TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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勘違いとすれ違いは加速するもの

 わたしが演劇の舞台に立つようになってから、なんだかんだ一ヶ月が過ぎた。

 演技指導の方は至って順調。自分でもぐんぐん伸びているのがよくわかるくらいに、知識と技術を吸収している。あの日以来、週一で必ず会う約束を取り付けた七生さんに「結愛って……ほんと強欲だよね」と呆れ顔で言われるくらいだ。へっへへ……もぅ~本当にかわいいなぁ、七生さんは。そんなに褒めても何も出ませんよ。

 ちなみに、一度稽古を観に来たひげのおじちゃんには「強欲だし暴食だよ」と言われた。ますます意味がわからない。技術の吸収に貪欲とか、もっとそういう言い方をしてほしいね、まったく。

 そんなわけで、日曜日の今日。わたしが新しく立つ舞台は、七生さんを落と……じゃなくて、仲良くなった時と同じ、インプロである。

 

「……待っていたぜ、大人気女子高生配信者ッ! ユアユア!」

 

 仁王立ちして腕を組む、というテンプレ極まるイタいポーズでわたしを待ち構えていたのは、なんかちょっと暑苦しくて空回りしている雰囲気が漂う、三枚目にもなりきれないようなメガネの男の人だった。

 

「えーと……あなたが劇団天球の?」

「そう! 俺が今日、キミの演技指導を担当する青田亀太郎だ! ああ、七生から話は聞いていると思うけど、どうか楽にしてほしい。アイツと比べても、俺の演技指導は何ら遜色ない。いや、むしろ上回ると言ってもいい。どうか、大船に乗ったつもりで任せてほしい」

「はい。七生さんから話は伺っています」

「ほう……ちなみに、あいつは俺のことをなんて?」

「美人を前にして調子に乗って先輩面していらんことばっかり言うだろうから、半分以上は聞き流していい、って言ってました」

「あのメガネ女っ!」

 

 あなたもメガネですよ。

 

「ま、まあ、いい……さて、ユアユア」

「あ、なんか面と向かってユアユアって言われるのふつーに気持ち悪いので『万宵さん』って呼んで頂いてもよろしいですか? 亀田さん」

「えっ……やだ。めっちゃ他人行儀。なんか、ふつーに傷付く……」

「女性をイラつかせる言動と殴りやすい顔面をしているから、罵詈雑言を浴びせていい、と七生さんから許可を頂いています」

「あのメガネ女っ!」

 

 ツッコミのノルマかな? 

 

「あー、ゴホン……とにかく、だ。今日、キミに立ってもらう舞台は、七生の時とはひと味違う。今回、俺たちが出演するインプロは最初からコメディがメインだ。つまり、観客のみなさんにはどっかんどっかん笑ってもらう必要がある。さて、ユアユ……」

「万宵です」

「……万宵さん。舞台に立つ者にとって最も大事なこと。それが何か、キミにはわかるかな?」

「まだ演劇はじめて一ヶ月かそこらなので、もしわたしが即答できたら演劇の世界は随分底が浅い、ということになると思いますね」

「そうかそうか、わからないかっ! よろしい! ならば教えよう……舞台に立つ者にとって最も大事なこと、それは!」

「……それは?」

 

 やたら長いタメが入ったので、仕方なく合いの手を入れる。

 なんちゃら太郎さんは、全身を震わせて、すごく気持ち悪い感じに、無駄に舞台慣れしているよく通る声で、はっきりと言った。

 

「そうっ! それは『エクスタシー』だッ!」

「すいません。ふつーにセクハラなので帰りますね」

「すいませんでした調子にのりましたちょっとまってくださいお願いします」

「あ、触らないでください。ていうか、近づかないでください。マジで警察呼びますからね」

「引き止めることすらっ!?」

 

 涙目の亀なんちゃらさんに触れられないようにソーシャルディスタンスを維持して、わたしはジリジリと後退する。なにぶん、容姿がいいので男の人に迂闊に触れられないように気をつけているんですよ。わたし、操は景ちゃんに立てているので。

 

「七生さんからウザいとは聞いていましたが、想像を絶するウザさに正直困惑です。なんでそんなに気持ち悪いんですか? 存在がウザさと気持ち悪さとメガネで構成されているみたいですよ」

「初対面でこれほどの罵倒を……? おのれ、七生め。いらんことばっかり吹き込みやがって……」

 

 ひとしきり肩を震わせて、ようやくおふざけタイムが終わったのか。亀太郎さんは大きく息を吐いて、今度は大仰に肩を竦めた。

 

「いやまぁ……あの巌さんが夢中になってる配信者ってことで、どんな子がくるのかなって。七生も褒めていたし、実際俺も興味津々だったわけよ」

「はぁ……?」

 

 なるほど。さっきまでの気持ち悪いハイテンションはわたしを試すための仮の姿だったというわけだ。腐って(異臭を放っているダンボール箱のみかんのような気持ち悪さで)も、劇団天球の劇団員。本来は舞台に対して一途で真剣な好漢……

 

「で、実際に会ってみたらもうやっぱりモニター越しに観るより超かわいかったからさ!」

 

 ……ではないですね、うん無理、

 

「俺は嘘を吐けない男……だから、正直に言わせてもらう。ぶっちゃけ、顔が超タイプです」

 

 うわやだ、反吐が出そう。

 

「いやぁ~、あの百城千世子とコラボして『天使と並ぶ』なんて言われてるだけある! あ、サインもらっていい!? 俺もファンだから! 悪いけど二枚くれるとすごく助かる!」

 

 ご丁寧にサイン色紙を二枚突き出されたので、丁重に頭を下げる。

 

「すいません。わたし、生理的に無理なファンの方へのサインはお断りしているので」

「え、ファンなのに……?」

「実はここに来る前、七生さんに亀太郎さんのことを聞いたんですが」

「あ、うん」

「一言で述べるなら『息をしてほしくない存在』って言ってました」

「生きることすら……?」

「あ、息しないでください」

「さっそく使わないでっ!?」

 

 うん。唯一、評価できるのはツッコミへの適性だね。

 

「ええいっ……とにかく、とにかくだ! 俺は舞台の上では手を抜くつもりはない! そう、キミが如何に想い人を待つジュリエットのように美しくても!」

「シームレスに口説こうとするのやめてもらえません?」

「ところで舞台から降りたあとの話なんだけど、一緒にお茶でもどう?」

「ストレートに口説けとも言ってないんですよね」

 

 帰っていいかな? 

 

「くっ……かなりかわいいからって調子に乗りやがって!」

「急に三下みたいになりましたね」

「舞台に立ったら、こうはいかないぞ! こうなったら、俺は特別な指導はしないからな! どうしてもと言うなら、手取り足取り、隅から隅まで教えるけど!」

「勝手に吸収するので大丈夫です」

「自由だなっ!?」

「七生さんの時も最初は放任主義というか、完全にほっとかれたので」

「え、マジ? アイツ厳しくない?」

「ですよね。だからこそ、落とし甲斐があったんですが……」

「落とし……え?」

「あ、なんでもないです」

 

 おっと、口が滑った。

 

「まあ、いい! とにかく……キミの今日の演技、人呼んで『和製ジム・キャリー』の俺が、しっかり見極めさせてもらう!」

「あんまりじろじろ観ないでくださいね。気持ち悪いので」

「せめて観ることは許して……?」

 

 

 

 

 

 

 公演終了後。

 

「え、エクスタシー……!」

 

 亀太郎さんはわたしの前で膝をついていた。

 はい。しっかり吸収させて頂きました。

 ごめんね、亀太郎さん。申し訳ないんだけどわたし、興味のない野郎の攻略パートに時間をかけるつもりなんてまったくないんだ……。しかも、最初から好感度の矢印こっちに向いてたし。ぶっちゃけ、七生さんみたいにツンツンしてた方が攻略する気が起きるし、とてもそそる。

 そもそもの話、うっすらと男だったころの記憶が残っているせいで、男性に対して食指が動かないというか……景ちゃんの顔が良すぎて男にあんまり興味が湧かないというか……うん、なんかごめんなさいって感じである。

 まあでも、脇役としてもコメディリリーフとしても亀太郎さんがとっても優秀な役者さんなのはよくわかったので、お茶くらいは付き合ってあげてもいい。もちろん奢りで。

 

「そんなにしょげないでください」

「ユ」

「万宵です」

「ま、万宵さん……!」

「青太郎さんの演技、とても素晴らしかったですよ」

「名前交じってるよっ!?」

 

 あれ、そうでしたっけ? 

 

「まあ、とにかく。お茶くらいならご一緒してもいいです」

「マジ!? ほんとに! 奢るよ!」

「それは当然です」

「あ、じゃあサインも……」

「はいはい。いいですよ」

 

 ここまでせがまれると断るわけにもいかない。わたしは苦笑いしながら、差し出された色紙とサインペンを手に取った。

 

「かっこよくてイケメンな亀太郎さんへ……って入れてもらえると、とてもうれしい」

「わかりました。一枚目には『呼吸禁止』って入れときます」

「まさかの罵倒付サイン……!?」

 

 サラサラと一枚目を書き終わり、二枚目に移ろうとしたその時、

 

 

「あ、結愛ちゃんいた」

 

 

 マイフェイバリットエンジェル、景ちゃんがくせっ毛を揺らしながらひょっこりと現れた。

 

 あ、景ちゃんだ~

 

「……んん?」

 

 景ちゃん!? 

 いや景ちゃん!? 

 どうして景ちゃんがここに!? 

 

「けーいちゃーんっ!」

「あっ!? ちょ! 色紙!?」

 

 サインペンとまだ何も書いてない色紙をほっぽりだして、わたしは景ちゃんの薄くて控えめな胸に飛び込んだ。

 

「なになにっ!? どうしたの? わたしが恋しくなって迎えにきてくれたの!?」

 

 多分、ここに来たのはついさっきだろう。

 わたしの舞台を観ていないことはわかっている。観客席に景ちゃんがいて、わたしが気がつかないはずがないからだ。ほんとは、一回くらい景ちゃんにもわたしの舞台を観に来てほしかったんだけど……でも景ちゃんだって忙しいし、わがままを言って困らせるわけにはいかない。

 

「それは違うけど、たまたまこのあたりまで来ていたの」

「そうなんだ!」

「うん。結愛ちゃん、最近すごく頑張ってるから」

「いやぁ、それほどでもないよ」

 

 と、後ろの亀太郎さんがわたしの肩をちょんちょんと叩く。

 

「もしもし、万宵さん。こちらの素敵な女の子は? 俺にも紹介していただけるかな?」

「消えてください」

「今までで一番殺意高いな!?」

 

 亀太郎さんのことは放っておいて、再び景ちゃんに向き直る。

 というのも、景ちゃんの視線から、なんだか一言で形容しにくい、複雑な感情を受け取ったからだ。

 

「景ちゃん、何かあった?」

「……うん。実は私、結愛ちゃんに直接報告したいことがあって……」

「わたしに直接報告……? おっけー! 婚姻届だね。あ、でもごめん景ちゃん……わたし、今ハンコ持ってなくて」

「ちがうわ」

 

 くっ……クールでちょっと呆れた感じでわたしを観てくれるのがイイね。ひさびさだからゾクゾクするね。

 

「私、実はオーディションの最終審査を受けてきて……その時の演技でいろいろ失敗しちゃって」

 

 あー、なるほど。おーけー、把握した。

 景ちゃんのお芝居はやりすぎちゃうことが多いからね。多分、今回もそのパターンで落ちちゃったんだろう。うん、人生そういう時もある。

 

「大丈夫だよ、景ちゃん! オーディションなんて受かる時もあれば落ちることもあるって!」

「ううん。オーディションは受かったの」

「受かったの!?」

 

 なんだ! それならいいじゃん! 

 今夜は祝杯をあげよう。お酒はまだダメだから、オレンジジュースあたりで。

 

「よかったね~! あ、ちなみに何のオーディション受けてきたの?」

 

 最近、忙しいからゆっくり景ちゃんとお話してる時間なかったんだよね。ちょうどいい機会だ。今日はたくさん景ちゃんの愚痴を聞いて甘やかしてあげよう。

 さあ、景ちゃん……わたしの胸に飛び込んでおいで。

 

 

「百城千世子ちゃんが主演に決まっている、映画『デスアイランド』よ」

 

 

 ……は?




七生編(四話構成)
亀太郎編(一話構成)

青田亀太郎編、完ッ!
一応言い訳しておくと、作者は亀太郎くんけっこう好きです

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