死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います   作:くぼさちや

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37話「老紳士の侮蔑」

 

 

「ここには《ラフィン・コフィン》の情報を得て来たのよ。つい今朝に創立を宣言したオレンジギルドなんだけど、宣言したメンバーが転移結晶で移動するとき、このエリアをコマンドしているところを聞きつけたプレイヤーがいてね。捕縛するためにアジリティ型の団員を連れて先見に来たところに、どこかの誰かさんが集団PKを受けてるのを見つけたの」

 

 まったく、といった様子でため息をつくアスナ。

 キリトは顎に手を当てて考え込むような仕草をする。

 

「《ラフィン・コフィン》......直訳すると、笑う棺桶って意味になるのか。たしかに連中のエンブレムはそんな感じだったな」

 

 その言葉にアスナはピクリと反応した。

 キリトは二人のオレンジプレイヤーの腕に刻まれていたタトゥーを思い出す。黒い棺桶に白く不気味な笑みが描かれたそれは、たしかにギルドの名前を象徴するようなデザインだった。

 

「もしかしてキリトくん......《ラフィン・コフィン》のギルドエンブレムを見たの?」

 

「え? まあそれっぽいのは見たよ。逃げていった二人のプレイヤーの腕に同じデザインのタトゥーペイントがついてて────」

 

 そこまで口にした次の瞬間にはアスナはキリトの胸ぐらを掴んで詰め寄っていた。目の前で大アップになったアスナの顔はまさに真剣そのもの。

 

「その話詳しく!」

 

「いや、詳しくもなにもそいつらの腕を見てみればわかるよ。右手首の少し上に棺桶のエンブレムがあるんだ」

 

 キリトはロープでグルグル巻きにされている《ラフィン・コフィン》のメンバーを指差した。

 その言葉を聞いたアスナは団員の一人に目配せをする。その意図を読み取った団員は静かに頷くと、捕まえたプレイヤーの一人の袖に手をかけた。

 

「ふむ、見たところ何もないようですな」

 

 念のため残る六人の腕を確認してみるが、ジョニー・ブラックの腕にあったようなエンブレムペイントが施されたプレイヤーは一人もいなかった。

 

「どういうことなのかしら? キリトくん、エンブレムのペイントされている場所は確かなの?」

 

「まあアイテムを使ったペイント自体は身体のどこにでもできるから、右腕が絶対ってわけではないだろうけど、さっきの二人は同じ場所で統一していたからな」

 

 そんなあいまいな答えを返すキリトに業を煮やしたのか、袖のタトゥーの有無を確認していた老齢なプレイヤーがしがれた声で怒鳴った。

 

「この若造が! よもや我らを欺くためにデタラメを話しているわけではないだろうな!」

 

 燕尾服のようなシルエットの服の上に薄いプレートアーマーを纏ったフェンサー。これまでのボス攻略にも幾度となく参加しているところを見たことがある《血盟騎士団》でも有力なプレイヤーであったはずだとキリトは記憶していた。

 アスナは諭すように声を張り上げたプレイヤーに視線を送る。

 

「アルフ、この人が怪しいのはわかるけど、一応信用はできる相手よ。心配しなくてもいいわ」

 

「しかしアスナ様、このアルフレッドめにはこの男が信用なりません。素性も分からぬソロプレイヤーであるだけでならまだしも、攻略組の間では度々良くない噂を聞きます」

 

 その言葉にキリトの表情が曇る。《ビーター》という言葉はすでにアインクラッド中で広く知られている。当然それと同じくらいキリトに対する悪評も広まっていることは当の本人が一番知っていることだった。

 

「フン...」

 

 鼻を鳴らし、優雅にメガネの位置を直すアルフレッドという老プレイヤー。そのレンズの奥の眼差しは軽蔑しきったような色を浮かべてキリトに向けられていた。

 

「なんでもさる有力な情報筋の話ではこの男、部屋にビギナーの女性プレイヤーを連れ込んではソードスキルで鎧を剥く鬼畜であるとか。そのような者の言葉にどれほどの信憑性がありましょうか!」

 

「おいちょっと待て、それはいったいどこの情報だ!」

 

 アルフレッドの口から発せられた予想外の言葉にキリトは思わず叫んでいた。

 てっきりボスのHP残量を確認しつつ最大威力のソードスキルを叩き込む、ラストアタックボーナス狙いのプレイスタイルや数多の情報を独り占めした《ビーター》。そういった黒の剣士キリトの悪評のことを言っているのかと思えば、それらとは全く無関係な切り口。

  

「それはもう、さる有力な情報筋からの情報です」

 

 その情報筋に心当たりがあるとすれば、キリトの知る限りたった一人だけ。

 途端に膝から下がなくなったかのように力が抜けて、たまらず精神的HPがごっそりと持っていかれる。

 

(さてはアルゴ! 俺を売ったな!)

 

 うすら笑うアルゴのネズミ顔がキリトの脳裏に浮かんだ。

 キリトは宿でメイプルの装備強化を行っていたときのことを思い出す。おそらくキリトたちの部屋を訪れる前に窓越しに中の様子を確認していたのだろう。

 

「.........」

 

 ぞわりとした殺気に気がついてキリトは恐る恐るアスナの方を見る。

 アルフレッドの傍らで鬼気とした表情の上に切って貼りつけたような笑顔を浮かべるアスナ。その手はすでに腰に据えられたレイピアの柄に添えられている。

 

「キリトくん、どういうことか説明してもらおうかしら? あなたメイプルちゃんに指導と称して一体何をしてるのかなぁ。事と次第によっては捕まえたオレンジプレイヤー諸とも黒鉄宮に連行するけど?」

 

「ま、待ってくれ誤解だ! ...いや、言うほど誤解でもないのか? とにかくなにもやましいことはなくてだな」

 

 キリトの弁明もそこそこに、とにもかくにも《ラフィン・コフィン》のメンバー全員にあのエンブレムタトゥーがペイントされているわけではないようだった。ギルドの幹部、またはなにかしら特別なメンバーにのみ刻まれているというのがその場でアスナの出したひとまずの結論。

 

「それで、この後はどうするつもりなんだ? 逃げていった方角はわかるけど、あいつの《隠蔽》スキルを考えると見つけるのは骨だぞ」

 

「そうね、こっちも即席で作ったレイドだからあまり無理はできないし、むしろ深追いして《ラフィン・コフィン》の術中に嵌ってしまう方が危険だわ」

 

「即席...かぁ」

 

 キリトはアスナの率いてきたメンバーを見た。

 これだけの人数を即座に選定して派遣することができるのだから、相変わらず《血盟騎士団》の組織力には頭が下がる。

 

(だけど、これだけのギルドなら任せられるな)

 

 先日のクリスマスの一件からずっと、キリトはあることを考えていた。 

 しかしその考えを実行に移すとなれば、周りの協力が不可欠になる。もっともソロプレイヤーのキリトには頼れるプレイヤー自体が少ないが、キリトにとってアスナは唯一の頼れるプレイヤーであり、幸運にもこのアインクラットで最も適任といえるプレイヤーだ。

 

「なあアスナ、メイプルのことで話...というか頼みがあるんだ。」

 

「頼み?」

 

「ああ、できれば他のプレイヤーには聞かれたくないから、二人で話したいんだけど」

 

 

 

 

 

 

「それがメイプルちゃんのタメになるってことはわかるけど...本当にそれだけのことをしなければいけない必要があるの?」

 

 猛反対するアルフレッドを制して、どうにかキリトの話を聞き終えるとアスナの口から真っ先に出た言葉がそれだった。

 

「それはメイプル次第と言えなくもないけど、十中八九必要になると思う」

 

「......っ」

 

 アスナの眼差しが険しいものになる。

 それだけキリトの話した内容は突拍子もないことだったのだ。

 

「それがいつ、どういう状況起こるかわからない。だからそれがどんなときであっても大丈夫なように準備をしていてほしい。俺にはできない、アスナにしかできないことだ」

 

「それはそうでしょうけど、でも......でも、その後キリトくんはどうするつもりなの?」

 

「どうもしないさ。そのときはまた、ソロに戻る」

 

 なんの迷いもなく言ってのけた。

 それがキリトの考えうる限り、メイプルの身を守る最も確実な方法だと確信していたからだ。

 

「俺はなにがあってもメイプルを守りたい。それがたとえどんな形であっても、このゲームをクリアするその瞬間までメイプルが生き残っていてくれるなら、それ以上に望むことはないよ」

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