死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
「このデスゲームでそれだけの対人戦のテクニックを...いったい何人殺して手に入れた...?」
目線を使ったフェイント、相手の逃げ道を塞ぐ巧みなフィールドワーク、軌道の読まれやすいソードスキルに頼らない戦い方。どれもモンスター相手に戦って培われる技術ではない。
それらは人間という高性能な脳を相手にするからこそ成立するテクニック。言い換えるのであれば人を殺すための技術だ。
「あんたたちが......」
「...?」
「あんたたちが.....それを言うな!」
両手で短剣を押し込み、体重をかけていたオレンジプレイヤーの片方の手が不意に柄から離れた。
瞬時にその手を腰周りに潜り込ませると、キリトの目にもうひと振りの短剣が翻ったケープの奥に刃を覗かせていた。
(二本目...!? こいつ、初めから同じ短剣をもうひと振り隠し持っていたのか!)
今もなお、キリトの脳天に短剣の切っ先を突きつけながら、反対の手に握られた二本目の短剣がキリトを捉える。ガラ空きになった胸に深々と刃が突き刺さり、一気にキリトのHPゲージが削り取られた。
「ぐあっ!」
目の前を星が散ったようにダメージエフェクトの赤いポリゴンがほとばしる。しかしその攻撃だけで終わるはずもなく、流れるように繰り出された二擊目が今度はキリトの首に伸びる。
────ドスッ
そのときオレンジプレイヤーの少女から鈍く、重い何かが突き刺さる音が響いた。
「うっ...!」
短剣の刃はキリトの喉に届くことなく空を切る。
次の攻撃は来なかった。少女が剣を振るった勢いで体勢を崩し、よろめいたかと思うとそのまま前のめりに倒れ込んだからだ。
見てみると投擲用のナイフが二本、背中に突き刺さっていた。HPバーを見れば麻痺と流血のバッドステータスが同時に発生している。
「おい、あんた大丈夫か...?」
「おおーっとそれ以上近づくなよ。ブラッキーボーイ♪」
「っ!」
その声に反応してキリトは瞬時に下がった。
《索敵》スキルを全開にしてみるが、キリトですら相手の位置がわかる程度でレベルやHP状態といったその他の情報がわからない。
分かることがあるとすれば、そんなキリトの《索敵》スキルを上回る《隠密》スキルの持ち主。しかしそんなプレイヤーはこのアインクラッドでは数える程しかいない。さらにバットステータス付与に長けたオレンジプレイヤーとなれば、キリトの知る限りたった一人だけ。
「あんた、ジョニー・ブラックか......」
「へぇーよく知ってんじゃん。俺ってそんな有名人?」
キリトは茂みに向かって剣を構える。
するとオレンジ色のカーソルをした黒マントのプレイヤー、ジョニー・ブラックが手をひらひらと振りながら出てくる。
「まあ待ちなって。俺はあんたと殺し合いをする気はねえよ。そこに転がってる脱柵者に用があるのさ」
「脱柵? この子はお前の仲間なのか?」
「まあ、そういうことだぁね〜」
そう言ってジョニー・ブラックはローブの袖をめくって見せる。腕には今しがた見たものと同じ、棺桶のエンブレムが刻まれていた。
「まさかお前...オレンジギルドに入ったのか」
フードの向こうに見えた凶暴な笑みが、そのまま答えになっているかのようだった。
ジョニー・ブラックはこれまで高い《隠密》スキルと巧みな麻痺毒による状態付与で多くのプレイヤーを殺してきた快楽殺人者だ。
アルゴが秘密裏に収集し、大手ギルド《アインクラッド解放軍》によって配布されている殺人歴のあるオレンジプレイヤーのリストにも要注意プレイヤーとして名前が挙がっている。
「なかなか面白い面々が揃ってんよぉ。名の知れたやつで言うなら赤目のザザに
動けない身体を懸命に腕で支えるオレンジプレイヤーをあざ笑うように指さした。
キリトも話を聞いた限りではジョニーを含め、どれも殺人プレイヤーとしてよく知られている肩書きだった。これまでは個人単位で行動することの多かった殺人プレイヤーだったが、それが一つのギルドにまとまったのだというのだから事態は深刻だ。
しかし、それ以上に気になることが一つ、キリトにはある。
「そんなの誰が仕切ってる...? アンタを含めてそいつらは今までどこのオレンジギルドにも迎合しなかったソロばかりだ。それだけの面々をいったい誰が......」
「言えるわけないし。まあ、そのうち会えるだろーっと」
そう言ってジョニー・ブラックはオレンジの少女を小脇に抱え上げる。
「まったく手こずらせてくれたなぁサリーちゃん。ヘッドが待ってるぜ?」
「くっ...離して、この!」
「待てよ」
立ち去ろうとするジョニー・ブラックの前にキリトは立ちはだかった。剣を肩にかけるようにした構え。それはすぐさまソードスキルのモーションに入れる体勢だ。
「その子はあんたたちから逃げてきたんだろ? だったらここで黙って連れて行かせるわけにはいかないな」
「はっは♪ やる気満々じゃん。でもいーのかなぁ。こいつを追ってたのは別に俺一人じゃないんだぜ?」
キリトがその言葉の真意に気がついたのは索敵スキルが四方八方から一斉に迫ってくるプレイヤーの反応を認めたからだ。
おそらくサリーにナイフを投げ込んだ時点で他のメンバーにも居場所を伝えていたのだろう。部下をキリトの索敵スキルのギリギリ届かない場所で待機させて、あとはなんらかの合図を送るだけですぐにこちらに向かってこっるように手はずを整えていたのだろう。
「くそっ!」
キリトの正確な立ち位置はわからなくてもおそらく仲間のレッドとフレンド登録をしているであろうジョニー・ブラックの位置はギルドメンバーの中で共有されている。それの情報をもとにキリトの索敵範囲を割り出して強襲。
これまでのレッドプレイヤーたちにはなかった統率された動きだ。
「じゃ〜ね〜ブラッキーボーイ♪ お前の運がよかったらまた会えるんじゃん?」
ジョニー・ブラックは牽制にナイフを数本投擲するとサリーを抱えたまま草むらに飛び込んだ。
それをキリトが剣で弾いている間に、目に見える距離にまで近づいた数人のプレイヤーがぐるりとキリトを取り囲んでいた。どのプレイヤーの頭上にもオレンジ色のカーソル。
しかしジョニーの仲間である以上はただの犯罪者プレイヤーではない。殺しを専門にするレッドプレイヤーたちだ。
「全部で七人か......どいつもレベルは俺より低いけど、AIじゃない本物の知性を持ってるだけでモンスターより厄介だな」
そうでなくても基本的にSAOではモンスターを相手に一対多の勝負になることはトラップにでも引っかからない限り起こりえない。広範囲を殲滅できるような魔法もない世界。範囲型のソードスキルでも剣のリーチにプラスアルファ程度にしかならないようなSAOで敵に囲まれることはすなわち死に直結する。
(それでも俺のレベルなら勝てる相手だけど、こいつらはモンスターじゃない。俺と同じ人間でHPがゼロになれば現実の身体も死ぬんだ......)
人殺しのレッドプレイヤー、たとえそうであっても人間を相手に剣を振れるのか。少なくとも一対一だったときとは違いプレイヤー全員の武器破壊を狙えるほどの余裕はキリトにはない。
だとすれば本当に、殺す気で戦うしかジョニー・ブラックを追いかける方法はない。
「.........」
剣を握るキリトの手にジワリと嫌な汗が滲んだ。