死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
公式の設定からズレるって怖いっすもんね
宿屋の中を金属同士がぶつかるような音が響く。
戦闘中のような不規則なそれとは違い、かといって打楽器のようなリズミカルなものでもない。例えるなら時計の針が進む音のような断続的で一定な衝突音。そのさなかで、なにかが砕け散るようなひときわ甲高い音がする。
「ふぅ...今のでどれくらいまで上がった?」
愛用している片手直剣で床に寝かせた《闇夜ノ写》をひたすら壊し続ける作業に従事していたキリトは、傍らでその様子を見守っていたメイプルに言った。
その声が気だるげに聞こえたのは、実際にその単純作業に辟易としていたからであろう。
「今、バイタリティがちょうど350になりました」
表示していたステータス画面を横目で見て、メイプルは答える。
あくびを噛み殺したのはキリトの労を気遣ってのことだったのだろうが、それも無理もないことだった。なにせ近いうちに行われるであろうボス攻略戦に備えたメイプルの強化は、かつて類を見ないほどの作業ゲーと化していたのだ。
「まあステータスが上がればそれだけ上層のモンスターとも戦えるからな。層はひとつ上がるだけでもレベリングの効率は段違いに変わるし、今のメイプルのレベルなら三十層のモンスターを一匹倒すだけで一気に2,3はレベルが上がるんじゃないか?」
事実、メイプルのレベルは14のままだったが《破壊成長》によるステータスアップと《絶対防御》《大物喰らい》によるVIT値倍加を合わせれば三十層などとひかえめなことは言わず、四十層でもパーティの前衛役がこなせるくらいの数値になっていた。
「でもこんな方法があるなんて気がつきませんでしたね。こうやってわざと武器を壊してステータスを強くするなんて。アスナさんに感謝です」
「いや、実のところ俺も気が付いてなかったわけじゃないんだ。というより、俺がこの装備のスキルを知ったときに真っ先に思いついたのがこの強化方法だった」
その言葉がよほど意外だったのか、メイプルは目をぱちくりとさせてキリトを見た。
それならどうして今までこの方法を取らなかったのか、キリトに聞くより先に自分なりに考えようとしているのだろう。メイプルは小さく唸り声を上げながら頭上に疑問符を浮かべていた。
しかしこのレベルの話になると、RPG初心者のメイプルには荷が重い。キリトは作業の手を再開させると、気晴らしも兼ねてすらすらと説明し始めた。
「今までこの方法でやってこなかったのはステータスに対してPSが伴わないからだ。PSっていうのはプレイヤースキルの略で、簡単に言うとプレイヤー自身がアバターを操作したり、戦闘中に的確な判断を取る能力だな。ステータスが上がってもきちんとした戦闘を経験しなければプレイヤーの技術は磨かれない。VRMMOでこれは致命的なことなんだ」
ステータスの高さで圧倒することも一つのスタイルとして間違いではない。それこそレベルの差が人数の差をいとも簡単に覆してしまうのがレベル制のRPGの理不尽さでもある。しかし戦うことに技術を必要としなくなれば戦い方もどんどん雑で力任せになっていくのは自然な流れだ。そして、そうやって一度身についたプレイスタイルはなかなか直らない。
そうしたプレイヤーは実力の過信やちょっとした判断のミスで死ぬ。それこそ、本来ならどうということのないような場面であっさりと死ぬのだ。
「たしかにレベルが高くてもへたっぴのままじゃダメですよね。でも、だったらいつも通りフィールドでレベル上げしたほうがいいんじゃないですか?」
「はぁ...そうも言ってられない状況になっちゃったじゃないか......」
ため息混じりに言うと、キリトは先日の闘技場でのやり取りを思い出す。
結局、次のボス攻略戦ではメイプルとキリトを前衛要員として補充することが決まった。これは攻略組全体での決定ではないが、アスナのことだ。攻略会議の場でどこのギルドに反対されようともゴリ押すことだろう。レイドの人数が揃ったことで、恐らく近いうちに二度目のボス攻略が計画されるはずだ。
時間をかけて戦闘技術を身に付ける余裕があるかどうかも怪しくなった今、メイプルにいくらステータスがあっても足りない。
「とにかく今は効率重視だ。ボス攻略までどこまで上げられるかわからないけど......」
黙々とメイプルの大盾に剣を振り下ろすキリト。しかしバイタリティが350を超えたところで一気に効率が落ちた。《破壊成長》によってVIT値だけでなく武器そのものの耐久値が上がっているのだろう。
「なかなか壊れなくなっちゃいましたね」
「俺一人だとここらが限界かぁ」
《闇夜ノ写》から標的を短剣である《新月》に変える。セット装備というだけあって、この武器にも《闇夜ノ写》と同様に《破壊成長》のスキルがあった。壊しては再生し壊しては再生し、といった具合に同じ作業を繰り返しているとやはりこちらもVIT値が350を迎えたあたりで効率が落ち込んだ。
もちろん辛抱強く叩き続ければまだまだ強化は可能だっただろうが、ステータスの上昇値と破壊効率を考えればここが辞め時だった。
「まあやっぱりこうなるよな。全装備のバイタリティを350まで上げたらそこからはレベリングでカバーしよう」
「そうですね。次は防具を......」
そこまで言ったところでメイプルは手に持つ武器と違い、着用しないと防具を顕現できないことに気がついた。
「装備したメイプルごと切るしかないな」
「い、嫌ですっ! 絶対嫌ですこっち来ないで〜!」
後ずさるようにしてキリトから距離を取ったメイプルは、そのまま足を取られて尻餅をついた。部屋の隅で縮こまって潤んだような目を向けるメイプルにさすがにキリトも良心が痛んだが、なんといっても控えているのはボス戦だ。ステータスアップに妥協している場合ではない。
「ボスの攻撃はもっと痛いんだ。それに《闇夜ノ写》と《新月》を壊してバイタリティもかなり上がってる。そこまで怖がることはないよ」
「でもでもだってぇ......」
「圏内なら決闘でもしない限り絶対にHPは減らないんだ。けどボスの攻撃はそうじゃない。だったら今は我慢しないとだろ? 攻撃が怖いなら腕とか脚とか、頭から遠いところを順にやるからさ」
そこまで言ったところでようやく観念したのか、メイプルは突き出すようにして腕を伸ばした。
グレープフルーツだと嘘をついてレモンの果肉にがぶりつかせたらこんな顔になるかもしれないとキリトは思った。口元をギュッと引き結んで、眉間にシワが寄るほど固く目を閉じながら腕を差し出す様子は、まるで注射を受ける小学生のそれだ。
「いくぞ...そいっ!」
腕部の防具に向けて剣を振り下ろした。そして攻撃回数にして二十二撃目の瞬間、これまでずっと危惧していたNWOとSAOのシステムの違いがキリトに牙を剥くことになる。
「.........」
目の前の光景にキリトは絶句した。それは魔法の有る無しだのレベル上限の差だのといった話ではない。もっと単純で、だからこそ注意しなければいけなかった盲点。
SAOは頭、胴、腕といったように各部位に応じた防具を組み合わせて着用している。しかしNWOの防具は全身の各部位が一つの装備によって一元化されている。たとえ腕のプレートメイルだろうが腰巻だろうがすべて《黒薔薇ノ鎧》というひとつの装備なのだ。攻撃箇所がピンポイントに腕だったとしても耐久値に対してのダメージは全身の装備に行き渡る。
つまり腕への攻撃で、メイプルの纏う全身の装備を剥いてしまったのだ。
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