焦燥バレンタイン   作:野生のムジナは語彙力がない

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バレンタインイベント、楽しかったですね!
ボリュームたっぷりで、特に本編にはあまり出てこないキャラクターたちの掘り下げが行われたのもまた良しという感じですね。最高でした!

え? なんの話かって……『epic seven』の話ですが何か?

それに対して、ダッチーは今年もバレンタインイベント(別の意味で)を作らなかったのでガッカリです。なので、代わりにこの私……ムジナ・イシュメールがバレンタインイベントを書かせていただきます。(色々と、すみません)


それでは指揮官の皆様、良い一日を……





第1話:始まりは騒乱とともに

バレンタインデー

それは、世界がちょっぴりそわそわする1日……

 

その土地根付く文化によって若干の差異はあれども、基本的には女性が男性にチョコレートを贈り、普段はなかなか伝えることの難しい感謝や親愛の心を伝えるイベントである。

 

男性にとって、この日に女性からチョコレートを貰えることは一種のステータスであり、次回のバレンタインデーまでの命運を左右する重大な1日となっている。(過剰な表現)

 

とくに意中の女性からチョコレートを貰えた場合には、それが例え本命ではなく義理チョコであろうとも、その喜びようは言うまでもなかった。

 

また送る側の女性にしてみても、これからの一生を左右するやもしれぬ大切な1日であるため……どんなチョコレートを用意するか、チョコレートを送る際にどのようなアプローチを仕掛けるかなど、なんともハラハラドキドキなものである。

 

そうして得られた結果が、例え甘いものだったとしても、はたまた苦いものだったとしても、たった1日だけのバレンタインはあっという間に過ぎ去り、次の日にはまたいつもの日常が始まるのだった。

 

世界中に浸透するバレンタインデーのそわそわとした波は、かの伝説の指揮官が率いる巨大な基地にも漏れなく普及していた。

 

それは、まるで空気感染するウィルスにも似ていた。

しかも、ウィルスは時限式である。

 

人々がその日が来たと認識したその瞬間、人の体に感染したウィルスはそわそわとした気持ちを感染者に与えた。

この日に、普段目立たないような人が急にイキリ始めたり格好付けをしたりしようとするのは、もしかしたらこのウィルスが原因なのかもしれない……

 

そして、広大な敷地面積を持つ指揮官の基地にもまた……この日の到来を察知するや否や、まるでゾンビのように覚醒し、行動を開始しようとする者がいた。

 

 

 

 

基地ーリフレッシュエリアー

 

基地の全機能が集中したコントロールエリアから少し離れた宿舎。基地で勤務するスタッフたちが寝泊まりするのに使っているその場所には、隣接するような形でリフレッシュエリアが設けられていた。

 

その名の通り、リフレッシュエリアには大浴場やジム、購買や雑貨屋、果てには小規模なゲームセンターなどといったスタッフたちの心と体をリフレッシュするためのアミューズメントが数多く設置されており、それ以外でもゆったりとした時間を過ごせる空間がいくつも存在していた。

 

そして……その中の1つ、リフレッシュエリアの1階にある空間。バイエルン風の家具を一式取り揃えた西洋風なダイニングにも似たその部屋に、地平線の先から出現した太陽がそれなりに登った頃、1人の男が姿を現した。

 

「ふ〜ん、ふふ〜ん〜〜〜♫」

 

少し長めの金髪を蓄えたその男は、白い清潔なタキシードに身を包み、下手な鼻歌を口ずさみながら壁に掛けられていた鏡へと一直線に向かう。

 

鼻歌を続けながら、金髪の男は鏡に映るもう1人の自分を見つめると……顔の角度を変えて様々な方面から鏡に映る自分を凝視した。

 

そして、自分の顔に一切の歪みがないことを確認するとニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 

「おはようございまーす!」

 

男がナルシストに自分の顔を惚れ惚れと見つめていると、元気な挨拶と共に部屋の中に入ってくる者がいた。

 

「え!?」

 

入ってきたその少年……高橋龍馬は、タキシードを着込んだ見覚えのない男の存在に気付き、驚きの声をあげた。

 

挨拶を返すこともなく鏡に向き合っていた男だったが、龍馬の放つ疑問符を感じ取って振り返り

「よお、龍馬」

……と、軽く手を上げた。

 

「だ、誰ですか!?」

 

「ん? 分かんねぇ? 俺だよ、俺」

 

男の言葉に、龍馬はあたふたとしながらもしばらくの間、目の前に佇む金髪の男を観察し……

 

「もしかして……カルシェンさん?」

 

「当たりだぜ」

 

恐る恐る尋ねた龍馬に、カルシェンはニカッと笑った。

 

「どうだ? 今の俺、カッコイイだろ」

 

「うん! とってもカッコいい!」

 

龍馬はいつもと違うカルシェンの姿に強い関心を抱いた。カルシェンは普段は荒ぶれた感じを漂わせていたオッサンだったこともあり、きちんと身なりを整えたその姿はまるで別人のようだった。

 

カルシェンの姿に龍馬が目を輝かせていると

 

「ふわぁあ……おはようさん」

 

眠たそうな目をこすりながら、さらに1人の傭兵が部屋に入ってきた。黒いコートを着込んだ銀髪の男……ベカスだった。

 

「あ、ベカスさん! おはようございます!」

 

その姿を見るなり、龍馬は元気よく挨拶を返した。

 

「うん、その声は龍馬か」

 

半覚醒状態なのかベカスはうつらうつらとした目で龍馬を見やった。

 

「ベカスさん、見てくださいよ! ほら」

 

「え? 何を見ろって?」

 

龍馬に勧められるがまま、ベカスは虚ろな視線をカルシェンに向けた。

 

「……なっ!?」

 

その瞬間、ベカスの意識が完全に覚醒した。

驚きを隠せなかったのか、口をポカンと開け目を大きく見開いた。さらに取り出そうとしていた甘苦の入った箱がポトリと床に落ちた。

 

「大変だ! 誰か来てくれ!」

 

ベカスは血相を変えて廊下へ飛び出し、声を張り上げた。

 

「おいおい、なんだよその反応は……大袈裟だなぁ」

 

カルシェンはベカスの様子に苦笑いを浮かべた。

龍馬の時と同様に、ベカスもまた見違えたカルシェンの姿を見て驚いているのだろう。

 

2人は楽観的に捉えていたのだが、しかし……

 

 

 

「基地内に不審者が!」

 

 

 

ベカスが驚いたのは別の意味でのことだった。

 

「おい待てやコラ」

 

「は、離せ! オレの知っているカルシェンはこんなにイケメンじゃねえ! つまり、お前はカルシェンを語るニセモノだ!」

 

「どんな理論だ……この!」

 

後ろからベカスを羽交い締めにし、カルシェンは「不審者だ!」と喚き続けるその口を塞ぎにかかった。

 

「オ……オレの知ってるカルシェンを何処へやった? むさ苦しくて汚くて粗暴で乱暴なオレのカルシェンを返せ!」

 

「だから、俺がカルシェンだって! っていうかテメェ……いい気になって言いたい放題言いやがって、ベカスこの野郎!」

 

力任せではベカスの口を塞ぐことができないと判断したカルシェンは、腰に吊っていた愛用のリボルバー拳銃を引き抜いてその銃口を突きつけた。

 

「黙らねぇと俺のマグナムをぶち込んでやるからな」

 

「じょ……ジョークだよ、ブラザー♪」

 

「ったく……」

 

ベカスが抵抗を止めたのを見計らって、カルシェンはベカスの身柄を解放した。

 

「いや、すまねぇな。あまりにも見違えたもんだから本気でカルシェンが誰か別の奴に乗っ取られたのかと思った……」

 

「んなわけあるか!」

 

「まあまあ、2人とも落ち着いてよ!」

 

部屋に戻ってもなお一触即発の空気を漂わせる2人、龍馬はそんな2人をたしなめようと近づいた。

 

「でも、カルシェンさんは今日に限ってなんでそんなカッコよくなってるの?」

 

「そりゃあ、今日があの日だからに決まってるだろ」

 

首を傾げて尋ねる龍馬に、カルシェンはそう告げた。

 

「ああ、そうか……もう2月14日なのか……」

 

ベカスは甘苦を拾って妙に納得したように頷いた。

 

 

 

その時だった

 

 

 

ビーッ、ビーッ、ビーッ

 

 

 

「「「!!!」」」

 

突如として部屋中に響き渡った警報に、3人はびくりと体を震わせた。

 

 

 

『リフレッシュエリア1階にて不審者情報』

 

 

 

天井の端に設置されたスピーカーから、基地の警備担当者である機械人形……ドイルの淡々とした声が響き渡った。

 

 

 

『繰り返す! リフレッシュエリア1階にて不審者情報アリ! 直ちに全館封鎖を実施、即応チームは現場へ急行せよ』

 

 

 

「や……やべっ!」

 

状況の深刻さを察したカルシェンは素早く部屋から抜け出そうとするも、彼がドアノブを掴んだところで無情にもドアにロックがかかってしまった。

 

「クソっ、開かねぇ!」

 

「こっちもだよ!」

 

中庭へと通じる窓をガチャガチャとさせ龍馬が叫ぶ

 

「クッッッソ!!!どうしてくれんだベカス!」

 

「すまねぇ…………あうあう」

 

カルシェンはベカスの肩を掴んで勢いよく揺らした

 

「クッソーーーーーーーーーッッッ、これじゃ! 本当に俺が不審者に……」

 

顔面蒼白になったカルシェンは天井を仰ぎ見た

 

「……あっ!?」

 

その視線が、ガシャン……と窓ガラスをぶち破って室内に飛び込んできた円筒形の物体を捉えた。

 

「え?」

 

その音に反応してベカスと龍馬も床を転がる円筒状の物体に視線を向けた……いや、向けてしまった。

 

 

 

バァン!!!

 

 

 

「うわっ!?」

 

3人のすぐ近くでスタングレネードが炸裂した。

使用している炸薬の量は少なかったのか、爆発は比較的小規模なものだったのだが、カルシェンから視界と聴覚を奪うのには十分だった。

 

しかし、それで終わりではなかった。

 

「オラァ!」

 

そんな掛け声と共に部屋の片隅から、部屋の壁を破壊する鈍い轟音が鳴り響いた。たったの一撃で壁に巨大な穴を開け、そこから突入用のスレッジハンマーを所持した突撃兵を先頭に複数名の隊員が部屋の中へ素早く侵入した。

いずれも黒い戦闘服に身を包んだ完全武装である。

 

「容疑者を確認!」

 

隊員たちはベカスに掴みかかっているカルシェンの姿を目視した。

 

「ま……待ってくれ! 俺は……」

 

「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」

 

「ぐへぇぇぇぇえッッッ!?!?!?」

突撃兵の拳がカルシェンの整った顔立ちにめり込んだ。

 

「チェストおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

「ぐはぁッッッ?!!?」

 

続いて突撃兵の放った鋭いボディーブローを受け、カルシェンは腹を抑えてうずくまった。殴られた衝撃により、所持していたリボルバーが床に落ちる。

 

「エネミーダウン!」

 

銃弾は抜かれていたのか、幸いなことにリボルバーが暴発することはなかった。落ちた銃を蹴り飛ばして突撃兵が叫ぶ

 

「犯人確保!」

 

「両手を後ろに回せ!」

 

ダウンしたカルシェンに数名の隊員が殺到した。馬乗りになって結束バンドを取り出し、黙々と後ろ手に回した腕に結束バンドをかけた。

 

「クリア!」

 

「クリア!」

 

「クリア! 一帯を確保!」

 

「ネームレスよりセクターリーダー! 容疑者確保! 状況終了、オーバー」

 

慌ただしく動き回る隊員たちを前にして、ベカスと龍馬はどうしていいのか分からずオロオロとするばかりだった。

 

「ベカス・シャーナム、ダメージリポートを」

 

「いや、オレはなんともない……だけど……」

 

隊員に無事を伝えたベカスは、そこで周囲を見回した。

 

割れた窓、大穴の空いた壁、そして気絶したカルシェン

 

 

 

「いくらなんでもやりすぎだろッッッ!!!」

 

 

 

そんなベカスの声は、虚しく部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンサーガ

非公式季節イベント「焦燥バレンタイン」

第1話:始まりは騒乱とともに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不審者情報による全館封鎖が解除されてから数分後……

 

状況は!?

 

指揮官がリフレッシュエリアに到着した。

その手には護身用の拳銃が一丁握られている。

 

「せ、先生……」

 

まず最初に指揮官の目に飛び込んできたのは、今にも泣き出しそうな顔をした高橋龍馬の姿だった。

 

龍馬? どうしたの!?

 

「か、カルシェンさんが……」

 

カルシェン!? カルシェンがどうしたって!?

龍馬の言葉に、指揮官は最悪の事態を想定してギクリとなった。この時点では、まだ不審者が現れたという情報しか聞かされておらず、それ以外のことは何も知らなかったのだ。

 

「…………うぅ」

 

指揮官は龍馬に示されるがまま部屋の中を一望した

 

割れた窓ガラスと壁に空いた大穴

そして最後に、床の上で沈黙しているカルシェンの姿を目撃した。警備部隊の隊員たちはそんなカルシェンを取り囲み、どういうわけか後ろ手に回されたその両腕には結束バンドが取り付けられている。

 

これは、酷い……

 

見るも無残なその光景に、指揮官は思わず息を呑んだ。

 

一体どうしてこんなことに……?

 

「指揮官様、不審者を確保しました」

 

隊員の1人が指揮官の前へと進み出て敬礼と共にそう告げた。

 

え? どこに……?

 

「こちらです」

 

そう言って隊員は倒れたカルシェンを指差した。

 

いや、これは……カルシェンだよね?

 

指揮官は隊員を下がらせつつ、観察を行った。

元は清潔感に溢れていたはずの白いタキシードは無残にも埃まみれになり、ジェルで固めていたのであろうそのヘアスタイルも乱れに乱れていた。

 

服装的にも、なんかいつもと雰囲気が違う気がするけど……うん、やっぱりカルシェンだね。でも、どうしてこんなことに……?

 

「指揮官……」

 

突然、背後から聞こえた声に指揮官が振り返ると……そこにはとても気まずそうな顔をしたベカスの姿があった。

 

「その、実はだな……」

 

 

 

ベカスは不審者情報が誤報であることと、こうなってしまった一連の経緯を細かく説明した。足りない部分は龍馬が補足してくれた。

 

 

 

ああ、なるほど……

 

ベカスの口からことの全てを聞き終えた指揮官はそこで小さくため息をついた。ちなみに、現場にいた隊員たちはそれが誤報だと知った時点で興味をなくしたのか、あっさりとカルシェンの拘束を解き、ぞろぞろと部屋から出て行ってしまった。

 

そのため、いま部屋にいるのは床で伸びているカルシェンを含めると4人だけだった。

 

「指揮官……その、すみませんでした」

 

ベカスは非常に申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

 

「元はと言えば、オレがカルシェンのことを変にからかったことから始まって……その、部屋をこんな風にしちまって……」

 

いや、いいよ……部屋は直せばいいだけだから

 

「そりゃそうかもしれないが……でも……」

 

うん

 

指揮官とベカスは揃って真横を流し見た。

 

「カルシェンさん! カルシェンさん! しっかりしてください!」

 

「あ〜? うるせぇな……俺は今忙しいんだよぉ、ほら……目の前の大きな川の向こうに沢山の綺麗な女たちがいて、俺のことを呼びかけてるんだ。『コッチヘコーイ、コッチへコーイ』ってな……お前も聞こえるだろう? だから俺はあの女たちに会うために川を渡らなくちゃ……」

 

「女の人の声なんて聞こえないから! あとそれ、渡っちゃダメな川だから! 目を覚ましてよカルシェンさん!」

 

何やらうわ言のようにブツブツと呟いているカルシェンのことを、龍馬は必死な様子で叩き起こそうとしていた。

 

まあ、みんな無事でなによりってことで……

 

「いや、アレはどう見ても無事じゃねーだろ」

 

苦笑いをする指揮官、ベカスは肩をすくめた。

 

ところで、なんでカルシェンは急にオシャレを?

 

「そりゃあ……今日が2月14日だからだろ」

 

そっか、今日はバレンタインデーだからね

 

「女好きのコイツのことだから……大方、この後街へ繰り出して美女でもナンパして楽しむつもりだったんだろ」

 

あはは……カルシェンらしいね

 

普段のカルシェンなら絶対にしないであろう細やかなオシャレをしていたのも、街に出て(普段の彼のことなど知る由もない)女性を誘惑するための偽装工作だったと考えると辻褄があった。

 

「女ってのは運命って言葉に弱いからなぁ〜、バレンタインの日に街で偶然出会ったイケメンってだけでも心惹かれちまうんだろ」

 

ふーん、そういうものなんだ……

 

「エイルから聞いた話によるとだな。まあ、男のオレに女心っていうのはよく分からないけどな」

 

……去年、思いっきり女性になってたくせに?

 

「くっ……それは、あんまり言わないでくれ……」

 

そう言ってベカスは、ひと昔前にあった黒歴史……嫌なことを忘れようとするかのように自分のこめかみ部分を軽く押さえた。

 

ふわぁ……

その時、指揮官は大きな欠伸を1つした。

 

「なんだ指揮官、寝不足か?」

 

うん、ちょっと忙しくてね

 

「オイオイ……指揮官、自分の体のことは自分でしっかり管理しろよ? ここを仕切っているアンタにはしっかりしてもらわないと困るぜ?」

 

いや、特に忙しいのは昨日だけだったから大丈夫

 

「そうか……まあ、なんにせよお大事にな」

 

ありがと

 

ベカスの言葉に、指揮官は小さく頷いた。

 

「先生! ベカスさん! 見てないでカルシェンさんを起こすの、手伝って下さい!」

 

そうして、今にも三途の川を渡りそうになっているカルシェンのことを3人がかりで起こしにかかった。

 

起きて!

指揮官はカルシェンの肩をしきりに叩いた。

 

「起きろよ」

ベカスはバケツに水を汲み、中の水をカルシェンの体へ叩きつけるようにかけた。

 

「起きてー!」(バチバチバチ……)

龍馬は自らの体から生成される電流を放った。

 

指揮官はともかく、後者2名は明らかにやりすぎである。

 

「うぅ……ここは?」

 

しかし、その甲斐あってかカルシェンはようやく目を覚ますことができた。しかし、まだ状況がよく分かっていないのか、うめき声をあげながらキョロキョロと辺りを見回している。

 

「カルシェンさん、大丈夫ですか?」

 

「あれ……? 女はどこに行った?」

 

「最初からいないよ……」

 

カルシェンを無事を確認して、3人はホッとため息をついた。

指揮官たちのそんな様子にしばらくの間、疑問符を浮かべていたカルシェンだったが、すぐさま何かを思い出したかのように「あ!」と突然大声をあげた。

 

「ベカス、今何時だ?」

 

「え? ああ……もうすぐ9時だな」

 

ベカスは自分の腕時計を確認してそう告げた。

 

「やべっ! デートに遅刻しちまう!」

 

デート?

カルシェンの口から飛び出してきた言葉に、3人は同時にオウム返しをした。

 

 

 

カルシェンの話をまとめるとこうだった。

 

彼は去年、誰からもチョコレートを貰うことができなかったと語った。元々はルックス的にも女性受けする方だったので、今までは街で適当に知り合った女性やナンパした基地の女性スタッフから毎年のようにチョコレートを貰っていたそうなのだが、去年は長年にわたる彼の粗暴な態度が影響したのか誰からもチョコレートを貰うことができなかったという……

生まれてからはじめてのチョコゼロ。その時味わった絶望感は彼の中に深い悲しみを与えてしまったようで、彼はこの1年ずっと惨めさと肩身の狭さを感じながら過ごしてきたのだという。

なので、今年は例年どおりチョコレートを貰えるよう数ヶ月前からちょくちょく街へ繰り出しては、片っ端から女性をナンパして準備を進め、今日はそのうちの何名かとデートをする約束を取り付けたのだという。

 

 

 

「カルシェンさん……」

 

要するに、チョコレートを貰うためだけに女性の方とお付き合いしてるってこと? なんか……不純だなぁ……

 

「しかも、掛け持ちって……お前なぁ」

 

3人は哀れむような目でカルシェンを見つめた。

 

「うるせぇな! このリア充ども!」

 

あのさ……

 

睨みつけるカルシェンに、指揮官は小さくため息を吐いてからそう切り出した。

 

「あ? なんだよ、指揮官」

 

わざわざそんなことをしなくても、そんなに欲しいんだったらいっそのことスタッフの誰かに頼んでみても良かったんじゃない? カルシェンの……その、性格をよく知っていてもくれそうな人とかに……

 

「例えば、誰がいるんだ?」

 

ん……ミドリとかどう? 優しいし、料理も上手みたいだから本命とまではいかなくても義理チョコくらいは……

 

「ミドリ? はぁん、嫌だね! あんな腹黒女からチョコレートを貰うなんて死んでもごめんだ! っていうか何か盛られたらどーすんだよ!」

 

そ……そこまで言わなくても……

 

指揮官はカルシェンのミドリに対する評価が気になるとともに、何か思うところがあるのかと心配になった。

 

「どうだ? 他に俺にチョコレートをくれそうな女はいるか?」

 

えーっと、フリーズとか……

 

「指揮官、お前なぁ……」

 

その名前を出した指揮官を、カルシェンは呆れ顔で見つめた。

 

「指揮官、ウチの隊長からチョコレートを貰うのはかなり至難の技だぜ? いや、運良く貰えたとしても……いや、なんでもない」

 

フリーズが駄目なその理由を説明し出したベカスだったが、その途中で何かを思い出してしまったのか、突然押し黙ってしまった。

遠くを見つめるベカスの瞳は、どこか空虚だった。

 

駄目なの? というか、選り好みしてちゃ……

 

「おっと、もう行かなくちゃな」

 

指揮官の指摘を遮るかのように、カルシェンはそう言ってササっと立ち上がった。

 

「それじゃあ、俺は今日という日を楽しんでくるからよ! じゃーなーーーーー!」

 

あっ……待って……!

 

慌ててカルシェンのことを止めようとした指揮官だったが、カルシェンは一切耳を貸すことなく一目散に部屋から出て行ってしまった。

 

「カルシェンさん、大丈夫でしょうか?」

 

「いや、無理だろ」

 

心配そうに扉の向こうを見つめる龍馬に、ベカスは肩をすくめてそう告げた。

 

……うん、そうだよね

 

なぜなら、カルシェンの服装は乱れに乱れていた。タキシードはゴミの粒だらけ、生地が白いだけあって汚れは嫌でも目に付いた他に、水でべったりと濡れていた。また、金髪は龍馬の放った電撃でチリチリに焦げ、アフロにも似た状態になっており、さらに顔の部分……突入した隊員に殴られた箇所は酷い痣になっていた。

 

とてもデートなどできる状態ではなく……そして、チョコレートを前に浮き足立っている彼がそのことに気づいている様子はなかった。

 

「バカな奴……」

 

ベカスは深いため息を吐いて甘苦を咥えた。

 

 

 

余談だが、街に到着したカルシェンのデートが上手くいくはずもなく。それ以前に、同時に複数名とデートの約束をしていたことは事前にバレており、待ち合わせていた待ち構えていた女性たちから袋叩きにあうことになるのだが……それはまた別のお話

 

なお、以降……本作品内では回想を除いてカルシェンの出番が来ることはないことをここに誓う。

 

 

 

そういえば2人とも、今日は誰かからチョコレートを貰う予定とかある?

 

指揮官はベカスと龍馬を見て、そう尋ねた。

 

「そうだな……エイルのやつは毎年必ずくれるから確定として、葵博士は今日に限って出払ってていないから怪しい……あとは、アイリとかからぐらいかな」

 

アイリって、スロカイ様のこと?

 

「よく分かったな指揮官。実は前に……あいつ、気まぐれか何かでヤバイチョコレートを送ってきてくれたことがあってだな……」

 

そう言ってベカスはまた遠い目をした。

 

「僕は毎年お姉ちゃんから貰ってるよ!」

 

龍馬は手を上げて意気揚々とそう答えた。

龍馬の姉……高橋夏美は、クリスマスの時は高橋工業の立て直しで日ノ丸を離れられず、兄妹別々でクリスマスの夜を過ごすことになったものの……現在は激務もひと段落して、夏美もこっちに戻ってきている。

 

そっか、いいね。

指揮官は2人の言葉に小さく微笑んだ。

 

「それで、そう言う先生はどうなの?」

 

え?

 

「そうだ。誰から貰う予定なのか、お前も話して貰うぜ? 指揮官」

 

龍馬はニコニコと、ベカスはニヤニヤとした表情で指揮官に詰め寄った。偶然か否か、指揮官の退路を塞ぐ形となっているため、ごまかして切り抜けることは不可能だった。

 

それは……

 

期待に満ちた表情を浮かべる2人

指揮官が口を開いた時だった……

 

『指揮官、これ聞いてるー?』

 

天井の隅に配置されていたスピーカーから指揮官を呼ぶ声が響き渡った。それは、やる気のなさそうなのんびりとした声だった。

 

……シェロン?

 

その口調と声色から、指揮官はそれがシェロンの声であることに気づいた。

 

『まあ、聞いてても聞いてなくても別にどっちでもいっか……指揮官、休憩はもう終わり。みんな待ってるってさ! 大至急、仕事に戻ってー』

 

それだけ言って、シェロンの声はプツリと途絶えた。

 

……残念。というわけだから、もう行くね

 

「ちぃ……仕事なら仕方ないかー」

 

「むー、聞きたかったなー」

 

ベカスと龍馬は非常に残念そうな顔をしながらも、流石に指揮官の業務を邪魔する訳にもいかず、脇に退いて道を開けることにした。

 

ごめん、それじゃあ2人とも……良い1日を

 

そう言って、指揮官は部屋から退出した。

残された2人はそれからしばらく、雑談に花を咲かせて時間を潰していたのだが、小一時間ほど経ったところで「そろそろ、お仕事に行かなくちゃ」とインターンシップでの仕事を理由に部屋から退出した。

 

「ふーむ」

 

龍馬を見送った後、特にやることもなくなったベカスは、手持ち無沙汰を紛らわせようと甘苦をしゃぶりつつ、甘苦の箱を手の中で弄んでいた。

 

 

 

『この日に女からチョコレートを貰えることは一種のステータスになるのさ!』

『だから、チョコレートを貰えなかった奴は負け犬なんだよぉ!』

『分かるか? 惨めな気持ちで一年を過ごす気持ちが』

 

 

 

「ステータスねぇ……」

 

そこでふと、ベカスはカルシェンの言っていたことを思い出した。ベカスにとってバレンタインというのはどうでもいいイベントの1つであるため淡々と聞き流そうと思っていたのだが、つらつらと悲しみを語るカルシェンの言葉は嫌でも彼の耳に入ってきた。

そもそも、ベカスはカルシェンの気持ちが全く分からないというわけでもなかったため、聞いていてとても不憫に思えた。

 

「まあ、オレには関係ないな」

 

たかがチョコレートの1つや2つ、貰えたり貰えなかったりでそんな……人が変わるわけでもあるまいし。そんなことを考えながら、ベカスは椅子から立ち上がった。

 

「……エイルは、今どこかな〜?」

 

そうして、余裕たっぷりにな様子でチョコレートを求めて部屋から退出するのだった。

 

 

 

しかし、ベカスは知らなかった。

 

 

 

この後、彼に……いや、彼らに訪れる悲劇を

 

 

 

バレンタインデー特有の負の感情は……

 

 

 

ウィルスのように人から人へと伝染する。

 

 

 

彼らが、その事実に気づくまで……あと数時間

 

 

 

第1話:「始まりは騒乱と共に」ー了ー

第2話:「男たちのレクイエム」へ続く




言い忘れていましたが、本作は前作『12の月の小夜曲』の続きとなっております。前作を見ていない方はそちらの方もチェックしていただけるとありがたいです!

あと、指揮官様のセリフですが……あえて「」をつけていません。なるべく多くの指揮官様が指揮官様になりきって頂けるよう、ここはあくまでも指揮官様がこういうことを言ったということの説明でもあります。読みづらいとは思いますが……

では、また次回、お会いしましょう。
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