機動戦士ガンダムZZ外伝 亡命のアヴァロン   作:アラタナナナシ

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スペクター

 月面都市グラナダ。

 月の裏側に位置するグラナダは、月面都市第1位のフォンブラウンに次ぐ都市として栄え、アナハイムエレクトロニクス社の工場が集まっている。

 エゥーゴの本拠地としてグリプス戦役では幾度か戦果に見舞われたが、その都度、エゥーゴの活躍もあって都市として存続できていた。

 

 サラミス級巡洋艦ケルンは無事、ネオジオンと遭遇することなくグラナダへと帰港することができたのだが、そこで乗組員たちはエゥーゴの現状を知ることになる。

 エゥーゴの残存戦力と指導者のクワトロ・バジーナが行方不明であることが艦長より伝えられると、皆一様に表情を曇らせ、今後への不安を募らせていた。

 事実を知ったダンとライセイも意気消沈しており、ケルン内の雰囲気は鬱々としている。

 

 帰港したのち、乗組員に与えられたのは一斉の休暇であった。

 これは労いの意味もあるが、もう一つの意味がある。

 エゥーゴの上層部の足並みが揃っておらず、明確な指示が出されていないのだ。

 

 それもそうだろう。主だった戦力を失ってしまった上に、指導者が不在となれば混乱もする。

 そんな状況でまともな命令が出せる訳もなく、無事に帰ることができた者達には休暇を取れとだけ言い渡された。

 スペースノイドのために戦ってきた者達、ティターンズ憎しで戦ってきた者達にとって、ネオジオンの登場がどれほど精神的に影響を与えたのか。

 

 エゥーゴにはジオン出身の者達もいる。自分も旧ジオン軍だが、ジオンに対する忠誠心がないためか、ネオジオンに対して割と冷静な目で見ていた。

 だが、未だに根強く生きるジオニズムの信奉者達ははこの事態をどう見るのか。エゥーゴに暗雲が立ち込めているように感じた。

 

 グラナダの市街地の外れにあるバー。そこでゲイルはウィスキーの入ったグラスを眺め、物思いにふけっていた。

 バーには昔の流行歌が流れており、ビリヤードに興じている者達の歓声が響く。

 バーの中にいるのはケルンに乗船していた者達が多く、ダンの誘いに乗った連中だ。

 

 なぜ、こんな場末のバーに来たのかというと、一本裏手に入ると歓楽街が広がっているからだった。と、ゲイルは勘ぐっている。

 まずは酒に酔わせて、勢いで店に連行する気なのだろうが、そうはさせない。

 ゲイルはウィスキーをちびちび飲みながら、切り上げる機会を伺っていた。その横で、グビグビとビールを飲むダンがゲイルに絡み始める。

 

「おいおい、飲んでねぇじゃねぇか? 俺の酒が飲めないってのか?」

 

「俺が金を出した酒だ。俺の好きにさせろよ」

 

「まったく。ライセイを見習えってんだ。なぁ?」

 

 ダンはゲイルの横でビールを飲み干したライセイに言う。

 

「兄さんは、あんまりお酒に強くないからね。ゆっくりとしか飲めないんだ」

 

「お前が強すぎるだけだ。どれだけ飲んでも素面みたいな顔をして」

 

「これでも酔ってるんだけどなぁ」

 

 そう言うと、ライセイは店員にビールの追加注文をした。

 酒の強さに関しては完全に負けている。兄の威厳とまではいかないが、酔いつぶれる様は見せたくないし、酔って変な店に連れていかれたくもない。

 ゲイルは外の空気を吸ってくると言い、席を立った。ダンのブーイングを聞き流し店を出ると、空を眺めた。

 

 ドームに覆われたグラナダから見上げる空では、はっきりと星が見えない。くすんだ空は、今のエゥーゴを象徴しているようだと思うと少しだけ笑えた。

 

「おや? 星が好きでしたかな?」

 

 年季の入った男の声に、ゲイルはギョッと目を見開いた。

 目を向けると、スーツにハットを被った50代後半と思しき年齢の男が立っており、薄っすらと笑みを浮かべている。

 

「お久しぶりですね、ゲイルさん。無事なようでなによりです」

 

 ゲイルの瞳が怒りの色に染まった。

 

「よく俺の前にのこのこと顔を出せたものだな、スペクター」

 

「おや? まさか、ライセイさんの件ですか? あれは彼から接触してきたもので、どうしてもと言われたから橋渡しをしてあげただけのことです」

 

「知っている。ライセイから聞いているからな。だが、俺に一言もなしだったのが気に食わない」

 

「ライセイさんに口止めされておりましたから。私は義理堅いのですよ、意外とね」

 

 スペクターと呼ばれた男は、軽く声を上げて笑った。

 この男こそ、ゲイルとライセイをエゥーゴにスカウトした男である。

 エゥーゴの人間かと思ったが、どうやらそうではないらしい。エゥーゴの依頼を受けたスカウトマンと思われる。

 

 優秀なパイロットを探していると言ってゲイルに近づいてきたのが1年前だった。

 最初はにべもなく断ったが、エゥーゴに参加すれば金を払うと言われ、その提示額の良さに引き受けてしまったのだ。

 サイド3での暮らしは決して裕福ではなかった。兄弟2人なら生きていくことも難しくはないが、もし家族を持ってしまえばどうか。

 

 ライセイは人当たりもよく、周りから愛されていた。おそらく結婚し家族を持つことだろう。

 そうなれば金がいる。ゆとりのある生活のためには金がなければならないのだ。弟の将来を考えた選択であった。

 だが、弟を思っての選択が裏目に出てしまい、ゲイルの後を追ってライセイもエゥーゴに参加。MSパイロットとして、俺と同じ船の所属になったのだ。

 

 これはおそらくスペクターが仕組んだのではないかと思っている。

 どういうつもりかは分からないが、お陰で苦労が増えてしまった。次にあったら一発ぶんなぐってやろうと思っていたところに、こうして姿をみせたのだ。

 拳に力を込め、一歩前に踏み出した。

 

「一発くらい殴られる覚悟はしてきたんだろうな?」

 

「おやおや、物騒な。今日、私がゲイルさんのところに来たのは、ボーナスを渡すためです」

 

「ボーナス?」

 

「そう。これをどうぞ」

 

 スペクターが差し出したのは、何かの本であった。

 憮然とした表情で手に取ってページをめくる。それはMSのマニュアルであった。

 

「これがボーナスだって?」

 

「そうです。あなたがエゥーゴで引き続き戦われるならば、それをお渡しいたします。もちろん、ここでエゥーゴを去ることもできますが?」

 

「エゥーゴを去る……」

 

「ティターンズは壊滅しましたし、ネオジオンと戦うことは契約には入っておりませんから。ただ、あなたが望むのならば、もう一度契約を致しましょう」

 

 ゲイルは考える。十分に蓄えはできた。これ以上無理をして稼がなくても良いのではないか。

 ライセイを連れてエゥーゴを降りるのも悪くない。それも1つの選択肢だ。ライセイも納得してくれるだろう。2人で帰ろう、サイド3へ。

 

「俺は」

 

 言いかけた時、バーのドアが開く音が聞こえた。

 

「兄さん、さっさと戻ってきなよ。ダン中尉が呼んでるよ?」

 

「あ、ああ。おい、スペクター……?」

 

 視線を向けた先には、すでにスペクターはいなかった。

 ふと、手にしたマニュアルから一枚の紙が出ていることに気づく。抜き出すと金額の書かれた小切手であった。

 

「あいつ……」

 

「どうしたの兄さん?」

 

「いや、何でもない。……なぁ、ライセイ。お前」

 

「しっ! 兄さん、静かにして」

 

 ライセイは言うと、突然走り出し裏路地へと向かった。

 

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