死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
「けっこう歩くわね。情報にあった潜伏場所までってあとどのくらいなの?」
「今いる階の一つ上だよ。もうじき次のフロアに移動する階段が見えてくるはずだ」
私たちが向かったのは第一層の迷宮区。
《索敵》スキルを展開しているシゲルを先頭にその後ろをフレッド、私、オレンジの順に隊列を組んでPoHの潜伏先を目指しいていた。
迷宮区というだけあって中はかなり入り組んだ作りになっていた。普通なら道が枝分かれするたびに探索して行き止まりを引き返しながら正しい道を見つけて進んでいくんだろうけど、ボスモンスターが倒されてから一年以上経つ今では隅々まで攻略の目が行き届いていてそれを記したマッピングデータも安価で出回っている。
そんな探索しやすい場所なだけに、私はオレンジプレイヤーの拠点がここにあることを不思議に思っていた。
「ここまで全然迷わず進めちゃってるけど、どうしてこんな場所に拠点があるのかな? やっぱり出てくるモンスターのレベルが低くて圏外でも安全だから?」
「うーんそれもあると思うッスけど、多分この層を《軍》が管理してるのがかえって都合良かったんじゃないッスかね〜」
オレンジの言うとおり、この階層は《アインクラッド解放軍》通称、《軍》と呼ばれる巨大ギルドが統治している。そのせいでこれまで他の有力ギルドが大手を振ってオレンジギルドの搜索を行うことが難しかった階層だ。
統治と言ってしまえば聞こえはいいけど、実際のところは支配しているといってもいい。
プレイヤーの保護と富の分配をギルドの理念として謳いながら、レベリング効率のいいフィールドの独占していて、一部の《軍》のプレイヤーは納税と称した搾取を低レベルのプレイヤーに対して行っているということもそれとなく噂で知っていた。
そんな団結しているとは到底言えない組織力、抜け穴だらけの規則、そんな規模だけが取り柄の《軍》はすっかり腐敗の代名詞になってしまっていた。
「なんていうか...治安維持を謳い文句にするならちゃんと仕事をして欲しいものね」
「まあそのおかげでPoHの情報を得られたんだ。個人的には文句よりも感謝のほうが大きい」
そんなフレッドの言葉に私は首をかしげた。
そのおかげ? どういうこと?
言っている意味がわからない。といった表情で沈黙している私を見て、フレッドはなにやら気づいたように言葉を続けた。
「あれ言ってなかったかな? PoHの居場所について情報を持っていたのが、オレンジプレイヤーと癒着していた解放軍の幹部だったんだよ。まあ部下を含めて犯罪者プレイヤーを匿って甘い汁をすすっているような男だからね。オレンジとの癒着をネタに脅すこともできたし、それなりの対価を用意すれば買収するのは簡単だった」
「今呼んだッスか?」
「いや、君の事じゃないよ」
後にいたオレンジの問いにフレッドは首を振って答える。
あ、うん、そういうことか。納得。
千人を超えるほど組織が肥大化すれば腐るところはどうしても出てきてしまう。それがPoHたちの隠れ蓑になっていたのだ。そして損得勘定の結果、オレンジプレイヤーの情報をフレッドに流した。ここまで来るとその軍の幹部とかいうやつには憤りとかいろいろ通り越して呆れてしまう。
「ま、他所様のギルド事情につべこべ言ってもしょうがねえよ。俺たちの欲しい情報は引き出せたんだ。あとはこっちでドンパチやってPoHのやつを潰せばゲームセットってな」
「そんな気楽に言ってるッスけど相手はPoHだけじゃないッスよ? 」
「つってもこの前戦った感じじゃあ取り巻き連中のレベルは大したことなさそうだったろ? 数だけ揃えたって所詮は烏合の衆、殺し好きの集まりだ。俺たちと違ってコツコツとレベリングしてるようないい子ちゃん達じゃねえって」
オレンジカーソルになってしまったプレイヤーは宿屋や転移門を使うことができない。街に入ろうとしてもNPCである衛兵に阻まれて街の中に入ることができないからだ。それだけのシステム的ハンデを背負ってレベルを上げることは相当難しいはず。
シゲルの言うとおり、連中ひとりひとりにアインクラッドの中でも上位プレイヤーの部類に入るフレッドたちのような高いステータスがあるとは確かに思えない。
だけど―――
「だけど油断はできないよ。相手はモンスターじゃないんだから」
それはNWOの世界でVRMMOでのPK戦を経験している私だからこそわかることだった。
一定のアルゴリズムに従って動くモンスターと違って、PK戦で相手にしなければいけないのは自分たちと同じ知恵を持った人間だ。それだけでAIよりもずっと厄介だし、それなりの人数を揃えれば戦略だって組める。
そうやって連携を組んで攻めて来るプレイヤーはボスモンスターを相手にするよりもずっと厳しい戦いになる。
やがて上の階へと続く階段を上り終え、例のオレンジプレイヤーの拠点があるというフロアに足を踏み入れた。下の階と比べてグラフィックの違いこそはないけれど、ここから先は紛れもなくオレンジプレイヤーのテリトリー。そう考えると今いるこの場所が恐ろしく不気味に思えてならなかった。
「大丈夫かい?」
目の前で振り返ったフレッドが、どこか心配そうな眼差しで私を見た。
なんだか最近、フレッドのこんな表情ばかり見ている気がする。申し訳ないような困ったような複雑な顔。けどそんな顔にさせてるのは私だ。
「大丈夫! 何人来ようと私が皆を守ってみせるわ」
力強く答える私に、それでもまだ困ったような顔で笑うフレッド。そんなやり取りを聞いていたのか、先頭にいたシゲルが茶化すように笑った。
「ホントたくましいっつうかなんつうか、昨日の今日でこんなことに加担してる段階で薄々勘付いてはいたけどよ。このメンバーの中でサリーが一番肝が据わってるんじゃねえか?」
「あー、あたしも薄々勘付いてたんッスけど、こんなかでシゲっちが一番ビビリッスよね」
「うっせーよ。......っ!?」
笑いながらも索敵スキルで周囲を見張っていたシゲルが緊張に身を震わせた。傍から見ていた私の目にもわかる。 それは他の皆も同じだったようですぐさま私を含めた四人はその場で止まり、周囲に意識を集中させる。
「数は?」
敵が来たかどうかなんて聞くまでもない。フレッドは周囲を警戒したまま視線だけをシゲルに向けて聞いた。
「ワンパーティ、さっき通った通路からこっちに向かって最短コースで近づいてきてる! どうする? まだ向こうがこっちに気がついてるとは限らねえし、隠れてやり過ごすか?」
「......いや、これは見つかったね。下手に応戦して味方を呼ぶ時間を稼がれるよりこのまま一気に侵攻したほうがいいだろう」
ワンパーティということは敵の数は四人。レベルはこっちのほうが上だろうし真っ向から応戦しても負けることはないだろうけど、ここはフレッドの言う通りに進むべきだと私も思った。下手に戦って囲まれたら前の戦いの二の舞になっちゃう。
「私もフレッドに賛成。もし後ろから来てる連中に気づかれてるならショートメッセージで私たちの存在は拠点に伝わってるわ。だったら迎撃の準備が整う前に叩く!」
「だから、まだ見つかったかどうかもわかんねえだろ」
「こんな入り組んだマップなのに迷わずこっちのいる方向に向かってきてるんでしょ? どう考えてももう見つかってるわよ」
「おーじょーぎわが悪いッスよ? 男の子らしく覚悟決めてください」
どうやらオレンジもフレッドの意見に賛成らしい。
そこまで話をしてようやくシゲルも腹をくくったみたいだった。やけくそ気味に頭をわしゃわしゃと掻いて唸る。
「あーもうわかったよ。ったく、これじゃあオレンジの言うとおり俺がビビリみてえじゃねえか」
ともかくこれでギルドメンバーの意見はまとまった。あとは迷わずまっすぐに突き進むだけだ。
私たちは今まで通りの列を維持したまま、シゲルを先頭に走る。ただしこの隊列はあくまでシゲルのスキルを活かすための索敵用の隊列。これが戦闘になると前衛はフレッドに切り替わる。
「フレッド! 突き当たりT字路からプレイヤーが来てる! 数は四人!」
「押し通る! 僕と前衛を交代してくれ」
フレッドの指示通り、シゲルは隊列の中央に交代する。先頭に立ったフレッドは突き当たりに差し掛かると同時に両手剣を担ぐようにして構えた。
相手はこっちが近づいていることに気づいていなかったんだろう。不意をつかれたように立ち止まったプレイヤーに向かってフレッドは単発突進技、《レイジスパイク》で道を切り開いた。
「ぐあっ!」
狭い通路にまとまっていたプレイヤーは四人揃って《レイジスパイク》の直撃を食らった。それによってノックバックを受けたプレイヤーたちの横をすり抜けるように私たちは走り抜ける。
ふと私はすり抜けざまにプレイヤーたちに視線を向けてみた。その頭上には私たちのグリーンのそれとは違う、オレンジ色のカーソルが浮かんでいた。
「情報はガセネタじゃあないっぽいッスね」
後ろを振り返りながら私のあとに続くオレンジがそんなことを口にした。
「みてえだな。次来るぞ! またワンパーティ!」
シゲルが《索敵》スキルで得られたプレイヤーの位置を知らせる度に、ここはもうオレンジプレイヤーの巣窟なんだと実感させられる。遭遇する頻度もどんどん増えてきて、プレイヤーの密度を考えるとこの近くに拠点があることは間違いない。
事実ここから数分も迷宮区を走れば目的地はすぐそこだ。
さすがに連中の包囲網も狭まってきて、《索敵》スキルを持っていない私のマップ上にもプレイヤーの存在を示すアイコンが所々に見え始めた。
それらを極力避けて、場合によっては正面突破しながら徐々にオレンジプレイヤーたちの拠点に近づいていく。
やがて今いる通路の先に開けた空間があるのが見て取れた。
「え...?」
飛び込んできた景色に私は言葉を失った。それは皆も同じようで呆然と立ち尽くす中どうにかといった様子で口を開いたシゲルが私たち全員の思考をそっくり言葉に表した。
「どういうことだ...? 拠点なんてどこにもねえぞ?」