TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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夜凪景は止まらない

「……お金、増えたわ」

 

 わたしの隣で、預金通帳を見つめたまま景ちゃんが固まった。

 

「ああ、この前のCMの出演料? あと、時代劇のエキストラもやったんだっけ」

「一体……」

「いやあ、景ちゃんもこれで無理なバイトに精を出さなくて済むね」

「食費……」

「わたしも最初はスパチャの金額に戸惑ったりしたけど、景ちゃんもすぐ慣れるよ」

「何カ月分、かしら……?」

 

 うーん、ダメみたいですねこれは。完全にフリーズしてらっしゃいますわ。

 

「ほら、景ちゃん。ここで立ち止まってると邪魔になっちゃうから、外出ようね~」

「焼肉……ステーキ? お刺身も……」

 

 とりあえず通帳持ったままご飯のメニューを考えて固まっている景ちゃんをATMから引きずっていき、道路の隅っこに寄せる。すると、タイミングを見計らったかのようにポケットから振動を感じたので、スマホを取り出して電話に出た。

 

「はいはい、もしもし?」

『おつかれさまです』

 

 愛しの景ちゃんとの放課後下校タイムを遮ってくれたのは、愛しくもなんともない腹黒プロデューサーである。

 

「プロデューサー、何か用? 急ぎじゃないなら、メールにしてほしいんだけど。声聞きたくないから」

『相変わらずつれないですね。せっかく、あの百城千世子を踏み台にして知名度を大幅にアップしたというのに。もう少し上機嫌で浮かれていてもいいと思いますが』

「わたし、勝ったら兜の緒はしっかり締めるタイプなんだよね」

『それは結構な心掛けです』

 

 プロデューサーが仕掛けた広告の効果は劇的だった。世間の記事は、わたしのことを『百城千世子に並ぶ美少女現る!』とか『天使を超える天使の登場か!?』などと、こぞって囃し立てるように書き連ねている。正直、あまりいい気分ではない。わたしが百城さんに『勝った』ように見えるのは、共演の場がわたしのフィールドだったからで、また別の形で競えばどう転んでいたかわからない。しかも、あの日の百城さんはわたしに対して被る『仮面』の精度で真っ向勝負を挑んできた。極論、コラボ配信はすべてがわたしの有利なように転んだと言っても過言ではない。

 どちらかと言えば、有利に転ぶように仕組まれた、というべきか。

 ここからは黒い会話になりそうなので、わたしは景ちゃんから離れて声を潜めた。

 

「今さらだけど、プロデューサー大丈夫? 百城千世子を利用するような形でわたしの知名度上げて、業界トップのスターズを敵に回したら、他の仕事やりにくくなるんじゃないの?」

『おや? もしかして私を心配してくれているのですか? うれしいですね。目頭が熱くなってきました』

「あー、うん。もういいや」

 

 この男は、たとえ大手事務所を敵に回しても、手八丁口八丁でのらりくらりと立ち回る人間だった。心配するだけ無駄だね、はい。

 

「本題。はやくして」

『この前のCMの出演料。入金は確認しましたか?』

「ああ、その話? うん、ちょうど今記帳したとこだよ。おじちゃんのスタジオからお金入ってた」

『それはなによりです』

「……わざわざそんなこと確認するために電話かけてきたの?」

『いえいえ、もちろんそれだけではありませんよ。あなたの今後の仕事の方針がまとまりまして。とりあえず、黒山の指示に従って動いてください。すでにこちらから、話は通してあります』

「ひげのおじちゃんに? ん、わかった」

『……疑問などはないのですか?』

「ん? とくにないよー。わたし、ひげのおじちゃん好きだし。なんなら、プロデューサーよりもふつうに好きだよ」

『それはそれは。本当に悲しくて泣いてしまいそうです』

 

 電話越しに、わざとらしくハンカチを取り出すプロデューサーの姿が見える。

 

「ひげのおじちゃん、あれでもすごい人だからね。わたしのためにいろいろしてくれているみたいだし、いい仕事取ってきてくれるって信じてるよ」

『おかしいですね。何故か、私よりも黒山の方を信頼しているように聞こえます』

「目元に添えてるだけのハンカチ捨てて、自分の胸に手を当てて考えてみたら?」

『そうですね。私の心臓は、あなたへの期待で高鳴っていますよ』

 

 もう切っていいかなマジで。

 

『詳しい内容については直接説明を聞いてください。ただ、私も大まかな概要は聞いています。あまり黒山ばかり贔屓されると私が泣いてしまいますが……なかなか、名が知れている人物と話をつけてきたようです。楽しみにしていいでしょう』

「へえ……ドラマとか?」

『いえ、演劇です』

 

 ふむ、なるほど。

 次のわたしのチャレンジは演劇、か。

 

「いいね。楽しみ」

 

 

 

△▼△▼

 

 

 

 時間は流れて、夜。

 スタジオ大黒天、美人制作の柊雪は、淹れたコーヒーをカップに注いだ。

 

「はい、けいちゃん」

「ありがとう雪ちゃん」

 

 コーヒーを受け取った景は、きょろきょろと周囲を見回した。

 

「黒山さんは? 結愛ちゃんもいないみたいだけど」

「墨字さんはゆあちゃんと打ち合わせだね。なんでも、次のゆあちゃんのお仕事の話を、墨字さんが取り次いできたらしくて」

「そうなの」

 

 頷いた景はコーヒーを一口飲むと……そのまま『ずーん』と沈み込んだ。

 

「結愛ちゃんはすごいわ……私なんて、エキストラも満足に演じることができていないのに……千世子ちゃんとコラボしたり、新しい仕事をもらったり、どんどん前に進んでいるもの。それに比べて、私は……」

「落ち込まないでけいちゃん! 誰にでも失敗はあるから!」

 

 目に見えてわかりやすく落ち込んでいる景を、雪は慌ててフォローする。

 結愛が百城千世子とのコラボ配信などで一気に知名度を上げている間、景の方も遊んでいたわけではない。黒山に連れられて、時代劇のエキストラを演じたりしていた。ただ、ちょっと役に感情移入し過ぎた結果、侍役の役者に跳び蹴りをかまし、ついでにカットを三回かけて撮影をひっかきまわした挙句、そのまま逃げるように帰ってきただけである。ひどかった。

 

「……最悪だわ」

「だ、だから落ち込まないでけいちゃん! 最初は誰にでも失敗はあるから! むしろあれ、悪いのはいきなり現場に放り込んだ墨字さんだから!」

「本当? 悪いのはヒゲ?」

「そうだよ! 悪いのはあのヒゲだよ!」

 

 ヒゲに責任転嫁して、景はなんとか精神を持ち直したようだ。頭と一緒に沈み込んでいた頭の毛が、ぴょんと跳ねる。

 

「よし、悪いのはヒゲね」

「そう! 悪いのはヒゲ!」

「でも、私も悪かったし失礼な部分もあったから、あのドラマの人達にはきちんと謝りに行きたいわ。雪ちゃん、あのヒゲに伝えておいてくれる?」

「うん。わかった! あのヒゲに伝えておくね!」

 

 ヒゲの悪口を言う会みたいになっているが、雪はべつにヒゲの悪口を言うために景を大黒天の事務所に呼んだわけではない。あのヒゲ……もとい、上司である黒山の伝言を伝えて、景と次の仕事の相談をするために呼んだのだ。

 

「景ちゃんはスターズのオーディション受けたことあるんだよね?」

「ええ。落ちてしまったけど」

「ていうか、審査員に墨字さんいたしね……」

 

 ちょうど、そろそろ時間だ。

 

「実は、墨字さんからこれを景ちゃんに観せるように言われててね」

 

 雪は、リモコンでテレビの電源を点けた。

 

「……あ」

 

 画面に映ったのは、一人の女優。景がつい最近、幼馴染の配信で観た、日本を代表する若手女優だ。

 

『スターズ主催、映画『デスアイランド』は24名の若手俳優を起用する予定です。うち12名は、私を初めとしたスターズの俳優が務めさせて頂きます』

 

 百城千世子。

 やっぱり、すごく綺麗、と。景は思った。

 

『残り12名は一般オーディションから募ります』

 

 そこで一拍。呼吸を挟んだ千世子は、にこりと微笑んで、

 

『私達と一緒に映画を作りませんか』

 

 この映像を見る、全ての人に向けて、そう言った。

 

「映画の、オーディション……あのヒゲは、私にこれを受けろって言いたいのね?」

「うん。正直、私は反対したんだけどね。景ちゃん、一回落とされてるわけだし」

 

 雪は、渋い表情で頷いた。

 落とされたとはいえ、景はスターズのオーディションで一度、最終まで残っている。スターズが重視するのは容姿やカリスマ性。一次の書類審査と二次の映像審査だけなら、楽に通過できる可能性は高い。自信満々の表情で、黒山は雪にそう語っていた。

 しかし、仮に二次まで楽に通過できたとしても、社長の星アリサが景を認めてない以上、最終審査ではじかれて終わりだ。真正な評価など、望むべくもない。黒山はやはり自信満々な表情で「俺が何とかしておく」と言っていたが、雪としては「何とかって何だよ……」って感じである。

 

「……わかっているとは思うけど、これはけいちゃんにとってかなり不利なオーディションだよ。墨字さんは受けさせる気満々だけど、私は断ってもいいと思う」

「そうね。受けるわ」

「うんうん。やっぱりそうだよね! じゃあ、墨字さんには私から……受けるの!?」

「受ける」

 

 画面の中の天使を見詰めて、景は言い切った。

 

「この人、顔が視えない。まるで、仮面を被っているみたい。でも、本当にすごく綺麗で……なんとなくだけど、私にはないものを持ってると思うの」

 

 そして、なによりも、

 

「結愛ちゃんが共演した相手と、私も共演してみたい」

 

 その言葉には、必ず受かってみせる、という強い決意が滲み出ていた。

 

「……わかった。墨字さんに報告しておくよ」

「お願いします。あと、雪ちゃん」

「ん? なに」

「このオーディションを受けること……結愛ちゃんには、秘密にしておいてくれる?」

「え? なんで」

「……ちゃんと受かったあとに報告して、びっくりさせてあげたいから」

 

 可愛らしい理由に、雪は微笑んだ。

 

「うん、それも了解。がんばろうね、けいちゃん!」

「まかせて。私、がんばるわ!」

 

 ぐっと拳を握る景は、自信とやる気に満ちていて。

 これならいけるかもしれない、と。雪も、不安と心配で一杯だった気持ちが薄まっていくのを感じた。拳を握ったまま、景は集中した様子で画面を見詰めている。きっと、そのきれいな横顔の裏で、オーディションに向けた秘策を練りはじめたに違いない。

 役者のモチベーションの高まりを邪魔するわけにはいかない。景のコーヒーカップにおかわりをそっと注いで、雪は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(配信の時も、2人はとってもかわいかったし……私も天使さんと現場で仲良くなれるかしら? お友達になりたい……さすがに共演者だから話をする機会はあると思うけど、でも仲良くなりたい時って、何を話せばいいのかわからないのよね。私、結愛ちゃんみたいにコミュ力高くないし……本当に、結愛ちゃんはすごい。あ、そうだ! 私も「結愛ちゃんの親友です!」って自己紹介すればいいんだわ! はじめての配信でも、お揃いのお洋服で、あんなに仲が良さそうだったから、結愛ちゃんの話なら間違いなく話題が弾むはず! ふふ、完璧ね……)

 

 受かったあとのことしか考えてなかった。




「ヤンデレ要素どこ?」って感想欄で聞かれることはあっても「タグの勘違い要素どこ?」って聞かれることはなかったので、今まで説明してこなかったんですが、本作の勘違い要素の九割は夜凪景で構成されています。
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