死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います   作:くぼさちや

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31話 「イブの夜に」

 

 月明かりがわずかに木々の隙間から差し込む程度で、辺り一帯は暗闇に包まれていた。完全に夜を迎えた密林の奥地。視界は悪く、索敵スキルを用いなければ十メートル離れたモンスターの姿すら朧ろ気にしか確認できない。

 そんな暗闇を切り裂くように一筋のライトエフェクトが爆ぜた。

 

「せあああああっ!」

 

 巨大な斧のひと振りを最低限の動作で躱し、避け際に繰り出したソードスキル《スラント》が亜人系モンスター《エクストラ・コボルト・コマンダー》に迫る。

 途端にコボルト独特の赤黒い眼が光って見えた。攻撃の切れ目と同時に発動された大斧系ソードスキル《ワールウィンド》がキリトの《スラント》と衝突すると、パワーで押し負けたキリトが吹き飛んでいく。

 

「ぐっ!」

 

 飛んだ先にあった木に背中から衝突し、動けなくなったキリトに向かってすぐさま《エクストラ・コボルト・コマンダー》が追撃とばかりに迫る。

 

「...っ! でああああああああああああああっ!!」

 

 喉仏がはち切れそうなほどの絶叫にも似た声を上げてキリトは剣を構えた。斧を振り上げる《エクストラ・コボルト・コマンダー》に矛先を引き絞ると、ソードスキル《バーチカル》を発動する。

 ガラ空きになった胴体に剣先が突き刺さり、キリトの顔の数センチ手前まで迫った大斧による一撃は強制的にキャンセルされた。

 ノックバックによって目の前で倒れこむ巨体にキリトは剣を振りかざす。

 

「はああああっ!」

 

 そのまま青い光を放つ黒い刀身がモンスターの巨体を両断すると、真っ二つになった上半身と下半身がポリゴンとなって砕け散った。

 夜にのみエンカウントする高レベルモンスターをソロで屠ってみせたキリトはゆっくりと息を吐き、それでも緊張の糸を切らすことなく周囲を警戒する。

 HPはイエローゾーン、しかしポーションで徐々に回復しているそれは戦闘中に何度もレッドを迎えていた。前衛と後衛に分けられないソロプレイヤーとしてはギリギリの戦いだ。

 

「はぁ...はぁ...装備の耐久値的に、今日はここまでが限界か......クソッ」

 

 キリトは連戦ですっかり摩耗しきった片手直剣を一瞥すると、鞘にも納めず重たげに引きずりながら来た道を戻っていく。本当なら武器を持ち替えてでもレベル上げを続行したいところだったが、ここら一帯のモンスターのレベルはキリトが万全の状態で挑んでも危険な相手だ。

 キリトは睨みつけるように道の先へと目を凝らす。

 

(もう時間がないんだ。一瞬だって立ち止まってられない。どれだけレベルがあったって足りない。絶対に、今度こそ救ってみせる)

 

 極度の疲労のせいか、木の根っこを跨いだその足が不意にもつれる。キリトはふらりとすぐそばにあった木の幹に手を付いた。

 

(サチ......)

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふ〜ん♪」

 

 アインクラッド第五十層が解放されて一週間が経った。 

 全階層のちょうど中間地点ということもあってか、転移門の位置するアルケードの街はこれまでのどの層より大きく、街というよりは都市に近い。

 そんな巨大な街の露店が立ち並ぶメインストリートを鼻唄混じりにスキップをしながら進んでいくのは黒い大きな盾を背負った女性プレイヤー。メイプルだった。

 

「今晩はいよいよクリスマスイブかぁ。ゲームの世界のクリスマスってどんな感じなのかな?」

 

 見渡すと、通りに沿って等間隔で設置された電灯オブジェクトにはクリスマスリースが飾られ、空からは真っ白な雪、BGMもクリスマスを想像させるような楽しげでどこか温かみのあるものに変わり、目に映るもの全てが聖夜の訪れを感じさせる。

 道行くプレイヤーも普段と比べてどこか活気づいている。もちろんメイプルもそのうちのひとりだった。

 

「キリトさんも今日くらいは攻略をお休みすればいいのに。今晩はちゃんと帰ってくるのかなぁ」

 

 キリトから《しばらく最前線にいる》というメッセージを受けてからこの数日間、一度もキリトの姿を見ていない。

 時折メイプルからメッセージを送ってみるものの、返信が来るのが二時間後、三時間後といった具合でろくに事情も把握できないでいたが、どうやらレベル上げをしているらしかった。

 

「せっかくのクリスマスだから一緒にお祝いしたかったのにな」

 

 そうぼんやりと呟くと、さっきまであれだけ華やかだった心根が不思議なくらいに覚めていく。

 ふと感じた寂しさからメイプルはフレンドリストを開いてキリトの位置を確認してみた。

 NWOではフレンド登録したプレイヤーのログイン状況や位置を把握できる。これもある意味でSAO外のチートスキルのようなものだった。

 

(......いた! もうフィールドから帰ってきてる。場所も近いみたい!)

   

 メイプルはメインストリートを外れ、路地を抜けて走っていく。

 降り積もった雪に足跡を残しながら、マップ上に付けられたフレンドマークの近くまで来てみると見覚えのある黒いロングコートが目に入り、メイプルは声を掛けようとした。

 

「.........」

 

 掛けようとして、開いた口をメイプルは閉じる。

 

(あれって......ほんとにキリトさんなの?)

 

 本人なのかどうかすら疑いたくなるほどキリトは冷え切った眼差しで歩いていく。夜の闇のように深い瞳。しかしそこに普段の穏やかさはない。そんなこれまで見たことがないほどに虚ろな表情が、呼びかけるメイプルの声を止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

「だから、思わず声かけられなくてさ。急に迷宮区にこもりだしてたのは知ってたし、アスナさんからキリトさんの昔の話を聞いたから、ソロプレイヤーだとやっぱりここまでしなきゃいけないのかなぁーって無理やり納得しようとしてたけど、その矢先にあんな顔見ちゃったし......ねえどう思うアルゴ?」

 

「そんなときにこんなことは言いたくないんだけどお前、事あるごとに相談にかこつけて愚痴をこぼしにくるナ。こっちも仕事があるんダ。そろそろ行くゾ」

 

 そう言って強引に立ち去ろうとするアルゴの服の裾をメイプルは掴んだ。

 

「うえーん待ってー! アルゴならキリトさんのことよく知ってそうだし、知恵を貸してよー!」

 

「オレっちはその知恵の中から確かなものを売ることを生業にしてるんだゾ? そこのところちゃんと分かって聞いてるのカ?」

 

「わかってるけど、わかってるけどぉー!」

 

 メイプルに泣き付かれて参った様子で肩をすくめるアルゴ。

 どうにもこういうときのメイプルには弱い。ペースに飲まれてついつい一コルの儲けにもならない助言をしてしまうことは目に見えてわかっていたが、なにより本人が一番困っているのはそれを自覚しながらも放っておけずにこうして話を聞いてしまうことだろう。

 

「はぁ...しょうがないナ。まあ実際今のキー坊が必死になってる理由にも心当たりがあるし、今晩くらいは情報屋は休業するカ」

 

 どうしてキリトがあんな有様になってしまったのか、それが気にならないわけはない。

 そんな食い気味のメイプルにため息を漏らしてアルゴは口を開いた。

 

「さっきも言ったけど、オレっちは裏付けのある確かな情報しか売らない。そういう意味じゃあこれからする話は売り物にならない不確かな情報ダってのは理解した上で聞いてくれヨ?」

 

 そんな前置きにメイプルは小さく頷くと、アルゴは口を開いた。

 

「三十五層の迷いの森。その奥にあるモミの木の前でクリスマスイブの夜にだけ出現するあるモンスターがプレイヤー蘇生のアイテムをドロップする、というウワサがあるんダ」

 

 

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