焦燥バレンタイン   作:野生のムジナは語彙力がない

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書くのに大分時間かけたくせにまだ終われないという……
4月になりつつあるのにバレンタイン書いてるっていうクソ季節外れ感……


第3話:男たちのレクイエム(前編)

あらすじ

バレンタインデー当日。

ベカスとウッドはグニエーヴルからチョコレートを貰うことができなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「いや、そもそも……」

 

チョコレートを貰えなかったショックからようやく立ち直ったベカスは、ウッドと分かれてからと言うもの、何やらブツブツと呟きながら来た道を引き返していた。

 

たかがチョコレートの一つや二つ、貰えなかったところで一体なんだと言うのか? そんなことを考えながら、ベカスは基地の中をずんずん進む。

 

「オレ……カルシェンの言葉に影響を受けすぎだよなぁ。いや、このバレンタイン特有の雰囲気がいつものオレの調子を狂わせているのか……?」

 

そこで、ベカスはここに来るまでの間にすれ違った人たちのことを思い出した。その中には、バレンタインデーについて和気藹々と話し合う女性たちの姿もあれば、意を決してチョコレートを渡そうとしているスタッフの姿もあった。

 

そんな光景を目の当たりにしても、それまでは何とも思わなかったベカスだったが、自分が貰えなかったことを踏まえると、途端に心に何かくるものを感じてしまうのだった。

 

 

 

『だから、チョコレートを貰えなかった奴は、負け犬なんだよぉ!』

 

 

 

ベカスの脳裏に、カルシェンの言葉が反響する。

 

「うっせえ!」

 

ベカスは自分の頭の中からカルシェンを撲滅すべく、腰に吊っていた刀を抜いた。

 

「一緒にすんな! オレはお前みたいな負け犬なんかじゃねぇ!」

 

脳内に蔓延るカルシェンの群れ(言葉)、それら一つ一つを『シャナム流・ならず者の剣』で容赦なく叩き斬り、原形をとどめないほどに斬り刻み、それから頭の中にウァサゴを呼び出した。

 

「負け犬はお前だけだッ!」

 

そうして、ブレイクパルスでカルシェンの破片を一気に焼却してしまった。頭の中から一切のカルシェンが消えてしまったベカスの脳裏には、ただただ広い虚無の空間が広がっていた。

 

「チクショウ!」

ベカスは脳裏で悪態を吐いた。

 

それからしばらくして、ふと我に返ったベカスは自分の手に握られている刀に目を落とした。そして基地の中で抜刀してしまったことに対して、周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認すると、そこで大きなため息を吐いた。

 

「ほんと……調子狂う」

 

刀を鞘に収め、再びため息を吐く。

 

「あ、ベカスさん」

 

と、そこへタイミングよく通りかかったスタッフがベカスの姿を見つけて足を止めた。何やら荷物の乗ったカートを押している。

 

「ん? なんだ」

 

「ベカスさんにお届け物です」

 

「お届け物? オレに?」

 

「はい、受け取り表にサインをお願いします」

 

そう言って配達人はカートの中から3つの小箱を取り出してベカスへ差し出した。ベカスは手際よくサインを記入し、何気なく小箱を受け取り、それから送り主の欄に視線を落とし……そこでポーカーフェイスを保ちながら、内心ほくそ笑んだ。

 

(勝った!)

 

それは葵博士、ドリス、テッサからの贈り物だった。しかも、郵送するものの種類を記載する欄にはそれぞれ『食品』とあった。

そして、ちょうどこの日に送られてくる食品と言えば、言うまでもなくその答えは1つしかない

 

(そうだエイルだけじゃねぇ! オレにはまだチョコレートを貰うアテがあるんだった!)

 

ベカスは心の中で歓喜の声を上げた。

配達人はそんなベカスの様子を不審に思いつつも、次の配達があるのかガラガラとカートを押して行ってしまった。

 

「よし、そうと分かれば早速……」

 

ベカスは近くにあったベンチに腰掛けて小箱を開け始めた。今、送り主の3人は古代遺跡の調査のために出払っており、ベカスはそのため3人からチョコレートは貰えないとばかり思い込んでいた。

 

(でも、こうして郵送してくれる辺り、オレ、何だかんだで恵まれているんだな……)

 

そんなことを考えつつ、ベカスはまず手始めにドリスから送られてきた小箱に手をかけた。それは黄色い紙で包まれた長方形の箱だった。

 

包みを剥がして蓋を開けた。

 

「……え?」

 

そして中身を見て、ベカスは疑問符を浮かべた。それもそのはず、箱の中に入っていたのは……どこからどう見ても、ただの『ニンジン』だった。

 

陽光のようなオレンジ色、有機野菜特有の瑞々しさと新鮮さを兼ね備えたその見た目と質感は一般的なニンジンと何ら変わりない。ただ一つ違うとすれば、にんじんから何故かチョコレートの香りが漂ってくることだった。

 

 

 

『チョコ味のにんじんと、にんじん味のチョコ、どっちがいい? にーんじん! にーんじん!』

 

 

 

ニンジンに添えられたメッセージカードには、ドリスのミミズのようにのたくった文字で、ただそれだけ書かれていた。

 

「ドリスのやつ……」

 

ベカスはいつぞやのブロッコリーを思い出して大きなため息を吐いた。

 

「うぇ……」

 

試しに、ニンジンをひとくちだけ齧ってみるも、ベカスは微妙な顔をしてニンジンを吐き出した。チョコレート味なのはまだ良い、だが後から来るにんじん特有の生臭さと食感が甘さと相まると、口の中で違和感という名の化学変化が発生し、味覚がパニックを起こして脳に「これは不味い」という電気信号を送った。

 

「食えたもんじゃねぇ……っていうか、これはニンジンであって決してチョコレートなんてもんじゃねぇ!」

 

ニンジンを小箱に戻したベカスは「次!」と、ドリスの小箱を押しのけて、その下に置いていた緑色の小箱へ手を伸ばした。

 

「これは、葵博士か」

 

いたずら好きのドリスとは違い、常識人の葵博士ならきっと普通にチョコレートを送ってきてくれただろう……そう思いつつ、ベカスは口直しを求めて緑色の小箱を開封した。

 

「……あれ?」

 

しかし、中から出てきたのはチョコレートではなく何故かクッキーだった。帝国風のチョコチップ入りクッキーでもなければ生地にチョコレートが混ぜ込まれているものでもない、甘味に砂糖を使った普通のクッキーだった。

 

 

 

『ベカスへ

すまない。本当はチョコレートを作って送るつもりだったのだけど、ドリスが「チョコレート味のニンジンを作る」と言って、用意していた材料の全てをチョコレートの精製につぎ込んでしまった。

ドリスには言って聞かせる。代わりと言ってはなんだがクッキーを送りたいと思う。せめてもの罪滅ぼしとして美味しくなるよう最大限の努力はした。

 

追伸、チョコレート味のニンジンのことだけど、食べたくない気持ちは分かるが、ドリスのためと思って出来るだけ食べて欲しい。以上』

 

 

 

「うん、美味しい」

 

ベカスは添えられた手紙を読みつつ、葵博士のお手製クッキーを口にした。口の中に広がる程よい甘みとサクサクとした食感を楽しむも……

 

「でも、違うんだよなぁ〜」

 

送られてきたのがチョコレートではないことに、ベカスは小さなため息を吐いた。

 

クッキーの袋をそっと小箱の中に戻して、ベカスは次の箱に手をかけた。白い色をした先の2つよりふた回りほど大きな箱、テッサから送られてきたものだった。

 

「大は小を兼ねるって言うし、こんだけ大きければきっと良いものが入っているに違いないぜ〜」

 

ベカスはズシリと重いその箱を膝の上に乗せ、包みを剥がして蓋を開けた。

 

「…………え?」

 

しかし、中に入っていたのはチョコレートではなく……チョコレートと同じ茶色をしたフサフサな毛の塊だった。

箱の中に入った毛玉を前にしてベカスが疑問符を浮かべていると、突然毛玉が動き出し、その顔に当たる部分を上げ、クリクリとした黒い瞳でベカスのことを見つめた。

 

「ニャー」

 

「うわ!?」

 

毛玉の発した鳴き声に驚き、ベカスは思わず箱を投げ出した。

 

「ね、猫……?」

 

「タヌキじゃい!」

 

「なっ!?」

 

喋るぞ! こいつ……ベカスは箱の中からモゾモゾと這い出てくる謎の生物を見て、驚きのあまり心の中でそう叫んだ。

 

丸い耳、つぶらな瞳、小さな鼻、そして縞模様のある大きな尻尾。タヌキに見られる特徴を可愛くデフォルメして表現したかのようなそれは、確かに猫というよりもタヌキだった。

 

「どうも、ムジナ(作者)です」

 

「は? 誰だよ」

 

ベカスの質問に答えることなく、タヌキっぽい何かは大きな尻尾を地面に置いて、それから体のバランスを保ちながら人間のように直立した。

 

「テッサからのチョコレートはないのです」

 

「え?」

 

訳が分からず疑問符を浮かべるベカスに、タヌキのような変な生き物は言葉を続ける。

 

「鎮魂歌、見たのですよ」

 

「鎮魂歌……?」

 

「ベカス、すっごいクソムーブをしていたと思うのです。最初に読んだのは1年以上も前なのですが、アレは読んでいてとてもイライラしたのをよく覚えているのです」

 

「いや、何の話だ?」

 

「主人公補正で懐いてるアイルーはともかく、あんな塩対応をされたテッサにしてみれば恨みを抱いてもおかしくないのです。副官のシステム的な相性と現実的な親愛度を一緒にしてはいけない、ムジナはそう思うのです」

 

「待ってくれ! あんたは、いったい……?」

 

タヌキ(のような生き物)はそこでため息を吐いた。

 

「ダッチーはテッサをどうしたいのか分からないのですけど、あんな中途半端な優しさじゃそもそも返す義理もないのです。だから、テッサからのチョコレートはありません」

 

「いや、だから……」

 

「ムジナの考えを指揮官様に押し付けるつもりはないのです。でも、鎮魂歌の終わり方もクソみたいだったし、ムジナ的にはやっぱり気に入らないのです。あ、ムジナは別にアンチじゃないのです。あくまでも1匹の『意見』として心に留めておいてくれれば結構なのです」

 

「お前、さっきから何を……」

 

「それでは、また……」

 

そう言ってタヌキ(のような生物)は四足歩行の状態になると、脱兎のごとく駆け出して、素早くベカスの脇をすり抜けて廊下の奥へと消えてしまった。

 

「何だったんだ?」

 

しばらく廊下の奥を見つめていたベカスだったが、ふと思い出したように床に転がっている白い箱へ視線を落とした。つい先ほどまでタヌキが入っていた箱、言うまでもなく中は空っぽだった。

 

「ヤバイな……」

 

ベカスは誰からもチョコレートを貰えていないことに、ようやく焦りを感じ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンサーガ

非公式季節イベント「焦燥バレンタイン」

第3話:男たちのレクイエム(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

 

 

「ん? なんだ……?」

 

焦りに駆られるがまま、フラフラとリフレッシュエリアを訪れたベカスはそこでどこからともなく誰かの声が聞こえてくることに気づいた。

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

「ねぇ、泣かないでよ」

 

「男だろ、泣くなよ。それに、あんたの気持ちは分かるがそう考えるのはまだ早いんじゃないのか?」

 

「そうだ。まだそうと決まったわけじゃない、君のお姉さんにも何か深い事情があったのかもしれないだろ?」

 

それも1人ではなく複数人の声である。

しかも、そのうちの1つは悲しみに溢れていた。

 

「どうしたんだ?」

 

ベカスは声が聞こえてくる部屋を覗き込んだ。

 

「あう……ベカスさん?」

 

ベカスの声に反応している、部屋の中にいた少年……高橋龍馬は顔を上げた。しかし、いつもの明るい調子は何処へやら、どういうわけかグシャグシャに泣き腫らした顔をしている。

 

そして、龍馬の周囲には3人の少年が佇んでいた。

アルト、佐伯、グルミの3人である。

 

「なっ!? お前ら、こんな可愛い子を虐めるなんて!」

(オレも混ぜろッッッ!!!)

 

龍馬の頬を伝って落ちる涙を見て、ベカスは叫んだ。

 

「ち、違うよ!」

 

「そ、そうだ! オレたちはただ龍馬の相談に乗っていただけで、虐めてなんかない!」

 

虐めているという言葉を聞いて、アルトと佐伯は慌てて自分たちの無罪を訴えかけた。

 

「というか、今……どこからともなく変な声が聞こえたような気がしたんだが……?」

 

グルミは下心が丸出しになっているベカスの心の声に気づき、怪訝そうな表情でベカスを見つめた。

 

「それはまあ、気にするな。それで……龍馬に一体何があったんだ?」

 

「実は……」

 

アルトはことの一部始終を語り始めた。

 

 

 

「ふむ……つまり、龍馬は義理のお姉さんである高橋夏美からチョコレートを貰おうとしたが、忙しいのを理由に彼女から無視されてしまったと?」

 

 

 

アルトの説明を聞いて、ベカスは話の要約を口にした。

 

「うん、まあそんなとこ」

 

「ああ、かわいそうに……そういえば朝、お姉さんから貰えるチョコレートを楽しみにしてるって言ってたしな……」

 

ベカスは視線をアルトから龍馬に移した。

 

「うぅ……お姉ちゃんはもう、僕のことなんてどうでもよくなっちゃったんだ。いつまで経っても男らしくなれない僕のことなんて、もう嫌いになっちゃったんだ……うわあぁぁぁん」

 

龍馬はそこでまた、めそめそと泣き始めた。

 

「龍馬……」

(ハァ、ハァ、ハァ……龍馬ぁ、泣いている姿も可愛いいいいいいいよおおおおおおおおおおお!!! あっ! ヤッッッバイ! これだけでライス3杯はイケる!)

 

ベカスは真面目な表情で龍馬を見つめた。

 

「おい、オッサン!」

 

「ぐあっ!?」

 

しかし、ベカスが邪な感情を抱いていることにいち早く気づいたグルミは、思いっきりその足を踏みつけた。

 

「失礼にも程がある」

 

「すみませんでした」

 

至近距離からグルミに睨みつけられ、ベカスは深々と頭を下げて謝罪した。

 

「まあ……その、なんだ。お前ら、目の前で可愛い子が泣いているんだ、せめて自分たちが貰ったバレンタインチョコのおすそ分けでもしてやれよ……」

 

そう言ってベカスは懐から葵博士のクッキーが入った袋を取り出した。因みに、ドリスから送られてきたニンジン(もどき)はとても食えたものではなかったのでダストシュート(ゴミ箱)に投棄していた。

 

「ん? どうした、お前ら……」

 

龍馬にクッキーを差し出しつつ、ベカスは3人組へと視線を送った。だが、3人組はそれぞれ苦虫を噛み潰したような顔をして明後日の方向を見つめていた。

 

「あ、もしかして……」

 

3人の反応から察したベカスは恐る恐る呟く

 

「……うん、実は……僕らも貰えなかったんだ」

 

アルトの言葉に、佐伯も悲しそうに頷いた。

 

「な!? お前たちもかよ!」

 

驚愕するベカス

そんな彼に、アルトは悲しげに語り始めた。

 

 

 

まず、アルトの話を要約するとこうだった。

 

午後の仕事がひと段落した後、挨拶ついでにチョコレートとか貰えたりしないかな? ……とシャロの部屋へと向かったアルトだったが、ちょっぴりドキドキした表情を浮かべる彼を出迎えたのは、酷く疲れた様子のシャロだった。

起きたばかりなのか、自慢の赤毛はボサボサで寝ぼけ眼を浮かべていた。

普段の活発で明朗な彼女からは想像もつかないその姿に、アルトは困っている人を放っておけないその性分ゆえにしつこく心配するのだが、そのしつこさが逆にシャロの癪に触った。

「うっさいわね!」

起きたばかりでイライラしていたこともあってか、シャロは強い口調で怒鳴り散らし、アルトを部屋から締め出してしまった。

そんな状況下でバレンタインやチョコレートのことを切り出すメンタルがアルトにあるはずもなく、彼はずるずると引き下がるしかなかった。

 

 

 

「それは……キツイな」

 

「うん。それに、彼女が怒る理由も分からないから……どうしていいのか分からなくて」

 

アルトの話を聞いて、ベカスはため息を吐いた。

 

続いて、佐伯はゆっくりと話し始める。

 

 

 

佐伯の話を要約するとこうだった。

 

アルトと同じく挨拶ついでに遥の元へ向かった佐伯だったが、部屋を訪れた彼が見たものは室内を埋め尽くすほどの大量のチョコレートに囲まれた遥とルームメイトの瞳の姿だった。

その中で、楽しそうに開封作業をする遥と、チョコレートを片っ端から黙々と頬張る瞳……

「バレンタインって1年で1番チョコレートが美味しくなる日なんでしょ?」

2人はバレンタインがどういう日なのか全く理解しておらず、ただ市販のチョコレートが安く大量に売られる日としか認知していなかった。

そんな彼女に、この日を迎えた男子の心境など知る由もなく……チョコレート大量消費装置と化した瞳の存在もあってか、貰う気力を失った佐伯はすごすごと部屋から立ち去るのだった。

 

 

 

「知らなかったって……そんなことがあるのか?」

 

「ああ、実は彼女……ここへ来るまではとある施設にいて、分かりやすく言うと浮世離れしているというか、多分そのせいだと思う」

 

ベカスの質問に、佐伯はそう答えた。

 

「なるほどな、それで……」

 

2人の話を聞き終えたベカスは、温かい目でグルミを見つめた。その視線に反応したグルミはベカスの言わんとしていることを瞬時に察した。

 

「言っておくけど、俺は違うからな? 俺はそもそもバレンタインデーなんかに興味はないし、貰いたいとも思ってな……」

 

「……誤魔化すなよぉ、そうやって自分の気持ちを押し隠すのはあんまりよくないことだと思うぜ?」

 

ベカスは同情したようにグルミの肩に手を回した。

 

「ち、違う! 俺は……」

 

「まあまあ、オレもチョコレートを貰えなかったしさ、貰えなくてイライラするアンタの気持ちはよく分かるよ」

 

「はぁ……もういい……」

 

複雑な事情を抱えていることもあって、しかしそれを説明する気分でもなく、グルミはそれ以上ベカスの抱いた誤解を解くことを諦めた。

 

「つまり、今ここにいるのは全員チョコレートを貰えなかった同志……つまり、仲間ってことになるな」

 

「仲間……?」

 

ベカスの言葉に、泣きべそをかきながらクッキーをモグモグと口にしていた龍馬が反応する。

 

「そう、オレたちは仲間だ! だからオレたちはオレたちにしかできないやり方で、バレンタインという1年に一度しかない今日を楽しむとしようぜ!」

 

ベカスは嬉々として高らかにそう告げた。彼の言葉に龍馬、アルト、グルミ、佐伯の4人は互いに顔を見合わせる。

 

「えっと……ベカスさんだったか」

 

4人を代表するようにして佐伯が手を上げた。

 

「質問か?」

 

「ああ、まず……オレたちだけでバレンタインを過ごすのは、まあ良い考えだと思う。どうせオレたちも、午後の仕事も終わって時間を持て余していたからな」

 

佐伯の言葉に龍馬とアルト、そしてグルミも頷く

 

「だから、何かするっていうのは賛成だ。……それで、さっきアンタは『オレたちはオレたちにしかできないやり方で』と言っていたが具体的に何をするつもりなんだ?」

 

「そう、それだ!」

 

的を射た佐伯の質問にベカスはビシッと反応した

 

「おっと……街に繰り出して遊んだり、ただ飯を食いに行くなんてものじゃないぜ? それはその気になればいつでも出来るからな」

 

「じゃあ、どうするんだ?」

 

「…………ああ」

 

そこでベカスはニヤリと笑い……そして、ニヤニヤとした表情を浮かべたまま、どういうわけか高橋龍馬を見つめた。

 

「えっ!? な……何? ベカス、怖いよ……?」

 

怪しげなベカスの視線に、龍馬はびくりと体を震わせた。

 

「龍馬ぁ〜、クッキーは美味しかったか?」

 

「う、うん。美味しかったけど……?」

 

「そっか、なら……お礼しないとな」

 

「え!?」

 

その瞬間、龍馬の顔が青ざめる。

龍馬の手元に収まった袋の中には、葵博士のクッキーはもう殆ど残っていなかった。

 

「あ〜あ、こんなに食べちゃって……オレもまだ2、3個くらいしか食ってないのに……」

 

「あ……ご、ごめんなさい!」

 

「いや、いいっていいって……でもその代わり、食べた分はきっちり()()で返して貰うから〜、グヘヘへへへwwwww」

 

「え、えええええええええええええええ!?」

 

龍馬は絶叫した。

 

 

 

「ねぇ……2人とも。僕、前々から思ってたんだけど……ベカスさんって……」

 

「ああ、控えめに言ってクソだな」

 

「好意を寄せると見せかけて、実際にはそれを口実にして人の弱みに付け込む卑劣なゲス野郎だったとは……失望した」

 

ベカスの取った言動を、3人はまるで汚いものでも見るような目つきでそんな評価を下した。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それから数分後……

 

 

 

「お待たせ〜待った?」

 

「ううん、待ってないよ!」

 

何かを取りに行くと言ってリフレッシュエリアを離れたベカスだったが、それからすぐに嬉々とした様子で部屋へと戻ってきた。

その手には、何やら大きな紙袋が握られている。

 

「じゃあ、龍馬にはこれを着て貰おうか」

 

「え? 何を着るの……?」

 

ベカスは龍馬に紙袋を手渡した。

龍馬は恐る恐る、紙袋の中身を覗き込み……

 

「うわぁ!?」

 

驚きのあまり、袋を空中へ放り投げた。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

遠くから一部始終を見守っていたグルミは、尋常ではないその驚きように、思わず龍馬の元へ駆け寄った。

 

「な、なんでこの服がここにあるの……?」

 

「服……?」

 

グルミは床に落ちた袋に視線を移した。

落ちた衝撃で袋の口が開き、その中身が露わになっている。

 

「これ、和服だ……しかも、女子用の……」

 

佐伯は紙袋からはみ出た布のようなものを広げた。

それは以前、龍馬がベカスからセクハラを受け……ベカスとの対戦に負けて無理矢理……合意の上で着せられた日ノ丸の伝統的な装束「和服」だった。

全体的に桜のような桃色で、現在では珍しい広袖となっている。元々はA.C.E.学園に所属するソフィアが子どもの頃に着ていたものであり、そのため服のサイズは小さく、小柄な体格の龍馬が何とか着ることができる大きさだった。

 

ベカス「ん?この服がなんでここにあるのかだって? そりゃ……なんか指揮官の部屋にあったから、ちょうどいいなと思って勝手に持ってきただけだ」

 

龍馬「あー、駄目だよ! 勝手に先生の部屋に入っちゃ……」

 

 

 

アルト「いや、ツッコムところはそこじゃないよね?」

 

グルミ「指揮官……」

 

佐伯「なんでこんなものを持っているんだ……?」

 

 

 

佐伯は呆れつつも話を戻すために空咳を1つした。

 

 

 

「それでベカスさん、龍馬にこれを着させてアンタは一体何がしたいんだ?」

 

「そりゃあ、決まってるだろ……女抜きで、オレたちだけでバレンタインデーをやるんだ!」

 

「はあ?」

 

「パンがなければケーキを食べればいい! パンツがなけりゃ履かなければいい! バレンタインデーに女がいなけりゃ女装させればいい! ただ、それだけのことさ」

 

「いやいやいや! 意味分かんねーよ!」

 

「なんだと! 佐伯! お前はせっかく目の前にこんなに可愛い子がいるのにチョコレートを貰いたくないって言うのか!」

 

「だが男だ!」

 

「うるせぇ! 可愛いにオスもメスもあるか!」

 

ベカスは暴走していた。

それはバレンタインデーに女性からチョコレートを貰えなかったことによる焦燥感が彼の理性を崩壊させ、代わりに変態的な感情を呼び覚ました結果なのかもしれない……

 

「いや、龍馬だけじゃ足りないな!」

 

「は? アンタ何言って……」

 

佐伯の呆れた視線を受けながらも、ベカスは部屋にいた龍馬を除く3人を次々と見渡した。そして、ベカスの視線がある1人を捉えた。

 

「おい、そこの青髪……お前、名前は?」

 

「え、あ……アルト」

 

「アルトか……うーん、いい名前だな」

 

「ど、どうも……」

 

「あと、よく見たら可愛いな」

 

「そ、そう……え?」

 

気づいた時にはすでに遅し、ベカスの大きな両手がアルトの両肩を力強く捕まえていた。目の前にはニヤニヤとした奇妙な笑みを浮かべるベカス、それを見たアルトの顔から徐々に血の気が引いていく

 

「ま、まさか……」

 

「アルトくん……」

 

 

 

 

 

女装とか、興味ない?

 

 

 

 

 

「嫌だあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

部屋にアルトの悲鳴がこだました。

 

 

「じょ、女装なんて……俺には無理だよ!」

 

「そんなことはないぞ! 髪も長いし、素の状態で既に可愛いんだから、女装したらもっと可愛くなれると思うぞ!」

 

「可愛くなんてなりたくないよ! それに、ほら……実は俺、こう見えても最近体を鍛えていて、パッと見た感じではあんまり分からないと思うけど、それなりに筋肉も……」

 

「大丈夫だ! 多少筋肉があったからってオレは気にしねぇよ! いや……むしろ、可愛い顔して身体はガチってところに興奮するね!」

 

「へ、変態だあああああッッッ!? ね、ねえ! 2人は鍛えてガチムチになっている子からチョコレートを貰うよりも、お淑やかな子からチョコレートを貰えた方が嬉しいよね?」

 

「あ、ああ!」

 

「オ、オレもそっちの方がいい!」

 

アルトの考えを瞬時に察したグルミと佐伯は、ほぼ同時にそう答えた。そのせいで状況が悪化の一途を辿るとも知らずに……

 

「そう言うだろうと思って、ちゃんと用意はしてある」

 

ベカスはそう言ってコートのポケットから何やら赤い液体の入っている小瓶を取り出した。

 

「そ、それは……?」

 

アルトは恐る恐る液体について尋ねてみた。

 

「これはオスカー製薬の開発した、飲むタイプの『T.G.M.』だ」

 

「て、TGM……? な、なんか嫌な予感が……」

 

「因みに正式名称は『Trans Gender Medicine(liquid)で、その意味は……性転か……』」

 

「ッッッ!!!」

 

次の瞬間、アルトは心の中で種割れ孤戦孤死モード(外伝:「予兆」参照)を発動した。(プラシーボ効果)

それによって得られた集中力と爆発的な反応速度を駆使してベカスの腕からスルリと抜け出ると、そのまま一直線に部屋の扉へと移動し……

 

「おっと、どこへ行くんだい?」

 

「ッッッッッッ!?!?」

 

だが、アルトの手がちょうどドアノブに触れたところで、暴走して反応速度が向上しているベカスに再度両腕を拘束され、そのまま羽交い締めにされてしまった。

(なぜアルトが切り札を使ってでも逃げようとしたかについては各自でお察しください……今更言うまでもないと思いますが)

 

「大丈夫だ。オレも去年、半ば無理矢理飲まされたけど別に死にやしないさ。現に今もこうしてピンピンしているからな〜♫」

 

「は……離してよ! 俺は、僕は……女の子になんてなりたく……」

 

「ハァハァ……アルトちゃん(・・・・・・) 新しい自分を受け入れて!」

 

「誰ですかッッッ!?!? それ!?」

 

その後、偶然その場に現れたウッドの協力もあって暴走したベカスを何とか押さえつけることができ、アルトの貞操純情は守られたのだった。

 

ちなみにウッドもベカスらと同様、結局誰からもチョコレートを貰えずに酷く落ち込んでいたことは今更言うまでもなかった。

 

 

 

前編ー了ー

後編へ続く




作中に変な生き物が紛れ込んでいますが気にしないでください。ただのガヤですので

次回、ベカスの恐るべき計画が始動する。
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