死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
そういうのまじで通知ほしい......
「あぁ〜! キリトさんこんなところにいた!」
アインクラッド第五〇層が解放されてから一週間後のこと。街路樹に平行するように設置されているベンチでアイテムの整理をしていたキリトは、反射的に自分の名前を呼ぶ声のする方へと顔を向けた。
「おお、メイプルか。どうしたんだ?」
「もぉ〜探したんだよ? こんなところでなにしてたの? 一緒にお弁当食べようと思って待ってたのに!」
足音が聞こえてきそうなほど大きな歩調でメイプルはキリトに近づいていく。
するとキリトは開いていたシステムウィンドウを閉じながら、反対の手を憤懣やるかたない様子のメイプルの頭に乗せた。
「悪い。少し考え事をしていたんだ」
「なにか、悩み事...?」
「いや、大したことじゃないよ」
「......私のことでなにか悩んでたり?」
「そうじゃないよ、ははっ...そういう妙なところで繊細だなメイプルは」
キリトは頭の上に乗せた手をゆっくりとかき回す。
「うぅ...う、んぅ.......ふふっ」
キリトの手の下で、メイプルの頭が気持ち良さそうに左右に揺れた。
確かにメイプルの言う通り、キリトはメイプルのことで悩んでいた。サチを失ったことで今までキリトを縛り続けてきた戒めは消えた。しかしだからといってメイプルを守りたいという気持ちまでがなくなったわけではない。
メイプルを守り続けたい。
あのクリスマスイブの夜からキリトはそればかり考えていた。
(だけど本当に守ろうとするなら、一緒にいるだけじゃあダメなんだ。それじゃあ結局はサチを失ったときとなにも変わらない。俺一人にできることなんてたかが知れてるんだから)
「そんなことより、お腹すいちゃった! ご飯にしよう? 今日はお弁当持ってきたの。ほら!」
見ればメイプルの手には小洒落たランチバスケットがしっかりと握られている。
「手作りか? 料理スキルなんていつの間に......」
「アスナが作ってるのを見てわたしもやってみようと思ったんだ! すごいよねぇ〜アスナって。アインクラッドのいろんな食材を合わせてオリジナルで調味料とか作っちゃうんだよ。お醤油とか、お味噌とか」
「なんだそりゃ? あいつそんなことができるのか?」
アスナといえば攻略の鬼と言われるほど、ストイックな一面を持っている。
第一層の街でキリトがクエストで得たクリームをアスナのパンに分けたとき、それはもう見ているキリトの腹が膨れてきそうなくらいのがっつき振りを見せていたことから食べ物に無頓着というわけではないのだろう。
それでも戦闘とは直接関係のないスキルの熟練度をコツコツ習得している様子は今のキリトには想像できなかった。
「......そっか、頑張って作ってくれたんだな。せっかくだしここで昼食にしよう。なにを作ってきたんだ?」
「おにぎり! まあ、まだアスナの料理に比べたらちょっと自信ないけど、でも味は大丈夫!」
「ありがとな。それじゃあ遠慮なく......って、おお! すごい!」
メイプルからはしゃぐように差し出されたランチボックスを開けた瞬間、キリトは思わず声をあげた。
「産業廃棄物みたいな色してる!」
それは正しく文字通りの色をしていた。
中身は俵型に握られたおにぎりが虹のように七つの色の層を成して詰められている。
この世界の料理は仮想世界のモンスターの部位や植物を使うことから、現実の食彩観念から言えばありえないような色をしていることが多い。
事実キリトの好物である《ジャイアントフロッグの足》という食材アイテムは現実世界ではまず見られない青い色をした肉でこれをこんがり焼くとその肉は青から紫色に変色する。
(まあ、ゲテモノほど食ってみたら美味いことはあるけど......これはどうなんだ?)
一瞬カエルの足と同じ類と考えていたが、目を凝らしてよく見てみると所々にグラフィックの乱れがあり、メイプルが嬉しそうに頭を左右に揺れさせるたびに処理落ちしたようなカクつきが起こっていた。
「......ちょっと待ってくれメイプル。ひとつ確認させて欲しい」
「はい? なにかな?」
「NWOのスキルについてだ。料理をするためのシステム的なアシストやスキルはあるのか?」
「うーん、どうなのかな? わたしは持ってないけど」
「......じゃあ、その料理はいったいどうやって作ったんだ?」
恐る恐る尋ねるキリトにメイプルは答える。
「うーん......普通に?」
(普通......?)
それは本来であればこの世界にメイプルがいないのと同じように、NWOのスキルがこのアインクラッドに存在するはずがないのと同じように、この世界では電子的なデータでしかない料理というアイテムの生成がメイプルにできるはずがなかった。
「......えーっと」
改めてキリトは手元の物体Xに視線を戻す。
これを摂取したアバターデータがはたしてそれを料理アイテムとして認識するかもわからない。そもそもグラフィックからしてアインクラッドのオブジェクト再生エンジンが正常に機能していないのだ。
キリトは思った。
(これ......下手すると食べたら死ぬんじゃないか?)
冗談ではなく本気でそう思った。
メイプルの存在はSAOサーバーにとっては予期せぬバグもいいところで、それはチートコードと同じく、システム破損の危険を常に孕んでいる。
(いや死にはしないまでも...もし食べたらなにか深刻なバグが発生したりとか......ダメだ。こんなの危険すぎるぞ。けど......)
キリトはちらりとメイプルの方を見た。
「............ニマニマ」
メイプルは笑っている。
ビー玉のように澄んだ瞳で、いつもの小動物のような無邪気な笑顔を浮かべながらキリトを見ていた。
(食べられないだなんて言える様子じゃないよなぁ......)
キリトは大きく息を吸うと覚悟を決めた。 これを食べたことで自分の身になにが起きようとこの物体を嚥下し、「美味しい」の一言をひねり出してみせるという覚悟をだ。
恐る恐るランチバスケットからおにぎりをひとつ手に取ると、一瞬のためらいの後にがぶりと口に頬張った。
「もぐもぐ......う、んんっ!?」
キリトの舌の上を針玉を口に入れたかのような激しい酸味が突き刺す。それはデータが破損したかと思わずにはいられないほど、危険な味覚信号だった。
「うごぉっ!」
それに続いて鈍い頭痛と激しい目眩を感じ、すぐさまおにぎりを吐き出そうと思った時、キリトは自分の身体が麻痺したように動かないことに気づいた。
反転していた視界がやがて暗くなり、料理の出来を得意気に話すメイプルの声すら聞こえなくなる。
(.........俺は......死ぬ、のか...?)
金縛りにあったかのように全身が動かない。それどころか全身の感覚すらなくなりつつあった。
◯
「まず食材アイテムを取り出して適度なサイズに切ります」
それからしばらくして目を覚ましたキリトは正体不明の料理を暴くべく、メイプルが調理をする様子をじっと傍らで見ていた。
メイプルは丁寧に野菜や肉といった食材に刃を入れていき、一口大ほどの大きさになったそれを鍋の中に入れていく。
「なるほどな、スキル欄の《レシピ》を使わずに現実世界と同じように料理するんだな」
「普通はこうやって作るんじゃないの?」
「いや。俺はまともに使ったことはないけど、普通は《料理》スキルの欄にあるレシピから作りたい料理を選ぶんだよ。包丁やフライパンなんかの調理器具アイテムも使うけど、調理の手順はシステム任せでほとんど省略されてるし。それでここからはどうするんだ?」
「それからこう......ひょいっとすると、ほら完成!」
「うんうん......ん?」
それはまさに一瞬の出来事。それこそキリトが目ばたきをしたコンマ一秒の間に起こった。
さっきまでメイプルが手にしていた鍋の中はただ食材アイテムが詰まっただけの状態だったはずが、今は赤青黄紫橙というカラフルな発色を帯びて湯気をたたている。
メイプル特製、
最終的にスープ状になった
「おいちょっと待て、今なにした!?」
「うん?」
メイプルは本気で何を言われているのかわからないといった様子で子首をかしげて、頭上に?マークを浮かべていた。