機動戦士ガンダムZZ外伝 亡命のアヴァロン 作:アラタナナナシ
ギレン・ザビの亡骸を手に入れたディクセルの高笑いが艦長室に響く。
ネージュは目をつぶって顔を歪めていた。それは死体が気持ち悪いというものではなく、死んだ人が物のように扱われていることが許せなかったからだ。
優しい心を持つネージュの隣に座るフォルストは平然とした様子で、ワイングラスを傾ける。
その様子が気になったのか、ディクセルは死体を抱えたまま言った。
「フォルスト殿は、ギレン・ザビの死体を見てどう思われましたかな?
「特には。あくまでも死体はネージュがザビ家の。いや、ギレン・ザビのクローンであることを証明するための道具に過ぎませんから」
表情を変えることなく言った。
ディセルは、ふむ、というと死体を宙に放ってテーブルに置いてあった自分のワイングラスを手に取る。
「では、改めて乾杯といきましょうか。ギレン・ザビであるネージュ様に」
ワイングラスが触れ合うと、チンッと高い音がなった。
上機嫌のディクセルは一息にワインを飲み干すと、フォルストがワインボトルを手にして、ディクセルのグラスにワインを注いだ。
「これは、ありがたい。フォルスト殿は、あまり進んでいないようですが?」
ディクセルの視線がフォルストのワイングラスに向いた。
「アルコールは少々苦手でして」
「なるほど。それは悪いことをしましたな。では、ネージュ様がネオジオンの象徴になられた日には豪勢な食事を用意させますので、その日を楽しみにしておいてください」
「ありがたい言葉です。その日が来るのは、いつ頃になるのでしょうね?」
「そう遠くない日です。あなた方は知らないかもしれませが、今、ネオジオンの本隊は真っ二つに分かれているのですよ」
見世物でも楽しむように笑うディクセルに、フォルストは落ち着いた声で尋ねる。
「真っ二つですか?」
「そう。ハマーン・カーンの専横をよしとしなかった、グレミーという若手将校が反乱したのです」
「では、ディクセル殿はその戦いを静観しつつ、疲弊した勝者を潰しに掛かる。ということですか」
「そういうことです。ハマーンがエゥーゴに対して行ったことと似ておりますな。因果応報というものでしょうか」
ディクセルは笑いながら膝を叩く。
ネオジオンの勢力を二分した戦いは、まだ終結は見えておらず、一進一退の攻防戦となっていた。
その情報を握っているディクセルにとっては、今の状況が堪らなく嬉しいのだろう。
まさしく漁夫の利を狙おうとしているディクセルはワイングラスを眺めて怪しく笑った。
そのとき、今まで口を閉じていたネージュが言う。
「あの、お手洗いをお借りしても?」
「おお、これは失礼しました。外の者に案内をさせますので」
そういうと、ディクセルは兵士を呼び出し、ネージュをトイレに連れて行くよう指示を出した。
2人きりになったフォルストとディクセルの間に会話はない。
「因果応報……」
ぽつりと呟いたフォルストの言葉に、ディクセルの眉がピクリと反応した。
ワイングラスをテーブルに置いたフォルストは手を膝の上で組んで、じっとディクセルの瞳を見据える。
「果たして、そのようなものがあるのでしょうか?」
「どういうことですかな?」
「我々は軍人です。人を殺してきました。因果応報があるのならば、我々の人生は暗いでしょうね」
「なるほど。フォルスト殿は少々ネガティブな思考をされているようだ」
鼻で笑ったディクセルは、ワインをぐっと飲むと一息を吐いた。
フォルストは変わらぬ表情と視線のまま、淡々と言葉を紡ぐ。
「ザビ家親衛隊の隊長であった、あなたには多くの人間の恨みがこびりついているはずです」
「何が言いたいのかな?」
「因果応報。今、まさにこの瞬間に訪れた。ディクセル・ニールゲン。お前を断罪しに来た」
言い放った言葉にディクセルは人を小ばかにしたように笑う。
「断罪とは、大きくでたな。フォルスト・イバンズ」
「知っていたのか。ならば、話は早いな。ブライアンの仇を取らせてもらう」
そういったフォルストは腕時計を操作する。
怪訝な表情のディクセルを見たフォルストは少しだけ口角を上げていた。
「あの死体には爆弾を内部に詰め込んである。この部屋ぐらいならば木っ端微塵だ」
「なるほど。もう少し検査をするべきだったな」
「そうだ。ザビ家に縛られた人間には、ギレン・ザビの血はどうしても欲しかったのだろうが詰めが甘かったな」
フォルストは起爆装置である時計に手を当てたまま、いつでも爆発できるようにしていた。
死の宣告を受けているはずのディクセルに焦りの色は見えない。
平然とワインボトルからワインを注ぎながら言う。
「悪いが、私はブライアンなどという人物に心当たりがなくてね。君の情報を調べたら、知っただけだ。末端の兵士のことなど、いちいち覚えておられんよ」
「では、ブライアンの死の原因を知らないということだな」
「知っているさ。内通者がいるのだから」
フォルストの表情が強張ったのを見たディクセルはにんまりと笑う。
「カイム・ラドルクス。元ザビ家親衛隊で、私の部下だった者だ。残念だったな、フォルスト。君の作戦は察することができたということだ」
「いや、ここで私が起爆装置を押せば」
「押せるかな? 娘を巻き添えにしてまで」
「何っ?」
驚くフォルストは部屋のドアが開く音で振り返る。
そこには銃を突き付けられたネージュと、死んだ魚のような眼をしたギルロードが立っていた。
ぎりっと歯を噛み締めたフォルストを見たディクセルが歪んだ笑みを見せる。
「押せるかな、君に? 赤子の時から育ててきた娘を? それとも息子の仇討ちを優先するか?」
重い選択を迫られたフォルストは、ネージュとディクセルの顔を交互に見やる。
最愛の息子であったブライアン。愛した女の子供で、数年間を共に過ごしたネージュ。
天秤に掛けられるはずもなかった。
「パパ! 私のことは構わないで! 仇を討って!」
涙ながらに訴えるネージュだが、それが余計にフォルストを追い詰めた。
答えに迷うフォルストにディクセルが、囁くように言う。
「娘もああ言っている。押してはどうかな? あの世で最愛の息子だけでなく、娘とも会えるのだ。悪い選択ではないと思うが?」
「押して、パパ! その人は怖い人なの! このままだと、もっと悲しいことが起きてしまう。だから、ここで断ち切って」
「悲しいこととは。私はザビ家を救う人間になるのですよ? ひいてはスペースノイドの希望の星となるでしょう」
「そんなことさせない。あなたはここで死ぬの。これ以上、スペースノイドをザビ家に縛らせてはダメなんだから」
ディクセルとネージュの言い合いが、更にフォルストを混乱させた。
ネージュの言っていることは正論だ。ここでディクセルを野放しにしてしまえば、新たなネオジオンの誕生を許してしまうことになる。
だが、ネージュは自分の半身と言っても良い。それを切り捨てることなど、早々簡単にはできなかった。
「さて、どうするね? もし、君が思いとどまれば、今回の一件はなかったことにしよう」
「パパ! あの人、嘘を吐いている。私には分かるの!」
ネージュの必死の叫びも、フォルストに決断をさせる力はなかった。
じりじりと時が過ぎていく。時計に触れていた指の力がゆっくりと失われていく。
にやりと笑うディクセル。それに気づいたネージュが叫ぶ。
「ライセイ! 助けて!」
ネージュの願いが宙に響いた。