死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
「全損決着のガチンコ勝負。それで生き残った方だけは特別に助けてやるよ」
「あんた、なに言って......」
私はPoHの言葉に耳を疑った。
その言葉の意味がわからなかったわけじゃない。だけどそれは人間の口から出てくるものだとはとても思えないくらいに残酷で、狂気に満ちていた。
「俺もこのゲームが始まった頃は問答無用で瞬殺決めてたんだけどなぁ。最近は多少遊んでみるのも悪くねえと思ってる。じゃねえと殺したやつのこといちいち覚えてられねえだろ?」
とことん狂っている。でも、私はこれを悪い話じゃないと思った。
私はもともとNWOから来た。ログインするために使ってる機種もナーブギアじゃないし、ゲームオーバーになったって現実の私が死ぬことはないだろう。
ここで私がゲームオーバーになればこいつらからフレッドを助けられる。
だったらどうすればいいかなんて決まってた。
「......ねえサリー、僕の代わりに君が死のうとか、そういうことを考えていないかい?」
「っ!」
呼吸も忘れるような思いだった。
私は驚いて思わず背中を預けたフレッドの方へ振り返る。その表情には不思議な力強さがあって、こわばっていた神経が柔らかくほどけていくようだった。
「僕たちは死ぬ覚悟でここに来たんだ。今さら安全策に逃げるなんて馬鹿けてる。違うかい?」
その言葉にダガーを握る私の手に力が戻った。フレッドはまだ折れていない。私だってまだまだ戦える。
私はフレッドの隣に立つとPoHに相対してツインダガーを構えた。
「残念だったわね。これ以上あんたたちの好きにはさせな―――」
そのときだった。
フレッドの手から片手剣が落ちると、不意に抱きすくめるようにフレッドの身体が私を覆った。
「フレッド...ちょっ、あんた急になにを......!」
「すまない......」
いきなりのことで状況を整理しきれない。
抱きしめるフレッドの身体は温かくて優しいのに、なぜかダガーを握った私の手首にだけは嫌に強く力を感じる。そう思って見てみると私の握ったダガーがフレッドの身体に深々と突き刺さっていた。
僅かに除く赤いダメージエフェクトとともにフレッドのHPがみるみるうちに減っていく。
「なにしてるのよ! フレッド、離して!」
フレッドの腕から逃れようとしてもアジリティ特化で鍛えた私のステータスではフレッドの筋力値には遠く及ばない。手を振りほどくどころか、むしろ突き刺さった短剣は徐々に深く奥へと押し込まれていく。
「すまない。でもやつらから君を助けるにはこうする以外の方法を見つけられなかった」
「だからってこんなこと...! 二人でこいつら全員倒せば済むことじゃない!」
自身の身体に私の握ったダガーを押し込んだまま、フレッドは首を振った。
「僕らとほとんどレベル差のないプレイヤーもいる。ここまで人数を集められたらどうしようもないよ。君だってそれはわかってるだろう? もともと彼らの不意を突くつもりが逆にこうして誘い込まれた。その時点でもう僕らに勝算はなかった」
「けど! だからってあんたが死んで私一人生き残るなんて間違ってるわ!」
「間違っていないさ。これはもともと俺たち三人の責任なんだ。でも君まで僕らの因縁に左右されて死ぬ必要はない。それに君が本気で逃げようとしたとき僕を連れていたら足でまといになるけど、君一人でなら十分逃げ切れるはずだろ? なんていったってあんなに速いんだからね」
そんなの嫌だ。
私は仲間を見捨てて逃げるためにここまで速くなったんじゃない。
「なによそれ...私だって《月と盾の紋章旗》のメンバーなんでしょ? だったら私にだって背負わせてくれたっていいじゃない。こんなところまで連れてきておいてそんなこと......無責任じゃない」
「無責任か...確かにそうだね。僕はシゲルとオレンジを死なせてしまった挙句、最後には残った君を生かすために自ら死を選ぶような男だ。だから、そんな僕に付き合って君まで死ぬことはないよ」
HPはレッドゾーンまで迎えるけど、フレッドはまったく力を緩めることはしなかった。
私は知ってる。
頼りなさそうに見えるけど、実は人一倍優しくて、冷静なのにギルドの誰よりも仲間想いで、そして一度覚悟を決めたことは絶対に揺らがない。
そんなフレッドになにを言っても無駄だと思ってしまった。それでも、どうしても私はフレッドに言わないではいられなかった。
「お願い、死なないで......フレッド!」
フレッドは満足そうな笑みを浮かべて小さく首を振った。
そして薄く白い光がフレッドの全身を包み込むと、私の腕の中で床に落としたガラス細工のように跡形もなく砕け散る。
全身を覆っていた温かさが一瞬にして消えるとともに、恐ろしい程の寒さを感じて私はその場で膝をついた。
「あ.......あぁ...」
私の手から二振りのダガーが音を立てて地面に落ちていく。震え切った足はまともに力が入らないし、なにより仲間を、フレッドを亡くした虚脱感が私に立ち上がることを許さなかった。
「ハハハハッ! 最後は自分で死にやがったか! ざまあねえ」
狂ったように笑うPoHの声が聞こえる。
目の前で人が死ぬことですら見世物としか思っていない。そんなヤツらがどうしようもなく憎く見えた。
あたしはその場に落ちていた二本のダガーを構え、ゆっくりと立ち上がる。
―――殺してやる。
自分の持てる全てをただ目の前の男を殺すために注ぐ。そう決意した瞬間、今まで私がVRゲームに費やしてきた情熱も磨き上げた技術も全部、その上からどろりとした血が垂れ注がれて、醜くく腐っていくように見えた。
でも、それすら今は気にならない。
「ほう、ずいぶん根性の座ったお嬢ちゃんじゃねえか」
「まだやる気みたいっすよぉーヘッド、やっぱこいつ殺しちゃってもよくね?」
「どうせ生き残ったからって殺さず帰してやるつもりもなかっただろうが。好きにしろ」
「やり〜〜♪ それでこそヘッドだぜ」
約束を無視されてもまったく気にならなかった。どのみちこのまま黙って帰るつもりなんてない。ひとりでも多く殺してフレッドたちの仇を取る。
「すぅ......はぁ......」
大きく深呼吸をして、集中力を高めていく。
確かにこの世界で命を落としても現実にいる白峯理沙の身体は死なないだろう。
でも皆とこの世界で戦って、笑って、そして生きた私の、サリーの魂は死ぬ。それは私が受け継いだ皆の想いを本当の意味で死なせてしまうということだ。
「そっか、この世界はゲームであっても遊びじゃない......なるほど、ホントその通りだ」
たしかに私はこの世界で生きている。
それが今この瞬間に嫌というほどわかった。
だからこそ、絶対に譲れないものがある。
「《ウインドカッター》...!」