偽典・女神転生~フォルトゥナ編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

スカー・・・・”ベルセルク”と呼ばれる妖鬼族の一人。
最強の戦士であり、ライドウ達とも面識がある。アメリカ国防省の指令で、ディヴァイド共和国、特殊部隊のアドバイザー兼先遣隊の指揮官を任された。
因みにCSI捜査官であるガンナー・ヤンセンもスカーと同じ”ベルセルク”族であり、人間のアバター体に『転生』している。



第8話 『 ミティスの森 』 ★

熱いシャワーを浴び、バスタオルを頭に被って浴室から出る。

雑に濡れた躰を吹きながら寝室の前に立つと、ドア越しから小さな呻き声が聞こえた。

眉根を寄せ、ドアを開ける。

すると、粗末なベッドの上に小柄な体躯をした少年が横たわっているのが見えた。

何か悪夢でも見ているのだろうか。

額には細かい汗を浮かべ、人形の様に整った容姿を苦痛で歪ませている。

 

「駄目だ・・・・そっちに行ったら・・・・行くな・・・・・ヨハン・・・・。」

 

そこで唐突に、少年は目を醒ました。

右眼を見開き、粗い呼吸を繰り返している。

人の気配を感じ、隻眼を寝室のドアの前に立つ銀髪の青年へと向けた。

 

「よぉ、悪い夢でも見たか? 」

 

傷だらけの上半身を起こし、此方を見ている少年の脇に腰を下ろす。

左肩の付け根から欠損した腕。

右脇腹には、何かに抉られた様な傷が三か所、痛々しく残っている。

 

「悪夢を見るのは何時もの事さ・・・・。」

 

傷一つすら無い見事に鍛え上げられた青年の肉体を一瞥した少年は、視線を窓ガラスへと向ける。

この男に寝言を聞かれてしまったのだろうか?

自分の晒した醜態に情けなくなり、隻眼の少年は硬く目を閉じる。

その整った顎に、青年の太い指先が触れた。

 

「ヨハンってのは、アンタの相棒だった奴の名前か? ソイツの事を想い出していたのか? 」

 

青年・・・・ダンテが、無理矢理悪魔使いの顔を此方に向ける。

こんな質問をしても、彼が何も応えない事は分かっている。

人の事は、アレコレ詮索する癖に、自分の事になると急に口を閉ざす。

決して自分の領域(テリトリー)には、入らせない。

それが、17代目・葛葉ライドウという男であった。

 

「お前には関係ない。 」

 

予想通りの言葉。

鋭い隻眼に睨まれ、ダンテが鼻白(はなじら)む。

 

先程まで、互いの躰を繋げ、身も心も一つになれたと思っていたのだが、この牙城はどんな手を使っても決して崩せない。

躰を自由にさせても、その心までは支配させないという事か。

 

「気に喰わねぇな・・・・アンタのそういうトコ。」

「・・・・・っ! 」

 

顎を掴み、苛立ちのまま、乱暴に唇を塞ぐ。

強引に歯列を割り、縮こまる相手の舌を無理矢理引き出す。

腕の中で暴れる華奢な躰。

 

愛おしい・・・・・。

こんなにも愛おしいのに、同じぐらいの憎悪が腹腔の下からマグマの如く煮えたぎる。

 

激情のまま、悪魔使いの細い躰をベッドに押し倒す。

見事に鍛え上げられ、無駄な筋肉など一つも無い肉体。

しかし、2メートル近い自分の体躯と比べると、余りにも貧弱に映る。

 

「応えたくないならそれでも良いさ・・・・他人の事をアレコレ考えるのは俺の柄じゃねぇ。」

 

組み敷く相手を見下ろす。

悔し気に背ける顔。

彼が本気で抵抗すれば、自分等簡単に跳ね退けられる事等百も承知だ。

しかし、彼はそれをしない。

只、黙って相手の好きにさせているだけだ。

 

そんなライドウの様子にダンテは、忌々し気に舌打ちすると、その白い喉に鋭い犬歯を突き立てる。

苦痛と嫌悪感に、反り返る細い肢体。

先程、散々悪魔使いの躰で欲望を吐き出したというのに、下半身の性器は雄々しく立ち上がっていた。

 

 

 

 

地下実験棟、魔剣の間。

 

「イテテテテッ・・・・・・畜生。」

 

魔剣教団の若き騎士、ネロが痛む躰を何とか起こす。

 

「ネロ! 正気に戻ったのね? 」

 

そんな銀髪の少年の顔を覗き込む小さな妖精、マベル。

愛らしい顔が、不安気に歪んでいる。

 

「・・・・・・っ!そうだ! ライドウは? 」

 

その時になって初めて、自分を命懸けで助けてくれた恩人の事を想い出す。

慌てて周囲を見回すと、漆黒のキャソックに身を包む神父姿の浅黒い肌をした青年に抱き起される悪魔使いの姿が映った。

 

自分の事を心配している小さな妖精を他所に、少年は起き上がるとライドウの傍へと近づこうとする。

 

「人修羅様に触るな!! 」

 

気を失っている悪魔使いの傍らに跪き、その腕に触れようとした少年に向かって、浅黒い肌をした神父・・・・アラストルが怒りの声を上げた。

 

「お前のせいだ! お前が不用意に”ソロモン12柱”の魔神の封印を解いたせいで、俺っちの大事な”人修羅”様が!!」

「アラストル!駄目!! 」

 

今にも喰って掛かりそうな神父姿の青年を、小さな妖精、マベルが押し留めた。

青年の腕の中にいる悪魔使いは、硬く隻眼を閉じ、苦し気に呼吸を繰り返している。

血の気が完全に引いた紙の様に白い顔。

誰の目から見ても、悪魔使いが重傷である事が理解出来た。

 

「何で・・・・こんな・・・・俺のせいで・・・・? 」

 

顔面蒼白になるネロ。

その時になって初めて、自分が”ソロモン12柱”の一人である堕天使・アムトゥジキアスに支配され、ライドウと対峙した事。

そして、自分を救う為に、悪魔使いが自らを犠牲にした事を想い出した。

 

自責の念で揺れる視界が、悪魔の右腕”デビルブリンガー”へと降ろされる。

悪魔使いが巻いた真紅の呪術帯は、全て取り払われ、蒼白く光る鋭い爪を持った禍々しい腕が露わになっていた。

 

俺のせいだ・・・・・。

『力が欲しい。』何て願わなければ・・・・・。

あの時、堕天使・アムトゥジキアスの甘言に乗せられなければ・・・・・。

 

切れる程、唇を噛み締めたネロが、苛立ちのまま立ち上がる。

自分の未熟さが故に、悪魔使いを傷つけてしまった。

否、ライドウへの対抗心が原因で、この事態を引き起こしてしまったのだ。

全ての咎(とが)は自分にある。

ならば、自分自身で後始末をするしかない。

 

自分達がいる実験施設の上、モニター室を見上げる。

しかし、そこに魔剣教団の技術顧問と名乗るアグナスの姿は影も形も無かった。

どうやら、騒ぎに紛れて何処かへ雲隠れしたらしい。

ネロは、舌打ちすると、常人離れした膂力を使って壁を蹴り、割れた防弾ガラスからモニター室へと入った。

 

「ネロ!! 」

 

視界から消えていく教団の若き騎士。

どうしたものかと考えあぐねる妖精の耳に、気を失っている筈の主の声が聞こえた。

 

「ま・・・マベル、 ネロを追い掛けるんだ。 」

「ライドウ・・・・。」

 

神父姿の青年の腕の中に居る主を振り返る。

吐血し、襟元を汚す主人。

堕天使・アムトゥジキアスが体内に流した瘴気に抗う為に、主は自らの生命エネルギーを使う事で精神汚染を防いでいたのだ。

早く適切な措置をしないと、命が危うい。

 

「俺の事は気にするな・・・・それよりも、ネロを・・・あの子を頼む。」

 

自らの命よりも、魔剣教団の若い騎士を心配する主。

不承不承、小さな妖精が頷く。

後ろ髪を惹かれる思いで、ネロを追い掛ける小さな妖精を、ライドウは粗い息を吐きながら見送った。

 

「良いんすか? 人修羅様を治療出来るのはあの妖精だけですよ? 」

 

生憎、自分には回復系魔法の類は一切習得してはいない。

仲魔の中で、優秀な回復役はあの妖精、唯一人だ。

そんな、浅黒い肌をした神父に、ライドウは自嘲的な笑みを口元に浮かべる。

そして、血で汚れる口元の呪術帯を引き下げ。

 

「悪い・・・・お前の血を少しだけくれないか? アラストル。」

 

と言った。

 

 

 

魔剣の間を抜け、フォリスの滝がある外へと出たネロ。

螺旋階段を駆け上がろうとした少年の背に、聞き覚えのある声が掛けられた。

脚を止め振り向くと、ゼイゼイと息を切らせている小さな妖精がいる。

ライドウの仲魔であるハイピクシーのマベルだ。

 

「もー、やっと追いついたわよ。 」

 

マベルは、銀髪の少年の傍らへと近づくと大袈裟な溜息を吐く。

 

「何しに来たんだ? 俺の事より主人の方が大事だろ? 」

 

まさか追い掛けて来るとは思わなかった。

本来、マベルはライドウの使い魔である。

いくら主人の命令とは言え、瀕死の重傷である主を蔑(ないがし)ろにして自分を追い掛ける理由が無い。

 

「ライドウにアンタの事を頼まれたのよ。 まだ、アムトゥジキアスは完全に消えた訳じゃないからね。」

 

マベルが言う通り、”ソロモン12柱の魔神”は完全に消失した訳ではない。

それは、ネロの右腕を見れば明らかであった。

魔具『閻魔刀』の力で、一時的に封じているだけであり、アムトゥジキアスが少年の中で力を蓄えれば、また同じ事態になる危険性は十二分にある。

 

「ちっ、何処までお節介なんだよ?お前の御主人様は・・・。」

 

呆れた様子で、肩を竦める。

 

アラストルの言う通り、自分は未熟で世間知らずな上に、無謀な行動を取っては周りに迷惑を掛ける存在だ。

今回の件だって、ライドウを慕うキリエの態度が気に入らなくて、彼女に見合う男になる為に力を欲しただけであった。

本当にどうしようもない・・・・自分自身ですら呆れる所業である。

 

「それだけ、アンタの事が心配なのよ・・・・ヨハンに対する償(つぐな)いのつもりでしょ?」

「償(つぐな)い・・・・・? 」

 

妖精の言葉に、ネロが訝し気に眉根を寄せる。

そんな銀髪の少年を見たマベルが、また余計な事を言ってしまったと、思わず口に手を当てた。

 

「・・・・・ライドウは、後悔してるのよ・・・アンタの父親を番にした事を・・・あの時、無理矢理にでもフォルトゥナに還していれば、王位継承権を捨てる事も、死ぬ事もなかった・・・て・・・・。」

「・・・・・・。」

「それだけ、アンタの父親は、ライドウの中で大きな存在なの。 彼がいなかったら、きっとライドウは”怪物”のままだった・・・。」

 

そんな主を”人間”に引き戻したのは、ネロの父親、ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーである。

裏表の無い、純粋な心根を持つ彼だからこそ、暗闇に堕ちたライドウの心を救う事が出来た。

 

「・・・・俺の親父って・・・・凄い奴だったのか・・・・・? 」

 

父親の事等、何も知らない。

周りの悪評ばかり聞かされて、自然とろくでもない奴だと決めつけていた。

母親の事だって、薄っすらとしか覚えていないのだ。

ネロにとって家族と呼べる存在は、キリエとクレドの兄妹だけである。

 

「ええ・・・・私は、ライドウを泣かせるばかりで嫌な奴としか思って無かったけど、彼を”ちゃんとした人間”にしてくれたのは、アイツだもんね・・・そこだけは感謝してるわよ。」

 

マベルの記憶に残るネロの父親は、ライドウに惚れ抜いて番になったは良いが、日本に来てもその破天荒な生活習慣だけは直らなかった。

任務が無い日は、一般女性を屋敷に連れ込んだり、朝帰りなど日常茶飯事。

何度、女性と性交渉している場面に出くわしたか知れない。

それでも、ライドウは何も咎めなかった。

仕方のない事と、諦めていたのだ。

 

「兎に角、恩人の息子であるアンタが心配で堪らないって事なの。自分の命よりもね。」

「・・・・・・俺は・・・・嫌いだった・・・・本当の家族を引き裂いた酷い奴だとずーぅと思ってた・・・・。」

「ネロ・・・・・。」

 

肩を震わせ、声も無く泣く少年。

どんなに気丈に振舞っても、中身は15歳になったばかりの子供だ。

 

力を欲するがあまり、”ソロモン12柱の魔神”の一人を解放してしまった。

その上、肉体に憑依され、心まで支配されてしまった。

そんな愚かな自分を、命懸けで救ってくれたのは、今迄、憎み続けて来た”人修羅”こと17代目・葛葉ライドウである。

父親の事があるとはいえ、自分は取り返しのつかない過ちを犯してしまった。

 

 

「過ぎた事をアレコレ考えても仕方が無いわ・・・それより、これからどうするかよ。」

 

鼻水を啜る少年に、マベルはどうしたものかと腰に手を当てる。

 

ネロに憑依している堕天使・アムトゥジキアスは、魂と同化している為、そう簡単に切り離す事が出来ない。

そうなると、悪魔召喚術師としての適切な訓練を受けさせてやるべきなのだが、今はその時間すらも無い。

 

「”魔剣教団の本部”に行く・・・・そこで、クレドに本当の事を話す。」

「ネロ・・・・。」

「自分でやった事のケリは自分で付けたい・・・・これ以上、”ライドウさん”に迷惑を掛けたくない。」

 

取得した剣士(ナイト)の役職を全て剥奪される可能性はある。

下手をすれば隔離施設に幽閉される事になるかもしれない。

でも、それでも良いとネロは思う。

それだけの大罪を自分は犯してしまったのだから・・・・。

 

 

フォルトゥナ城、地下研究棟、魔剣の間。

モニター室にあるPCの前で、真紅の呪術帯で左眼を覆った悪魔使いが、キーボードを操作していた。

その肩には、蝙蝠の姿になったアラストルが、ぐったりとした様子で乗っている。

アムトゥジキアスから受けた精神ダメージを回復する為、予想以上の血を吸われたからだ。

黒々とした毛並みは、すっかりと真っ白に変わり、潰れた顔には皺が幾つも刻まれている。

 

「大丈夫か?アラストル。」

 

大量の血を失い、最早生ける屍となった番に、一応声を掛けておく。

 

「だ・・・・大丈夫ッス・・・愛する人修羅様の為なら、血の一リットルや二リットルぐらい、朝飯前ッスよ。」

 

首筋の頸動脈を噛む主の姿を想い出し、グフフっと厭らしい笑みを口元に浮かべる。

そんな代理番に呆れた様子で溜息を零すと、ライドウはピアノの鍵盤の様にキーボードを何桁か叩く。

すると、セキュリティのロックが外れたのか、液晶画面に何かの文字と数字が表示された。

 

「これ・・・・一体何なんスかぁ? 」

 

画面に映る文字を興味津々で、アラストルが覗き込む。

 

「どうやら、”ゼブラ”の顧客データらしいな・・・生成過程と薬を流している場所、それから取引金額の詳細まで書かれてる。」

 

ライドウは、マウスを動かしながら下へと画面をスクロールする。

しかし、この施設の端末に記録されているのはそれだけで、肝心の”悪魔の研究データ”と奪われた”魔具”の詳細、それから資金提供者の名前は入っていなかった。

 

「あのアグナスって奴が、俺の事を舐めていてくれて助かったな・・・コレだけでも凄い収穫だ。」

 

早速、画面に表示されている顧客データをUSBにコピーする。

 

技術顧問であるアグナスが、この地下研究棟にいた理由は、侵入者である自分とネロの始末意外に他にある。

それは、研究棟に記録しているデータを処分する為だ。

しかし、これだけ機材が揃っている研究施設を捨てるのが惜しくなったのか、重要な情報を他に移しただけで、顧客データは厳重なセキュリティ・システムに任せて、また再利用する為に、残していたのだ。

 

データを全てUSBに落とすと、コネクタから取り外し、腰のポーチへと仕舞う。

本当なら奪われた魔具の正確な位置と、資金提供している連中の正体を突き止めたかった。

 

 

「あのチビ妖精に餓鬼を任せて大丈夫なんスかぁ? 」

 

地下研究棟からフォルトゥナ城へと戻り、フォリスの滝へと続く通路を走るライドウにそれまで無言で主を眺めていたアラストルが、我慢できずに不満を零した。

 

悪魔特有のタフさのお陰か、大分血色が戻り、真っ白だった毛並みも黒くなっている。

 

「大丈夫、彼女に任せていれば安全だ。 」

 

妖精に対し、全般の信頼を寄せているのか、不安そうなアラストルと違い、ライドウは平然としている。

 

「でもぉ・・・・あのチビ妖精は、下級悪魔のピクシー族ですよぉ・・・いくらその上位種だって、出来る事なんか限られているじゃないっスかぁ。」

 

魔導師(マーギア)の役職を全て習得した”到達者(マイスター)”であり、SS級の悪魔召喚術師であるライドウならば、ピクシー族が如何に非力な存在か当然、知っている筈だ。

にも拘わらず、この悪魔使いは、魔神族の中でも上位種である自分と同様の扱いをあの妖精にしている。

否、それ以上の信頼をあの小さく非力な妖精にしているのだ。

これは、伯爵の地位を持つアラストルには面白くない。

 

「見た目で全てを判断するな・・・・彼女は、俺よりも遥かに長い年月を生きている。当然、経験やセンスもアッチが上だ。」

「えーっ・・・それってどういう・・・・。」

 

意味、と言い掛けたアラストルの言葉を一発の弾丸が掻き消した。

凶悪な鋼の弾丸は、ライドウの頬を掠め、眼前にある太い木の幹に拳大の穴を穿つ。

歩みを止め、背後を振り返る悪魔使い。

するとそこには、真紅の長外套(ロングコート)を纏う、銀髪の大男が巨大な双子の銃”エボニー&アイボリー”を構えて立っていた。

 

 

 

フォルトゥナの首都”ヴァイス”商業区にある民間対応シェルター。

そこに、一般人や観光客に混じってキリエも居た。

紅茶色の長い髪を頭の上で一つに結い上げた美女は、胸元のペンダントをぎゅっと握っている。

これは、魔剣祭が始まる少し前に、兄の親友である悪魔使いから晴れ舞台という事で貰った”幸運の御守り”であった。

握っていた右掌を開き、蒼い宝石・・・・ラピスラズリをじっと眺める。

 

この石は、邪気を払い、持ち主に成功と幸運をもたらすとライドウは言っていた。

瞼を閉じると、気恥ずかし気に微笑む、悪魔使いの笑顔が脳裏に浮かぶ。

その時、軽い眩暈が彼女を襲った。

 

(もう・・・・・こんな時に・・・・。)

 

内心、舌打ちし、溜息を吐く。

彼女は、慢性骨髄性白血病を患っていた。

6歳の時に発病、以来、この歳まで化学療法を受けて治療を続けて来た。

慢性骨髄性白血病とは、白血球、赤血球、血小板を作る過程で造血幹細胞が癌化する病気で、毎年約10万人に一人の割合で発症する。

近年では、医療技術もかなり発達し、早期から適切な治療を行えば、長期の生存が可能となっていた。

キリエは、今も尚、この治療を続けており、2週に1回、透析治療を受けている。

 

「キリエ・・・・キリエ様はいらっしゃいますか? 」

 

目を閉じ、襲い来る激しい眩暈を何とかやり過ごそうとしているキリエの耳に、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

振り返ると、教団の騎士らしき男が数人、出入り口の前で立っている。

 

「私に何か御用ですか? 」

 

蟀谷を右手で抑え、座っていた場所から何とか立ち上がる。

彼女の姿を確認した騎士達は、床に座っている一般市民達を掻き分け、キリエの傍へとやって来た。

 

「騎士団長のクレド様が、是非、本部まで来て欲しいとの事です。」

「兄が・・・・? 」

 

騎士達の意外な言葉に、キリエは訝し気な表情になる。

もしかしたら、兄の身に何か良からぬ事が起きているのかもしれない。

途轍もない不安が、彼女の心を容赦なく圧し潰した。

 

 

 

フォルトゥナ城を抜け、ミティスの森へと入った矢先、ライドウは一番会いたくも無い人物に足止めをされた。

 

真紅の長外套(ロングコート)に見事な銀の髪。

身の丈は2メートルを優に超え、アングロサクソン人特有の彫りの深い整った顔立ちをしている。

アメリカ合衆国にあるレッドグレイブ市と呼ばれる地区で、荒事専門の便利屋をしている男だった。

 

「いよぉ・・・こんな所で出会うとは、奇遇だな? 」

 

両腕をクロスさせたお馴染みのポージングで、双子の巨銃を構える男。

口元に皮肉な笑みを浮かべた便利屋は、あっさりと構えを解くと、腰のガンホルスターに”エボニー&アイボリー”を収める。

 

「まだ居たのか? 俺はてっきり泣いてアメリカに還ったとばかり思っていたんだけどな? 」

 

そんな便利屋・・・・ダンテに対し、ライドウが軽口を叩く。

 

「この糞半魔が!此処で会ったのが100年目!ぶっ殺してやる!!」

 

蝙蝠から本来の悪魔の姿へと戻ったアラストルが、鋭い犬歯を剥き出しにしてダンテに突っかかろうとした。

それを、ライドウが慌てて止める。

 

「止せ!まだ本調子じゃないだろ!!」

「でも、人修羅様!!」

 

この男には、理不尽な扱いを受けた挙句、二束三文で質屋に売り飛ばされた恨みがある。

一発ぶちかまさないと、怒りが収まらないのだ。

 

「ハッ、どっかで見た顔だと思ったら、アラストルじゃねぇか。何で、爺さんと一緒にいるんだぁ? 」

 

ライドウに窘められる浅黒い肌をした神父を見て、ダンテが皮肉な笑みを口元へと浮かべた。

てっきり、どっかのモノ好きな金持ちに買い取られたと思っていたのだ。

まさか、遥か海を渡って、日本まで行っていたとまでは想像出来なかった。

 

「うっせぇ!お前のせいで俺っちは、後もう少しでバラバラに解体されるところだったんだぞ!」

 

金王屋で、エセ関西人に撫で回された嫌悪感が蘇り、怒りのボルテージが一気に上がる。

あの時、運良くライドウが通り掛からなかったら、バラバラにされて、発電機の部品の一つになっていたかもしれない。

 

「アラストル、落ち着け! コイツの相手をするんじゃない!」

 

そんな代理番に、ライドウは鋭い視線を向ける。

自分達は、一刻も早くこの森の奥にある魔具を回収しなければならないのだ。

何時までもこんな奴に時間を割いている余裕はない。

それは、アラストルも承知済みで、銀髪の便利屋に対する罵詈雑言を歯を喰いしばる事で、何とか押し留める。

一歩、後ろへと下がる番に、ライドウはやれやれと溜息を吐いた。

 

「ダンテ・・・・此処はもうすぐ戦場になる。巻き込まれたく無かったら大人しく本国に還るんだ。」

「戦場・・・・? そりゃぁ、一体どういう意味だ? 」

「そのまんまの意味だ・・・フォルトゥナは隣国に戦争を仕掛けようとしている。もしかしたら、もう既に国境付近で小競り合いが・・・・。」

 

 

そう言い掛けた時であった。

突然、ミティスの森から轟音と共に黒々とした黒煙が上がる。

上空を見上げると2機の戦闘ヘリAH-64 アパッチが飛んでいるのが見えた。

 

 

「・・・・・っ!拙い!!」

 

先程の轟音の正体は、AH-64 アパッチからの爆撃だった。

戦闘ヘリから無数の焼夷弾がばら撒かれ、次々と大爆発が起きる。

 

「何だよ?アレは? 」

「ディヴァイド共和国の戦闘ヘリだ。 恐らく、異界化した森(此処)の悪魔達が、国境を越えて共和国に侵入したんだ。 彼等は、ソレを突き止めて爆撃しに来た・・・・フォルトゥナ公国に対する警告も含めてな。」

 

ライドウの危惧していた予想が、現実となった。

ミティスの森を南に下るとディヴァイド共和国の国境がある。

森の異界化は、国境まで侵入し、当然、そこに徘徊する悪魔達も雪崩れ込んで来たのだ。

敵対国である彼等にとって、未知なる生物である悪魔は、フォルトゥナが造り出した生物兵器に見えたのであろう。

武力行使を行うのは当然だ。

 

「糞・・・・呑気に魔具を回収している場合じゃない。」

 

こんな状況になってしまった以上、最早、停戦など無意味だ。

今頃、ディヴァイド共和国は、国連に対悪魔部隊の出動を要請しているかもしれない。

下手をするとヴァチカンの特殊部隊、『ドミニオンズ』が出てくる可能性すらある。

もし、そうなってしまったら、7年前の『テメンニグル事件』とは比べ物にならない程の、死傷者が出るだろう。

 

ミティスの森を抜けた先、『魔剣教団本部』へ向かう為、番を促し進もうとした悪魔使いの眼前に、銀髪の魔狩人が立ち塞がった。

 

「退け!お前の相手をする気は無い!!」

「アンタに無くても、俺にはある。」

 

ライドウの剣幕など物ともせず、ダンテはシニカルな笑みを口元に貼り付けたまま、大袈裟に肩を竦めた。

 

どうせ、このお節介な悪魔使いは、教団本部に居る親友を説得しに行くつもりだ。

しかし、その説得が失敗に終わるのは、誰の目にも明らかだ。

他の誰かに奪われるぐらいなら、自分の手で堕としてやる。

 

「いい加減にしろ!”ニール・ゴールド・スタイン”の事を忘れたのか!? 」

「婆さん、みたいに大勢死ぬってか? 生憎、この国は俺の塒(ねぐら)じゃない。他国の人間がどうなろうが知った事か・・・。」

「ダンテ、貴様!」

「アンタだってそうだろ? 此処に来たのだってお友達に会いに来た訳じゃねぇよな? 防衛省のお偉い人に頼まれたんだろ?だったらソッチを優先しろよ。」

 

ダンテに本心を突かれ、ライドウは思わず言葉を失う。

この男は、自分の雇い主を知っている。

 

「何でお前がそれを知って・・・・・。」

「悪いな・・・・大佐に頼んでアンタの事を教えて貰ったんだ。アンタ等『クズノハ』は、防衛省の依頼で動いているんだろ? フォルトゥナは色々ときな臭い独裁国家だからな・・・・アンタが”魔剣祭”に参加した時点でピンと来たぜ。」

 

要は、鎌をかけて見たら、それが見事に当たっていたという訳だ。

ライドウは、己の迂闊さに唇を噛み締めた。

 

「お友達を説得したいなら諦めろ・・・・アンタだってもう分かってんだろ?あの男が人間じゃないって事ぐらい。」

「・・・・・。」

「行けば、今度はアンタが危険な目に会う。それを分かっていて、素直に通してやる程、俺はお人好しじゃないぞ。」

 

この男は、もう全て分かっている。

無駄と知りつつも、ライドウがクレドを説得しようとしている事を。

膨大な魔力と『帝王の瞳』を持つライドウを、教団が放っておく筈がない。

希少な研究素体として、捕獲するだろう。

 

「それでも、俺は行く・・・・頼むからそこを退いてくれ。」

「嫌だね、アンタの手足の一二本ぶち抜いてでも止めてやる。」

 

激しくぶつかり合う、アイスブルーの瞳と黒曜石の隻眼。

暫しの睨み合い。

しかし、先に視線を外したのは意外にもライドウの方であった。

溜息を一つ吐き、下に俯く。

 

「そうか・・・・・なら、やってみろ。」

 

顔を上げた刹那、ダンテの呼吸が一瞬だけ止まる。

今迄、感じた事も無い程の殺気。

例える事が叶わぬ怖気が、荒事師の背を走る。

それは、傍らに立つ代理番の悪魔も同じであった。

地獄の刑執行長官であり、伯爵の位を持つ魔神ですら、背筋を凍らせる程の闘気に息を詰まらせている。

 

 

 

ミティスの森、風の渓谷。

唐突に起こった爆音と地震に、銀髪の少年、ネロは驚いて周囲を見渡した。

上空を二機の戦闘ヘリが通り過ぎていく。

一目見ただけで、ソレが自国のヘリでは無い事が分かった。

 

「一体、何が起こっているんだ? 」

 

嫌な胸騒ぎがする。

先程、上空を横切ったのは、間違いなく隣国、ディヴァイド共和国の戦闘ヘリだ。

彼等は、異界化したこの森に焼夷弾をばら撒いている。

それは一体何故なのか・・・・答えは唯一つ。

隣国が、ネロの祖国であるフォルトゥナ公国に戦争を仕掛けているのだ。

 

「此処は、危ないわ!あの建物の中に入りましょ! 」

 

小さな妖精が、上着のフードを引っ張り、朽ち果てた教会を指差す。

その教会は、かつて敬虔な魔剣教団の信者達が使用していた建物であった。

しかし、本部を別の拠点に移した為、次第に訪れる信者の数も減っていき、今は完全に打ち捨てられ、廃墟と化している。

真っ青な顔をしたネロは、妖精に促されるまま、その建物へと入ろうとした。

 

「うわっ!!」

 

右側頭部へと走る衝撃。

建物に脚を踏み入れた直後、硬い何かで頭を殴られたのだ。

目の前に火花が散り、バランスを大きく崩したネロが、罅割れた石畳に倒れ込む。

 

「動くな!両手を頭に乗せて腹這いになるんだ!!」

 

撃鉄を上げる音と、防護マスクのくぐもった声。

霞む視界の中、アサルトライフルの銃口と黒いアーマーを着用した兵士達数名の姿が映る。

皆、赤外線レンズを内蔵したマスクを被っており、右肩のアーマーには、ディヴァイド共和国の紋章が刻まれていた。

 

彼等は、ディヴァイド共和国の特殊部隊であった。

半年ほど前から、国境付近を未確認生命体が出没する様になり、国境線を警備していた兵士達が次々に襲われ、多くの死傷者を出した。

事態を重く見た政府は、対悪魔の訓練を積んだ特殊部隊を極秘裏に派遣。

その結果、此処、ミティスの森の一部が異界化し、そこから多くの悪魔が実体化している事が分かった。

 

「銃を降ろせ、相手は子供だ。 」

 

何者かが、ネロを組み敷いている兵士を窘めた。

その人物は、顔と側頭部を覆う特殊なマスクを被っており、頭部側面から先細りの管が何本も生えていた。

一目で、人間ではない事が分かる。

 

「スカー!! 」

 

それまで、ネロが着ている上着のフードの中に隠れていた妖精が、急に外へと飛び出す。

そして、兵士に銃を降ろす様に指示した、大男へと何の躊躇いも無く近づいた。

 

「・・・・・? メイヴ? 何故、君が此処にいるんだ? 」

「それはコッチの台詞だよ! コイツ等一体何なの?それとCSI(超常現象管轄局)のアンタがどうしてこんな所にいるの? 」

 

どうやら、この二人は知り合いらしい。

ネロは、言葉も無く只、無言で二人のやり取りを聴いていた。

 

「私は、国防総省の依頼で此処に来ている。彼等、先遣隊の指揮官をして欲しいと招聘(しょうへい)されたのだ。」

 

彼等、CSI(超常現象管轄局)は、世界規模の対悪魔組織であり、各国で発生している悪魔が引き起こす大災害を防ぐ為に造られた悪魔専門の対策部隊である。

196か国の国連加盟国が資金を提供し、設立した組織で、迅速に対応出来る様に各国に支部が何か所か存在している。

悪魔絡みの事件又は災害が発生した場合は、制限なく活動できる権限を与えられており、今回、スカーは、アメリカ国防総省(ペンタゴン)の依頼で、ディヴァイド共和国の持つ対悪魔特殊部隊のオブザーバーとして招聘(しょうへい)されたのだ。

 

「し、知り合いなのかよ・・・・? 」

 

未だに痛む頭を抑え、ネロがヨロヨロと起き上がる。

軽い脳震盪を起こしているのか、躰が思う様に動かない。

殴られた時の衝撃で、額が斬れたのか、流れ出る血が視界を紅く染めた。

 

「うん、任務で何度か一緒になった事があるの。」

 

スカーから離れたマベルが、心配そうにネロの額に手を翳(かざ)す。

回復魔法の暖かい波動。

ぱっくりと切れた額が、みるみる治癒されていく。

 

「念の為に、パラライズワームをこの少年に仕掛けろ、本部まで連れて行く。」

「ちょっと!!? 」

 

スカーの指示で、ネロの背後に回った兵士の一人が無理矢理、両腕を背後に捩じり上げる。

見事に訓練された無駄のない動き。

余りに無体な仕打ちに、マベルが抗議の声を上げる。

 

「止めさせて!私達は、本当に何も知らないのよ! 」

 

マベルがスカーに向かって、必死に懇願する。

その背後では、暴れるネロをディヴァイド共和国の特殊部隊二人が抑え付けていた。

 

「その子は、感染者だ。何時、悪魔に支配されるか分からん奴を放置する事は出来ない。」

「違う!支配される事なんて絶対にない!」

「絶対にない? なら、その子の変異した右腕はどう説明するつもりだ? 」

 

スカーに痛い所を突かれ、マベルが思わず口籠る。

 

確かに、彼が言う通り、ネロは一時的ではあるが、”ソロモン12柱”の悪魔に精神支配をされてしまった。

辛くも、『閻魔刀』のお陰で、汚染から脱する事は出来たが、完全にアムトゥジキアスが消滅していない以上、又、同じ事態にならないという保証はない。

 

「安心しろ、本部に連れて行って、適切な措置を行うだけだ。 ディヴァイド共和国にはNCBI(アメリカ国立生物工学情報センター)に所属していた研究員が多数派遣されている。彼等に任せれば・・・・・。」

 

そう言い掛けるのと、教会の天井に設えてあるステンド硝子が砕け散るのはほぼ同時であった。

中から数十体に及ぶ悪魔が、朽ち果てた教会内へと入り込んで来る。

ミティスの森を徘徊している悪魔、妖樹・キメラシードだ。

その他にも老朽化した壁を突き破って、妖獣・アサルトの群が現れた。

 

「ちっ! 総員!戦闘態勢に入れ!」

 

スカーの指示で、隊員達がネロを中心に円を描く陣形を取る。

方円と呼ばれる、敵を迎え撃つ際に取る陣形であった。

 

彼等、ディヴァイドの特殊部隊には、ナノマシンが注入されており、兵士の五感を全て戦闘システムが管理。

連携を強化し、あらゆる事態に的確に対応出来る様にプログラミングされている。

それ故、彼等に無駄な動きは一切なく、また感情をナノマシンによってコントロールされている為、恐怖心等、戦闘に際しマイナス要因になる事は全て排除されていた。

 

「私が突破口を作る、お前達は、少年の身柄を護り・・・・。」

「ぐあっ!! 」

 

スカーの指示を兵士の悲鳴が遮る。

見ると、ネロを背後から拘束していた兵隊が、顔面を抑えて二歩三歩と後退していた。

悪魔が突然、現れ、隙を見せた兵士にネロが頭突きを喰らわせたのだ。

拘束が解けたネロは、悪魔の右腕『デビルブリンガー』を巧みに操り、2階テラスへと一気に跳ぶ。

 

「ネロ!!! 」

 

予想外なネロの行動に、小さな妖精・マベルが、慌ててその後を追い掛ける。

一方、頭突きを喰らわされた兵士も黙ってはいなかった。

傍に居た仲間と共に、去っていくネロの背に向かって、アサルトライフルの銃口を向ける。

 

「止めろ! 少年の事は構うな! それより、魚鱗に陣形を変更し、この場を脱出するぞ! 」

 

今、少年を追い掛ける事より、この事態を切り抜ける方が先決だ。

スカーは、折りたたんで腰に収納しているスピアを取り出す。

手首を一振りすると、スピアが身の丈程も伸び、鋭利な刃を露わにした。

 

 

銃声と怪物達の咆哮を背に、ネロは、必死に駆ける。

渓谷へと続く長い通路を走り、朽ち果てた教会から外に出ると、大きな広場へと辿り着いた。

太い樹の幹に手を突き、粗い呼吸を整える。

 

「ネロ・・・・やっと、追いついた。」

 

樹の根元で蹲る少年の背に、妖精の呆れた声が掛けられる。

此方も必死で、逃げた少年を追い掛けて来たらしい。

フラフラと疲労困憊の様子であった。

 

「一体・・・・何が・・・・どうなってんだよ・・・・? 」

 

粗い息の中、脳裏に浮かぶのは『戦争』という二文字だけ。

昨日までは、至極普通の日常だった。

任務中の無茶で、怪我を負い、義理の父親であるクレドに無理矢理、入院させられ、一週間振りに退院した。

退院後は、何時もの退屈でつまらない生活へと戻るのだと思っていた。

それなのに、何故・・・・・?

 

「ネロ・・・・お願いだから落ち着いて。 ライドウと合流しましょう。彼ならきっと何とかしてくれるわ。」

「・・・・・駄目だ・・・やっぱり本部に行く・・・と・・・クレドに本当の事を全部話して、真実を聞き出すんだ。」

 

ネロの中で一番信頼出来るのは、ライドウよりも義理の父、クレドだ。

彼がこの異常事態を知らない筈はない。

きっとネロが納得する答えを教えてくれるに違いなかった。

 

「ネロ・・・・・。」

 

しかし、そんな銀髪の少年に対し、小さな妖精は何処か哀し気な表情になる。

この少年は、父親の秘密を全く知らない。

否、妹のキリエですら、兄が”全く知らない別の生き物”へと変貌している事に気が付いてはいないだろう。

知っているのは、自分と主である17代目・葛葉ライドウ・・・・そして、代理番の魔神だけだ。

 

真実を告げるかどうか、考えあぐねているその時、森の木々を薙ぎ倒して何かが、ネロ達に襲い掛かって来た。

咄嗟に、小さい妖精を掴み、ネロが真横へと跳ぶ。

石畳を大きく抉り、巨大なソレ・・・・醜悪な姿をした龍は、遥か上空へと舞い上がった。

 

「しゃぁあ!! 許さぬ! 妾(わらわ)の大事な巣を荒らした挙句、大事な子供達までも焼き払いおって! 卑しい人間共が!! 」

 

龍の口が大きく四つに分かれ、中から、女性型の悪魔が姿を現す。

豊満な胸に、花弁の如き頭部。

鋭い牙を剥き出しにしているのは、ミティスの森を異界化した張本人、邪龍・エキドナであった。

 

 

 

激しくぶつかり合う、互いの刃。

橙色の火花が散り、発生する斬撃が、樹の枝を真っ二つにする。

 

「せあ!! 」

 

裂帛の気合の元、ダンテが鋭い突き・・・スティンガーを放つ。

ソレを華麗に身を捻る事で躱すライドウ。

鳩尾を狙い、鋭い蹴りを繰り出すが、それを読んだダンテが左腕でブロックする。

 

「ぐあぁあ!! 」

 

確実に防御した筈だが、魔力により倍加した筋力から発する衝撃を躱し切る事は敵わなかった。

吹き飛ばされ、数メートル後ずさるダンテ。

バランスを失い、地面に片膝を突く。

 

「もう止めとけ・・・お前に勝ち目はない。」

 

粗い息を吐き出すダンテに反し、ライドウは吐息一つすら乱している様子は無かった。

時間にして数分程度の攻防。

悪魔使いは余力十分だが、銀髪の魔狩人は息が上がり、体力も大分削られている。

 

「はぁはぁ・・・・へへっ、ベッドの中じゃ何時もアンタを泣かせていたのにな・・・。」

 

4年間、ケビンの元で修練を積んできたが、経験と戦闘のセンスは、ライドウの方が遥かに上だ。

減らず口を叩いてはいるが、内心では埋める事の敵わぬ実力差に、唇を噛み締めていた。

 

「泣かせてた・・・・? よく言うぜ。」

 

一方のライドウは、ダンテの憎まれ口が相当癪に障ったらしい。

銀色の双剣へと姿を変えた番をバトンの様に器用に一回転させると、皮肉な笑みを口元に張り付かせる。

 

「言っとくがな、俺は一度だってお前で感じた事は無いぞ。」

 

硝子玉の様な、無感情な視線を目の前にいる銀髪の大男へと向ける。

 

ダンテと肉体関係を結んでいたのは、あくまで体内に寄生している蟲の腹を満たす為だ。

悪魔の血を呑む行為を忌避していたのは、人間としての矜持が受け付けなかったから。

スプーン一杯分にも満たない理性ではあるが、最後まで捨てきる事は出来なかった。

悪魔の血を啜るよりも、好きでもない男に抱かれた方がマシだと思ったのだ。

 

「俺で感じなかったって・・・? 嘘は良くねぇな?爺さん。」

「嘘? お前に嘘を吐く理由があるのか? 俺は只、お前の持っている魔力が欲しかっただけだ。」

 

そう、自分はこの男が持っている膨大な魔力を喰いたかっただけだ。

愛など無い。

愛など知らない。

そんな甘い感情、15年前のあの業火の中に全て焼き捨ててきた。

 

「そして、番を手に入れている以上、お前は用済みだ。」

 

ダンテの頭上に幾つもの蒼い魔法陣が展開する。

そこから降り注ぐ、無数の氷の槍。

銀髪の魔狩人が、真横に跳んで躱すが、音速で飛来する凍てつく凶器を全て避けきれる事は敵わなかった。

右肩と左太腿に深々と突き刺さる。

 

「ぐあっ!! 」

 

思わずダンテの口から、苦痛の悲鳴が上がる。

バランスを崩し、地面に横倒しになった。

 

「終わりだ・・・・諦めろ。」

 

突き刺さった氷の槍が、ダンテの持つ魔力を糧とし、みるみるその体積を増やしていく。

右腕と左脚を地面に縫い留められ、身動き一つ出来ない銀髪の大男。

ライドウが、何処か冷めた表情で、眺めている。

 

「甘いぜ?ライドウ・・・・この程度で、俺の動きを封じたつもりか? 」

 

突然、ダンテの躰が倍に膨れ上がった。

蒼双眸が、真紅のソレへと変わり、肉体も、異形の姿へと変貌していく。

 

「ヤバいぜ!魔人化してやがる!!」

 

主の手に握られている双剣が叫ぶのと、ダンテを縫い留めていた氷の枷が砕け散るのは、ほぼ同時であった。

華奢な悪魔使いを貫かんと繰り出される大剣の切っ先。

常人よりも更に優れた反射神経で、悪魔使いが双剣を使って受け止める。

しかし、その勢いを止める事は敵わなかった。

後方に吹き飛ばされ、太い大樹に叩き付けられる。

 

「これが本当の”とっておき”ってヤツさ。」

 

容赦なく背を打ち付けられ、息を詰まらせるライドウを何処か楽し気に見下ろすダンテ。

金属同士が軋み合う耳障りな音。

ライドウが呪術帯の下で歯を食い縛り、喉元に押し付けられている大剣の切っ先を何とか食い止めている。

 

「悔しいが認めてやるぜ・・・・アンタは俺より強い。どう逆立ちしたって技術や経験だけはアンタに敵わない・・・・だが、純粋な力比べならどうかな? 」

 

大剣『リベリオン』の切っ先が、真紅の呪術帯で巻かれているライドウの細い喉へと次第に近づく。

番であるアラストルの魔力を使い、筋力を上げても尚、魔人化したダンテを押し退ける事は不可能であった。

刹那、ライドウの姿が消失する。

ダンテの躰の下へと潜ったのだ。

予想外の出来事に、均衡を失い、大剣の刃が大樹の幹へと深々と埋まる。

大きく前のめりになるダンテ。

その魔人化した男の肝臓辺りを狙って、ライドウが強烈な肘撃ちを放つ。

 

「ゲハっ!!」

 

番の魔力によって増加した膂力の一撃は、魔人化したダンテに十二分以上、効果があった。

胃液を吐き、後ろに吹き飛ぶダンテ。

衝撃で愛刀の柄から手を離してしまう。

その大剣の柄をライドウが、すかさず踵で蹴り上げた。

大きく宙を舞う、魔剣『リベリオン』。

悪魔使いの手の中へと納まると、ライドウは無言で地を蹴り、苔むした岩へと叩き付けられる魔狩人に肉薄する。

 

肉と骨を断つ重い音。

大剣が主の肉体を大岩へと縫い留める。

 

「はぁはぁ・・・はぁはぁ・・・・。」

 

止めていた息をゆっくりと吐き出した。

全体重を乗せた一撃。

銀色に光る刃は、男の躰を簡単に貫き、大岩へと深々と埋まっていた。

魔人化が解けている事を確認したライドウが、銀髪の大男から離れる。

刹那、男の大きな掌が、ライドウの細い首を鷲掴んだ。

 

「あぐっ!!? 」

「やっと捕まえたぜ? 爺さん。 」

 

夥しい血で口元を汚したダンテが、シニカルな笑みを浮かべる。

 

「オタク等、日本人で言うところの”肉を切らせてなんとやら”ってヤツだぜ。」

「てめぇ!人修羅様を離しやがれぇ!!」

 

双剣から元の悪魔の姿へと戻ったアラストルが、両腕を槍の様に硬質化させる。

襲い掛かろうとした神父姿の眼前に、ダンテがこれ見よがしにライドウの首を絞め上げた。

 

「それ以上、近づいてみろ? お前の大事なご主人様の首がへし折れるぞ? 」

 

気管を圧迫され、呼吸が出来ないライドウが、低い呻き声を洩らす。

悔し気に舌打ちするアラストル。

大事な主を盾に取られては、手を出す事等出来よう筈も無い。

しかし、捕えられている筈のライドウは諦めてはいなかった。

ダンテの一瞬の隙を狙い、右手首に仕込んでいる八角棒手裏剣を取り出し、男の蟀谷に突き刺そうとする。

だが、予め予測していた銀髪の大男が、あっさりとその腕を抑え付けた。

 

「ったく、こんな時まで急所狙いかよ。」

 

暗殺者(アサシン)として培われて来た戦闘技術には、正直感服する。

ダンテは、呆れた様子で溜息を零すと、何の躊躇いも無く、手首を掴んでいた腕に力を込めた。

ゴキリという嫌な音。

骨を砕かれ、ライドウが悲鳴を上げる。

 

「これで御相子(おあいこ)だ。」

 

流石にやり過ぎたと思ったが、先に喧嘩を売って来たのはライドウの方だ。

常人なら死んでもおかしくない程の電撃を浴びせられた挙句、腹に穴まで空けられた。

その上、「お前のセックスでは感じない。」という暴言。

まぁ、後者は始まりが強姦だったから、何とも言えないが。

 

「安心しろ、殺しゃしない。只、少しの間だけ寝ていて貰うだけだ。」

 

あの時の様に、絶対手放してはやらない。

”人喰い龍”の愛人だとか、超国家機関『クズノハ』最強の悪魔召喚術師なんて関係ない。

これは、自分の持ち物だ。

 

「・・・・・お前・・・やっぱり、救い様が無い馬鹿だな。」

 

そんな銀髪の魔狩人を、悪魔使いが侮蔑を含んだ隻眼で睨み付ける。

刹那、ライドウの首を絞め上げていた腕の力が抜けた。

否、腕だけではない。

躰全体を倦怠感が襲い、呼吸すらもままならなくなる。

 

「な・・・んだ? こりゃぁ・・・・。」

 

思考はしっかりしているのに、躰が脳の指令を一切受け付けない。

そんな魔狩人から、離れるライドウ。

ダンテの視界の端に、愛刀『リベリオン』の柄に呪符が巻かれているのが見えた。

 

「その符は、お前の魔力を吸収する。」

 

腰のポーチから『魔石』を取り出したライドウが、口元を覆っている呪術帯を降ろし、口の中に一粒放り込んだ。

痛みが和らぎ、折れた手首の骨も瞬く間に繋がる。

 

「お前の弱点は、その驚異的な再生能力だ。 お前の動きを封じる方法何て幾らでもある。」

 

ライドウはレッグポーチからUSBを取り出すと、それをダンテの手元に置いた。

 

「これには”ゼブラ”の顧客データが入っている。コイツを持って大人しくアメリカに還れ。」

 

それだけ告げると、立ち上がり、ダンテに背を向けた。

もうこれ以上、用は無いと、ライドウが番である浅黒い肌をした神父姿の青年の元へと向かう。

ダンテの心の中に、言い知れぬ怒りの炎が吹き上がった。

 

「俺はアンタを絶対に諦めないぞ! アンタは俺のだ! 俺のモノなんだよ!」

 

まるで癇癪を起した子供と同じだ。

動けぬ躰を叱咤し、咬み殺さんばかりの勢いで、番を促し去っていく悪魔使いの背を睨み付ける。

しかし、そんな銀髪の大男に反し、ライドウは何処までも冷徹であった。

一瞥を送る事無く、完全に男を無視し、ミティスの森奥深くへと消えた。

 




温めなエロは難しいです。
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