機動都市X_黎明に咲く花   作:リゾッ糖

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大会編 第4話 × 僕は

「うーん……迷う……」

手元には二冊のノート。

片手にはいつも買っている茶色のベストセラー、片手には北港印新作の鮮やかなオレンジ。

 

学校が終わり、僕は月に一回程度訪れる街外れの雑貨屋に来ていた。

 

アナログ用品は電子文化の普及した今も未だに根強いファンがいる。しかしながらマーケットがインターネット上に移行しており、実際に目で見て楽しめる店はあまりない。

つまりは旧式のノートやペンなどの文房具自体、一部の好事家御用達の様な扱いなのだ。

 

だからこそ悦に浸れるものであったし、僕は僕のこのささやかなこだわりが嫌いではなかった。そのために定期的に通い、こうして購入している。

 

いつも購入しているベストセラーはそれこそ普通に使われていた20年代からの人気シリーズで復刻されたもの。

対してオレンジは北港印の意欲作。過去回帰を是とされたノート業界に一石を投じる新しさのあるデザインだ。

 

迷う。迷うが……

 

「そろそろ行かないと」

 

僕は茶のベーシックを手に取り会計に向かった。

 

 

::::::

 

 

雑貨屋は学園等の林立する中央街から徒歩15分程の距離だ。

 

 

ここノースポートシティは貿易業が盛んな港として有名だった人工島を、北港が更に拡大発展させた世界でも有数の都市である。

 

観光事業・サービス業・産業など全ての最先端の為、文化の聖地であり、毎年数千万人もの外国人観光客が訪れる。

 

しかしその本質はなんといっても学問である。

元は必需品が揃う程度の商店が並ぶ中央街と、それを囲むように企業の倉庫が並ぶ倉庫街でしかなかった。

かつては栄えた出島も企業の海外進出で廃れた結果、運搬の交通経路が確立されている点だけが評価され体の良い荷物置き場になっていたという訳だ。

 

しかし10数年前に土地価が暴落していたこの地を北港が買取り、または企業との提携協力を結び付け掌握。

中央街の商店は残しつつ、少し離れた立地に北港の経営していた一貫大学を移転したのだ。

それまでにない経営理念、教育方法で一躍最高の学び舎としての知名度を確立し、更には全国の学問と名の付く全てを誘致。

 

飛躍的に学究都市として成長したのである。

この地においての教育理念は至ってありきたりであり、『自由』この一言で語られる。しかしそれが完全に実現されている事は珍しい。いや異常ですらあるだろう。

 

自由の気風は遺憾無く発揮され、学問は学問に留まることが無い。

生徒の研究はそのまま事業となり、島はさらなる発展を遂げ今に至るという訳である。

 

 

SMCの正式な開催地となった今、世界中から注目される最先端はここであると言っても過言では無かった。

雑貨屋も含めたこざっぱりした商店街が、元は中央街であったというだけの裏話だ。

 

という訳で雑貨屋から駅までは10数分を要する。

ここでまたささやかな拘《こだわ》りなのだが、いつもの様に直接電車で帰るのではなく、本数は少ないものの毎日運行しているバスに乗り、島の端にあるLR線に乗り換えるという帰宅経路。

 

直接電車であれば直通で20分程だが、バスを利用した場合40分程と2倍近い時間がかかる。

だけど、この無駄にも思える時間の使い方が好きなのだ。

ノートについてもだが、自分の在り方に遡行《そこう》したくて、やっているのかもなと薄々勘づいてはいる。

この程度なら門限である4時に遅れずに帰れるのも大きい。

 

それに今日はしたいこともある。

SMCの配信観戦の続きだ。昨日の試合から色々調べたが、SMC連盟自体の確立が比較的最近であるのに対してSMCの歴史は長い。

 

元は機動都市Xというレトロなバトル・ロワイアルゲームだったそうだ。たくさんのタイトルが重ねられ、現在のSMCに至る。

 

その為、配信は過去現在含め様々な記録があり、面白そうなものばかりだった。

ゆっくり進む帰りのバス内で、勉強もせずにゆっくりSMC観戦する。最高に贅沢な時間の使い方ではないだろうか。

 

なんて考えていたら、あともう少しでバス停だ。

ノートをどれにするかで悩みすぎてしまったか、少しギリギリの時間だ。

 

::::::

 

いつもはジメジメしていて利用しない近道を走る。

やはりというか湿っぽくてあまり好きになれない。暗鬱とした自分にどこまでも落ちていきそうな感覚に襲われる。それが嫌な僕自身も嫌で。なんともナイーブなこと。

 

 

はあ。

だから暗い道と、明るいだけの家は嫌いなんだ。

早くバスに乗って動画視聴したいな。

 

 

なんて、考えていたからだろうか。

前方不注意は良くなかったと今は反省する。

この時ちゃんと前を向いていれば、現在《いま》は無かったのかななんて考えることもある。

 

ひとつだけ言えるのは、誰にも予想できなかっただろうということだけだ。

 

 

 

 

 

衝撃。

足がもつれ無様に転ぶ。

ゆっくり地面が近づく様を妙に冷静に見ていた。

 

 

 

「痛った.......」

 

捻ったらしい脛《すね》が鈍痛を訴える。

急いでぺたぺたと触り、揉みほぐす。

幸い捻挫などでは無さそうだ。

 

 

こういう時は状況を整理しよう。

 

前をよく見ていなかった僕は何かにぶつかって倒れ込んだ。

そして下敷きになった何かが動いて.......動いて?

 

 

「はよどけー!!」

 

下から声がしたかと思うと、僕はすごい勢いで吹っ飛んだ。

文字通り、飛んだ。迫るアスファルト。

 

生命《いのち》の危機を感じたからだろうか、以前動画で見ただけの受身をほぼ完璧に再現。

とはいえ、余波は消しきれず壁に激突した。

 

奇跡的に恐らく無傷だが節々が痛い。

一瞬走馬灯見えた気がするくらいだ。

僕を放り投げた相手を睨みながら叫ぶ。

 

「いや、何するんですか!?」

「さすがにやりすぎたな。悪い悪い」

 

白髪に髭の小汚い長身の男だ。

全く悪そうにしていない所が腹立たしい。

とはいえ、

 

「いえ。こちらこそ前方不注意でした。それに下敷きにしてしまって。申し訳ないです。お怪我はありませんか?」

下を向いて歩いていたのは事実だ。それに僕が怪我しなかったのも、この人を下敷きにしてしまったからだろう。

投げられたのは憤慨だが、それにしたってこちらに非があっての事だ。

 

対する男は奇妙なものでも見る目をしていた。

「んんー?」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。…そうだな、お前が全部悪い。肋骨全部折れた気がするわー。ここは土下座してもらわねぇと気がすまねーな」

「何言ってるんですか!」

 

何だこの人。ムカつく人だな.......それにどこかで見た事があるような.......。こんな粗野で粗暴な人知り合いにいたか.......?

 

「まあこっちも悪かったから土下座は許してやる。俺も急いでるしな。次から気をつけろよ」

「ありがとうございます」

 

悪い人ではないのかもしれない。ガラは悪いが。

 

「あ、ひとつだけ頼んだ。背広着込んだ奴らが来たらあっち行ったって伝えてやってくれ」

 

そう言ってジメジメした道の更にジメジメした分岐を指さす男。

誰だったか、思い出せそうで思い出せない。

こう、喉まで来ているのだが。

 

「じゃあな」

そう言って男は踵を返す。

 

あ。もしかして。

 

「ロム選手!?」

 

 

小汚すぎて分からなかった。というより雰囲気がもはや別人だ。

もっと紳士然としていなかっただろうか。

 

「ああん?」

 

こんなにステレオタイプにチンピラな、ガラの悪い顔は初めて見たかもしれない。

 

 

::::::

 

 

歩みを止められた男は不機嫌そうに頭を搔いて言った。

「まあ、そうだ。ロムだ」

「あ、すみません。呼び止めてしまって」

「こう見えて忙しいんだ。サインは書いてやれねえ」

 

今は別に欲しくもなんともない。

観戦時は憧れの気持ちも芽生えたが今の印象が悪すぎて雲散霧消もいいところだ。

 

「ん?」

何かを思いついたかのようにポンと手を叩くロム.......さん。

満面の笑みでこちらを見ていて、何だか分からないが悪寒がする。

 

「なあ。俺の事知ってるってことはお前SMCプレイヤーか?」

「い、いえ、昨日ロム選手の試合を見て。それだけです。」

「そうか」

 

 

沈黙が流れる。

 

インタビュー時の紳士的な印象とも、先程の粗野な印象とも違う、静かで深い視線に射竦《いすく》められる。

ロムは何かを黙考している様だった。

そしておもむろに呟いた。

 

「やってみたいとかないか?」

「え?」

「だから、SMCを」

 

 

 

一瞬の思考停止。

この人は何を言っているんだ。

僕はぶつかっただけの一般人でバスに乗って帰らなきゃいけなくて、明日の課題を終わらせ無ければならない。

それにSMCは、確かに惹かれはしたけど僕なんかに出来る事じゃない。配信や動画で傍観したいだけの趣味。そう、趣味だ。

趣味なんて無かった僕にとって初めての趣味。

それだけで、すごく、満足なんだ。

第一この人も何を考えてるか分かったものじゃない。何も知らない僕を騙そうとしてる可能性だってある。

 

だから、キッパリと断ろう。

それが僕のためだから。

 

 

 

「やりたい……ですっ!!!」

 

「おう。ちゃんと言えたじゃねえか」

 

 

 

 

 

自然に漏れ出た僕の本音。

それに僕自身が驚いて。

ロム選手が近づいてきて。

ニカッと、自然で爽やかな笑顔で笑った。

 

そして。硬直したままの僕に、正面から言い放った。

 

 

「じゃあ行こうか」

「え?」

「SMCの技術開発及び運営を担う北港、その本社へ。」

 

 

理解の追いつかない僕の肩を掴みロム選手はすたすたと、帰りのバス停と真逆の方向に歩いて行く。

僕は何かが始まる予感を胸に、ただ引き摺られるのだった。

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