残響世界の聖剣譚 -VRMMOで鍛えた魂で侵食されるこの世界を守ります- 作:気力♪
ふらりと歩くその姿は平凡なものだった。しかし、あえて見せているその剣気に反応する者は少なくなかった。
それはそうである。ここは人類最後の王国ソルディアル。そこに住んでいる人間は少なくない修羅場を潜っているのだ。
故にそれとなく、気づかれる事なくその少年から離れていく。
しかしそれでは変わらぬと、一人の片腕の戦士が真っ直ぐに立ち塞がった。
「なぁお前さん、何が目的だ?」
「この国の事を知りたいと思って歩いてます。強いですね」
「……それだけか?」
「まぁ、喧嘩を売ってくれないかと思ってはいます。ちょっと鍛え直したいと思ってまして」
「だからって野試合狙うか普通?」
「その方が楽しいじゃないですか」
その生命をなんとも思っていない在り方に驚嘆した戦士は、誰かに矯正して欲しいという願いから一つの提案をした。
「……まぁ、お前が死人を出さないならなんでも良いさ。そういう事なら知り合いを紹介してやる。あの酒場の連中なら、暇つぶしにお前を見てくれると思うぜ」
そうして男が話すのは“荒野の西風亭”についての事だった。
様々な腕利きが自然に集まる酒場だという事だ。この戦士も昔はよく通っていたのだと。
そうして、紹介の文を貰って少年は去っていく。
その姿に、戦士は見た。
鬼の子の、姿を。
■□■
『マスター、流石にやりすぎだったのでは?』
「結果オーライとはいかないか。ちょっとこの国舐めてた」
タクマとメディは、そんな事を話しながら剣気を抑えて歩いていく。
当初の予定としては。市民から騎士に伝わり大乱闘のつもりだったのだこの少年は。デスペナするならそれで良いと。
死んでも良い状況なら、とことん死ぬのがタクマのゲームスタイルである。
「んで、ここか」
『酒場ですね。一見すると普通の店ですが』
そこは、簡素な看板があるだけの店だった。
もしかすると酒場とすら気付かれないだろうその店は、ひっそりと佇んでいた。
Open の文字はないので、念のためにノックをしようと近づいていく。
さて、鬼が出るか蛇が出るかだ。とタクマは思い。
その扉が、真横に吹き飛んで来たのを唖然としつつ抜き打ちで両断した。
「……え、何これ?」
『奇襲の類では?』
「悪いね! ちょっとした喧嘩さ!」
そう、中から声が聞こえてくる。
殴りかかっているのは、妙齢の女性。エプロンが似合う黒髪の美人さんだ。胸はないが。
それをいなして笑ってるのはまさかの顔の見えない男性。しかしその感覚から伝わるのは間違いなく探し人だった。
「ダイナ師匠、何やってんですか」
「あぁ、少年か。見ての通りの喧嘩だよ」
「笑ってんじゃないよアンタ! ……師匠?」
すると、ギロリとこちらにターゲットを変えてくる女性。
「あんた、この馬鹿の弟子なんだね? 金を払いな!」
「あんた本当に何やってんの師匠」
「いやー、財布の中身のことすっかり忘れててなぁ……うん、おっちゃんミスったよ」
とりあえず、言われた金額はそこまででもなかったので、店の修理代などの色もつけてタクマはポイントをこの世界の通貨に変えて払った。
このダイナという人は落ち武者スタイルだが、決して不義を働くような人ではないとタクマは見ていたからだ。そんな人物に、あれ程の剣は振るえない。
なので、一先ず金を払ったのだった。落ち着いて話を聞くために。
そしてそれは、間違いではなかった。
「……アンタ、馬鹿だとは思ってたけどそこまでとはねぇ」
『施すにしても限度があると思いますよ』
「だから施したんじゃねぇよ、盗まれたんだよ」
事の顛末はこうだ。
師匠はスリにあった。それも年若い子供によるモノだ。
犯人を知っている時点で分かると思うが、師匠はその子供に気付かれないように後を付けたようなのだ。本人は否定するが、その少年の事情を悪し様に語った女店主さんの言葉に食ってかかって少年の事情を説明したのだから。
もっとも、今の尋問は店主さんの誘導がうますぎたので、間違いなく自分は引っかかるし、恐らくヒョウカでも引っかかるだろう。そうタクマは思った。
この末期の国の酒場の女店主だ。こう言った技能も磨かれるのだろう。
そして、少年の事情はこうだ、
だが、この国の常識もなく飛び出してしまった少年たちにできることなど何もなく、途方に暮れ、飢えで苦しみ、スリをした事があるという少年が打って出たのだとか。
当然、そんな記憶はないし、手慣れてもいなかったようなのだが。
「んで、その子供達はその後どうなったと思う? ダイナさんとやら」
「……柄にもない説教して、孤児院に叩き返したよ」
「『普通に良い話じゃないですか』」
「ま、自分の金を取り返さないあたりが台無しだけどね!」
「うるせぇ」
とまぁ、そんな話を聞いた人情派の女店主さんが何もしない訳もなく、タクマに金を返し、ダイナには店の片付けと扉の修理を命じてそれで終わりにした。懐の広い女である。胸はないが。
「手伝いますんで、ちょっと付き合ってくれていいですか?」
「構わねぇが、なんかあったのか?」
「ちょっと……
「あー、誰かとやり合ったな?」
「はい。相打ちすら取れませんでした」
「怖い事言うなってのガキが。命は大切にしろよ」
そんな言葉と共にえっちらおっちらバラバラになった机や扉を店の裏に纏めていく。
そしてスッキリした内装に対して、店主さんがある言葉を言い出す。
「
それは、
そういう使い方もあるのかと驚愕するタクマとメディだった。
「無駄のない力の無駄遣いだなマジで」
「いいのさ、力がある事と戦う義務は等価じゃないからね」
そうして、残った扉を立て付けて荒野の西風亭は元通りになった。
「じゃあ改めて。何にする?」
「それなら……ミルクでも貰おうか」
『マスター、格好つけてそれを言ってわかる人はさほどいないかと』
「はいよ。アンタは水で良いね?」
「ああ、頼むよ」
そうしてカウンター席で他愛のない話をするタクマとダイナ。兄弟のような親子のような、妙に近い感覚の二人だった。
「はいよ。ツマミは勘弁してくれよ? まだ旦那が帰ってないから食材がないんだ」
カラッと笑う女店主。そんな言葉と共に奥の椅子に座っていた。手にはエールがある。
デバガメする気満々である。
「じゃあ、良いですか? 真面目な話」
「……アイツを無視していいのか?」
「むしろ話聞いて欲しいですね。
「あの剣の腕でか」
「純粋な剣技ならそこそこ強いですよ? ずっとぶん回してきましたから。ただ、稀人って
「あー、つまりそもそものルールを知らねぇって話か」
「はい。命を燃料にしての戦闘技術ってのは体感してるんですけどね」
すると、スッと目が鋭くなるダイナ。何やら魂をを見られているようだった。
なので、真似をしてみる。意識を
そこには、研ぎ澄まされた光があった。眩しくて目が焼かれそうだが、しかし見惚れてしまうほどの美しさの。
すると、ぺちんとダイナはタクマの頭を叩いて意識を引き戻した。でなければ、魂が焼かれてしまっただろうから。
「魂視を盗みやがったよこの天才坊主」
「タクマで良いですよ師匠」
『私もメディで構いません』
「まぁ、お前のあり方は見えた。綺麗な緑だな」
「緑ですか? 風じゃなくて?」
「ああ、別に属性と色とゲートって全く関係ないからな。十人十魂って奴だよ」
“色じゃないのか”と内心不思議に思うタクマとメディ。
そんな話から、ダイナ師匠による
「そんな事より斬り合った方が早いと思うんだけど」
『マスター』
「わかってるよ、相棒」
剣の腕を高めるには、まず剣の理を知らなければならない。それは