖精が応えた。

彼女の優れた探知能力が、この先で二つの巨大な魔力の持ち主が戦っている事を教えている。

一つは、魔王クラスに匹敵する程、巨大な魔力の持ち主。

そしてもう一つは、彼女が一番良く知っている主人のモノであった。

 

「あっ!ちょっとぉ!! 」

 

妖精から「ライドウ」という名前を聞いた途端、ネロの顔色が変わった。

この先にあるフィルムの丘を目指し、粗末な石造りの階段を一気に駆け上がる。

 

脳裏には、劇場前広場で外道・スケアクロウを火炎系最上級魔法”トリスアギオン”で全滅させる悪魔使いの姿が蘇った。

育ての親、魔剣教団騎士団長のクレドの古くからの友人。

絶大な魔法力と実力を兼ね備えた悪魔召喚術師。

人形の様に美しく、自分より華奢で、想い人、キリエの初恋の相手。

 

ネロが長い階段を昇り終えると、採石場は火炎地獄と化していた。

激しい轟音と共に、巨大な悪魔が地面に叩き付けられている。

その少し離れた位置にいるのは、白銀の鎧を纏った魔狼。

背面に深紅の背旗を背負い、雷電の蛇を刀身に纏わりつかせた大剣”アラストル”を両手に握って構えている。

 

 

「あ、あれが葛葉ライドウ? 」

 

 

小さな妖精、マベルの言葉を信じるならば、豪奢な装飾品が施された白銀の鎧を纏う騎士の正体は、17代目・葛葉ライドウという事になる。

 

「そうよ、”魔鎧(まがい)化”ていうの。 魔具(デビルアーツ)や神器(デウスオブマキナ)の膨大な魔力を借りて、鎧とするの。術者の体質によって鎧の形状は大分変るらしいわ。」

 

戸惑うネロに、マベルが詳しく説明してやる。

 

魔鎧(まがい)化は、到達者(マイスター)級の者でしか習得出来ない、最も難しい術である。

膨大な魔力の放流を巧みに操り、自分のイメージした鎧へと変換させるのだ。

前の番”クランの猛犬”こと、クー・フーリンもこの技を習得しており、『エリンの四至宝』の一つ、真紅の魔槍(まそう)”ゲイ・ボルグ”を使って、魔鎧化していた。

 

 

ネロとマベルが見守る中、元黒エルフの生き残りと白銀の鎧を纏う悪魔使いの死闘が、いよいよ佳境へと入った。

無様に倒れ伏した獄炎の魔獣が、起き上がると、怒りの咆哮を轟かせ、白銀の騎士へと襲い掛かる。

振り下ろされる巨大な剣。

それをあっさりと躱し、白銀の騎士は、大剣の刀身を足場に更に上空へと舞い上がる。

雷の大剣から放たれる真空斬り(ソニックブレード)。

炎の大剣を握る右腕と、左前脚が斬り落とされる。

苦痛の声を上げた魔獣が、バランスを大きく崩し、前へと倒れた。

時間にして、ほんの数分。

それで全ての戦いに決着がついた。

 

 

「もう止めておけ、バアル。 大人しく魔界に還ると言うならば、見逃してやっても構わんぞ。」

 

白銀の騎士、ライドウが、右手に持つ雷神剣”アラストル”の切っ先をバアルへと向ける。

 

 

「だ、黙れ! この俺に二度の敗走など有り得ない!! 」

 

脳裏に、自らの命を犠牲とし、実兄である自分を生かす為に、”クリフォトの魔界樹”に生贄となった亡き弟、モデウスの姿が思い浮かぶ。

弟の無念を晴らす為にも、此処で無様に引き下がる訳にはいかない。

残された魔力の炎を燃え上がらせ、怒りの雄叫びを上げる。

砕け散る肉体。

火炎の龍と化したバアルが、眼前に立つ、憎き悪魔使いを喰らわんと凶悪な顎を開け、襲い掛かる。

しかし、その牙が届く事は無かった。

電雷の蛇が纏う、雷神剣の刀身が、襲い来るバアルの頭部を真っ二つに切り裂いたのだ。

断末魔の如く、橙色の火花を散らせ爆散する元黒エルフ。

復讐者の最後は、実に儚くそして虚しく消えてしまったのであった。

 

 

「・・・・。」

 

声も無く、この壮絶極まる戦いを呆然と眺める銀髪の少年。

今迄の経験の中で、これ程の戦いを見た事など、生まれて初めてであった。

又、魔王クラスの大悪魔と戦った経験など当然無い。

流石と言うべきか、日本の超国家機関『クズノハ』最強の術者は、糸も容易く魔王クラスの上位悪魔を倒してしまった。

 

「らいどぉおおおおおお!!」

 

魔鎧化を解き、元の姿へと戻った主人の元へ、小さな妖精がすっ飛んでいく。

突然、顔面に張り付かれ、悪魔使いがくぐもった悲鳴を上げた。

 

 

「恰好良いよぉ!めっちゃ素敵だよぉ!惚れ直したよぉ!」

 

ぐりぐりと全身で愛情表現を現す小さな妖精を、悪魔使いが何とか引っぺがす。

 

「ま、マベル? 何でお前が此処に・・・・・? 」

 

そう言い掛けたライドウは、少し離れた位置に銀髪の少年が立っている事に気が付いた。

魔剣教団の若き騎士、ネロだ。

唇を噛み締め、じっと此方を睨み付けている。

 

 

「なーんか、生意気そうな餓鬼。 」

 

大剣から蝙蝠の姿へと変わったアラストルが、大歌劇場で述べたマベルの感想と全く同じ事を言った。

確かに、年上の相手に対しても傲岸不遜な態度を崩さないネロは、途轍もなく生意気に見えるだろう。

 

 

 

マベルから一通りの事情を聴いたライドウは、唯一無事だったプレハブ小屋の中で一息つく事にした。

二人共、簡素な折り畳み椅子に向かい合う様に座り、ライドウが、悪魔化したネロの左腕を手に取って調べる。

一方のネロは、特に嫌がる素振りを見せず、黙って悪魔使いに従っていた。

 

「ふむ、確かにこれは厄介だな・・・・・。」

 

一通り調べ終えたライドウが、”デビルブリンガー”から手を離す。

そんな二人の様子を小さな妖精と黒い毛並みの蝙蝠が、主の頭と肩にそれぞれ座って見つめていた。

 

「アムトゥジキアスと完全に融合している・・・・今は”ヨトゥン”の血で抑制されているが、何時暴れ出すとも限らない状態だ。」

 

ネロは、実父・ヨハンの血を色濃く受け継いでいる。

勿論、その身体には、父親同様、巨神の血も流れているのだ。

霜の巨神”ヨトゥン”の力で、精神まで乗っ取られる憂き目には会ってないが、何時までもアムトゥジキアスの力を抑え込めるかは分からない。

早急に的確な措置が必要だ。

 

「・・・・何とか”ソロモンの悪魔”をコントロールする術とかないかな? アンタ、悪魔召喚術師なんだろ? 」

 

無理を承知で何とか頼み込んでみる。

案の定、顎の辺りまで呪術帯を降ろした悪魔使いは、大分呆れた様子で此方を眺めた。

 

「見た所、君は剣士(ナイト)職専門みたいだが、魔導師(マーギア)職の資格とか取得しているのか? 」

「・・・・座学は苦手で、訓練校時代の時は授業をサボってた。」

 

机に向かって魔導の分厚い学術書を読むなど、ぶっちゃけ自分には向いてない。

専(もっぱ)ら実技訓練が多い剣士(ナイト)職に、自然と傾倒してしまった。

クレドからは、魔導師(マーギア)の知識も身に付けろと、耳にタコが出来る程、小言を言われたが、性に合わないモノは仕方が無い。

 

「はぁ・・・・俺も若い頃は、君みたいに専門知識を学ぶのが苦手で、逃げ回っていたけどな・・・・流石に、実戦経験が長いとそうも言っていられない。」

 

不貞腐れて俯くネロに、苦笑いを浮かべると、ライドウはウェストポーチから俵(たわら)に巻いた呪術帯を取り出す。

ライドウが戦闘の際に、左眼と口元を覆っているモノと同じだ。

再び、ネロの”デビルブリンガー”を手に取ると、ソレを丁寧に巻いていく。

 

「悪魔召喚術師は、他の職種同様、持って生まれた資質が重要になる。 ”稀人(まれびと)”という言葉を聞いた事があるか? 」

「・・・・精神感応力が異常に高い奴等・・・ぐらいしか知らない。」

 

少し逡巡した後、ネロは素直に応えた。

 

「そうだ、一種のテレパシストみたいなモノだな。 彼等は無意識に他者の心に入り込み、その人生を追体験したり、思考を読んだり出来る・・・勿論、その能力は、悪魔にも有効だ。」

 

”稀人”の力を持つ者は、訓練次第で、悪魔をマインドコントロールし、意のままに操る事が出来るのだ。

その為、SSクラスの悪魔召喚術師の殆どが、”稀人”の力を有している者達で締められている。

 

「もしかして、その力がなきゃ、”ソロモンの悪魔”を操る事が出来ないのか?」

「理想を言えばそうなる・・・・が、現実問題、それは無理だ。」

 

ライドウにあっさりと斬って捨てられ、ネロの顔が不機嫌になった。

 

要は、”稀人”の特殊な力を持つ者以外は、”ソロモンの悪魔”を使役する事は、不可能に近い、と言いたいのだ。

残念な事に、ネロは”稀人”の力を持たず、唯一自慢できるのは、常人よりも遥かに優れた身体能力とタフさだけだった。

 

 

「アンタも、”稀人”なのかよ? 」

「そうだ・・・・と言いたいが違う。」

「・・・・・? 」

「俺の場合は、パートナーに恵まれてた。 ”彼女”の力があったから、この歳まで生きながらえる事が出来たのさ。」

 

呪術帯で”デビルブリンガー”を綺麗に巻き終えると、ライドウはしっかりと結ぶ。

すると、若干ではあるが腕が少し重くなった様に感じた。

 

「この呪術帯は、特殊な繊維と高位悪魔の体毛が編み込まれている。アムトゥジキアスの浸食を喰い止めてくれる筈だ。」

 

巻き終えた”デビルブリンガー”から手を離す。

悔しそうに唇を噛んだネロは、隙間なく呪術帯で巻かれた左腕を眺めた。

 

「やっぱり、俺じゃアムトゥジキアスを使役するのは無理なのかよ・・・。」

「無理とは言っていない・・・・ただ、訓練する時間が無いんだ。 不安な気持ちは分かるが、今は、一旦市街地に戻って、キリエや一般市民達が隠れているシェルターに行け、そこで事態が収拾するまで待っているんだ。」

 

それが至極妥当な選択である。

何時、”ソロモン12柱”の魔神に乗っ取られるか分からない以上、ライドウの指示に大人しく従うより術がない。

しかし、ネロは頷く事をしなかった。

逆に挑みかかる様な挑発的な視線で、目の前の悪魔使いを睨み付ける。

 

「嫌だ・・・・俺は、アンタと一緒に行く。」

「アンタねぇ・・・・。」

 

何処までもへそ曲がりな餓鬼に、悪魔使いの肩に座っていた妖精が、怒りの声を上げた。

 

「ライドウは、アンタの事を心配してるのよ? それに、アンタみたいな時限爆弾を抱えて一緒に行動する訳が無いでしょ? 」

 

妖精の言う通り、”ソロモン12柱”の魔神に憑依されたネロと一緒にいるのは非常に危険だ。

今は、マベルの精神感応力とライドウが施した呪術帯の力で、アムトゥジキアスの力は幾分弱まったが、枷を外して暴れ出すという可能性も無くはない。

 

「アンタが嫌でも、俺は絶対に付いていくぜ。」

 

ネロの挑みかかる様な強い視線。

ライドウは、思わず天を仰ぐ様に、盛大な溜息を吐いた。

 




また設定が滅茶苦茶。
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