TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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天才と凡人と取引と

「はーい、みんなひっさしぶりー! 元気にしてましたかー?」

 

『まってた』『ひさびさに長めの配信枠、うれしみ』『最近舞台出演多かったもんな』『ユアユアの顔が! 近い!』『ステイステイ』『紳士的な距離を保ちな!』

 

 ひさしぶりに会うファンのみんながあったかくてうれしい限りだよ。涙がちょちょ切れそうだね。

 

「まあ、もう知ってる人は知ってると思うんだけど、ご存知の通り最近のわたしは舞台俳優としての活動に精を出しておりまして、ちょーっと配信頻度が減ってるのが現状です。でも、配信をやめるつもりないので、そこは安心してね?」

 

 そう言うと、やはりほっとした気配が画面から流れてきた。なんだかんだ、わたしは今まで配信者として長くやってきたので、役者としての活動が増えていくことに不安を感じている視聴者さんは、やっぱり多かったみたいだ。

 

『やったぜ』『舞台も応援してるぜ!』『俺、この前観に行ったわ』『舞台とかあんま興味なかったけど、普通に楽しかった』『それな〜!』

 

「ありがとうありがとう。もう観に来てくれてる人がいっぱいいるみたいで、うれしいよ〜。ありがとね!」

 

 視聴者のみんなの熱がのってきたところで、告知を畳み掛ける。

 

「そんなわけで、今日はお芝居関係で一つ、超重大発表があります! なんとわたし、万宵結愛は……劇団天球の公演、銀河鉄道の夜に出演することが決定しました! いぇーい!」

 

『劇団天球!?』『劇団天球!?』『劇団天球!?』『劇団天球が3体!』『くるぞ遊馬!』『すまない、演劇には詳しくはないので、誰か解説を頼む』『界隈では有名な実力派集団だよ』『演出家は日本一って言われるくらい』『めちゃくちゃすごい』

 

 おー、おー。良い反応だ。ありがたい。

 

『ユアユアは何役で出るの?』

 

 あー、そうだよなぁ……当然くるよなぁ、この質問。

 

「ふっふふ……わたしの役は、残念ながらまだヒミツだよ〜!」

 

『なにっ!?』『おいおい、勿体ぶるじゃねぇか』『ワクワクしてきたぜ』『出演決まってるのに役伏せることってあるの?』『普通にあるよ。シークレットキャストとか』『ユアユアは今回、外部から参加って形になるから、そういう形にしたんじゃね?』

 

 よかった。いい感じに深読みしてくれてる。助かる。

 

「わたしが銀河鉄道の夜で演じる役が何なのか、みんな楽しみにしててね!」

 

 うそです。まだ何も決まってません。誰かわたしを助けてくれうおおおん! 

 

「結愛ちゃーん。ご飯できたわ……」

 

 がちゃり、と部屋の扉が開く。

 あ、しまった、景ちゃんに「今日配信するよ」って言うの、すっかり忘れてた。

 

「ご、ごめんなさい。配信中だった?」

 

 わたしのうしろにエプロンをした景ちゃんの姿が映り込んだ瞬間に、コメントの流れが一段早くなる。

 

『景ちゃんキター!』『エプロンキター!』『当たり前のように夕ご飯のお誘いキター!』『迸る百合の波動が3体!』『くるぞ遊馬!』

 

 相変わらず景ちゃんのことになると、コメント欄の一体感半端ないな。

 

「あ、言い忘れてたけど、景ちゃんも銀河鉄道の夜に出るよ。カムパネルラ役で」

 

 ざわっと、みんなの感情が揺れる。

 

『カムパネルラ!?』『カムパネルラ!?』『メインじゃん!?』『さすがおれたちの景ちゃん』『おれたちのじゃないぞ、ユアユアのだぞ』『おいおい、アイツ死んだわ』

 

 ふー、助かった。景ちゃんがカムパネルラ役を演じるっていうのは、やっぱり話題性抜群だから、意識がそっちに良い感じに流れてくれたね。

 

「じゃあ景ちゃん! ここで一言どうぞ!」

「え? え……えっと……」

 

 わたしの雑なフリに景ちゃんはお目々をぐるぐるさせて、とりあえず画面に向かってピースした。

 

「今日のお夕飯は、肉じゃがです!」

 

 違う。そうじゃない。

 

 

 

 △▼△▼

 

 

 星アキラが参加する、はじめての稽古日がやってきた。

 

「スターズから来ました。星アキラです。みなさんと一緒に演技ができる機会を得られたこと、心からうれしく思います。がんばります」

 

 好意的に迎えられるとは思っていなかったが、思っていた以上にアウェーな雰囲気に、アキラは内心でため息を吐いた。

 無理もない。完全実力主義の役者が集まった、演劇集団、劇団天球。タレント性を重んじる、スターズ所属の役者とは、売り出し方が根本的に正反対だ。

 遠巻きにアキラを見守っていた役者たちの中から、一人がすっと抜け出してきた。

 

「星くん。はじめまして明神です」

「あ……はじめまして」

「やっぱりだ。ある意味、すごいな君」

 

 無感動な平坦な口調で、阿良也は言った。

 

「何が、ですか?」

「驚くほど何の臭いもしない。逆に珍しいよ、君みたいな役者は」

 

 アキラは知っている。阿良也が、景を指して『臭う』と言っていたことを。

 

「……あまり良い意味じゃなさそうですね」

「別に良いも悪いもないよ。ただ、俺が好きじゃないってだけ。巌さんも好きじゃないと思うけどね」

 

 それだけ言って、彼はすたすたと去っていく。

 明神阿良也。やはり、一筋縄ではいかない危険な役者だと思った。

 と、阿良也と入れ替わるようにして、もう1人が前に出る。

 

「はじめまして、万宵結愛です」

「いや全然はじめましてじゃないよね?」

 

 なんかもっとやべーヤツがいた。

 おそろしいほどに整った顔立ちをあからさまに歪めて、結愛は舌打ちする。

 

「はあ? 初対面ですけど」

「いや、だって夜凪くんと一緒に舞台を観に行った時に……」

「はあ? あなたは景ちゃんと舞台になんて行ってないんですけど?」

 

 ヤバい。事実を塗り替えられている。

 

「おい夜凪、お前の親友はいつもああなのか?」

「結愛ちゃんは怒ってる時は基本的に人の話を聞かないわ」

「散々だな。スターズの王子さまも」

 

 勘弁してくれ、とアキラは思った。いや本当に勘弁してほしい。

 

「景ちゃんみたいな美人と熱愛報道されて、さぞご満悦でしょうね?」

「だからまってくれ。あれは誤解だし、熱愛とかじゃなくて共演のための下見だったと、会見で説明もしたし」

「でも景ちゃんと熱愛報道されていい気分だったんでしょう? めちゃくちゃいい気分だったんでしょう?」

「いやべつに」

「はあ!? 景ちゃんと熱愛報道をされておいて、べつにってなに!?」

「じゃあ何を言えば満足するんだ!?」

 

 ひとしきり結愛とやりあってから、アキラは我に返って巌の方を見た。挨拶の直後に、演出家の前でケンカのようなことをしてしまった。ただでさえ印象が悪いのに、これでは……

 

「怒っているユアユアか。レアだな。良い」

「!?」

 

 アキラは本当に不安だった。

 

 

 ★★★★

 

 

 わたしと景ちゃんは、それぞれ違う課題を出されている。

 景ちゃんの課題は、10日以内に感情表現をものにすること。わたしの課題は、10日以内に銀河鉄道の夜で自分に相応しい役を見つけ出すことだ。

 なんだかんだで、すでに3日の時間が過ぎてしまっている。景ちゃんは、放っておいても大丈夫だろう。演技という分野に関して、景ちゃんは間違いなく天才だ。問題はわたしの方。正直、他人の心配をしている暇はない。他人の心配をしている暇はないのだが……

 

「万宵君、何をしているんだい?」

「みてわからないの、星アキラ」

「まったくわからない」

「景ちゃんの撮影だよ」

 

 わたしはゴツい一眼レフカメラを構えて、公園で感情表現の練習をする景ちゃんの姿を撮影していた。

 隣には、べつに話したくもないのに、星アキラがあきれた表情で立っている。わりと気配はちゃんと殺していたつもりだったんだけど、見つかってしまった。腐っても役者か。

 

「そのカメラは?」

「景ちゃんを撮影するためのものだよ」

「それ、盗撮じゃないか?」

「大丈夫だよ。わたしたち幼馴染だから」

「君、幼馴染って言ったらなんでも許されると思っていないか?」

 

 うるさいなぁ、このイケメン。はやくどっか行ってくれないかな。

 わたしにとって景ちゃんを見ることは呼吸と同じなんだよ。息ができなきゃ、生き物は死ぬに決まってるでしょうが。おっと、この横顔は光の当たり方も相まって最高ですね。連写連写連写ァ! 

 カシャカシャと撮影を続けるわたしの姿勢に文句を言う気も失せたのか、アキラくんはため息を吐きながらわたしの隣に腰掛けた。なんで隣に座るんだよこのイケメン。わたしは景ちゃん秘蔵アルバムのコレクションを増やしたいんだよ。さっさとどっか行ってくれ。

 

「……夜凪くんは、すごいな」

「急にどうしたの? もしかして、ようやく景ちゃんの魅力に気がついた?」

「僕はデスアイランドの時から、彼女のことをすごい役者だと思っているし、尊敬しているよ」

 

 なぜか不格好な人形を取り出して、外国人らしき女の子に話しかけはじめた景ちゃんを見詰めて、アキラくんは言った。

 

「認めるよ。演技に関して、彼女は間違いなく僕より上だ」

「ごめんちょっと黙ってて。今、景ちゃんが幼女と戯れてるめちゃくちゃエモい画が撮れそうだから」

「……」

 

 よしよしよし、完璧だ。パーフェクトだ。最近良い写真が撮れてなかったけど、これはマジで素晴らしい。あとで引き伸ばして額縁に入れて部屋に飾っておこう。

 

「あ、ごめん。それでなんだっけ?」

「いや、もういいよ」

「うそうそ。ちゃんと聞いてたよ。景ちゃんが才能に溢れすぎていて、自分がクソ雑魚ナメクジに思えてつらいって話だよね?」

「そこまで言ってないが!?」

 

 声を荒げてアキラくんが立ち上がった衝撃で、わたしのバッグが倒れて、中身が溢れ出た。ちょっとこのイケメン何してくれてんの? 

 

「あらら」

「ご、ごめん!」

「べつにいいけど、ちゃんと戻してね」

「……万宵君、これは」

「これは、って言われても。見ての通りだよ」

 

 やれやれ。何故か勝手に固まっているアキラくんを押しのけて、わたしは地面に散らばってしまった宮沢賢治の本を拾い集めた。作品集はもちろん、伝記から評論に至るまで。中身は違えど、これらはすべて宮沢賢治の本だ。

 

「最近、舞台に精を出していたおかげか、そっち方面からわたしのことを知ってくれるようになったお客さんも増えてね。宮沢賢治に関する本でオススメを教えて下さい、って配信で聞いたら、もうたくさんメッセージがきたよ。こういう時、集合知は力だって実感するね」

「じゃあ君は、教えてもらった本を全部?」

「ううん。これは今日買い足した分だよ。まだまだ読み切れてなくて。だから景ちゃんを見て気分転換しに来たってわけ」

「……すごいな、君は」

 

 それは、本当に心から尊敬の念を感じているかのような呟きだったが。

 そのやっすい称賛を、わたしは鼻で笑った。

 

「うそつき」

「え?」

「すごいだなんて、全然思ってないでしょう?」

「いや、そんなことは」

「思ってるよ」

 

 わたしは無遠慮に手を伸ばして、アキラくんの腹に触れた。撫でるように、下から上へ指先を伸ばす。服の上から少し触れただけでもわかる、鍛え上げられた肉体だ。普段から厳しいトレーニングを日常的にこなさなければ、この体は作れない。

 

「だって、アキラくんもこの程度の努力ならやっているでしょ?」

 

 胡乱に細められていた目が、はっきりと見開かれた。

 

「凡人同士。お互い、星に手を伸ばすのは大変だね」

「……僕は、君のことを凡人だと思ったことはないよ。これがうそじゃないのは、わかるだろう?」

「うん、たしかに。天才っていうのは自分で名乗るものじゃなくて、周囲が決めるものだからね」

 

 再びカメラを構えて、景ちゃんをレンズ越しに見る。きれいな顔立ちには喜びの感情がありありと浮かんでいて、その華やかと楽しさに、さっきまで泣き出しそうだった女の子は釘付けになっていた。

 魅力がある。華がある。そこに立っているだけで、惹きつけられる何かがある。

 ああ、やっぱりすごいなぁ。

 景ちゃんはいつも、わたしの前を歩いてる。

 

「凡人は、ある意味楽だよ。自分で名乗れるからさ」

 

 カメラをしまって、わたしは立ち上がる。

 担ぎ上げた本の山は、ひどく重い。けれどわたしはきっと、この重さにまだ甘えているのだ。

 だから、わたしはまだ自分を凡人だと思っているし、わたしを天才と呼ぶ声を、断固として拒絶する。

 人の心を感じられる。こんな力に頼らなければ、役者として対等の舞台にすら立てない自分を、心の底から軽蔑する。

 でも、わたしは景ちゃんの隣に立ちたいから。かっこ悪くても、ダサくても、利用できるものは全部利用して、景ちゃんと同じ舞台に立つ。

 

「……万宵くん」

「まだ何か? わたし、もう帰るんだけど」

「君の家、夜凪君の隣だろう? 送っていくよ。その本、重いだろう?」

 

 ……やれやれ、本当にこのイケメンは。

 

「今度は、わたしとの熱愛がすっぱ抜かれないように気をつけてね」

「善処するよ」

 

 

 

 △▼△▼

 

 

 

「こんな洒落た店に連れてきて、会わせたいやつってのはどんな野郎かと思ってたが……胸糞わりぃな、黒山。俺は男の顔を肴に飲む趣味はねぇぞ」

「俺だって、できれば会わせたくなかったよ」

「それは悲しいですね。私は、早く会いたくて会いたくて仕方がありませんでした。それこそ、恋に焦がれる乙女のように、お会いする機会を待ち望んでいましたよ」

 

 黒山墨字を、挟む形で。

 男が二人、高級店のテーブルを挟んで向かい合っていた。

 

「お初にお目にかかります、巌裕次郎。そのご高名はかねがね……」

「年寄りは気が短けぇって習わなかったのか、若造。御託はいい、さっさと本題に入りな」

「これはこれは。商談が進めやすくて助かります」

「本題に入れ、って言ってんだ。てめぇと商談をするとは、まだ一言も言ってねぇ」

「いやはや、これは手厳しい」

 

 巌は普段口にしているものよりもずっと高い酒を、雑に煽った。並の役者なら一睨みされただけで萎縮してしまうであろうその眼光を前にしても、天知の笑顔は崩れない。

 

「いやになるぜ。まさか、()()()()()()のバックについてたのが、こんなうさんくせぇヤツだったとはな」

「褒め言葉として受け取っておきますよ。あなたほどの舞台演出家なら、()()()()()()()()()()を預けるに相応しい」

 

 巌裕次郎と天知心一。

 決して相容れない、両者の剣呑な雰囲気に挟まれて。

 早く帰りたいなー、と。黒山は心の底からそう思った。




やっぱ原作で絡んでないキャラに絡んでもらえるのが二次の楽しいところですよね

登場人物たちの最近の矢印

結愛→アキラ
うざったいが、そんなに悪いやつではないと思っている。景ちゃんに手を出したら殺す

アキラ→結愛
興味を持っている。当たりが強いのは勘弁してほしいが、演技に対する姿勢には自分に近しいものを感じ始めている

景→結愛
好き

巌さん→結愛 VS 天知→結愛
俺の役者だぞ VS 私の見世物

結愛→景
結愛は景の写真を定期的に撮っては引き伸ばしたりアルバムに加えたりしてるので、そのためだけにクソ高いカメラを買っているが、景以外をそのカメラで撮ったことはない。精々レイちゃんルイくんが一緒に写るくらい。ほぼ景ちゃん専用一眼レフである。夜凪家は母親が死んでから、父親というタブーの存在もあって、写真を撮ることが極端に減ったが、結愛は何かとこのカメラを構えて写真を撮りたがるので、夜凪家のアルバムは細々とではあるが増え続けている。次はビデオカメラで、黒山あたりに景のイメージビデオを撮ってもらうことを、結愛は望んでいる。

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