死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います   作:くぼさちや

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緋く染まる二つの刃 〜其の8〜

 そこには迷宮区の中だとは思えないくらい、かなり広いスペースがあった。ぱっと見渡してみるとレイドを組んで大規模戦闘ができるくらいの空間が空いている。

 ただしそこはまったくの空洞。野営に使うアイテム類を含めて人が長期間拠点にしているような痕跡は全く見られない。

 ゾワリと、私の背中の毛が逆立った。

 嫌な予感がする。

 そんな不穏な空気を突き破るようにフレッドの叫び声が私の鼓膜を打った。

 

「上だ!」

 

「...っ!」

 

 反射的に上を見た私の目にまるで獲物に襲いかかるトカゲかコウモリのように飛来する無数のプレイヤーの姿が映った

 壁面によじ登って息を殺していたんだろう。一斉に降りかかったオレンジプレイヤーたちが私たちの陣形をど真ん中から切り崩す。

 

「くっ...!」

 

 私は瞬時に四方八方へと視線を走らせた。こっちに向かって突っ込んでくるプレイヤーはとりあえず三人。そのうち二人の攻撃を身を翻して躱し、最後の一人にはカウンターで回し蹴りを見舞って距離を稼いだ。

 殺傷力のあるダガーを使わなかったのは、情けないけど私の甘さが原因。

 

「皆! こっちに集まるんだ! 背を合わせてお互いの背後を守れ!」

 

「了解!」

 

 私は包囲網の中心にいるフレッドに背中を預けて再度辺り一帯に視線を走らせた。

 もうかなりの人数が集結している。多少なりとも不意をついたはずなのにこの迎撃体制は異常なくらいだった。

 

「皆、大丈夫かい?」

 

「おう!」

 

「ええ、なんとかね」

 

 フレッドの問いに答えたのは私を合わせて二人だけ。誰かひとり足りないことに気がついた私の目に倒れ込んでいるオレンジの姿が映った。背中には投擲用のナイフが数本突き刺さっている。

 

「......え? なんスかこれ、動けない...? ちょっ、こんなん...笑えないッスよ......」

 

「オレンジ!」

 

 ノックバック? 違う。《投剣》スキルで投げたナイフじゃあプレイヤーをノックバックさせるほどの威力なんて出せるはずがない。

 そう思ってオレンジのHPバーを見てみれば麻痺効果を表すアイコンが表示されていた。

 

「ワン...ダァ〜ウン♪」

 

 オレンジの側に立っていたプレイヤーの一人が手品師のように数本のナイフを手で弄びながら、フードの向こうで凶悪な笑みを浮かべている。

 その声の主をオレンジは部屋で虫でも見つけたかのような視線で見据えた。

 

「あんた、ジョニー・ブラックっスよね? リストに載ってた。こんなやつまでPoHに......」

 

「へぇ~知ってんだ俺のこと。なんそれゆーめー人じゃん♪」

 

 這うようにして私たちの方に向かおうとするオレンジだったけど、その周りを数人のオレンジプレイヤーが一斉に取り囲んだ。

 各々に握られた剣や鎚がオレンジの瞳のなかで不気味に光る。

 

「あーあ、いきなりリタイアとか...あたしカッコわる......」

 

 伏して顔にかかった前髪の向こうでオレンジの自虐的な笑みがこぼれた。

 そんな無防備な背中に何度も何度も剣や棍棒が振り下ろされ、HPはグリーンからイエロー、そしてレッドゾーンを迎える。

 

「ぐっ! 痛っ...! ああああ!」

 

「やめろ! てめえらオレンジから離れやがれ!」

 

 激昂するシゲルの声が虚しく響いた。

 あっという間に残りHPはレッドゾーンを通り越してわずか1ドット。そんなオレンジに突き立てられたジョニー・ブラックの片手剣が最後の1ドットを無慈悲に削り取った。

 私たちの目の前でオレンジの笑みがポリゴンになって砕け散る。その瞬間、シゲルの中でなにかが切れた。

 

「この...ど畜生がぁ!!」

 

「シゲル! 前に出るな!」

 

 フレッドの静止も聞かずにメイスを振り上げたシゲルはソードスキルを発動して突っ込んだ。

 

「ヒャッハー!」

 

 奇声にも似た嬌声を上げてバックステップするジョニー・ブラック、その姿は周囲の景色と同化したように曖昧さを帯びて消えていく。

《潜伏》スキル。それもかなりの熟練度だった。

 

「くそっ...!」

 

 視界からもマップ上からも消えたジョニー・ブラックにシゲルは毒づく。

 けれどすぐさま攻撃対象を切り替えて三連擊のソードスキルがすぐ目の前にいたオレンジプレイヤー三人の頭をそれぞれ穿ち、一撃でポリゴンとなって散る。

 

(よし! 次だ!)

 

 そしてすぐさま左右に視線を配ると新たに視界に映った敵にシゲルは再びメイスを振るった。

 

「どらあああああっ!」

 

 しかしそれは鈍い衝撃音とともに巨大な盾に遮られる。

 

(なんだこいつ......固ぇ!)

 

 攻撃を弾かれたことでシゲルは大きく仰け反った。すると盾持ちの後衛に控えていたのだろう二人のプレイヤーがガラ空きになったシゲルの腹にライトエフェクトを帯びた槍を突き出した。

 

「ぐああああああっ!」

 

 四連擊ソードスキル《リヴォーブ・アーツ》。それが二人のプレイヤーから繰り出され、シゲルのHPは瞬く間にゼロを迎えた。

 

「シゲルーーーっ!!」

 

 私がそう叫んだ時にはもう遅かった。シゲルはオレンジと同じようにポリゴンとなって消えてしまう。

 よくも......よくも、よくもよくもよくも!!

 

「...っ!!」

 

 感情任せに飛び出そうとする私の手をフレッドが強く掴んだ。

 

「目的を見失えば次は君の番だ。僕たちが殺さなきゃいけないのはPoH。その目的を仲間の敵討ちにすり替えてはいけない」

 

「でも、でもあいつらはオレンジとシゲルを...!」

 

「君と初めて会った日を覚えているかい? あの日にだって二人ともこうなる覚悟は決めていたんだ。それは今日この時だって変わらないよ」

 

 二人の死を目の当たりにしても平然としているフレッド。そんな様子に私はたまらなく腹が立った。けれど、私を行かせないようにと掴んだフレッドの手が僅かに震えていることに気がついて、私は冷静さを取り戻した。

 

「ごめん...フレッド......」

 

 辛いのは私だけじゃない。ううん、きっとフレッドのほうがずっと辛いはずなんだ。

 

「いいんだ。それに、僕も君の気持ちがわからないわけじゃない」

 

 フレッドは正面に向き直った。その横顔は今まで見たどれとも違う。闘志の中に悲しみをたたえたような不思議な表情だった。

 

「PoH! 近くで見ているんだろう? いい加減姿を見せたらどうだい?」

 

 目の前のオレンジプレイヤーに向かって咆えるようにフレッドは叫ぶ。

 するとフードをかぶったプレイヤーの一団をすり抜けて、長身の男がフレットと相対する。手には包丁のような武器、あれが《メイト・チョッパー》だとすればあの人がそう。

 

「揃いも揃って情けねえなぁフレッド。隠れ蓑とは言え俺が所属してたギルドなんだ。それがこうもあっけなく死んじまったら部下共に示しがつかねえだろ」

 

 嘲るような視線で笑うPoH。それをフレッドはただ静かに見据えていた。

 

「やあ...顔を見たのはずいぶんと久しぶりだね。PoH」

 

「テメエこそ性懲りもなく来やがって。よっぽど死にてえみてえだなぁフレッド」

 

 PoHは《メイトチョッパー》の矛先をフレッドに向ける。対してフレッドも片手剣を正眼に構える。

 

「サリー、君は《転移結晶》の準備をしてくれ。刺し違えてでも彼のことは殺すけど、はっきり言って勝ち目のある戦いじゃない。いつでも逃げられるように―――」

 

「なんだ? 軍の幹部様はここが転移結晶の無効化エリアだってことを教えちゃくれなかったのか?」

 

「...っ!」

 

 フレッドははっとしたように目を見開いた。そしてすぐさまアイテムストレージを開いて《転移結晶》を取り出すと頭上に掲げる。

 本来ならこのまま転移先を叫べば逃げられる。だけどもしPoHの言うことが本当だとしたら?

 

「転移! クメルスン!」

 

 今のPoHの言葉からして、ここにいるオレンジプレイヤーは私たちが《アインクラッド解放軍》の幹部からこの場所についての情報を得たことを知っていた。

 その意味が示すことはたった一つ。

 

「なるほど...僕らはまんまと嵌められたわけだ」

 

 フレッドはボイスコマンドに対してなんの反応も示さなかった《転移結晶》を握り締めた。 疑いの余地もない。《軍》の幹部からの情報自体がPoHによる罠だったんだ。

 たぶんPoHは軍の幹部を使って指定したエリアをオレンジプレイヤーの拠点としてフレッドに伝えるように指示をした。結晶が使えない、逃げ場のないこの場所に私たちをおびき寄せて殺すために。

 だけど、いや、だからこそかもしれない。

 

「あんたたち...どうしてそこまでして人を殺すのよ」

 

 私がもともといた世界じゃあ集団のPKなんて珍しくないし、その手のイベントも多い。だけどそんなNWOの世界ですらPKのためにここまでするギルドはひとつもなかった。

 ましてこの世界の死は、ただのゲームオーバーとは違う。

 

「このゲームで死んだら現実にいる人も死んじゃうんだよ?」

 

「ああ? わかんねえか?」

 

 PoHの口がくっきりとした三日月のようにつり上がる。

 絵に書いたような笑顔。けれども普通、人はそんな風には笑わない。

 

「楽しいからだろ」

 

「こいつ......」

 

「彼にそんなことを聞いたって無駄だよ。PoHだけじゃない。ここにいる連中は人の命なんてどうとも思ってない。だからここにいるのさ」

 

 そう言うフレッドの声は冷め切っていた。対してPoHは余裕を含んだ笑みで私たち二人を見比べるようにして交互に視線を向けてくる。

 

「それで? 絶体絶命の状況なわけだがどうする?」

 

「逃げられる心配でもしているのなら余計だよ。少なくとも僕に限って言えば意地でも君を殺すつもりでいる」

 

「だがお隣のお嬢ちゃんはどうだ? フレッド、なんの関係もないお仲間を道連れにしてでも俺を殺す覚悟ができてんのか?」

 

「......彼女も望んでここに来たんだ」

 

「ハッ! 答えになってねえなぁ!」

   

 そんなやりとりの中で私は周囲を注意深く観察した。

 この間戦ったときは八人。たったツーパーティしかいなかったはずなのに、今はざっと見るだけで三十人くらい。実際の人数はもっと多いだろう。なによりこのエリアから抜ける道は今私たちが通ってきた通路しかないけれど当然そこは大勢のオレンジプレイヤーたちによって塞がれている。

 勝てない。こんなの勝てっこない。

 そんな諦めにも似た思いと、二人を死なせてしまった自分の無力さに腹が立った。

 

「まあ、お前とはこのゲームが始まった頃からの仲だ。生き残るチャンスをやるよ。そうだな......」

 

 少し考え込むように顎に手を当てるPoH。するとその口から想像もしなかったような一言が発せられた。

 

「お前ら、今ここで殺し合え」

 

 

 

 

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