TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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タイトル回収


TSヤンデレ配信者は今日も演じる

 笑わない子どもだった。

 自分の顔が魅力的だということを、うっすらと理解しはじめたのは、物心がついてすぐだった。

 学芸会で前に立てば、わたしにばかり視線が集まる。男の子と混じって遊べば、みんながわたしを見てくる。自分の外見が魅力的であることを疑う余地はなかったし、少し学年が上がると、今度は男子だけでなく……女子からの視線がきつくなった。

 人の感情は、汚いモノの方が多い。

 綺麗なものを純粋に綺麗と思う人は、わたしが想像していたよりも遥かに少なくて。綺麗なわたしを「きれいだね」と言ってくれる人の多くは、心の中が汚かった。

 笑わない子どもになろう、と思った。

 なるべく人目を惹かないように。笑顔を向けた異性を勘違いさせないように。なるべく冷たく、人と関わらず、注目されない、誰にも見られない、道端に転がる石ころのような存在になろうと努めた。見られなければ、わたしは心を覗く必要がないから。

 

「結愛ちゃん、おひめさまごっこしましょ!」

「うん、いいよ! 景ちゃんがおひめさまだね! 景ちゃん、かわいいから!」

「かわりばんこじゃなくていいの? 結愛ちゃんもかわいいよ」

「もちろん! だって景ちゃんのほうがかわいいもん!」

 

 景ちゃんと仲良くなったのも打算的な感情が根底にあったからだ。

 今よりもずっと活発で、そして今と同じくらい昔から美人だった景ちゃんの隣にいれば、わたしという存在は少しだけ霞んだ。並んで歩いているだけで、景ちゃんの方に視線が流れるのが、少しだけ楽だった。

 もちろん、景ちゃんが噓を吐かない、気持ちに裏表のない、ちょっと変わった子だったから……っていうのも大きい。実際、景ちゃんと話すと、わたしは気持ちが落ち着いた。

 なるべく、一人の時間を作るように努力した。感情が流れてこない、一人だけの時間がなによりも幸せだった。だから自然と読書が好きになったし、ゆっくりと釣り糸を垂らすことができる釣り堀に入り浸るようになった。

 

「私のお父さん、お本を書いてるんだよ!」

 

 きっかけは些細なこと。子どもが親の仕事を自慢する。ただそれだけだった。

 わたしを突き動かしたのは、純粋な興味だ。

 本を書いている……『小説家』という職業の人はどんな人なんだろう、と。気になってしまった。だから、景ちゃんの家にお邪魔した時に、わたしはお願いしたのだ。景ちゃんのお父さんに会ってみたい、と。

 

 ──きみは、かわいいね

 

 不思議な人だった。

 かわいい、と口で言いながら、彼の感情には『かわいい』という思いは欠片も宿っていなかった。こちらを見下ろす瞳には、純粋に娘の友人を歓迎する温かな色……ではなく、もっと深い海の底のような『感情』が渦を巻いていた。

 興味だ。

 足の先から、頭のてっぺんに至るまで。わたしに刺さる彼の視線は、興味一色に染まっていた。

 人を描くのが自分の仕事だ、と彼は言った。だから、色々な人を観察してしまう悪い癖がある、と。まだ小さいわたしに向けて、苦笑混じりに彼は語った。

 

「だからおじさんは、わたしに興味津々なんだね」

 

 景ちゃんも、景ちゃんのお母さんもいなくなったタイミングで。

 

「わたし、人が考えていることがわかるの」

 

 生まれてはじめて、わたしは自分を苦しめる不思議な力を、他人に明かした。

 馬鹿馬鹿しい子どもの言葉に、けれど彼は笑わなかった。

 

 ──それは、すごい

 

 小説家という生き物は、現実が物語よりも奇であることを知っている。

 その視線は、より強くわたしをみるようになった。その感情は、より強くわたしに対して向けられた。

 それはわたしが生きてきた中で、最も強く受け取った感情だった。

 普通の人生を生きていれば、最も強い、最も熱を孕んだ感情は『恋』や『愛』であるべきだったんだろう。

 けれど、幼少のわたしは知ってしまった。

 

 純度の高い、自分を見詰める蜜のように濃い想いの味を。

 

 彼の仕事場に、よく行くようになった。

 わたしが、自分の悩みを話すと、彼はまた笑って答えた。

 

 ──すべての人に、愛されるようになればいい

 

 彼は幼いわたしにもわかるように、ゆっくりと語ってくれた。

 役者、という職業がある。

 彼らは、人に『観られる』ことが仕事だ。だから彼らは、演技する。観客の、作り手の、理想となる登場人物を己のすべてを使って表現する。

 

 ──きみは、たくさんの人の視線を集めてしまうから

 

 だから、きみの生き方は役者のようであるべきだ、と。それは優しい口調だった。

 正直にならなくていい。

 噓吐きになればいい。

 人に好かれるように、人に愛されるように。所作も口調も表情も。自然な笑顔も、悲しみに暮れる涙も。

 すべてをコントロールして、人に愛されるように生きればいい。

 そんな風に、彼はわたしに言い聞かせた。

 

 

 わたしの名前は、結愛。

 愛を結ぶ、と書いて結愛。

 

 

「きみに、ぴったりの名前だ」

 

 

 ★★★★

 

 

 放送が終わった。

 

「ふぅ……千世子ちゃん、お疲れ様でした」

 

 千世子ちゃんは、伏せた顔を上げない。

 今頃、Twitterをはじめとする各種SNSで、わたしたちの放送は大きな話題を呼んでいるだろう。

 この共演を、一つの勝負とするならば。

 今日のところは、わたしの勝ちだ。

 そもそも、配信という媒体そのものが、わたしの舞台。そして、百城千世子を目当てに見に来たファンが『普段見慣れている百城千世子』よりも『その隣にいる知らない少女』に興味を惹かれるのは、当然のこと。逆に、実況配信という媒体に慣れているわたしのファンは『わたしを見ること』そのものが、一種の生活のルーティーンになっている。今日限りの出演の千世子ちゃんに、気持ちは流れない。

 そして、観る人に向けた『演技』の差も歴然。

 放送そのものは百城千世子のネームバリューで集客したけれど、放送後の感想と話題は、わたしで持ち切りだろう。最初からそういう狙いで、プロデューサーもメディア戦略を練っているはずだ。本当に、性格が悪いことこの上ない。まあ、だからこそ信頼しているんだけどね。

 

「……万宵さん」

「はい」

「共演してくれて、ありがとう」

「こちらこそ」

「一つ、聞いてもいい」

「どうぞ?」

 

 伏せていた顔が、こちらを向く。

 伏せられていた表情が、こちらを向いた。

 

「私、万宵さんのことを……私に似ているって思ってたんだ」

「スターズの天使にそう言ってもらえるなんて、ほんとに光栄だなぁ。わたし、うれ……」

「でも、全然違った」

「……」

 

 あの天使が、言葉を遮った。

 いや、もう天使ではないか。

 

「あなたは、私とは違う」

 

 柔和で優しく、誰もが見惚れるスターズの天使……()()()()()が、わたしを睨んでいる。

 ああ、ようやくみることができた。

 これが、天使の仮面の素顔。仮面を外した、彼女の本当の姿。

 

「万宵さんは、何のために演技をしているの?」

 

 俳優事務所、スターズの社訓は『俳優は大衆のためにあれ』。

 人々が見上げる、満天の夜空の星々。

 とてもストレートでわかりやすい。これ以上なくシンプルなモットーは、たしかに美しい。けれど「どうしたいか」よりも「どうありたいか」を優先するその言葉は、一種の呪いに近いものだ。

 わたしと千世子ちゃんは、やはり似ている。

 きっとわたしも『彼の言葉』に呪われているから。

 

「そんなの決まってるじゃん」

 

 わたしが、演技をするのは、

 

 

「わたしのためだよ」

 

 

 万宵結愛という存在を、愛してもらうためだ。

 

「……万宵さん、それは傲慢だよ」

「うん。わたしもそう思うかな」

 

 傲慢でもいいんだ。

 わたしは多分、そんな風にしか生きられない。

 だから、ごめんね千世子ちゃん。手段は同じでも、わたしとあなたは、目的が違う。

 あなたが、天使であるのなら。

 わたしは、自分のために、人々の心を弄ぶ。手のひらの上で、人形を躍らせるような────

 

 

「でも、わたしは天使じゃなくていいから」

 

 

 ────悪魔でかまわない。

 

「……そっか」

 

 百城千世子は、立ち上がる。

 すごいな、と思った。

 この子は、すぐに立ち上がれるんだ。

 

「今日はありがとう。また共演しようね、万宵さん」

 

 彼女は、また仮面を被り直した。

 でも、わたしにはわかる。

 それは、ここ数年、誰にでも好かれるように生きてきたわたしが、ひさしく忘れていた感情。

 向けられるだけで熱い。火傷しそうな嫉妬の炎。

 

「うん。こちらこそありがとう。またよろしくね、()()()()

 

 悪意は刺さる。

 悪意は不快だ。

 悪意は当たり前のように、わたしを傷つける。

 でも、極限まで研ぎ澄まされたそれは、ひどく美しいから。

 身体で感じる天使の感情の熱は、とても心地良かった。

 

 

 ★★★☆

 

 

 配信者、という活動形態を最初に選んだのは、自分を追い込むためだった。

 最も手軽に、最も多くの人にリアルタイムで観られる。カメラ越しでもリアルタイムなら感情を受け取れることがわかった。だから、自分を徹底的にいじめ抜くことにした。

 趣味の釣りの時間も、配信に使うようになった。

 好きだった本も、読み聞かせや感想を言う配信のネタにした。

 一人の時間を削った。視線に、感情に、慣れることにした。

 

 景ちゃんのお母さんが死んで、あの男は、忽然と姿を消した。

 

 それが最低限の義務であるかのように、景ちゃん達に生活費だけは振り込まれている。そして、その支援は今も続けられている。しかし当然、景ちゃんはお金に手をつけていない。

 最初は、行方を探そうとした。でもすぐに、探すのをやめた。

 彼が新しく出版した、一冊の本を読んだからだ。

 

 

 その物語の片隅には『人の感情を読める少女』が、ひっそりと登場していた。

 

 

 すべて、理解した。

 表面を取り繕う彼の言葉も、心の奥底から湧き出る感情も、すべては彼が紡ぐ物語のためにあったのだ。わたしはそのために観察され、踊らされていただけに過ぎなかった。

 けれど、それでも認めよう。認めざるをえない。

 わたしの在り方の根底には、あの男がいる。

 だから、名前を決めた。

 

 配信者としての『ユアユア』は『あなた(your)結愛(ゆあ)』。

 

 今日もこんなにも笑顔で、元気で、人々に愛されていることを示すために。わたしは、あの男の理想を演じ続けている。

 わたしは、あの男が嫌いだ。世界で一番、大嫌いだ。

 あんなにも純粋な感情で、あんなにも簡単に。噓を吐いて、人を傷つけることを教えてくれた。娘を、家族を裏切る様を、まざまざと見せつけてくれた。

 

 許さない。

 

 でもだからこそ、わたしは景ちゃんの側には絶対にいようと、心に決めたんだ。

 彼の匂いが染みついた、彼の家だった空間に、わたしは新たな家族として踏み入る。

 

「ただいま! 景ちゃん!」

 

 わたしの呼吸。

 わたしの笑顔。

 わたしの視線。

 わたしの声音。

 あの男が、教えてくれた。

 わたしのすべては、わたしが愛されるためにある。

 わたしにとって、生きることは演じること。

 

「おかえり! 結愛ちゃん!」

 

 愛する幼馴染に、とびきりの笑顔を向けて。

 

「うん。ただいま、景ちゃん」

 

 だからわたしは、今日も演じる。




第一章、完
いただいたイラストを、ようやく表紙として移しました。両手にパペットを持って、主人公にピッタリですね


キャラクタープロフィール(一部単行本より抜粋)

【夜凪景】
年齢:16歳
誕生日:5月15日
身長:168cm
血液型:A型 
職業:役者
好物:魚、納豆、ひじき
特技:短距離走、走り幅跳び
好きな映画:「ローマの休日」「カサブランカ」「風と共に去りぬ」
『意外にラブロマンス好き』


【百城千世子】
年齢:17歳
誕生日:4月1日
身長:157cm
血液型:AB型 
職業:俳優
好物(公式):生クリーム、ビスケット、マシュマロ
好物(非公式):なまこ、このわた、松前漬け
好きな昆虫:オキナワオオカマキリ、ヤエヤママルヤスデ、ロイコクロリディウム
好きな映画:「晩春」「ローマの休日」「時をかける少女(1983)」「花とアリス」
『お気に入りの横顔を探している様子』


【万宵結愛】
年齢:16歳
誕生日:5月5日
身長:162cm
血液型:O型 
職業:配信者
好物:夜凪景の手料理(和食派)、チョコレート、コーヒー
趣味:読書、釣り、筋トレ、昼寝
好きな映画:なし
『景と一緒に数だけは観ているが、興味はない模様』

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