機動戦士ガンダムZZ外伝 亡命のアヴァロン 作:アラタナナナシ
薄暗い営倉の中、簡易ベッドに腰かけたライセイはひたすらに兄の無事を祈っていた。
海ヘビがどの程度の破壊力を持っているのか分からないが、早々に人を殺せるものではないはずだ。
ゲイルはきっと無事に違いない。ライセイは手を組んで祈る。
命令違反を犯したライセイに下された処罰は営倉行きであった。
死を覚悟していた分、その処罰の軽さに呆気に取られたが、命拾いしたことは素直に喜べることだ。
もうゲイルと出会うことはないと思っていたが、また会える可能性がゼロではなくなった。
あとはどうしたらアヴァロンから無事に帰ることができるかだ。
フォルストの話であれば、余計なことをしなければ身の安全は保障されるということだった。
本当に信じていいかは分からないが、今はそれを頼みに生きるしかない。
もし、それが嘘であったのなら。そのケースも考えなければならない。アヴァロンを脱出したところで、行く当てがなければ宇宙を漂って死ぬだけだ。
ネオジオンに参加する以外道がないのではないか。ただ、命令違反を犯したライセイが受け入れられるかといえば微妙なところだ。
待ち構えている死に少しずつ近づいている気がする。
それならば、せめてゲイルだけは助かってほしい。ライセイは心の中で願い続けると、ドアの開く音が聞こえた。
かつかつと響く足音がライセイのいる営倉の前で止まる。うつむいていた顔を上げて音の方を見ると、フォルストが感情を殺したような表情でライセイを見ていた。
「少しは反省したか?」
フォルストの問いかけに、ライセイは言葉を返さなかった。
「君の軽率な行動が艦を危険にさらした。分かっているだろう?」
「それを艦長が言うんですか? あなた達のせいで僕達は巻き込まれたんですよ?」
「それについて謝罪はしない。我々の目的はそれほど重要なものだ」
「僕達の命はずいぶん軽い扱いなんですね」
珍しく皮肉を言ったライセイに、フォルストは平静に言う。
「そうだな。命の重さは人それぞれだ。私にとって、君達の命は軽い方かもしれない」
「艦長なのに、よくそんなことが言えますね?」
「君にとってゲイル中尉の命は他の者よりも大事なのではないか?」
「くっ」
返す言葉を失ったライセイは目を逸らして口をきつく結んだ。
言われればそうである。ゲイルを助けることができるなら、見捨てる命は出てくるはずだ。
フォルストの言っていることは正論である。そのフォルストが静かに言う。
「ライセイ少尉に聞きたい。もし先ほどの戦闘でゲイル中尉が死んでいたとしたら、あのMSのパイロットを許せるか?」
「許せるわけないでしょう? 絶対に敵を討ちます。兄さんが望まなくても、僕はそいつを許さない」
「そうか。……少し、昔話をして良いかな?」
思わる言葉にライセイは小さく頷いた。
フォルストはありがとうと呟くと、虚空を見つめる。
「私には息子がいた。私とは違って気が利いて、愛嬌があって周りから愛される人間だった。私がジオン軍の出身だということは知っているだろう?」
アヴァロンに乗る者ならば誰もが知っていることである。
フォルスト本人も隠している様子はなかった。ライセイはこくりと頷く。
「一年戦争。君も経験した戦争だ。息子は学生だったが、戦争末期の学徒動員で戦場にでることになった。心優しい息子に戦場は似合わない。そう心配する私に息子はよく手紙を送ってくれたよ」
そういうと、フォルストは服の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。
何度も読んだのだろう。細かなしわがいくつもついていた。手紙に目を落としたフォルストが言う。
「ここには暗い話は1つも書かれていない。明るい話題で私の不安を解消させようとしてくれたのだろう。その中で度々出てくる名前がある。ライセイ・クガ。君の名前がね」
「えっ? でも、イースレットって人は?」
「イースレットは偽名だ。本名はフォルスト・イバンズ。息子の名前は、ブライアン・イバンズ。覚えているかな?」
ブライアンという名でライセイの記憶が刺激される。同じ隊にいたムードメーカーのブライアンは、隊の面々から慕われており、ライセイも何度となく助けられた。
敵のことを嫌いな上官と思えと冗談交じりで教えてくれたのもブライアンである。思い出が蘇ったライセイは、フォルストの言葉を思い出し目を見開いた。
「息子が前に死んだって……。まさか、ブライアンが?」
「ああ、死んだ。だが、戦争ということは嘘だ。本当は仲間の手によって殺されたのだ」
「えっ!? 仲間がそんなことするわけがないですよ! だって、皆から好かれてたんですから」
「そうだな。ブライアンは君と別の部隊に行ったが、そこは軍隊でも異色であった。ザビ家親衛隊。優秀だったブライアンは、そこに抜擢された」
ザビ家親衛隊。ジオン公国を治めるザビ家直轄の部隊で、普通の軍事系統から外れた者達だ。
その権限は一般兵の同じ階級の者よりも高く、度々、戦艦などに搭乗し陣頭指揮を執っていたと聞く。
戦争も末期になったこともあり、ザビ家親衛隊も人手不足になったのだろう。優秀なブライアンが引き抜かれたのも頷けた。
「ザビ家親衛隊がどういうところか知っているか? 色々と噂は聞いているだろうが、ザビ家のためという言葉に酔った者達は多くの者達に傍若無人な振る舞いをした。だが、それは外に対してだけではなかった」
ライセイは固唾を飲んでフォルストの言葉を聞く。
「内部も腐っていたのだ。上官の気分次第で殴るのは当然で、仲間内で殴り合いをさせるなど聞くだけで反吐が出そうになるものばかりだ。そんな組織の中に息子は入ってしまった」
「ブライアンは、そこで?」
「ああ。ブライアンは直属の上官のミスをかばったそうだ。それが上には気に食わなかったのだろう。上の命令でブライアンは仲間達にリンチされ、そして死んだ」
「そんな……」
うなだれたライセイ。思い出すブライアンの顔は笑顔ばかりだった。辛く折れそうだった人に優しく励ましていた。そんな心優しいブライアンが。
残酷な現実を聞いたライセイの手がわなわなと震える。
「ライセイ少尉。君に礼を言いたい。息子は君の優しさに救われたと書いていた。そんな君に、このような仕打ちをして申し訳ない」
「フォルスト艦長、聞かせてください。何故、それでもネオジオンに行くんですか? ブライアンはそんなことは望まないと思います」
「あの子ならば、そう言うだろうな。だが、決めたことだ。私はネオジオンに行く」
頑強な一枚岩のように表情を崩すことのないフォルストの意思は、固いことが伝わってきた。
フォルストの心に届くような言葉を持たないライセイだが、1つだけ言わなければならないことがあった。
「ネージュは、そのことを知っているんですか?」
「知っている。知っている上で、協力してくれた」
「……そうでしたか」
「私の話は以上だ。君はまだしばらくここにいてもらう。だが、安心してほしい。必ずゲイル中尉と会えるようにする」
「えっ?」
背中を見せたフォルストにライセイは声を掛けようとしたが、無情にもドアが閉じてしまった。
ゲイルとまた会えるということは、フォルストはライセイの命を救ってくれるということを言っているのだろうか。
ブライアンを殺したザビ家の遺児のいるネオジオン。そこにザビ家の血を継ぐネージュを連れて亡命するフォルスト。
一体、何を考えているのか、ライセイには理解ができなかった。
薄暗い営倉の中でライセイにできることは、ゲイルの無事を祈ることと、ブライアンの死を悼むことであった。