TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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演劇会の重鎮・巌裕次郎

「何をしているんですかあなたは」

 

 喫茶店で、ひさしぶりに会うプロデューサー……天知心一は、注文したコーヒーが置かれて早々、わたしに対して不躾にそう言ってきた。

 

「……いや、べつに。何もしてないけど?」

「いやべつに、ではなく。実際にしてるでしょう。実にバ……愉快でおもしろいことを」

「ねえ今バカって言いかけたでしょねえ?」

 

 プロデューサーはその質問には答えず、メガネとマスクで顔を隠しているわたしの前に、大量の週刊誌とスポーツ新聞の切り抜きをぶちまけた。

 

『星アキラ、熱愛発覚!?』

『お相手はデスアイランドの共演者!』

『新人女子高生女優、スターズのスターを射止める!』

 

 書き連ねられているのは、ゴシップの雨あられと言わんばかりに品のない文字の羅列である。ビキリ、とわたしは自分の額に青筋が浮かぶのを自覚した。

 

「……クソブンヤがぁ」

 

 インクと紙の無駄の極みみたいな記事を、無言で握り潰す。

 

「ちなみにこれは私の私物です。読めなくなるのはとても困ります。弁償して、また切り抜いてもらいますよ?」

 

 無言で広げて、丁寧に元に戻す。わー、ちょっとだけ皺が寄っちゃったな~。でもまだ全然読める。うん、平気平気。大丈夫、問題なし。

 プロデューサーはニコニコとコーヒーを口に含みながら、また別の切り抜きの記事を差し出してきた。

 

「それに、こちらはこちらでおもしろいことになっていますし」

 

『明神阿良也、熱愛発覚!?』

『お相手は大人気配信者!?』

『演劇界の新星を食らう!』

 

「このクソブンヤがぁ!」

 

 誰と誰が付き合ってるって!? 

 あんな変人目の下クマ男と付き合うわけないでしょうが! 

 

「声が大きいですよ」

 

 プロデューサーに言われて首を竦めるが、それでも納得はいかない。変装用のマスクをずらして鼻息荒くコーヒーをすするわたしとは対照的に、プロデューサーはどこまでも上機嫌だった。

 

「いやあ、しかし……本当に大したものです。やり方と取り上げられ方はともかく、これだけ多くの雑誌で話題をかっさらうとは。私でも、事前の根回しと金がなければできることではありません」

「褒めてんの? けなしてるの?」

「もちろん、とても褒めていますよ、ええ。この調子でがんばっていきましょう」

 

 この腹黒プロデューサーに褒められても欠片も嬉しくないな……マジで。

 

「ですが結愛さん」

「なに?」

「注目されるということは、とても素晴らしいことですがリスクも伴います。多くの人々の、理由なき悪意に晒される機会が増えるということですからね」

「わたしにそれを言うのは今更じゃない?」

「念を押しただけですよ。あなたがこれから立つ舞台は、配信という今までのフィールドとは違う。百城千世子との配信はあなたのホームでしたが、巌裕次郎の舞台はあなたにとって完全にアウェーです」

 

 さっきはあれほど自分の私物であることを強調した週刊誌の切り抜きを、プロデューサーはくしゃくしゃに丸めて破り捨てた。

 

「こんな吹けば飛ぶような三流週刊誌の記事は、利用するだけ利用して名前を売り込む足掛かりにすれば良いでしょう。私が根回しして、少し金を添えてやれば印象の上書きも簡単にできます」

 

 特に頼んでもいないけど、それは心強いね。

 

「ですが、舞台であなたの演技を見る観客の印象、評価は私の力ではどうにもなりません。それは……」

「わたしの実力次第、って言いたいんでしょう」

 

 今日、一番深いため息を、わたしはプロデューサーにもよく伝わるように大きく吐き出した。

 

 

「ごめん。でもはっきり言うね。そ(・)れ(・)が(・)一(・)番(・)い(・)ら(・)な(・)い(・)心(・)配(・)だ(・)よ(・)、プロデューサー」

 

 

 またニコリ、と微笑んだプロデューサーは、無言のままハンカチを取り出した。

 

「……なに?」

「ああ、いえ。娘の成長を実感するときっとこういう気持ちになるのだろうな、と。少し目頭が熱くなってしまって……」

「役者の前でウソ泣きすんな。その目薬しまえ」

 

 

 

 △▼△▼

 

 

 

「何をしているのあなたは」

「いや、そのなんというか……」

「いやなんというか、じゃないわ。実際に撮られているでしょう。夜凪景といるところを」

 

 星アリサは憂鬱だった。というか、胃がきりきりと痛かった。

 デスクの上に積み上げられた週刊誌、スポーツ紙の記事には、アキラと景の熱愛をほのめかす記事が乱立している。一体どうして、こんなことになってしまったのか? 

 

「ふふっ……アキラちゃんと夜凪さんが熱愛……熱愛だって」

 

 しかも、執務室のソファーの上では百城千世子がソファーでごろごろしながらそれらの週刊誌を読み漁り、堪え切れない笑いを他人事のように漏らしているので、アリサの心労は倍増だった。いや、もちろん千世子にとっては完全に他人事なのだが、白のワンピースの裾をひらひらと揺らしながら、足をばたつかせてニコニコと整った顔立ちを歪めている様は、アリサにとっては別の意味で目の毒である。

 

「千世子君。アキラち(・)ゃ(・)ん(・)はやめてくれ」

「千世子。行儀が悪いからやめなさい。それに、アキラのイメージダウンはスターズ全体の損失に繋がるのよ。笑い事で済まされることではないわ」

「でも、元はといえばアリサさんが悪いんだよ。私がせっかく夜凪さんと約束してたのに、急なお仕事入れちゃうから」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべながらも、微妙に千世子の機嫌が悪い理由はどうやらそこにあるらしい。アリサはまたさらに胃が痛くなるのを感じながら、気だるげに手を振った。

 

「ええ。こんなことになるのなら、仕事に穴をあけてでもあなたに行ってもらえばよかったわね」

 

 アキラの背が、目に見えて縮こまる。

 アキラの人気は、子ども向け特撮番組をメインに、若い女性から子どもたちの母親まで、幅広い年齢層で構成されている。アキラ自身の年齢を鑑みても、色恋沙汰をすっぱ抜かれるには少々早く、今後の活動を考えると明らかにマイナスにしかならない。

 交際相手を頻繁に変えてもまったくスキャンダルにならない女優……例えば『環蓮』のような特殊な役者もいるにはいるが、大抵のタレントにとって結婚を前提にしない交際のスキャンダルはイメージの低下にしか繋がらないのだ。

 とはいえ、過ぎたことをいつまでもぐちぐちと言っていっても仕方がない。

 

「アキラ、劇団天球の舞台に出なさい」

「……天球の舞台に?」

「黒山に確認を取ったの。夜凪景は明神阿良也と天球の舞台に出演する予定だと聞いているわ。そこにあなたも捻じ込んで、夜凪景とは『出演予定の舞台の主演の芝居を観にきた、ただの共演者』ということにします」

「あはっ。強引」

 

 千世子がまた笑う。

 

「これでひとまずは、なんとか収まるでしょう」

「いいなぁ……アキラ君(・)、天球の舞台に出れるなんて」

 

 どこか物欲しそうな呟きが漏れる。びくり、とさっきまでとは別のプレッシャーに、アキラが肩を震わせた。

 そのままソファーから細い身体を起こすと、千世子はアリサに向き直った。

 

「ねえ、アリサさん。強引ついでに、私も一つお願いがあるんだけど」

「……聞くだけなら聞いてあげる」

「やだなぁ。そんなに恐い顔しなくても。べつに変なお願いじゃないよ」

 

 千世子は週刊誌の一つを手に取り、目の前で広げて、

 

「この、万宵さんと『ネツアイ』してるらしい、明神阿良也って役者、気になるんだけど」

 

 潰した。

 

 

 

 △▼△▼

 

 

 

 夜凪景は少し緊張していた。

 目の前には、はじめて入る稽古場の扉。黒山からここに行くように言われた時はとても心が踊ったが、はじめて来る場所というのはやはりどうしても身体が固くなってしまう。ましてや、ここにはあの役者がいるのだ。

 

(ここに、あの人が……)

 

 明神阿良也。彼の芝居は千世子とはまた違うものだった。千世子の芝居が画面の向こう側で輝いている、ある種手の届かないものだとしたら。阿良也の芝居は観客の共感を引き出し、寄り添うもの。阿良也が泣けば悲しくなり、阿良也が笑えば嬉しくなる。観客と役の境目がなくなる演技、とでも言えばいいだろうか。

 見ていて、鳥肌が立つ役者だった。

 

(ちょっと……ううん、すごく変な人だったのが気になるけど)

 

 景自身も一般常識に当てはめてみるとかなり変な人の部類に入るのだが、残念ながら本人にその自覚はない。

 

(結愛ちゃんとの距離感が近かったのも……なんだかすごくモヤモヤするけど)

 

 景自身もアキラとの距離感がものすごく近く、結愛をかなりモヤモヤさせているのだが、本人にその自覚はない。

 

(でも、黒山さんも絶対いい勉強になるって言ってくれたし……うん、がんばるわ!)

 

 心を決めて、扉を開ける。

 

「こんにちは! 今日からお世話になります! 夜凪景で……」

 

 

 

 

 

 

「結愛。俺のものになってよ」

 

 景の呼吸が、自然に止まる。

 スタジオに稽古場に入ってまず最初に目に入ってきたのは、壁際に追い込まれ、阿良也に自然な形で壁ドンされている結愛の姿だった。

 簡潔に言えば、幼馴染が男にものにされかけていた。

 夜凪景、フリーズ。

 

「……どう?」

「いやいや阿良也くん。何もわかってないよ。なんかねぇ、こう、雑。雑なんだよね。もっと少女漫画とか恋愛小説とか読んで勉強した方がいいと思うよ」

「小説はあまり読まないな」

「やっぱここは俺に代われよ阿良也。俺が完璧な壁ドンってヤツを見せてやるから」

「あんた結愛に壁ドンしたいだけでしょ。気持ち悪いから離れな」

 

 その気の抜けたやりとりも、フリーズした景の耳には届かない。すでに景の頭の中は、男に迫られている結愛をどう助けるかで一杯だった。

 腰を落とし、助走距離を確保する。走り出した足は自分でも驚くほど軽く、十分な助走距離と速力を得た景の身体は、重力に逆らって宙を舞う。

 

「結愛ちゃんっ!」

「え、景ちゃ……?」

「ん?」

 

 結果。夜凪景の全力の飛び蹴りを食らった明神阿良也の身体は真横に吹っ飛んだ。

 

 

 ★★★★

 

 

「ほんとうにごめんなさい」

 

 景ちゃんが土下座する。とてもきれいな土下座である。わたしはとりあえず後ろに回って、そのきれいな臀部の形を視界におさめた。いいおしりですねぇ。

 

「ああ、うん。まあ、俺も挨拶でライダーキックを食らうのははじめてだったからね。いい経験になったよ」

「どんな経験だよ」

 

 阿良也さんの間の抜けたフォローに、七生さんがツッコむ。まあ、景ちゃんが来る前に『少女漫画で見るようなキュンとする壁ドン演技勝負』をやっていたわたしたちも紛らわしいっちゃ紛らわしいけど……でも、さすがにいきなり飛び蹴りをしてくるのは想定外だった。

 

「とりあえず土下座やめて頭あげなよ」

「……はい」

 

 はぁ、しょんぼりしてる景ちゃんもかわいいねぇ。

 でも景ちゃんは、わたしを阿良也くんから助けるためにこんな風に身体を張ってくれたわけで……くぅぅ……やっぱり景ちゃんはさすが景ちゃんだね。そこに痺れるし憧れるし最初から最後まで愛してるよ。

 わたしは立ち上がった景ちゃんに近づいて、手を突いた。

 

「景ちゃん。結婚しよう」

 

「え、なに? どこからどの流れでゆあゆあはそのセリフ発してるの? どういうこと?」

「聞いてはいたけど、ほんとに大好きなのね……」

 

 亀さんと七生さんが呆れたように言うけど、聞こえない聞こえない。そもそも最近は景ちゃん成分が不足気味だったからこうやって多めに摂取しないと死んじゃうんだよわかりますか? 

 

「……なるほど。夜凪の方が身長が高いのに、わりと様になってる。いい壁ドンだ。熱を感じる」

「阿良也は馬鹿なの?」

 

 いや阿良也さんは馬鹿だよ。

 

「結愛ちゃん……なんかすごくここの人たちと仲が良いというか……馴染んでるのね」

「え? ああ、うん。だってわたし、ここにいる人たちともうほぼ知り合いだしね」

「そうなのね……」

 

 ああ、だからそんなにしょんぼりしなくても大丈夫だよ景ちゃん。わたしがついてるから何の心配もいらないからね! 

 

「おっと、結愛。イチャイチャするのもいいけど、そろそろやめておいた方がいいよ」

「は? なんで?」

「巌さんが来た」

 

 その名前に、わたしは思わず背筋を伸ばした。

 景ちゃんには劇団天球のほとんどの人と知り合いになった、と言ったけど、実はわたしがまったく面識がない人間が一人だけいる。それが、演出家であり天球を束ねる長である、巌裕次郎さんだ。

 理由はなんとなく察しがつく。きっと、配信者上がりで役者の世界に入ってきたわたしのことを快く思っていないのだろう。嫌っている、とまで言ってもいいかもしれない。事実、わたしはこの稽古場に何回か足を運んでいるのに、一度も巌さんに会わせてもらうことができなかった。

 

 

「集まってるな」

 

 

 低く、威厳のある声が稽古場に響く。景ちゃんの表情も、あからさまに緊張したものに変わった。

 顔に刻まれた皺は深く、眼光は鋭く。さっきまでふざける声で満ちていた稽古場に、杖を突く音だけが綺麗に木霊する。

 すごい。存在感だけで一癖も二癖もある実力派揃いの天球の役者さんたちを黙らせる『圧』がある。

 

「……」

 

 これが、日本演劇会の重鎮。巌裕次郎。

 ごくり、と。生唾を飲み込む。

 意を決して。わたしは自分から進んで前に出て、巌さんの前に立った。

 

「はじめまして、巌さん。万宵結愛です」

 

 視線が、こちらを向く。

 

「……ああ。はじめまして、だな。ユアユア」

 

 …………ん? 

 あれ? 

 えっと……え? 

 

 わたしは戸惑った。

 どんな感情が突き刺さってくるのか、身構えていたのに……んん?

 なにこれ? 

 え、なんかこう……なに? 

 

「早速だが、頼みがある」

 

 巌さんからわたしに向けられている、このくすぐったいような、照れくさくなるような、この感情の色は……

 

 

「サインください」

 

 

「えっ……あ、はい」

 

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