TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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碑文つかささんから、主人公のイラストをいただきました!


【挿絵表示】


イメージ通りでかわいくてめちゃくちゃテンション上がりますね……両手のパペットや、ヘッドフォンなど細かい点にまで気を配ってもらって最高です。本当にありがとうございます!


釣り配信と映画監督

 景ちゃんが、連れ去られてしまった……

 景ちゃんが連れ去られてしまったのに、なんでわたしは吞気に学校に来て、のんびりと授業を受けて、穏やかにお昼のお弁当を広げているんだろう……? 

 

「はぁああああああ……」

「どうしたの結愛? 溜息深いよ」

「だってぇ……」

「あー、隣のクラスの夜凪さん。今日、お休みなんだっけ? だから元気ないの?」

「それは、そうなんだけどぉ……」

 

 クラスメイトの言葉に、力なく頷く。

 朝、車で乗りつけてきたあの不審者の名前は、星アキラ。よーく顔を見てみたら、わたしでも知っている有名な俳優さんだった。最近は日曜朝の子ども向け番組『ウルトラ仮面』に主演として出ている。ちびっ子と若い奥様から大人気だ。

 なんでも、景ちゃんが落ちたオーディションの合格者が最終審査を辞退してしまったらしく、その穴埋めということで、景ちゃんにもう一度審査を受けてもらうため、あんな朝早くから迎えにきたらしい。今をときめく若手俳優を、タクシー代わりにこき使うなんて、スターズは人手不足なのだろうか? それとも、事務所の代表の星アリサの息子だから、こき使われているのかな? 

 心の中で皮肉を言っても、誰も聞いてくれないのがつらい。

 そういえばあのイケメン、ちらっと「君が千世子くんの……」って言ってたけど、なんだったんだろう? 

 

「でもよかったじゃん。夜凪さんがお休みなの、オーディションを受けに行ったからなんでしょ? 落ちたはずのオーディション、今度こそ受かるかもしれないし」

「それはぁ……そうなんだけどぉぉ……」

 

 本当は、わたしもついて行こうと思った。

 でも、あの見た目さわやかイケメン不審者は「関係者以外の人間を会場に連れていくわけにはいかない」とか正論をのたまうし、景ちゃんも景ちゃんで「大丈夫。行ってくるわ。心配しないで」とか思わず心をハートキャッチされそうなイケメンセリフでわたしのことを押し留めてくるし。そのくせ、レイちゃんルイくんはしれっとなにくわぬ顔で一緒に車に乗り込んでオーディション会場に付いて行っちゃったし……

 結局、ぽつんと取り残されてしまったわたしは、1人寂しく学校に行くしかやることがなかったわけで……

 

「わたしだけ仲間外れだあああ……うわあああ」

「はいはい」

「おー、よしよし。おかずの玉子焼き食べるか?」

「食べるぅ……」

 

 こういう時、甘やかしてもらえるから美人はお得だ。

 女の子のコミュニティは外見がかわいいと生きにくい……って思っていたけれど、なんてことはない。大事なのは、人間関係の構築と立ち回りだ。

 刺さってくる感情を読んで、分析して、それに沿った行動を取捨選択して、自分に対する好感度が高い人間を周囲に残す。それさえできれば、集団の中で孤立することはまずない。

 なお、景ちゃんは雰囲気が近寄りがたいので孤立しまくってる模様。

 でも、景ちゃんにはわたしがいるから……景ちゃん……景ちゃん景ちゃん景ちゃん……

 

「あー! 景ちゃん大丈夫かな~! また何かやらかしてないかな~! オーディション受かるかなぁ~!」

「夜凪さんいないから発作起こしてるよ」

「心配するかごはん食べるかどっちかにしな」

「信じて待つのが幼馴染ってもんじゃないの?」

「う~!」

 

 クラスメイトからの正論に袋叩きにされて、わたしは頭を抱えるしかなかった。

 でも、たしかにその通りかもしれない。

 今のわたしにできるのは、景ちゃんの合格を信じて待つことだけ。

 だったら、わたしは待つ! 景ちゃんの合格を信じて! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また落ちたらしい。

 

「何なんだろう今日は……厄日かな?」

 

 放課後、わたしはスマホの画面を見ながら、思わず首を捻った。

 オーディションの審査で、一度は落ちたけど、補欠枠から合格まで駆け上がって、一気に人生大成功! なんて、よくあるサクセスストーリーだと考えていたんだけど……何度でも言おう。やはり現実というものはそんなに甘くはないらしい。

 本当は今すぐ景ちゃんを抱きしめて慰めて頭よしよししたいところだったけど、今日は前から言っていた配信の予定日だったので、それはできなかった。というか、まだ景ちゃんも家に帰ってないらしいし、仕方ない。自分の気持ちを落ち着けるためにも、大人しく配信やってから景ちゃんを慰めに行こう。

 

 というわけで、

 

「おっちゃーん。きたよ~。2時間でお願い」

「あいよ。1200円ね」

 

 本日の配信は、釣り堀実況です。

 釣り堀。そう、あの釣り堀です。じじ臭いとか、JKらしくないとかよく言われるけど、釣り堀です。わたしは放課後、タピオカをキメるよりも、釣り糸を垂らす方が好きなのだ。

 わたしが常連として足繫く通っているこの釣り堀は、なんと駅から3分。少し上を見上げれば都会のビルとマンションが目に入る……コンクリートジャングルのど真ん中にポツンと浮かぶ、癒しのオアシスみたいな空間である。それなりに歴史のある釣り堀で、なんでも大正の時代からやっているらしい。

 平日の夕方とはいっても、学校が終わって即行でやってきたので、まだ人は少ない。こんな時間帯から釣り堀で時間を潰しているのは、近所のおじいちゃんか、よほどの暇人か、働いていない自由人くらいだ。

 

「あ、ヒゲのおじちゃん。今日もきてたんだ」

「……配信少女。またきたのか」

 

 わたしのことを『配信少女』と呼ぶ、この失礼なおじちゃんも、常連の1人だ。職業は自称『映画監督』。うそかほんとかは知らない。普段、何で食べているのかわからないくらい、結構な頻度でこの釣り堀に入り浸っているので、まともな働き方をしていないことだけは間違いない。

 

「おじちゃんにまたきたのか、って言われる筋合いないんだけど」

「その『おじちゃん』って呼び方やめろ」

「じゃあ、またカメラの位置みてよおっさん」

「おじちゃんでもなければおっさんでもねえよ……ったく」

 

 ぶつくさ文句を言いながらも、ヒゲのおっさんは配信用のカメラの位置をみてくれた。

 

「その場所はやめとけ。この時間帯だと、すぐに逆光になっちまう。こっちにしろ」

「角度はこれくらいでいいかな?」

「もうちょい上げろ。それと、この前とは違うアングルにした方がいい。お前、顔だけはいいからな。そっちの方が画面映えするし、見る方も飽きないだろ」

「顔がいいって……え? なに? ナンパしてるの?」

「ぶっとばすぞ?」

 

 そう。このヒゲのおっさん。どこからどうみても不審者なのに、カメラや撮影の知識はプロ並みにあるのだ。『映画監督』という職業の自己申告を、疑いきれない理由がここにある。まあ、名前聞いて調べてみてもいいんだけど、釣り堀で偶然知り合った人のプライベートをそこまで詮索するのも野暮ってもんなので、特に詮索はしないことにしていた。べつにそこまでおっさんのプライベートに興味があるわけじゃないし。

 

「ていうかお前、前から思ってたんだけど、よくこんな場所でカメラ使うの許されてんな」

「ここの釣り堀のじいちゃんとは、昔からずっと仲良しだからね~」

「釣り堀の配信なんてやって、視聴数稼げんのか?」

「この時間だからリアルタイムは少ないけど、それなりには稼げるよ。変わり種だから興味持ってくれるし、結局メインはトークみたいなとこあるし。あと、わたしかわいいし」

「けっ」

 

 気に入らない、と言いたげにヒゲのおじちゃんは鼻を鳴らして、釣り糸を垂らした。いつもはつまらなそうに魚の動きをみているのに、今日はなんだか竿を持ってそわそわしている。

 

「ねぇ、おじちゃん」

「あん?」

 

 声をかけて、こちらを見させる。

 ふむふむ……なるほど。

 

「なんか、今日いいことあった?」

「お前、相変わらず勘が鋭いな。エスパーか?」

「趣味が人間観察なだけだよ。で、何かいいことあったの?」

「……あった」

「なに?」

「俺の映画に相応しい役者が見つかった」

「……はあ? それはなんというか、よかったね?」

「お前、信じてないだろ」

「そんなことないよー。祝福しているよー」

「棒読みで言うな。大根役者かよ」

 

 吐き捨てるように言いながらも、おじちゃんの言葉はやはりどこかうれしそうだった。

 どうやら、うそではないらしい。

 

「じゃあ、おじちゃん。その役者さん使って映画撮るんだ」

「ああ。これからスカウトに行く」

「ふーん。こんなところで油売っていいの?」

「これから行く、って言っただろ。今行ってもどうせいないだろうから、それまで暇を潰してるだけだ」

「なるほどね。わたしと同じだ」

「一緒にすんな」

「わたしの親友に、オーディションとか受けてる役者志望の子がいるんだけどさ。よかったらおじちゃんの映画で使ってよ」

「俺とお前の間にそんなコネはねェ」

「ちぇ~。ケチだなー」

 

 唇を尖らせてそう言うと、おじちゃんはまた人を小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「役者って職業はそんな甘いもんじゃないんだよ。まあ、お前は顔がいいからな。友達はともかく……どうしてもって言うなら、お前は俺が面倒見て育ててやってもいいぞ?」

「……?」

 

 耳を疑った。思わず、準備していた釣り竿を取り落としそうになる。

 

「わたしを育てるって……パパ活? いくら積まれても、それはちょっと……」

「ぶっとばすぞ?」

 

 わたしとおじちゃんの会話は、いつも大体こんな感じである。

 話を打ち切って、わたしは口元にマイクを寄せた。主に、外で配信する時に使うもので、声量を抑えても声をクリアに拾ってくれる優れものだ。

 

「はーい、みんなこんにちは~。今日は予告通り、釣り堀配信やってくよ~」

 

『まってた』『きた』『このために有給とった』『釣り堀回好きだわ』『ゲームじゃなくてリアルで釣りするのほんとすこ』『釣りが趣味のJK』『放課後釣り堀デート』

 

「はじめての人向けに解説していくね。釣り堀では、このからしみたいな餌を使うんだけど、大きすぎるとダメなんだよね。まず、エサは少し濡らして柔らかくして。で、金魚の口は小さいから、ほんと小さめに釣り針につけるのがコツ。オーケー?」

 

『オーケー!』『了解。小さめ!』『解説わかりやすい』『これどこの釣り堀?』『はやく釣ってくれ』『おれがユアユアに釣られたい』『さっさとリリースされろ』『お前如きがキャッチしてもらえると思うな』『辛辣で草』

 

「……」

 

 ひげのおじちゃんは、配信を始めるまではわりと口うるさいくせに、わたしが配信を始めると静かにしていてくれる。で、じっとこっちを見て観察してくる。

 最初は「なに見てんだこのオヤジ。ぶっとばしてやろうか」なんて思ったんだけど、感情を読んでそういう気持ちは薄れてしまった。このヒゲのおじちゃんは、わたしに対して邪な気持ちは一切なく。本当に興味本位で、わたしのことを観察しているのがわかったからだ。

 そこらへんの大人や配信の視聴者達から性的な目で見られるのに慣れ切っているわたしにとって、それはなかなか大きな驚きだった。あまりにも驚きだったので「おじちゃんってホモなの?」って聞いたら釣り堀に落とされかけた。またべつの日に「おじちゃんって枯れてるの?」と聞いたら、やはり突き落とされかけた。解せぬ。

 

「ほんとは角が釣りやすいんだけど、今日はこのポジションでがんばっていくよ~」

 

 まあ、とにかく。

 純粋に興味本位でわたしのことを観察してくる、この不思議なおじちゃんが。

 わたしは意外と嫌いではなかったりする。

 一時間ほど配信を続けていると、おじちゃんが腰をあげた。

 ちらり、と横目で様子を伺うと、メモ帳が目に入った。

 

『今日はもう行くわ』

 

 わたしも、カメラの外でスケジュール帳の空いたページに、ペンをはしらせた。

 

『映画、がんばってね』

 

 ヒゲのおじちゃんはニヤリと笑うと、そのまま振り返らずに片手を軽く振って、釣り堀を出て行った。

 ……まあ、うん。

 ああいうところは、ちょっと映画監督っぽいと思う。

 

 さてさて。

 配信が終わったら、景ちゃんちに直行だ……と、思っていたんだけれど。

 新しく届いたラインのメッセージの差出人。その名前に、わたしは配信中だというのに、表情が歪むのを抑えられなかった。

 

「ごめんね、みんな。ちょっとお花摘んでくるねー」

 

 トイレ休憩、という苦しい言い訳をして席を外す。

 メッセージの文面は、いたって簡潔。

 

『あなたに、とてもおいしいコラボの話がきています。すぐに打ち合わせをしましょう』

 

 それは、わたしが世界で二番目に嫌いな男。

 最低で最悪で最高に優秀な、わたしのプロデューサーからの連絡だった。

 やっぱり今日は厄日だ。景ちゃんの家に、行けそうにない。

 

 

 

 

 ★☆★☆

 

 

 

 

「1本の映画のために、70億人からたった一人を探し続けている」

 

 一台の車が、夜凪家の前に止まる。

 

「そういうバカを映画監督というんだが……俺もその一人なんだよ。随分苦労している。どうしても撮りたい映画があるんだ。そのために仲間を探している」

 

 ヒゲ面の男は両手をポケットに突っ込んで。

 

「ずっと待っていた。お前のような奴が、こっち側に来るのを」

 

 尊大に、けれど期待に満ちた目で、その少女を見つめていた。

 

「黒山墨字。映画監督だ。お前は?」

 

 少女は応える。

 

 

「夜凪景。役者」

 




ようやく原作一話終了

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