機動戦士ガンダムZZ外伝 亡命のアヴァロン 作:アラタナナナシ
古びたバーのカウンター席に座っている40代中ほどの男性は、バーボンを一息に飲むと店員にお代わりを催促した。
小さな皺が刻まれている男の表情は暗く、どこか投げやりなものに見える。
注がれたバーボンを飲もうとグラスに手を掛けるが、その手にそっと別の手が触れた。
男性は顔をあげると、そこにはにこやかな笑みを浮かべる初老の紳士がいた。
寂れたバーには似つかわしくないハットにスーツ姿の初老の紳士は、男性の隣に座るとスコッチを注文する。
「あんたか……。遅かったじゃないか」
「申し訳ありません。ちょっと野暮用がありまして」
「ふん……。俺の話は後回しか」
「そんなことはありません。本当に野暮用だったのです」
初老の紳士は言うと、スコッチの入ったグラスを手に取り笑みを見せた。
「どうです? 乾杯しませんか?」
男性は申し訳程度にグラスをあげると、初老の紳士はグラスを優しく重ねた。
酒を1口飲んだ男性に初老の紳士が言う。
「決心していただけて嬉しい限りです」
「決心……か。金に目が眩んだ。それだけだ」
「いえいえ。あれを長年守り続けてきたのですから、今更お金で心が揺らぐこともないでしょう」
「そうでも言わないと、俺の気が済まない」
男性はもう一口酒を飲むと、深いため息を吐いた。
「あの日からずっと、俺は守ってきた。誰にも渡しては駄目だ。口にすることすら許されない。そう思ってきた」
独白を続ける男性に初老の紳士は優しく語りかける。
「お辛かったでしょう。1人で背負うには重すぎるものです」
「ああ、重かったさ。だから、俺は……俺は……」
男性は声にならない声を上げて、バーボンを一息に飲み干した。
瞳に涙を滲ませた男性は続ける。
「だから、俺は言ってしまった。あいつは良い奴だ。きっと俺の気持ちを理解してくれる。そう思って……」
「言ったことは無かったことにできません。ですが今、あなたはあるべき所に戻そうと考えておられる。それは勇気のいることです」
「勇気……。逃げたいだけさ。あの日、俺に押し付けられなかったら、こんな思いはせずに済んだのに」
「それでも、今日まで守り続けてきたではありませんか。並大抵の人間にはできません」
「どうだろうな……。やっと解放されるのに、酒がちっとも美味く感じない」
空のグラスを傾けると、中の氷がからんと音を立てた。初老の紳士は物言わず酒を口に含む。
「なぁ、あんた。本当なんだろうな、あの話?」
「ええ、事実です。あなたがやってきたことが無駄ではなかった。それは証明されます」
「そうか……。無駄じゃなかったか……」
ぎゅっと瞼を閉じる男性。頬に一筋の涙が流れる。初老の紳士はそれには触れず、黙ってグラスに口をつけた。
バーに流れるカントリーミュージックが耳に心地よい。涙の止まった男性が言う。
「金はいらない」
男性はズボンのポケットから1枚のメモを取り出すと、初老の紳士の前に差し出す。
「それは困ります。契約違反になりますので」
「別に良いだろう? あんたにとって損な話じゃないはずだ」
「いえ、大きな損失です。我々の世界では契約が全てです。あなたと交わした契約を私が違えば、この世界で私の信用は無くなります」
「信用ね。こんな眉唾話を信じて、話を持ちかけてきたあんたが言うと妙に重いな」
「はい。ですから、私はあなたに渡さなければなりません。どうぞ、こちらを」
初老の紳士はジャケットの胸ポケットから1枚の小切手を取り出し、カウンターに置いた。
その小切手に男性がそっと手を伸ばす。男性が小切手を確認したことを見た初老の紳士は、メモを見つめ優しく笑みを浮かべた。
「契約成立ですね」
「ああ、そうだな。もしよければだが」
「はい? 何でしょうか?」
「あんたはあれを何に使うつもりなんだ?」
男性の問いに初老の紳士は静かに返す。
「秘密です」
「だろうな」
「あるべき所に戻すのは事実です。ただし、それをどう使うかは教えて差し上げることはできません」
「聞いて悪かった。俺はもう一杯飲んでいく。あんたはどうする?」
「私は御遠慮させていただきます。早くこの情報を持ち帰りたいもので」
そう言うと初老の紳士は席から立ち上がった。
「もし、だが」
男性が少し躊躇いながら言う。
「嘘だったら、どうする?」
「相応の報いは受けていただきます」
「……あいつみたいにか?」
その言葉に初老の紳士は微笑むだけで、何も返さなかった。
バーを去っていく初老の紳士。バーに残った男は酒の追加注文すると目を閉じて祈るように呟く。
「これで良かったんですよね。閣下」
男性の呟きはバーに流れるカントリーミュージックにかき消され、誰にも届くことはなかった。