TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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そしてはじまる乗車試験

『巌裕次郎!?』

 

 電話の先から聞こえてきた大声が、こちらまで響いてくる。単純な声量に由来するその爆音に、耳を寄せていた景ちゃんもスマートフォンを取り落としそうになった。

 布団の上でわたしと戯れていたルイくんとレイちゃんも、そちらが気になったらしい。

 

「おねーちゃん、誰と話してるの?」

「もしかして彼氏!?」

「はいはーい。景ちゃんお話中だから、二人とも邪魔しないの。あと、景ちゃんの彼氏はわたしだから」

「ゆあねーちゃん、女の子なのに彼氏できるの? ちんこついてるの!?」

「ついてないけど大丈夫だよ。わたしの心のちんこは、そこらへんの男の粗ちんには負けないから」

「すっげー!」

「ゆあねーちゃん、ルイに変なこと教えないで」

「はい。すいません」

 

 レイちゃんに怒られて頭を下げる。なんかわたし最近ちんちんとかちんこばっか連呼してるな。気のせい? 

 それはともかく、景ちゃんの電話の相手は烏山武光くん。デスアイランドで共演した役者さんの一人である。言うまでもなく、声の大きさが特徴だ。

 

「う、うん……私、その人の舞台で主演を演じることになって……」

『主演!? 巌さんの舞台で!? ……いや、お前のことだ。そういうこともありえるのだろう。とにかく、すごいじゃないか! おめでとうっ!』

「あ、ありがとう……それで、武光君って舞台が専門の役者さんでしょう?」

『ああ! 基本的にはそうなるな!』

「だから、巌さんがどんな人なのか聞いておきたくて……」

『なるほど』

 

 そこで武光くんはようやく声のトーンを一段落とし……しかし、もう一度語気を強めて叫んだ。

 

『いいか夜凪!? 巌さんには気をつけろよ!』

「え?」

『身の危険を感じたらすぐに逃げろ! いいな!?』

「身の危険!? 身の危険があるの?」

 

 景ちゃんの顔色が目に見えて青くなる。

 芝居の稽古で身の危険ってなんだろう、って思うけど。デスアイランドの撮影の時も滝の上から落ちたり、大雨で濁流に流されたりしてるので、景ちゃんが絡む撮影はそもそも大体危険な気がするな……ハリウッドか何かか? 

 

「おねーちゃん顔色悪いよ、大丈夫?」

 

 その表情の変化を、レイちゃんが目敏く指摘する。

 わたしはぬるりと横から手を伸ばし、景ちゃんの手のひらからスマートフォンを取り上げた。

 

「あっ……ちょっと結愛ちゃん、勝手に」

「もしもしー、武光くん? やっほー」

『その声は……万宵か! どうして夜凪の電話から万宵の声が?』

「わたしと景ちゃんは一心同体だからね」

『なるほど』

「なるほどじゃないわ」

 

 景ちゃんとお揃いの『キーゼルバッハ部位Tシャツ』を着込んでお泊まりに来ているわたしは、もはや景ちゃんと一心同体と言っても過言ではない。

 それはともかく。重要なのは巌さんの情報だ。

 

「それで武光くん。巌さんってそんなにヤバいの?」

『ああ! 業界の中でもかなり厳しい指導で知られている人だ! 直接会ったことがない俺でも、噂に聞くほどだからな!』

「そっか……たしかにヤバい感じはしたけど、やっぱりそうなんだね」

『流石は万宵だ。人を見る目があるな。その口ぶりだと、もう巌さんとは会ったのか?』

「うん。初対面で頭撫でられた」

『……撫で……え?』

 

 武光くんの声音に、はじめて困惑が宿る。

 

「とにかく、いろいろありがとねー。その舞台、わたしも出るから、今度チケット送るよ~。じゃあ、おやすみー」

「あ、結愛ちゃん!」

 

 景ちゃんの制止を待たず、わたしはさっさと武光くんとの電話を切ってしまった。

 

「どうしたものかな……」

「どうしたものかって?」

「いやほら、ぶっちゃけわたしはいくら撫でられても触られてもいいんだけどさ。景ちゃんにあのおじいちゃんの魔の手が伸びるのだけは、なんとしても阻止しなきゃいけないじゃん?」

「そうなの?」

「そうだよ!」

 

 どうしてこう、自分がかわいいっていう自覚がないのかなぁ! このかわいい幼馴染は! 

 

「でも私、お芝居はしたいわ」

「うん。それはわかる。景ちゃんだしね。まあ、今回はデスアイランドの時とは違ってわたしも近くにいるし、大丈夫っちゃ大丈夫か」

「そうね。巌さんはもちろんこわいけど……私、他の人達とも仲良くなりたい」

 

 結局、あの日はほとんどまともな稽古もできないまま帰されてしまった。わたしはここ数ヶ月の下積み期間のおかげで天球の役者のみなさんとは面識があるし、既にそれなりの関係を構築できているけど、景ちゃんは違う。

 

「あぁ、そうだね。でも、景ちゃんの実力なら大丈夫! きっとみんなすぐに受け入れてくれるよ。七生さんはツンデレだけど優しいし、亀さんは変態で気持ち悪いけど優しいし。阿良也さんは……ちょっと仲良くなるのが大変かもしれないけど」

「阿良也、さん……」

 

 結愛と共演していた、劇団天球の顔とも言える役者。

 その顔と、舞台の上の結愛の姿を思い出して、景は下を向いた。

 

「結愛ちゃんは」

「ん?」

「結愛ちゃんは何か、阿良也さんとは随分仲が良さそうよね?」

「ふへ?」

 

 あかん。

 声がきれいに裏返ってしまった。

 

「いや。いやいやいや! べつに、その、ほら……阿良也さんには、たしかにいろいろ教えてもらったけど! 教えてもらったけれども! それはあくまでもお芝居のためっていうか、ビジネスライクな付き合いっていうか!」

「でも、一緒に山に籠ったって言ったわ」

「えっと……それは、まぁ、はい。わたしの演技力向上のために」

「何もなかった?」

「な、ナニモナカッタヨー」

 

 言えるわけがない。

 阿良也さんの前で全裸になって、ワンコごっこして、熊に襲われて、その後おいしくいただきました、とか。絶対に景ちゃんに言えるわけがない。

 だって、客観的に見て自分でもドン引きするもん! 

 本当は景ちゃんに隠し事はしたくないけど、こればっかりは黙っておこう。胸の内にしまっておこう、うん。

 

「何もなかった……なら、いいけど」

 

 ぎゅい、と袖を引かれる。

 普段は見上げる側の景ちゃんは、今はわたしを上目遣いに見上げていて。

 いつもは凜とした印象の横顔は、今は熱を孕んだように潤んでいて。

 

 ……いや、うん。その、なんというか。

 これはダメだ。こういう顔をするのは、あまりにもずるい。

 かわいすぎる。

 

「結愛ちゃんと阿良也さんがそういう関係じゃなくても、ちょっと……妬いちゃうわ」

 

 これ、食べちゃってもいいかな? 

 

「ゆあねーちゃん?」

「はい。すいません」

 

 

 

 ☆★☆★

 

 

 

「どうしたの結愛? 寝不足?」

「うん。昨日ちょっとむらむらして」

「むらむら?」

「やっぱりわたしの心にもちんちんはあったみたいだよ」

「ちょっとなに言ってるかわからないんだけど」

 

 ふふ……景ちゃんにむらむらして全然寝れなかったぜ。でも、一周回ってすごく元気な感じなんだよね。徹夜明けのハイテンションってやつ? 

 

「よくないね。役者が体調管理を怠るものじゃない」

「いつも目の下に隈浮かべてる阿良也さんに言われたくないんですけど?」

「俺はこういう顔だからいいんだよ。それより……」

 

 いつもと変わらず気だるそうな阿良也さんは、景ちゃんの方を指差して言った。

 

「あれ、なに?」

 

 景ちゃんはぷるぷると震えながら、箒を握りしめて巌のおじいちゃんと向かいあっている。

 

「す、すみません……昨日、台本読んだんですけど、全然頭に入ってこなくて……でも、がんばりますので、痛くしないでください」

「その箒はなんだ。ヤる気かテメェ」

「や、やる気は! やる気はあります!」

 

 景ちゃんは今日もかわいいなぁ……。

 

「ねえ、結愛。あんたの幼馴染って見た目美人だけどさ……」

「あ、七生さん気付いた? 見た目はかわいいけど、基本的に中身変人でポンコツだよ」

 

 でもそこが愛せるってわけよ。

 

「七生! 亀! 阿良也! ちょっとこい。ユアユアもだ」

 

 おっと、呼ばれてしまった。

 ていうか、どうでもいいけどあのおじいちゃん、指導の間わたしのことずっと「ユアユア」って呼ぶつもりなのかな……? わりとヤバくない? 

 

「K……じゃねえ、夜凪」

「え、あ、はい」

 

 おいジジイ。また景ちゃんのこと『K子ちゃん』って呼びそうになっただろ? 

 

「喜怒哀楽を表現してみろ。簡潔にな」

「喜怒哀楽……?」

 

 少し考え込んだ景ちゃんは、意を決したように前を向いた。

 

「喜」

 

 ぱぁ。

 

「怒」

 

 むっ。

 

「哀」

 

 しゅん。

 

「そして、これが楽!」

 

 ぴすぴす。

 

「……」

「……」

「……」

 

 うん。くっそわかりづれぇ。

 

「巌さん巌さん。こいつふざけてますよ」

「ふざけてないわ! 真剣です!」

 

 そうなんだよね。ふざけてないんだよなぁ……。景ちゃん、これでも至って真剣にやっているんだよなぁ。

 もちろん、小さな頃から景ちゃんの表情の変化を見てきたわたしから見れば、その心情は手に取るように把握するのは容易いこと……なんだけど。残念ながら、一人の役者さんとして見た場合、これは景ちゃんの明確な弱点だ。

 

「話になんねぇな。おい、亀、手本見せてやれ」

「うっす! よく見とけよ夜凪! この和製ジムキャリーの芝居を!」

「ジムキャリーに謝れ」

 

 七生さんの鋭いツッコミをものともせず、亀さんがうきうきと前に出る。

 

「はい、喜ぃ!」

 

 びーん。

 

「怒ぉおおお!」

 

 どぉおおん。

 

「哀……」

 

 ズーン。

 

「そしてこれが……エクスタっ……」

「おっと」

 

 手が滑った。

 

「あぼぉあ!」

 

 わたしがぶん投げた小道具が、亀さんの顔面にクリーンヒットする。うん、我ながらナイスコントロール。

 

「いってぇんだけど! なんで俺の名演の邪魔すんの!?」

「いや、下ネタの気配がしたもんで」

「マジでジムキャリーに謝れ」

 

 わたしのちんちんセンサーに不快な反応がびんびんきたからね。景ちゃんに不快な汚物を見せるわけにはいかない。

 ふざけた亀さんをヘッドロックして締め落としつつ、巌さんがやれやれと首を振る。

 

「だがまぁ、俺たちを不快にした時点で、演技としては夜凪のそれより上等だ。少なくとも、表現力は伴っている」

 

 ちらり、と。鋭い視線がこちらに向く。

 

「ユアユア。やってみろ」

「……はーい」

 

 いつの間にか、それぞれ練習をしていた他の団員のみなさんも集まってきた。景ちゃんはおろおろと周囲を見回しているけど、わたしとしてはこちらの方がやりやすい。

 ここは天下の劇団天球。わたしをじっと見詰める役者達は、正しく感情表現のプロフェッショナルだ。表現の基準にするのに、これほど適した人材もいない。

 

「はい。喜。怒。哀。楽」

 

 もはや、いちいち区切るのも面倒くさかった。

 時間にすれば、それぞれ数秒ずつほど。でも、感受性が高いこの集団を相手に表現するには、それで充分なくらいだ。むしろ、派手過ぎず、地味過ぎず。スピーディーに表情を入れ替えてみせた方が、アピールとしてはちょうどいい。

 ほう、と。感嘆や感心の感情が寄せられる。

 

 

「ふっ……流石だな、ユアユア」

 

 

 だからなんなのこのジジイ? 

 めちゃくちゃ得意気な顔するじゃん。

 

「いいか、夜凪。『深さ』と『伝わりやすさ』を両立しろ。お前が今までしてきた芝居を否定するつもりはねぇが、芝居は妄想じゃねえ。表現であることを知れ」

「表現……」

「10日以内に、今の課題をクリアしろ。できなきゃお前は降板だ」

 

 しばらくあっけに取られていた景ちゃんは、ようやく自分の置かれた状況に理解が追いつきはじめたようで、じっと考え込みはじめた。

 

 

 

 ★★★★

 

 

 

 巌のおじいちゃんが一人になったタイミングを狙って、わたしは話しかけに行った。

 

「巌のおじいちゃん」

「ユアユアか。夜凪についてなくていいのか?」

「演技力向上のために、一人で考える時間は絶対に必要だからね。それくらいは弁えてますよ。なんせ、親友なので」

「そうか」

 

 もちろん景ちゃんのことは心配だけど、今はそれよりも気になることがある。

 

「ねえ、巌のおじいちゃん。さっきのわたしの演技を見て、どう思った?」

「よかったぞ」

「うそつき」

「……」

 

 たしかに、口では褒めてもらった。得意気な顔もしていた。

 でも、非常に申し訳ないけれど。わたしには心や感情が視えるので……わたしの演技を見ていた巌のおじいちゃんが『何も思っていなかった』ことは、手に取るようにわかる。

 そう。何もなかったのだ。わたしを見詰める巌裕次郎の感情には、何の色も宿ってはいなかった。

 

「演技をしながら、俺の反応まで盗み見てやがったのか。食えねぇな、ユアユア」

「食えないのはそっちでしょ。わたしのファンだっていうのも、もしかしてうそだったりする?」

「いや、それは本当だが」

「……」

「本当だが?」

 

 わかったから繰り返さなくていい。

 

「いいか、ユアユア。俺はユアユアが好きだ」

「やめてくださいそういうのはちょっとほんとむりです。わたし好きな人がいるんで」

「だが、今のユアユアの演技が……劇団天球の舞台に相応しいとも思っていない」

 

 ……なるほどね。

 

「何をしたら認めてもらえる?」

「夜凪と同じだ。特別扱いはしない。課題を与える」

 

 景ちゃんと同じ、ね。おじいちゃんの反応にはちょっと引っかかるところがあるけれど、何かしらの課題があった方が、わたしとしてもやりがいがあっておもしろい。

 

「……って、ちょっと待って。もしかして、その課題って」

「おう。察しがいいじゃねぇか」

 

 わたしはまだ、役を貰っていない。

 目の前に座る老獪は、これ見よがしに口の端を吊り上げた。

 

「銀河鉄道の夜で、自分が演じる役を……自分で見つけてみせろ」

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