死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
それはキリトが《ラフィンコフィン》と戦闘に入ったのと同時刻のこと。メイプルは新年を迎えたアルケードの街をリズミカルな歩調で歩いていた。
「コルもだいぶ溜まってきたし、たまにはお買い物なんかもいいよね〜」
メイプルは基本、コルを使うことがほとんどない。
本来SAOのプレイヤーは剣を使えば使うほど、その武器に設定されている耐久値というものが減少し、一定値を超えると《武器破壊》、消滅する。
この耐久値というものは自然回復するものでなく、同じ武器を繰り返し使うためには鍛冶屋による装備のメンテナンスが必須だ。
そのほかにも回復系アイテム、武器強化など、コルの必要な機会は多々あるはずが、メイプルに限ってはその限りではない。
防具、剣、盾、いずれもメイプルの武器は壊れても再生し、ダメージも余程モンスターとの間にレベル差があるか、ボス級モンスターでもない限り発生しない。
極端な話をすれば宿と食事以外にゲーム内通貨を使う機会がないのである。
「うふふ〜♪ この通り前から気になってたんだぁ。装備品とかはいいから、とりあえずアイテム系見て行こっかな。そうだ! クリスマスプレゼント! もうクリスマスは終わっちゃったけど、少しくらい遅くなっちゃってもいいよね。なにがいいかなぁ〜」
ルンルン気分でメイプルはそばにあったアイテムショップに入った。
アイテムショップといっても取り扱っている商品はポーションから服飾、日用品と幅が広く、雑貨屋というのが適切だろう。これといって内装のないシンプルな店内は壁や棚、シートを敷いた床の上などあちこちに取り扱ってる商品が転がっていてその奥には店主と思われる黒人の男性プレイヤーがカウンターに立っている。
「すみませーん。商品見せてもらってもいいですか?」
「おう、見るだけならタダだぜ。どんなアイテムを探してるんだ?」
バスケット選手のような長身にスキンヘッドという容姿であるのに、自然と威圧的な印象を受けないおおらかなプレイヤーだった。
「えぇーっと......クリスマスプレゼントです。なにかいいのはないかなぁって」
「そうだな。お嬢ちゃんのプレゼントしたい相手ってのはどんなやつなんだ?」
「うーん...同じくらいの歳の男の子で、おとなしい人です。あとは攻略にストイックな感じで、話をするといっつもゲームの話になっちゃうみたいな」
「そうなると、実用的なもんの方が喜ばれるんじゃないか? 例えば......ほら、ここのあたりなんてどうだ」
店主がそばにあった木箱を指し示すとメイプルはそれを指先でタッチした。
「へぇ〜! いろいろあるんですね。」
メイプルは表示された商品一覧を指でスクロールしていく。中はフィールドで使えるお役立ちアイテムやモンスターのドロップ品と思われる高価な素材アイテムなどでプレゼント向きではなかったものの、喜ばれるという意味ではそこまで外れてはいない。
「素材は......どれが必要かわからないから、やっぱりアイテムかな。うーん」
そうやって上から下へと品物を物色していると、ふと目に入った馴染みのあるアイテム名にメイプルの手がぴたりと止まった。より正確にはその横に記載されていたアイテムの値段にだ。
「て、《転移結晶》がひとつで一万コル!」
あまりの金額設定に絶句した。
フィールドからプレイヤーを転移させる結晶アイテム。これまでに何度か使ったこともあり、今もメイプルのアイテムストレージには万が一に備えてキリトから渡された《転移結晶》が入っている。
「あの...これってそんなに高いアイテムなんですか?」
「そりゃ、結晶アイテムなんてのはドロップか宝箱でしか手に入らない貴重なアイテムだからな。特に転移系はあるかないかで生死を分けることだって少なくないだろ」
「ドロップと宝箱だけって......え、普通のお店じゃあ買えないものなんですか?」
「ああーなるほど。さてはお嬢ちゃん、第一層のはじまりの街で篭ってた口だな。」
「は、はい......まあ」
メイプルは視線を泳がせる。
ひとつで一万コル、そんな貴重なアイテムをこれまで何度キリトに使わせてしまったことか。よくよく思い出すと慣れない戦闘でなにかと疲れてパフォーマンスが落ちてくると、そんなメイプルを気遣って度々使わせてもらっていた。
過去の記憶を遡り、キリト自身が使う分を含め一度の転移にあたり二個《転移結晶》を使う計算で数字をはじき出した瞬間、メイプルのこめかみに冷たい汗が流れた。
(こんな大事なアイテムだなんて全然知らなかったよ......知らなかっととはいえ、キリトさんには申し訳なくなっちゃうな)
そんなことを思いながら、ほとんど無意識に手をスライドさせてその一つ下の欄にあったアイテム名とその値段を目にしてメイプルは一瞬、思考を止めた。
(回廊結晶......二十万コル)
◯
結局なにも買わずに店を出てメインストリートを後にしたメイプルは途方に暮れていた。
初めてキリトと出会ったとき、メイプルが転移アイテムを持っていなかったことから使った《回廊結晶》。その金額は駆け出しのプレイヤーであるメイプルからしてみれば、まさに国家予算にすら匹敵する額に思えた。
(確かに《回廊結晶》があればボス戦でピンチの時にレイドメンバー全員を転移させることもできるもんね。そう考えたらやっぱりそれくらいの金額しちゃうものなのかも)
先日ボス戦を経験したからこそ、それがどれだけ価値のあるアイテムなのかメイプルにはわかった。
それに通常の《転移結晶》もなかなか馬鹿にできないほど高価なアイテムで、店で買ってもらった装備品などの準備費用、初日の宿代金、その他もろもろを総計すると......
「キリトさんごめんなさいぃぃぃぃぃ!」
浮かれていた自分を呪った。
稼いだコルがそのまま自由に使えるというだけでメイプルは他のプレイヤーに比べて所持金の多い方ではない。
初めは本当に低レベルのモンスターを地道に狩り、ボス攻略戦のメンバー入りが決まってからは量より圧倒的質。キリトのアシスト付きで単独でうろつく高レベルのモンスターばかりを相手にしていただけあって戦闘回数自体はお世辞にも多いとは言えなかったのだ。
(装備品のメンテナンスは《破壊成長》があるから必要ないし、回復アイテムも使わないからコルは貯まる一方のはずなんだけどなぁ。こうなったら今から迷宮区でモンスターと戦って......うーん)
フィールドに出るときは大抵キリトが一緒だった。それはレベル云々というよりキリトが索敵スキルを展開していない場所ではNWOのスキルを使うことができないのが大きな理由である。
もちろんNWOのスキルを使わず一人でコルを稼ぐという手もあるが、ストレングスゼロの通常攻撃とアジリティゼロの歩行速度ではあまりに効率が悪い。
「うーん、なにか移動も戦闘も要らないクエストとかないかなぁ」
多くのプレイヤーがしのぎを削る剣の世界において、あまりにもぬる過ぎる呟きに、ただし答える声があった。
「それならオネーさんが紹介してやろうカ?」
「うわっ! アルゴ? ビックリした~」
後ろからひょいと顔をのぞかせたアルゴにメイプルは小さく飛び上がった。
そんな反応がよほど面白かったのか、ひとしきり笑い終えるとアルゴは機嫌良さげに話を続ける。
「実はアルケードの街に新しくオープンした店がバイトを募集しててナ。時給制でそこそこ割のいい仕事だから金に困ってるならやってみたらどうダ?」
「ちなみに、情報料ってどれくらいかな? あんまり高いとちょっと難しいかも」
「まあ、クエストの情報と違って今回は仕事の斡旋だからナ。情報料はメイプルの働いて稼いだコルの一割を紹介料として受け取るってのでどうダ?」
「あ、そういうことなら大丈夫かも!」
悪くない話だとメイプルは思った。
つまり稼げば稼ぐだけアルゴへの分け前が上がるという寸法だが、裏を返せばそれは実際に稼げる仕事だからこそそういう情報料の取り方をしたほうが収益を得られるという意味になる。
次の瞬間には食い気味にアルゴに詰め寄っていた。
「わたし、そのお仕事やります!」