死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います   作:くぼさちや

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33話 「罪と罰と赦し」

 

 

 

「キリトさん......」

 

 駆けつけたメイプルはキリトにかける言葉を見つけられずにいた。

 メイプルの足で到着する頃にはすでに戦闘は終わっていたようで、キリトの手には見たこともない結晶アイテムが握られている。

 しかし雪原の真ん中で全身に吹雪を受けながら立ち尽くすキリトの表情は虚ろなままだった。

 

「それが...?」

 

「ああ、蘇生アイテムだ......」

 

 色味のない返事で返すキリト。

 不意にその手から力が抜けて、ドロップアイテムの《蘇生結晶》が降り積もった雪の上に落ちるが、キリトは気にも止めずに歩き出す。

 

「キリトさん、アイテムが......」

 

「欲しければ持って行ってくれ。俺には必要ない......」

 

 その言葉の真意が分からないでいたメイプルは《蘇生結晶》を拾い上げると指先でタッチしてアイテムの説明欄を呼び出した。

 

「使用できるのは、対象のプレイヤーが死亡してから完全に消滅するまでの十秒以内......そんなっ!」

 

 HPが全損したプレイヤーはポリゴンとなってほんのわずかな間、フィールドを漂う。それはアイテムの記載にもあるとおり、時間にして十秒というあまりに短い時間だ。

 これはその刹那の時間にのみ、効果のある蘇生アイテム。

 

「こんな...こんなことって......」 

 

 その場にへたりと座り込んでしまったメイプルは歩き去っていくキリトの背中を見た。生気を失って今にも消えてしまいそうな姿に《蘇生結晶》を手にしたまま立ち上がる。

 

(ダメ! 今のキリトさんを一人にさせちゃいけない!)

 

 重い足を必死に動かしてメイプルは後について行く。

 かける言葉は見つからない。それでもこのままキリトを一人にしてしまうことへの恐怖がメイプルを動かした。

 それからは無言のまま、二人は森を抜けてアルケードの街に入り、何日ぶりかにキリトの宿に入った。

 部屋の明かりもつけずにベッドに座り込んだキリトの横にメイプルは腰を下ろす。

 するとずっと黙ったままでいたキリトはおもむろに口を開いた。

 

「聞いてくれないか? 俺が生き返らせたかった人のこと」

 

 メイプルは口をつぐんだまま頷く。

 

「このゲームが始まってから一度だけ、俺はギルドに入っていたことがある」

 

 それはビーターと呼ばれたキリトが本当の意味で一人になってしまった事件。 

 

「俺を入れても六人しかいない小さなギルドで、名前は《月夜の黒猫団》。正直彼らのレベルは俺よりかなり低かった。だから誘われたとき俺が自分のレベルを言ったら引き下がったと思う。でも俺は自分の本当のレベルを隠してギルドに入った。でもある日、迷宮区のトラップに引っかかって俺以外の全員が死んだ。ビーターだってことを隠してなかったら、あのときトラップの危険性を納得させられたはずなんだ。みんなを、サチを殺したのは......俺だ」

 

(サチ、それがキリトさんの生き返らせたかった人)

 

 ビーターとしてβテスターへの恨みを一身に引き受けて、一人になって、ようやくできた居場所も大事な人も、この世界はあっさりと奪っていったのだ。

 キリトは言葉を続ける。

 

「俺には......なにも守れなかった」

 

「でも、キリトさんは初めて会ったわたしを助けてくれました。このゲームのこといろいろ教えてくれて、守ってくれたおかげでわたしは今も生きてます」

 

「ははっ...そう見えるだろうな。メイプルには。でも俺は、メイプルが思うほどいい人間じゃないんだ」

 

 乾いた笑みを浮かべてキリトは言った。

 

「俺はその後、最前線で無理なレベル上げを始めた。限界まで戦って、戦って、戦って、それでもし死んでしまえば、それが自分に対する罰になると思ったんだ。だけどいくら戦ったってこの世界は俺を殺してはくれない。メイプルに会ったのはそんなときだ」

 

 メイプルは息を呑んだ。

 二人が初めて出会った四十九層の迷宮区。あの日、空から現れたメイプルを受け止めたキリトはまさにそんな思いで戦っている最中だったのだ。

 

「最初は街まで送るだけの軽い気持ちだったよ。だけど理不尽なデスゲームにさらされて怯えるメイプルにサチの姿が重なって見えて、だからあのときの俺はこれが最後のチャンスだと思った。今度こそこの手で守り抜いてみせるって、でもやっぱりダメだな。俺は」

 

 そのとき初めて、キリトはメイプルの目を見た。

 自責と後悔が入り混じった、グチャグチャな顔だった。

 

「クリスマスイブの夜にだけ現れる《背教者ニコラス》。こいつが蘇生アイテムをドロップするって噂を聞いたとき、もしかしたらサチを生き返らせることができるかもしれない。彼女が最期に言い残した言葉をちゃんと受け止めるチャンスがあるのかもしれない。その可能性を知って、欲が出たんだ......」

 

 この噂を知ったキリトは真っ先に情報屋であるアルゴに取引を持ちかけた。

 しかしアルゴの持つその情報も裏付けるものはなにもなく、それこそ噂レベルでしかなかった。確証のない情報ということもあってアルゴも最初は情報を売ることを拒んだが、それでも頑なキリトの様子に、ついに情報屋としてのポリシーを曲げた。

 イブの夜に《背教者ニコラス》が三十五層にある迷いの森の奥、巨大なモミの木の前に出現するという情報をキリトに売ったのだ。同時に、キリトがこの情報を買ったことをアルゴはメイプルに話した。

 それから先のことはメイプルも目の当たりにしたとおり。結果的にアルゴの情報は正しかったが、それはキリトの願いを叶えるには至らなかった。

 

(キリトさん......)

 

 こんな時ですら、かける言葉を見つけられない自分をメイプルは呪った。

 それでもとメイプルが口を開きかけたときキリトの目の前でギフトボックスのアイコンが点滅する。

 

「......?」

 

 キリトの指が無気力にそれをタッチすると、その目が驚愕に見開かれる。メイプルも側に寄って展開されたシステムウィンドウを横から覗き見る。

 それはアイテムギフトが届いたことを通知するものだった。以前アルゴの作る新聞がキリト宛に届いたときにも同じものを見た覚えがあったが、送り先の名前を見てメイプルは思わず声を上げた。

 

「うそ......!」

 

 それは死んだはずの《月夜の黒猫団》のメンバー、サチから届けられたものだったのだ。

 

「キリトさん...これって......!」

 

「ああ......」

 

 キリトは送られてきたアイテムをオブジェクト化する。すると転移や回復用のものとはまた違う、正八面体の形をした結晶アイテムがその手の中に収まった。

 微かに指先を震わせながら、キリトはその結晶をタッチする。起動エフェクトによる光がキリトとメイプルの顔を黄色く染めた。

 

『メリークリスマス。キリト』

 

「っ!」

 

 それは《録音結晶》と呼ばれるものだった。使用することでプレイヤーの音声を録音することができるアイテム。つまりその声の主は。

 

(この声が、サチさん......)

 

 今はもう死んでしまった、かつてのキリトの仲間の声。

 その声を発する《録音結晶》の輝きをメイプルは呼吸も忘れそうなほどに見入っていた。

 

『君がこれを聴いているとき私はもう死んでいると思います。なんて説明したらいいのかな。えっとね、ほんとのこと言うと、私はじまりの町から出たくなかったの。でもそんな気持ちで戦ってたらきっといつか死んでしまうよね。それは誰のせいでもない私本人の問題です。キリトは、あの夜からずっと毎晩毎晩、私に絶対死なないって言ってくれたよね。だからもし私が死んだらキリトはすごく自分を責めるでしょう。だからこれを残すことにしました』

 

「サチ......」

 

 こぼれたように呟くキリトの手の中で、結晶は録音された音声を流し続ける。

 

『それと、私ほんとはキリトがどれだけ強いか知ってるんです。前にね、偶然覗いちゃったの。キリトが本当のレベルを隠して私たちと一緒に戦ってくれる訳は、一生懸命考えたんだけどよくわかりませんでした。ふふっ...でもね、私、君がすっごく強いんだって知ったとき嬉しかった。すごく安心できたの。だからもし私が死んでもキリトは頑張って生きてね。生きてこの世界の最期を見届けて、この世界が生まれた意味、私みたいな弱虫がここに来ちゃった意味、そして君と私が出会った意味を見つけてください』

 

 キリトは泣いていた。

 とめどなく溢れる涙を長い前髪の影で隠しながら、悔しさに拳を握り締めて。サチの言葉、想い、そしてメッセージの締めくくりに歌うサチの『赤鼻のトナカイ』を心の奥底で噛み締めながら。

 

『じゃあねキリト。君と会えて、一緒にいられて、ほんとによかった。ありがとう。さよなら』

 

 サチのその言葉を最後に、結晶は光を失った。

 

「キリトさん......」

 

 呼びかけてもキリトはなにも答えない。

 そんな嗚咽を噛み殺すように肩を震わせて静かに泣いているキリトをメイプルは優しく抱きしめた。

 

「......っ!」

 

 その行動があまりにも意外だったからなのか、それともキリト自身がこのままでいたいと無意識に望んだのかはわからない。それでも自由に動かせるはずのキリトの身体は、抱きしめてきた小さな温もりをどかせずにいた。

 

「メイ...プル......?」

 

「あっ、えっと、勝手なことをしてすみません。でも...ようやくキリトに言いたいこと、見つけたから」

 

 メイプルはそのまま手を離すことなく抱きしめ続けた。

 暗がりの中で震えるキリトの姿が、まるで迷子のように見えたのだ

 

「キリトの想いも頑張りも、きっと十分に伝わってたと思う。サチさんはキリトのこと恨んでなかったんだよ。だからもう休んでいい。赦されていいんだよ......」

 

 メイプルの言葉に合わせて、強ばっていたキリトの身体から余計な力が抜け、その腕に新たな重みが加わる。

 

「本当に...そうなのかな......?」

 

「...うん」

 

「本当に俺は、赦されていいのかな...?」

 

「いいんだよ...」

 

「...っ!」

 

 キリトはメイプルの背中に手を回すと、くしゃりと服の生地を握り締めた。

 ずっと、キリトはこの言葉を待っていたのかもしれない。

 全てを失った悲しみで、どうしていいかわからなくなってしまった自分に。

 サチを失ったその日からずっとキリトを縛り続けたもの。逃げられない罪の意識から、最前線で自分に課し続けた罰が、もう十分だと、そう言って赦されることを。

 

「うっ...うぅ......ぐすっ...うっ......うあああああぁああぁぁぁあ! ああああああぁぁあああぁ!」

 

 .

 .

 .

 .

 .

 .

 

 わたしは抱きしめるその腕に、一層力を込めた。

 キリトを苦しめ続けた、痛みや悲しみ。それは誰かが代わってあげることはできない。そしてあの事件が起こったことを、なかったことにしてあげることもできない。

 そんな中でわたしがキリトにしてあげられることがあるとすれば、それはこの涙が止まるまで、震える身体を抱きしめてあげることくらいだろう。

 キリトは子どものようにひとしきり泣いて、そのまま意識を失ったように眠った。

 身体から完全に力が抜け、わたしの両腕に体重を預けているキリト。それでも抱き抱えられたキリトの寝顔はどこか嬉しそうで、ときどきわたしがそうしてもらうように、ゆっくりとクシャクシャになった髪を撫でた。

 

「こうして見ると、キリトの顔...ほんとに子どもみたい」

 

 普段纏っているオーラというか、歳不相応に冷めた様子がひと回りもふた回りもキリトを大人っぽく見せていたのかもしれないけど、目の前にあるあどけない寝顔はホントに子どものようだった。

 見た目からして中学生くらいかな? わたしより一つか二つは歳下に見える。

 だけど、このSAOという異常な世界がキリトに子供でいることを許さなかったんだ。歳相応の子供でいるには、きっとキリトは見なくていいものをいっぱい見てきたんだと思う。

 

「これからはわたしが守ってあげるから、キリトは絶対死なせない。キリトにとって大切なものも、みんな死なせない。わたしが盾になって君のそばにいる限り...絶対に」

 

 そうして、わたしにとって初めて過ごすゲームの世界の聖なる夜は過ぎていった。




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ではまた次回〜
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