TSヤンデレ配信者は今日も演じる   作:龍流

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配信できないタイプの修羅場

『いやぁ、最高でしたね』

「楽しんでもらえたなら、なによりだよ」

 

 ゲリラ的に行った『巌裕次郎参戦! 配信』が終わったあと、電話でプロデューサーに連絡を取ると、それはもう上機嫌だった。

 プロデューサーが楽しそうだとなんとなくおもしろくないのだが、とりあえず口だけは良かったね〜と言っておく。

 

『今回の配信は、スターズと今後の仕事のパイプを繋ぐのが目的でしたが、話題性という意味では巌裕次郎の登場は最高のサプライズでした』

「まぁ、そうだろうね」

『それはもう! 結愛さんは言わずもがなですが、あれから堂上竜吾のチャンネルやSNSの動きも随分と好調なようですよ。アリサ社長にも苦虫を噛み潰したような顔でお礼を言われましたからね』

 

 本当に楽しそうだなコイツ……

 

『それで、舞台の方はどうですか?』

「え? ああ、うん。そこそこ順調かな。わたしの配役も決まったよ」

『それはそれは、おめでとうございます。で、一体どんな役を?』

「……ダメだよ、プロデューサー。わたしの配役はシークレットなんだから。いくらプロデューサーでも先に教えられないよ」

『おやおや、冷たいですねぇ』

 

 冷たいもなにも、そもそもプロデューサーに温かく接したことなんて一度もない。

 

『それにしても本当に、よく巌裕次郎を配信の場に引っ張って来れましたね』

「まあね。わたしの人徳ってやつ?」

『そうですね。やはりビジネスに必要なのは心です』

「心にもないこと言わない方がいいよ?」

 

 とはいえ、配信関係が好調なのはなによりだ。これでわたしも、芝居に集中できる。

 

「今後の配信でも、何回か巌のおじいちゃんに出てもらう予定だから、またスケジュール調整して送るね。チェックしといて」

『それは素晴らしい! 巌裕次郎も、よく予定を合わせてくれるものです』

「いや、予定合わせるのはわりと簡単だよ? 今、一緒に住んでるし」

『……失礼、結愛さん。よく聞こえなかったのですが、もう一度よろしいですか?』

「じゃ、またねー」

『ちょっと、待っ……』

 

 なんか言いたそうだったけど、そろそろ休憩時間が終わりそうなので、電話を切る。なんかプロデューサーにしてはめずらしく、動揺した声音だったからからかって遊びたかったけど、まぁいいや。

 スマホをカバンにしまって、隣に声をかける。

 

「おまたせ、七生さん。そろそろ休憩終わりだよね。稽古戻ろ」

「うん。ところで結愛、今の誰?」

「ああ、わたしのプロデューサーだよ」

「へえ、どんな人?」

「ほくろ」

「……小さくて黒いってこと?」

「うまいこと言うねぇ、七生さん」

 

 プロデューサーはたしかに真っ黒だ。

 

「この前の配信、私もみたよ」

「ほんとに!? ありがと〜!」

「なんか、巌さんの意外な一面が見れた気がして、私も楽しかった」

「そっか〜。天球の人にそう言ってもらえると、わたしもうれしいよ」

 

 よかったよかった。

 わたしも景ちゃんも、課題をクリアして至って順調、配信も好調でいたれりつくせり……かと思いきや、そう良いことばかりではない。

 稽古場に戻ると、阿良也くんが巌さんに詰め寄っていた。

 

「巌さんなにやってんの?」

「あん?」

「いくら結愛のファンだからって、動画にまで出るのはやりすぎだと思うけど? 宣伝目的って見られても仕方ないよ」

 

 言いながら、阿良也くんは仏頂面のままスマホを突きつける。わたしも巌さんの後ろからちらっと覗き込んだ。

 

「……結愛」

「ああ、べつに大丈夫だよ。そういう風に言われることも想定の内だし」

 

 画面に表示されているのは芸能系のニュースサイトで、目立つ字体で「巌裕次郎、JK配信者の動画に出演!?」「スターズ俳優にゲーム指導!?」などと、いかにもそれっぽい大げさな見出しが並んでいる。巌裕次郎は星アリサとは不仲説が唱えられていたが、星アキラのキャスト起用に加え、今回の動画の一件で、和解が成立したと見てもいいのだろうか、などと。巌のおじいちゃんにとってはおもしろくなさそうな一文もある。

 うわぁ、どちらかといえば、これキツイのはわたしじゃなくて巌さんの方だよね。どんな反応するんだろ。わたしは、おじいちゃんの顔を見たが、

 

「宣伝? 何言ってやがる。俺が出たいから出ただけだぞ」

 

 無敵か? このジジイ。

 

「……」

 

 いつもは人を困らせて沈黙させる側の阿良也くんが、めずらしく黙り込んで天を仰いだ。いや、すごいね。阿良也くんにこんな反応させるの、巌さんくらいじゃないの? 

 

「……はぁ。なんの動画に出て何をしたって、もういいけどさ。指導の方は大丈夫なわけ?」

「えらそうな口利くようになったな」

 

 巌のおじいちゃんは、阿良也くんの懸念を鼻で笑う。

 

「ユアユアも夜凪も、俺が出した課題はもうクリアしてる。お前の方こそ、まだジョバンニを掴みきれてないんじゃねぇのか?」

「……」

「他人の心配をする前に、まず自分の役作りを完成させたらどうだ?」

 

 うへぇ、とわたしは思わず首を縮めた。このおじいちゃん、やっぱりなんだかんだ言っても演出家としてはプロ中のプロだ。いつもは何を言われても動じない阿良也くんが、逆に何も言えなくなっちゃうんだもんね。

 後ろの方で、亀さんが「巌さんきっつー」と、肩を竦めた。七生さんの方は「巌さんにあれだけ口答えしたんだから当然でしょ」と、冷ややかな視線だ。

 

「まあ、たしかに。それもそうだね」

 

 ふらり。巌さんから視線を外した阿良也くんは、景ちゃんの方を見た。

 

「最初は外部の役者は結愛だけで十分だって。そう思ってたけど、なかなかどうして……夜凪もおもしろい役者だ」

 

 景ちゃんはこの前公園で修得していた感情表現を、手作りの人形と一緒に劇団のみなさんに見せびらかしている。うむ、今日も景ちゃんはかわいい。

 

「ねえ、夜凪」

「なに? あっ! 阿良也君も私の感情表現がみたいのね? いいわよ! もっと近くで……」

「今日、夜凪ん家行っていい?」

「え?」

 

 何気ない阿良也くんの提案に、それを近くで聞いていたアキラくんがぎょっとした表情になった。しばらく固まっていた景ちゃんも、我に返ったようにぶんぶんと首を振る。ついでに、両手のマペットも振る。

 

「い、嫌」

「なんで? いいじゃん。1日だけでいいからさ」

「嫌」

「夜凪の部屋の匂いも気になるんだ」

「絶対に嫌」

 

 あー、うんうん、わかっていましたよ。

 七生さんから聞いたことがある。阿良也くんは、一度共演者に惚れたら相手を理解するまで嗅ぎ回り続けるストーカーのような悪癖を持っているのだ。わたしも山の中で匂いを嗅がれたり、獣になったり、裸で組み敷かれたり、一緒に熊を美味しく頂いたりしたので、よくわかっている。

 そう。わかってはいるのだ。阿良也くんの言葉に、他意はない。景ちゃんに対して、やましい気持ちもきっとない。しかし、

 

 

 

「おい待て、コラ」

 

 

 

 男のお泊りを許せるか許せないかは、またべつのお話である。

 一歩踏み出したわたしの怒気に、亀さんが「ひっ」とか言いながら下がった。うん、邪魔だからどいてもらえると助かる。

 

「なに? 結愛。今、俺は夜凪と話してるんだけど」

「なに、じゃないんだよ。わたしの前で幼馴染を口説くのはやめてくれないかな?」

「俺はもっと夜凪のことを知りたいだけだよ」

「ダメです」

「ダメって言われる筋合いはないな」

「あるよ、幼馴染として」

「ねえ、夜凪。いいよね?」

「嫌です」

「困ったな。結愛からも何か言ってよ」

「ぶっ殺すよ?」

「俺に殺意を告げるんじゃなくて、夜凪を説得してほしいんだけど」

 

 ボサボサ寝不足クマ野郎は、やれやれといった様子で頭をかいた。

 ふん、当然だ。景ちゃんがそんな簡単に男のお泊りを許すわけがない……まあ、わたしはいつでも好きな時に泊まれるけどな! 隣でゴロゴロして寝顔も見放題だけどな! 

 などと、わたしが内心で勝ち誇るのも束の間。

 

 

 

「俺と一緒に山籠りした時は、裸で一夜を明かしたのに、なんで普通に泊まるのがダメなわけ?」

 

 

 

 その一言に、稽古場の空気が、完全に凍りついた。

 天球のみなさんが、わたしと阿良也くんを中心に、一歩下がって身を引く。

 わたしも、自分の顔からさっと血の気が引くのを自覚した。

 

「裸で……」

「一夜を……」

「明かして……」

 

 あぁぁあああああああああ!? 

 あ、阿良也くんのバカーっ!? 

 

「ちょっと!? なに誤解を生むような言い方してるの!?」

「だって、本当のことだろ?」

「本当でも言っていいことと悪いことがあるでしょうが!」

 

 うわぁ! 痛い痛い痛い!? 

 みんなからの「え、コイツらそういう関係だったの……?」「いつの間に……」「やったな、阿良也」みたいな生温い視線が本当に痛い! 

 だけど、その中でも、一際大きく、どす黒く、形容し難い感情の矢印が背中から刺さってきて、わたしは堪らず凍りついた。

 

 

 

「結愛ちゃん?」

 

 

 

 あ、やっべ……

 

「どういうこと? 前に、阿良也君とは何もなかったって……そう言ったわよね?」

 

 あひぃ!? 

 物心ついた時から、10年以上。わたしは景ちゃんのいろんな声を聞いてきた。いろんな感情を覗いてきた。

 けれど、ヤバい。これはヤバい。ほんとうにヤバい。今まで、最も純度の高い怒りとか嫉妬とか疑いとか、そういう類いのどす黒い感情がぐるぐると渦巻いて、わたしに向けられている。

 あと純粋に、顔がめちゃくちゃ冷たくてこわい。

 

「ち、ちが……違うよ景ちゃん! 誤解だよ!? わたしはべつに阿良也くんとは何も……」

「ネツアイ? ネツアイしたの?」

「してないしてないしてない! 神に誓ってしてないよ! 絶対してないから! わたしは景ちゃん一筋だよ!?」

「でも、裸になったんでしょう?」

「それ、は」

「なったんでしょう?」

「う、うん……」

 

 なりましたねぇ……

 

「結愛ちゃん」

「いや、ちょっとまって! 私の話を……」

「正座して」

「け、景ちゃ……」

「正座」

「はい……」

 

 はい。正座します。

 わたしは今、世界で一番冷たい目で見下されている自覚がある。見下してくる冷たい表情の景ちゃんも超美人なのでカメラに収めたいけど、残念ながらそういう雰囲気ではない。ちくしょう。

 

「どうして、阿良也くんの前で裸になる必要があったの?」

「え、演技向上のために……」

「演技向上のために裸になる必要があるの?」

「あ、あるよ! 景ちゃんだってほら! 良い演技するためにゲロ吐いたりするじゃん!」

「ゲロと裸は違うわ」

 

 そりゃそうだけどね!? 

 

「ちょっと、阿良也くん! 黙って見てないでなんとか言って……」

「てめぇ、阿良也……! 見たのか? ユアユアの裸を? 本当に見たのか?」

「うん」

「……」

「きれいだったよ」

「阿良也ァ!」

「巌さん巌さん! ダメだって! 阿良也締め上げちゃダメだって!」

「阿良也もなにおちょくってんだ!? やめろやめろ!」

「なあなあ、阿良也。ユアユアのおっ……ぐぼぉ!?」

「亀ぇ!?」

 

 なんか、あっちはあっちで巌のおじいちゃんに締め上げられていました。亀さんも巌さんに腹パンくらって吹っ飛んでる。めちゃくちゃだ。

 うん、これはもうダメみたいですね。

 

「阿良也君」

「なに? 夜凪」

「今日、うちに泊まっていいから、その夜のこと包み隠さず教えて」

「ああ、もちろんいいよ。あの夜の結愛は最高だったからね。いくらでも語れる」

「阿良也くん、マジで言い方考えて。ほんとお願いだから言い方考えて」

 

 ぷんすかと頬を膨らませて離れていく景ちゃんは、わたしと目が合っても「ぷいっ」とそっぽを向いてしまった。

 うぉおおおおん! 

 かわいいけどマジでその対応は血反吐を吐きそうになるからほんとうにやめてほしい。わたしのメンタルが持たない。

 

「ユアユア」

「……あー、もうっ! なに、巌のおじいちゃん!? 言っとくけど、わたしは阿良也くんとは本当に何も……」

「事情があったにせよ、若い女がみだりに肌を晒すものじゃない。ましてや、山の中だ。次から気をつけろ」

「あっ、はい」

 

 なんだか、至極真っ当な注意をされてしまった。

 あれかな? 阿良也くんを締め上げて頭冷えたのかな?

 とにかく、わたしは小声で、巌さんに告げる。

 

「阿良也くんが何をしでかすかわからないから、今日はわたし、景ちゃんの家に泊まるね?」

「そうか。まあ、1日くらいなら構わねぇが、困ったな」

「なにが?」

「俺の晩メシはどうすんだ?」

「ハンバーガーでも食ってろクソジジイ」

 

 

 

★★★★

 

 

 

「それで、どうしてアキラくんまで来たわけ?」

「心配だからに決まっているだろう?」

 

 夜。夜凪家にて。

 わたしは隣に立って野菜を切るアキラくんに、じっとりした視線を向けた。

 なんだコイツ。こっちは阿良也くんの魔の手から景ちゃんを守るのに忙しいんだよ。イケメンウルトラ仮面様に構っている暇はない。

 

「景ちゃんを心配してくれるのは嬉しいけど、余計なお世話だよ」

「いや、夜凪君も心配だけど、それ以上に君が阿良也さんに何かしないか心配で……」

「……ナニモシンパイイラナイヨ?」

「包丁を握りしめながら言わないでくれ」

 

 心配しなくても、おかわりのサラダ切ってるだけだってば。

 

「はーい、サラダのおかわり持ってきたよ〜」

「ありがとう。それにしてもうまいね、夜凪カレー」

 

 阿良也くんはここぞとばかりにくつろいで、もりもりと景ちゃんのお手製カレーを食べている。

 ほんとにさぁ! コイツはさぁ!

 

「それで阿良也くん、景ちゃんの誤解解いてくれた?」

「もちろん。ちゃんと説明したよ」

「裸で……阿良也くんの上に……馬乗りになって……一晩明かして……熊も一緒に……」

 

 景ちゃんはスプーンも持たずに、顔を真っ赤にして両手で頬を抱えながら、ぐるぐると目を回している。

 ほんとにさぁ! コイツはさぁ!

 

「ねえちゃんと説明した!? 誤解がないように説明した!?」

「した、したよ。首を掴まないでくれ。夜凪カレーが食べられない」

 

 わたしが戻ってきたことにようやく気がついたのか、景ちゃんは我に返った様子で、赤い顔をぶるぶると振った。

 

「……事情は大体わかったわ」

「ほんと!? よかった!」

「でも、阿良也くんの前で裸になるのはよくないと思うの」

 

 それは、そうなんですが……

 

「でも、景ちゃんも役作りのためにどうしても必要だったら、裸になるでしょ!?」

「……なるわね」

「だよね!? そうだよね! よかったぁ〜!」

「でも、結愛ちゃんの裸を阿良也君に見られるのは……なんか、いやだわ」

 

 まだ頬が赤い景ちゃんが、ちらりと私を見て、また頬を膨らませた。

 

 は? かわいすぎか? 結婚しよ。

 

 幸せに浸るわたしの横に、アキラくんが割って入る。

 

「いやいや、そもそも裸になっちゃダメだよ2人とも。しっかりして」

「そういえば、堀君はなんでここにいるの?」

「阿良也さん、僕は星です」

「堀くんは裸になるの嫌なの?」

「え、これそういう話なんですか?」

「でもアキラくん、無駄に腹筋鍛えてるよね」

「ちょっ……やめてくれ万宵君! シャツをまくらないでくれ!」

「そうよ結愛ちゃん! えっちだからやめて! ご飯中よ!」

 

 わいわい、がやがや。

 ようやく普通にカレーライスを食べられる雰囲気になってきた。よかったよかった。

 

「そういえば、夜凪。結愛のこと以外に、聞きたいことがあるんだっけ?」

「え? あ、うん。できれば、役作りについて聞けたらいいなって思ってたんだけど」

 

 お、さすがは景ちゃん。考えなしに阿良也くんを家にあげたわけじゃなかったんだね。感心感心。

 

「……役作りか。逆に、俺から一つ聞いてもいい?」

「ええ、べつにいいけど……なに?」

「夜凪はさ」

 

 すっ、と。カレーを掬いながら。

 

 

弟妹(きょうだい)のことを、疎ましく思ったことはある?」

 

 

 敵意があるわけではない。害意があるわけではない。

 まるで、スプーンのように先っぽが丸い、けれど無遠慮な一言を、阿良也くんは景ちゃんに差し込んだ。

 

「……え?」

「……あ?」

 

 ぶつり、と。

 わたしの中で、何かがキレる音がした。




やめて!役作りのために景ちゃんのトラウマに触れたら、幼少期から景ちゃんと心から繋がっている結愛の精神まで怒りで燃え上がっちゃう!

お願い、死なないで阿良也!あんたが今ここで倒れたら、銀河鉄道の夜のジョバンニはどうなっちゃうの? カレーはまだ残ってる。ここを耐えれば、結愛に勝てるんだから!

次回「明神阿良也、死す」。アクトスタンバイ!

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