自慢じゃないが、わたしは人に好かれることに関しては結構自信がある。
当然だ。心がある程度読めるのだから、わたしはそれを覗いて相手に好かれるような行動を取ることができる。控えめに言って、テストの解答をカンニングしながらペンを握っているようなものだ。さらに言えば(自慢じゃないが)、外見も非常に優れているので、第一印象も基本的に良い。
今回は、はじめて立つ演劇という舞台。しかも、おじちゃんから知り合いの巌さんとやらを通して、急遽出演を捻じ込んでもらった舞台だ。あのCM撮影の時も、わたしの出番を力技で強引に作ったひげのやることである。もしかしたら「なんだよこの素人」みたいなやっかみを受けるかも……とは思っていたし、そういう印象を持たれていることも織り込み済みで、今日はがんばろう、と。自分なりに気合いを入れてきた。
そう。気合いを入れてきたんだけど……
「先に言っておくけど……私、あんたのこと大っ嫌いだから」
えぇ……(困惑)
なんですかこれ?
初対面でこんな暴言吐かれるの、人生ではじめてですよ?
事の次第は単純だ。道に迷っていたら、なんかいい感じに刺さってきた興味と好意の感情があったので、「出演者の人かな? ちょうどいいや~」と、わたしから迷わず声をかけに行った。金髪に二つ結び、メガネの奥からきつい目が覗く、そばかす顔のその女性は、ちょっと近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。でも、わたしに向けられる感情は比較的柔らかくて「ああ、多分見た目で勘違いされるタイプだけど、いい人なんだろうなー」と、安心した。予想通りと言うべきか、彼女は今日の舞台に出演する関係者で、しかも名前を聞いてみるとひげのおじちゃんから事前に聞いていた『天球』の劇団員、三坂七生さんだとわかった。会場入りする前に挨拶ができて「よっしゃ! ラッキー!」なんて思ったくらいだ。
だがしかし、七生さんの態度はわたしの名前を聞いた瞬間に急変した。
「……巌さんの紹介だし、こっちにも面子はあるから一応面倒はみるけど。でも、あんたと仲良くなる気はないし、馴れ合う気もないから。よろしく」
こんなに敵意に塗れた「よろしく」があるかっ!? (困惑)
七生さんからわたしに向けられる感情の色は、わたしが自己紹介した瞬間にぐるりと反転した。それはもう濃厚でぐちゃぐちゃな、敵意の塊。割合を詳しく説明するなら、単純な『疑念』が五割、『嫉妬』が三割、『敵意』が二割ってところだろうか。なんかもう、悪意のゴールドブレンドみたいになっている。ていうか、純粋に意味がわからない。『疑念』とか『敵意』はまだなんとなく理解できるけれど、自己紹介した瞬間に嫉妬されるとか、理不尽極まりないにもほどがある。
対人関係において、わたしの不思議な力はとっても有用だ。しかし残念ながら、心が読めてもわからないことはたくさんある。七生さんは天球の劇団員だし、なるべく良好な関係を作っておきたい。最初の入り口で躓くと、あとが大変だ。
意を決して、わたしは『話しかけるな』オーラ全開の七生さんに対して、自分から声をかけにいくことにした。
「……あの、七生さん」
「なに?」
「不躾な質問ですいません。わたし、何かしてしまいましたか? 失礼があったなら、謝ります。急にご無理を聞いて頂いて、出演させてもらう立場であることも、重々承知しているつもりです。ですから……」
「大丈夫」
「へ?」
「私があんたに対して当たりがきついのは、私個人の問題だから。あんたが気にする必要はないし、それをどうにかしようとしなくてもいい」
うへぁ……取り付く島もないとは、この事か。
「そんなことよりも、舞台、今日がはじめてでしょ? 集中したら?」
「アッ、ハイ」
くそぅ……恨むぜひげのおじちゃん。
最初から難易度ベリーハードの修行編だよ、これは。
△▼△▼
口ではああ言ったものの、七生の万宵結愛への第一印象は決して悪いものではなかった。
「万宵結愛です! よろしくお願いします!」
挨拶はハッキリしていて澱みなく、質問への受け答えには明るい笑顔が伴っている。
「あ、わたしそれやります!」
チケットの整理や小道具の準備、清掃に至るまで様々な準備を自分から積極的に手伝っている。
「え? 千世子ちゃんと共演してどうだったか、ですか? いや、わたしもう、あの時ほんとに緊張してて……あー、恥ずかしい……」
おまけに、自分がそれなりに有名な立場にいることも決してひけらかさず、その経験や体験も謙虚に語っている。
舞台役者という生き物は、大抵の場合、話好きで語りたがりで、自信家だ。どこの業界でも共通して言えることだが、はじめての場に飛び込んで、円滑なコミュニケーションを取れる人間は強い。容姿が整っていて、話し上手ともなれば、それは尚更だ。
慣れないコミュニティ、はじめて会う人間相手に、よく馴染んでいる、と七生は思った。多分、元々人付き合いがうまいタイプなのだろう。
「あの巌裕次郎が急に捻じ込んできたって聞いたから、どんな女が来るんだろうって警戒してたけど……ふつうに話しやすくていい子じゃん。よかったね、七生」
「……べつに。人の顔色伺うのが上手いだけでしょ」
顔見知りの共演者は、七生が吐いた毒に苦笑した。
「うっわぁ……アタリきついねぇ。そんなこと言ってると、あのかわいこちゃんに嫌われちゃうよ?」
「好かれたいわけじゃないし」
「巌さんが目をかけてるから拗ねる気持ちはわかるけど、あんまいじわるしたらダメだよ。少なくとも、やる気はあるみたいだし。ちゃんと面倒みてあげな?」
「……わかってる」
耳に痛い忠告を聞き流しながらも、七生は結愛に話しかけた。
「万宵さん。出番すぐだから準備して」
「あっ、はい!」
「わかってるとは思うけど、インプロに台本はないから。全部アドリブでやるよ。大丈夫?」
「大丈夫です! アドリブには自信あるので!」
「……ふーん」
今日のインプロは短めの出番をいくつかのグループでローテーションしていく形で行う。会場も小さめで、客席も椅子を並べた簡素な設営だ。観客との距離感は、かなり近い。
緊張して台詞が途切れたり、場の空気を明らかに乱すような演技をしたら、即刻叩き出してやろうと考えていたのだが……結愛はそういうわかりやすいミスはしなかった。
(……へえ。思ってたよりもいい演技するな)
率直に言って、結愛の演技はなかなかのものだった。
表情を作るのが上手く、元々のルックスの良さも手伝って、観客の目を一身に引く。
アドリブを澱みなくすらすらと口から紡ぎ、語彙も発想も豊かで柔軟。発声も七生に言わせればやや硬いところがあるとはいえ、概ね聞き取りやすく、よく通っている。普段、配信者をやっているだけあって、セリフ回しに関しては、そこらへんのアマチュア役者を軽く蹴飛ばせるレベルと評してもいい。
認めよう。たしかに巌が目をかけて、出演を捻じ込むだけの才能はある。どうして自分に彼女を預けたのだろう、と七生は疑問に思っていたが、これは逆だ。巌はインプロに出演する七生に、万宵結愛を預けたわけではない。七生が
「万宵ちゃん、うまいじゃん!」
「場慣れしてるね」
「ありがとうございます!」
休憩時間、他の共演者たちに囲まれて口々に褒められている結愛。しかし、ニコニコと微笑んでいるその笑顔を断ち切るように、七生は言った。
「ダメだよ」
言って、しまった。
しん、と。和気藹々とした空気が、その一言で静まり返る。
「素人にしては、ずば抜けて上手い。それは認めてあげる。でもそんな演技じゃ、天球の舞台に立たせるわけにはいかない。このままの演技を続けるなら、巌さんにも、私はそう報告する」
「ちょっと、七生……」
「事実でしょ」
七生は基本的に、自分のことを『不細工な女の子』だと思っている。結愛と自分を比べたら、明らかに容姿が劣っているのは自分の方で。
嫌われるのは、慣れっこだ。
だから、いやなことを言っている自覚があっても。自分の口の悪さを知っていても。言わずにはいられなかった。
(……あーあ。言っちゃった)
喉を湿らせるために、お茶のペットボトルを開く。泣かれるか、喚かれるか、それともキレられるか。
七生はペットボトルに口をつけて、結愛の反撃を待った。しかし、暴言を吐かれた結愛は元々大きな目をさらに丸くして、じっと七生を見詰めていた。
(……なんだろ。なんか、この子)
表情が読めない。
感情が見えない。
彼女自身は感情表現が豊かで、にこやかなタイプであるはずなのに、そんな違和感を覚える。
互いに互いを観察するような奇妙な空気感の中で、先に口を開いたのは結愛の方だった。
「七生さん」
「なに?」
「わたしのこと、キライですか?」
ストレート極まりない質問に、飲みかけのお茶を吹き出しそうになる。
周りの共演者達はさっと距離を取って「修羅場だ……」「喧嘩だ……」「揉め事だ!」と、ニヤニヤしながら七生と結愛を遠巻きに眺める構えに入った。役者が揉めるのは日常茶飯事である。
しかし、当の結愛はそんな共演者たちの視線を気にもせず、じっと七生の方を見詰めたまま、答えを待っていた。思わず、大きくため息を吐く。
「……言わなきゃわからない?」
我ながら、最低な返答だと思うが。嫌な女を地でいく自分に、反吐が出そうになるが。
「私、なんか猫みたいな女が嫌いなんだよね」
「……」
「言いたいこと、わかるでしょ?」
また、七生は言ってしまった。
一つ、補足をしておくならば、結愛の芝居に対する評価に、七生は私情を挟んでいない。巌の舞台に立つ人間として、それは責任を持って断言できる。
(……でも)
けれど同時に、不細工な自分とは違う、かわいい女の子。のらりくらり、と。気ままに振舞って、それだけで好かれる自然体の美しさ。そんな様子に、嫉妬心がないかと言えば、それも噓になる。
今日、はじめて会った相手に嫉妬する見苦しさ。七生は、自分で自分を笑いたくなった。
しかしながら、それを聞いた結愛は怒りもせず、悲しみもせず、ただ淡々と頷いた。
「なるほど」
相当棘のある言葉を投げているにも関わらず、結愛は怯むことなく。むしろ、続けて質問を七生に投げてきた。
「七生さん、好きな映画はなんですか?」
「は?」
なんだそれは。その質問に何か意味があるのか?
「……『ダンボ』と『101匹わんちゃん』。あとは……『美女と野獣』とか?」
「なるほどなるほど」
「……なんでそんなこと聞くの?」
「いえ、なんとなく気になっただけです。ありがとうございます」
にひゃり、と。結愛は破顔する。
その表情を見て、七生はうっすらと背筋が寒くなった。
「七生さん。わたし、夕方にもう一度出番ありますよね?」
「そりゃ、あるけど……なに? さっきの演技、挽回するから認めてくれって。そう言いたいわけ?」
いかにも彼女が主張しそうな言葉を、回り込んで潰す。
「違います」
だが、結愛はそれを否定した。
腹の底が見えない新人役者は、笑顔のまま、
「認めるんじゃなくて……わたしのこと、好きになってください」
「……は?」
迷いなど一切ない、よく通る声と美貌を伴った宣言は、けれどどこか蠱惑的で。
たとえるなら、悪魔に似ていた。
プロフィール(単行本より一部抜粋)
【三坂七生】
年齢:23歳
誕生日:3月7日
身長:154cm
血液型:A型
職業:舞台役者
好きなもの:犬全般。特に柴犬
嫌いなもの:なんか猫っぽい女
趣味:クレーンゲーム(景品のぬいぐるみが好きだが、取るのは苦手)
好きな映画:ダンボ、101匹わんちゃん、美女と野獣
個人的に、景ちゃんは見た目と表面的なイメージがしなやかな犬で、内面が気まぐれな猫。千世子ちゃんは見た目と作っているイメージがかわいらしい猫で、内面が主人である相手を選ぶ犬って感じがします。異論は認める