残響世界の聖剣譚 -VRMMOで鍛えた魂で侵食されるこの世界を守ります- 作:気力♪
動かなければ。自身の体の
『マスター……あなたが陥っているのは、命の枯渇です。気合で動けるようになれるものではありません』
だからと言って、動かないではいられない。ここで立てなきゃ、義父との約束を破ってしまう。先生の教えに反してしまう。亡き両親の生きざまに反してしまう。
生きることを諦めていたあの子が、笑顔で外に飛んでいくのを見て、きっと自分もそうあれると思うことができなくなる。
それを、琢磨は許容することができなかった。
そうしていると、再び氷華からのコールがきた。
「氷華……」
「琢磨君、生きてるみたいね」
「ああ、お前もな」
「いえ、そうもいかないみたい。外から割られてる。魂の残量なんてわからないけれど、あと3分持たないわね。所詮氷だもの」
「今、助けに……」
「琢磨くんが万全ならもう来てるでしょう? なら、そうじゃないってこと。分かってるわよ大体。好きな人の事だもの」
「……そういうのは、本当に好きな人に言えよ」
「そうよ。だから言ってるの」
氷華は、今生の別れを告げるように、言った。透き通るような、悟った声で。
「私、琢磨くんの事好きよ。始まりは、間違いだらけだったけど。それでも」
■□■
風見琢磨と御影氷華の始まりは、ただ、氷華が琢磨を利用するだけのものだった。
同時、氷華の体に巣食っていた病は数知れず、それに対しての前例などなかった。そして、治験を行う以前に、彼女には生きる意志がなかった。
助けたいと思い、奔走する凪人の思惑に反して。
当時の琢磨は、それを手伝おうと動いた。凪人が乱雑に散らかしたデータの中からソレを見つけ出して、実際に氷華と会いソレを提案した。
“婚約による疑似的な家族関係の構築”という荒技中の荒技を。
医師と家族関係になれば、承認前の治療法を治験という名目で行うことができる。
もちろん、失敗すれば医師免許の剥奪は当たり前に起きる。治療の成功前に事態が発覚しても同様だ。ソレほどに真っ黒な手段だ。
それを理解はしていなかった当時の琢磨はまだまともだった頃のメディを使って申請書類などを整えて、氷華へと会いに行った。
家族と死に別れ、運良く生き残ったのに数々の病が彼女を殺すと告げられ、命が繋がる可能性が0%だと告げられた彼女に。
ただ、死んでないだけの目をした彼女に。
それから、琢磨はありとあらゆる手段で彼女を説得しようとした。しかし、口はさして上手くなく、まだほとんど何も持っていなかった琢磨には説得の材料などなかった。
ただ一つ、運動神経を衰えさせないようにと凪人が与えてくれたVR教材以外は。
「俺がこの勝率100%の人に勝ったら、認めてくれるか?」
「私への、当て付け?」
「ああ、0%だから諦めてるんだろ? だったら、俺はそれを殺す」
「……やってみればいいじゃない」
そうして、二人はVR空間へと入り。
今の琢磨を形作った二千回以上の敗北の先に、諦めずに掴み取った一勝を魅せつけた。
氷華は、架空の中での本格的な殺し合いに、その中での諦めないで戦い続けた彼の姿に、ありえない可能性を感じたのだ。
だからこそ、氷華は琢磨と婚約し、琢磨を利用して生きながらえてやるという意思を定めたのだ。
そして琢磨も、凪人の望みを叶えつつ、両親のように守れる男になるように氷華を利用する事を覚えた。
そんな利害関係が、二人の始まりだった。
だが、利用し合っていくたびに、二人は変わっていった。
氷華は琢磨の異常性を学び、まともでは可能性の先を掴めないと自身の精神性を作り変えた。
琢磨は氷華の生来の計算高さを学び、自身の異常性を隠しながら発散する術を身につけた。
そんな互いに成長を促しながらの利害関係。それが、二人の関係の筈だった。
……筈だったのだ。
■□■
これまでの事を、琢磨は思い返す。
だから、氷華のその言葉には現実感がなかった。
ただ、利用し合ってるだけだった筈なのに。彼女の好意とて、親愛以上のものはなかった筈なのに。
「……氷華?」
「ああ、言っちゃった。琢磨の重荷になりたくなかったのに、琢磨の偽の婚約者のままで良かったのに。どうしてだろう?」
その言葉とともに、氷華の背後の音が聞こえて来る。
多くの敵が泥の力で氷華の結界を砕いているのだろう。本当にもう、時間はない。
時が、足りない。
力が、足りない。
命が、足りない。
魂が、足りない。
この時、琢磨は生まれて初めて本当の意味で守るために力を欲した。おそらく愛してはいない、偽の婚約者のために。
そうして、琢磨は自分のどこかに力がないかを探し出した。それは無謀のことだったが
いくつかの要素が、“ソレ”に達する手助けをしてしまった。
まず、琢磨の魂を汚染したままの闇の泥。それが、繋がらない筈の道を繋いだ。
次に、琢磨自身の精神性。今の琢磨は死んでも守るという意思だけで意識を繋いでいる。死を、許容してしまっているのだ。
そして、
それが、琢磨に命を燃やさせた。
「
それはゲートとは違う。ゲートは魂を変質させるものだから。
それは、ダイナから使うなと言われていた禁断の力のさらに先。現在の魂でなく、その先にある
その反動で琢磨の魂は激痛に苛まれ、しかし活力を取り戻していく。
決して、取り返せないものと引き換えに。
『マスター……』
「分かってる。それでも行くぞ」
『……私は、あなたの健康管理AIです。そして今は、あなたの明日の体より、あなたの今の心を優先するべきと判断します。故に、相棒の馬鹿を手助けすると決めました」
そして、メディが最後に話した言葉を最後に、魂に走る痛みが少し楽になる。
今なら行ける。そう思った琢磨は、感覚に従って腕を振るい
そしてVIPルームへと直進し、氷の結界を砕こうとしている泥の人間を切り捨てる。
不思議な事に、泥のコアは喉を貫いて露出していた。
だから、琢磨はもう躊躇いはしなかった。
彼の背中には、守ると決めた人がいるのだから。
殺す事でしか守れない琢磨は、そうして泥の人型を殺し続けた。
その時間は、20分。内部の氷に変化はなく。繋がりっぱなしの氷華の通信にも反応はない。気絶しているのだと信じて、琢磨は敵を殺し続ける。途中でパトランプの音が聞こえたから、栗本は無事だったのだと琢磨は理解して、自身の場所を示すために風を放つと
紅い髪が泥の隙間が見えた。
わかっていると、俺が殺すのだと琢磨は迷わずに喉を貫いた。
次第に、敵の泥の量が減ってきた。それにより、多くの見知った顔が現れる。勤務医、看護師、清掃員、そしてホスピスの患者達。
わかっていると、俺が殺すのだと迷わずに喉を貫いた。
そして、スーツの刑事がメイスを持って、喉に一際大きな結晶を携えてやってきた。
わかっていると、俺が殺すのだと剣を振るう。
「なんでだ? 明太子」
それに返答する力は琢磨にはない。だが、あえて言葉にするのならこうだろう。
『うるせぇ死ね』
足柄の体を操って、サビクのメイスの連撃が放たれる。
その連撃には、確かな怒りが乗っていた。それしかないからと言い訳をすれば、いくらでも殺していいのかという足柄自身の怒りが。
その感情が、彼のゲートを開いた。
「
そうしてゲートを潜って現れたのは、泥の男ではない。
道化の装いを纏った、足柄だった。
足柄は、作り出した泥の玉をメイスで弾いて飛ばしてくる。琢磨はそれを回避するも、次の瞬間に琢磨の正面から足柄は消えた。そして背後からのメイスの一撃。隠せていない殺気に反応して剣を合わせるが、メイスはドス黒い泥によって作られており、風の刃にて切り裂かれることはなかった。
そして、再び足柄が視界の中から消える。
そして悪寒に従って琢磨が空を踏んで窓の外に出ると、そこには先ほどの泥の玉が爆発して濁流になっているのが見えた。
「死ね」
「……お前がな、足柄」
そして、琢磨の発していた風を圧縮して放たれた栗本のパトカーの空気弾が足柄をに着弾し、その命を終わらせた。
“そいつの方を殺すべきだろう! ”という目が、離れることはなかったが。それでも、足柄は死に絶えた。それと同時に空が割れる。
異界の、終わりだ。
「……どうすりゃ良いんだろうな、コレは」
世界は元に戻り、建物は直り、人の傷はなくなった。
そして、死体だけが異界へと連れ去られた。
帝大病院大量拉致事件。周辺区域を合わせても、生存者は5名。それ以外は全員異界にて死亡し、消失している。
それが、これから琢磨達の生きるこの世界が戦わなくてはならない敵からの、攻撃だった。
それでも、戦うと、“守る”と決めた少年が一人いた。死の運命を、またしても覆した女がいた。何もできずに、後から話を聞いて“もっと強くなる”と決めた少年少女がいた。必ず真相を暴くと、タバコをふかした中年がいた。
仇を討つ、失われた人々を取り戻す。その意思が生き残った者たちの中で強く輝き始めていた。