TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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天使とゴジラ

「景ちゃんはねぇ……昔からちょっと自分勝手なんだよ!」

「ほほう」

「何かあったら何でも一人で抱え込もうとするし! それなのに困ったら一人で泣いてるし!」

「ほうほう」

「そのくせ、ちょっと映画観るとすぐ元気になってさ! わたしがたくさん慰めてあげるより、映画一本観た方が元気になることだってあるんだよ!」

「それはウケますね」

「ウケないよっ!」

 

 本当に雨も降ってきそうですし、森の中で立ち話はしたくないのでどこかに入りましょうか、と。いたってビジネスマン的な思考のプロデューサーに連れられて、わたしはカフェでコーヒーを飲みながら景ちゃんへの不安をぶつけていた。

 対面に座るプロデューサーは涼しい顔で紅茶を嗜みながら、わたしの話(という名の愚痴)に適当な相槌を打ってくれている。この野郎、その額のほくろもぎ取ってやろうか。

 

「……プロデューサー、わたしの話、ちゃんと聞いてないでしょ」

「もちろんちゃんと聞いていますよ。しかし、どうしてあなたがそんなに苛立っているのか、私には理解しかねます。夜凪景に、あなたが仮面を被っている事実を知られた。一体、それのどこが不都合だというのでしょう?」

「だって」

「だって、嫌われたらどうしよう、ですか?」

「っ……」

 

 たった一言。その一言で胸中を見事にいい当てられて、わたしは押し黙った。

 ニコリ。プロデューサーは微笑む。

 

「ふふ。あなたの年相応の可愛らしい葛藤を、こうして間近で見聞きすることができるのは……ええ、ええ。私個人としては、とても喜ばしいことですが」

「うっさいだまれ」

「それにしても、何をどうして、そんなに悩むことがあるのやら……夜凪景の前では、ありのままの自分でいればいい。ただ、それだけのことではないのですか?」

 

 むしろ、仮面を被る必要がないなら、あなたにとっては気楽でしょうに、と。プロデューサーはまるで他人事のように、半分ほど口をつけた紅茶の中にミルクを落とした。

 実際、他人事なのだろう。

 今、わたしと景ちゃんの話を聞いているプロデューサーの心の中には、わたしを憐れむような感情は一切ない。ただ淡々と、思ったことをそのまま口にしている。相も変わらず、噓を吐かない人だ。

 だからこそ、思ったことをそのまま言われているからこそ、

 

「ああ……なるほど。ありのままの自分では彼女に好かれる自信がないから、そんなに焦っているんですね」

 

 こんなにも、心に言葉が突き刺さる。

 ここが人目のあるカフェでなかったら、掴みかかっていたかもしれない。けれど、プロデューサーが言うことは全て図星で、的を射ていて、正論だった。

 そうだ。景ちゃんのことをバカって言う資格は、わたしにはない。

 勝手に距離を置いているのはわたしの方で、勝手に怒っているのはわたしの方で……そして、勝手に怖がっているのが、身勝手なわたしだ。

 嫌われたら、どうしよう。幻滅されたらどうしようって。そんな不安ばかりが、心を捉えて離さない。

 

「べつに、嫌われてもいいんじゃないですか」

「え」

 

 嫌われてもいい? 

 自分でも間抜けに思うほどに、拍子抜けした声が喉から漏れた。

 

「いえ、ですから。嫌われてもいい、と言ったんですよ。あなたは()()()()()()()()を当然のように思っている節がある。しかし、普通の人間はそうではない」

 

 ミルクを入れた紅茶に、砂糖までたっぷり注いで。甘い甘いそれを、腹の底が見えない男は口の中に流し込んだ。

 

「人に好かれるというのは本来、とても大変なことです。そうですね……例えばまず、不潔な人間は嫌われます。だから最低限、自分の見た目を整える。そのためには、金と手間がかかりますね」

 

 このように、とプロデューサーはいくらするかわからないスーツの襟を正してみせた。

 

「衣服は買い揃えることができますが、顔は生まれ持ったものです。顔を変えたいなら、整形するためにもっと金がかかる。ですが、逆に言えば金が必要なだけです。これは極論になりますが……外見だけに限るのであれば、金と手間さえあれば、人間の印象はどうにでもできてしまう」

 

 自他共に認める守銭奴であるプロデューサーがこう言うのだから、その言葉には嫌な説得力があった。

 

「……でも、人は外見だけで他の人のことを好きになるわけじゃない」

「ええ。仰る通りです」

 

 プロデューサーは飲み切った紅茶を置いた。

 

「だから私は、人の心を何よりも大切だと考えています。なぜなら……」

「人の心はお金で買えないから……とでも言うつもり?」

 

 先ほどの意趣返しに台詞を取ってやると、今度は底意地の悪い喉がくつくつと鳴った。

 

「その通り……と言いたいところですが、少し違いますね。いつも言っているように、私のビジネスは()()()()()()です。まあ、つまるところ……心というのは、金を積めばある程度買えるんですよ」

 

 無造作に、紙の束がテーブルの上に置かれた。ただの紙でない、一万円札だ。厚さを見るに、ざっと三十万円といったところだろうか。

 普通の人にとっては大金だが、プロデューサーからしてみればただのはした金だ。

 

「仮に、私が夜凪景にこれをプレゼントしたら、彼女の私への好感度は大幅にアップするでしょう。もしかしたら急に大金を恵んでくれた私に感激して、深く信頼してくれるようになるかもしれません」

「いきなり知らない人からお金を渡されたらどん引きだよ。ていうか、お金で買う信用なんて、本当の気持ちじゃないし」

「そう。それです」

「は?」

「あなたがそうやって軽々しく口にする『本当の気持ち』。それは普通なら、どう足掻いても見えない……いくら金を積んでも、目に見える形にできないものなんですよ」

 

 唇が、にんまりと弧を描く。

 

「人間は常に相手を疑いながら会話をする生き物です。言葉はコミュニケーションのツールとして限りなく優秀なものですが、しかし人の口から紡がれる言葉が常に真実であるとは限らない。まあ、稀に私のような正直者もいますが」

 

 白々しい。

 

「いいですか、結愛さん。割り切ることを覚えましょう。嫌われても構わない、と。割り切れば、それだけで楽になれますよ」

「……でも、景ちゃんはわたしの親友で……」

「親友、ですか。でも、友情に証明書はないでしょう? こうして金額を積んで、その価値を証明できるわけでもない」

 

 広げた札束をしまい込んで。プロデューサーは、今度は鞄からPCを取り出して広げた。

 

「その点、あなたの活動は素晴らしい。このように見れば、あなたが愛されている証拠が、明確に表れる。一目見れば、あなたがファンからとても好かれていることがよくわかります」

 

 画面の中で流れるのは、わたしの配信。

 再生数。コメント。評価。たしかにプロデューサーの言う通り、わたしは明確に数字として見える形で返ってくるそれを、好いている。愛している。

 でも、わたしと景ちゃんの関係は……わたしが今、求めているものは、きっとそれではない。

 そんなこと、この非人間のプロデューサーに言っても理解されないだろうけど。

 

「……ふふ。わかっていますよ。あなたが求めているものは『これ』ではない」

 

 は? 今、なんて? 

 

「……プロデューサー?」

「ですが、まぁ……「やめよっかな……お芝居」などと呟きながら泣いている姿を見てしまうと、こちらとしても少々困ってしまうので」

「っ……さっきの、聞いてたの!?」

「ですからこうして、客観的なデータをお見せするのが、手っ取り早いと思ったわけです」

「質問に答えてよ!?」

 

 赤面するわたしの質問は無視して、プロデューサーはキーボードを軽く叩いた。切り替わった画面には、わたしのお芝居に関する様々な感想が書き込まれていた。

 

「これって……」

 

 最初の頃より、どんどん演技が上手くなっている。

 立ち回りが良くなった。

 はじめて舞台を見に行ったけど、おもしろいと思った。

 今はまだ荒削りだが、光るものを感じる。

 厳しい意見もあったけれど、それは約一ヶ月……芝居のために努力したわたしの成果だった。

 

「目に見えないものはどうか知りませんが……少なくとも、あなたの芝居を認め、もっと観たいと望む人々の存在は、はっきりと証明されています。ある意味、これもまた、人々の心を買うビジネスの形の一つ、と言えるでしょう」

「…………天知さん」

「なんです?」

「もしかしてわたしのこと、励ましてくれてるの?」

「ええ、それはもちろん。私は、あなたのプロデューサーですから」

 

 やっぱり底の読めない顔で、プロデューサーは笑う。

 

「役者とは、人々に観られ、愛され、憧れられる、そういう職業です。私は、あなたが役者に向いていると思っていました。だから、黒山にちょっかいをかけられていても、それを黙認した」

「……うん」

「私は目に見える成果として、コメントを出しましたが……逆に言えば、芝居の世界であなたが積み上げてきた成果は、まだたったのこれだけです。それこそ、配信のファンの数とは比べるまでもない」

「うん」

「だからこそ、あなたが芝居を諦めるのは早計である、と。私はプロデューサーとして、釘を刺しておきましょう」

 

 わたしと、景ちゃんの関係。

 わたしが、芝居をやる理由。

 

「夜凪景との関係も……『視えるもの』だけに囚われていては、大切なことを見逃してしまうかもしれませんよ」

「……それも、プロデューサーとしての意見?」

「いいえ。一人の大人としての、忠告です」

 

 添えられた笑顔は胡散臭くて、かけられた言葉は信じられないくらい甘ったるくて。

 でも、わたしのプロデューサーは嘘を吐かないことを、わたしが一番よく知っている。

 

 

 

 △▼△▼

 

 

 

 

「おい、亀。ユアユアへの応援コメントってのは、本当にこれで上手く届くのか? 紙に書いて送らなくてもいいのか?」

「うるさいなぁ……大丈夫だって」

「巌さん、ほんとそういうとこマメになったよね。正直、信じらんない」

「ああ、あと聞きたかったんだが……『スパチャ』ってのはどうやるんだ?」

「「それはやめとけ」」

 

 

 

 △▼△▼

 

 

 

「不味いですね。これ、台風みたいです。急激に発達してるみたいで、いつ過ぎ去ってくれるか……」

 

 外を見ながら、撮影スタッフの一人が言った。

 島の天気は変わりやすい、とよく言うが、外の雨はもはやはにわか雨で済まされるような勢いではなく、水雫が窓の縁を強く叩いている。

 映画の撮影スケジュールは、時間との戦いだ。多忙なタレントが多いスターズ主導の映画ともなれば、それは尚更のこと。予報によれば、この天気は明日、明後日まで続く。仮に、屋内から優先して撮影していったとしても、出演者達の中で最も予定が詰まっている千世子の撮影スケジュールがどうしてもかみ合わなくなってしまう。

 

「……参ったね」

 

 そう呟く手塚の表情は、サングラスに隠れて見えない。

 撮影予定が狂うという事実に対して、手塚はどうする、とは言わなかった。ただ「参ったね」と呟いた。方針を示さない監督の沈黙に、スタッフたちは顔を見合わせる。

 

「脚本、変えるしかないですね」

 

 故に、先んじて発言したのは、この映画の制作プロデューサーだった。

 

「クライマックスのこのシーン……夜凪さんだっけ? この子との共演なくせば? 元々原作にもなかったシーンでしょ。これ、変えちゃいましょう」

「……あはは。何言ってるの。ダメですよ、プロデューサー。クライマックスなくしちゃうなんて」

「そもそも原作にない展開をクライマックスにってファンからの印象悪いですし。これ以外方法な……」

「駄目だ!」

 

 手塚という監督は、滅多に怒鳴らない。

 だからこそ、その怒声は部屋の中にひどく印象的に響いた。気圧されたスタッフ達がしん、と静まり返る。

 自分で作ってしまったその空気を緩めるように、手塚はおどけて肩を竦めた。

 

「……だってほら、ここ感動的なシーンじゃない! 僕、気に入って……」

「監督。らしくないですよ」

 

 今度は、プロデューサーが手塚の発言を遮る番だった。

 

「あなたが何に拘っているのかは知りません。急に脚本を変えたり、夜凪さんをキャスティングしたり……ただ、勘違いしないでほしいのは、あなたの仕事は拘りを追求することでなく、売れる作品を撮ることだ、ということです。そのために、必要な選択をしてください」

 

 彼の言葉は、正論だ。

 撮影スケジュールをこのまま進めても確実に間に合わない。作品を無事に完成させるためには、何らかの手を打つ必要がある。どれかを諦め、どこかを切り捨てなければならない。

 

 

 

「私と千世子ちゃんのシーン、なくなっちゃうんですか?」

 

 

 いつの間に入ってきていたのか。

 プロデューサーの背後に立っていたのは、息を切らした様子の夜凪景だった。

 

「……聞いてたんだ。ごめんね。見せ場削られて悔しいのは分かるけど、こればっかりはね」

 

 口先だけのプロデューサーの謝罪。景の瞳が、縋るように手塚を見る。

 

「……よくあることなんだ。天気には勝てない」

 

 そう。天気には勝てない。

 手塚の勝手な願望と、たった一人の出演者のわがままを優先して、撮影をねじ曲げるなど有り得ない。百城千世子が主演の映画に、泥を塗ることは許されないのだ。

 

「監督。私、千世子ちゃんともっと演じたい。だから……」

「ダメだよ」

 

 その声は、とてもよく響いた。

 それこそ、舞台の主演のように。

 

「……千世子ちゃん」

 

 ふんわりとした印象の私服に着替えた百城千世子は、静かに手塚を見た。

 

「天気に勝てない、なんて。()()()()()()、監督」

「……え?」

 

 予想だにしていない主演からの言葉に、ぎょっとしたのは話しかけられた手塚ではなく、プロデューサーの方だった。

 

「台風だろうとなんだろうと、私と夜凪さんのシーンは撮らないとダメだよ」

「い、いや……千世子ちゃん。でも……」

「後、2日。台風がくるのが遅かったら改稿のしようもあったかもだけど……もう遅いよね。三幕構成くらい守らないと、流石にお客さん騙せないよ」

 

 それは、百城千世子だからこそ言えること。

 

「撮ろうよ。私なら巻ける。全然間に合うよ」

 

 思ってもいなかった援軍の登場に、景はぽかんと口を開けて千世子を見ていた。

 凛々しい横顔が、いたずらっぽく表情を変える。

 

「意外そうな顔をしているね」

「……えっと」

「万宵さんに見せる芝居を撮りたいんでしょう?」

 

 そっと、周囲には聞こえないように、千世子は景の側へ顔を寄せた。 

 

「あの子の仮面、私なんかよりもずっと分厚いよ。それでもやる?」

「やる」

 

 即答だった。

 最初から、迷うことなどない、と。景の表情は口に出さなくても、そう物語っていた。

 愚直なほど真っ直ぐな瞳を覗くのが眩しくて、千世子は思わず目を細める。

 

「私は、売れる作品を撮るためなら何だってする」

 

 それが、百城千世子が仮面を被る理由。

 天使が胸の内に秘める、映画へ懸けるささやかなプライドだから。

 

「嫌だって言っても、最後まで付き合ってもらうよ夜凪さん」

 

 そう。これはプライドの問題だ。

 景が結愛を振り向かせたいように。

 千世子もまた、結愛を振り向かせたい。仮面を剝がし、その裏側を見たい……という景の目的とは違う。ただ、自分の演技が、彼女のそれを上回ることを証明したい。

 

 だからこれは、

 

「ふふっ……さしずめ、天使とゴジラの共同戦線ってやつかな」

「……千世子ちゃんまで、私のことゴジラっていうの?」

「ブルドーザーの方が良かった?」

「そういうことじゃないわ……」

 

 げんなりとした表情の景に向けて、千世子は微笑む。

 敵の敵は味方、というわけではないけれど、目的は合致した。

 

「やるよ、夜凪さん」

「うん」

 

 

 舞台の上で、ようやく役者が肩を並べる。

 

 ──さあ、悪魔の心を射落とそう。

 

 




次回、クライマックス
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