死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います   作:くぼさちや

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32話 「再び、黒の剣士に」

 

 

 第三十五層の迷いの森。その奥地の向かって一直線に駆け抜ける黒い影があった。

 地面を蹴るたびに雪を巻き上げて進む少年の目にはただ一点、その先にそびえる巨大なモミの木が映っている。

 目的のためならそれ以外のすべてを、自分の命すらも犠牲にする。

 そんな意志の表れなのか、火も凍るような冷たい瞳がすぐそばで転移のライトエフェクトを捉えると、雪に足を踏み込んでその場に急停止した。

 

「......」

 

 目の前に現れた一団をキリトは警戒を含んだ目で見据える。それはクライン率いるギルド《風林火山》の面々だった。

 

「よう」

 

「つけてたのか?」

 

「まあな、お前は蘇生アイテム狙いか?」

 

「......ああ」

 

 短く答えるキリトにクラインは眉間に皺を寄せた。

 こんな風に他を寄せ付けないような顔をするキリトを見るのは、クラインにとって久しぶりのことだった。

 以前はよくこんな顔でモンスターと戦う姿をフィールドで見かけたものだったが、最近はいくらか柔らかさを取り戻していた。

 それがここにきてこの冷めた表情。

 ボス戦で会ったときとは別人のようだった。

 

「ガセネタかもしれねえアイテムに命賭けてんじゃねえよ。このデスゲームはマジなんだよ。ヒットポイントがゼロになった瞬間、現実世界の俺たちの脳も―――」

 

「黙れよ...」

 

 キリトは背に掛けた片手直剣に手を添える。

 それに反応して警戒心をあらわにした《風林火山》のメンバーをクラインが手で制した。

 

「......いったいどうしちまったんだキリト。メイプルって子のレクチャー始めてからは落ち着いてたってのに、また無茶ばっかりしやがって。いい加減ソロ攻略なんてやめろよ!」

 

 クラインはキリトに向かって一歩前に出る。

 その表情は真剣そのものだった。

 

「俺たちと来るんだ! 蘇生アイテムはドロップしたやつのもので恨みっこなし。それで文句ねえだろ!」

 

 そう言ってクラインはまた歩み寄る。

 しかしキリトの持つ凍てついた眼差しがクラインを突いた。

 それは生き残るためにたった一人でこの世界と戦ってきたソロプレイヤー、黒の剣士の顔だ。

 

「それじゃあ意味ないんだよ。俺一人でやらなきゃ......」

 

 そう言って引き抜かれた刀身が周囲の雪景色を映して白銀に光ると、矛先がクラインたちに向いた。正確にはクラインたちの背後、新たに発生した転移によるライトエフェクトに向けてだ。

 

「うおっ! なんだ!?」

 

 仰け反るように距離をとったクライン。他のメンバーも同様に後ずさった。

 転移してきたプレイヤーは全部で四パーティ計十六名。リーダー各と思われる数人を除いて統一された青銅色のプレートアーマーはそれだけでどこのギルドのプレイヤーかわかるほどに名の知れた連中だった。

 

「《聖竜連合》か...お前もつけられたな。クライン」

 

「ああ、そうみてぇだな!」

 

 そう言ってクラインは腰のカタナを抜いた。他のメンバーもそれぞれの武器を構えて《聖竜連合》のプレイヤーと相対する。

 一触即発の空気、しかしそこに水を差すような、妙に間の抜けた大声がどこか遠くから微かに聞こえてきた。

 

「きーーりーーとーーさーーーーん!」

 

 数日ぶりに耳にしたその声にキリトは反応する。

 キリトたちから見て真正面、《聖竜連合》のプレイヤーから見て背後にある雪山の斜面を盾をソリのようにして滑走してくるメイプルがものすごい速度で向かってくる。

 ただしキリトはすぐその異変に気がついた。もうすぐそばまで迫ってきているというのにメイプルは一向に減速する様子がない。

 それどころか今もなお、加速を続けている。

 

「ちょっと待てメイプルまさか!」

 

「とーーまーーれーーなーーいーーーー!」

 

 尋常でない速度で突っ込んでくるそれは、やがて雪が降り積もって山のように反り返った斜面に乗り上げるとそのまま空高くに放り上げられる。

 

「きゃあーーーーーーーっ!」

 

「メイプル!」

 

 そのまま《聖竜連合》の頭上を軽々と飛び越えて、分離した盾とメイプルは大きく山なりの起動を描きながら慣性にしたがってキリトに向かって落下していく。

 

「かはっ!」

 

 咄嗟に受け止めようと腕を大きく開いたキリトのみぞおちにメイプルのショルダータックルがきれいにヒットし、続けざまに落下してきた大盾が雪原に倒れ込んだキリトの顔面を捉える。

 

「ごぶっ!」

 

 2コンボ、ノックアウト。

 

「助けに来ましたよ! キリトさん! 大丈夫ですか?」

 

「ああ...おかげで死にそうだけどな......」

 

 メイプルがキリトを押し倒したような構図、事実押し倒したのだが、倒れたキリトの上に密着してしまっていたメイプルは飛び退くように離れた。

 

「ちくしょう! 非常時になにやってんだこのラッキースケベ!!」

 

 背中越しにキリトに怒鳴るクライン。むせび泣いているようにも聞こえた。そんなクラインを含む《風林火山》のメンバーはキリトたちを守るような形で横長に陣形をとっている。

 《聖竜連合》、それは大規模なギルドでありながらレアアイテムのためなら手段を選ばないことで知られている厄介なギルドだ。

 

「行けキリト! ここは俺たちが食い止める!」

 

「クライン。......っ!」

 

 キリトは一瞬躊躇ったが、すぐに身を翻して《背教者ニコラス》が出現するというモミの木に向かって駆け出した。

 メイプルは盾と短剣を構えてクラインたちに並ぶ。

 

「メイプルちゃん、あいつを追っかけてやってくれ」

 

「でも...クラインさん! こんな大勢を相手になんて―――」

 

「へっ! この程度の人数でへばるようじゃあとっくにギルドの看板下ろしてるっての。それにこの前ボス戦の後に頼んだろ? キリトのこと、よろしく頼むってよ」

 

 クラインはそう言ってメイプルに笑って見せた。

 優しく、それでいて力強い笑みにメイプルは引き抜いた《新月》を鞘に納める。

 

「はい...! 任されました!」

 

 あの時はできなかった返事を、今ここで確かに返してメイプルは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 迷いの森の最奥に立つモミの木、キリトは片手直剣を携えてその下に歩みを進めた。

 一瞬、ひときわ強く吹雪いたかと思うとボスの登場演出によるスレイベルが鳴り響く。気配を察して空を見上げると流れ星のように伸びた二本のソリの軌跡から《背教者ニコラス》が姿を現して地上に降り立った。

 

「......」

 

 HPバーは四本。ボロ布を縫い合わせてあつらえたようなサンタコートに金色の髪と髭をたくわえた巨人のようなモンスター。その手にはメイスカテゴリと思われる血染めの片手斧が鈍い輝きを放っている。

 身体の節々からは油の切れたブリキ人形のような奇怪な音を立てて《背教者ニコラス》の瞳がキリトに向いた。

 

「うるせえよ......」

 

 キリトは剣を構える。

 三十五層とはいえ中ボスクラスのモンスター。本来ならパーティかそれを複数束ねたレイドを組んで挑むことを前提に設定された《背教者ニコラス》は一人のプレイヤーのステータスなどはるかに凌駕するステータスだ。

 たとえ最前線で戦っているキリトであろうが、全力で挑んでも死ぬかもしれない相手。しかし同時に全力で挑めば勝てるかもしれない相手だ。

 

「でぇあああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

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