機動戦士ガンダムZZ外伝 亡命のアヴァロン 作:アラタナナナシ
ネージュを乗せたランチはグワンザムから離れ、アヴァロンに着艦した。
無事に帰ってくることができた。もう会えないと思っていた父親と一緒に。
ネージュはフォルストに抱き着くと、大粒の涙を流した。
「パパ……。パパ……」
もう二度と離さないようにフォルストの服をひしと掴んだネージュ。
そんな娘にフォルストは優しく頭を撫でる。
「すまなかった。こんな作戦に巻き込んでしまって」
「ううん。パパが無事だったんだから。私はそれでいいよ」
「そうだな。……だが、ディクセルを始末できなかった」
表情を曇らせたフォルストにネージュは安心させるように優しく語り掛ける。
「パパ、ライセイがきっとなんとかしてくれる。そんな気がするの」
「ライセイ少尉か。ああ、彼ならきっとやってくれるはずだ」
ライセイに思いを託したとき、ネージュは押し寄せる悪意を感じ取った。
ディクセルが発していたものだ。そして、もう1つ感じ取ったものがあった。
泣いているように感じた。儚く消え入りそうな気配は、あのディクセルの強力な悪意の傍にいる。
泣いている人の心の叫びに耳を傾けた。
しくしくと泣く子供のような人は、姉さん、姉さん、と言い続けている。
この人もディクセルの被害者かもしれない。悲しみにまみれながら、悪意に従わされる哀れな人。
悪意に抗う人達の熱い思いも伝わってきた。
知っている気配がある。ゲイルだ。ゲイルもここに来てくれたのだ。
皆が戦っている。あの悪の権化であるディクセルと。
ただ、あれに勝てるのだろうか。
あれだけの悪の感情を抱いた人を、そう簡単に倒せるとは思えない。
自分に何かできないのか。祈るだけでなく、もっと何か。
ネージュは1つのことに思い当たった。
すると、すぐに行動に移す。ランチのドアを開けて、MSデッキで修理中のプロトデルタのコクピットに近づいた。
呼びかけるフォルストの声を無視して、ネージュはコクピットのハッチを開ける。
中に入り込むと、ライセイがしていたようにMSの起動手順を行う。
計器類に光が点ると、プロトデルタのデュアルアイが光った。
起動したプロトデルタのコクピットの中で、ネージュは指を組んで必死に祈る。
このMSには、人の思いを叶える力を感じた。
きっとそれがライセイを救ってくれるはずだ。自分の感じとれる全ての心に向けて祈った。
ディクセルの生み出す悲しみの連鎖を止めてほしい。
強い祈りとネージュのニュータイプの力が、プロトデルタに眠っていたシステムを刺激する。
バイオセンサー。想いを力に変えるシステム。
ネージュの思念は宙に舞い上がり、戦場で戦う人達の元へと向かった。
◇
「ギルロード、早く奴らを墜とせ!」
頭に響く声。何十にも重なって聞こえる声が、思考を奪っていく。
「はい、マスター」
拒否することなどできない。すれば、またあの吐き気がする声を聞くことになるのだ。
指示に従えば聞かずに済む。ならば、そうするしかないではないか。
クィン・マンサの拡散メガ粒子砲から大量のビームを発射すると、今度はファンネルを放出した。
大量のファンネルを操作すると、頭の中が煮えてしまいそうに熱を持つ。
だが、そうしなければ、またあの声が響く。脅迫なんて生ぬるい。
逆らおうものなら首を絞められて頭を揺さぶられ、従うまで許されないような程の恐怖感。苦しみから逃れたいために思考を奪われるのだ。
そう思える程度には、ギルロードの魂は残っていた。
だが、それも限界を迎えつつある。強化人間の力を更に強める薬によって、一時的に能力は上昇したが、それは諸刃の剣であった。
元は人間なのだ。酷使すれば限界が訪れるのは当然のことである。
命をすり減らしながら戦うギルロードに、またあの不快な声が脳を犯す。
「ギルロード! 良いぞ! もっとだ! 殺し尽くせ!」
何度も攻めかかるZⅡとザクⅢ改をファンネルのビームが射抜いたのだ。
左手を失ったZⅡと左足首を焼き切られたザクⅢ改。機動力の落ちたザクⅢ改を見て、ディクセルが歓喜の声を上げる。
「そのままローマンを殺せ! 私を裏切った罰を与えるのだ!」
「はい、マスター」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
ギルロードの心はぐちゃぐちゃにされながらも、思考は無理やり戦場へと向く。
なんでこんなことに。助けて、姉さん。
だが、思い出せるのはセティの死に顔だった。
それが、更にギルロードを絶望させる。姉さん、姉さん、姉さん。何度も心の中でセティのことを呼ぶ。
だが、思い出のセティは何も語らない。
あの優しい声が聞きたい。あのぬくもりに包まれたい。あの慈愛に満ちた笑みを見たい。
ギルロードは消え入りそうな魂から出せる精一杯の声で叫んだ。
誰にも届くことがないであろう叫び。そのとき、ギルロードの頬に温かなものが触れた気がした。
温もりはギルロードの吐き気を抑え、混濁しつつあった意識を明瞭にさせる。
そして、今までフィルターが掛かっていたような視界が晴れた。そこには、あの慈しみの笑顔を浮かべるセティがいた。
「姉さん?」
「ギル、頑張りましたね。でも、もう良いのです。そんなにボロボロになるまで頑張らなくて良いのです」
「姉さん……」
溢れる涙によってセティの姿が歪んで見えてしまう。
ギルロードはセティに向け手を伸ばすと、その手が優しく包み込まれた。
いつも傍にあった温もりが戻ってきた。ギルロードの顔に笑みが浮かんだ。
「姉さん、大好きだ」
「私もですよ。ギル、行きましょう。2人で。もう1人にはしませんから」
「ああ。行こう、姉さん。2人で」
ギルロードの魂が肉体を離れ、宙に昇る。
ネージュの願いがバイオセンサーの力によって増幅され、その力がセティの魂を呼び戻したのだ。
セティの魂はギルロードと共に宇宙に還る。二度と離れないように、手を固く繋いだ2人の魂を見届けたネージュの頬に涙が流れた。