死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
フレッドの言葉に私は耳を疑った。
けれどそれは本当に一瞬のことで、気づいたときには椅子から立ち上がってフレッドに掴みかかっていた。
「抜けるって...いきなりどういうことよ! 私たち仲間じゃなかったの? 私はギルドを離れるつもりなんてないわ!」
「それはこれから話すことを聞いた上で答えて欲しい」
鬼気迫る様子の私から少しも視線を逸らすことなく、フレットは言った。
それは昔、まだギルドが四人いた時の話だ。
《月と盾の紋章旗》を作ったのはフレッド、オレンジ、シゲル。そしてもうひとりPoHというプレイヤーの四人だったそうだ。もともとアインクラッド第一層の攻略を目前にしたくらいの頃から四人はずっとパーティを組んでいた。 ギルド設立が解放されてからは当然のようにギルドを発足。
たった四人で始まったギルドだったけれど、それでも攻略はいつも順調で、初期のボス攻略戦にも一つのパーティとしてレイドに参加していたほどの強豪ギルドだった。
そんなギルドからPoHが抜けた理由は秘密裏に攻略組の情報をオレンジプレイヤーに流していることが発覚したから。
もともとPoHはギルドのメンバーに黙って一人姿をくらませることが多かったらしいけど、その頻度が増えてきたことに心配したフレッドたち三人はPoHを尾行、その結果気づいてしまったのだ。
PoHがグリーンプレイヤーを装いながら影でオレンジカーソルの犯罪者プレイヤーを束ねる頭目だったことに。そしてその指示によってβテスターへの軋轢を扇動、ときには有力プレイヤーの暗殺の指示すら行っていたのだ。
フレッドはギルドマスターの権限を用いてPoHをその場でギルドから追放。ギルドメンバーで取り押さえて黒鉄宮送りにすることもできたが、フレッドはそうはしなかった。それは心のどこかでPoHは自分たちの仲間なんだと、信じたかったからだ。
けど、その選択をフレッドたちは後悔することになる。
PoHを追放してからから数ヶ月が立ち、大手ギルド《アインクラッド解放軍》によって殺人経歴のあるオレンジプレイヤーリストが配布されると、そこには目を疑うような内容が書かれていた。
多くのオレンジプレイヤーがリストアップされた中でも、特にPoHは魔剣クラスの短剣《メイト・チョッパー》を用いて多くの殺人を繰り返した要注意プレイヤーとして危険視される存在になってしまっていたのだ。
そのとき、三人は決めたのだという。
それはこのアインクラッドのどこかにいるはずのPoHを見つけること。この世界で一緒に戦った仲間として、三人の手でPoHを殺すことを。
「あのとき、僕たちがPoHを捕まえていれば死なずに済んだ命がいくつもある。そして今、彼は大勢のオレンジプレイヤーを統率する文字通りの化物になってしまった。それは僕の甘さが招いた結果だ」
そしてPoHの情報を集めるうちに、二十八層の森にオレンジプレイヤーの潜伏場所があり、そこにPoHもいることを突き止めた三人は不意を突いてPKに乗り出した。しかしPoHが束ねるオレンジプレイヤーたちの規模はフレッドの予想を遥かに超えて大きなものだった。
あっというまに囲まれたフレッドたち《月と盾の紋章旗》は劣勢を強いられて、ついにはフレッドが自分ひとりを残してオレンジとシゲルを逃がすことまで考えた。
そんなときに、現れたのが私だったのだという。
「あのとき君が来てくれなかったら、僕たち三人の誓いは永遠に叶えられないままだっただろう。少なくとも僕は死んでいた。二度目のチャンスを得ることができたのはサリー、君のおかげなんだ」
「そうだったんだ。私、あの時はフレッドたちが襲われてるんだと思ってて......」
人数差とプレイヤーの装いから私が勝手にオレンジプレイヤーが三人を襲っているのだと思っていたけど、本当は違ったのだ。
他にも話を聞いていて納得のいくことがいくつもあった。私をギルドに加えてからのパーティ内の連携が思いのほかうまくいったことも、フレッドの話を聞けば頷ける。側面からの遊撃ポジション自体はもともとアジリティの高い短剣装備のPoHが担っていたのだろう。
でも、どうしてもわからないことがひとつだけある。
「どうして、今になってそんな話をしてくれたの?」
「PoHの新しい潜伏先がわかったからだ。明日、僕たちはもう一度彼を殺しに行く」
「......」
殺しに行く、その言葉に背筋が凍りつくような思いだった。
あの優しいフレッドの口からそんな言葉が出てくることすら、信じがたいことだし信じたくない。
「これは僕たちの問題、というより僕たち三人の責任なんだ。だからそれに君を巻き込んでしまう前にきちんと話をしておきたかった。もちろん来るかどうかは君に任せるし、強制するようなことはしない」
「じゃあ、なんでフレッドはあのとき私をギルドに誘ってくれたのよ」
フレッドは表情を曇らせた。いや、そんなの聞かなくたってわかってた。
私と初めてあったあの日、フレッドたちはオレンジプレイヤーを相手にリーダーを失うか全滅するかの瀬戸際に立たされていた。そんなやつらにもう一度、それもまったく同じ戦力で挑むなんて自殺行為だ。
それが分かっていたから、あの時フレッドは私をギルドに誘ったんだ。
PoHと、オレンジプレイヤーと対等に戦うために。
「一緒に来いって...言えばいいじゃないのよ」
「そうそう言えないよ。人殺しに加担してくれだなんて。それに事実君は迷ってる」
見透かしたようなフレッドの言葉。でもその通りだった。
私は仲間を見殺しにするか、人を殺すかの決断で揺れている。
「決行は明日の正午、各々準備が済んだら十層の転移門広場で集まることになってる。その時までに決めてくれればいい」
そう言い残すと、フレッドは部屋を後にした。
ひとり残された私はそのままベットに身体を放り投げると頭を掻きむしる。
こんないきなり、それも前日の夜にこんなこと言われてどうしろっていうのよ!
「あーーーもうっ!」
〇
「やっぱサリーは来ないッスか......」
「当然だろ。これから人殺しに行くだなんて話聞いて、誰がついてくんだ?」
第十層の転移門広場。背にした柱の向こうからシゲルとオレンジの声が聞こえてくる。
仲間として、三人の力になりたい。その気持ちは紛れもなく本心だけど心のどこかで私は怖がっていた。人を殺すことも、仲間が死ぬことも、そして今まで私の知らなかった三人を知ることも。
その結果、こうして準備を整えて来たはいいものの、皆のもとに行こうとして踏み出した足が地面から離れてくれなくて、私は広場に建てられた石柱の影に隠れている。
「彼女を責めないで欲しい。本来サリーには関係のない話だし、それこそ命懸けで因縁を果たそうとしている僕ら三人が馬鹿なだけで、それが真っ当な判断だよ」
「責めるもんかよ。だいたいこんな話に好き好んで乗っかるような馬鹿な女はオレンジ一人で十分だしな」
「うわ好き好んで乗っかった馬鹿な男がなんか言ってるー!」
これから人が死ぬ。それはPoHや他のオレンジプレイヤーかもしれないし、フレッドたち《月と盾の紋章旗》の誰かかもしれない。そんな状況にあっても皆はいつもと同じ、私の好きだった日常的な温かさがあった。
きっと三人ともまだPoHのことを仲間だと思ってるんだ。仲間だからこそ大勢のプレイヤーを手にかけたPoHを命懸けで止めようとしている。それが結果的に仲間を殺す事になるとしても、仲間が殺されることになるとしても、それでもPoHの仲間でいることの責任を果たそうとしている。
「ホント、嫌になるくらい皆らしいなぁ......」
心底唾棄するように呟くと私は隠れていた柱の影から出た。
PoHを殺す。それは本気で仲間を思うからこそ出すことのできた結論。やっぱり三人とも、私のよく知る《月と盾の紋章旗》だ。
それがわかったならもう迷うことなんてない。
「おお......」
そんな私に真っ先に気がついたのはシゲル。その驚いたような視線に釣られてオレンジ、そしてフレッドの二人が私に視線を向けた。
「遅れちゃってごめん。準備はできてるわ」
「サリー...来てくれるのかい?」
フレッドの顔を正面切って見ることができなくて、私はわざとそっぽを向いて突っぱねるように言った。
「なによ、来ちゃいけなかったの? 私をギルドに誘ったのも、ここに来させたのも全部フレッドじゃない。だから―――」
「サリィ〜〜〜〜〜〜〜!!」
全力ダッシュで駆け寄ったオレンジがいきなり飛びついてきた。両手両足でしがみつき、私の頭をがっしりと胸に押し込んでくる。現実でやられたら腰を痛めた挙句に窒息死しそうな勢いだ。
「ちょっ、オレンジ重い! あとそんなに引っ付かれたら暑苦しいって...!」
「来てくれるって信じてたとか、あたしらのこと軽蔑したんじゃないかとか思って心配だったとか、言いたいこといっぱいあるッスけどまずはごめん! いろいろずっと黙ったままであたし―――」
「いいのよ。私だって自分で今日ここに来るって決めてきたんだから。その気になれば来ないこともできたんだし、ここから先は自己責任よ」
私はオレンジを引き剥がしながらそう言うと、フレッドの方を見る。
ようやく目を合わせたフレッドの顔は困ったような、どうして来ちゃったんだろう、と思いながらも来てくれたことが嬉しくて、でもやっぱり申し訳ない。そんなどっちつかずの心境をそのまま表したみたいだったけど、口からこぼれた言葉だけは私の望むものだった。
「ありがとう」
「...うん」
そのたった一言の言葉にいろいろな感情が込められているようだった。そしてフレッドの視線が私たちギルドの一人一人に向けられると、全員に向けて声を張った。
「皆、敵はPoHだけじゃない。彼が取りまとめているオレンジプレイヤーも含めて、これから行く場所はこの四人以外全員敵だ。きっと大勢殺す事になる。どんな結果になっても今までのような日常には二度と戻れないだろう。覚悟はいいかい?」
「おう!」
「もちろんッス」
フレッドの問い掛けに間髪入れずに答えるシゲルとオレンジ。それに続いて私も静かに、けれど確かに答えた。
「ええ、できてるわ」
そんな私たちにフレッドは僅かに笑みをこぼすと、転移門に向き直る。
「...行こう!」